IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百六十一話~七色の橋架を阻むもの~

 

~~~~~~side「ラウラ」

 

 

 戦女神、という称号を軽く見たことは一度もない。

 教官……最強の戦女神(ブリュンヒルデ)たる織斑教諭は最早語るに及ばず。

 前回のCBFにおいて亡国機業のスパイだったことが明るみに出た、あのエリザベス・ミーティア(スクルド)でさえ、戦女神になった経緯や性根が気に食わなかったのは確かだが、その実力そのものは認めざるを得ないだけのものを持っていたし、そのことについては一定の敬意を払っていたつもりだ。

 ……だからといって、奴が学園祭やCBFでしでかしたことを許す気は毛頭ないが。

 

 だが――――今、目の前で。

 私たちが四人がかりでさえ手を焼いた敵を()()()()()()()、かつて戦女神の座に最も近いと謳われたIS搭乗者(ラーズグリーズ)を見ていると、戦女神という頂の遠さを今まで以上に強く感じた。

 

 「っ……!?」

 

 「へぇ……これも避けはるんですか。ほな、こっちはどうですやろ……!」

 

 イタリアの第二世代IS『ディアベラ』。

 この機体の代名詞といえば、ブリュンヒルデとの対戦で使用したことでも知られる、単一仕様能力『黒天(セレストゥス)』による雷撃だ。

 事実、後継機である『テンペスタ』には、この電撃を発生させる能力に重点を置き、プロセスを簡略化し誰でも扱えるようにした第三世代兵装『血讐(ヴェンデッタ)』が搭載され、イグニッションプランで催されたデモンストレーションで猛威を振るった……らしい。

 というのも、テンペスタは私もシュヴァルツシリーズを披露するコンペディションの場で対戦したことはあるが……その時は私のレーゲン以上に乗手を選ぶ機体、という所感を持っただけに過ぎなかった。

 あの時の対戦相手は自機の周囲に無差別に雷撃を放つしか能のない、言ってはなんだがIS学園の一般生徒以下の実力で、難なく下した当時の傲っていた私は――――

 

 ――――派手なだけだ。戦術的価値を見出せない。

 ――――こんなものが最新世代機の最高傑作(マスターピース)とはな。イグニッションプランはいつからお遊戯会になった?

 ――――ふん。だがまあ、見応えだけはあったんじゃないか? 昔から芸術品気取りのハリボテを売り捌いて、せせこましく小銭を稼いでいる国らしい機体だ。

 ――――次は遊園地か博物館のコンペディションにでも出すんだな。さぞ持て囃されるだろうよ。

 

 等と、織斑教諭以外の戦女神を当時は頑なに認めていなかったのもあり、散々にこき下ろした。

 ……最悪なことに、これをジョセスターフ教諭は一字一句正確に記憶しており、当時のツケを払わされる形で、私は彼女に人一倍しごかれる羽目になったのだが。

 その過程で知ったのが――――

 

 この単一仕様能力の本質は、決してこの雷撃能力だけに偏ったものではない、ということだ。

 『電子操作』……文字だけ見れば大仰な能力だが、発生したばかりの頃は精々静電気を起こす程度の、単一仕様能力としてはとんでもないハズレ能力だと貶されていたのがスタートだったと、以前ジョセスターフ教諭は笑いながら語っていた。

 しかし彼女はそこから諦めず、自らのISとともに能力を高め、叩き上げで今の地位にまで登り詰めた訳だが……その力の本質が()()()()()()()()()()()()()()ことであるという、根本的な部分は()()()変わっていなかった。

 

 だからこそ、テンペスタと同じ『電撃を起こす』という能力一つとっても、ディアベラは電子操作によって空気中のイオンを吸着、それによって大気中の電位差を制御し電子雪崩が起きる方向性を操作、等の迂遠かつ膨大なプロセスを踏まなくてはならない。

 ジョセスターフ教諭の恐るべきところは、能力使用においてこの膨大かつ難解なプロセスを踏んでいることを他者に悟らせないほど、これらの演算及び出力を高速で実行できる頭脳と、その出力結果についていけるだけの身体能力にある。

 

 要は。

 ISの能力で膨大な電子情報の海から容易く特定のハードウェアを特定してハッキングしたり。

 電力を()()()に派生させてその力で大量の砂鉄や鉄製品を自由に操ったり。

 

 「っ、ぐっ!?」

 

 「おー、やっと当たりましたなぁ……ほな、次です」

 

 「ひっ!?」

 

 ――――自身の肉体の交感神経に直接電流を流し、肉体のリミッターをを外すことで強化をおこない、電磁投射によって自らのISを()()まで加速させることを可能にする能力は、ISというより搭乗者の地力に依るところが大きいということだ。

 

 『番狂わせの戦女神(ラーズグリーズ)』という、本人が忌み嫌うこの名には、時たま別の字が当てられることがある。

 『最速の戦女神』。凡そは誰も見切れなった、織斑教諭に先んじて行われた雷撃による先制攻撃がその由来と聞いたが……恐らくは、ISのハイパーセンサーですら動きを追えない、今目の前で行われている超高速戦闘もその由来の何割かを占めているに違いない。

 原理こそディアベラとは別だが、同じく限りなく光速に近い空間跳躍ができる鈴の甲龍の能力である『飛龍』には、使用に伴い搭乗者がISの絶対防御のキャパシティを超える致命的なバイタルダメージを受けてしまうという強烈なデメリットがあった。

 これがジョゼスターフ教諭の指導によってある程度改善した辺り、天才によくある感覚だけでISを扱っている類の人物という訳でもないらしい。

 ……まぁ飛龍の欠点については完全に克服できたわけでもないため、鈴が出来るだけ使用を控えるように含まされているのはかわらないようだが。

 

 「……ほんま、うまいこと避けはりますのなぁ」

 

 「はぁ、はぁ……!」

 

 しかし……私達であればとうに袋叩きにあってぼろ雑巾にされているような、雷速の猛攻を受けて尚、最低限のダメージで逃げ切っているあの敵もおかしい。

 展開こそ敵搭乗者だけが激しく息を吐いていて、反撃の余地もない一方的な蹂躙劇だが、それでもだ。

 ジョセスターフ教諭はISの手足による殴打だけでなく、手にした鞭を磁力で操り高速で死角に回り込ませて打ち据えようとするも、サイレントゼフィルスの幻惑能力で巧に攪乱を行いつつ、未来予知じみた勘の良さで尽く躱してみせる。

 

 「ほんなら……ダブルアップといきましょか?」

 

 埒が明かないと判断したのか、ジョセスターフ教諭の()()の鞭の内の二本が切り離され、空中に布のように漂った後で円環を形作り固まった。

 それは戦闘が始まる前に既に切り離されていた二本同様に、ディアベラ本体のような黒と黄色の色彩を帯びたかと思うと、バリバリと鋭い音を立てながら眩い閃光のような雷を円環中央に蓄え始める。

 

 「っ!?」

 

 敵はそれを見て焦った様子であの光の蝶のような独特のビットを展開し、円環を破壊しようとしたようだが、顕現した蝶はジリジリとノイズ化しながら弱弱しく漂うだけでなんら力を発揮しない。

 

 「な、なんで……!?」

 

 「ああ、流石にこっちは気づいとらんかったんやね。周り、よぉくご覧になっておくんなはれ?」

 

 まるでそれは中国や日本で伝えられる、天女が纏う羽衣のように。

 ジョゼスターフ教諭のISを中心に、薄暗い雷雲が広がり、いつしか敵ごと私達を呑み込んでいた。

 霧状の雲は次第に厚さを増し、敵が扱う力の源である光源を次第に断ちつつあることに、恐らく敵は漸く気づいた。

 

 「おまえはん、大したもんですなぁ。ISの相性が良くなかったら、わちきでもえらい手古摺ったかもしれへんねぇ。けんどまぁ、ここまでです。おまえはんがどないええ目をしてて、速く動けたとして――――」

 

 「あ……」

 

 「――――()では、()には勝てへん」

 

 サイレントゼフィルスが、光を通さぬ黒雲の檻へ閉じ込められる。

 その姿はさながら蜘蛛の巣に囚われた蝶のようで、敵ながら思わず同情してしまいそうになるほど哀れだった。

 敵は最早自身のISの能力は封じられたことを悟り、素早く唯一この状況でも使えるレーザーライフル(スターイレイザー)を構えようとするも、既に遅く。

 

 日本の神話で伝えられる、雷神の太鼓を思わせる配置でディアベラの背後に展開された四つの円環と、ディアベラのハイパーセンサーの目に当たる部分から、全く同時に激しい稲妻を発せらたのが見えた瞬間――――

 

 閃光の如き巨大な雷霆の十字架が、耳を劈くような轟音と共にサイレントゼフィルスを磔にした。

 

 

 

 

 「あのサイレントゼフィルスを、こうもあっさりと……!」

 

 「私の手で決着をつけたかったが……不甲斐ないな……」

 

 「……やっぱ、遠いわね。あたしが目指さなきゃいけない場所は」

 

 体感的にはそれなりに戦っていたように感じたが、終わってみれば一分も経たぬ間の一方的な決着。

 この結果には、この敵に幾度と苦渋を呑まされてきたらしい、セシリアと箒は揃って複雑そうな表情を浮かべ。

 鈴は私達四人を背負ったジョゼスターフ教諭の背中に、どこか遠い景色を見ているような目をした。

 私も自分たちより明らかに高みにいるIS搭乗者の実力を改めて見せつけられたことに思うことこそあるが、決して届かない領域だとも思えなかった。

 

 ドイツにいた頃、かつて一度だけという約束で()()()手ほどきを受けた時の織斑()()の駆る暮桜は、理不尽の権化のような存在だった。

 あれに比べれば、ジョゼスターフ教諭の能力は一見派手なようで、本質的には私たちの()()()()に収まる範囲だ。

 理解できるのであれば、遠かったとしてもいずれは辿り着くことはできる。

 かつて()()()()()だった私は、それを身を以て知っている。

 

 「戻ったら修練のやり直しだな。今のままではまだ、私達は織斑教諭と肩を並べて戦えん。誰一人欠けることなく、それがわかっただけでも、今回は僥倖とするべきだろう」

 

 未だ濃い水蒸気が立ち込め周囲が見渡せない中、皆に声をかける。

 私の言葉に、未だ織斑教諭に思うところのある鈴だけは不貞腐れた様子でそっぽを向いたが、他の二人は決意を秘めた表情で頷いてくれた。

 

 「友情確かめ合ってるところ申し訳ないですけど……おまえはんたち、気ぃ抜くんはまだちょい早いみたいですよ?」

 

 だが、そんな私達を窘めるように。

 こちらを一切振り返らないままの、ジョゼスターフ教諭の冷静な声が響く。

 

 まさか……いくらISとはいえ、先程の一撃を受けて無事で済んでいるはず……!?

 

 「!?」

 

 ゾクリ、と。

 背筋に冷気が走った。体感温度が一気に二十度は下がったかと錯覚するほどの、この冷たい殺気、は……!!

 

 ふと冷たい風が吹き、立ち込めていた水蒸気が吹き飛ばされる。

 その中から現れたのは黒い翼。そしてジョゼスターフ教諭のISとはまた違った姿の悪魔を髣髴とさせるIS。

 ディアベラは全身装甲の機械仕掛けの悪魔といった外観だが、このISは……生体部品を盛り込んだ、機械と恐竜のキメラというべき異形だった。生体部分は所々が搭乗者に直接浸食しているように脈打っており、翼や手足の装甲がなければISにすら見えなかったかもしれない。

 そして搭乗者は、爬虫類の頭蓋を思わせるような、異形のバイザーによって顔を隠しているが……この殺気。間違いない……!

 

 全身が焼き切れ大破したサイレントゼフィルスを翼で抱き抱えた、因縁の大敵。

 亡国機業のパスカルが、そこにいた。

 

 

 

 

 「ぱ、パーさん……」

 

 「君まで独断専行するとはな……改めて言う。ドクトルBのところに行け。これは命令だ」

 

 「でも! でもでもっ! シーちゃんがっ……! シーちゃんを、助けないとっ!」

 

 「……あの子は、この場所を死地に選んだ。彼女のことを想うのなら、その意思を尊重するべきだ」

 

 「そんなっ……パーさんは、それでいいの!? そんなの絶対間違って――――!」

 

 「――――この場で問答をする気はない」

 

 奴らは何やら仲間内で揉めているような気配を感じたが、パスカルのISがすぐさま己の翼を閉ざすように翳す。

 黒翼が再び開かれると、サイレントゼフィルスは跡形も無く消え失せていた。

 

 「!?」

 

 私達が一瞬のぅちに行われた、その不可解な現象に息を飲んでいるうちに、敵の注意がジョゼスターフ教諭の方を向く。

 

 「……先程のこちらのIS二機による襲撃は、亡国機業としては意図しないものだ。今後君達IS学園の、織斑一夏救出作戦の邪魔はしない……どうか、それでこの場は引かせてくれないか?」

 

 「!」

 

 ……意図はどうあれ、発言自体は本気で言っているのがわかる。

 それぐらい、かつてIS学園で相対したパスカルと同一人物か思わず疑いそうになるほどに、今のこの敵の声には覇気がなかった。

 バイザーに覆われた顔もわかりにくいが、気持ち前回よりも大分顔色も悪いように見える。

 

 そんな敵の事情を、ジョゼスターフ教諭だけは察したように、心から面白そうにころころと笑う。

 

 「あらら。こわーい悪鬼と首狩兎に追い回されて、流石のおまえはんもお疲れさんみたいやね。ええ加減、観念なさったら如何ですやろ?」

 

 「何故君がそれを知って……いや、愚問だったな。そういうわけだ。そちらも要救護者がいる中、余計な手出しをされたくはあるまい? 悪い話ではないと思うがな」

 

 「くっ……!」

 

 確かにシャルロットが別の亡国機業のエージェントと戦っており、弟とも別れてしまった今、いくら本調子ではないとはいえこの女の妨害を受ければ本来の任務の達成すら遠のきかねない。

 今この場にいる味方で無傷なのはジョゼスターフ教諭だけだ。私達は全員、先程のサイレントゼフィルスとの戦いで機動系をやられている。絶対防御を貫通する攻撃手段を持つこの女と戦うには致命的だ。

 ここでみすみすこの宿敵を見逃すのは感情的には許しがたいが、弟や仲間を失うことと天秤にはかけられない。

 私個人としてはさらに条件を付けた上で、敵の話に乗るしかないという方向に傾きかけていたが――――

 

 私は恐らく――――ここに至って尚。

 ジョゼスターフ教諭の、亡国機業に対する恨みの根の深さというのを、見縊っていたのだろう。

 

 「悪い話ではない、ねぇ……」

 

 「ジョゼスターフ教諭……?」

 

 「悪党が随分と、賢しらな言葉を吐くやないの……千冬もあの時、そうやって嵌めたんやろ?」

 

 今私の位置からでは、ジョゼスターフ教諭の表情は見えない。

 彼女の声は、聞いている限りでは落ち着いているように聞こえた。

 しかし……一方で彼女が纏う気迫は増す一方で。かつて織斑教諭が戦わずして初の敗退を果たしてしまったことを知ったとき、私が覚えた無念と怒りと同じものを、彼女の背中から感じて。

 ここで私は漸くジョゼスターフ教諭はかつての私と同じ――――未だあの、モンドグロッソの悪夢から抜け出せていないことを知った。

 だが、今、それを知ったところで最早手遅れで。

 

 敵……パスカルもほぼ私と同時に、それを悟ったかに見えた。

 

 「…………過去の業とは、どこまでも祟るものだな。本来間違うはずの無い者が、容易く道を踏み外す」

 

 「わちきが、間違っていると?」

 

 「知っての通り、今の私は余裕がない……あくまで戦うというのなら――――覚悟することだ」

 

 「はっ……! 上等やないの……!!」

 

 「ジョゼスターフ教諭っ! くっ!! 皆、行くぞ!!」

 

 電光を纏って飛び出すディアベラを見て、最早戦端を開くのは避けられないと判断。

 皆が私の声に応えてそれぞれ武装を展開するのを確認し、私もジョゼスターフ教諭を援護するべく動き出す。

 

 「君のISの能力……『黒天(セレストゥス)』、だったか。思い上がってはいないか? いかに偽りの翼を纏おうが、天上は人間の居るべき場所ではない――――速やかに、退場してもらおう」

 

 「っ……!」

 

 雷速のジョゼスターフ教諭の初撃を、危なげなく転移で躱した敵の殺気が一段と強まる。

 直感があった……何か危険な反撃が来る。

 不味い、AIC、を――――

 

 「『血戦の瞳』、戦術駆動開始(オープンコンバット)始原回帰能力(プライマルアビリティ)、セット――――」

 

 しかし。

 私のその判断は無情にも、僅かに遅く。

 

 「――――『堕落(フォールインダウン)』」

 

 敵が、自らの手を顔を隠すように翳し。

 悪魔のような爪の生えた指の隙間から覗いたバイザーから、あの深紅の瞳が放つ光が瞬いた。

 

 その光を視認して、一秒にも満たない時間で。

 

 

 

 

 ――――私達は、全滅した。

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