「ちっくしょう、あの性悪……!」
ああくそ、何が祭りだ。数刻前まで雰囲気に当てられて浮かれていた自分を全力で殴りたい。
思わず口を突いて出る悪態を溢しながら、必死で走る。背後から迫る理不尽から逃れるために。
ことの元凶を、とっちめるために。
『おっはろー! みんな、お祭り楽しんでるカナー? みんなの生徒会長さんだよー!』
――――事の起こりは、一組に無事帰還を果たし、一気に増えた客の対応に追われていた時に唐突に流れた、そんな校内放送からだった。
生徒会の方でも何か催しを行うことは事前に聞かされていた。まあ、問題はそのプラン自体が更識先輩の頭の中にしかなくて、俺を含む他の誰も知らない有様だということで……ここの生徒会は、タチの悪いことにこういう会長の独断や横暴が普通に罷り通る。如何せん全体の職務の七割近くを実質一人でやっちまってるような人なんで、それを知っている以上は強く出れないのだ。虚さんの話では、今までそれで一度も失敗したことが無いのも大きいらしい。
ただもしかしたら一枚噛んで貰うかもしれない、みたいな話はあったので、本当に唐突だったこと以外は、この時点では大して驚かされるようなこともなかった……この時点までは。いや、猛烈に嫌な予感はしていたが。
『えー、なになに? 物足りない、ってぇ~? もー、みんないやしんぼさんなんだからぁ~。で・も。そんなみんなのためにスペシャルイベントを企画しましたー! 我こそはっ! って人は挙って参加してくれると、嬉しいでぇーす』
更識先輩のノリノリの放送に、周りの皆の意識も自ずと声がする方に向いていく。
……セシリアやラウラもポカンとした様子で飲まれているなか、シャルロットだけは何か思うところがあるかのように苦笑していたのが少し気になったが、
『ズヴァリ! その企画名は! 『織斑一夏を探せ!』です!』
「……は?」
直後の衝撃的な更識先輩の宣言でそんな懸念も一瞬で頭から吹き飛んだ。
俺は赤白ボーダーの服も着てないし眼鏡もかけていないんだが。アレか、探す系のヤツだと思わせておいて画面に釘付けにして恐怖画像をいきなり流す系の方か。俺の心情的にはそっちの方が有難い。探さないでください。
『みんな知ってるよねー、ウチの学校には一人だけ男の子がいること。でも『今日だけ』は別。彼の他にも、いっぱい男の人が来てくれてまーす。いつもだったら簡単に見つけられちゃう彼を探してください。制限時間は一時間、開始宣言は今から一分後。彼が耳につけてるアクセサリをゲットできればミッションコンプリートです。達成者には生徒会から特別賞品が貰えるよ♪』
……ダメだ、現実逃避してる場合じゃない。なんか話が勝手にどんどん進んでるぞこれ。
『おーい、一夏君。聞こえてる?』
「!」
『そーいうわけだから。今どこにいるかわかんないけど、頑張って逃げてちょ。だいじょぶだいじょぶ、ほんの一時間さ! 君なら出来る! ……あ、えっとあとその賞品ですけど、今んとこみんなから要望あった彼の各クラブ及び同好会の所属権にしよーかなーとか考えてるんでよろしくー。えへへへ、ちゃんとみんなの意見きいて仕事してる生徒会長ってカンジでしょーわたし。じゃ、後十秒後にスタートね。いーち、にー、さーん……』
「…………」
ヤバイ。皆の気配が変わりましたよ。
「織斑君……」
「その……悪く思わないんで欲しいんだけど」
「そういうわけだから、ね?」
いや、知らんよ。
別にそういうのに全く興味がないってんじゃないんだが……流石にこれは違うだろう、俺の意思ガン無視じゃねえか。更識先輩が何考えてんのかは知らないけど、こんな茶番には付き合えないぞ。
だから、どうして出先で借りた品のこれをつけてるのをあの人が知っているかはわからないが、自分で耳のアクセサリを外そうとして、
『おっと。一夏君、ズルはなしね? 別に強制はするつもりないけどさ、私としては君との約束、破りたくないんだけどな』
「っ……!」
見透かしたような、いや、実際どこからか見ているかのような言葉に射竦められ手が止まる。
……ここで、『そう』くるのかよ。参ったな、本当に高くついたわけだ。
一瞬迷うも、すぐに箒の落ち込んだ顔が頭を過ぎる。ダメだ、折角掴んだチャンスをここで手放すことはできない……!
『ま……君が納得できないだろうってのもわかってるつもり。だから、文句があるなら直接言いに来てよ。私は逃げも隠れも……するけどネ』
「……ド畜生!」
『それじゃはじめー、ばーん!』
「織斑君! テニスは楽しいよ!」
「いいや、ラクロス部に来るべき!」
「時代は料理部!」
せめてもの抵抗として思いっきり悪態を吐くも、そんなのは何にもならずに無情にも更識先輩の私刑宣告が下る。
同時に何人か、前から何度か声をかけられてた娘がどこまで本気かわからないがそろそろと手を伸ばしながら近づいてくるが、
「…………」
「う……」
それよりも先に、メイド姿のラウラが無言のまま、毅然と俺を守るように彼女たちの前に立ち塞がる。
おお、味方になってくれるのか! こいつは心強い、普段はなんか最近色々ダメなところが前面に出てきて些か残念な子になってきた感はあるが、いざって時は頼りになる。やはり持つべきは良い姉――――
「助かる、ラウラ! 出来たら、このまま一組を抑えていてく……」
「……一夏」
「れ……なんだよ?」
「茶道部は……いいぞ」
よし、ダメだ。
うーむ……一組は割りと成績優秀な娘が揃ってて、それは何も座学に限った話じゃない。寧ろ実技が本領ってヤツも何人かいて、中には多分磨いていけば代表候補勢にも遜色ないレベルになるだろう資質がある娘もいる。それがこれだけいるうえにラウラまでとなると、いつものお遊び感覚だけでは流石に切り抜けられないかもしれない。
仕方ないな……最終的にはあの更識先輩を問い詰めるところまで持っていかなければならないのだし、少しばかり本気をだそう。
これでも追いかけっこにはそれなりに自信はあるんだ。捕まえられると思うなよ。
――――篠ノ之流、『歩法』。
「……
「な……!」
「あ、あれ!? 織斑君は……?」
息を整え、床を蹴る。踏み鳴らす音はなく、移動は一息にして為る。よって、強い『意識』が無ければ影を追うことすら難しい。
不意を突いたとはいえまさかラウラまであっさり出し抜けるとは思わなかったが、それはそれで僥倖。さっさとドアを蹴破りクラスを飛び出す。
――――縮地法、と言われる移動法がある。元々ルーツは中国の仙人が用いた体術らしく、篠ノ之流に伝わるこの技も、原理的には鈴が用いる『活歩』のそれによく似ている。ただ、移動に際し重心の動きをより攻撃的に傾けるあいつのそれと違い、こちらはどちらかというと奇襲や逃走向きのもの……脱力からの動作を基本形とし、気配を消し行動を『意識』する時間を使って体を動かす『歩法』。
……なんで剣術にそんな技が入ってんだと思うところがないわけじゃないが、篠ノ之流における『技』ってのは所謂『どんな手を使っても格下が格上に勝つ』ためのものである。そりゃ剣における戦いなんて斬られりゃお終いなわけで、身も蓋もないがある意味当然っちゃ当然の考え方なんだが、そのためか割りとこういう剣術どこいった感があるのは結構ある。
まあ、お陰であの場は切り抜けられたわけだし、教えて貰ったことには感謝してる。尤も、結構消耗も激しいのでこれから一時間逃げ続けなければならないことを考えると、あまり乱用は出来ないのだが。
「ハア、ハ――――」
そうじゃなくても、凄い久しぶりに生身で『技』を使った。あまりの息の乱れように、自分で自分が情けなくなる。思えばここに来てから勉強やら人付き合いやらで鍛錬の時間は削られがちだった。これはどこかでまた自分を苛め抜く必要がありそうだ。
あまり気は進まないが、ラウラも受けてるって言う千冬姉の補習、俺も参加してみるか――――と、今は一人反省会してる場合じゃない、な。
「見つけたわ!」
「こっちよ!」
新手が来てる。いつまでも屋内にいてもいずれ追い込まれるだけだ、まずは外に脱出だな。
「白煉! いつも悪いがナビ頼む!」
『了解です。学園各セキュリティから熱源反応を探知、敵性因子と思われる行動パターンを持つ個体をマップに表示しま……』
「……? どうした?」
『……いえ、取得情報から若干のノイズを感知しまして……取りあえず、ご要望に関しましては問題ありません。三秒後に端末の情報が更新されます、随時確認しながら行動してください』
「わかった。ありがとな」
白煉の協力を得て、とにかく敵のいない場所を目指す。
更識先輩も別途見つけ出さなくてはならないが……まあそれは一度落ち着いてからでもいいだろう。何考えてるのかは知らないが、あの腹黒、絶対に後悔させてやるからな。
もう何度こんなことやってるのかわからないが、二階の窓から外に飛び出す。
ここまでは、特に技に頼ることもなく温存できている。『遁歩』の他に切り札がないわけではないのだが、あれは最近使い始めてまだ慣れていないうえに、ものがものだけに流石にまだ『お遊び』のこの状況で切るには少し抵抗のある代物だ。
余程のことが無い限りは今後も使うことは無いだろう、更識先輩が今後どう出てくるかにもよるが。
さて、どこに逃げるかな。マップ情報に従うなら、閉鎖されてる第六アリーナの方が大分手薄のようだが……だがこの形式だと、人がいないところよりも却って男性客が多いところに紛れたほうがいいような気もする。となると、ミーティア先生が公演中の第三アリーナになるが、さてどちらがいいか――――
「おやおや……また随分と元気な子がいると思って見ていれば、また君ですか。前から言おうと思っていましたが、二階から飛び降りるのは危ないからやめなさい」
「っ……!」
丁度考え事をしていたところにいきなり後ろから声をかけられ、まだ安全とはいえない状況で油断しきっていた自身に内心舌打ちしながら振り返る。
幸い、そこにいたのは追っ手ではなく……前から何度かお世話になっていた、くたびれた作業服を着た初老の用務員のおじさんが、穏やかな微笑を浮かべて佇んでいるだけだった。
「あ、えっと……すみません、轡木さん。ちょっと今、トラブってまして」
「ふふ。まあ、少しヤンチャする時期は誰にでもあるものですけれども……織斑君には、何かとお世話になっていますからね。怪我でもされると困るんですよ。主に、織斑先生の部屋のお掃除とかね」
「あー……こちらこそ。ホント、その節はいつもお世話になってます」
轡木十蔵さん。一学期の頃から度々掃除道具を貸して貰うなど、色々とお世話になっている、この学校では非常に珍しい(というか俺とこの人くらいしか見ない)男性の用務員さんである。
どうもその一見見窄らしい格好のためか、ここの生徒たちからはいまいち受けが悪く、タチが悪いのだといないように扱われていたりもするが、よく見れば服は使い込まれて草臥れているだけでよく洗濯されていて決して不潔感はないし、作業帽で隠されがちな顔は、髪は白髪まじりなもののいかにも初老の美丈夫といった感じであり、変わり者の多い一組ではひっそりと隠れファンがいたりする。
かくいう俺も、その洗練さえた立ち振る舞いや、それでいて気取ってなくて仕事が細かく誰にでも穏やかに接することが出来る人柄から、実は少し憧れてる。歳をとったらこんな感じの人になりたいって思う。
「いえいえ……しかし、トラブルとは穏やかではないですね。何か、私に力になれることがあればいいんですが」
「いや、轡木さんの手を煩わせるようなことじゃ……」
「……ふむ。察するに……先程の校内放送と何か関連があると見たのですが、違いますか?」
「うっ……」
ああくそ、あの人きっちり全構にあれ流しやがったのか。なんかもう、俺校内走ってるだけで恥を晒してるだけのような気がするぞ。いっそ、一時間終わるまでどっかに隠れてしまおうか。
そんなことを考えながら思わず頭を抱える俺を、轡木さんは何か考え込むように口元に指を当てながら少しの間見つめると、
「そうですね……私としても多くの生徒たちに校内を走り回られて怪我をされるようなことになっても困りますので、今回ばかりは君のほうに回らせて貰いましょう。修練場に向かいなさい、織斑君」
なんでもないことのように。俺に第三の選択肢を用意した。
「修練場? ……ああ、トレーニングルームですか。剣道場のある場所ですよね。学祭中は閉鎖されてるはずじゃ……」
「ええ。そこに、恐らく君に力を貸してくれる人がいる筈です……申し訳ありませんね。本来なら私がそうするべきなのでしょうが、如何せん一用務員に過ぎぬ身でして」
「! ……いえ、ありがとうございます。こっちもどうしようか迷ってたとこなんです、とにかく行ってみます!」
「お礼には及びませんよ。君を探している子達がきたら、第六アリーナのほうにいったと話しておきます。どうか気をつけて」
力を貸してくれる人? と一瞬怪訝に思ったが、すぐに思い当たる。
千冬姉だ。あのおっかない姉貴と一緒にいれば、確かに一時間くらいなら余裕で凌げるに違いない。
……なんでこんな祭りの最中、封鎖されてる区画にいるのかと思わないでもなかったが、あの人は騒がしいのを嫌う。理由はそれで十分な気がした。
轡木さんに礼をいい、その場を後にする。
「さて。このまま放っておいてあげても良かったのですが、『わかっていて』私に挨拶にもこないのは頂けませんね、篠ノ之君。丁度相手が
去り際。
轡木さんが、何か不穏な呟きを溢したような気がしたが、この時の俺はさして気にしなかった。
それが良くなかったのか……いや、冷静に考えれば、なんだかんだで根はまじめな千冬姉が仕事サボってそんなところにいるなんて、それこそなかったわけで。
結果、俺はその言われるまま向かった場所で、思いも因らぬ人物と再会を果たすことになったのである。