みゃーみゃーと、ウミネコの鳴き声が聞こえる。
……こうやってのんびりする機会があまりなかったから意識したことがないが、そういえばIS学園って海上に造られた人工島だったな、っていうのを今更認識する。
特になーんにも考えずに埠頭にきて釣り糸を垂らし始めたものの、本当にこんな場所で釣れるんだろうか?
「エビが釣れたよ! イチカ!」
「おー! ……エビ? エビって釣れるのか? いやまぁ、釣れなくもないのか……?」
横で釣り糸を垂らしているレイシィにヒットがあったので思わず目を向ける。
――――立派なイセエビが釣れていた。
……なんでだよ!?
俺も釣りに詳しいわけじゃないが、少なくとも魚用の仕掛けで釣れる獲物じゃないことぐらいわかるぞ! ザリガニ釣りじゃねぇんだからさぁ!
それにイセエビ個人で勝手に漁るのって密漁にならなかったっけか……? IS学園内は治外法権? そんな設定を今更こんなところで出してくるんじゃないよ。
いや、本当にどうやって釣って……針が甲殻の隙間に食い込んでる……? そもそも針に餌すらついてないんだが……?
こんなん
「なんかできちゃった」
この
そんな可愛い顔で舌ペロしても俺は絆されないんだからなっ!
……いやもう、こいつに構ってたら俺の方の釣果が終わってしまう。もう突っ込まないぞ。
あれだけイキって出て行ってボウズで帰ったら絶対に鈴辺りに死ぬほど煽られる。せめて一匹は大物が欲しいところ……
「カニが釣れたよ! イチカ!」
カニィ!? だからなんで!? タラバナンデ!?
お前の分布もっと北だろうが! 地球温暖化はどうした!?
そういえば、割と最近この場所で、前回の襲撃時に俺の知らないところで裏切者だったことが判明した、ミーティア先生が魚の餌になった可能性がある上に、その際にいつの間にかここにいて戦闘実習の臨時講師に収まっていた、あの現役国家代表のアリーシャ先生とかいう、アヤしい関西弁で喋るイタリア人が派手な雷を海に落としたとかいう話があったので、場所単位で生態系がおかしくなっているのかもしれない。
……なんか怖くなってきたな。時計塔の先にある漁村に出てきそうな、コズミック海洋生物と出くわす前に、釣りなんかやめて帰ろうかな? 井戸の魚巨人×2は許さんぞ……!
って、また甲殻の隙間針ぶっ刺し逆さ吊りしてる……
狩人の徴かな? ねぇ、甲殻類になんか恨みでもあるの? 親でも殺されたの? 頭ビル〇ンワースなの?
だからせめてちゃんと釣って!?
「なんかできちゃった」
それはもういいから!
その顔やめろ! いちいちあざといんだよ!
何? 天丼? エビだけに? やかましいわ。
なんだってお前そんな変な日本知識だけは残ってんだ……!
「いいじゃん、大物だし……それに、エビ好きに悪い人はいないし、カニ好きにはいい人しかいないって、イチカのクラスの人が言ってたよ?」
「それ言ってるのならず者を自称してる輩なんだよなぁ」
……まぁ実際ビッグ〇ギーさんはあのマッポー世界の中では、ヤバいくらいいい人ではあったが……
ああでも、言われてみれば真理であるような気もしてきた。取り合えずレイシィの釣果は後で茹でて食おう。
美味ければそれでよいのだ。
「わ~い♪」
俺の提案に両手を挙げて喜ぶレイシィを横目に見つつ、釣り始めてからピクリとも動かない自分のロッドを見て溜息を吐く。
――――どうしてハワイ沖から救出され、IS学園に戻ってきた俺が、こうしてあの場で救出してきたレイシィと一緒に釣りをするに至ったのか。
その説明をする前に、今の俺達が置かれている状況を理解する必要がある。
少し長くなるぞ――――
――――IS学園で意識を取り戻したレイシィは、亡国機業にいたときや一年半前の俺との出会いも含め、ほぼ全ての記憶を失っていた。
彼女のISである、ソレイユもほぼ同じだった。こちらは覚醒した筈の
先生方を始め、整備課の皆は揃って前例のないことだと首を傾げており、最終的にはレイシィは臨死体験のショックによる記憶喪失、ソレイユは単一仕様能力によって機体の機能が著しく損なわれた結果、IS本体の防衛本能がシステムに強制的にフォーマットをかけたため、と処理されたが――――俺には、わかった。
これこそが――――白式の新しい
搭乗者自身すら含む、対象ISが蓄えた経験データの
白煉の言う通り、本当に危険な力だと思う。
何せ一回
代表候補生のような、専用機と共に二人三脚で高みを目指しているIS搭乗者にとっては、殆ど冒涜に等しい能力だろう。
レイシィの場合は、こうするより他に救う方法はなかったというのはわかっているが……基本的には封印したほうがいい力だというのは、俺も白煉と同意見だった。
――――全部、
こいつがあの茜色の日差しが差す屋上で、溶けるように消えていった『俺』の本来の力だったというのは、俺にも大分思うところがあった。
俺は何も知らないまま、罪も後悔も纏めてあの『俺』に全部持っていかれたって訳だ。
全くもって笑える話だぜ、クソが。
あいつは、この力を織斑一夏を殺す剣だと言った。
事実、レイシィの中にいた、俺の知らない『織斑一夏』は殺された。
俺がこの力を継いでこれからも振るうのであれば、これからも死んでいくのだろう。そうすればいずれは、本当の織斑一夏なんて存在は、本当の意味でこの世からいなくなる。
これから織斑一夏に成り代わらんとする俺にとっては、その方が都合はいいのだろう。なんなら、あいつ自身でさえそれを望んでいた節がある。
だけど、俺は嫌だ。
ここまで好き勝手やられたのだ。一つぐらい、『俺』に意趣返しをしてやりたい。
この世にあいつの恥を残してやる。精々、地獄でのた打ち回るがいいさ。
――――まぁ、あいつは俺でもあるので殆ど自爆に近いのはわかっているが、そんぐらいのダメージは背負ってやる。
死んだ織斑一夏が、それでも誰かの中で生きられるのなら。
きっと、その方がいいと、俺は思うのだ。
だから、この力は使わない。
この決断が原因で、いつか俺の正体が誰かにバレたとしても。
と、まずはそんな経緯があって。
レイシィと一緒に俺自身もバイタルチェックにかけられ、健康的には問題ないという結果がでたものの。
流石に俺の体がIS云々等と本当のことを言う訳にはいかないものの、それはそれで一か月間の間ほぼずっと寝かされていたという事実が重く見られ、予後を見るためということで、俺の復学は一旦見送られることになった。
まぁ実はこれについては他にも色々あって……どうも俺が亡国機業に攫われている間、お偉いさんからの追求を躱すために影武者的な人物を立てたみたいで。
こいつがまたおかしな奴で、IS搭乗者でありながら本職は役者で最初こそ上手いこと俺に化けてたみたいなんだが、どういうわけか箒に一目惚れしてしまい、それ以降仕事を放り出し本性剥き出しにして暴走。俺が戻ってきた後も交代を拒否して織斑一夏の名でIS学園に居座っていた。
こいつをなんとかしないと、織斑一夏として復学できない、ってのが
……どうなってんだあの『俺』といいどんだけ織斑一夏が増えんだよ。これで本物はもう死んじまってるってのもややこしい。
まぁこれについては――――結果から言っちまえば、どうにかなった。
事情が事情なので俺も本人に会ったんだが……確か名前はロラン……なんとかとかいったか? 本名無駄に長いせいでもう覚えてないが、確か愛称はそんな感じだったはず。
俺の影武者とはいえ、最低限の条件としてIS搭乗者である必要があるため当然女性で、本来はオランダの代表候補生の肩書持ちでもあったそうで。いつかのシャルを思わせる男用のIS学園制服を纏った、シャルとはまた別方向のイケメンっぽい感じで銀髪ベリーショートの、囁くような甘いハスキーボイスで喋る長身長美少女だった。
言動も実際見た目通りで、この手のキャラにはつきものの何もないところから薔薇を召喚する能力があるナルシー女郎だ。シャルの王子様ムーブは周りに期待されて作ってる部分がかなりあるが、こいつの場合は完全に素でしかなかった。
正直……こいつが本当に俺の影武者をしていたのか? ってのが第一印象。
もし俺がいない間にこいつのキャラで織斑一夏のイメージが固まってたら、俺は死ぬぞ。恥で……そういうレベルのキザ女だったんだよマジで。正直人選ミスってるとしか思えなかった。
いや、一目惚れ拗らせて暴走してるってのは聞いてたけども。
で、顔を合わせるなりなんかやたらと絡んできて、最初はハイハイと流していたんだが。
そうしたら俺が乗ってこないのが気に食わなかったのか、最後には本人が今いないのをいいことに、
「こんな腑抜けが弟じゃ、ブリュンヒルデも底が知れるな」
とか許されざることを抜かしやがったので、
「でもお前はその底がドブ並みの腑抜けになりすまして女に言い寄る蛆虫じゃん。花に集る気ならせめて
と煽り返したらなんか地雷にクリティカルヒットしたらしく、唐突にブチ切れだしたせいで盛大に殴り合いをする羽目になった。
……何? 一学期初頭のクラス代表決めの時の二の轍を踏んでる?
言うなよ、俺だって目の前で露骨に箒に粉掛けられて、ちょっとムカついて言い過ぎたってのは自覚してるし……
それに相手も一見我を忘れるレベルでガチ切れしてるのに、私闘にISどころか得物すら頑なに持ち出さない辺り、女にしとくには勿体ないぐらい変に男気のある奴ではあった。
いや、別にISでの決闘を挑んできたセシリアを当て擦ってるわけじゃないけど。
一組の皆の評も、箒さえ絡まなければ絵本から出てきたみたいな、理想的な王子様だったって話だからな……いやなんだよ王子様って。仮にも役者で影武者なら似てなくてもいいからなりきる努力ぐらいしろ。
その辺の苦情はやり合う前にも言ったが、
「君は仮にも男性で唯一この花の園にいることを許された、特別な人なんだろう? なら、君こそ見た目はしようがないにしても、せめて心持ちくらいはここに相応しい者であろうとしたまえ。わかるかい? ……いや、わからないんだろうねぇ」
なんて感じで、向こうがバチクソに切れてるのもあり、やれやれみたいな態度でめっちゃ嫌味が返ってきた。
「うるせーお前薔薇臭いんだよドブ野郎」
その後も何かとやかましかったので、開幕ジャイアンパンチを顔面にめり込ませて黙らせてやった。
……仮にも美少女の顔になにするって? あのドブカスレズ野郎だってやたら腰の入ったフックでこっちのレバーを抉ってきたし……
と、まぁそんな感じのすったもんだがあった末、どういう心境の変化があったのか
「君の言う通りだ。私が間違っていた。次は真っ当な条件で君と戦って、今度こそ彼女を振り向かせてみせる……!」
なんて闇落ちから立ち直った乙女漫画の本命みたいな台詞を残し、なんだかんだ俺と箒以外の皆に惜しまれながら爽やかにIS学園から去っていった。
……その際に俺の貴重な記憶容量に、イケメン顔なら顔に青タンつけて鼻血出てる状態で格好つけてもサマになるという、しょーもない知識を増やして。
つーかあんにゃろうが本命なら俺のポジは完全に当て馬じゃねーかふざけやがって! 腹立つからもう二度と出て来んじゃねーぞ! ……結局お熱の箒には一片たりとも相手にされてなかったのはちょっと同情せんでもないけども。
ああいう軟派なタイプ嫌いなのは知ってっけどちったあサービスしたれよ。表情筋死んでんのか。
……俺の顔で歯の浮くようなことばっかり言うから笑いそうになるのを我慢してた? 見た目通りの三枚目のお前が戻ってきてくれて嬉しい?
次はお前の顔を陥没させてやろうか?
まぁ箒とそんなやり取りがあったかはさておき。後は二つ目の事情としては……早い話記憶も身寄りもない元亡国機業の少女を拾ってきたからには、テメエで面倒を見ろっていうぐぅの音も出ない話だ。
流石にこん中じゃ身寄り云々は俺じゃどうしようもないんだが、これについてはシャル伝手にデュノアに話が行って、どうにもフランスの方で戸籍を作ってくれることになったらしい。
……正直当初はもう一年以上前の話な上に、俺自身あまり振り返りたくない記憶だったせいで他人の空似だと勝手に思い込んでいたのだが……シャルとレイシィ、実際に並んでみるとビックリするくらい似てるんだよな……微妙に髪の色が違う上に、瞳の色はシャルがアメジストを思わせるような紫、レイシィは海を連想する深い青なので見間違えることはないんだが。
シャルはその辺の事情についてあまり語りたがらなかったので深くは聞いてないが……実は本当に双子だったり? いや、まさか、な……
そういう訳で、見た目が似ているお陰かレイシ自身は割とシャルに懐いており、なら戸籍のこともあるのでシャルに任せるのがいいか、と最初はそういう話になりそうだったんだが。
さっきシャルがレイシィについて話したがらない、と言ったように、あの誰にも人当たりがいい彼女には非常に珍しいことに、シャルの方に微妙に隔意があるんだよな。
なんていうかな……千冬姉に対する鈴の態度に割と近い。流石に鈴みたいに顔を合わせるなり舌打ちしたり悪し様に罵ったりはしないが、気安く近づかないでくれないかな、と割と強めの言葉で追い払ったりはしている。
これについては本人も自覚があるようで、これといった理由はないけど何となく苦手で、我慢しようとはしてるんだけどなんか体が反応しちゃうんだ、と語った上で本当に申し訳なさそうに謝られた。
まぁ、シャルの方はバッチシ記憶があって、その中にはレイシィに危うく殺されかけたものもあるのでそれは仕方ないっちゃない。
んで、シャルがダメとなればまぁ自然と拾ってくる判断をした俺にお鉢が回ってくるのは仕方のない話である。
……元より、あの『俺』との約束もある。ことがどう転ぶにしろ、任せきりにするつもりは最初からなかった。
とはいえ……面倒見るつってもあんましすることはなかったんだけど。
なんせ滅茶苦茶地頭がいい上に器用なんだよこいつ。
俺程度じゃすぐに知識面で教えられることはなくなったし、実技面についても記憶を無くしてもIS操縦は体が覚えているようで、ソレイユの積載量を活かした爆弾お手玉戦法を最初から使いこなしており、その上なんとシャルと同精度の
お陰で実際に戦うと、開幕と同時にIS仕様手榴弾が四方八方から雨霰と飛んできて、ボンヤリしてるとあっという間に爆殺の憂き目に遭う(一敗)。
レイシィのソレイユは元亡国機業所属のISということで調査が必要になり、俺も立ち会うことになったんだが……流石は欧州の空飛ぶ火薬庫こと、ラファールの後継機。
大量のハンドグレネードの他にも、バカみたいにデカい五連チェンソーや、弾頭と推進装置を拡張領域から取り出したその場で電気溶接でくっつけて弾道ミサイルを作成、発射するインスタント起立発射機等の、なんか使用するとシステムに深刻な障害が発生しそうな不明なユニットっぽいのが出るわ出るわ……いやまあ状況的にそうじゃないかとは思っていたが、あのIS学園襲撃の時のミサイル花火師はお前かよ。拡張領域から核融合爆弾頭をいきなりPONとお出しされると、無害化されているとわかっていても心臓に悪い。
けどそいつらは実弾無効のヒートシールドも含め、あのクソ単一仕様能力『
まぁそいつらを一目見て、
「すげー! どいつもこいつもバカの仕事じゃん! ウヒョー分解したい……!」
なんて言いながら最高の玩具を前にした子供のように目をキラキラさせていた所長が、ソレイユの修復とレイシィ用に再調整を請け負った自分に対する報酬だのなんだの言い張って根こそぎ倉持技研に引っ張っていったので、いずれデチューンなりリファインなりされて、またソレイユの正式武装に返り咲く日がくるかもしれない。
……なんてことをクラスメイト達に話したら、シャルとラウラは顔を青くしていたが。いや、レイシィに半殺しにされた二人は俺も見たけど、あの様子じゃ本当によほど酷い目に遭わされたらしい。そりゃシャルも苦手意識を持つようにもなるか。
つーわけで、知識的にも実力的にも優れ実質専用機持ちという、すぐにでもIS学園に編入できるくらいの逸材ではあるんだが。
ナノマシンによって一気に回復に向かっているとはいえ、レイシィはまだかつての暴走状態のソレイユを駆っていた後遺症として全身火傷の痕だらけで包帯塗れになっており、女版志〇雄みたいな体になっているので年頃の少女として皆の前にお出しするのは偲びない状態ってのがあるのと(本人は全く気にしてないが)……なんていうか、記憶を無くしたせいか同年代と比べても、純粋に情緒が
外見と、精神。これがせめて片方だけならまだなんとかなったのかもしれないが、この両方が正常じゃない少女を、ただでさえ事件続きでピリピリしている今のIS学園に一般生徒として編入するのはリスクが高いと先生方は判断したようだ。
それで、丁度健康状態の予後を見るってことで授業に出ずヒマそうにしてる俺に声がかかり、様子を見る組二人として一緒くたにされて、今は授業にも出ずIS学園内をフラフラとしてるわけだ。
……にしても釣りはなかったかな、釣りは。
少なくとも、
まぁ、レイシィのISの待機形態は『義手』で、殆ど実際の手と遜色なく動くから、あまりその辺を感じさせないんだが。実際エビとかカニとか釣って……いやだからあれは釣りじゃないよ。そこにはあくまでもこだわっていきたい。
ぶっちゃけこれが、レイシィが元亡国機業構成員でありながらISを取り上げられていない理由の一つでもある……取り外すには外科手術が必要ってエグいよな。記憶喪失じゃなかったらそうしてでも取り上げられてた可能性が高かったって聞いたときは青褪めたもんだ。
本人はキズモノになってしまった、とか自嘲してたが……俺は全然そんなの気にしないし、寧ろ一度永遠に失ってしまったと思っていた彼女が今傍にいることに舞い上がっているのを自覚しているくらいだ。
かつてのレイシィと重ねているわけじゃない……と、思いたい。彼女は、『俺』が連れて行ってしまった。戻ることは、もうないだろう。
それはわかってはいるが……正直、もう少しだけ彼女と今のレイシィは違うという事実と、向き合う時間が欲しかった。
あのレイシィと一緒にいられた時間は、あまりにも短かった。
だから……あの時抱いた気持ちの正体は、未だにはっきりしないままだ。明確な答えが出る日は、きっとこれからも永遠に来ない。
けれど。
仮にただ一つ、最早あの時の俺と同一人物でもなくなった俺でも、予想できる答えが一つ、あるとするなら。
――――あれはきっと……初恋、だったんだ。
「あー、そっか……フラれたんだな、俺」
「イチカ、フラれたの?」
なんとなしに口から零れた言葉を、カニを抱えたレイシィが不思議そうに拾う。
……いい加減針を外してやれよ。そいつを見てると満月が浮かぶ空中庭園の夢を見そうになるだろ。
「ああ。今は傷心中ってトコだ……海はいいな。青くて」
相変わらず手ごたえの無いロッドを垂らしながら中身のない言葉を適当に返すと、レイシィは流し目をこちらに送りながらすっと近くにすり寄ってきた。
「ふ~ん……じゃあさ。ボクと付き合ってみる……?」
「…………怪我治ってから出直してこい。情緒小学生ミイラ女が」
「あっ、ひど~い」
――――よりによって今、お前がんなこと言ってくんじゃねえよ、バカが。
なんて内心思いながら、ヒラヒラと、追い払うように手を振る。
それを全く気にした様子なく、ケラケラと笑うレイシィ。
……そんな彼女を見て、なんとなく肩の荷が降りたような気がした。
あのモンドグロッソの日。かつての織斑一夏はただ無力に死んで、レイシィにその死を背負わせて。
死んだ後に残った残りカスさえ、道半ばで終わった無様なガキの生き様を呪うにまで至った。
――――織斑一夏の人生は、最期まで碌なモンじゃなかったけれど。
それでも、残ったものが……
『織斑一夏』は死んだ。けど、その物語は終わらせない。俺が引き継ぐ。
となれば……いい加減。
織斑一夏が死んだ日以降止まってしまったページを、次に進ませてみてもいいだろう。
そのためには――――
「――――ま、でも、そうだな……この際、新しい恋でも探してみるか……?」
「「「!?」」」
特に考えなく自然と頭に浮かんだ言葉をふと呟くと、ドタドタと後ろの方で何かが立て続けに倒れる音が響いた。
思わず振り返ってみると、埠頭に積まれた物資の物陰から折り重なるように見知った五人が倒れている。
「重ーいっ! さっさと退きなさいよデブ共、捥ぎ取られたいの!?」
「デッ……! 言うに事欠いてなんということを、って捥ぎ取るって何をですの!?」
「……鈴だって言う程軽くないでしょ。知ってる? 筋肉って脂肪より重いんだ」
「アンタが何を言いたいかはサッパリわからないけど遺言はそれでいいのねシャルロット?」
そいつらはなんか互いに罵り合いながらモゾモゾしていたが、俺達の視線に気づくと気まずそうにそれぞれ立ち上がった。
「い、一夏! こんなところで奇遇ね!」
「この時間俺とレイシィ以外は授業中の筈だが?」
「うっ……」
取り合えず偶然を装って自然そうに声を掛けてきた
こいつは別に地頭は悪くないのに、テンパるとダメになるのはなんなんだろう。
「こ、これはその……ジョゼスターフ教諭に、貴方達の様子を見てきてほしいと頼まれたのですわ!」
「それ本人に確認取って良いんだな?」
「ごめんなさいですわッ!」
セシリアは尤もらしいことを言ったが、やはりこっちの返しで一撃だった。
あの日本かぶれイタリア人教師、俺がいない間に相当こいつらをスパルタで鍛え上げたらしく皆頭が上がらないっぽいんだよな。
皆が世話になったみたいなので俺も挨拶くらいはしたけど、なんか納得したように頷かれたあと生温かい視線を向けられたの覚えている。なんだったんだ……?
つーかお前もテンパってるのかなんか知らんが、そんなすぐバレる嘘を勢いで吐くんじゃないよ。日本語おかしくなってんぞ。
「授業中だけど、遠征演習中の本音ちゃんから通信があったらしくてね。知らせに来たんだ。気にしてたでしょ?」
「あ、ああ……」
シャルは……うん、あの二人の後だから思わず身構えたが、特に変でも嘘っぽくもない。
強いて言うなら失敗した先程のポンコツ二人が後ろからすごい目で睨んでいるが……シャル自身は一切動じずにニコニコしている。
俺は偶にシャルが怖い。
「内容はここで聞けるのか?」
「ううん、一応機密情報もあるから本棟の方に来てほしいって。取り込み中だったら邪魔してごめんね?」
「いや、見ての通りだ。そういうことなら今――――」
結局ヒットが一度もなかった糸を素早く巻き上げ、ロッドを担ぎ上げつつ立ち上がろうとする。
しかしそれを、横にいたレイシィが止めた。
――――撤退準備を始めた俺の右腕に抱き着いて。
「……!?」
ピシリ、と。
特に何もないはずなのに、俺は何故かこの時完全無欠のシャルの笑顔に罅が入る音が聴こえた気がした。
俺が固まる一方で、レイシィは舌を出して可愛らしくシャルを威嚇する。
「他の人はとにかく、いじわる姉さんにイチカはあげないもんねっ!」
「っ……用事があるんだよ。一夏は、一日中遊んでる君と違ってやらなきゃいけないことがあるんだ」
「そんなこと知るもんか。今日はイチカはボクと釣りをすんだよ。邪魔しないでっ」
「君こそ、自分の我儘で一夏の邪魔をしないでよ。っていうか、一夏から離れてっ!」
「やだよー!」
「このっ……!」
最早先程までの余裕はどこへやら、器用に俺の周りをグルグルと逃げ回るレイシィを顔を真っ赤にして追いかけまわすシャル。
……レイシィはレイシィで、この頃はシャルの微妙な隔意を感じているのか、こういう悪戯を良く仕掛けて怒らせているんだが……情緒が幼い奴ってのはこう、どうして相手の気を引くのに相手が嫌がるやり方を選んじゃうんかね。
つーかお前ら、こんな場所でふざけてたら危な……
「あっ……」
注意しようとした矢先に、レイシィが埠頭から足を滑らせる。
……言わんこっちゃない……!
咄嗟に左手を伸ばして引き戻そうとするが、気づいたら先程のレイシィと同じようにシャルに抱き着かれていて動かせない。
シャルは丁度レイシィが足を滑らせた位置からは背を向ける形になっており、まだレイシィが海に落ちそうになっているのに気づいていない。かといって、今から口で注意しても間に合わない。
……シャルお前、お姉さん気取りの癖に妹の物を横から取り上げるような大人げない真似をするんじゃないよ! いや、今はそうでなく……!
となれば右手だが……さっきまで撤退しようとしててロッドで手が塞がっているし、これを投げ捨てて手を伸ばしても距離からして僅かに間に合わない……!
くっ、かくなる上は――――!
「hOI!」
手の中のロッドを小さく手の中で回す。
すると巻き上げ中の糸が輪を作ってロッドに絡まり、リールから糸が伸びないようになった上で、短くなった糸がレイシィに向けて飛ぶ。
「わっ!?」
そして針がレイシィの服に引っ掛かったのを確認すると、鋭くロッドを振り上げて獲物をこちらに引き寄せる。
幸いレイシィの体はバランスを崩しただけでまだ落下を始めていなかったので、それで充分倒れる方向を操作することができた。
一転して腕を引かれるようにこちらに向けて倒れてくるレイシィを、ロッドを放り捨て右手で抱きかかえてミッションクリアだ。
……おお、これが男が死ぬまでに一度は夢見るという、両手に華……
「っと、悪いなレイシィ。服に穴開けちまった」
なんてアホなことを考えたのも束の間。レイシィの服の、釣針が刺さった袖口の部分に、引き攣れるような穴が開いてしまったのを見て気を取り直す。
少し調整をミスれば怪我をさせていたかもしれない。我ながら軽率だった。
それにとうとう俺までハンギングスタイルしちゃったじゃん……吊れたの魚じゃないけども。
……いや、でもなんとなくイケると思ったのだ。
近頃はただでさえ痩身が原因の筋力低下事件から一か月スヤスヤ月間を経てしまったせいで、筋力はおろか体力まで落ちており、雪蜘蛛を駆使したトリックプレイに終始しないと実戦で息切れするようになってしまった。
自分でも良くないと思っているが……こういう変なところで、PICストリングの扱いが上手くなった成果が出てる。
お陰で技量ばかりがモリモリ上がっている気がする……あんまし度を越えた訓練とか筋トレは、未だにドクターストップがかかってるんだよ。
ISパゥワーで気軽に能力アップ! という訳にはいかないらしい……いやあんましやり過ぎたらあからさますぎて怪しいのはわかるが、ちょっとくらいいいじゃんね。
謎の超回復能力とかあるわけだし……ああ、アレは白式の能力だと思われてるのか。まぁ、普通はそう思うよな……
「う、うん……それは、いいんだけど」
これから遅れを取り戻すのに何か月かかるか、なんて考えて黄昏かけていると、妙に腕の中の二人が大人しいことに気づく。
見てみればシャルはそんな赤くなるくらいならとっとと離してくれればいいのにレイシィに対抗するように手を離す気配がないし、レイシィはらしくもなく俺に抱かれたままなんか縮こまっている。
いや待て、お前そういうキャラじゃないだろ……
「ボク、イチカに釣られちゃった……」
なんて心の中で突っ込みを入れてたら、追加でとんでもないボケが飛んできた。
待て待て、その言い方は尚のこと語弊があるだろ! いや、状況的には間違ってないけど!
それだと俺が学園の向かいの学園都市で学園生釣ろうとウロウロしてる、そこらのナンパ男みたいじゃん!
……あいつ等世の中勘違い女が増えてるのに全然いなくならないよね。見えてる地雷にもツラさえ良ければ平然と突っ込んでいくのにはある種の敬意すら感じんでもない。
世間では草食系だの絶食系だのと良く聞くが、なんだかんだ男というものはやはり肉を喰わねば生きてゆけぬ奴らが一定数いるらしい。つーか女でもあの
まぁ、それはそれとして知り合いに粉掛けてたらしばくが。
「一夏!」
「一夏さん!」
なんて半ば現実逃避に入ろうとするも、この手の冗談が通じない奴等がすぐさま乱入してくる。
人前でなにしてる? 不純異性交遊?
……冤罪だ! 俺は何もしていない!
え? じゃあその手はなんだって? ……あのーシャル。レイシィ。そろそろですね、離して頂けると……
あっ……二人ともよく見たら笑ってる。
畜生、俺を陥れる時だけ仲良く結託しやがってこの小悪魔姉妹が……!
待て! 話を聞け!
お~い箒、ラウラ! そこで遠巻きに見てないで助けてくれ!
ん? 箒? なになに……昼間から女を抱くような爛れた生活してる男は、ここらで喝を入れて貰え?
……おい! ふざけんな! 人をロクデナシみたいに!
なんで女の子二人ちょっと抱き留めた程度のことでそこまで言われにゃならんのだ!
鈴! セシリア! ちょっとまっ……ウグワーッ!!!
結局慈悲はなく、シャルとレイシィ諸共風紀を乱したとしてクラス代表二人にひっちゃかめっちゃかにされる……この学校、風紀委員とかないからその辺もクラス代表がある程度兼ねている。だからこそ、代表にはある程度実力が求められる訳で……
ぐえー鈴、首はやめろ首は! セシリアも俺がさっき落とした釣り竿一本で関節極めないでくれ……何その謎技術。バリツ?
――――そんな、騒がしいいつもの日常の一幕の中。
箒の影に隠れるように、一人で何処か暗い顔をしている、ラウラのことが妙に気になった。
多分今後AB組が出るとしたらこんな感じのスポット参戦になります。
ABソシャゲ本編は遊べてなくて…なんか気づいたら始まって気づいたらサ終してたよね…