~~~~~~side「簪」
――――声。声が、聞こえる。
――――なに、これ……体、腐、って……
――――っ!? 水だっ! 水を飲むなっ!!
――――そんな……なぜ、なぜ、こんな、ことに……
――――死にたく、ない……だれ、か……
悲鳴。
嘆きの声。
怒りの声。
親に。友に。誰かに……助けを求める声。
私の知っている声じゃない。
私の知っている――――現実じゃない。
夢。
自身のISの力に最初に触れたとき知った。
私のISは夢を見ている……過去も、今も、未来も。
私が知っているかもしれないし……知らないかもしれない、誰かの夢を。
ねえ……打鉄弐式。
あなたは今……誰の夢を、見ているの?
この時のために用意した手札を全て晒し、本音にまで手伝って貰って、なんとか私はあの人――――姉さんに、勝つことができた。
とはいえ……正直、この一勝も殆どお情けに近いというのはわかってる。
あの時、姉さんは玖尾に蒼流旋のパーツを抜き取られ、制御不能に陥る中で尚冷静に立ち回り、私が追撃を仕掛ける頃には蒼流旋から使用不可になったブースタを切り離し、完全に立て直してたように見えた。
紫で見えていた結果の中で最良の一手だったとはいえ――――馬鹿正直に真正面から突っ込んだ私なんて、本来なら姉さんだったら槍一本でも容易く撃退できていた筈だ……あの時、何かを思い出したような顔をして、動きが止まらなければ。
あそこでどうして姉さんが止まったのか。その答えまでは、紫は教えてくれない。
でも……それでいい。やっと……やっと、私達は通じ合えたのだから。これからゆっくり、その答え合わせをすればいい。
それに……どんな理由はあれ。勝ちは勝ち。
そして、約束は約束。
「いや、そうなんだけど……わたしの記憶が正しければ、
「……お姉ちゃんのうそつき」
「ぐっ……」
姉さんはゴネてたけど、半ばごり押しでなんとか同行を勝ち取った。
万が一の際退路を確保して貰うため、本音は後方に潜んで貰い……彼女から修理してもらったISを受け取ると、私達は亡国機業のボスが潜んでいるという場所を目指した。
亡国機業のボス……何者かは知らないけれど。
この先に、本当にいるというのなら。これ以上、学園の皆に手を出させないためにも。
絶対に、捕まえる……!
――――なん、だろう……? 耳鳴りが、ひどい……
先行する姉さんのミステリアスレイディの後を追って辿り着いたのは、しんしんと降り積もる雪の中で静かに佇む、小さな木製のコテージだった。
その前に降り立ち、近づこうとしたところで……急に、どこからともなく電波を拾えないラジオのような、ザー、というノイズが頭の中で鳴り響いて止まらない。
それどころか、ノイズの向こう側から、微妙に人の声が聞こえる。
誰かの悲鳴。
助けを求める声。
ゴボゴボと自らの血で溺れるような、声にならない断末魔の叫び。
あまりに不気味な現象だけど、これには心当たりがある。
打鉄二式が、収集した情報の断片を私に聞かせているのだ。
あのCBFの後での、亡国機業襲撃事件。
その際超遠距離から狙撃してくるサイレントゼフィルスに接敵するため、紫を酷使し意識不明に陥った私は、恢復して以降月に一度だけ、自らのISの自意識と、夢の中で会話できる力を取得していた。
夢の中で会った打鉄弐式は、膨大な量の巻子本が広げられた状態で犇めく空間の中、一人で佇む十二単を纏った黒髪の女性で……あまり長い時間話すことはできなかったけど、それでも色々なことを教えてくれた。
打鉄弐式のコアは、ISがそれぞれ蓄え放出する、コアネットワークから収集した膨大な情報を集積する役割を持った個体であること。
それ故に他のISにはない恩恵を搭乗者に与えることができる一方で、私個人で扱えるそれにはどうしても限界があること。
それでもここ最近での度重なる実戦経験により私は新しいクリアランスを獲得しつつあり、それに合わせる形での自己進化が既に進行中であること等、他にも色々。
まだ、
そしてそれ以降。
打鉄弐式とは、夢の中でのように会話とまではいかないまでも。『彼女』が重要な情報を収集した場合、このようなノイズと共に、
正直、今回の音……声は、あまりに脈絡が無さ過ぎて何を意味しているのか見当がつかない。
ただ……『彼女』は私が紫で観測できない情報として、搭乗者の記憶を夢として観測できると言っていた。
多分、これはそれの一部を聞かされているんだと、妙な確信がある。
でも、そうだとして……『彼女』は、私に何を伝えたいのか。
今の状況からして、これから接触しようとしている、亡国機業のボスに関わる記憶、ということなのだろうか……?
――――怖い。でも……!
これは、多分
かつてこの世界のどこかで起こった、多くの人が亡くなった瞬間の記憶。
何も思うところがない筈がない。私だって、かつて身近な人のそれに目の前で触れ
でも、だからこそ。
尻込みなんて、今更していられない。何もできない私は今度こそ終わりにする。
お姉ちゃんは、私が……!
そんな決意を胸に秘めて、紫と
これからどう行動するにしても、これから亡国機業の首魁に対面するにおいてどれ程のリスクが伴うのかを測っておきたかった。
打鉄弐式が生成した疑似乱数を干渉させた状態で、専用兵装『紫』によって未来の戦闘情報を観測――――観測する情報を
一言で言ってしまえば、電子情報内ではなく、現実で行う『乱数調整』だ。
乱数というものに頼る以上どうしても振れ幅はあるが、上手く嵌れば先程姉さんと戦った時みたいに、一方的に相手に
不確定要素も多い以上、濫用は避けるべき能力だが……今回は情報収集の一環ということで、仮に上手くいかなくてもリスクはそう多くはないだろうと踏んだ。
――――失敗、だった。
油断、したわけじゃない。寧ろ、相手を甘く見ていなかったからこそ単一仕様能力の併用を選んだ。
ただ、知らなかった。この世界には、ちょっとやそっとの天運なんかじゃ動かせない、どうしようもない厄災が存在して。
それを軽々しく覗き込むことは時に――――悍ましい
紫によって観測できた未来は、
……この時点で既におかしかった。未来というものは本来確定した事象ではなく、無数の泡沫のように分岐しながら出現と消滅を繰り返す。紫は本来その中の最良の一つを選んで自ら引き寄せなければならないものなのに、これじゃその選択の余地すらない。
為す術のないまま、確定した未来のビジョンが頭の中で再生される。
――――命の気配が消えた、見渡す限りの瓦礫の荒野。
――――暗雲が立ち込める空の外、全てが吹雪によってかき消されていく黒と白だけの大地。
――――真っ赤な溶岩に埋め尽くされた、原初の地獄の光景。
そして――――
グチャグチャに乱れ何一つわからない映像の中で微かに響いた、血を吐くような姉さんの、断末魔の悲鳴。
黒く逆巻く嵐の中、
紫に観測できる情報量の限界により、テレビの電源を落としたかのように、プツリと映像が途切れる。
あまりに情報量が多くて一瞬で視界が真っ赤になり、激しい頭痛が襲う。
こんなことは今までなかった。混乱することばかりだけど、今確実に言えることは一つ……
今目の前にある、コテージの扉。
これを開けてしまえば――――今見た、この最悪の未来が確定してしまう……!!!
「ねえ、さ――――」
前を歩く姉さんを、止めようとした。
けれど、紫の酷使の反動で既に、私の意識は落ちかけていて――――
――――ダメ……届いて……姉、さん……その扉の向こうにいる人と、会っては、ダメ――――
~~~~~~side「楯無」
――――移動、してない……?
時間をかけすぎて、もうとっくにもぬけの殻だろうと踏んでいた、ボスが潜んでいると思われる亡国機業の潜伏先。
けれどそこを一目見た瞬間、明らかにまだ人がいる気配があって、わたしは早くも妹を連れてきたことを後悔し始めていた。
向こうがISを持っているのなら、流石にもうわたし達の接近には気が付いているはずだ。
にも拘わらず、敵の仮拠点に動きは全く見られない。
……それはまるで、最初からわたし達の来訪を知った上で、待っているかのように。
考えすぎ……だろうか?
――――キィ……キィ……
それに……何の、音だろう?
ここに近づいた途端……何か木の板が軋むような音が、ずっと耳を突いたまま消えない。
それどころか、コテージに近づくにつれ、確実に大きくなっていった。
コテージの扉に手をかけた。感触からして、鍵は掛かっていない。だけど、先程から止まない音のせいか、無性に嫌な予感がする。
後ろにいる妹も、恐らく同じものを感じたのだろう。
視界の端で、あの暗紅色の光が走ったのがわかった。
自身にとってより良い未来を引き寄せる、単一仕様能力を併用した未来予知。
この扉を開けるのは、彼女が見たものを聞いてからにしようと思いなおし、振り返ろうとした。けれど――――
振り返った瞬間見えたのは。たった一回の紫の使用で、特大の反動ダメージを負い……血を涙のように流しながら、こちらに倒れ込んでくる妹の姿だった。
「!?」
咄嗟に抱きかかえ、手を握る。
すると少しの間、妹は何かを探るように私が掴んだ手を彷徨わせたが、やがて力を失ってぐったりと倒れ込んだ。
……攻撃、された……?
腕の中で力なく動かなくなった妹を目にして、どうしようもなく頭に血がのぼるのを自覚した。
反射的にラスティーネイルを呼び出し、目の前のコテージを中にいる敵ごと吹き飛ばしたい衝動に駆られるが、なんとか抑え込んで思考を巡らせる。
……このまま踏み込むのは危険。
ならせめて後方にいる本音ちゃんを呼び出し、妹だけでも避難させるべきか……
――――……
「っ……!?」
ここは目の前のチャンスを逃がすことになっても、妹を優先すべき方に傾きかけた瞬間。
ピタリ、と。先程までうるさいくらいだった、何かが軋む音が止んだ。
……この扉を隔てて尚、動きが読まれているのを否応なく感じる。
このままわたしが何もせずに引き返せば、今度は中にいる存在が自ら出てくる。ここにきてこの反応は、その未来を予感させるには充分だった。
「くっ……」
その気になった敵を相手に、戦闘不能の妹を抱えたまま撤退する未来を想像する。
敵の能力の詳細は不明。だけど……どうしても、逃げ切れる気がしなかった。なら……ことここに至っては。
早く妹が意識を取り戻すことを信じ……その上でこの子が逃げ切れるまで、わたしが時間を稼ぐ他はない。
――――覚悟は決まった。
念のため、プライベートチャンネルで本音ちゃんに妹の救助を依頼し――――わたしは、敵のいるコテージの屋内に踏み込んだ。
――――キィ……キィ……
パチパチ、と。暖炉の中で、薪が爆ぜる音が室内に響いている。
木造のコテージの中、照り返しによって暖かそうな光が満ちる空間に、ポツリと。
暖炉の傍に、木製のロッキングチェアに深く腰掛け揺られている人影が一つ。
――――キィ……キィ……
ロッキングチェアが古いのか、若しくは造りの悪い安物なのか。
ゆっくりと揺れるたびに、木造りの部品同士が軋む音がキィキィと嫌に響く。
……さっきから聞こえていた音の正体はこれか。なら、それに腰掛けている、あの人物が――――
暖炉の炎が揺れる。
そこから漏れ出る不安定な光が、ゆったりとした白いローブを羽織っている、ロッキングチェアの人物の顔を、確かに一瞬、照らし出した。
――――え……?
見間違い……? でも、今のは、確かに……
「――――嗚呼。待っていました。久しぶりですね――――」
あの時と、全く同じ。
片田舎の小さな教会で、抱き締められ、存在を肯定してくれた、優しい声が。
アナ先生。
未知の場所に攫われ、どうしようもなく手を汚してしまったわたしを、救い上げてくれた恩人。
そして――――二年前。やっと日本に戻ってきたその日の内に死を知らされた、亡くなった筈の、IS操縦の師が。
「――――カタナ」
かつてと変わらない、どこまでも慈愛に溢れた聖女のような声で。
――――わたしの、名前を呼んだ。
165話目にしてやっとラスボスが登場。