~~~~~~side「楯無」
置手紙を寮の自室に残し、わたしはIS学園を自主退学した。
……轡木先生は、最後まで退学届けを受理してくれなかったけど。
けどどの道、あそこにはもう二度と戻らないから、同じことだ。
IS学園を去った後、拠点をロシアに移し、早速行動を開始。
標的は――――IS学園襲撃を指示した、亡国機業の元締め。
あのパスカルが所属している時点で、わたしの復讐相手と無関係ではないと踏んだのもあるし……何より、
最初から、後回しにする気なんてない……必ず、叩き潰す。
幸い、チャンスは立て続けに訪れた。
あのイタリアの国家代表の人が直接排除し、その後も轡木先生が上手くやってくれたお陰で、IS学園に所属しながら水面下で色々面倒な真似をしてくれたエリザベス・ミーティアが、少なくとも表向きはいなくなり、あらゆる意味で各所に影響力を持っているのを利用しこちらを邪魔してくれていた最大の障壁が消えた。
そして、『天災』たる篠ノ之博士のバックアップを十全に受けた、表向きは失踪したとされている織斑先生の暗闘。
彼女のお陰で現状敵の最大戦力であると推測される、パスカルが味方を庇いながら各地を転戦せざるを得なくなり、本来あの女が守護すべき元締めに対するマークが外れつつあった。
篠ノ之博士も凶悪なコンピュータウィルスと超高度な自立AIの併せ技で各地の既存システムや人工衛星まで乗っ取ることで徹底的に亡国機業包囲網を敷き、物質透過能力を持ちあらゆる場所に侵入できる謎の無人ISを放って着実に亡国機業を追い詰めている。
おまけに篠ノ之博士はその進捗状況をIS学園に密かに流しており、IS学園では来るべき逆襲の日に備えて、あの
この調子なら、織斑君救出の報を聞くことになるのもそう遠くはないだろう。
さらにこちらが持つ情報網から齎される情報を精査した結果、現状敵の元締めは前回のIS学園襲撃の際大きな成果を挙げられなかったのと、織斑君の拉致という本来の仕事内容に含まれていないことを独断で断行した結果、亡国機業内でも孤立無援になりつつあることがわかった。
おまけに、その元締めは明らかにパスカルによって守られていた経緯があり、自身は恐らくほぼ直接的な武力は持たないことが推測できた。
だとするのならば。
今この機会に、その身柄を押さえてしまわない理由はない。
「いくよ、レイディ……敵を、殺しに」
レイディを纏い、徐々に冬の訪れの兆しが見え始めている灰色の空に飛び立つ。
気負いはない。いつも通り、慣れ切った仕事をしにいくだけの、筈なのに。
――――今まで、感じたことがないくらいに。
この胸騒ぎが一向に収まる気配がないのは、一体どういうことなんだろう……?
『ん。待ってた』
「っ……!?」
――――危ない。胸騒ぎどころか心臓が止まるところだった。
ロシア上空。
亡国機業側に悟られないよう、ISの稼働ログを一度抹消し、降り始めた雪を利用して荒天時用のステルスモードまで使用して出撃したレイディを、最初から待ち構えていたかのように。
「……あなた。どうして、こんなところに……?」
もう、二度と会うことはないだろうと思っていた、大事な人。
彼女を前にして、わたしはかつてないほど心が揺れた。口から出る問いも、自分でしどろもどろになっているのがわかる。
『『遠征演習』。あなたも、経験したことがあるから知ってるはず……IS学園のカリキュラムには、他国のIS施設への連絡役を想定した長距離機動訓練がある』
対するあの子は、一切表情を崩さずどこまでも落ち着いた様子で。
しれっと
そのあまりの白々しさに、ただでさえ乱れている心に火が付いたのを感じた。
……今まで喋れなかったはずの彼女が、当然のように言葉で会話しているなんて異常事態を、疑問に思うことすらできないくらいに。
「そんな見え透いた嘘を……!」
『ひどい。どうして、嘘だなんて決めつけるの?』
「当たり前でしょ! 遠征演習が許可されるのはIS学園上級生、それも成績優秀者だけ! それにこの国の上空が移動経路な以上、事前申請が必要になる。なら、わたしに連絡が回ってこないなんてあり得な……!」
苛立ちのあまり余計なことまで口に出そうとして、慌てて口を噤む。
けれどこの子はそんなわたしの反論すら想定済みとでもいうように、無表情のまま再び口を開く。
『上級生だけにしか許されていない件は、特例がある。私は代表候補生で、長時間のIS稼働経験も200時間を超えてる。理由があればギリギリ、許可が通る。それに――――申請だって、ちゃんと通ってる』
「……嘘よ。わたしの知っている限り、あの亡国機業襲撃事件以降遠征演習の申請なんてロシアに来てない――――」
『――――ダリル・ケイシーと、フォルテ・サファイア』
「!」
わたしの否定を遮るように告げられた、二人分の名前。
咄嗟にここでこの二人の名前が出る意味を考え――――直ぐに、答えに行きついた。
「まさか……!」
『この二人にはCBF
「あなた……! あの二人に与えられていた演習任務を途中から
『人聞きが悪い。あなたたちに勝ち逃げした生徒会長をとっちめられる、って言ったら、二人とも大喜びで譲ってくれた。円満解決』
「あいつら……!!!」
その言葉面だけであまりに容易に想像できそうなやりとりを思い浮かべて、思わず悪態が口から漏れる。
こうなった時点で既に連中の思惑通りなのも滅茶苦茶気に食わない。もし次会う機会があったら半殺しにしてやる……!
……だけど。限りなくクロに近いやり方ではあるけど。確かにこれならこの子が今ここにいることに、ギリギリ理屈をつけられてしまう。それは認めるしかない。
だけど――――
「……どうして。わたしが今日動くってわかったの?」
『あなたも知っているだろうけど……今、IS学園には篠ノ之博士から、亡国機業攻略の進捗状況が定期的に送られてきてる』
それは、確かに知っている。だけど、それがなんだっていうのか。
『あなたの標的も、同じ亡国機業だってことくらいは、私にも予想できた。だから――――篠ノ之博士の情報を持ち出してそれを元に……私達の中じゃ一番あなたに考え方が近い本音に、ここから先あなたがどういう風に動くか予想してもらった』
「っ……!?」
『あの子は、やっぱりすごい。あれだけの情報で、あなたがこの日、この場所に来ることまでぴったり言い当てた……後、伝言』
『このままじゃわたしがとうしゅにさせられちゃうよ~! ひどいよ~! 帰ってきてよ~、ごしゅじんさま~』
『――――だって』
……ちゃんとした話の筈なのに、伝言の部分だけ急に一切緊張感のない本音ちゃん本人の声に変換されてつい噴き出しかける。
あの子は……! でも……あはは。ちょっと、らしい、かもね……
『……私一人じゃ、あなたを捕まえられなかった。でも皆に手伝ってもらって、今がある』
「…………あは。あはは……」
――――よいか、刀奈よ。お前は、確かに優秀じゃ。大抵のことは、己一人でもこなせるじゃろうて。
――――だがの。お前がいくら優秀とて、それでも相手に二人、三人と徒党を組まれればいずれは追い越されることとなろう。
――――わからん、か。まぁ、よい。一人でおる者は、常に限界に付き纏われる。今は、それだけ頭の片隅にでも置いておけ。
ふと昔、お爺様に言われた言葉が、頭を過った。
あの頃のわたしは、我ながら傲慢だった。今目の前にいる大事なこの子に、感情に任せて酷いことを言ったこともある。
けれどもう分別のつく歳になって、人を使う立場にもなった。
そんなこと、とっくにわかった気でいたのに。
――――わかっておったのなら……何故また、一人になったのじゃ?
……お爺様の嘆きの声が聞こえてくるようだ。
わかっている。少しでも頭が回れば、この結果は必然だったと。
わたしは自分可愛さに全部を振り切って逃げ回り、当然の帰結として置いてきたもの全てに追いつかれたに過ぎない。
だけど。そうだと、しても――――
「――――それで? こうしてわたしを見つけたところで、あなたはどうする気?」
――――わたしには。絶対に通さなきゃならない、ルールがある。
例え自身の全てを、裏切ってでも。
『……私も一緒に行かせて。あなたの仇は、そのまま私の仇でもある。仇討なら、私にも戦う権利はあるはず』
「話にならないわ」
『足手纏いにはならない』
「信じられないわね」
取り付く島もないわたしの応答に、次第に表情が曇っていくあの子を見るのは辛い。
でもこれ以上は譲れない……この子はもう、これ以上傷つかなくていい。
いや……誰にも、傷つけさせはしない……!
『……わからずや。なら――――』
打鉄弐式の拡張領域から、薙刀『夢現』が呼び出される。
あの子は呼び出されたそれを手に馴染ませるように数度手の中で回した後、わたしに向かって突きつけた。
『――――CBFで、出来なかったエキシビジョンの続きを、ここでする……私が勝ったら、ちゃんと話を聞いてもらう』
「あなたが? わたしに、勝てるつもり?」
『当然。今までならいざ知らず……更識であることから逃げたあなたになんか、負ける気がしない』
「っ……! 言ったわねっ!!」
誰よりも自覚していた心の一番柔らかいところを不意に突かれ、挑発を挑発で返されたのはわかっているのに、頭に血が上るのを抑えられなかった。
こちらも、怒りのままラスティーネイルを展開。
直後――――雪の降る灰色の空に、金属同士が激しくぶつかる音が鳴り響いた。
「威勢がいいのは口だけだったみたいね?」
『っ……!』
戦いの趨勢がこちらに傾くのはすぐだった。
この子のIS、『打鉄弐式』の第三世代兵装『識武』の一つ、『紫』による未来予知能力は、確かに強力だ。
けれど、恐らくだがこの兵装は単純に未来を識るだけって類のものじゃない。
ISの、未来の戦闘情報の取得。本来無限に派生する未来の中から、自身にとって優位を取れるものを
肝心なそこから先。観測した未来を手繰り寄せて実現するには、自ら行動しなくてはならないのだと思う。
そんなことは当然と思うかもしれないが、口を開けていれば決まった未来が舞い込んでくるのと、決まった未来を実現するために行動を起こすことは一見似ているようでまるで違う。
この子が見ている、所謂自分とって優位な未来というのは、多分一つに限ったものじゃない。
仮にそうならば、望んだ未来を呼び寄せるまでに、常に行動の
だからなのか――――恐らく『紫』を使用している際に、常にこの子の行動は
普通の人……IS搭乗者でも中位を下回るくらいの腕の人であれば、特に問題ないくらいの、僅かな
逆に言えば……そうでない相手だと、いくら未来が見えていたところで。
行動の
未来を読めるという、莫大なアドバンテージを常に握り続けられるのにも拘らず、同格かそれ以上の相手との戦いでこの子が何かと勝ちきれないのは、恐らくそこに理由がある。
無論、紫を長時間維持できないというのも、理由の一つではあるのだろうけど。
つまり――――他の相手であればまだしも。
わたしが相手である以上……前回同様、
『これ、なら――――』
「無駄」
『っ……!?』
夢現による一閃も。
『和泉』を利用した、変則的なミサイルの掃射も。
和泉によって呼び寄せた、廃材等による質量攻撃や攪乱も。
全て、ラスティーネイルの乱舞によって引き裂かれ、地に落ちていく。
『ぐっ……!?』
その一方で、わたしのラスティーネイルは本格的に降り始めた雪を無尽蔵に取り込んで氷の剣を生成、葉脈のように歪に枝分かれしながらその規模を増し、打鉄弐式を包囲するように追い詰め、傷つける。
あと一分もしないうちに、茨のように広がったラスティーネイルが空を埋め尽くし、打鉄弐式は逃げ場を無くす。
……せめて、雪が降っていなければ。もう少しこの子も健闘できたのかもしれないけど。流石の本音ちゃんも、当日のロケーションまでは読めなかったらしい。
まぁ、この程度ならどちらにせよ結果は同じだ。
これで詰み――――
『……まだ、終わってない。打鉄弐式』
「はぁ……悪いけど、今回は最後まで付き合ってあげる気はないよ? 余力があるうちに、さっさとIS学園に――――」
『応えて……
「なっ……!?」
『『
打鉄弐式が背部に背負った識武のユニットから、まるで鉄が熱を帯びたような、暗紅色の光が溢れ出す。
けれど、起きた現象はそれだけ……シャルロットちゃんの『
気づけば、あの子の瞳もいつの間にか、打鉄弐式が帯びている光と同じ暗紅色の色を帯びていた。
一見燃えているかのようにも見える、その色彩に。
限りなく勝利に近づいている今の状況で尚、わたしはどこか、危機感を感じていた。
――――同時に胸の中に火のように宿った、僅かな期待と共に。
戦況に、大きな変化はない。
そもそも既に、多少の反撃程度では到底巻き返せない程に追い詰めていた。
仮にここで前回のCBFにおいてセシリアちゃんや鈴ちゃんが目醒めたような、派手な武装拡張タイプの単一仕様能力が解放されればまだわからなかったが、そういうわけでもないらしい。
なら、このまま押し込める。その筈、なのに――――
――――
追い詰めているはずなのに、そんな感覚がずっと頭の片隅で蠢いている。
事実として、確かにまだ形勢は覆っていないと断言できるけど――――
少しずつ。しかしそれでも、着実に。
わたしが広げている、ラスティーネイルによる氷の茨の領域が、少しずつ
理解しがたいのが……それが相手の実力ではなく、明らかに
絶妙なタイミングで強風が吹き、僅かに迎撃のラスティーネイルが煽られて軌道が逸れることで、逆にミサイルによって増設した氷のラスティーネイルが破壊される。
絶えず降り続けている雪だが
打鉄弐式の和泉によって呼び出された廃材の一つに
……一つずつ単体でみれば、偶然、偶々で片付けられる事象。
それが、当然のように
ことここに至れば、いくら何でもおかしいことに気づく。
「これ、は……!?」
『運命力の差……?
「そんなわけないでしょ……! ……まったく、とんだトンデモ能力に目醒めてくれたわ……!」
『ぶい』
気づけば氷の茨は半分以上が姿を消し、未だ発せられ続ける熱気を帯びた上昇気流を巧みに利用されることで残ったラスティーネイルも上手く防御されてしまっている。
大気の流れが乱れすぎているせいで大気中の水分量が安定せず、ラスティーネイル特有の攪乱能力も上手く働かない……お陰で今のあの子は、最早わたしに対して無表情ダブルピースで煽ってくる余裕すらある。
……ちょっと可愛いと思ってしまったのが悔しい。
いや、違くて……こんなの、下手な武装拡張型単一仕様能力なんかよりよっぽど厄介じゃない……!
兎に角、未だあの子の単一仕様能力の詳細ははっきりしないが……このままでは、思いがけない
なら、やり口を変えるだけ――――運や偶然なんて乱数を差し込む余地のない、純然たる力で押し込む……!
即座にラスティーネイルを収縮させ、蒼流旋をコール。
残った氷のラスティーネイルを全て足止めのために差し向け、打鉄弐式の動きが止まったところで、すぐさま瞬時加速によるランスチャージを仕掛ける。
『くっ……!?』
けれど紫による予知で察知されていたのか、ジャストタイミングで突き出された夢現を通し流された和泉の力によって軌道を逸らされてしまう。
でも問題ない……力の大部分は上手く受け流されてしまったが、絶大な威力を伴った突進はそれでも夢現を通して打鉄弐式の腕部関節機構にダメージ与えている。
そんな状態で……後、何回受けられる?
柄を軸に180度自由に可変展開できる、蒼流旋のジェットノズルを操作しポールダンスの要領でクイックターン、反転して再度未だ体勢を立て直せていない打鉄弐式を狙う。
立場が逆であれば絶望的な状況……でも、ハイパーセンサーの向こう側に見えるあの子の目は、まだ諦めていない。
――――無駄な足搔き。次なんてない。
内心で、そんな冷笑を溢すわたしと。
それでも、と。わたしと違う道を行き、わたしなんかよりもよっぽど更識に相応しい女の子になった、自慢の■の成長を、もっと見たいと望んでいるわたしがいた。
どっちもわたし。本当も、嘘もない。
だから――――決して手は抜かない。それでも、あなたがわたしに、希望を魅せられるというのなら。
「これくらい……乗り越えられるでしょう?」
どうか。わたしを――――
『夢現――――『モードチェンジ』』
「!?」
咄嗟に夢現でわたしのランスチャージを受け止めたものの、それでは対応しきれないということは、あの子も理解したらしい。
そこで――――あの子は単一仕様能力に続く、二枚目の隠し札をここで晒してきた。
超振動によって切断力を高める、夢現の高周波ブレードが格納され、それと入れ替わる形で、六門のバレルが取り付けられた大型のシリンダーが、ゴテゴテとした外部動力と思われるパーツと共に穂の部分に展開される。
『オールレンジ迎撃モード『春雷』、
あの類の武器は比較的弾速が遅い上に取り回しが悪く、こちらの蒼流旋を駆使した高速戦闘に対し追随しきれないお荷物でしかないし……なにより、いくら威力があったところで実弾兵器ではミステリアスレイディの水の防御は破れない。
普通であれば選択ミスとも思えるような武装のチョイスだが……それでわたしが手心を加えると思っているなら、これで終わり――――
「……!」
更識、じゃない。
この国に囚われ、国の上層部に命じられるまま殺しをしていた頃に培った
しかしIS学園での学生生活が僅かにそれを鈍らせたのか、反応は僅かに遅れ――――
一見実弾砲塔にしか見えないガトリング砲から凄まじい勢いで撃ち出され始めた、
一見薄布のように見えてISの装甲に匹敵する強度を持つ、レイディ本体がダメージを受けたことを、ハイパーセンサーが伝えてくる。
――――りょ……量子ビームバルカン……!?
完全な実弾兵器ではないので水流による物理干渉で逸らしきれず。
かといってレーザーのような光学兵装でもなく弾に微妙な質量を含むため、レイディが生成できる疑似水晶体による光子干渉も突き抜ける、レイディ泣かせの特殊兵装。
「くぅ……!」
喰らいつくような軌道でこちらを捉えようとするビームの渦から、高速機動で逃れる。
けどこの判断は失敗だった。打鉄弐式は、索敵と遠距離からのミサイル攻撃に特化した機体……追われる展開だと厳しい場面が多いけれど、追う展開になるとレンジ外から常に一方的に攻撃できるため本当に強い。
ただでさえ、ここであの子は打鉄弐式特有の変態機動ミサイルを嫌らしいくらい活用してきた。水の防御で防ぎきれるとはいえ、反転や迂回といった曲芸機動で逃げるこちらを執拗に追尾し爆発するミサイルの爆風と熱が、ジリジリと水をレイディから剝がしとっていく。
春雷もあれだけ大きい武器なら取り回しが悪いと思っていたが、よく見たらあくまで
合理とバカの狭間を反復横跳びしてるような武器だ。
あの倉持技研の所長、口だけでなく自身の仕事でさえ、とことんわたしをおちょくってくれる。
おまけに、それだけじゃない――――威力、弾速、連射速度、持続時間、EN精製出力……ありとあらゆる調整が、
これはあの所長の仕業じゃない。
かといって、本音ちゃんでもない……あの子は天才ではあるが、その能力は
なら、あの武器の調整を手掛けたのは――――
――――主家は主家。ですが、それはそれ……私の妹を泣かせた報いは受けて頂きます。当代、お覚悟を。
……ふと、そんな幻聴が耳を過った気がした。
――――虚……
ああ、困ったな……当然の報い、とはいえ。
更識だった頃の全てが、わたしに牙を剥くらしい。
「あはっ、いいじゃない……望むところよッ!!」
最初から、誰かに頼るわけでもない。
――――後を頼むぞ、刀奈。
これは、わたしだけの――――
――――ははは……頼もしいな、刀奈は。
――――刀奈。■を、あの子をよろしくね。
わたしの、復讐なんだ……!
――――カタナ。どうか――――
「邪魔っ、するなァッ!!!」
『っ!?』
「ぐっ……!!」
一切の回避機動を取るのを辞め、水のヴェールすら
当然数発のビームが直撃。その内一発が左腕を貫通し、動脈がやられたのか後方に大量の血飛沫が撒き散らされ、直後に激痛が襲ってくる。
あの子はそんなショッキングな光景を見て思わず春雷による砲撃を止めたみたいだけど、直ぐに頭を振り、覚悟を決めた顔で春雷をこちらに構え直した。
……それでいい。
わたしの体はISの他にも大量のナノマシンによってバイタルが維持されている。
お陰で普通の生身に比べると面倒なことも多いけど、その代償に体に風穴が空いた程度なら何もせずとも
それに――――今。あなたが何より心配しなきゃいけないのは、自分の身の安全だっとすぐにわかる。
――――
『!?』
先程の撃ち抜かれた腕から飛び散った血液が、単一仕様能力によって瞬時にナノマシンに造り替えられ、大気中に拡散。
ナノマシン
しんしんと。
音もなく、周囲に降り注ぐ雪が、次々に
「これが、わたしの
『っ、負けない……!』
「
再び春雷を撃とうとしたあの子を制するように、手を翳す。
それだけでわたしの号令に応え、朱い雫が本格起動を開始。赤い雪は瞬く間に吹雪となり、互いの姿を視界から覆い隠す。
さらに――――赤い吹雪は打鉄弐式を竜巻のように包囲するなり、次々と爆発していく。
『うぐっ……!?』
今回起こしている現象は『水素爆発』。赤い雪を構成する水分子を水素と酸素に分解、掻き混ぜてから起爆している。
一度爆発すれば爆風によってさらに分解された水素と酸素の攪拌が進み、連鎖的に爆発が加速していく。
爆発の単発威力自体は、ミストルティンは勿論
だけどこの力の肝は発生に水以外の素子はいらない上に、爆発という化学反応の結果精製されるのはやはり水ということ。
そうして精々される水は朱い雫によって赤い雪に組み直され、何度も爆弾として相手に襲いかかる。
即ち――――この場から水という物質が一切なくなるか。
全ての朱い雫が稼働限界に達し自己崩壊を始めるまで、
ただでさえ、単一仕様能力を使わざるを得ない状況にまで追い詰められたことは少ないのに加え。
この赤い吹雪の中に閉じ込められて無事に出てこれたのは、今まで一人たりともいない。
無論、今回だけは同じ結果に終わったとしても、
『――――天網恢恢』
「っ!」
そんなわたしの心配なんて、どうやら必要なかったみたい。
――――ああ、また、
さっきまであんなに重苦しく空を覆っていたくせに、急に分厚い雲が割れてお日様が空から顔を出した。
先程まではほぼ無限だった、
展開中の朱い雫の稼働率も悪い……最初から狙っていたとはいえ、今回はほぼ即席で生成したせいで、それなりの数の初期不良がでたっぽい。
普通であればそれでもこんなに失敗しないんだけど……どうにも、とんでもない外れ値を
『そこ……!』
打鉄弐式は流石に無傷ではなくボロボロだったが、そんなことは意に介さず真っすぐわたしに向けて突き進んでくる。
――――正面から、馬鹿正直に。
「あは。あはははっ! ――――いいわ。来なさいっ!」
こちらも瞬時加速で突っ込む。
何を考えているのか知らないけど、これでこっちの――――
――――待って。そんなこと、あの子自身も百も承知のはず。本当に、何を考えているの?
それに、なにか致命的な要素を、見逃して、いるような……
思い出して。
この子は、
いや、だけど――――
『……私
打鉄弐式がこちらに肉薄した瞬間、ポツリとあの子の口から言葉が漏れる。
その言葉で、わたしは漸く相手の意図を悟る――――
なら、次に来る、のは――――
「いっただき~♪」
――――
突然横から出現したロボットアームが、すれ違いざまにわたしの蒼流旋から部品を
主要機関からパーツを抜き取られた蒼流旋はあらぬ方向にジェットスラスターを噴射しながら暴走、蒼流旋に固定されているわたしは為す術なく一緒に吹き飛ばされる。
……そうだ。遠征演習任務は、最低でも
実際あの子が任務を譲ってもらったのはアメリカ代表候補生の二人。帯同者が援軍に来る可能性くらいは思い当たってた。
だけど。
――――『このままじゃわたしがとうしゅにさせられちゃうよ~! ひどいよ~! 帰ってきてよ~、ごしゅじんさま~』
……態々音声記録まで持ち出して言伝を寄越してきたことから、きっと
さっきの態々夢現に武装を変えてまでわたしを釣り出したのは、今の時点で既に
IS『玖尾』の特殊兵装『朧』は優れた隠密兵装だが、いかに周辺環境と視覚的に同化できるとはいえ、今各地で暗躍している篠ノ之博士の無人機のように、物理的に透過できるわけじゃない。
雨天や雪天時はどうしても雨雪が
だから――――あの子は白兵戦を仕掛けると見せかけ。
まんまとわたしを、局所的に雪が止んだのを見計らい朧で潜んでいた、
――――はぁ~……認めるわ。もう完膚なきまでに、化かしあいはわたしの負け。でも……!
蒼流旋の暴走に引き摺られ反転した視界の中で、迫ってくる打鉄弐式を捉える。
咄嗟に蒼流旋中枢機構部を抉じ開け、内部ジェネレータを兼ねているアクアクリスタルを握り砕いた。
エネルギーの配給源を失い、蒼流旋全体が色を無くし急激にその機能を停止していく。
――――問題ない……武器として振り回せればね……!
ほぼ同時に、推進力を失いデッドウェイトでしかなくなった、蒼流旋のサイドスラスターをパージ。
スマートな一本の槍となった蒼流旋を、慣らすように手の中で一回転させる。
ジェット機構が無くたって、槍として振るえれば充分。あの子の槍術はよく知っている。迎撃なんて、余裕で――――
そう思った瞬間。
何故かわたしの体は、槍を構えたまま止まってしまう。
……相手の単一仕様能力によるものとか、ここにきて新しい策に嵌ってしまったとかじゃない。
ただ単に……あの子から、目を離せなくなってしまったのだ。
……どうして、だろう。
多分この時、わたしはここで再会して初めて、必死に迫ってくるあの子の目を見た。
どこまでも、真っすぐな目だった。
時間にすれば一瞬。けど、わたしにとっては永遠とも感じる時間の中で、わたしはその目を、ずっと見ていた。
……どうして、だろう。
わたしは、こんなにも。醜く惨めに、変わり果てて、しまったのに。
あの子もきっと、ずっと辛い想いをしてきたはずなのに。
――――お■ちゃん……!
どうして、あの子の目は、あの頃と、同じ――――
あの子が、わたしに向けて夢現を振り抜いたのが見えた。
迎え討とうとしたわたしの手は――――結局。最後まで、動かなかった。