IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百五十一話~タネアカシ~

 

 ――――気づけば、あの懐かしい場所に俺はまた降り立っていた。

 

 夕焼けに照らされる、廃ビルの屋上。

 俺はパラペットの上に腰かけていて……パラペット上のフェンスの向こう側に、あの『俺』が俺と背中合わせに座っているのが分かった。

 随分と危ないところにいるなと思うが……まぁ、こんな場所で落ちるも何もないか。ここは現実って訳でもないみたいだしな。

 

 「――――知ってたのか?」

 

 今になって呼ばれたってことは……間違いなくさっきの件のことだろう。

 だから俺は、当然のように主語を抜いた上で本題に入る。

 

 「当たり前だろ。ここに戻る前に撃たれた時点で、もう助からないだろうなとは感じてた……あん時は、それでもいいと思ってたしな。流石に死んだ後、こんなことになるとは思ってなかったが」

 

 「……じゃあ、自分がISだってのも?」

 

 「そいつはお前が俺……白式のフィッテイングを済ませた辺りでだな。お前みたいのが現実じゃまだいたってのを知ったのもその時だ……それまで俺はもう、とっくにくたばったことになってると思ってたからな」

 

 「そう、かよ……なぁ……お前が、本当の織斑一夏、なのか?」

 

 本当のことを知って。

 もう一度こいつに会う機会があったら、聞いてみたかったこと。

 ……正直思っていた以上に爆速で機会が回ってきたので戸惑っているし、聞くのが怖くもあったが。

 それでも、聞かずにはいられなかった。

 

 「違う」

 

 ――――返ってきたのは、即座の否定。

 少し意外に思ったが、続けざまに放たれた『俺』の言葉を聞いて、俺も納得した。

 

 「本物の織斑一夏なんて奴は、もういない。とっくの昔に、ここで死んだ。俺は、かつて織斑一夏だったものの残りカスだ。その点では、俺もお前も変わらない」

 

 「やっぱ、そう、なのか……」

 

 「なんだよ? 気休めでも言って欲しかったか? 慰めが要るんなら、他を当たれ」

 

 「生憎、こちとら今絶賛敵の手中だ。相手がいねぇよ。クロエは頼めばやってくれるかもしれないけど、あんま迷惑かけたくないしな……じゃあさ、お前……俺のこと、恨んでるか?」

 

 「…………恨んでるに決まってるだろ」

 

 俺と同じと思えない位、低い声が返ってきた。

 だろうな。それについては初めてこいつに会った時から感じていた。

 

 「逆の立場になって考えてみろ。一年前、この場所で意識がなくなったと思ったら、ここに一人で置き去りにされた挙句、表で呑気にしてるお前の完成を一方的に手伝えときた……地獄とやらに落ちた方が、まだマシだ」

 

 それは……キツい。

 何せ、かつての俺の罪の象徴のような場所だ。

 ここからどこにも行けず、一年も閉じ込められるなんて……考えただけでゾッとする。

 いくらなんでもこんな責め苦を味わされる謂れはないと、全てを呪うかもしれない。

 

 「だから全てを知った時は……全部をブチ壊してやろうと思った。残りカスのお前ごと俺を消し去って、今度こそ織斑一夏を正しく死人に戻してやるってな」

 

 「……その割には、随分と大人しくしてたじゃねぇか?」

 

 「……白煉だよ。第一次形態移行(ファーストシフト)と同時に、機体としての制御権は殆どあいつに握られちまった……為す術なかったよ。俺はあんときのお前以上に、ISなんてものの知識はなかったからな」

 

 「白煉……! そういや、あいつはどこいった!? 亡国の連中に何かされてないよな? 前は、ここにいただろ?」

 

 「お前に合わせる顔がねぇってさ……あいつ、俺のデータを使ってお前を人間に戻すのが最優先任務だったから、達成が遠のいて落ち込んでる。今はそっとしといてやれ」

 

 「……俺が自分の正体のこと知るの、そんなにヤバかったのか?」

 

 「さぁな。ただ、もうお前は自分が一種の生体ISだと自認しちまった。ここから先のISの自己進化の方向性には、間違いなく影響が出るだろうな」

 

 自己進化、ね……どうなるのかね、俺は。

 流石に今日明日で、機械の体になってるとかは勘弁して欲しいが。

 

 「話、もどすぞ……で、否応なくお前の調整とやらに付き合わされることになった俺だが、せめてもの腹いせに白煉の奴とは最初殆どコンタクトをとってやんなかった。すると、だ……そいつを不満に思った元締めが、嘴を突っ込んできやがった」

 

 「それって……」

 

 「ああ。束さんと……黒煌の奴だよ。あの無人機とVTシステムの件は、お前の感情を搔き乱して俺を白式から引き摺りだすために仕組まれたことだ」

 

 「っ……!?」

 

 驚きの事実ではあったが、同時に腑に落ちもした。

 通りであの黒煌の奴、一々俺の癇に障るような真似ばかりしてきたわけだ……いや。無人機の時は兎も角、VTシステムの時の煽りカスのノリは絶対愉快犯だっただろアイツ。思い出したらまた腹立ってきた、次会ったらブッ飛ばしてやる。

 束さんも無茶苦茶しやがる。いくら俺の為だったとはいえ……これ、流石に一回くらい怒ってもいいよな?

 

 「無人機の時は、お前の感情が心底鬱陶しかったが、無視を決め込んだ。あの時の俺は、例え箒だろうが鈴だろうが、どうなろうが知ったことかと本気で思っていたからな」

 

 「お前……!」

 

 「……もう、死人の俺には生きてる奴らのことなんて関係ないって、ヒネてたんだよ。悪かった。俺の事情なんて、それこそあいつらには関係ないってのにな」

 

 正直、イラついている。

 俺の知らないところで周りを巻き込んで、好き勝手やっていたらしい束さんにも、白煉にも、こいつにも。

 けれど何も知らずにのうのうと過ごしていた俺が、責める資格がないのもわかっている。

 でも……確かにあの件で、箒や鈴は傷ついたのだ。

 

 「でも……VTシステムの時は、まんまと釣られちまった。俺の頭を押さえ込んでた白煉が一時的にいなくなって、チャンスだと思った。今思えば、それすら黒煌の野郎の罠だったんだが……わからんなりになんとか白式の制御権を握って、暮桜に化けたラウラとお前がやり合ってる時、絶対防御を止めてやった」

 

 「ああ……あれ、そういうことだったんだな」

 

 「馬鹿だったよ。お前自身がISなんだから、俺が守護を放棄したところでお前を殺せる筈もなかったんだから……で、その結果。碌な成果も挙げられなかった上に、あのクソ黒煌(しょうわる)を通して俺の意図が束さんにバレた」

 

 「……どうなったんだ?」

 

 「戻ってきた白煉の奴に、もう二度とコアから出てこれないくらい雁字搦めにされたよ。お前が完成すれば、白騎士(お前)に統合される形で俺も生き返れるのに、どうして邪魔をするんだとも問い詰められもした……俺は別に、生き返りたくなんてなかったのにな」

 

 「お前……」

 

 「だけどまぁ、あれをきっかけに白煉とはちょくちょく話すようにはなった。あいつに終いには泣きつかれて……渋々だが、お前の完成に手を貸すことにした。今のお前と白式があるのは、殆どあいつのお陰みたいなもんだ。感謝しとけよ?」

 

 「わかってるよ……」

 

 「ま、俺が言うなって話か……けど、そんな意思疎通の成果か、福音にお前が墜とされた時、この機会に話してみたいと白煉に申し出たら、あっさり許可を貰えたわけだ」

 

 「何が話すだよ。お前、最初からやる気だったろ」

 

 「そりゃ、目の前にこの世で一番ムカつく顔の腑抜けがいたら殴るに決まってんだろ。大体、あん時もまだ諦めてはいなかったんだぜ? ……何せ、お前を俺諸共消すには最高のシチュエーションだったしな。あそこで体良くお前を再起不能にしちまえば、織斑一夏は名実ともに目出度く作戦行動中行方不明(MIA)って寸法だ」

 

 「……俺、あそこでお前に負けてたら死んでたのか……」

 

 「少なくとも、俺はそのつもりだったってことさ……まぁ、結果はあのザマだ。お陰でやっと、諦めがついたよ。みっともないのは、俺の方だってな」

 

 「……!」

 

 『俺』の、声色が変わった。

 それは、どこか明るいようで……同時に、何かを吹っ切るような。諦めてしまったような、響きを含んでいた。

 

 「――――IS学園、か。この一年、本来望むべくもない夢の続きにしちゃあ、悪くないものを見せて貰ったよ。俺もお前みたいに生きれたんだとしたら……生き返れるってのも、そう悪い話でもなかったのかもな」

 

 ――――それはまるで……本当に、これから死のうとしている人間の、ようで。

 

 「ああ……正直、第二次形態移行(セカンドシフト)が終わってからは、もう主導権を全部お前に渡して、後は消えるのを待ってるような状態だったんだが。生憎ここにきて……一つ、未練ができちまった」

 

 「それ、って……」

 

 「――――惚けんなよ。わかってんだろ? 一夏」

 

 ――――ああ、そうか。

 やっぱりさっきのあいつ、そう(・・)なんだな……

 

 「勝手なのはわかってる。お前だって、あいつにはいくらでも言いたいことがあるだろう。でも……どうか、そこを曲げて頼む。一度だけでいい……またあいつに会った時、俺に代わって(・・・・)くれないか?」

 

 「何をする気だ? お前があの時のことであいつを恨んでて、恨みを晴らしてやろうってんなら……悪いが、聞けない」

 

 「はは。この恨み晴らさでおくべきか、ってか。何とも死霊らしい話だが……違う。まぁ我ながら落ちるところまで落ちたが、自業自得を他人に押し付けるようなクズにまでは、落ちぶれちゃいないつもりだ」

 

 「なら、なんで――――」

 

 「――――もう人間の枠からはみ出しちまったからこそ、わかることもあるってことだよ。あいつは……多分また俺、いや。お前を殺しに来る。きっとそれが、自分の責任だと思っちまってる……あいつのISが、教えてくれたんだ」

 

 「どういう、ことだ……?」

 

 「……それがわかんねぇような奴だから、お前に任せておけねぇんだよ。いいか、代われよ。忘れやがったらマジで化けて出てやるからな?」

 

 「ったく……わかったよ。やり方なんて知らねぇから、そん時が来たらお前が自分でやれよ?」

 

 「わかってる……言いたかったのはそれだけだ。そら、お迎えだ。とっとと帰れ……お前が、帰るべき場所にな」

 

 「あ……」

 

 ふと見ると、階下へ続く階段があるフロアの扉が開け放たれ。

 その扉の隙間から、こっそりと。申し訳なさそうな色を宿した、青いジト目が覗いていた。

 あの普段の太々しさが消え失せた相棒の姿を見て、これは重傷だな、と思いながら立ち上がろうとすると、それに先んじてフェンスの向こう側の『俺』が立ち上がったのがわかった。

 

 「――――おっと。最後に、もう一つネタバレだ。俺達は残りカスだと言ったろ? 死んだ織斑一夏から抽出できた生体情報からだけじゃ、流石の束さんでも生きてる織斑一夏を再現できなかった。だから……足りない部分は、千冬姉の生体情報が使われてる。『お前』の単一仕様能力が『零落白夜』なのは、そいつが理由だ」

 

 「な……!」

 

 「つまり……認めるのは癪だが。お前に流れてる千冬姉の血の分だけ、俺よりもお前の方がきっと、本物の『織斑一夏』に近い。千冬姉の力、正しく使え……それが、これから織斑一夏を引き継ぐ男の、最低限の義務だと思え」

 

 「っ!?」

 

 ――――もう、自分は違う。

 いかにもそうとでも言いたげな最後の言葉に、俺はとうとう後ろを振り返った。

 だが……もうそこには、最初から誰もいなかったかのように。フェンスの向こうには、綺麗な夕焼けの空があるだけだった。

 

 なんとなく、気づいていた。

 あいつと会うのは――――きっと、次で最後になると。

 

 まったく無責任な奴だ。散々俺や周りを巻き込んで死にたがりをした挙句、あいつのこと以外に関する織斑一夏の責任を、全部俺に押し付けてきやがった。

 一見何にも執着がなさそうに見えて、大事なことだけは何が何でも譲らないのは、どこまでも『俺』で腹立たしい。

 福音の時、もっと殴っておけば良かったな。

 

 けどまぁ、お陰で、というのもなんだが。

 決心はついた。俺の正体がなんだろうが、他の誰かに偽物だと謗られようが。

 

 ――――俺は、織斑一夏だ。

 あの『俺』のためにも、何より俺自身のためにも。

 そのように、振舞うべきだと。

 

 「お~い、恋ちゃん。帰るぞ~」

 

 『……その名前で呼ぶの、止めて頂けませんか?』

 

 未だ家政婦は見た! 状態になっている白煉にふざけながら声をかけると、未だ俯いたままながらもおずおずと白い女の子が扉から出てくる。

 どうも、さっきの『俺』の話では、束さんの密命を帯びて俺を人間に戻すべく、誰にも知られず孤軍奮闘していたらしいこいつ。

 その達成が危ぶまれる事態になり、随分と落ち込んでいるということ、だったが。

 

 俺に言わせれば、そんなことはどうでもいいと言い切れるくらい、こいつは今まで良くやってくれた。

 だからそんな意図を込めて、普段のデカい態度の割に随分と小さい白煉の白い頭を雑に撫で回してやる。

 

 『なっ、なにを……!?』

 

 ……比べるのは失礼かもしれないが。こいつも、ある意味では俺と同じだ。

 意思も感情もあるが、命はない。この姿だって、本人が言う様に仮初のものなのだろう。

 でも今、この場で。俺の指に伝わってくるこいつの体温は、確かに温かかった。

 なら――――それで、いいじゃないか。

 命がなかろうが、本物じゃなかろうが……傍から見て、織斑一夏であるのなら。きっと、俺はまだそれを張り通せる。

 

 「行こう、白煉。何があろうと……俺が、織斑一夏だ。お前が、そうさせてくれる。そうだろ?」

 

 『! ……勿論です、マスター。貴方が貴方であることを取り戻すまで、私は決して諦めません。だから……今まで、貴方を騙してきた私を、許してくださいますか?』

 

 「許すも何もあるかよ。お前なしじゃ、俺はこの白式(ポンコツ)一つ、満足に動かせないんだ。これからも頼むぜ」

 

 『……はい!』

 

 泣いたカラスがもう笑った……っていうのはちょっと違うか。

 福音の時に微笑んでくれたのは見たけど、明確に笑ったのは初めて見たな。

 

 ……多分、白煉も成長してる。

 AIが成長できるんだから……ISの俺も、こいつに習わないとな。

 そう思った途端、俺の右手が僅かに青い光を帯びた。

 同時に、自分の中で何かが解放されたのを感じた……どうやら、『俺』の言うところの自己進化が早くも始まりだしたっぽい。

 現実に戻るのが怖いな……どうか、目を醒ましたらロボになってませんように。

 

 なんて、実際は内心恐々としつつ、顔に出さないようにしながら白煉と手を繋いで、恐らくあの『俺』だけが通れないであろう、扉を潜る。

 

 「――――誰がポンコツだ、コラ」

 

 ――――少しだけ。後ろ髪を引かれる気持ちはあったが……もう、振り返らなかった。

 

 

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