~~~~~~side「楯無」
「――――知らせ、ないと……!」
本音ちゃんにかんちゃんを預け、在り合わせのものでなんとか修理して貰ったレイディで、ひたすら飛び続ける。
……かんちゃんは大丈夫だ。
IS学園にまで戻れば、織斑先生や轡木学園長達がこの半年もの間ずっと準備していた
アレが一度起動してしまえば、余程のことがない限りはしばらくの間時間が稼げる。
だけど……言い換えてしまうなら
根本的に目の前に迫った脅威を取り除くことを考えるなら、わたし一人ではなにもかもが余りにも足りない。
最低でも、
そしてそれだけの力を持っているのは、わたしが知っている限りではただ一人――――
――――織斑先生に、伝えないと……!
読み違えた。
あのパスカルが最近になって動き出すまで、ずっと亡国機業の統率に護衛として張り付いていたのは、統率自身にISに相当する戦力と戦える力がないからだと、集まった情報から想定していた。
……それは多分、ある意味では正しかった。先生は恐らく、本当にここ数週間くらい前までは、自分自身で動けない事情があったのだと思う。
だけど。
こうしてわたしの前に姿を現し、自身が健在であると示してみせた。
……非力だと思っていた
この事実一つで、わたしの想定は全てひっくり返る。
そしてそうして盤面に巨石を投げ込んだ以上、先生は絶対にこのまま
――――本当に最悪。
止めがどの駒でも討ち取れないクイーンの早指しなんて、イカサマもいいところだ。
だからといって泣き言は言っていられない……このまま何もしなければ、後一手でこちらは負けるのだ。
「――――あら? 随分とお急ぎのようね?」
「……!?」
何処からともなく響いた声に、反射的に回避行動を取ろうと、した。
けれどまるでその行動すら先読みされたかのように、
「っ、ぐっ……!?」
速、すぎる……!?
更に追いかけてくる手から逃れようとするも、叶わない。
抵抗するように展開する水の防御を青い炎が紙切れのように焼き尽くし、青い炎とは対照的なワインレッドの手袋に覆われた手が、わたしの首を鷲掴みにして海上まで落下。
為す術なく、そのまま吊り上げられる。
しかし一瞬のことで安定しなかった視界が、海上に落ちて安定したことで漸く襲撃者の姿を捉える。
「エリザベス・ミーティア。いや――――」
その名前も、間違いではないだろう。
でもこの場でこうして襲ってきた以上、敢えて呼び直す。
「あなたが……亡国機業の『スコール』、ね……!」
「あら? 知ってるの? なら――――遠慮する必要、ないわよね?」
青い炎に覆われた手足と、その豪奢な金髪の先端を青白く燃え上がらせている異様な姿をした彼女は。
その身に宿した炎と全く同じ色の瞳を見たこともないくらい爛々と輝かせながら、不敵に微笑んだ。
突如として現れ、行く先を阻んできた、かつてのIS学園教師にして、裏切者。そして――――
チェックメイトを決めるべく動き出した先生が、恐らくこちらのブロックを阻止するために置いた、ルークの駒……!
なら差し詰め、わたしは相手方が手ぐすね引いて待ち構える中蛮勇にも単身で飛び込んだ、無様なナイトってところね……
だからといって黙って取られる気はない、状況は圧倒的に不利だけれど、
一時は死亡説さえ流れていたスコールだが、わたし個人としては彼女が生きていたことに驚きはない。
それだけ――――IS学園にいたときから、得体のしれない何かが、このスコールにはあった。
でも……姿こそ異様だけど、生身に近い姿。
それでいてあの力。あの速度……まさか!?
「第三形態IS……!?」
「へぇ?
「……っ!?」
「ふふ、なんてね……あなたがウェザーのお気に入りなのは私も知ってるわ。失言って程のことじゃないから安心なさい。まぁでも、そうね。あなたの問いに、敢えて答えるなら――――」
スコールが目を細めながら、意味ありげにわたしを吊り上げていない方の手で先端が燃えている、柔らかそうな金髪を掻き上げる。
どういうことになっているのか炎に覆われた手で触れても髪は燃え上がることなく、その本物の金糸のような髪を明りによって一層明るく煌かせた。
「――――残念だけど、違うわ。今の私は、あなたと同じ……ただ、これからその
「サードシフターと……? まさ、か……!?」
「ええ。そのまさか、よ……でも、丁度良かった。このまま適当に探し回るのも面倒だと思っていたの。ねぇ? 知っているんでしょう? ……チフユの、居場所」
「……わたしが、言うとでも思っているの?」
「? ……ああ。別に、嫌なら言わなくてもいいわよ?」
圧倒的に有利な状況にも拘わらず、スコールはわたしの反抗的な態度に対して、首を締め上げている手に力を籠めすらしない。
ただ、本当に不思議そうに、きょとんと首を傾げる。
それを見て、気づく……確かに、今のわたしは肉体的にも精神的にも、なんならISですら、本調子じゃないけれども。
その辺を度外視して尚――――彼女は。わたしを、わたしの力を、わたしのISを。
自らの脅威として、欠片も認識していない。
「っ……」
ほんの少しだけ、仮にも国家代表まで登り詰めたIS搭乗者としてのプライドがわたしを苛立たせたが、一方で暗殺者としてのわたしが胸の中でほくそ笑む。
実際、国家代表レベルといってもピンキリなのはわたし自身知っている。
なんなら現在IS学園に在学中の成績上位勢を今すぐ国家代表の中に放り込んだとしても、キリの中でならある程度は通用するだろう。
しかし彼女のような戦女神級の搭乗者からすれば、ピンであったとしても塵みたいなものだ。そこに腹を立てたって仕方ない。
大事なのは、今この敵が油断しているということ。
流石に、まともに戦って勝てるとは思わない。
なにかと黒い噂が付き纏うスクルドの称号だが、彼女の実力が本物であることは立ち振る舞いを見るだけでわかる。
決して、お金の力だけでのし上がった戦女神なんかじゃない。
それにただでさえ、今は得体のしれないISを纏っているのだ。
だけどどんなに強かったとしても、
例え戦女神だろうと、ISを纏おうと……所詮は、
掴まれたまま、レイディを待機させる。
強力なISを纏っているので非常に捉えにくいが、一瞬でいい……
あの時はまともにISが使えなかったが、今であれば何も躊躇する理由はない。レイディの力が十全に使えれば、例え0.1秒しか時間がなくとも取れる手はいくらでもある。
反撃できる。その機の到来を確信して、一瞬にも永劫にも感じる時を待つが――――
「――――だって、纏めて
「!?」
スコールの目を見て、漸く悟る。
スコールが、わたしに一切脅威を感じていないのは確かだった。
けれど。
それと、
……何を言っているのか、わからないかもしれない。
わたしだって、普通であればこの二つは限りなく近しいものであると思う。故に、間違えた。
ただ、この女にとっては
――――一見誰よりも奔放で自由なようでいて、その実誰よりも冷徹に状況を見ている……これが、エリザベス・ミーティア。もう一人の、戦女神……!
「――――『
脅威を感じて逃れようとする直前に、スコールの手に灯った炎が、彼女の呟きのような言葉によって激しく燃え出した。
当然掴まれているこの状況でそうなれば、炎はわたしにも襲い掛かる。
思わず身構えるも……痛みも熱も、
だけど。
――――い、いやああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?
「!?」
次の瞬間、聞こえたのはレイディの悲鳴だった。
そしてハイパーセンサーに大量に表示される、システムエラーのメッセージウィンドウ……
……これ、ISスクールの時と、同じ!? ……レイディが、ハッキングされてる……!
「こっ、のっ……!!」
今更必死に逃れようとするも、拘束している指一本動かすことができない。
明確にパワーアシストが落ちてきている。見ればレイディのコアクリスタルも抵抗するように赤黒く染まろうとするも、次第に力を失っていくように黒く染まっていく。
スコールは、一切力を強めてなどいない。けれどレイディが力を失っていくことによって、必然的にわたしのISは搭乗者を守る力を失い、半ば首吊り状態で持ち上げられているわたしの首にかかる圧力が強まって、視界が徐々に狭まって――――
「がっ、あっ……」
「――――こんなものかしら? 新生バスカヴィルの試運転にしちゃまぁまぁね」
このまま首を握り潰される。
そう思った瞬間、浮遊感と共にISごと体が自由になったのを感じた。
多分、最早用済みとばかりに雑に海に放り捨てられた。
それを認識できても、弱り切った体は動いてくれない。何もできずに、海中に沈んでいく。
まるで走馬灯のように、IS学園で出会った二人のことを思い出す。
織斑一夏君。世界で最初にして、唯一のIS男性搭乗者。
最初は護衛対象として近づいたし、それに伴って自衛できるくらいの力が付くくらいまでは色々見てあげるつもりだった。今の一年の実力の確認ついでに生徒会に入れたのも、その一環だ。
だけど……割と見ていてすぐ、わたしの力はそこまで必要ないとわかった。
多少助言ぐらいはしたけれど、逆に言えばその程度で彼はグングン伸びた。あの子は多分、自分がどう強くなるか、という命題に対して既に自分なりの答えを持ってる。
そういう子に、横から彼是口出しするのは、却って良くない結果を招くことになりかねない。わたしにしてあげられたのは、生徒会を通して環境を用意してあげることくらい。
それに……先人としてわたしに説いてあげられることも、彼に対してはあまりなかった。
なんとなく、感覚でわかる……わたし程ではないだろうけど、あの子はきっと人品の
比べるのは失礼かもしれないけど……あの神城秋一と同じ。他人は勿論ある程度親しくなった人間すら心から信頼はせず、本心を隠しながら獲物の隙を伺う狼のように周囲を見ている気配を感じることがある。
言い換えれば、碌な人生を歩んできていないということで……まぁ、あの織斑先生の弟という事実だけで、それがどんなものだったのかは想像するには余りある。
それに彼と織斑先生には、主に父親関係で不穏な話がついて回っていもいる……これについてはシャルロットちゃんの件で神城秋一に出くわしてから少し調べてみたけれど、他でもない
でもあのお爺様がここまで大げさに扱っているということは、話の真実味を嫌でも高めるわけで……
……それは本来、不幸なことなのだろう。
だけどそれ故に、彼はわたしが当初危惧したような状況に追いやられても、きっと迷いも躊躇もしない。
その確信は、あの学園祭での出来事で確信になった。彼と亡国機業のオータムのやり取りは、ISスクールの活動ログにしっかり記録されていた。
戦いの結果で言えば最終的に実力差で押し切られてしまった形だが、それでも明らかに堅気ではない危険な雰囲気を纏うオータムを相手に一向に呑まれることも怯む気配もなく、機転を利かせて相手を嵌めて足止めしたりして、かんちゃんをオータムから守り抜いてくれた。
仲間にも恵まれてるみたいだし、あれだけやれれば、大抵のことはどうにでもなる。力が足りないときは、わたしがコッソリ後ろから助けてあげるくらいでいい。
幾つか借りはあるし、からかうと面白い子なので個人的に付き合うのはやめないけれども……大体、わたしの中ではそんな感じの扱いで落ち着いた男の子だった。
そういった事情で手の空いたわたしが代わりに面倒をみることになったのが、篠ノ之箒ちゃんだった。
彼女については、一夏君に頼まれたというのも勿論あるが……ただでさえ希少なIS適正Sランク持ちが一般生徒に近い形で紛れていて、それがかの篠ノ之博士の実妹、その伝手で専用機まで手に入れたとあっては、更識としてもIS学園生徒会長としても無視できる相手じゃなかった。
それでも一夏君にお願いされるまで声すら掛けなかったのは……かつての妹のようにどこまでも真っ直ぐな彼女に、心の何処かで苦手意識を持っていたんだと、思う。
実際に話してみたら、それはもう真っ直ぐすぎて頑固とも取れる子で……苦手意識と、亡国機業が潜入してくる可能性のあった学園祭を前にして気が立っていたのもあって大分嫌な態度をとってしまった自覚もあるけど、最終的にあの薬を使わずに済んだのは良かったんだと思う。
彼女もまた、その並外れた適正も手伝い実力はあっという間に伸びたけど……あの子にこそ、実力なんかより心構えを説くべきだったと、今になって感じている。
箒ちゃんは、一夏君とは正反対……第一印象は人間不信で容易く他人を寄せ付けないタイプに見えるが、あの子の根本はきっと、幼少期の暖かい家族や身内に囲まれていた頃の純粋で優しい精神性にある。
でも、だからこそ。
知らなければならなかった。
この世の中には、一見物語の中にしかいないような、卑劣で悪辣な人間は底の方を見れば掃いて捨てる程いる。
そういった人間に目を付けられないように生きるには……あの子の
もし。かつてのわたしや、かんちゃんのように。
自分よりも力を持ったそのような人間に、命を、尊厳を、大事なものを……脅かされた時。
あの子は……立ち上がれるだろうか。それがずっと、心残りで……
あっ……
なんでことここに至ってあの子達のことが頭を過ったのか、今更になって悟ってしまった。
どうして、もっと早く気づけなかったんだろう。
先生は動き始めた。なら、先生にとっての
こちらを詰ませるために狙う駒が、何なのかを。
「Bye、生徒会長。あなたがこれから、どうなるのかはわからないけど……もう、会うこともないでしょうね」
青い炎をコートのように纏ったスコールが、少しだけ切なげな感情を滲ませた声でそう言い残し、去っていくのを、見送ることしかできない。
――――そんな……待って……
返して。
その力が、レイディの力がないと。
先生を、止められない。
皆を守れない。
かんちゃんを、たすけ、られな――――
~~~~~~side「???」
「ああ、パスカル。あなたの方から来てくれたのね。探す手間が省けたわ」
「…………」
「あら……怒ってる? 私、何かしたかしら」
「ウェザーの通達を見ていないのか? 何故更識楯無に手を出した」
「
「……ある意味で殺すよりも残酷な真似をしておいて、よく言う」
「そんなの、知らないわ。あの子が何を失ったとしても、弱いのが悪いのよ。違う?」
「そう……なのだろうな」
「煮え切らないわね、あなたにしては……やっぱり、思うところがあるの?」
「だとしても、君には関係のない話だ……それよりも、仕事の話だ。君を幹部待遇で亡国機業に迎え入れるにあたって結んだ当初の契約を、今こそ履行してもらおう。その様子では、専用機の最終調整も終わったのだろう?」
「ええ。いよいよ、ね……結果がどうなるにせよ、きっと私があなた達を手伝えるのはここまで。後は任せる……なんて託すには、浅い関係かしらね、私たち」
「個人的な利害関係と取引のみで繋がっている関係が、浅いというのならそうなのだろう。その辺りの機微は君の方が詳しいのではないか? それこそ、君とオータムは随分と
「ふふっ……そうね。少なくとも私はそう思っているわ。あっちがどうかは知らないけどね」
「そんなものか……ふ、そうかもな。人の心の裡程、理解し難いものはない、か」
「あなたは、これからどうするの?」
「適当に身を隠すさ……『白のプリエステス』は目覚めた。じき、『槍』が来る……巻き添えはご免だ」
「別に疑ってたわけじゃないけど……本当にやるのね、
「ISと、それに伴う技術がある。ウェザーの存在を知られてから、織斑千冬と篠ノ之束も表舞台から去ってなにやら秘密裏に準備をしていた。クロエが持ち帰った情報からこちらの動きを察したのか、あの男が拠点にしていた『公国』でも動きがあった。流石に
「それで納得できるなら、私から言うことはないわ……見つかるといいわね。あなたの、答え」
「……君もな。その果てしない
「随分とわかったようなことを言うわね」
「こちらの台詞と言っておこう」
「はぁ……はいはい、余計な詮索してごめんなさいね。後、IS学園での件も。結局、千冬がIS学園でなにを準備していたのかまでは探れなかったわ」
「構わない。君は、織斑千冬を排除さえしてくれればそれでいい……流石に彼女と暮桜が、『槍』で退場することは望み薄だろうからな」
「
「問題ない。ウェザーはもう、
「そ。ならいい――――って、行っちゃったか。お互いこれで今生の別れになるかもしれないってのに、最後まで淡白なものね。でも、彼女らしいわ。それにしても――――」
「――――本当に、これでなにもかもおしまいなのね。まぁ、どうでもいいけれど」