それからなんとか忘我状態からは抜け出せた俺だが、結局クロエには守秘義務的なことからプライベートなことまで、あれやこれやと聞き出されてしまった。
――――なにせ、どういう訳かこのひたすら開放的な謎空間では嘘が吐けない。
沈黙を守ろうとしても、考えていたことが勝手に口から洩れ出てくる。
ならばと別のことを考えて逃れようとしても、結局それも含めて隠そうとしたこと全て言葉として引き摺りだされる。
そして今まで忘れていたことでさえ……クロエに訊かれた途端、ピンポイントで思い出す。で、思い出した以上は隠せず口にしてしまう……そんな悪循環が続く。
だが、辛うじてはやられっぱなしではない……と思う。
どうも、この俺に課されている制約は相手にもそのまま適用されているようだ。
俺から質問を飛ばしても、クロエは一切拒むことなくはきはきと答えた。
しかし……忘れたことを理由に誤魔化すことはできないが、流石に知らないことを知っていることにはできず、本当に知らないなら知らないと口に出すことはできる。
クロエはどうも亡国機業について大事なことは何一つ知らされていないようで、ここから俺が行動する上で役に立ちそうな情報は何一つ持っていなかった。
ただ身の上話等知っていることを一度尋ねれば、こっちが引くくらい色々話してくれた。
――――クロエはラウラの誕生後に生まれた、ある種の試験管ベビーの一人であること。
生まれた直後は人間扱いすらされず、反吐が出るような実験のモルモットにされてきたこと。
共に生まれた姉妹達が実験で死んでいく中、最後の一人になったところで、神城秋一という男に救い出されたこと。
それ以降は男にISを与えられ、男の供回りのようなことをして世界を回っていること、等。
そしてその神城秋一という男に、俺を殺すよう言われてここにいることまで含め、馬鹿正直に。いやまぁ、嘘吐けないし、隠し事もできないんだけどさ。
だが今まで、その神城秋一とかいう奴の言うことは何一つ疑わずに聞いていたクロエだが、流石に今回ばかりは迷っているらしい。それで俺から話を聞きたくて、態々こんな場所を用意して接触してきたということだった。
――――なんつーかここ最近、身に覚えのない奴らに急に命狙われだしてないか? あの、白騎士事件からしばらく後の、殺伐としていた頃の生活に戻ったようだ。
神城秋一という名前については……その名を聞いていくつか思い出したことがあった辺り、昔の関係者ではあるんだろうが……結局、それ以上は思い出すことはなかった。この空間の力を以てして猶、俺にとってどちらかといえば『知らない』カテゴリに入れられる程度の人間だったのだろう。
ただ……あの記憶の最後に見た、俺にそこら辺に落ちてるゴミでも見るような視線を向けつつ、千冬姉が喜ぶから死ねと告げてきた男。恐らくあいつのことなんだろうなという、妙な確信があった。
……クロエにとっての恩人が、俺にとっての暫定敵というのは、なんとも言えないものがあったが。
そいつに俺を殺すように言われたクロエは、俺以上に思うところはあるだろう。この子がいい子だったからこそ、俺は未だに命を繋いでいるようなものだ。
「――――それで? もう大分言葉を交わしたと思うが、答えは出たのか? クロエ」
だが……それにいつまでも甘えるわけにはいくまい。
クロエがその神城秋一とやらの言葉に従うのなら、俺はこれからこの少女に殺される。
この空間もISによるものである以上……IS持ちであるだろうクロエに、碌な抵抗ができるとは思えないが。
それでも、ただでは殺されてやらないぞ、とばかりにクロエを見つめる。
そんな俺の視線に気づいているのかいないのか。クロエは未だに、迷っているようだった。
「……わかり、ません。でも、あなた様を殺すことが秋一様のためにはならない、という気持ちは、あなた様とこうして話して、ますます強くなったのを感じます」
「そうか。俺からあれこれ言うのは筋違いかもしれないけど……俺も、君みたいな子がこんなことで手を汚すのは、間違っていると思うよ」
「ありがとうございます……やはり、わたしにはわかりません。ですから――――このお役目につきましては、一度保留とし。亡国機業の協力員として、仰せつかった仕事に戻ることにいたします」
「……!」
クロエが、ティーテーブルの上に広げられていた本を閉じる。
すると本から漏れていた光が消え……光の消失に伴い、何処までも広がる青空と草原も、また夢のように溶けていく。
本から完全に光が失われると、一面金属張りの無機質な通路に引き戻されていた。
いざこうして戻されると、一瞬だったようにも、随分と長くあの空間にいたようにも、どちらにも感じられる。ISによるものとは思えないほど、摩訶不思議な体験だった。
そしてあの空間が消えると共に、特に身体的にはなにもない筈なのに、何故かずっと全身を縛っているように感じた、
ふぅ、正直ずっとあのままなことを僅かに懸念していたので、助かった……いかに愚かで野蛮だと罵られようが、やはり人間という生き物は賢しらな馬人より
「亡国機業の幹部の方が、あなた様と面会を希望していらっしゃいます。ご同行願えますか? 一夏様」
「成程? そいつがクロエの、協力員としての仕事ってことか。ああ、いいよ。このままついていけばいいのか?」
「はい……危険なことはないと思いますが、念のためわたしから離れないでください。万一の際は、クロエがこの身に代えてもお守りいたします」
「はは。そこまで気張らなくてもいいさ。俺はこれでも、そこそこは強いんだ」
「あ……はい」
拡張領域に本を量子化させて収納、代わりに呼び出した杖を突きながら、俺がついてくることを疑わずトコトコと先導するように歩き出したクロエは、やはりどこかあの小さいほうの姉を見ているようで。
いつもあの小さい方の姉にしているように、つい思わず後ろから頭を撫でてしまう。
驚いた顔で振り向くクロエを見て怒られるかな、と思ったが、クロエは拒むことなく、やはりどこかラウラを思わせる表情で、ふにゃりと口元を緩ませる。
神城秋一とやらが、何者なのかはこの際、どうでもいい。もう暫定も要らないだろう……そいつが、俺の敵であることは確かだ。
――――百歩譲って、俺の命を狙っているのは、別にいい。俺自身、碌な人間じゃない自覚はある。さっきの猫仮面の女のことといい、どっか知らんところで恨みを買っていることもあるだろう。
だけど――――こんな、少し出生が特殊で目が見えないだけの、普通の女の子を刺客にしてくるような奴は……俺以上の、しょうもないロクデナシに違いない。
そいつを恩人と慕っているクロエには悪いが……この先、もし出くわすことがあれば一発ブン殴ってやると決めた。
クロエに連れてこられたのは、いくつものコンソールデッキが置かれ、そこいら中に空間投影ディスプレイが漂っている研究室のような場所だった。
空間投影ディスプレイはそれぞれ何かしらの計算を実行中らしく、どの画面も目まぐるしく数字が行き来しているのがわかる。
そしてそれらの中央に位置するコンソールデッキを、後ろに立つ俺達に気づく様子もなく、ひたすらとんでもないスピードで弄っている、身の丈にそぐわないブカブカの白衣を着た傍目には8~10歳程に見える少年がいた。
……この少年が、クロエが言うところの亡国機業の幹部、なのか?
まぁ、この少年のことが気にならないといったら噓になるが、今の俺とクロエは正直もうそれどころじゃなかった。
なにせ、少年のすぐ横。そこでそこら中に乱雑に置かれているオフィスチェアの一つに座り、眼鏡をかけて何やら外国語の難しそうな本を読んでいるのは……
――――俺が、こんな場所に攫われてくる契機を作った女。『パスカル』だったからだ。
そいつはあの時と比べたら明らかに気を抜いている様子だったが、それでもあの冷気のような強烈な殺気は未だに健在だった。
寧ろ、あの時よりもずっと近くにいる分直撃を浴びて震えそうになる。
クロエも当てられているのか、俺の裾を掴んで可哀そうなくらいプルプル震えている。
ラウラはこういった感情は極力隠そうとするので、ラウラに似た顔でこんな反応を見るのはちょっと新鮮だった。
だがクロエを見て楽しんでいる場合じゃないことくらいは、流石にわかっている。
とはいえ肝心の案内役様は使い物にならなそうなので、俺はクロエを庇う様にパスカルの前に進み出る。
すると相手もこちらに気がついたようで、底冷えするような視線をこちらに向けた。
「……来たか。済まないが、話があるのはこちらにいる『ドクトルB』だ。私のことは、背景か何かと思ってくれればいい……君が、何かおかしな気を起こすようであれば話は別だがな」
「アンタにとってそうでも、俺はアンタに話がある……更識先輩は、無事なんだろうな?」
「ああ……君からすれば、それが気になるのは道理だろうな。安心するといい。多少負傷はしているだろうが、今頃はIS学園で今回の件の事後処理にでも当たっているはずだ……強いな、彼女は。私が標的を始末し損ねたのは、君の姉に続いて二人目だ」
「っ! そうかよ……」
「ふむ……では、一つ答えた代わりと言ってはなんだが。私からも、一つ君に訊いてもいいだろうか?」
「なんだよ?」
「ここに来るまでに……猫の仮面をつけた少女に会わなかったか?」
「……会ったよ。殺されかけた。なんなんだ? あいつは」
「そうか……彼女の行動については、君には申し訳ないと思っている。しかし……悪いが、彼女について私の口から語ることはなにもない。どうしても知りたいのであれば、君にとっては気が乗らないだろうが本人に聞くことだ」
正直野生の人喰い熊にでも話しかけるような気分だったが、更識先輩のことを思うと黙ってられなかった。
一方でこの女は特に俺に思うところはないようで、会話は普通に続いたが……向こうからあの猫の仮面の女について振ってきたくせに、俺があいつについて聞くと、急にそっけなくなって一方的に会話を打ち切り、読書を再開しだす。
それでも殺気を出すのを止めないのは……牽制のつもりなのだろう。
多分この女は、あの少年の護衛としてここにいる。さっきの口ぶりからしても、下手をすれば俺が暴走でもして、この少年を害するとでも思ったのだろう。
実際こいつがいなければ、白式を返してもらうためにナイフを突きつけて脅すくらいはしたかもしれない。俺だってほぼ丸腰でこんな敵中に放り込まれて、平常心じゃない自覚はあるんだ。
まぁそれについては、俺以上に平常心じゃない奴が傍にいるお陰で、ある程度和らぎつつあるが。
なんとなく、そんなに怖いなら外に出てていいぞ、といった感じの視線をクロエに送るが、そういえば目が見えてなかったと思い返す。
だがどうやら意図は伝わったようだ。だが怯えて目に涙を浮かべつつも、俺のそんな声なき声を首を振って頑なに拒否する。
――――どうも、さっきの万一があったら自身の身に代えても守る、という約束は、彼女の中では未だに有効らしい。
この健気さには流石の俺も少しキュンときたが……そんな強固な意志を見せつつも、さっきからずっと俺の裾を掴んで離さないので、パスカルに脅されるまでもなく下手な動きが出来なくなってしまった。
かといって無理矢理振りほどくわけにもいかず困っていると、すぐ後ろにいる俺達に気づく様子もなくずっと作業をしていた少年が、漸く一区切りついたのかコンソールから手を下ろす。
「ふぅ……やっぱりオリジナルは発見が多くて捗るなぁ。これならきっと……あっ! ああ、呼びつけておいて失礼したね。少々、調べ物をしていたものでね」
そして、いかにも今さっきこちらに気づいたかのように振り返った。
……顔を見て、年齢の見立ては間違っていなかったと思うのと同時に……何故か、急に目の前の少年の年齢が上がったかのような錯覚を覚えた。
少し観察して、すぐにその感覚の正体に気づく。
その顔は間違いなく、10にも満たないあどけない少年のものなのだが……『目』だけが、妙に老獪なのだ。それだけで明らかに子供なのに、千冬姉より遥かに年上の男性と相対しているような緊張感がある。
ついでに、明らかに初対面なのに何故か既視感がある顔なんだよな……この少年には間違いなく会ったことはないんだが、多分知ってる誰かに似ている。
癖っ毛っぽいボサボサの黒髪に、若干垂れ目に琥珀色の瞳――――ん? 待てよ……
「おっと、自己紹介がまだだったね。先程そこのパスカルさんから少し紹介されていたようだけど、僕がドクトルBこと、
「火渡……?」
「ああ……そういえば、一時期僕の姉さんがお兄さんたちのお世話になったと聞いているよ。弟の僕から言うのもなんだけど、姉さん、ちょっと変だろ? 学校で浮いてないかなって心配だったんだけど、お友達ができたって聞いて安心したもんだよ」
「え、お前、やっぱ翼の弟なのか!? あいつ、兄弟がいるなんて一言も言ってなかったぞ!?」
「あー……だろうね。僕のことどころか、身の上話すらしたことないんじゃない?」
「ん……? そういえば……」
一応一言目は会話にはなるんだが、二言目には風がどうこう言いだす奴だった。
最初の頃は困惑したものだが、一か月もすれば皆そういう奴だと慣れてしまった。だけどそれ故に、確かに翼とはあまり踏み込んだ会話をしてこなかったように思う。
「僕もあんまり他人のことを言えた立場じゃないんだけど、姉さんはちょっと生い立ちが特殊でね……普段ああなのは、仕方ないところがあるんだ。ただ悪い人ではないから、お兄さんさえ良ければこれからも仲良くしてくれると嬉しいな」
「それはまぁ……って、ちょっと待て! クロエの話が本当なら、お前亡国機業の幹部なんだろ!? まさか、翼も……!?」
「え、今更? ……でも、幹部っていうのはちょっと違うかな。立場的には、そこのクロエちゃんと大して変わらないよ。精々、外様の協力者ってところさ。姉さんもまぁ、遠からずってところかな」
「……私達のISの調整を一手に引き受けておいて、今更外様と主張するのは筋が通らないのではないか?」
「……パスカルさんは今日は背景なんですよね? ちょっと黙っててくれません?」
「…………」
……凄ぇな。葵がただものじゃないのは見ればわかるが、いくら気を抜いているとはいえあの殺意の塊みたいな女を笑顔で黙らせたぞ。
いや、だから流されるな。翼の弟の存在と、まさかあの電波少女が亡国機業のエージェントだったという意外過ぎる事実が判明したが、今大事なのはそこではなく――――
「――――今後の付き合い方はそっちの出方次第だ。つーか、一方的に人を拉致してきた上にISまで取り上げやがった奴等の台詞かよ。俺の仲間だって怪我させられてる。どの面下げて言ってんだ……!」
「……それについては僕からは申し訳なかった、としか言えないな。ごめんよ……こんなことで償いになるとは思ってないけど、調査が終わったらお兄さんも白式も、然るべきところに帰すと約束するよ」
くそ……この見た目は狡いな。その顔でしゅんとしながら謝られると、怒鳴っているこちらが悪いことをしてるような気がしてくる。
だがあそこまで大掛かりな襲撃を起こして俺を攫っておいて、あっさり俺も白式も返すと言ってきた。
パスカルも口を挟まない様子を見るに、多分この葵の発言は亡国機業の意図からも外れていない。
じゃあ、俺の白式を調べるため
「――――うん、怪訝に思うのもわかるよ。亡国機業の表側の力を持ってすれば、お兄さんのISのデータを手に入れるなり、人を送り込んで調べるくらいは訳はない。けど……できなかったんだよ。僕がこれから調べることは、他の誰にも知られたくなかったから。亡国機業上層部……国のお偉いさん方やIS委員会、果ては
そんな俺の疑問を見透かしたかのように、葵は口元だけで笑みを作り話しながら歩み寄ってくる。
笑っているのは口元だけだ。その老獪な瞳には、先程まではなかった狂気のようなものが一瞬垣間見え、思わず後ずさりそうになる。
「それに、お兄さんは思い違いをしてる。僕が本当に調べたかったのは、白式じゃない。お兄さん。あなただ」
しかし葵は徐々に瞳に宿した狂気を強め、俺のすぐ目の前で立ち止まると、下から俺の目を覗き込み。
「――――やっと会えたね。『白騎士』」
――――恐らく。今後の俺にとって致命的になるその一言を、言い放った。