~~~~~~side「千冬」
――――結局。約束の期限を過ぎても、私はIS学園に戻れなかった。
委員会の連中は余程私をあの場所に帰したくないのか、手段を選ばなかった。
……言うまでもないことだが、基本的にIS学園に集められるような生徒はIS適正を持つ者たちの中でも上澄みだ。
上澄みを選定するということは……どうしても、その過程で
そして……座れる椅子が極端に少ない現状では、才能も熱意も本物なのにどうしようもなく零れ落ちてしまう者もいる。
委員会は、私が処罰として拘留されている間の仕事として、何処からかこういった事情の少女たちを搔き集め、彼女たちの指導を依頼してきた。
国軍や、企業所属の訓練生としてISに携わる道を選んだ少女達。IS学園生とは違うアプローチで国家代表を目指している彼女達は、国家代表搭乗者からの直接指導を強く望んでいた。
断ることもできた。だが……実際に私の目の前に連れて来られた少女たちの目を見た上で、それを言葉にすることは、どうしても出来なかった。
私は、自分が元来自分本位な人間であることを自覚している。
教職など、向いていないどころか名乗ることすら烏滸がましい人間だ。ほんの半年すら満たない時間、教師をやっていた程度の実績で教導官面など、我ながらちゃんちゃら可笑しいとわかっている。
だが、それでも。
一片の曇りもない、強い憧れと切望が混ざり合った目で見つめてくる少女たちを、見捨てることは出来なかったのだ。
しかしそうして引き受けたのはいいものの。
私にはやはり人を教える才能はなく、一月程度では十分な指導は叶わなかった。
この時、私は迷ったが……やはり一度引き受けたものを途中で投げ出すのは性分ではなく、CBF開催ギリギリまで指導期間を延ばすことを選んでしまった。
後から思えば……こういった、どうしようもなく追い詰められているという程でもないけれど、どちらかといえば弱い立場の人間。
彼等、若しくは彼女等を口八丁で良いように操り、自分にとって都合の良い状況を作り出すのは、『
あの男がIS学園理事などという肩書に収まった時点で、私はもっと警戒をすべきだったのだ。
そんな後悔が最早遅かったと悟らされたのは、結局CBF終了後まで伸びてしまった訓練を漸く終え、面倒を見ていた少女たちに訓練の終了を告げ、IS学園への帰還準備をしていた途中のことだった。
IS学園から連絡が来ている、と私のところに呼び出しがきた。
帰還こそ伸びたが、IS学園とは定期的に連絡を取り合っていた。だからこそ、私は轡木氏か山田からだろうと、何も疑うことなく電話に出た。
『よう千冬。元気にしてたか?』
――――電話から響いてきた声は、紛れもなくあの男のものだった。
「貴様っ……!」
『おう、大分お怒りのようだが切るなよ? 折角俺が、まだお前の耳にまで届いていないであろう、フレッシュなニュースを二つもお知らせしてやろうってんだからな』
まともに聞いてやるつもりなどなかった。
が、いきなり告げられた、亡国機業のIS学園襲撃により一夏が失踪したという最初の知らせに、私は乱され――――
『――――言っただろう? おままごとは、いい加減にしておけと』
――――束が私に隠し続けてきたであろう真実を、ついに私は知ってしまった。
「――――そっか。とうとう知っちゃったんだね、ちーちゃん」
「!?」
私が全ての怒りを叩きつけるように電話を切り、その場に崩れ落ちると、すぐ後ろから声が響く。
振り返ると、いつの間にかすぐそこに束がらしくもなく、悲しそうな顔で立っていた。
「……これが、今までお前が私に隠してきたことか。何故、今回は奴を止めなかった」
「他の奴がバラそうとしたんなら殺してでも止めてたよ。でも……あいつだけは別。あいつに知られて、ちーちゃんが知らないままだと、きっとこの秘密がいつか私達の弱点になると思った。だから……今回は、喋って貰うことにしたの」
「そうか」
「ごめんね。どうしても、私の口から伝えられる勇気はでなくて……怒った? それとも、失望したかな。ちーちゃん」
「…………」
「ちーちゃんの好きにしてくれていいよ。殴っても……殺してくれても。それで、ちーちゃんの気持ちが晴れるなら……私、何でもするよ?」
「……私に詫びてどうする。お前が……いや。私達が詫びなければいけない者がいるとすれば、それは一夏だけだ。結局命を失うまで何もしてやれなかった、出来損ないで無能な姉として、な」
「そう、だね……その、通りだ」
「お前には寧ろ、礼を言わねばならない立場だろうな、私は……本当にあの場で一夏を失っていたら、今頃私は――――」
「やめてっ! 他に何を言ってもいいけど……お礼だけは、やめて。私は……また、なにも救えなかったことを、ただ誤魔化しただけ」
「……わかった。ならば……傲慢で勝手な私はお前に、望みだけを伝えよう」
立ち上がる。
そうだ。最初から、迷うことなどない。
この際、嘘でも飯事でも構わない。誰が何と言い、否定しようとも。
その正体が、何であったとしても。
私の弟は――――今いる一夏だけだ。
一夏を守るためならば、私はなんだってできる。してみせる。
「――――最早手段は選ばん。『鬼哭零落白夜』を解放してでも、私の弟を取り戻す。そして……あの地べたを這いまわっていた頃と変わらず、私達には生き辛いだけの今の世界を、少しだけ綺麗にする。邪魔をする者は全て殺す。手を貸せ、束」
「……うん。わかったよ……ごめんね。ちーちゃん」
どこまでも悲しそうな束の顔から、目を逸らして歩き出す。
もう鏡も見たくなかった。今の私はきっと、この世の全てを憎んでいた頃の私と同じ目をしているだろうから。
……
奴は相変わらず私の方を向くことはなかったが……はっきりと、私を嗤っているのがわかった。
――――そうか。好きにするといい……だが、一つ予言をくれてやろう。貴様はいずれ、必ず我欲のまま
――――結局、奴の言う通り、か。
一時は母のように生きられるかもしれないと、希望を持ったし、心のどこかで願っていた。だがやはり、私は――――
――――ごめんなさい、母さん。貴女の娘は、どこまでも親不孝者だったようです。
~~~~~~side「???」
――――神様ってやつは、ただただ理不尽なのか。そうじゃなければ、とんでもなくバカなんじゃないかな。
彼と出会ってから、幾度となくそんな言葉が頭を過った。
だって、彼はボクからすればどう見ても、価値のある人間だもの。
彼が皆から悪く言われるのは、どう考えてもただ数値的に優れているだけで、人間的には無神経で能天気な彼の姉のせいだ。
なのにそんな姉を一切恨まず、行き場のない感情を誰かにぶつけたい筈なのに、ボクみたいな価値のない人間にまで笑いかけてくれる。
会ったこともない双子の姉をってやつを恨んでばかりで、赤の他人なんて敵しかいないとずっと思っていたボクには、凡そ理解が及ばないタイプの人間だった。
最初は妬ましいとすら思った。見下しもした。苦労も知らない、綺麗ごとばっかり言うお坊ちゃまが、って。
『ありがとな、レイシィ!』
だけど直ぐに思い知らされた。
正しい人間てものは、生まれとか、境遇がどうかとかなんて関係ないのだと。
何もかもボクと違い過ぎて、恨むのも妬むのもバカらしくなった。
……戦女神の決勝戦まで、足止めしろと言われていた。そのための手段は問わないと言われたし、必要なものはなんでも支給するっていう、破格の条件だった。
そのくせ相手は素人同然で、これで失敗する方が難しいってくらいの。
だから……多分、生まれた初めて我儘を言った。必ずやり遂げるから、最後までボクに任せて欲しいって。
――――ボクがしようとしてたことなんて、きっとイブ……いや。パスカルにはお見通しだったんだろう。
でも、やらずにはいられなかったんだ。
……計画には彼の抹殺も含まれていた。彼に利用価値がなくなれば、それはきっと速やかに実行に移される。
ボクにはそれを、止められる力はなかった。なら、せめて――――自分で請け負いたくも、それを目の前で見たくもなかった。
だから……なんの覚悟もないまま全てを投げ出して、ボクは逃げる道を選んだ。
――――それが最悪の未来を呼ぶことになるのを、想像すらせずに。
ボクが傷つけた彼が、それでも戻ってきてくれた時。
あれっきりになることを覚悟していたボクは、いけないとわかっていながら、嬉しいと感じてしまった。
……でも。既にこの時全てが手遅れだった。
――――嫌い。気づけばボクが唯一はっきり自覚している感情だけが、口をついて出る。
何もかもが嫌い。
きっと知らないどこかで、母親とかいう女と幸せに暮らしているであろう姉も。
そんな姉のことを案じていることを隠せていないくせに、ボクの保護者面してくるイブも。
どいつもこいつも何考えてるかさっぱりわからない、イブの同僚とかいうやつ等も。
一見どうにでも操れるように見えて、何一つ思い通りにならなかった彼も。
なにより――――人を騙して傷つけることしか能がない、自分が。
そしてこの日……ボクはいっそう、自分のことが嫌いになった。
「あ……」
崩れ落ちた廃ビルの瓦礫の中。
落ちてきた瓦礫に捥ぎ取られるように持っていかれた、かつて左腕があった場所を押さえながら、芋虫のように彼を探した。
無くなった左腕は、やがて見つかった――――
――――変わり果てた姿でそれを大事そうに抱えながら事切れている、彼と共に。
「あ……あああああぁぁぁぁぁっ!!!」
目の前で何が起きているのかわからなかった。いや、頭が理解を拒んだ。
どの道、彼が今日死ぬのは決まっていた。それは承知していた筈なのに、心のどこかで彼が死ぬはずがないと思っていた自分がいた。
だって、彼は正しいから。
ボクやあいつらみたいな、間違った人間が、彼みたいな人を害せるはずがないなんて。
いつの間にかボクは、そんな子供じみた確信の元、彼をここから逃がしさえすれば、後はどうとでもなると考えていた。
彼は一人ぼっちだといっていたけど……ボクみたいなどうしようもない人間でさえ、助けてあげたいと思ったのだ。
他のボクなんかより何倍も正しく生きている人間が、彼に手を差し伸べないなんて、実際にある訳ないっ、って――――
嫌いだ。
――――最初は、このまま瓦礫の下で彼の後を追おうと思った。
そうして、謝らなきゃと。
けれどそれすら叶わず、後からやってきたエムに瓦礫の下から引き摺りだされた。
せめて彼も一緒に出してあげようと思ったけど、それすら叶わなかった。
「おい、死体の回収はいらんとパスカルから指示があった筈だが? ……フン。カスみたいな女に騙された挙句、瓦礫の山に埋もれながらゴミの様に死んでいく末路とはな。親にすら望まれなかった忌子の最期に、なんとも相応しいじゃないか」
「おまええええぇぇぇぇぇっ!!!」
「うるさいぞ。これ以上私に手間を掛けさせるなよ、雑魚が」
「あがっ……! う、あ……いち、か……」
嫌いだっ……!
「……よくやった、シー。織斑千冬は仕留め損ねたが、作戦は概ね上手くいったといっていい」
「……死なせて」
「駄目だ……他でもない。あの少年が望んだからこそ、今お前は生きている。それを忘れるな……今は、休め」
「っ……!」
――――皆、嫌いだっ……!
――――それから、また時間が流れた。
どれくらいか、なんてのはわからない。彼が死んでから、月日を認識することすら億劫に感じた。
結局、あの後誰も傷ついた彼を助けなかった。
そんな奴らが当然のように日々を過ごし、偉大な姉の汚点のように扱ってた彼のことなんて、最初からいなかったかのように忘れていく。
そして、自分も遠からずそうなる。それが、たまらなく嫌だった。
嫌い。
正しい人間でも呆気なく死んでしまう世界が嫌い。
正しくない人間でも、大手を振るって生きられる世の中が嫌い。
傷も痛みも忘れてしまう、人間のことが嫌い。
何もかもが嫌い。嫌いっ……!
けれど、そんなある日。
「生き、てた……?」
彼が、ISを動かしてIS学園に入学したというニュースが耳に飛び込んできた。
それから当時のことを調べ直したら、篠ノ之束と織斑千冬があの後駆け付けてきて、彼を救助。彼は奇跡的な生還を果たしていたことを知った。
――――また、彼に会えるかもしれない。
胸に僅かに、そんな希望が宿ったのも束の間。
ドクトルBとかいう、胡散臭い子供から聞かされた事実に、ボクは再び絶望させられることになった。
彼は、確かにあの時死んでいた。
今IS学園にいる彼は、篠ノ之束が親友を慰めるため、あの場から回収した彼の遺体から作った、玩具なのだと。
ふざけるな、と思った。
最初あの二人が彼を助け出したことに感謝した自分を、殴り飛ばしたかった。
織斑千冬も篠ノ之束も、想像していたより何倍も醜悪で悍ましい人間だった。
なんであんな奴らが、戦女神だのIS開発者だのと持て囃されてるんだ。
できることなら、殺してやりたい。彼と、同じ目に遭わせてやりたい。
彼が……彼が可哀想だ。
生きてる時でさえ、心も体も傷だらけで。
あんな二人の慰み者として、死んだ後でさえ体を玩具にされている。
死後の尊厳を、踏み躙られ続けている。
――――わかってる。
彼が死んでしまったのは、元はと言えばボクがしたことが発端だ。
そんなボクにあの二人を糾弾する資格なんて、あるわけない。
それでも。だとしても。
せめて、彼の最期の瞬間に、唯一立ち会った人間として。
――――彼を解き放ってあげないといけないと。そう、思ったんだ。
できなかった。できなかった、できなかったっ……!
あれは偽物のはずだ。彼の骸を弄って作られた悍ましい人形。その筈、なのに……!
目が合った時の彼は……あの時の一夏のままだった。
だからこそ憎い。憎くてたまらない。
あんなものを造り出した篠ノ之束も。
彼の形を模しただけのお人形でおままごとをして満足してる、織斑千冬も。
あんなものを一瞬でも一夏だと思って何もできなかった、ボク自身も。
もう一度近づいてやり直そうにも、察知されたのかあれの近くにパスカルがついてしまった。
ボクじゃ、あいつを出し抜けない。
それに……ドクトルBの奴が何かしたのか、目を醒ましたはずのあれはまた、死んだように動かなくなっていた。
あれを見てしまったら……近づけなかった。
一夏じゃない。彼はもう死んだ。そうわかっていても、あの日のことを思い出して膝が震えた。
例え本物ではなかったとしても――――もう一度、自分の手で一夏を殺す。
その目的を、きっとボクは自分で思っていた以上に軽く見ていた。だけど。
……ドクトルBは、調査が終わったらあれをIS学園に帰すと言っていた。
冗談じゃない。今回の襲撃だって、あれだけ手間を掛けたのだ。
もう一度あそこに戻られたら、多分ボクが生きてる内に、二度とチャンスは巡ってこない。
唯でさえ……もう、時間がないんだ。
だから……どんなに身を裂かれるような思いをしたとしても。この行動の果てに、この命が尽きるのだとしても。
今の内に、やらなきゃいけない。
――――だって、それが……
今のボクにできる……一夏への、精一杯の贖罪なのだから。