~~~~~~side「楯無」
――――この場所で、先生を見た瞬間には、既に。
わたしの頭は、ある程度この状況に対する答えを、瞬時に弾き出していた。
だけど。
いくら、この最悪の展開を想定できたとして。
予想できることと、自分が納得できるかどうかは、全くの別な、わけで。
「先生……どう、して……」
事実、この状況で取るべきでない、最早何の意味もない問いが、口から漏れ出てしまう。
アナ先生は、そんなわたしを咎めるように。
そっと右手を持ち上げると、自分の下唇に指を当てながら、口を開いた。
「いけまんよ、カタナ。自分の中で既に答えの出ていることを他者の口から言わせたがるのは、数少ないあなたの悪癖だと、以前指摘した筈です」
「っ……!」
「とはいえ……折角の再会です。久方ぶりに、あなたの
頼りなくロッキングチェアに揺られながら、先生は先程まで下唇に触れていた指を一本だけ立てて見せる。
さっきは情けないところを見られてしまったが……そういうことであれば、聞かなくてはいけないことは、既に決まっている。
「先生。
「……!」
わたしの質問を受けて、先生は珍しくいつも浮かべている微笑みが消え、真顔になった後――――
「――――やはり。あなたは素晴らしい」
直後。花が咲いたような、幸せそうな笑みを浮かべて、わたしを称えた。
そして――――
「ああ、失礼しました……質問の答え、ですが。そうですね。この場合は……
「……!?」
――――考え得る限りで、
体が震える。
足から、力が抜けそうになる。
一方で先生は、そんなわたしの反応さえまるで見えているかのように、嬉しそうに自身の全てと……真実を語り出した。
「ことの発端は、
「ですが……それは今のISとは比べ物にならないほど、不完全な代物でしてね。当時はまだ、半分以上は
「私は……浅ましくも、今以上を望みました。希望が見えたのは、私がこの体になってから五年後――――
そう。白騎士事件……そして、ISの登場です」
「篠ノ之、博士……」
「はい。彼女はISから、限りなく生身の人間に近い
「幸い篠ノ之博士との接触には成功、私の体を生成し直すという仕事を依頼することもできました。ですが――――」
「依頼の最後のやり取りで、彼女はいくつかの条件を提示してきました。その内の一つ。そう一つだけが……どうしても。私達は、折り合うことができなかった」
「それでも、と懇願する私に、篠ノ之博士は言い捨てました。
「…………」
「――――当時の私は。それはもう絶望しました。これから出てくる、私と似たような境遇の者たちは皆救い上げられるというのに、
「絶望は怒りに。そして、逆恨みになりました。対象は篠ノ之博士と……彼女が齎す技術に浴する者全て」
まるで、それはもうとっくに過ぎてきた道だとでも言うように。
先生は表面上、表情にも仕草にも、全くそれを滲ませることなく。
どこまでも穏やかに……かつての絶望を、怒りを……恨みを語る。
そして――――その果てでさえ。
「――――普通であれば、恨みは恨みというだけで終わったのでしょう。ですが……流石に五年も経てば、それなりに私は自身の力を扱えるようになり、一日の内半日は生者として動けるようになっていました。加えて私に命を授けてくれた支援者の助けもあり……私は、人生を賭けた
「とはいえ――――支援者がいるとはいえ、私一人で出来ることには限界がありました……そこで。私と同じような状況に置かれている人達に、声を掛けることから始めたんです」
「まさ、か……」
「ええ……
「う、あ……」
足元が全て崩れていくような感覚。
いやだ、嫌だ……これ以上、聞きたくない……!
「知っていますか? 彼らは、元は中東のある地域で砂漠地帯の緑化と開拓に勤しんでいた、希望に満ちた未来を信じる、輝かしい若者たちだったのですよ」
「っ……」
「ですが――――彼らが開拓した地域の一部から化石資源が出ると判明してから、状況は一変。現地政府より通達された、一方的な土地の接収に彼らは武器を取って抵抗しました。が――――」
「ある日――――彼らの開拓村に、本来降るはずの無い、季節外れの雨が降りました。その翌日……人だけが開拓村から消えました。命の痕跡も何もかも、跡形も無く」
「……!」
「結果多くの同胞を失い、僅かに生き残った彼らは政府に抵抗することができず、為す術なく土地を追われることとなりました。ですが……突如自分たちを襲った『死の雨』は、自分たちを陥れた政府によるものだと疑わず、日々潜伏しながら復讐を誓っていました」
「しかし同時に恐れ、疑ってもいました……あの死の雨は、政府の俗物達だけの一存で呼べるものではないと。裏で糸を引いている――――神の如き者がいるのではないか、と」
「それ、は……」
「ふふ、相変わらず察しのいい子です――――そう。だから、私は彼らの耳元で囁いてあげるだけで良かった……その者の名は、篠ノ之束だと、ね」
「っ、それは、真実だったんですか?」
「さて? ですが以前の彼女の研究に乾燥地に雨を降らせるものがあったのは事実で、それに使う装置に細菌兵器を搭載することで広域の生物兵器が作られ、
「――――『死の雨』の犠牲者はどういう訳か全員行方不明となりましたが、推定された犠牲者の数は400から500程……さて。この後、出てきたISのコアの数はいくつだったか、あなたなら知っていますよね?」
「まさ、か……」
「まぁ、事実はどうあれ。人というのはですね、カタナ。一見近しく見える点と点があった場合、勝手に頭の中で
「……!?」
「それに……真実など。些細なことではありませんか? 彼らは振り下ろす拳の先を見つけられて幸せ、私も同じ者達を憎む同志ができて幸せ……ほら? 誰も不幸になっていませんね?」
「っ……!!!」
ギリッ、と。
奥歯を噛み締める音が、頭の中で大きく響く。
……誰も不幸になっていない……? そんな訳がない……!
思えば、奴らはIS登場以前に篠ノ之博士が生み出した技術を率先して狙う傾向があり、それが奴らが各国で大きな被害を生み出すことになった一因でもあった。
どうして各国が大事に抱えているそれらを、一テロリストでしかない奴らが的確に狙えたのか、昔から疑問だったが――――きっと、当初から。
恐らく先生の裏にもいる――――亡国機業の、支援があったに違いない。
けれどここまで知って尚、怒りや憎悪よりも困惑が強い。
先生にも、生ける屍にも。そうにまで至る、同情に足る過程があったのはわかった。
でも。だからといって――――
もうわたしの知っている先生はどこにもいないのかもしれないと、喪失感すら覚える。
なのに、その暖かい微笑みは。
優しくて、穏やかな声は。
どこまでも、私の知っている、先生のもので。
「ああ……ですが。
「っ!」
「ロシアの非合法研究機関にあなたを拾われてしまったのも、それに伴う不幸だったと言えましょう……まったく、あの方達には失望しました……折角、私のISの実働データを渡して
……あの研究所での扱いのことは、わたしにだってわかってた。
あの
けれど……八年前から四年にも渡った悪夢は全て、本当にこの人が、発端で……!
「じゃあ……あの時、わたしを、助けたのは……」
「ふふ。あまり勘繰り過ぎは良くありませんね。当時の私の肩書であった『バチカンの特使』として、迷い子を迎え入れたことに何一つ偽るところはないと、主に誓いますとも……まぁ、それはそれとして。あの時点で、既に私の体を調整できる人員は確保できていたので……用済みとなった他の研究機関を、口封じも兼ねて一掃したのもまた、真実ではありますが」
「あ……」
いつの、間にか。
一番最初に、彼女に会った時のように。
その動きを一切察知させずに立ち上がった先生が、気づいた時には目の前にいて。
その両手で、私の顔を優しく包み込んだ。
「まぁ……そのようなことは、全て些事です。私とあなたが、こうして出会えたことの前では、ね」
「どの、口で……!!!」
「ええ、私もそう思いますよ。私の八つ当たりに巻き込む形となってしまった、あなたに対しては申し訳ないとも思っていますし、あなたが辿った運命に同情もしています。ですが――――私は、それ以上に、あなたに出会えたことが嬉しい。この運命に、心から感謝しているのです」
――――わたしとこの人が一緒にいたのは、時間にしてみれば二年ほど。
長いか、短いかは人に依ると思うけれど……少なくとも、わたしにとっては。
一緒にいた人の為人というものを知るには、充分な時間だった……現在進行形で今、節穴だったと疑いたくなっているけど……
でも。
それでも今目の前にいて、こうして触れられているこの人が、自分を偽っていないことだけははっきりわかった。
――――この、人は。今この時、間違いなく紛れもない本心を晒していた。
「――――カタナ。あなたは、素晴らしい。絶望の底でISを手に入れ、全てをねじ伏せることのできる暴力を手にして尚……あなたは、気高いままだった。あなたが私を暗殺しにきたあの日――――正直なところを言うとね、この体になったばかりの頃の私のような、未来というものになんの希望も抱いていない、擦り切れた少女が来るのだろうと思っていたのですよ」
「それがどうでしょう――――最初は、予想通りだと感じていました。しかし直近の脅威を退けてみたら……全ての希望を絶たれた筈の少女が、自身を地獄に叩き落した者さえ含む他者のことだけを想って、自分を殺してくれなどと求めだしたではないですか」
「――――私は自分を省みました。出発は似ている筈の私達が、どうしてこうも違うのかと……答えは出ませんでした。だから――――私は、あなたを傍に置くことにしたのです」
先生の指が、愛おし気にわたしの頭を撫でる。
……拒めない。だって――――本当に。今この瞬間だけは……確かに、この人は。
わたしの知っている、先生だったから。
「嗚呼……そう、運命。運命だったのです、カタナ。他でもない、あなたが。私と同じ、どこまでも薄暗く汚らわしい世界に身を沈め、それでいて尚気高くもあり、無垢な少女でもあったあなたが、時に私に――――
少女のように甘えて。
教え子のように、教えを乞うて。
幼子のように、媚びて、頼ってくる。
私には――――嗚呼。それが――――」
けれど。
一言言葉を口にするごとに、私の知らない貌に
頬を薄い桃色に紅潮させ。うっとりとした様子でわたしから手を離し、その指を自分の頬に添えて――――何も不幸なんて知らない、夢見る少女のような、貌に。
――――……!!!
自覚はしていなかったけど――――ここにきて、わたし自身の危機感が臨界点に達したらしい。
抑えていたレイディが自動展開、わたしを水の守りで包み込むと、無数の水の弾丸を展開して先生を撃とうした。
けれど。
「――――お行儀が悪いですよレイディ――――いいえ。『タテナシ』」
――――……!?!?!?!?
先生が、わたしと彼女だけが知っている、わたしのISの
それだけで全ての水が
レイディはそれでもなお必死に抵抗しているのを感じるが、一度床に落ちた水はまるでそれが当然の摂理だというように、木製の床に染み込んで消えていく。
「とはいえ……いきなり取り乱した私にも非はありますね。失礼しました……ですが。それくらい、私はあなたに運命を感じている、ということです――――あなたに出会うまで全く信じていなかった、その言葉の虜になるくらいには、ね」
相変わらず、本当に意味不明な能力だ……!
咄嗟にコテージの入り口近くに、壁に寄りかからせるように寝かせている、妹に注意を向ける。
……今までISありでさえ、生身のままの彼女相手でも一度も
決意を新たに、また先生に目を向ける。
……この判断は一度グチャグチャにわたし自身のメンタルを立て直す、という意味では間違いなく良手ではあった。
「ですが――――」
けど、同時に……この一瞬の内にその貌を変貌させた先生を前に、一瞬でも目を離したのは悪手だった。
気づけば、相変わらず少女のような表情を浮かべたまま――――先生の纏う空気だけが、急激に変化していく。
「一方で、ただ一つ。不満に思っていたことがあります……あなたは気高くあったが故に。私に、自らが醜いと思う部分を、頑なに見せようとしなかった」
「っ……」
「ええ、あの時の私は、あなたの『先生』でした。そうであることをあなたに期待された以上、教え子が望まないことを強いるような、分別のつかない女でいるわけにはいかなかった」
「ですが。ずっと……ずっと見ていたんです。
私の見ていないところで……必死に涙を堪えるあなたを。
強い意志を持って、仇についてずっと調べて回っているあなたを。
亡き家族に復讐を誓い、皆の名前を呼びながら、一人で眠るあなたを」
「そんなあなたを見て――――わたしが何度、
「嗚呼、カタナ……私はね、全てが欲しかったのです。あなたの気高さも、優しさも、敬愛も――――憎しみでさえも」
「先、生……?」
「いいえ。もう、先生ではありません……これも、あなたの全てを受け取るため。名残惜しいですが今日より、アナの名前も捨てることにします。よって――――」
狂気。
わたしの知っている中で敢えて選ぶのであれば。そうとしか形容するしかないものを湛えた雰囲気を纏ったまま、わたしが知っているはずなのに、知らない貌で先生が笑う。
笑いながら――――真っ直ぐに。姿勢を正して、彼女はわたしと改めて対峙し――――
「――――改めて名乗りましょう。私の名は『ウェザー』。僭越ながら、亡国機業の実行部隊、『モノクロームアバター』の統括を務めさせて頂いています。そして――――」
「――――篠ノ之博士が築いたこの時代と秩序を、これより破壊する者です」
――――わたしの当初の調べ通りの自らの肩書を、宣言した。
その態勢のまま、先生の固く閉じられているはずの目から、何処か期待するような視線を感じ――――直ぐに、今度はそれが困惑に変わるのを感じた。
「おや……? おかしいですね? やっと、積年の望みが叶うと思ったのですが。カタナ――――あなた。あの燃えるような怒りは。身を焦がすような憎しみは。全てを擲てる程の殺意は……どこへやったというんです?」
「っ……!!!」
……そんな徹頭徹尾、そちらの都合でものを言われても困る。
勿論、今までのわたしの人生を纏めて虚仮にされた怒りも、憎しみもある。
だけど、その相手は先生で――――真実を告げられたばかりの今の段階では、やはり困惑の方が強い。
それに……本当に復讐以外何も残っていなかった、少し前までのわたしなら、これでも我を失うには充分だったかもしれないけど。
今の、わたしは――――
「……成程?」
また意識が後方に向きかけた、その瞬間。
明確に、先生の声色が変わった。多分長く一緒にいたわたしくらいにしかわからないくらいの変化だけど――――
その穏やかな声に。ほんの僅かだけ、何か違う色が混じった。
――――今まで感じたことのない、先生の変化。
それにわたしは――――何か。全身の肌が粟立つほど、強烈な悪寒に襲われる。
「その、少女ですか。あなたが腑抜けてしまった原因は……嗚呼。あの時はそうせざるを得なかったとはいえ……やはり、後悔してしまいます。あなたを更識になど、帰らせるべきではなかった」
「先、生……!」
「ですが、まぁ――――そうとわかれば、やりようはありますか」
悪い予感はすぐに的中する。
先生の注意の矛先が、明らかに妹――――かんちゃんに向いた。
咄嗟に彼女を守るように、全身を使って先生の視界から隠す。
だけど――――先生はそもそも目が見えていないし、そうでなかったとしても。
――――先生の力の前では、そんな決死の覚悟でさえ、気休めにすらならなかった。
「――――『影刻』」
先生が人差し指でわたしの後ろのかんちゃんを差すと、一瞬だけわたしたちの周りが影が差したように薄暗くなり、暖炉の中の火が怯えたように縮む。
――――それだけで、全てが終わった。終わってしまって、いた。
「あ、ぐぅっ……!?」
「かんちゃん!?」
意識を失っていたかんちゃんが、突然目を見開いて何かに抵抗して苦しむような仕草を見せるも、すぐにまたぐったりと動かなくなってしまう。
息はしているみたいだけど、さっきまでと比べると苦しそうだ。
一体何が……!?
「――――彼女の体にかかる、
「そん、な……!?」
「嗚呼、その表情も良いですが……やはり、もの足りませんね」
なによりも大事な人に手を出されて、一度は落ち着いた心が再び激しく乱れた。
それに応じるようにレイディも強く反応して暴れようとするも……やっぱり動けない。
――――先生と別れてから、一層力を磨いて強くなった自負はあった。
それでいて尚――――対峙して感じる、圧倒的な力量の差。
本当ならこんな小さなコテージ、レイディが
なのに今そうなっていないのは……先生のISに完全に抑え込まれた上で、先生側にはコテージを壊さないように配慮する余裕すらあることを意味する。
なにがあっても。
どんな代償を払ったとしても。
かんちゃんは、絶対に助けなければいけない。
だけど――――今のわたしでは、この人にはどうあっても勝てない。
それを瞬時に理解したわたしは――――
「せ、先生……お願いします。わたしにできることならなんでもします……だから、妹は……かんちゃんだけは許してください……わたしの、わたしの全てなんです……!」
即座に、無条件降伏を選んだ。
プライドなんて全部投げ捨てて、床に頭を擦り付けて許しを請う。
それに対する先生の返答は――――
「ダメですよ、カタナ」
どこまでも、穏やかで、優しくて。
「困難に、そう容易く頭を垂れては。立ち向かいなさい」
――――無慈悲だった。
「あ、ああ。ああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
こうなっては、最早破れかぶれでもやるしかなかった。
全てのアクアクリスタルを動員し、
その殆どは床に叩き落されただの水に還っていくが、それでも全力を振り絞って生成した数千万以上もの水の爆弾は、先生の白いローブに纏わりつきながら一瞬で増殖。
――――このまま起爆すれば、いくら先生でも無傷では……!
そう確信して、レイディに指令を出すべく拳を握りしめようとした、次の瞬間。
激しい衝撃と共に、視界が反転した。
気が付いた時には、雪が降り積もり出した外にいた。
――――
動作の起りは、まるで知覚できなかった。
なのに、気づけば先生が、すぐ目の前にいた。
「っ!?」
咄嗟に離れようとするも、先生に初めて出会った時のような、なにか巨大な見えない力に頭から押さえつけられ、身動きができないうちに、先生の手が迫る。
攻撃とすら言えないような、緩やかな動作。
なのに、先生の手はわたしのレイディの水の防御を障子紙かなにかのように、容易く突き破り。
ただすっと優しく、わたしのお腹を手で撫でた。
それを認識した瞬間、わたしは凄まじい勢いでコテージの壁を水平に突き破りながら吹き飛ばされ、外に転がされていた。
「けほっ、こふっ……」
立てない。
一拍遅れて、全身を燃えるような激痛が苛んだ。痛くないところがなくて、どこを挫傷したのか自分でもわからない程に。
それでも気力だけで無理矢理動こうとしたら、喉の奥からせり上がってきたものに気道を塞がれ、窒息しそうになる。
たまらず全部吐き出すと、赤黒い血が積もり始めた白い雪を赤く染めた。
……バイタルダメージがあまりに深刻なためか、レイディがわたしの意識を落とそうとしてるのを感じる。
――――レイディ……楯無。お願い、まだ……まだ、ダメ……妹……かんちゃん……守ら、ないと……
「はぁ、いけませんね。拙速が過ぎた、ということなのでしょうね」
すぐ近くで、先生の声が聞こえる。
その響きはどことなく、少なくない失望が混じっているように感じた。
「まぁ、いいでしょう。あの少女が死ぬか、その前に奮起するか……いずれにせよ、きっと私の望みは叶う――――嗚呼。運命。そう、運命なのですよ、カタナ。待っています。あなたがまた会いに来る、その日を」
雪の中で倒れ込み、最早意識を繋ぎ留めるのが限界のわたしの頬を、先生のものと思われる指が、愛おし気に撫でたのを感じた。
そこから伝わる、熱だけでわかった。
……この人は、これでいて、まだ。本気で、わたしを愛してくれているんだと。
「ですから、どうか――――」
だからこそ。
意識が途切れる瞬間、先生が残した、言葉は。
かつて彼女が、未来を見失ったわたしに掛けてくれたのと、一字一句違わない、その言葉は。
全てが闇に落ちた後でさえ、ずっと頭の中で反響し続けた。
「――――生きてください、カタナ。私のために」
まるで、呪いのように。