――――これは……全部を知る前なら、
「一夏っ!?」
戻ってくることができた、と思った瞬間、全身から力が抜けた。
そして外に出るまでは一切感じなかった、疲労感や虚脱感といったものが一気に押し寄せてくる。
思えば、黒煌の言う通りなら一か月にも渡って飲まず食わずでほぼ寝ていたことになる。
普通に考えればこんなんで済むわけもないのだが……人目を気にしたのか、自然と俺の中の『
――――くそっ……ならせめて、もうちょっとくらい気を利かせてくれたっていいだろうがっ……!
急激に薄れていく意識の中、心配そうに覗き込んでくる、恐らく助けに来てくれた誰かの影だけを認識しながら、心の中でそんな悪態をつきつつ。
――――しんどそうなところ悪いが。約束は約束だぜ、一夏……
「……!?」
そんな、どこか申し訳なさそうな、自分のものではない自身の声が、頭の奥で聞いたのを最後に。
抗いようもなく、俺は海から引き揚げられた直後視界が暗転した。
~~~~~~side「シャルロット」
皆と一緒に海面に出るなり、一夏が急に意識を失ってしまった。
この事態に僕等は大いに慌て、鈴とラウラなんて半狂乱になりかけていたけど、ISのバイタル表示からすぐにただ寝ているだけなのがわかってなんとか落ち着いてもらうことができた……死ぬかと思った……
「匿名の協力者からもう脱出してるって連絡があったとはいえ……さっきまで敵に捕まってたんだもんね。あんな悪ふざけ、するんじゃなかったよ。ゴメンね、一夏……」
聞こえていないとわかっていながら、幾分か最後に見た時よりやつれた気がする、一夏の顔を覗き込んで謝る。
そんなつもりじゃなかったんだけど、僕を見て他の皆も申し訳なさそうな顔をしている気がした。
……なにかまた、一時期一夏がいなくなった後みたいな空気に戻りそうな感じがしたので、慌てて明るい声をあげた。
「ほらっ、皆! 一夏を連れて戻るまでが任務だよ! 早くアーリィ先生に報告しよう」
――――思い返せば、ここ一か月の間は大変だった。
箒は放っておくと一人で思い詰めた末、フラフラと訓練中に何処かへ行っては静寐に怒られて連れ戻されてくるし。
鈴はずっと殺気立ってて、一夏のい、と口にしただけでも取り乱して誰彼構わず噛みつくし。
セシリアは一見皆を纏めようと冷静に振舞っているようで、自他共に思い通りにいかないとすぐヒスを起こすし。
ラウラは初めて出会った時みたいな、冷たい軍人然として訓練を受けているようで、夜寝るときになると子供返りを起こしたように一夏や織斑先生を呼んでメソメソと泣くので、何度も抱きしめながら添い寝して慰めることになったり。
斯くいう僕も訓練を初めて一週間位の間は、つい一夏を奪われた時のことを思い出してしまって気がそぞろになりがちで。
その影響で自らの単一仕様能力すら上手く扱えなくなってしまい、ソルティレージュ・ガチェットによる武器精製を何度も失敗し、それを鈴やセシリアに見咎められ。
――――「アンタ、いつまでノロノロ意味ないことやってんのよ? やる気ないなら目障りだからどっか行ってくれる?」
――――「一夏さんの足を引っ張っておいて、その危機感のなさはいっそ羨ましいですわね」
――――「っ……! うるさいなっ! 他人のこと気にしてる暇があったら、自分の力を少しでも磨いたらどうなのさっ! 二人だって、
――――「……は?」
――――「なんですって……?」
今思えば随分と酷いことを言ってしまい、その後三人揃って箒とラウラに怒られるまで、一週間位二人と険悪になったりしたりした。
一時は皆で一夏を助けようと誓ったものの。僕たちは、一夏一人いなくなっただけであっという間にバラバラになりかけた。
アーリィ先生が色んな意味で何回も雷を落としていなければ、亡国機業との再戦を果たすことも、一夏を救いに行くことすら叶わなかっただろう。
……訓練は控えめに言っても地獄だったけど、お陰で皆余計なことを考える余裕もなくなって、曲がりなりにも力をつけられた。
アーリィ先生には、本当に感謝してる……何度も死ぬかと思ったけれども。
アーリィ先生の名前を出したことで、皆もあの地獄の訓練の日々を思い出したのか、それぞれ複雑な感情が見え隠れする表情を浮かべながら頷いた。
「ああ、そうだな……では、そこを代われ、シャルロット。弟は私が運ぶ」
「泣き虫のチビが何仕切ろうとしてんのよ。シャルロット、あたしがやるわ」
「鈴さんは人のことを言えまして? それに万一のことを考えれば、その大任は前衛のお二人より後衛のわたしくが担うべきですわ。シャルロットさんもそうお思いでしょう?」
いや……やっぱダメ、かも。
皆大事な友達で仲間なのは確か、なんだけど……とっくの昔にわかってたことだけど、それはそれとして皆潜在的な敵だ……!
微妙な緊張感の中で睨み合いになる僕等。
けれどその均衡を破ったのは、先程唯一意思表明をせず呆れた様子で一連の流れを見ていた箒。
「……付き合いきれん。先に行かせてもらう」
そう言って先に仮拠点に向かって飛び始める箒。
――――物凄く自然かつ、有無を言わせぬ動きで僕から一夏を奪い取り、彼に肩を貸すようにして運びながら。
「あっ……!」
「ちょっと!? ズルいわよ箒!! 待ちなさいっ!!」
「くっ……! 未だ完全体には遠いとはいえ、流石はあの紅椿。純粋な直線軌道だと、鈴さんの単一仕様能力のような反則なしでは単体で追いつけませんわ。こうなったら手を組みますわよ、ラウラさん、シャルロットさん!」
「うむ。抜け駆けは許さんっ!」
先行する箒を慌てて追いかける皆を、一足遅れながら飛ぶ。
なにか別の問題が浮上してきたような気もするけど……なんにせよ、一夏を取り返すことが出来た。
皆一夏がいない日々に追い詰められて、一時はこれからどうなることかと危ぶんだこともあったけど。これでやっと前みたいに――――
――――そう思って、一瞬でも気を抜きかけたのが悪かったのか。
ラファールのハイパーセンサーが異常を察知したのは、その時だった。
「! ラウラッ!」
「……っ!?」
ハイパーセンサーに赤く表示された警告が示しているのは、あの凶悪な弾道ミサイル。
時間が殆ど無いからこそ、名前だけを呼んだ。
ラウラはほんの一瞬だけ戸惑った様子だったが、すぐに状況を悟ると空中で空間を蹴るように反転。
僕に近づくと、ラファールとレーゲンの手と手が触れあった。
――――シュヴァルツェア・レーゲンを認証……
ほぼ同時にラウラの
これを解放した状態のレーゲンのAICは、ラウラが視認できる範囲の全てのオブジェクトを問答無用で停止させられる。
そして僕の単一仕様能力を共有したことにより、今のラウラは上空から真っ逆さまに落ちてくるミサイルの内部構造までバッチリ見えている訳で――――
「……成功だ」
弾頭内部の核反応ごと停止させられ、ミサイルは空中に縫い留められた。
……この一か月間の訓練で習得した、単一仕様能力の共有。
どういう訳か、これを実行できるのはラウラのシュヴァルツェア・レーゲンだけだったが、彼女のISの
ぶっつけ本番だったけど、上手くいって良かった……
「シャルロット!」
おっといけない、越界の瞳による強化AICは長時間持たないんだった……!
ラウラの僅かに苦し気な呼びかけに我に返った僕は、すぐさま
ラウラがやり遂げたのなら、次は僕の番だ。
「おいで、『ル・ヴェル』」
ソルティレージュサーキットから出力、拡張領域から呼びされたのは、ハチドリの形をした『自律兵器』。
――――基本的に放課後僕達五人で進められていた訓練だけど、アリーシャ先生の他にも何人か協力してくれた人達がいた。
CBFでセシリアと戦った、フォルテ先輩はその一人だ。
彼女は自身のISであるマーダーホーネットの搭載武装、自律兵器『チェイサーホーネット』の設計データを、他に漏らさないという約束をした上で僕に提供してくれた。
流石にアニムスによる思考パターンまでは解析させてくれなかったが、このデータはこの新しい兵器を創造する上でとても役に立った。
――――「これはあくまで先走ってアンタ等に迷惑かけた詫びッス。ウチはCBFでやられたのを根に持つ底意地の悪いセンパイッスから、アンタ等の応援なんてしてやんないッス。つーわけで、あんましチョーシのるんじゃねッスよ、コーハイども」
自分から協力を申し出てきた癖に、そっぽを向きながらそんなことを言っていたフォルテ先輩を思い出す。
CBFで出くわした時はちょっと印象が悪かったけど、何か理由があって悪ぶっているだけで根は優しい先輩なんだと思う。
IS学園に帰ったら、お礼を言いに行こう……本人は嫌がりそうだけど。
そんな事を思いながら、ラファールの掌の上に出現したル・ヴェルを解き放つ。
ル・ヴェルは歌うような羽音を響かせながら上昇していき、やがて上空の停止したミサイルに辿り着くと、ハチドリのように羽ばたきによってミサイルの傍らでホバリングし、その弾頭に嘴を突き入れた。
――――あのCBFでの事件以来、更識先輩は姿を見せなくなり、一週間程経ってから無期限の休学に入ったことが教務課から通知された。
突然の生徒会長の休学に僕等は戸惑ったけれど、彼女はまるでいつかこうなることを予期していたかのように、休学に入る前に色々なものを生徒会を通して僕達に残していった。
あの時も敵が使った、このミサイルの情報もその一つだった。
本来なら現行の技術では大規模な設備や、核分裂反応による誘発等が必要になる核融合反応をこんな小さなミサイルの弾頭一つで発生させているのは、更識先輩の専用機ミステリアスレイディの単一仕様能力によって生成される、特殊なナノマシンによるものらしい。
どうにもあのミサイルは、かつて更識先輩がロシアでのIS研究に参加した際その研究データが悪用されたことで生み出されたもので。
ロシアは自国のIS技術を秘匿しているけど、それ故にこういった違法研究が行われていないかを探る国際特務機関が民間団体や宗教法人に化けて、抜き打ちで査察を行うことがあるらしく。
不幸中の幸い、この兵器は使用される前に彼らによって発見され、違法な研究成果の一つとして摘発されたことで全て破棄された……はずだったんだけど。
それがどういう訳か、今になって亡国機業によって持ち出されたということみたいだった。
けれど、だからこそ。そのナノマシンや、ナノマシン関連の技術を強制的に停止させるコードを、自らのIS技術を誰よりも知り尽くしていた更識先輩は独自に編み出し、それを休学になる前に残してくれたのだ。
ル・ヴェルは該当ナノマシンの反応を検知すると自動で追跡し、内部に仕込まれた停止コードを打ち込んでくれる自律兵器。
こちらもぶっつけ本番で運用することになったが、幸い無事効果を発揮し――――
「やった……!」
ラウラのAICの効果時間が切れても、ミサイルは爆発せず。
最早ただ重水素が詰まっただけの金属の塊と化したミサイルは、沈黙したまま落下し海中に消えていった。
「次が来るかもしれん。まだ気を抜くなシャルロット!」
「わかってる。でも……多分、その心配は要らなそうだよ、ラウラ」
再度ハイパーセンサーを確認すると、レーダーが高速で接近してくる強い熱源反応を捉える。
……同じ
でも……また有視界戦闘で対処できると思われているなら、絶対にあの時のことを後悔させてやる……!
「……この際、君が何者かなんてもうどうでもいい……借りを返させて貰うよ。ソレイユ」
降って湧いたリベンジの機会に、自ずと体に力が入る。
燃え滾る太陽のようなISは、既に間近まで迫っていた。