IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第七十八話~闇の中の人魚姫~

 

 

 「くそっ……!」

 

 劣勢。何よりも得意なはずの接近戦でその状況に追いやられていることを意識するのに、俺は不覚にも少し時間が掛かった。

 ……何せ、相手は決して『強く』はないのだ。基本的な槍術の型こそ出来ているが、それ以上のものじゃない。普通であれば、リーチの差こそあれ格闘戦なら白式の基本性能で十分ゴリ押しできるような相手の筈だった。

 

 しかし、何故かこちらの雪片による斬撃が『届かない』。いつもだったら確実に相手のシールドを突き破り本体に届くはずのそれは、毎回狙いすましたかのような払いで落とされ、かわされ、果ては『和泉』に捕まってあらぬところを滑る。

 それでいて相手の突きや払いは、まるでボクシングの試合におけるラッキーパンチが連続するかの如く尽くこちらの読みを外され次々と『刺さる』。下手に攻撃すればその度に相手の強烈な反撃の起点になってしまい、俺はあっという間に小手先の技で牽制することしか出来なくなった。

 

 『これは、一体……?』

 

 そして何より信じられないのが、今まで殆ど完璧だった白煉の戦闘行動予測が、何かを掛け違えたように全く『当たらない』ことだ。この事実には、俺よりも恐らく白煉本人の驚きの方が大きい。実際そう呟いた白煉の声には、俺でも初めて聞く呆然とした響きがあった。

 

 「黒煌の時と同じ……相手もお前と同じ『予測演算』をやってるってことか?」

 

 『あり得ません……それであれば、相手の方が能力が上だとしても少なからず『拮抗』します。こんな一方的に行動を読まれることは……』

 

 「だけど……!」

 

 相手のこの動きは、明らかにこっちの動きを事前に察知している。予測どころの話じゃない、それこそまるで、一手先の『未来』が見えているような……

 

 『……簪! 『紫』は試用段階の実験機能だ、多用すんなっつってんだろ! そんなに廃人になりたいのかい?!』

 

 「……!」

 

 そんな、自分でも笑いそうになるようなことを本気で考え出した瞬間、試合場にアナウンスで、普段聞かないような所長の鋭い声が響き渡って意識を取られ、俺は一瞬だけ戦闘中に隙を晒した。

 そして簪は、まるで最初からこのタイミングで俺が無防備になるのを知っていたかのように。すかさず渾身の突きを、俺の眉間目掛けて繰り出してきた。

 

 「しまっ……!」

 

 気がついたときには遅い。とっさに身を捩るも間に合わない。この手合いで残り少ないSEを、最早零落白夜すら使えない状態にまでさらに削り取られた現状で、こんな下手を打てば絶対防御が発動する攻撃を受けたら負け――――

 

 ――――!

 

 「……?」

 

 ……と、第二形態移行して以来初の試合で黒星がつき、白煉の大顰蹙を買うのを心の中で覚悟していたところ。

 衝撃は、確かに来た。だが頭にではない。俺の頭の中心をブチ抜くはずだった薙刀は、気づけば簪の手元を離れ、下に落下を始めていて。それを先程まで繰っていた本人は勢い余ったのか、俺に向かって思い切り体当たりを食らわせていた。

 

 ――――!

 

 そして試合終了を知らせるブザーが鳴る。簪はこっちの攻撃を全くといっていいほど受けてなくてまだまだ余裕あったはずだし、この体当たりでSEがなくなっちまったかな、思ってハイパーセンサーを確認したが、それこそ雀の涙程度ではあったものの白式にまだSEは残されており、俺が思わず首を傾げたところ。

 

 『『打鉄弐式』の搭乗者が戦闘不能に陥ったとの判定が下されました。よってこの試合、『白式』の勝利となります』

 

 「……え?」

 

 直後にそんな無機質な機械音声が流れ、思わず俺に体当たりした直後しなだれかかってきた『打鉄弐式』改め簪の様子を慌てて確認して、俺は漸く……

 

 ――――彼女がISを展開したまま眠るように、意識を失っていることに気がついた。

 

 

 

 

 「悪いねワン坊……実は今回の件、アンタの機体というより『打鉄弐式』の実働データを取りたくて頼んだ側面もあったんだが、どっちにしろ結果的に面倒を掛ける形になっちまった。時間、大丈夫か?」

 

 「千冬姉には連絡してあるんで……そんなことより、この娘は大丈夫なのか?」

 

 「自分のキャパを超えてる『力』を使いすぎて頭がちっと疲れちまってるだけさ。危険域までいけば自動的に『識武』のシステムとは遮断されるようにプログラムは組んである、少し眠れば問題ないはずだ」

 

 「そっちのISのことはよくわかんねぇけど。まぁ、それなら良かった」

 

 あの試合の後意識のない簪を受け止めたままピットに戻った俺は、すぐさま彼女を医療用の区画に運び込み、そこで既に準備を整えていた所長に彼女を引き渡して今に至る。

 声を掛けても頬を軽く叩いても全く反応がないのには正直大いに焦ったが、深く眠っているだけとのことで俺は取り敢えず安堵した。

 

 『問題ない、ではありません……並列処理を行っているのはわかりましたが、まさか脳そのものと『マスターレコード』を直結させるデータリンクを行っているとは思いもよりませんでした。貴女は彼女を使い潰す気ですか、ヒカルノ様』

 

 「んな訳ないだろ。アタシだって、程度は弁えてるさ。そもそも最初はそんな大層なものを作るつもりはなかったんだが、この子はそうじゃなくても凄い資質の持ち主なのにとっても頑張り屋さんでね。そいつに応えてやろうと色々出来ることを試していった結果がこれさ……ま、『源泉』から抜ける情報に興味がないと言えば嘘になるがね」

 

 『個人の資質に頼った機体開発等、趣旨を考えれば本末転倒だと思うのですが。『打鉄弐式』はワンオフではなく量産機として構想されていたのでは?』

 

 「上の都合なんざ知ったこっちゃないね。アタシは自分がやりたいことをやるだけよ」

 

 だが一度安心すると、今度は先程から感じていた違和感が一気に噴出する……『あの』白煉が、普通に俺や箒以外の人と会話、してる?

 

 「白煉、お前……」

 

 「ああ……なんだ『シロ』。まだワン坊に話してなかったのか」

 

 そんな俺の疑問の声を引き取ったのは、白煉の追求をのらりくらりとかわしながら、眠る簪の頭をグシグシと雑に撫でていた所長だった。彼女は俺に向き直りながら笑い、

 

 「『完全な自立思考能力を持つAIの開発』……こいつは元々、アタシが取り組んでた分野でね。アンタ等のISに『憑いてる』連中の基幹プログラムは、アタシと束で共同開発したモンなんだよ。ま、アタシがしたことといったらアイツが要求してきた情報を集めただけで、実際作ったのは九割くらいアイツなんだけどな……アタシにアンタ等のISをいじくる仕事が来た理由、これで理解できたかい、ワン坊?」

 

 そんな大したことでもないだろ、とでもいったようなとても軽い調子で、自分は『白煉』達の親なのだと言い放った。

 

 

 

 

 「……てっきりISまで含めて全部束さんが作ったモンだと思ってたけど。思わぬところでまた知り合いが絡んでたな。つーか、お前最初から知ってたんならなんで教えてくんないんだよ」

 

 『聞かれませんでしたので』

 

 ……本当、我が相棒ながら食えない奴である。まぁ確かに白式の元々の所属はこの『倉持技研』だったって話しだし、取っ掛かりはあったのに聞かなかったのは俺だけどさ。

 

 そんな感じで不毛な愚痴を白煉に吐き出しつつ、俺は引き続き簪の様子を見ていた。

 所長もついさっきまでいてくれたのだが、先程同僚の研究員らしき人に呼び出しをくらい心底嫌そうな顔を隠そうともせずに出て行った。どうやら先程の試合の件で、関係者から聞き込みをされるらしい。

 正直なところいくら連絡はしてあるとはいえ、いい加減帰りたかったのだが、一応ことに関わった身としては眠る簪を一人にしていくのも何か違うなと思い、結局俺は残ることにした。所長が出て行く前にそう意思表示すると、彼女は薄く笑い、

 

 「何から何までホント悪いな、ワン坊。今度なんかおごるよ……そう程なくその子は起きると思う。目が覚めたら後は帰るなり、いつもの続きをやってくなり好きにしなって、アタシが言ってたって伝えといてくれ。あとこれは別に聞いてくれなくてもいいが、残ってくれんなら出来たらアタシが戻ってくるまでいて貰えると助かる……いい機会だし『その子』についてアンタに少し話しておきたい。IS学園内に、ちょっとでも話がわかる奴をまだ作っておきたいんだよ」

 

 そう言い残して去っていった。

 ……これが他でもない、いつもの俺に『仕事』を押し付ける時の言い分なのには気がついていたが、同時に一応こちらに選択肢を用意してる辺り割りとマジな内容であることも察することが出来た。

 だからここで改めて、残るかどうか少し逡巡があったのだが。まぁそれは簪が起きてから考えても遅くはないかと思い直し、その結論に至ったところで白煉にまた余計なことに首を突っ込んで、と嫌味を言われたので、先程の所長の件でお前は逆に必要なことしか教えてくんないよな、という暗に意趣返しをしようとしたところ、先程のように嫌味が通じることなく寧ろそれがなにかとズバッと斬られた訳である。

 

 「………………」

 

 ……思い返して少し心が痛くなってきたので、白煉とやりあうのもそこそこに、結局会ってから先程の試合が終わってまで、一言も言葉を交わすことが出来なかった少女を見る。

 先程までは本当に安らかに眠っていたが、今は少し、うなされているようだ。口元が微かに動き、何かを呟いているようだが、それは言葉にはならず薄い呼気だけがそこから漏れる。

 

 ……流石に、ここまできたら俺も勘ぐる。この娘、もしかして……

 

 「――――! ――――……!」

 

 「……!」

 

 と、俺が自分の中で簪が喋らない理由についてとある可能性にいきつこうとした、その時。

 先程まで少し寝苦しそうにしている程度だった簪が、今度は明らかに身を捩るようにして苦しみだした。

 

 

~~~~~~side「???」

 

 

 今でも偶に、夢を見る。

 そういう時は、大体私がうっかりしてしまった時だ。

 ……ふと、居眠りしてしまった時とか、お医者様に毎日寝る前に飲むように言いつけられているお薬を忘れてしまった時とか。

 

 いつも、同じ夢を見る。

 最初は、もう望めない幸せだった頃の夢。

 ■■が、綺麗なお花を摘んできてくれた時のこと。

 ■■が、私の描いた絵を褒めてくれた時のこと。

 ■■が、意地悪な男の子達から、私を庇ってくれた時のこと。

 ■■が、私のために――――

 

 「……あ」

 

 けれどそんな幸せな夢は、あっという間に悪夢に変わる。まるで、こんな時間がいつまでも続くと信じていたあの時の私が、いつものように家に帰ってきたあの日の夢に。

 

 シューシューと漏れるように響く、たくさんの息遣い。

 聞こえてくるのに呼んでも探しても誰もいない、真っ暗な家。

 奥に行くほど鼻をつく、嫌なにおい。ズルズルと何かを引き摺る音。

 ゴロゴロと私の前に転がる、かつて『おとうさん』だったもの。

 ――――そして闇の中音もなく、真っ赤な目を光らせながらこちらににじり寄ってくる、『くろいおばけ』。

 

 「あ、あああぁあぁぁぁ……!」

 

 足が竦む。ここにいてはいけないのに、逃げることが出来ない。誰かに頼っちゃいけないのに、弱虫の私はすぐに助けを求めてしまう。

 

 ――――!

 

 すると、■■は絶対に私を助けてくれる。この時も、すぐに駆けつけて私の手をとってくれた。

 

 でも。

 

 鉄の扉が閉まっていく。私の手を離して、内側に私を押し込んだまま見えなくなってしまう■■は、最後までいつものように笑っていた。

 

 「……大丈夫。『かんちゃん』は、私が守るから」

 

 止めなくちゃいけないのに、動けない。行かないでと叫びたいのに、声が出ない。

 

 ――――やだ、やだ。こんなのやだ、やだああぁぁぁぁ!!!

 

 それでも、必死に叫ぶ。見つかってしまったら身を挺してあの『くろいおばけ』を引き付けてくれた、■■がしてくれたことが全部無駄になってしまうのに、そんなことすらどうでも良くて開かない扉をドンドンと叩く。

 

 ――――……

 

 キィ、と音が鳴り、扉が開く。帰ってきてくれた。そう思った私は、すぐに外に飛び出そうとして、

 

 ――――扉の隙間から突然伸びた、ヌルヌルした真っ黒な手に、腕を掴まれた。

 

 「……!」

 

 最早悲鳴すら漏れない喉を詰まらせながら、扉を見る。少しだけ開かれたその隙間からは、闇の中で紅く爛々と光る目が覗いて――――

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

 「っ……! なんなんだ、いきなり一体!」

 

 急に苦しみ出した簪を流石に放っておくことは出来ず、俺は眠っている簪に近づいて覗き込んだ。

 ……見ればまるで呼吸困難に陥っているかのように、両手で喉を掴んで口をパクパクさせている。どう見ても尋常じゃない、これは不味いと人を呼ぼうとしたが、あまりにも強く喉を手で押さえつけているので、このままでは目を離した隙に取り返しのつかないことになるかもしれないと考える。

 よってまずは喉を押さえつけている手をどけてどうにか固定してから誰かを呼びに行こうと、俺は簪の腕を掴んだ。しかし、その瞬間。

 

 「ごっ……?!」

 

 それは最早、抵抗などという生易しいものではなかった。こちらが結構テンパっていたのもあり、掴んだ腕の逆の手から放たれた強烈な裏拳が顔面に直撃して、俺は思わずもんどりうって転倒する。

 だが幸運にも簪はそれで目を覚ましてくれたらしい。殴られた顔を押さえながら俺が復帰した頃には、肩で大きく息をしながら上体を起こす簪が目に入り、俺は何処か苦しいのかと心配になり声を掛けようとして……

 

 「…………!」

 

 「あ……」

 

 ――――彼女が、ボロボロ涙を流していることに気がついて、思わず言葉を失った。

 しかし、その沈黙が、不味かったのか。

 

 「……!」

 

 「あっ……おい!!」

 

 簪は最初少しの間呆然と俺と自分の手を見ていたが、やがてキッと一度俺を睨むと、ベッドの脇におかれていたスケッチブックを引っ掴んで起き上がり、そのまま凄い剣幕で部屋から駆け出していってしまう。

 とっさに追いかけようとするが、簪を追って部屋から飛び出した途端、

 

 「うおっ!!」

 

 「のわっ!!」

 

 丁度そのタイミングで戻ってきた所長と衝突事故を起こして、俺は再び床を転がり、

 

 「シンの助……? 泣いて……ウチの子にあにしやがったこのスットコドッコイ!!」

 

 「うぶぇっ!!」

 

 所長に追撃で頭を踏み潰され意識が断線、先程まで簪が寝ていたベッドに寝かされる羽目になった。

 

 

 

 

 「あー……アンタがああいうの放っておけない奴なのは良く知ってるけどな。シンの助は、今は放っておいてやったほうがいい。多分今頃一人反省会してるトコだろう、きっと後でアンタにも謝ってくると思う」

 

 「はぁ? なんだよ、それ……誤解はもう解けただろ?」

 

 意識がない状態から、多分一分も立たないうちに復帰した俺は起き上がるなり再び簪を追おうとしたが、所長にいきなり止められた……何故か怒り心頭だった所長に事情を説明するのに若干時間が掛かったことも追記しておく。

 

 「いや、泣いてる女に優しくしてやろうって心意気は立派だよ。だけど、生憎世の中にはそういう心遣いが毒になっちまう人間もいる。あの子はモロにその部類でね、事情も知らないのに下手に踏み込もうとすれば、あの子もアンタも傷つくだけだ」

 

 「確かに、あいつに会ったのは今日が初めてだけど……」

 

 事情を知らない、ってのはちょっと違うんじゃなかろうか。実質的な内容はどうあれ、俺はあいつと戦ってあいつを負かしたという事実はある。あまり気の強そうなタイプには見えなかったが、真面目そうな娘ではあった。だから実質ISを扱い始めて半年足らずの素人に代表候補生である自分が負けたという事実は、少なからず彼女のプライドを傷つけた筈だ。もしそれで、あんなことになったんなら……

 

 「……やっぱ止めて正解だった。大体アンタの考えてることはわかるが。だけど、そいつはとんだ見当違いだよ。そもそも、シンの助は戦闘中に意識不明になってそれで勝負が終わった。状況的には後一歩ってトコだったし、少なくともここで目が覚めた時点であの子がアンタに負けたと認識してた可能性は低い」

 

 「……あ」

 

 「ったく、相変わらず変なトコで鋭いのか抜けてんのかよくわからん男だね……兎に角、さっきの試合は全くあの子の事情とは関係ないよ。アンタが責任を感じることは何もない。あの子がうなされてたのも逃げたのも、あの子が元々抱え込んでるコトが関係してると見てまず間違いない」

 

 ……簪が、抱え込んでること、か。

 

 「そういや、あいつのこと話したいから待っててくれって言ってたよな、所長」

 

 『…………』

 

 俺の言葉に白煉が無言で抗議してくるが、悪いがもうこっちの覚悟は決まった。

 おせっかいと言われるかもしれない。それでも、

 

 『……!』

 

 ――――例えそれが、夢の中の出来事によるものだったとしても。

 あんな顔で涙を流していた彼女を見て、それっきり見て見ぬフリをするなんて、多分織斑一夏がすべき選択じゃない。事情を知らないなら関わる資格がない、と言うなら、その事情とやらを知ってる人に教えて貰うだけ。

 ……何が出来るかなんて、わからないけど。それでも『何もしない』でいるのは、今の俺には絶対に嫌だった。

 

 「……ま、アンタはそういう奴か。わかってたけど」

 

 『白々しい……それなら最初から巻き込む意図の発言はしないで頂けませんか。ことあるごとに心配事を増やされる方の身にもなってください』

 

 「ははは。やなこった」

 

 そして俺のその言葉に所長は満足げに頷き、流石にそこそこ長い付き合いになってきた白煉は、俺に言っても無駄なことがわかっているのか所長に文句を言うが、今度がこいつがバッサリ斬られた。流石所長、親だけあって理不尽さでは年季が違う。

 ……だが、そう返した瞬間、白煉……即ち俺の携帯が置いてあるテーブルの上に、一瞬どこか気遣わしげな、わかってるとでも言いたげな視線を向けた気がするのは、気のせいだろうか?

 

 「……ま、そっちから乗ってきてくれんならこっちとしてもやり易い。ただ、話してはやるがこのことを本人の前で絶対話題にすんなよ。アタシが話したってバレると後々面倒になる」

 

 「わかってるよ……でさ、所長。そのことって、もしかして……」

 

 どの道話を聞けばわかることなのかもしれないが、簪について先程少し気になったことを、俺は先にもしかしたら今度こそ関係あるんじゃないかと所長にぶつけてみる。

 所長はそれを聞いて目を丸くしたが、すぐに苦笑いしながら流石に気づくよな、と漏らしながら首を縦に振った。

 

 「ああ、お察しの通り、そっちは大いに関係してる。『八年前』の……正月辺りのクソ寒い時期だ。あの子の家は元々結構由緒正しい旧家の本家でね、家自体もでっかくて、時期が時期だし丁度親族一同が集まってた。そんな時のある日……」

 

 所長はそこで一回息をつき、咥えた煙草の煙を大きく吐き出した……まるで自分から話すと言っておいて、ここから先を話すことを躊躇うかのように。だが俺の視線を受けて、観念したように再び息を吐くと続ける。

 

 「――――その家にいた筈のあの子の家族、親族の殆どが、まとめて『失踪』した……家に大量の血痕だけを残してな。そん時の状況を知ってるのは、今となってはあの子だけなんだが……重要な証人であるあの子は、その日を境に『声』を失っちまってたんだな」

 

 「……!」

 

 そして、その内容は。

 俺が思ってた以上に、残酷で容赦のない、簪の『現実』だった。

 

 






 
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