IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百六十四話~泪の雨は泡と消え~

 

~~~~~~side「楯無」

 

 

 昔から、明確に苦手なものというのはあまりなかった。

 強いて言うなら母やあの子が得意な、編み物だけはダメだった。ちょっとした繕い物くらいだったら問題ないんだけどね……

 

 だから、という訳ではないけれど。

 取り返しがつかない程の、大きなミスをするという経験も、殆どなかった。

 故に――――あの出来事は多分、本当なら()()()()()()こじれることになったんだろうと、思うことがある。

 

 そうならなかった理由の一つは、その後数日後に起きた生ける屍(リビングデッド)の更識家襲撃でわたしたちの運命が別たれてしまったというのも、大きな原因ではあるけれど。

 

 ――――こんなことなら……まだ、雨だったら良かったのに。

 

 もう一つは――――きっと。

 わたしが自分で思っていたよりも少しだけ()()()、あの子がわたしが思っていたよりも少しだけ()()()()からだ。

 

 

 

 

 今は亡きお爺様や両親、わたしに期待してくれてた布仏の人達には申し訳ないけど。

 

 今のわたしに言わせれば、『更識』なんて古いだけで大した家じゃない。

 

 今でこそ対暗部、なんて聞こえはいいけれど。

 更識は昔、ある武将に仕えた諜報と防諜を司る隠密を生業にしてきた一族だった。

 そして……この国では、こういった家業は軽んじられたり嫌悪されたりする傾向があった。

 表向きはそう扱われていても、必要だからとそれでも使われるならまだいい。時代によって本当にそれらの必要性が薄れたり、国のトップに立った者の裁量一つで政治から締め出されたりといった苦境に、更識は幾度となく見舞われた。

 悪いことは重なる。

 そういう凶事に限って、更識は当代に恵まれなかった。

 いや、ちゃんと秘伝と血と家を残していった辺り、最低限の能力はあったんだろうけど、苦境をひっくり返せるほどじゃなかった、と言い換えるべきか。

 なんとか家は残ったものの、更識はそうして次第に力を失っていき――――大正時代を乗り越えた頃には、古い武家の流れを汲む旧家の一つ程度にまで落ちぶれた。

 

 ここから巻き返したのが十五代目――――わたしの祖祖父に当たる人物だった。

 彼は一警察官から公安の大物まで一代で成り上がり、太平洋戦争終戦後は危うく戦犯として絞首台に上げられそうになるも、口八丁でなんとか極東国際軍事裁判を乗り切り、八十七歳で没するまで日本どころか世界中を駆けずり回って今の更識の下地を築き上げた。

 後を託された十六代目……わたしのお爺様も傑物で、下地から見事に牙城を築き上げ、更識は公安内での発言力を現代まで維持。

 流石にわたしが生まれた頃には一線を退いたらしいけど、それでも相談役としての席を残し、お爺様の元には晩年まで警察関係者がひっきりなしに訪れていた。

 

 けれどこの頃になって、盤石になった筈の更識は再び行き詰まることになる。

 後継者問題――――お爺様の一人娘である真弓お母さんは、優しくて真面目な人だったけれど更識向きの人格じゃなかった。

 少なくともお爺様はそう判断し、お母さんを後継者と認めなかった。

 かといって、お母さんが見初めた文矢お父さんも、警備部の特殊部隊員としては優秀だったけど、やっぱりお爺様のお眼鏡には適わなかった。

 

 多分、だけど。

 お爺様は、先代から引き継いだ新しい更識の業を、自分の代で終わらせる気でいたんだと、思う。

 

 公安の仕事は綺麗ごとばっかりじゃない。そんな中にいてはっきりと名前を掲げてる家があれば、公安が買ったヘイトは大なり小なりそこへ向くことになる。

 だから――――先代の宿願よりも、これから増えていくであろう、家族の安全を取ろうとした。

 

 ――――わたしが生まれてくるまでは。

 

 

 

 

 わたしが自我を自覚したくらいの歳の頃、両親は更識の後継者にこそ選ばれなかったが、それでもそれぞれ警察の要職に就いており、まだ幼いわたしは両親よりも、お爺様や、布仏の使用人に面倒を見て貰うことが多かった。

 

 家や分家、警察の偉い人がいつも会いにきて、頼りにされている祖父。

 十五代目から続く更識の黄金時代が続くと喜んで、わたしの一挙手一投足を見て一々褒めそやしてくれる、布仏を筆頭とする使用人の人達。

 

 「じゅうななだいめたてなしに、わたしはなる!」

 

 そんな人達の背中を見て、或いは支えられて育っていれば。

 それはもう、こんな感じの逆上せ上がった子供が出来上がるわけで……

 だけど、まあ……当時のことを思い出すと少なからず顔を押さえて奇声をあげながらのた打ち回りたくなるような記憶もないこともないけど、当時のこの決意自体を後悔したことは、今に至るまで一度もない。

 

 実際、一族の期待以上に、わたしは幼いうちから実力を示した。

 一時は国内でも、篠ノ之束に次ぐ天才少女の誕生と持て囃されたこともある。

 当然、かつての篠ノ之束がそうだったように、飛び級の話も舞い込んできた。

 だけど……これらの話はお爺様が碌に相手の話も聞かないまま、更識の権力を使ってまで全部追い返して以降、パタリと来なくなった。

 少しでも早く十七代目楯無の名前が欲しい当時のわたしは、寧ろこの話には乗り気だったので、勝手に握り潰されたと聞いたときはそれはもう臍を曲げた……んだけど。

 

 「お前が不満に思うのもわかる。わかるが……周りや世間や何と言おうと、今のお前は紛れもなく子供なんじゃよ、刀奈」

 

 今思えば……きっとお爺様は、もうこの時には全部()()()()()()んだろう。

 誰が悪いとか、そういう話じゃなくて……あれはきっと、わたしが初めて体験した失敗にして、挫折だった。

 

 

 

 

 飛び級の話をお爺様に蹴られてからしばらくして。

 お母さんが、仕事を辞めた。お父さんもちゃんと休みの日には家に帰ってくるようになって、わたし達一家は家族で過ごす日が増えた。

 

 ()()は、その日から罅割れる様に広がっていった。

 

 「おかあさん! すごい! かわいい!」

 

 家族で動物園に行った。

 満面の笑顔であの子が動物が大きくて可愛いと言い、両親も笑顔でそれに同意する。

 

 ……どこが? 両親もあんな大きな生き物にあの子を近づけて。もしものことがあったらどうするの?

 

 「まけるなー! がんばえー!!」

 

 あの子が好きな、ヒーローが出てくる映画を見に行った。

 

 ……安っぽい映画だ。下級戦闘員のやられっぷりが堂に入ってるとこくらいしか見どころがなかった。

 

 「やだー! これほしいのー!!」

 

 あの子と一緒に、買い物に行った。

 

 ……あの子が急になんの関係もないヒーローグッズを欲しがり、今の所持金ではそれを買ってしまうと頼まれたものが買えなくなるからダメだと丁寧に言い聞かせても、駄々をこね続けてとてもイライラした。

 わたしは楯無になるために修行や勉強をしないといけないのに、なんでこんな無駄なことをさせられてるんだろうとも思った。

 

 でも、わたしのこういう反応が()()じゃないこと、直ぐに察しがついた。

 当時学校に通っていて周囲を見る限り、あの子みたいなのが寧ろ子供()()()姿なのだと。

 そしてそれが……お爺様が、わたしに求めているものなんだろうってことも。

 

 なら、そうとわかれば話は簡単で。

 

 「うおー! でっかいねー! でもあぶないから、わたしの手を離しちゃダメだよ!」

 「いけー! そこだー!!」

 「もー!! しょうがないなぁ……ほら、立ってっ! こっちのちっちゃいのなら買ってあげる」

 

 内心で共感できなかったとしても。

 実例を知っているなら()()()()()。そうしてわたしは子供の仮面をかぶって過ごすようになり。

 

 「お父様の話を聞いたときはどうしようって思ったけど……こうして見てると、まだちゃんと子供ね」

 

 「ああ。ちゃんとお■ちゃんもしてるしな。これなら、あまり心配しなくても大丈夫かもな」

 

 「もう……そういうのがいけないんですよ? 次のお休みも、ちゃんと帰ってきてくださいね?」

 

 「はは、わかってるよ」

 

 元より、幼少期からあまり関わってこなかったというのもあるのだろうけど。

 すぐに、両親は簡単に騙せるようになった。布仏を始めとする分家の人達も、年相応になったと微笑ましいものを見るようなった。

 

 けど――――

 

 「かたなちゃん……楽しくないのに、笑ってる、よね……?」

 

 「――――刀奈。後で、儂のところにきなさい」

 

 ――――虚とお爺様だけは、騙せなかった。

 

 

 

 

 「わかっておろう、刀奈よ」

 「儂等の仕事は、いかに優れていようが個人では絶対に回らん。どこかで必ず、人を使()()()()()()ならん」

 「人を使う立場に立つ者は、使()()()()者の気持ちを、最低限汲めるだけの器量がなければならん」

 「今のお前には、それが欠けておる……今のままでは、お前に楯無の名をくれてやるわけにはいかん」

 

 今でこそ、お爺様のその言葉は何一つ間違ってなかったと断言できる。

 仮に当時のわたしがそのまま楯無を継いだりしようものなら、世にいうパワハラ上司の一人に仲間入りだっただろうことは想像に難くない。

 

 だけど――――当時のわたしにとっては、次代の楯無になる、っていうのが世界の全てだったわけで。

 

 「っ……!!」

 

 楯無に相応しくない――――お爺様に遠回しにそう言われただけで、頭が真っ白になって。

 気づけば一人、更識の家を飛び出していた。

 その日は酷く雨が降っていたけれど、傘一つ持たずに。

 

 頭は真っ白だったけど、そんな中でもこんなみっともないところを誰かに見られたくない、という子供らしからぬ冷静なところは、まだ残ってて。

 誰にも見られないように、こっそりと裏口から出ていった。

 お爺様が話を誰かに聞かれたくないだろうと人払いをしてくれていたお陰か、この脱走は殆ど誰にも悟られることなく成った。

 

 「……?」

 

 この日偶々裏口が見える離れの窓から、雨が降っている外の景色を見てお絵かきをしていた、あの子以外には。

 

 

 

 

 ――――物心ついた時から、雨は嫌いだった。

 どんよりしていて冷たい灰色の空は、明るくて溌溂としたわたしの()()()()に合わないし。

 なにより……分厚く空を覆い隠す雲は、演技をしなければ何一つキラキラしたものを持っていない、わたしの心そのものみたいで。

 

 家を飛び出してから雨に打たれて濡れネズミになりながら、行く当てもなく歩いた。

 雨の中すれ違う人もなく、誰にも見れられていない、本当に一人になって初めて、わたしは家族と一緒に過ごすようになってから少しずつ自分の中で広がっていった、罅だらけの心を自覚した。

 

 わたしだって――――本当は、普通が良かった。

 

 あの子みたいに象はかわいいと思えなかったけど、猫は好きだった。

 ヒーロー映画はつまんなかったけど、ヒーローとヒロインがキスするシーンはドキドキした。

 わたしだって……あの時、棚においてあった猫のぬいぐるみが欲しかった。

 

 けど……時折ひょっこりと顔を出すわたしを、わたしは()()()()()()()という仮面の中に押し込んで封じ続けた。

 だって……そんなのは、かっこわるいから。

 みんなを、がっかりさせてしまうから。

 

 ――――楯無に、相応しくないから。

 

 けどそうして頑張ってきたことも、全部無駄になってしまった。

 いつもだったら予定なんていくらでも湧いてくるのに、この時ばかりはこれからどうしようかと途方に暮れていると、不意に顔にかかる雨が消えた。

 

 「お■ちゃん、おっちょこちょい。雨のときはかさをもってかないとダメなんだよ?」

 

 お気に入りの自分の傘を差して、わたしのぶんの傘を手にもって差し出してくる、あの子が目の前にいた。

 

 ……わたしの知っている限り、最も普通に近い子。

 今からわたしが望んだところで、取り返せないものを持っている子。

 このままわたしが楯無の資格を失ったら、わたしに最後に残ったその名前すらこの子に持っていかれるのかもしれない。

 そう思い浮かべた瞬間――――今まで生きていて、感じたことのないほどの真っ黒な感情が、胸の裡を埋め尽くした。

 

 「――――帰って」

 

 「え……?」

 

 「帰ってっ!! 今、わたしに……わたしにその顔を見せないでっ!!!」

 

 「ひっ……!?」

 

 気づけば自分のものだと思えないくらい、甲高い声で叫んでいた。

 あの子は今まで聞いたことのない、わたしのヒステリックな声を聞いて明らかに怯えた様子を見せたけど……それでも、引き下がらなかった。

 

 「お、おじいちゃんに……しかられたの?」

 

 「……!?」

 

 「だったら……だったら、かんちゃんもいっしょにごめんなさいする! かんちゃんも、お■ちゃんみたいにがんばる……だから……」

 

 「……ふざけないで」

 

 「ぅ……」

 

 「頑張るって何を!? わたしがどう頑張ってるかなんて、何一つ知らないくせに! これ以上わたしをみじめにして、何がしたいの!?」

 

 止まるべきだと。

 これ以上はやめるべきだと、冷静なわたしがずっとわたしの中で叫んでいた。

 こんなことで、今まで積み上げてきたことを全部台無しにする気か、と。

 でももうとっくに台無しになっていると心から思い込んでいたわたしは、この時ばかりは知ったことか、と。

 

 「お願いだから――――あなたは普通(むのう)のままでいてよ……!」

 

 「……!!!」

 

 きっと、取り返しがつかない一言を、言ってしまったのだ。

 

 

 

 

 「……いやだっ!!!」

 

 「!?」

 

 きっと。

 もう少しだけ、わたしに余裕があれば。

 或いは、あの子がもう少しだけ、弱かったのなら。若しくは、頭が良かったのなら。

 

 このわたしの失言は、下手を打てば取り返しがつかない程の断絶を生んだのではないかと、未だに思う時がある。

 そうならなかったのは、やっぱり――――

 

 「っ、なに、を……!?」

 

 「お■ちゃんがつらいのは、かんちゃんが()()()だからなんでしょ……? だったら、やだっ! かんちゃん、お■ちゃんといっしょがいい!」

 

 ――――あの子が、強かったからだ。

 

 「わ、わたし、は……」

 

 「かんちゃん、むつかしいこと、わからないけど……お■ちゃん、ずっとガマンしてるのはしってた。かんちゃん、お■ちゃんがガマンしなくてもいいように、がんばる。きめたの!」

 

 「…………」

 

 「だから……だからね……」

 

 ……この時のわたしがどんなことを考えていたのか。

 正直なところ、内心グチャグチャ過ぎて、今振り返ってみてもこれだ、というのは正直自信がない。

 だけど……完全に正解という訳では、なかったとはいえ。

 少なからず自分の内心が、この子にも悟られていたことに対する衝撃は間違いなくあった。

 

 でも、少し考えれば、当たり前のことではあったのかもしれない。

 わたしがこの子と一緒にいて、初めて()()を認識し、自分がそうであったならと考えたように。

 この子からすれば普通じゃないわたしを■に持って、明らかに■と違う自分を、幼いなりに疑わないわけにはいかなかったのだろう。

 

 ――――人を使う立場に立つ者は、使()()()()者の気持ちを、最低限汲めるだけの器量がなければならん。

 

 お爺様にそう言われた時は、そんな人間が本当にいるのかと疑いすらした。

 だって、人の感情の発露なんていくらでも取り繕える。他人の気持ちなんてものを恥ずかしげもなく理解できるなんて公言できる人間がいたとしたら、そいつは詐欺師かその類の親戚に違いない、と。

 

 けれど、その一方で。

 騙す側の自覚を持った上で、両親すら欺いてみせたわたし。

 なのに、お爺様にならまだしも。歳の近い虚やこの子にさえ、隠していた本音の一端を見破られた。

 

 人の気持ちというものは、途轍もなく難解なようでいて。

 実は、そう大したものでもないのかもしれない――――少なくとも、自分が特別だと思っていたわたしのそれは。

 

 一度そう思ったら、なんていうか、こう――――色々、馬鹿馬鹿しくなってしまって。

 それでいて、やっと次期楯無でないわたしを誰かに肯定してもらえたような気がして、無性に安心したような、心が軽くなったような気がして。

 

 「あ……」

 

 未だ、わたしのためになにかを言おうとして言葉にできず、オロオロしているあの子を見た。

 その顔は戸惑いで曇っていたけれど、その目は。その目、だけは。

 ――――どこまでも、真っ直ぐで、綺麗で、キラキラしていて。真っ直ぐ、濡れネズミになったみじめなわたしの姿を映していて。

 

 その綺麗な目にわたしみたいな、情けない■の姿が映っているのが、恥ずかしくて、でも何故か嬉しくて。

 

 気づいたら、あの子を抱き締めていた。

 

 「お■ちゃん……つめたいよ」

 

 ポツリとあの子から放たれた呟きに、そういえば全身びしょ濡れだったことを思い出す。

 悪いことをしたなと思ったけれど、それ以上に今の自分の顔を、この子に見られたくなかったから。

 

 「ちがうもん。冷たいのはわたしじゃない……そう、雨。雨が悪いの」

 

 「でも、もう雨、やんだよ?」

 

 またしても、言われて気づく――――既に先程まであんなに降っていた雨はいつしか止んで、キラキラとお日様と青い空が雲の狭間から覗いていた。

 

 雨は嫌いだ。だけど――――

 今だけは止まないで。

 ■を抱き締めたまま、ボロボロと目から溢れて止まらない、この雨みたいな雫を誤魔化したいから。

 

 ――――こんなことなら……まだ、雨だったら良かったのに。

 

 

 

 

 それから結局二人仲良く濡れネズミになって、揃って両親にこっぴどく叱られて。

 だけど次の日から……わたしの心持ちには、確かな変化が訪れていた。

 

 楯無への、執着が消えた。

 といっても、その名前を貰うことを、諦めた訳じゃない。

 でも……それでももし、わたしが貰うことができなかったとしても。

 

 わたしの代わりに、それを継いでくれる子がいる。

 なら、わたしはその子の()になれれば、それでいい。

 そう思うだけで、大分気持ちが楽になったのを実感できた。

 

 あの子もあの場での出まかせじゃなく、本当に次の日から少しずつだけど、わたしと一緒に更識次期党首としての修行や勉強を一緒に受ける様になった。

 勿論、始めるのが遅かったことを加味しても、その進捗はわたしが一人で受けていた頃に比べれば亀の歩みみたいだった。

 けれどお爺様はそんなあの子を止めることも咎めることもせず、寧ろどんどんわたしに指導を任せる様になっていった。

 

 あの子のことを見る様になって、わたしの方の修行や勉強は遅れた。

 でも、それでも以前より、前に進めているような気がした。

 わたしが一人で修業を受けている時は、いつも厳めしい顔をしていたお爺様も、一人のときより進捗が大きく遅れるようになったのにも拘らず、二人で課題に取り組むところを見て表情が緩んでいたような気がしたのは、多分気のせいじゃなかったと思う。

 

 ―――― 一人でダメなら、二人で。

 

 そんな気持ちを胸に進み始めたわたしは、改めてかつての自分が楯無にどれだけ執着していたのか……いかに、それしか見えていなかったのかを思い知った。

 なにせ、こんなことになるまであの子の誕生日すら、覚えていなかったのだ。

 虚に知らされて、愕然としたのは今でも記憶に新しい。

 

 「そ、それなら、今度こそ、今までの分までおいわいしてあげればいいのよ!」

 

 「!」

 

 落ち込むわたしに虚はそう声を掛けてくれ、奮起。

 お爺様や両親にも声をかけ、プレゼントもこっそり用意し。

 あの子をビックリさせるべく、あの子にだけ内緒にして、ウキウキしながら、その日を待った。

 そうして年が明け、いよいよあの子の誕生日が迫った、冬の日――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――紅い瞳の死神が、更識(わたしの家)を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――……

 

 

 わたしは、あの子と打鉄弐式の渾身の一撃を受けて。

 あの子の方もあの一撃からそこに至るまでで全ての気力を振り絞ったのか、わたしたち二人はダブルノックアウトに近い形で空中で揉み合いになりながら墜落した後、ダウン。

 気づいた時には本音ちゃんによって二人仲良くISを剥ぎ取られており、修理するから、という名目でISを奪われたまま、彼女たちの次の遠征先であるIS関連施設まで連れ去られ。

 あの子と一緒に、避難用のシェルターに無理矢理押し込められた。

 抵抗しようと思えばできないこともなかったけど……一向に意識が戻らないあの子が心配で、結局ここまで来てしまった。

 

 「はぁ……」

 

 ベッドの上で眠ったままのあの子を膝枕しながら、先のことを考えると思わず溜息が漏れる。

 ……亡国機業の尻尾どころか、上手くいけば頭をいきなり叩けるチャンスだったんだけど。大分時間をロスしてしまった、もう移動されてしまった可能性は高い。

 

 これも、向き合うべき相手から目を逸らして私情に走ったツケってヤツか……

 あの人の人格は気に食わないけど、篝火所長の言っていることは正しい。わたしはどこまでも、半端者だ。

 

 そうして自己嫌悪に浸りながら、未だ目を覚まさないあの子の頭に触れる。

 こうして近くで触れ合い、その顔をよく見たのは、本当に久しぶりな気がする。

 

 ――――大きく、なったね。かんちゃん……

 

 あの日。

 わたしたちの運命は大きく隔てられ、二度とこうして会うこともないんじゃないかと、一時は思っていた。

 だけどこうして触れ合うと、一時は鳴りを潜めていた執着が、心の底で再び顔を出し始めたの感じた。

 

 もう、同じ姓を背負うこともないけれど。

 見た目も変わってしまった今のわたしには、もうこの子との表面的な繋がりすら、残っていないのかもしれないけれど。

 

 それでも、この子は、わたしの――――

 

 「……?」

 

 この時だけは、わたし達の間に横たわった、八年間の空白も。

 たくさんの血に塗れた、薄汚い自身の手のことも都合良く忘れて。

 

 そのまま触れた手で、あの子の前髪を掻き上げようとした、その瞬間。

 

 この子が、目を覚ました。

 

 「あ……」

 

 咄嗟に手を離して、距離を取ろうとした。

 もう、一度どころか二度もこの子を傷つけたわたしに、そんな資格はないと思ったから。

 けれど。

 

 「……!」

 

 その前に、触れていた右手を掴まれてしまった。

 膝枕の体勢から動けないまま、至近距離で目が覚めたこの子と見つめ合う。

 

 やっぱり。

 あの雨の日にこの子を抱き締めた後すぐ雲の狭間から見えた、青空みたいな目がそこにあった。

 逆に、この子からはわたしの目はどういう風に見えているんだろう?

 その答えを知るのが、無性に怖い。

 でもこの子の口から、答えが紡がれることはない……それはわかってるのに、目を逸らしそうになって――――

 

 「……!」

 

 「うっ……」

 

 今度は両手で顔を挟まれた。

 首が動かせないと、どうしても目の前のこの子を顔を見る他なくなる。

 それでもせめてもの抵抗として目を泳がせようとして……失敗した。

 

 「ぁ……」

 

 「えっ……?」

 

 最初は、気のせいかと思った。

 けど確かに、わたしの耳は自分のものじゃない声を拾った。

 ……今、わたし達のISは本音ちゃんに没収されている。かつてこの子や四組の子達が作り上げたという、疑似発声AIに依るものじゃない。

 なら、まさか。今の、声、は。

 

 「……ん」

 

 「!」

 

 こちらを真っすぐ見つめてくるこの子の、唇が震える。

 やっぱり、そうだ……AIによる疑似音声は良く出来ていたとは思うけど、わたしの記憶の中にあるこの子の声とはどうしても一致しなかった。

 今聞こえてくる声も、あの時の声と全く同じという訳ではないけれど……でも、確かにその面影を感じさせる、響きが――――

 

 「簪、ちゃん? あなた、声、が……」

 

 「……ゃん」

 

 声は小さいうえに酷く掠れて、集中していなければ聞き逃してしまいそう。

 だけど、確かに。

 

 「おねえ、ちゃん……」

 

 「あ……」

 

 夢でも、聞き間違いでもなく。

 この子は……かんちゃんは。まだ、その呼び名で、わたしを――――

 

 「わたしを――――また、そう呼んでくれる、の……?」

 

 「おねえちゃん」

 

 ――――もう、とっくの昔に、そんな資格は失くしたと思っていた。

 なんなら、今でもそう思っている。わたしにはもう、この子の姉を名乗るには、失い過ぎて、汚れすぎていて。

 

 「お姉ちゃん」

 

 なのに。

 そんなわたしの心の声を、否定するように。

 やっと自分の口から零れたその言葉を、愛おしく抱き締めるように。

 この子は――――かんちゃんは、わたしの目を見てかつてのわたしの呼び名を口にする。

 

 ……困った。もうかんちゃんには……大事な、わたしの()には。

 もう二度と、情けない姿は見せたくないって、思ってたのに。

 

 「お姉、ちゃん……つめたい、よ……」

 

 どこかから零れ落ちた雫が、かんちゃんの顔を濡らしていく。

 そのことに対する、いつか聞いたかんちゃんの抗議に、わたしは全く同じ言葉を、震える声で返す。

 

 「雨よ……雨が、悪いの……」

 

 「そう……そうかも」

 

 だけど、返ってくる言葉はあの時と違って。

 成長した妹は、苦し紛れのわたしの言い訳を、ただそのまま、受け入れてくれた。

 

 ……ああ。本当、かっこ悪いな、わたし。

 

 ――――こんなことなら……本当に。

 この溢れて止まらない涙も、雨だったら良かったのに。

 




たまたま配信してるのを作業がてら聞いてたP3サウンドステーションで流れたHeartful Cryにインスピレーションを受け、前回と併せて2時間くらいでできた回。限界に挑戦。
ただ私はP3はP3Pから入っていてFESは未プレイ、Rを当時は本編進めてる途中だったため、最初はこんな曲流れたっけ? から入ったんですよね。
今は既にエピソードアイギスまでやってます。
まさかあんな内ゲバBGMだったとは……刺さる。
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