IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百六十二話~奈落の聲~

~~~~~~side「ラウラ」

 

 

 『越界の瞳(ヴォ―ダン・オージェ)』で強化された視界の中で、私は全てを見ていた。

 

 ――――見て、()()()()

 

 「っ、ぐっ!?」

 

 最初はジョゼスターフ教諭だった。

 彼女は一瞬で自らを阻むように現れた敵の一撃を、それでも避けた。

 しかし完全には避けきれず、伸びてきた凶手にISの腕ごと()()()()()()()()()

 

 「ぁ……」

 

 次は、ジョゼスターフ教諭のすぐ後ろから敵に奇襲をかけんとしていた鈴だった。

 瞬きの内に背後に回り込むように振るわれた、無慈悲な漆黒の翼脚によって薙ぎ払われ、グシャリ、と生々しい音が響いて――――

 金属片と血肉が入り混じった赤黒いものを撒き散らしながら、一撃で機体全体が拉げグチャグチャのスクラップと化した甲龍が落ちていく。

 

 「――――!?」

 

 鈴とは逆側から斬り込まんとしてた箒の赤椿が、空中で何かに躓いたかのように反転して落下していく。

 甲龍とは違い、機体に殆ど損傷はない。ただ、搭乗者の()()だけが鋭い鉤爪により、無残に()()()()()()()()()

 紅椿から泣き別れになった箒の首は、驚愕の表情を顔に張り付けたまま、悲鳴すらあげることが叶わず自らが撒き散らす血の中に沈んだ。

 

 「え……?」

 

 後方でスターライトを構えて前衛を援護しようとしていたセシリアは、そんな困惑に満ちた声が最期の言葉になった。

 鋭利な刃物状に変形した、黒翼による一閃。

 それによって、ブルーティアーズは呆気なく搭乗者ごと横二つに()()()

 その青い装甲を赤い血で染めながら、ブルーティアーズも海中に消える。

 

 これらは、ほんの一秒にも満たない時間の内に、()()()()()()()()。そして――――

 

 「ごぶっ……!?」

 

 気づいた時には、私の胸の中心から、黒い凶手が飛び出していた。

 絶対防御が機能しようとするも、心臓を潰されそれより遥かに早く死体へと変わっていく自らの体を何とか動かし背後を見ると、すぐ後ろでバイザーの奥にある血の色のような真紅の瞳が、何の感情も宿すことなくただ私を覗き、こんで――――

 

 あ。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ!!!

 

 最早、声にすらならないのに、絶叫が喉から漏れる。

 この致命的な状況を脳がどうにかしようとしているのか、とりとめもない記憶が次々と頭の中を流れては消えていく。

 

 そんな、こんな、ことが……いやだ、死にたく、な……

 

 ――――…………ぁぅ?

 

 脳の必死の抵抗も最早空しく途絶え、冷たい闇の中で息絶えそうになる体を、僅かに残った意思が生きたいと望み、最期の死との鬩ぎあいを始めようとした、その時。

 

 頭の何処か、奥底で。

 赤ん坊のような声が、私に何かを問いかけてきたような、気がして。

 

 私はそれにただ死にたくないと応え、最早自分でも何も知覚できない闇の中で必死で手を伸ばして――――

 

 ――――何かを、掴んだような気がしたのを最後に。

 意識は、闇に落ちていった。

 

 

 

 

 「――――ハッ!?」

 

 気づけば、私は再び海上でパスカルと対峙していた。

 越界の瞳とハイパーセンサーで周囲を見てみれば、ジョゼスターフ教諭は腕を失っていないし、仲間はまだ誰一人として死んでいない。

 

 ――――今のは……? 白昼夢、だったのか? いや、だが……

 

 ほんの一秒前と全く同じ状況かと思えば、変わっていることもある。

 特に、血気盛んにパスカルに襲い掛かろうとしていたジョゼスターフ教諭は、気づくと先程までの激情は何処か鳴りを潜め。

 自身のISの右腕を庇う様に押さえたまま、滝のような汗を流してパスカルを睨みつけていた。

 鈴とセシリアは先程起きた現象を認識出来ていないのか、傍目からは急にその場に停止したように見えるジョゼスターフ教諭を不思議そうに見つめ。

 箒も知覚できた訳ではないようだが、それでも何か感じるものがあったのか、自らの首の辺りを自身のISの手で押さえながら呆然としている。

 

 パスカルも手を顔の前に翳したまま、それでもバイザーに隠された瞳の奥に、徐々に困惑の色が宿っていくのが、強化された私の視界にははっきりと映っていた。

 

 「……不発? いや……」

 

 「……!」

 

 不意に、パスカルの注意が私の方を向く。

 先ほどの不可解な現象の中で一度殺されたこともあり、その凍えるような殺気を宿した視線を向けられ思わず肩が跳ねそうになるのを、必死に抑え込む。

 

 「()()()……第三世代兵装(AIC)を通して()()()()()()()単一仕様能力(ワンオフアビリティ)、か」

 

 「な、なにを……」

 

 「似たような方式でガリバー(クロエ)は空間に干渉したが……血は繋がらずとも姉妹、というわけか。厄介な力だ。だが――――」

 

 敵ISのバイザーの奥に、再び赤い光が灯る。

 それを見て、私はいよいよ先程覚えた恐怖を隠せず、子供のようにガタガタと震えている自分を自覚した。

 

 「――――その様子では、まだ目覚めて間もないようだ。()()()()、私の力を凌げるか見ものだな?」

 

 「ぁ……ぅ……」

 

 「ラウラ……?」

 

 「ラウラさん? いかがいたしましたの?」

 

 鈴とセシリアが私の変調を悟ったのか、心配そうに声をかけてくるが、最早この時の私には届いていなかった。

 

 どうする……!?

 ジョゼスターフ教諭の様子からも、先程の現象をただの白昼夢と片付けることはできない。このままでは、先程と全く同じことがもう一度起こる。

 敵の口ぶりでは、私のレーゲンの力で先程の結果を()()()()()()にしたようだが、敵が言う様に使い方などわからない、同じことをされたら今度こそ次はないかもしれない。

 せめて……せめて、仲間だけでも守らなければ。けど、どうしたら……!?

 

 「…………しゃあない。業腹ですけど、ここは見逃してあげますさかい。どこへなりとも行きよるがええです」

 

 「!?」

 

 「ほう……」

 

 私が思考の堂々巡りに陥る中、ジョゼスターフ教諭が口を開いた。

 先程までとは一変して態度を翻した彼女に、どうやらあの一秒未満の未来の出来事を認識できていないらしき私以外の三人は、驚いた様子で彼女の方を向き。

 パスカルは、バイザーの奥で目を細めたのがわかった。

 

 「確かに、最初にそう持ち掛けたのは私だが。随分と虫のいい話だな番狂わせの戦女神(ラーズグリーズ)? こちらとしては時間をかけずに君達を処理できるとわかった以上、逆に敵である君達を見逃す理由がなくなったと思わないか?」

 

 「ええ、まったく……とんでもない手管隠しとったもんです。おまえはん、そないな力があるんなら、千冬相手でも真向から戦えるんとちゃいますの?」

 

 「生憎と、彼女の力と私の力は相性が悪くてな。この力を総動員したところで、逃げ回るのが精々だったよ」

 

 「さよですか。ところで、話変わりますけど……おまえはん、さっきわちきは()()()()()()?」

 

 「……!」

 

 「ほほう、さよですか、さよですか……ほな、先程の答えです。確かに、わちきどもではおまえはんに勝てんかもしれへんですけど……そうとわかってれば、()()()()()()()もできます」

 

 「そういう戦い方、だと……?」

 

 「ええ――――千冬が駆けつけてくるまで、とことん()()()やろうやないですの」

 

 「…………」

 

 互いのISのバイザーごしに、ジョゼスターフ教諭とパスカルの視線がぶつかる。

 そうして、一瞬にも永劫にも思えるような時が流れた後。先に視線を逸らしたのは、パスカルだった。

 

 「仕方、ないか。そちらほどではないにせよ……今はこちらも守るものがある身だ。彼女等の師としての、君の顔を立てるとしよう」

 

 「あら、嬉しいこといってくれますやないの……ほんま、不思議やね。おまえはんみたいな、真面目カタギなお人が、どないして亡国機業なんぞにおりますの?」

 

 「買い被りだな……気質がどうあれ、私は人殺しだ」

 

 どこか自嘲するような響きを含んだ、パスカルの呟きを最後に残し、黒い翼が広がる。

 翼が広がりきり一瞬だけ闇が広がったのを認識した途端、パスカルとそのISは跡形も無くこの場から消え失せていた。

 

 「う、あ……」

 

 敵の撤退を悟り、極度の緊張で固まった体が弛緩し崩れ落ちそうになるのを、誰かに優しく抱き留められる。

 ……黒いIS。ジョゼスターフ教諭、か……

 

 「堪忍な、ラウラちゃん……わちきがみっともないよって、アンタにばかし負担をかけてしもうたね」

 

 「あ、いえ……わたし、は……」

 

 殆ど全身装甲に近いディアベラでは搭乗者同士の接触など起こり得ないが、それでも何故か抱き締められたとき、確かな温もりを感じた。

 それに触れたとき、やっと私は今自分が生きていることを実感できた気がして、次第に視界が歪み翳んでいく。

 

 怖かった。

 あの時、間違いなく。ジョゼスターフ教諭以外のここにいる全員は()()()()()

 心臓を貫かれたときの想像を絶する苦痛も、その後の死に落ちていく感覚も、全て紛れもない本物だった。

 もしあの瞬間、私のISの力が覚醒しなかったら。その()()を考えただけで、軍人の矜持だけでは抑えきれない程の恐怖が心を蝕んだ。

 限りなく幸運に近い偶然によるものとはいえ、乗り切った。

 ならば……今度は、あの敵と再び相対したときのために、あの理外の力の対策を、練らなくては。

 私の中の軍人としての部分がそう冷静に告げるも、湧き上がった安堵や解放感に瞬く間にその声は押し流されて、私は――――

 

 「う、あ……うあああああああああああああぁぁぁ!!!」

 

 心配そうに覗き込んでくる、仲間の目も憚らずに。

 ――――ただの幼い少女のように。ジョゼスターフ教諭の胸の中で、声を張り上げて泣いた。

 

 

 

 

 しばらくそうして子供のように泣き喚いた後、漸く正気に戻ると箒達がどこか生暖かい雰囲気を漂わせながらこちらを見ているのに気づき、ついむきになって、彼女等が認識出来ていないであろうあの瞬間のことを話してしまった。

 

 「そう、か……何か、嫌な悪寒のようなものを感じてはいた。ラウラには、助けられてしまったな」

 

 「ほんとぉー? 泣いたの見られたのが恥ずかしいからって、適当言ってんじゃないわよね?」

 

 「そんなことが……やはり、あのパスカルという方は危険な相手ですわね」

 

 反応は三者三様だった。

 箒はどこか納得したように、深刻そうな表情で頷き。

 鈴は半信半疑といった様子で、納得がいかなそうに眼を細め。

 セシリアは青褪めながら、それでも最後には奇跡的に命を繋いだことにほっとしたような様相を見せた。

 

 正直鈴の反応には少し腹が立ったが、恐らく自分が同じ状況に置かれたら、この中では彼女と似たような反応をするかもしれないと思い至り、この場は堪える。

 ……無論、絶対に後でわからせるが。

 

 「箒ちゃん。鈴ちゃん。セシリアちゃん。ラウラちゃん」

 

 三人と話し終わると、最後にジョゼスターフ教諭が場を纏めるように一人ずつ私達の名前を呼び、注目を集めると――――

 

 その場で深く、自らの頭を垂れた。

 

 「せ、先生!?」

 

 「ほんま、ごめんやす。わちきの軽率な行動で、危うく千冬から預かってはる、大事なおまえはんらを失うところでした……此度のことは全部、わちきの責任です」

 

 「……!」

 

 いつも職員室や教室で寛ぎつつ、嬉しそうに飼猫の話をしている時も。

 その一方で訓練の際、激しい雷霆を纏って私達を追い詰めている時でさえ、優美な微笑を崩さなかったジョゼスターフ教諭が、それを一切消し去っての。

 恐らく私たち全員が初めて見る顔での、真摯な謝罪だった。

 

 これには私を疑っていた鈴も目を丸くしてきょとんとし、やがてそんな表情を晒したことを誤魔化すように頬を染めながら咳払いをして、大げさに肩を竦めてみせる。

 

 「やめてよ先生。命の危険があるかもしれない、なんて予め言われた上でついてきたのはあたし達よ? ガキじゃないんだし、実際何かあったら引率のせいなんてダサい言い訳する気ないわ。あたし等が弱いせいで足引っ張ったってだけ」

 

 「鈴ちゃん……」

 

 大分歯に衣着せぬ強い言葉だったが、大凡私が言いたかったことを言ってくれた鈴に、思わず頷き返す。

 他の二人も表情こそそれぞれ思うところはありそうなものの、最後には頷いた辺りやはり意見は同じなようだ。

 

 「だから、さ……先生には、ちゃんとあたし等があの根暗黒女をぶっ飛ばせるようになるまで、ちゃんと面倒見て貰わないと――――」

 

 「鈴ちゃ~~~~~~~~んっ!!!」

 

 「い゛っ!? に゛ゃゃゃゃゃゃ!?」

 

 半ば照れ隠しのように投げやりな口調で放たれた、鈴の続きの弁はしかし、突如彼女に飛び掛かったジョゼスターフ教諭の奇行によって悲鳴に変わる。

 鈴本人が聞いたら否定しそうだが……思い返せば、飛龍の運用という課題の解決のため、一番多くジョゼスターフ教諭にしつこく指導を頼んでいたのは鈴だったし、ジョゼスターフ教諭も何かと生意気に絡んでくる鈴を邪険にせず、寧ろかなり気に入ってしっかり面倒を見ていた。

 それどころか鈴の才能に惚れ込んで、割と頻繁にイタリアの代表候補生にならないかとスカウトしていたようだった……悔しいが、確かにジョゼスターフ教諭の駆るディアベラと同じ動きをしようとするなら、私達の中では鈴が一番近いところにいると私も思う。

 

 今目の前で繰り広げられている光景は、そんな二人のやり取りの中で割と頻繁に見る機会があるものだった。

 ……ジョゼスターフ教諭にああして抱き締められた経験は私も……というかこの場に選抜された私達全員あるが、ジョゼスターフ教諭のベアハッグは本物の熊もかくやという程の怪力を誇るので、温かいとか柔らかいとかよりも命の危機が一番最初に頭を過るのだよな……

 なので皆自分に矛先を向けられたくないので、鈴の危機には見て見ぬ不利で苦笑いを溢すだけだ。

 許せ鈴……

 

 そ、それよりも――――先程のパスカルが使用した、『堕落(フォールインダウン)』と呼んでいた不可解な力のことだ。

 ……最初は、光学迷彩等の幻の類かと思った。

 だが、先にあの非常に高度な幻影投射による迷彩能力を持つサイレントゼフィルスと戦っていたからこそ、はっきりわかる。

 

 ――――あの時。私達五人を()()()()()()()()()()のパスカルとそのISは、紛れもなく、その全てが()()だった。

 

 あの力の正体を解き明かさなければ、どうあっても奴を倒すことはできない。そんな予感がある。

 そして、そのためには――――

 

 「レーゲン……」

 

 ……同じクラスの専用機持ちの中で唯一、未だ目覚めていない私のISの単一仕様能力(ワンオフアビリティ)。そして……恐らく今のところ唯一、パスカルの力に対抗し得る力。

 先程、漸くその一端に触れることが叶ったが……やはり本格的に目覚めるには、第二次形態移行(セカンドシフト)を果たさねばならないだろう。

 だが、ISの自己進化を促すためのノウハウというのものは、今のところ存在しない。

 現状私の周りだけを見れば勘違いしそうになるが、そも第二次形態移行(セカンドシフト)まで到達したケースすら、今のところ殆ど前例がないのが実情だ。

 訓練の質や量が、セシリアや鈴に劣っているとは思わない。となると、やはり私自身の才能、なのか。

 どうしたら――――

 

 「お~~~~~い!!!」

 

 「!」

 

 いずれ来る宿敵との再戦に向けて思いを馳せていると、突如オープンチャンネルから知った声が響いた。

 同時にハイパーセンサーが、水平線の向こうから飛来してくる白いISを捉える。

 

 先程目覚めるなり、勝手に来た道を引き返していった一夏()が帰ってきたらしい。

 無事だったことには安心したが……まったく。あのサイレントゼフィルスとパスカルの襲撃から逃れられたのは結果的には良かったのかもしれないが、皆に心配をかけたことについては説教しなくてはな。

 そんなことを考えながら、オープンチャンネルの通信に応じようとしたが――――

 

 「一夏っ!」

 

 それよりも先に。

 先程までジョゼスターフ教諭に捕まって、タスケテ、タスケテと、私達に向かって助けを求めながら虚ろな目をしていた鈴が、突如正気を取り戻し。

 信じられないような力を発揮してジョゼスターフ教諭の拘束を振りほどくと、誰よりも先に弟に向けて飛び出していった。

 

 

 

 

~~~~~~side「鈴」

 

 

 「鈴……?」

 

 甲龍のオープンチャンネルから一夏の声が聞こえて、ハイパーセンサーが白式の反応を捉えた瞬間。

 あたしは後先考えず、気づいたら一夏めがけて飛び出していた。

 

 「あ……」

 

 けど、いざ本人の目の前まできてPICで空中で静止した後、急激に茹った感情が、同じ速度で萎んで行くのを感じた。

 先程、あたし達の制止を振り切って飛んで行ったのは、確かに一夏だった。だったのに……

 

 今目の前にいる一夏に対しては、どうしてかその確信を得ることが、出来ない。

 それだけで、一夏と目を合わせられない。

 ……本当と向き合うのが、こんなにも怖い。

 

 「鈴」

 

 「っ……!」

 

 俯いていると、また一夏があたしを呼ぶ声が聞こえた。

 あたしの好きな声……なのに、やっぱり違う。

 

 ――――あー! もうっ! 女々しい! こんなのあたしじゃない!

 

 そうやって心の中で叫んで気持ちを奮い立たせ、えいやと顔を上げて一夏を見る。

 そう、したら――――

 

 「あ……」

 

 不安そうな顔をした、あたしのよく知っている一夏の顔が見える。

 なんていうか……不思議な感じがした。やっぱり、あの時直感で感じた昔のあたしが知ってる一夏じゃない、けど――――

 

 あたしを覗き込んでくる、その瞳の奥に。

 確かに、昔。

 

 ――――俺が、守ってやる。

 

 あたしが好きになった、一夏がいた。

 それを、見て。

 

 ねぇ、一夏。

 あんたが誘拐されて、大怪我をした、あのモンド・グロッソの日。

 本当は、何があったの?

 あの日から、どうしてあたしの知っている一夏じゃなくなってしまったの?

 

 ――――あんたは……一体、誰なの?

 

 矢継ぎ早に、聞きたいことがいくつも頭を過っては積み重なっていく。

 だけど、あたしは――――

 

 「一夏」

 

 「鈴」

 

 改めて、一夏を見る。

 一夏はあたしの様子がおかしいと見て、こっちを安心させるような微笑を浮かべていた。

 ……前だったら、こういうところもちょっと引っ掛かってたんだと思う。あたしの知ってる一夏は、少なくともあたしの前では自分の感情を抑えるために強がりはしても、自分を取り繕ったりはしなかった。

 でも。

 

 少し前まではわからなくなってしまったと、落ち込むこともあった一夏の心の機微。

 けど、今はわかる……その瞳が映しているのは、僅かな不安と決意。

 

 それだけで……何か、あたしに大事なことを隠しているのと。

 今は、それを言えない――――言うのが、怖いっていうのが伝わった。

 

 きっと、今のあたし達は()()()()だ。

 相手のことを知りたくてわかりたくて、それでいて知ってしまうのが怖い。

 ホントは、あたしも一夏も臆病者だ。だから、必死で強がって強い()()をしてた。

 

 確かに……一夏は変わってしまったのかもしれない。

 でも、今。

 やっと、変わってしまった一夏の中に、あたしの知っている一夏を見つけた。

 あたしってやつは現金なもので、そんなことでなんだか、すっごく安心してしまって。

 

 「――――いつか。本当のこと、話してくれる?」

 

 「――――ああ。約束する」

 

 もう、少しだけ。

 待ってみようと、そう思えた。




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