~~~~~~side「シャルロット」
――――更識先輩が残してくれた、ナノマシンのデータを見て、気づいたことがある。
それが、この武装を産み出すことになった発端だった。
なんとか作り出すことは出来たけど、これについては誰にも情報を共有しなかった。
……この武装は危険だ。元よりISバトルで運用する気は全くないが、現在のレギュレーション規定からは当然のように逸脱した代物だった。
出来れば敵に対してだって使いたくないくらいだけど……かといって、取り上げられたくもなかった。
ただ、アーリィ先生にだけはどうにもバレていた感じはする。
けれど、多分あの人はある程度知った上で見逃してくれていた。
……ある程度一緒に過ごして為人を知ってわかったけど、あの人が亡国機業に向ける憎しみは相当なものだ。
きっと僕がこの武装で亡国機業の構成員を無残に殺しても、顔色一つ変えずにニコニコしながら褒めてくれると思う……織斑先生とは、違う方向性で怖い人だ。
「僕のこの特殊兵装は、君の単一仕様能力特有の高圧SEに反応して発動するようにしてある……その鎖にSEを流せば、君は終わりだ」
「……つまんないハッタリだね」
「そう思うんなら、好きにすればいいさ」
更識先輩のミステリアスレイディの第三世代兵装、『アクアナノマシン』の力の本質は、ナノマシンそのものが発する指向性エネルギーだ。
仕組み的には電子レンジのそれに近しい。あれは電波によって水分子を動かすことによって発熱させるが、アクアナノマシンは電波に似たエネルギー波動によって水分子に干渉、イメージインターフェイスを通じてその方向性や運動量そのものを直接操作できる。
更識先輩の水が不壊の盾にも、盾殺しの剣にもなるのは、彼女の強固でありながら柔軟性も備えるイメージ能力に下支えされてのものだ。ある程度仕組みは読み取れても、それをそのまま再現することは僕にはできなかった。
けれど……ある程度それに近いものを組み上げた上で、ただ照射するだけの機能をつけるだけならば。
そう思って作り出した兵装は、僕が思っていた以上に凶悪な効果を発揮した。
「くっ……!?」
どうやら強気に出すぎたせいで、本当にハッタリだと思われたらしい。
『
右手に持ったガスパールが黒煙を噴き、括りつけたシュヴァルツェア・ハーゼの徽章旗が燃え出した。
……後で、ラウラに謝んなきゃな……
ことここに至ってそんな言葉が頭を過った後、ラウラと一緒に作った武器を台無しにされたことによる強い怒りと……僅かな諦観が、僕を動かした。
「……警告はしたよ」
黒い徽章旗か炎に巻かれるように燃え出したのを機に。
ル・ヴェル達はレーザーサイトを放つのをやめ――――美しい声で、歌い出した。
「……? 意味のない光の次は鳥の歌? 宴会芸かなにかのつも、り――――」
アクアナノマシンの指向性エネルギーが効果を発揮する対象は『水』。
逆言えば――――水を含む物質であれば、なんであれ幾ばくかの干渉が可能。例えそれが……
ル・ヴェルに搭載されている特殊兵装『ル・ブラン』はその特性に重点が置かれた『対人兵装』。
ル・ヴェルから発せられる、アクアナノマシンのそれと同質のエネルギー波動はシールドを浸透してIS搭乗者に届くと……搭乗者体内の浸透圧に干渉。人体を
……と、ここまで言えば大分残酷な兵器に見えるかもしれないが。
実際のところ、対ISに限ってはそこまで強い効果を発揮しない。
Eシールドを浸透するとはいえ、ある程度減衰はされてしまうし……なにより絶対防御の存在が大きく、ISが正常に機能している限り搭乗者に致命傷はまず与えられない。
……効果範囲にいる限り、SEを大きく消費する絶対防御を相手に強いさせ続けられるというのは、まあそれはそれで強力なのだけど。
――――だが。
それは、
「あっ……がっ……!?」
先程の爆発により、バイザーが剥がれて剝き出しになった敵の顔から、鼻血が噴き出したのがわかった。
直後に強烈な頭痛に襲われているのか、頭を抱えて苦しみだす。
敵ソレイユは、そのあまりに特殊な単一仕様能力故に絶対防御が十全に機能していない。
ある程度指向性エネルギーを減衰できるはずのシールドも、先程のヒートシールドを半ば暴走させる形での
……こうなっては、ル・ブランによる攻撃はほぼ敵搭乗者に素通りする。
多少はISが守ってはくれるだろうが……それでも、10秒も保てば良い方だろう。
ル・ヴェルの歌が海上に高らかに響き渡る。
先ほどのレーザーサイト同様、この歌も兵器としての実質的な何かがあるわけじゃない。
本命の指向性エネルギーによる波動攻撃は電波でも音波でもないため、視角や聴覚では捉えられない。
ならなにかというと……この先のエリアがキルゾーンだと、味方に対する警告のための機能。
そして――――
――――もう、仕方のない子ね……
子供の頃、眠れない夜に、お母さんに歌って貰った
この特殊兵装を使うことになれば、相手はほぼ確実に死ぬ。
そしてそれはきっと、もしかしたらこの歌を、一緒に聞いていたかもしれない、誰かになる。
感傷なのはわかってる。そんな過去はなかったし、未来もない。それで、話は終わり。
でも、せめて――――
「――――これで……眠って」
ル・ブランの攻撃で苦しむ敵と、視線が交錯する。
素顔こそ晒されたものの、その下の顔にも火傷を隠すためか包帯が巻かれていて、顔が似ているかはわからないけれど……やっぱり、包帯の下から覗く青い瞳と、僕のより若干色素の薄い金髪は、お父さんの持つそれによく似ていた。
「ァ――――!!!」
……敵は、何か叫ぼうとしたのだろう。
しかし代わりに口から零れ落ちたのは、真っ赤な血の塊だった。
「っ……!?」
刃鎖から流れ込んでくるSEが増えた!? そんな、あの状態で、まだ……!?
「嘘、でしょ……?」
僕は、敵の単一仕様能力による機体の暴走で。
敵は、僕のル・ブランの攻撃によるバイタルへの致命ダメージによって。
それぞれ動けない筈なのに……ハイパーセンサーが、じりじりと距離を詰めてくる敵ソレイユを捕捉している。
改めて、死に体を引き摺るように近づいてくる敵を見る。
その青い瞳が、燃え尽きる寸前の最後の火のようにゆらゆらと燃えていた。
武器を呼び出して構えようとするも、敵の暴走SEを当てられて一瞬で熔け落ちる。
なす術がないまま、敵が迫る。
――――一体何が、彼女をここまで駆り立てる?
僕は、また負けるの……? この敵と対峙するのに、何が足りなかった……?
「アァァ――――!!!」
そんな後悔に似た考えが、浮かんでは消え……気づけば目の前に迫った敵が、最早半分以上融解しているソレイユの左腕を振り上げる。
――――せめて、気持ちだけは折れるもんか!
最早自由が効かない機体にしがみつきながら、迫る凶手を睨みつける。
そんな僕の最後の抵抗を嘲笑うかのように、熱によってドロドロに熔けた悍ましい凶手が振り下ろされ――――そのまま、宙を切った。
「えっ……?」
最後の最後で力尽きたソレイユが、前のめりに倒れるように、真っ逆さまに海へと落ちていく。
「いち、か……」
流した涙もきっとすぐ乾いてしまうほど、強烈な熱気を撒き散らすISを纏った女の子は。
最後に掠れる声で、何故か僕もよく知る男の子の名前を呼びながら、深い蒼海の中へ消えていった。
~~~~~~side「???」
『人の言う事聞かずに勝手に飛び出した挙句一人で撃墜されるとかなにしてくれてんの? 文脈だけ見たらオイラが無能みたいじゃん。全部アンタが悪いのにさぁ』
手も足も動かない中、先の見えない闇の中に沈んでいく。
そんな最中、他人事みたいに呟く擦れた声が、一緒に闇に沈みつつあった意識を引き戻した。
……一度は受け入れたこととはいえ。今更出てきて言うことがそれかと、苛立ちを覚えるのはボクがおかしいわけじゃないはずだ。
最早声を出す力さえ残っていない中、プライベートチャンネルで声にその苛立ちをぶつける。
「そう思うんなら、ちょっとくらい手伝ってくれても良かったんじゃない、ビル? この薄情者」
『裏切者を助ける義理はないね。命令違反は重罪……規定通り、ISを自爆させなかっただけオイラとしちゃあ温情かけた方さ。感謝して欲しいくらいだよ』
「フン……」
……言われなくても、わかってたさ。
ビルもあのティーの弟とかいう、胡散臭い子供に従うだけの存在で、あいつに言われたからボクのISについていただけ。ボクの味方なんかじゃない。
そもそも、ボクの味方なんて、最初から誰も――――
『何を今更……ハナから全部一人でやるつもりだったんじゃないの? あの生き別れの姉貴にやられて、オイラに見捨てられたくらいで、いじけて日和る気?』
「何、を……? アンタなんかに、何が……!」
『まぁね。オイラには関係ないことさ。だけど……仮にも一時は主だったヤツにさ。あんましダサいことされると、腹立つんだよね。オイラってば、見栄えを気にするタイプだから』
「そんなこと。知ったこっちゃないね」
『ああ、そうだろうとも。だからこれからオイラがするのは……ま、余計なお世話ってヤツさ』
「……?」
ハイパーセンサーに表示された、トカゲのシンボルが一瞬だけ光ったかと思うと、明滅していたソレイユのメインシステム表示が急に光を取り戻し何かのプログラムが走っていく。
これは……どこかと通信してる? でもソレイユはそれができない、筈じゃ……?
それにさっきまで体の至るところが痛くて仕方がなかったのに、次第に痛みが引き始めて――――
――――これは……絶対防御が機能を取り戻し始めて、る?
単一仕様能力の副作用で半ば機能が麻痺していた、のに……?
『――――
「ビル! アンタ、一体ボクのISに何を……!?」
『でもこんなモノ、当然ISの『搭乗者を自身の身に代えても守る』という至上命題にぶつかる。破壊工房はそいつを放り出して自身の機能を止めてでもアンタの願望を優先したけど……アンタの身を案じてなかったってわけでもない。ったく……親分の指示とは言え、面倒な家主のお陰で、随分と余計な仕事をさせられたよ。オイラは庭師であって、医者じゃないってのにね』
冷たくて暗い海の底に沈んで行っているのに、熱を感じた。
それはまるで、誰かにそっと抱きしめられているかのようで――――
『対ISクラッキングプログラム
「……!」
ビルは、ボクに対して話していない。
ことここに至って気づく。確かにビルは何かしら手を貸したのかもしれないけど、主犯じゃない。今起こっている、不可思議な事態を主導して起こしているのは、ボクの――――!
『――――『聖典』を起こすのを止めろ? それをオイラに言われてもな……ロクなことにならないとわかっていても雇用主に逆らえないのが、
痛みが引いていく代わりに、今度は眠気が襲ってくる。
『頃合いかな……まったく。家に火をかけても出ていかない珍客なんてたまったモンじゃないよ。態々お菓子を口に詰め込んやってから放り出すなんて、いちいち余計な手間かけさせやがって……もう面倒見なくていいと思うとせいせいするね。さて――――』
ボクが言い返せないのをいいことに、好き勝手言ってるビルの声が、次第に遠くなっていく。
ビルもソレイユも一体何をして――――こんな真似をして延命したところで、ボクを助けに来る奴、なんて――――
『――――いっておいで、小さな
最後に聞こえたビルの声は、いつも捻くれている彼のものとは思えないほど、優しくて。
何故か本当にこれで最後になってしまうような気がして、思わず声をあげようとして――――
――――ふと見上げた、最早遥か遠くに見える海面に、眩い星のような光を見た。
~~~~~~side「一夏?」
漸く『表』に出てこられた俺は、既に事態が差し迫りつつあることを知覚した。
――――わたしのご主人を、助けて。
……
そいつは言葉少なに語り始めて――――俺は、かつて自身が犯した罪の行く末を知った。
――――悪いな、一夏。
俺は、きっとこのことをあいつに明かしておくべきだったのだろう。
けど、できなかった。
その渇望がどんなに醜くて、誰に誹られることになろうとも。
この罪は。その贖いは――――俺のものだ。俺のもので、なくてはならない。
「目が醒めたか。一、夏……?」
どうやら俺の覚醒に伴い、意識を落とした『俺』を運んでくれていたらしい、かつての幼馴染と、目が合う。
彼女は最初こそ安堵したような微笑を見せたが、直ぐにその瞳には困惑の色が混じった。
……伊達に、数年共に過ごした幼馴染ではないらしい。あっという間に、一夏じゃないことを見抜かれた。
けど俺は――――いざ彼女と向き合って、
この俺がこうして会うのは随分と久しぶりはずなのに、懐かしい、とか。
綺麗になったな、とか。
また会えて嬉しいとか。
そういうのが、なにも、なかった。
……わかっていた。
俺はもう、織斑一夏じゃない。
少し特別な姉を持っただけの、思い上がった馬鹿なガキが昔描いた、くだらない夢を彼岸から呪い続ける怨念になり下がった。
だからこそ、織斑一夏に成り代わった
今でも……正直、あいつのことは嫌いだ。
織斑一夏の死体から抽出しきれなかった情報を、千冬姉の生体情報と束さんの想像で補完したせいなのだろうが……あいつは心持ちが綺麗
織斑一夏って奴は……もっと後ろ向きで卑怯で、薄汚い男だった。
俺が消えてその辺りが白騎士に反映されれば、あいつも嫌でも自覚することになるだろうさ。
――――現に、今。
俺はあいつを出し抜き、大事だった筈の幼馴染にも背を向けて、自分の望みだけを叶えようとしているのだから。
「そういう訳だ……悪いな、箒」
「一夏! 何、をっ……!」
――――来い、『騎士剣』。
箒の声を無視し、白式の内側に呼びかける。
……チッ、白煉の奴大分あいつに合わせて
青い光と共に舞い降りたのは、四本の白い『剣』。
『騎士剣』。かつての白騎士のメイン武装であり、白式の
白煉が言うには零落白夜や展開装甲の雛形となった兵装らしく、こいつ単体でEブレード、大型Eウィング、荷電粒子砲塔の機能を兼ねるトンデモ兵器、らしい。
とはいえとんでもない出力オバケで、素のままだと使いこなせるのは千冬姉くらいなモンということで、白煉の判断で白式に追加せず、今まで地道に一夏に合わせて細々と調整を行っていたようだが――――ま、俺には関係ないことだ。
それに今は、後のことを考えている時間すら惜しい。
「使わせてくれるな? 白煉……『俺』の、最後の我儘を聞いてくれ」
『……それが、
四つの剣が空中で変形する。
二つずつが折り重なり、一対の翼のようになると、展開された白式の背中の装甲にそれぞれ接続。
接続部からEラインが走り内部にSEが供給されると、騎士剣の側面と先端からあの銀の福音の銀翼を思わせる、青いエネルギーの翼が広がる。
「なっ……!? これは!? 一夏、まっ……!?」
「――――じゃあな。箒」
本当に、今更。
――――ほら! こんどはこっちいこうぜ、箒!
――――こら、まて一夏! こんどころんだらもうおこしてあげないからなっ!
――――昔。何かと篠ノ之の家に篭りがちな箒を、俺は手を引いて連れまわして。
その都度何かと無茶をして怪我をして、箒を心配させてばかりだった。
心配そうに俺を呼ぶ箒の声を聞いて、今更、そんなことを思い出した。懐かしい、と感じた。
けれどそんな、きっと俺のことを案じてくれたのであろう、箒の最後の制止すら、俺は聞かなかったことにして。
――――見えない何かに突き飛ばされるように、白式は