機動戦士ガンダムUC101 エピソード・オブ・アンジェロ 作:なゆ太
設定はアニメ版と原作小説がごっちゃになってるので、おかしな点があればご指摘頂ければと思います。
さして広くもない通路に、大勢の人間が行き交う。ただでさえ混み合っているのに、地球の六分の一の重力は地球やコロニーで長く過ごしてきた人間には動きにくいようで、体勢を崩して近くの誰かにぶつかる姿があちこちで見られる。
背広姿の政治家や官僚はもちろん、カーキ色の連邦軍の軍服姿の士官ですらその大半が不慣れな足取りを見せる中で、鮮やかなネイビーブルーの軍服を着こなした銀髪の美青年が慣れた足取りで颯爽と歩いていた。
くすんだ色合いの大群の中でその鮮やかな姿は嫌が応にも人目を惹くが、青年は気にするそぶりも見せず目的地に足早に進む。その軍服がサイド6警備隊のものであること、青年の胸にサイド6の意匠のバッジが輝いていることにどれだけの人間が気付いただろうか。
青年は幾つも並んだドアの一つ、サイド6代表団の控室の前に辿り着き、慣れた動きでドアを開けて中に入る。部屋の中の人々の間でも青年はやはり一際目を惹く容姿ではあったが、彼らにとっては見慣れた存在でもあり、特段注目されることもなく受け入れられる。
部屋の奥では、青年と同じくらいの年頃の黒髪の青年の周りに人が集まり、陰気な顔で出口のない話し合いを続けている。青年はつかつかと奥に進むと、黒髪の青年の斜め後ろに立ち、中腰になってメモを渡しながら耳元で囁く。その一言で周りの空気が一瞬で変わった。黒髪の青年は僅かに微笑むと、厳かな口調で室内の面々に告げる。
「本国政府は条件付きでチャプター7の受け入れに同意したそうです。詳細については追って連絡が来るとのことですが、本国も合意に向けて決断したということでしょう。」
その一言をきっかけに、室内は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなる。
「ありえない!あれを受け入れたら我々は終わりだ。本国は一体何を考えているんだ!」
「連邦政府からの圧力だろう。我々は連邦に見捨てられたんだ。どうしようもない。」
「いや、まだ望みはある。移行プロセスには長い時間がかかる。連邦政府は決して一枚岩ではない。今は時間を稼いで、好機を待つべきだ。」
決定権者は数十万キロの虚空の彼方におり、短い決定以外の何の情報もなく、未来は予測不可能だ。それでも人間は、予想外の展開を前にすると、不満や憶測や根拠のない希望を口にしないと耐えられないらしい。その落ち着きのない姿は世界を知らない幼子と何ら変わることがない。
エリートといっても無様なものだなと青年は内心で侮蔑しながらも、若かりし頃のように直情径行でそれを表に出すことはなく、澄ました顔を取り繕いながら成り行きを見守る。ざわめきがひと段落したタイミングを見計らい、黒髪の青年が落ち着いた声で言う。
「まずは本国からの連絡待ちです。それなりの時間が必要でしょう。少佐、本国は何か言っていましたか?」
「具体的には何も。ですが、受け入れを決めてすぐに連絡を寄越したようです。詳細な検討には、半日程度はかかるかと。」
問いにそう答えると、黒髪の青年はもう一度頷いて言う。
「とのことです。今日はここでお開きとして、明日に備えましょう。お疲れ様でした。」
黒髪の青年はそう告げると、すっくと立ち上がって足早に出て行く。部屋に残された面々は、慌ててその後を追ったり、他のものとひそひそと話し合ったりしている。青年は諦めの悪い老人たちに今度こそ微かな冷笑を浮かべてから、来た時と同じく軽やかな足取りで部屋を出た。
宇宙世紀101年。ラプラス事件から5年が経ち、ミネバ・ラオ・ザビの演説で生まれた波紋は、連邦政府内部の改革運動とコロニーの自治権要求の連動という一つの大波となっていた。また、ジオン共和国の自治権返還から1年が経ち、傀儡とはいえ、曲がりなりにも自治権と、何よりジオンという恐るべき名を背負った共和国が完全に消滅したことは、連邦政府に譲歩の余地を生んだ。
そして連邦政府は遂に重い腰を上げる。いま、この月面フォン・ブラウン市には、連邦政府と各コロニーの代表が集まり、コロニーの自治権拡大に向けた会議が大詰めを迎えている。フォン・ブラウン議定書と呼ばれる歴史的な国際条約は、今まさに合意に達しようとしていた。
「全く、あの頑迷で腐敗した老人たちにはうんざりさせられるね。大体、スペースノイドの自治権拡大に向けた歴史的な合意をスペースノイド自身が阻もうとするなんて、羞恥心というものが欠如しているよ。」
会議場のホテルからエレカで10分あまり、繁華街の片隅のごく平凡な飲食店の個室で、軍服姿の青年と背広姿の青年が向き合って座っている。憤りと呆れの混じったような口調でそう言ったのは、先ほどの会議室の中心にいた黒髪の青年、この会議のサイド6代表であり、サイド6副市長でもあるルオ・ユイミンだった。
軍服姿の青年が反応に困って適当に頷くと、ユイミンはシニカルな微笑を浮かべて言う。
「君の経歴からすれば、重力に縛られた地球のエリートと腐敗した老人たちの醜い諍いに見えるかな。」
「滅多なことは口走らない方がよろしいかと思いますが。」
「会議場やホテルならともかく、こんな街中の店まで見張るほど暇ではないさ。それに、ネオジオンと取引しながら、しれっと忠義面をしてる連中なんて、政府にも軍にも腐るほどいる。タチの悪い二股男のような連中さ。」
その言い草に軍服姿の青年…アンジェロ・ザウパーは思わず苦笑する。その反応に気を良くしたのか、政府のお偉方の悪口雑言を並べ立てるユイミンの言葉に適当に頷きながら、サイド6代表団の末席に名を連ねている自身の運命の数奇さに不思議な気持ちになる。
5年前、ラプラス紛争の最終決戦の場となったサイド4宙域で、大佐の亡骸に触れながら、自分は確かに死神の穏やかな横顔を見た。機体は大破し、ノーマルスーツのエネルギーも酸素も残り僅か。絶対零度の真空の中で、冷たい方程式によって大佐と共に死ねるのだと思うと、人生でこれまで感じたことのないような、心の底から安堵し満ち足りた気持ちになったことを覚えている。
ところが運命の女神は、死神の腕を引いて連れ去ってしまった。偶然近くを通りかかったルオ商会の貨物船がアンジェロの生体反応を探知して救助艇を出し、「袖付き」の内情を知る要員として半ば捕虜のような形でアンジェロを救助したのだ。
いや、単純な偶然とは言えないだろう。ラプラス紛争の裏でルオ商会はロンド・ベルへの情報提供などで暗躍し、「シンギュラリティ・ワン」ことユニコーンガンダムの正確な情報も入手していた。アンジェロを見つけ出したのも、純粋な貨物船ではなく、貨物船の皮を被った調査船だったのではないか。今となっては記憶はあやふやだが、アンジェロを「救助」した乗員の身のこなしは、単なる商船の乗組員にしては物々しかった。
ともあれ、絶対的な存在だったフル・フロンタルを失ったアンジェロは、半ば虚脱状態に陥り、ルオ商会の尋問にも素直に応えた。その情報と従順さに満足した商会は、ジオン系技術を利用して開発中だったモビルスーツのテストパイロットとしてアンジェロを使った。そして、その開発プロジェクトの名目的な責任者だったユイミンと知り合うこととなる。ユイミンはその後、ルオ家の一員として箔をつけるためサイド6の副市長という名誉職を充てがわれ、アンジェロも少佐待遇の軍事顧問としてサイド6警備隊に出向することとなった…。
「きたきた。この痺れるような匂い、たまらないね。」
回想にふけるアンジェロの前に、紅白の火鍋が運ばれてくる。麻辣湯の強烈な匂いに、辛いものに目がないユイミンは顔を綻ばせている。
「2日ぶりにまともな食事にありつけるよ。あそこの食事は冷めてて食べれたもんじゃなかったからね。」
そう言って早速食べ始めるユイミンの後に続いて、アンジェロも箸を動かす。少し癖のある羊肉の味と花椒のしびれるような辛さが舌の上で溶ける。なるほど、月面で一番の火鍋の店という触れ込みは伊達ではないなと感じてから、思わず苦笑する。
「あまり、口に合わなかったかな。」
「いえ、美味しいです。ただ自分も随分と贅沢を覚えたものだなと思って。」
怪訝そうな顔をするユイミンに訳を話す。鍋は無重力の宇宙船内では絶対に食べられない料理の一つだし、そもそもまともな食事というものが軍隊では贅沢品だ。サイド6警備隊は財政的に恵まれているのでまだマシだが、袖付きにいた時にまともな食事をした記憶など数えるほどしかない…。
「なるほど。袖付きにいた頃は、どんなものを食べてたんだい。」
「手に入るものなら何でも。一番多かったのはジオン共和国軍のレーションでしたが、連邦軍の横流し品もありましたね。たまにアクシズ製のものと、そうそう、一度だけ公国軍時代の遺物を食べたこともあります。干からびて変色して、酷い味でしたが。」
顔をしかめて無理やり流し込んだ化石のようなレーションの味を思い起こしながらも、アンジェロの胸には郷愁に似た暖かい感情が沸き起こる。若く、血気盛んで、愚かで、それ故にまっすぐで、がむしゃらだった日々。絶対的な存在だった一人の男に何もかもを委ねた、甘美で、それでいて渇いた気持ち。振り返って見れば生き延びるだけで精一杯だった日々にこんな感情を覚えるのは、時の経過のなせる技か、はたまた自分が今だに大佐への思慕を残している故か。最も、生き延びるのに必死な日々は、今も形を変えて続いているが。
「公国軍時代のレーションか。興味深いね。」
無邪気なユイミンの反応に、思わず肩を竦めた。
「大体あいつら、普段は僕のことを親の七光りとしか思ってないくせに、こういう時だけルオ家の名前を利用しやがって。」
食事も終わり、杯を重ねて酔いの回ったユイミンは、普段の穏和な仮面を脱ぎ捨てて呪詛の言葉を連ねている。
「この会議が成功すれば、宇宙世紀の歴史に残るものになる。それなのに、目先の小さな利権の維持にばかり汲々として。老人どもが…」
「それ以上は、お体に障りますよ。」
尚も杯を重ねようとするユイミンを制止し、半ば無理やり水を飲ませて落ち着かせる。一旦落ち着くと、今度はウトウトしてきたのか、トロンとした目でアンジェロを見てくる。そんなユイミンを支えながら、ふと情けない気分になる。かつては宇宙の秩序を変えんとする男の先鋒として命を張っていた自分が、今は酔っ払いの世話とは。落ちぶれたというべきか、はたまた堕落したというべきか。
最も、ユイミンには多少の同情の余地もあった。実は、サイド6はこの会議の最大の抵抗勢力なのだ。一年戦争以来、サイド6は他のコロニーと比べて強い自治権が認められている。この会議が成功して他のコロニーの自治権が拡大すれば、サイド6は相対的な優位を失ってしまう。連邦政府へのロビイングで会議の開催を邪魔してきたがそれも無駄となり、いま最後の足掻きを見せている。そして、少しでも有利になるよう、地球の名家であるルオ家の血を引くユイミンを前面に押したてているのだ。
「アンジェロ…あいつらが何を言っても、僕は署名するぞ…」
ユイミンが半ば寝言のように呟くのを見て、思わず微笑む。彼自身は良識派であり、スペースノイドの自治権拡大に賛同しているのだ。それは大佐のサイド共栄圏構想に比べれば地味で小さな変化だが、一歩前進には違いない。それに賛同しているという一点において、アンジェロはユイミンのことをアースノイドにしてはまともな人間と評価していた。
「そろそろ帰りましょう。立てますか?」
「大丈夫だよ、そんなに酔ってない。」
どうして酔っ払いは自分は酔ってないと言い張るのだろうか。千鳥足のユイミンに肩を貸しながら、アンジェロは思わずため息をつく。それから、時計を見て大事なことを思い出して言う。
「ユイミン様、お手数ですが…」
そう言って左腕をかざすと、ユイミンはぼんやりとした顔で頷いて、ポケットから端末を取り出してアンジェロの左腕の端末と接触させる。端末が緑に光り、寿命がまた数日伸びる。
この端末は、アンジェロを縛る鎖だ。定期的にユイミンの端末から認証を受けなければ、致死量の薬物が投与されるようになっている。こうして愚痴に付き合い、甲斐甲斐しく世話を焼くのも、別に親愛の情が有るからではなく、生き延びるためだ。結局のところ、アンジェロ・ザウパーにとって世界は、常に生き残るための戦いの場だった。
ユイミンを宿泊先のホテルまで送ってから、アンジェロ自身は港湾区画の乗艦に戻る。未だ散発的に続くネオ・ジオン残党の襲撃から代表団を守るために、サイド6政府は最新鋭艦を動員していた。MS搭載大型巡洋艦オケアノス、左右に二基のカタパルトを装備したその姿は、あのユニコーンガンダムの母艦と似通ったものを感じる。
微かな動揺を抑え込み、タラップを渡って艦に戻る。日付が変わる時間帯でもあり、艦内の人影はまばらだったが、すれ違う乗員の視線はどことなく冷たい。ルオ商会からの出向者で副市長のお気に入りと見られている上、アンジェロ自身も積極的に周りと交流するタイプではないので、疎まれる要素が揃っているのだ。そんな人間が深夜まで外出していたとなれば、どう思われているかは想像に難くない。
自分の人生で、他人に疎まれることは全く珍しくないことだったが、それでも気分の良いものではない。通路の陰で小さく嘆息してから自室に戻ろうとすると、後ろから明るい声が聞こえる。
「フェレーロ少佐、お疲れ様です!」
袖付きの親衛隊長だったアンジェロ・ザウパーという名でおおっぴらには動けないので、今の表向きの名はジョルジュ・フェレーロとなっていた。だが、その名を親しみを込めて呼ぶものは、ごく少ない。アンジェロが振り向くと、その数少ない例外が、嬉しそうな笑顔を見せた。
「ご苦労、少尉。異常はないか?」
「問題ありません。」
形式的な質問に、任官から間もない若手士官は生真面目に答える。エメット・キャラハン少尉は数ヶ月前に士官学校を卒業してアンジェロの率いる隊に配属されたばかりの新米で、なぜか憧れの眼差しを向けて来るのだった。そのまっすぐな瞳は、かつてアンジェロが憎悪し死闘を繰り広げた少年を彷彿とさせるが、不思議と嫌いにはなれなかった。
「私はしばらく休む。本国から連絡があったら起こせ。」
「了解しました。」
エメットの丁寧な敬礼を見ながら、充てがわれた部屋に入る。部屋着に着替えてベッドに倒れこむと、一日の疲れですぐに睡魔に襲われた。
炎上する街。頭から血を直して倒れている父。泣き叫ぶ母。母を犯す連邦兵の顔が、ぐにゃりと歪んで義父のそれに代わり、気付けば泣き叫びながら犯されているのは幼い自分だ。次の瞬間、場面は宇宙の戦場に移る。恵まれた素人の少年が、望んでもいないのに、自分が望んだ全てのものを奪っていく。
「やめろっ、やめろぉぉっ!」
憤りと悲鳴の混じった声を上げて、アンジェロは飛び起きた。はぁはぁと荒い息を上げながら、まだ震える手で明かりをつける。そこは監獄のようなボロ屋でも虚空の戦場でもなく、狭く無機質だが清潔で見慣れた船内の一室だった。
枕元のボトルの水を飲むと、少しだけ気持ちが落ち着いた。寝汗でベタついた服は気持ちが悪い。また眠る気にもなれず、制服に着替えて部屋を出る。あてどなく向かった先は格納庫だった。作業中の整備兵の怪訝そうな視線を無視して愛機に向かい、ハッチを開けてコクピットに入る。
モビルスーツのコクピットは落ち着く。たとえそれが、かつて自分が敵対した連邦のジェガンのものでも。ここに座っていると、何も恐れるものがないような安心した気持ちになるのだ。
しばらくぼーっとしてから、暇つぶしに機体の状況をチェックする。概ね問題なく、いくつか微調整をしていると、ハッチをコンコンと叩く音がする。外部カメラの映像を切り替えると、エメットがハッチを叩いていた。一瞬躊躇ってからハッチを開ける。
「お疲れ様です、少佐!こんな朝早くから機体のチェックですか?流石ですね!」
アンジェロの行動を勝手に好意的に解釈したらしいエメットは、キラキラした目で見てくる。その目の力強さが悪夢の中の少年を思い起こさせ、思わず憎悪に似た感情が湧き上がるが、すぐにそれは狭量な自分自身への嫌悪に転じる。
「エメットは当直か?」
動揺を隠すように問うと、エメットは素直に頷く。スクランブルに備えた待機役は、何かというと新米に押し付けられがちだった。
「こんな時間まで大変だな。」
「まあ、これも任務ですから。」
エメットはそう言ってから、ちょっと失礼しますと言って作業に戻る。片手でキーボードをタイプしながら、もう片方の手で懐から取り出したチョコレートバーを齧る姿はあまり行儀が良いとは言えないが、別にうるさく注意するつもりはなかった。だがそのチョコレートバーの包装には見覚えがあり、思わず凝視してしまう。
「どうかしましたか、少佐?」
「いや、随分珍しいものを食べてると思ってな。ジオン共和国軍の制式品だろう。」
「よくご存知ですね。艦に乗ってる同期に物好きな奴がいて、払い下げ品を大量に買ったからと言ってくれたんですよ。少佐も一本どうですか?」
頂こう、と言って頷くと、エメットは無造作に何本か掴んで寄越した。今はなきジオン共和国軍のチョコレートバー。軍の解体に伴って払い下げられたらしいそれは、アンジェロにとっては懐かしい味だった。あの頃はたまにこれが支給されると、同年代の少年兵達と奪い合って食べたものだ。腹を空かせた食べ盛りの少年達にとって、滅多に手に入らない甘味を口にするのは至福のひと時だった…。
「少佐は、もしかして…」
エメットの声にハッとする。もしや自分の過去に勘付かれたのだろうか。だが、思わず固まったアンジェロに掛けられた言葉は、予想外のものだった。
「ジオン共和国軍にも出向なさっていたんですか?」
その言葉に思わず安堵してから、冷静に考えれば当たり前だと少し恥ずかしくなる。ネオジオン残党と違って目立たないので忘れがちだが、昨年解体されるまでジオン共和国軍は連邦軍に次ぐ規模を持ち、連邦軍との人事交流も盛んだった。何より、共和国軍の制式品を見て、それがネオジオン残党に横流しされてるなどと普通の人間は考えない。
「まあ、そんなようなものだ。共和国軍の関連組織のようなところにいたことがあってな。」
この言葉はあながち嘘でもなかった。ネオジオン残党の中でも袖付きはジオン共和国軍との繋がりが強かった。当時から装備や物資の面で支援されていることは薄々感じていたし、ラプラス事件の裏での共和国内タカ派の動きを知った今となっては、袖付きはネオジオンの皮を被ったジオン共和国軍の別働隊という気さえする。
そんなことを考えていると、エメットが何か言いたそうな顔をしているのに気付く。
「どうした?何か言いたいことがあるのか。」
「いえ、その…。もしかしたら、この通信はお分かりになりますか?先程から市内で散発的に交わされている通信なのですが、共和国軍が使っていたのと近い帯域なんです。」
その通信は、一見すると一般的な事務連絡のようだった。だが、並べてみると、どことなく妙な感じがある。仲間内で使っている隠語が混じっているような感じだ。
アンジェロは通信の中の幾つかの言葉に聞き覚えがあった。それも、袖付きにいた頃に聞いた言葉だ。確か、一時期袖付きと連携していたジオン残党の一派、旧公国軍以来の組織が使っていたものだ。公国軍と共和国軍は地続きの組織なので、公国軍残党組織が共和国軍と近い帯域を使っていても違和感はない。
「一種の暗号だな。これと似たものを聞いたことがある。ワルキューレの騎行は、状況開始の意味だ。」
「ということは、旧共和国軍系の民間軍事会社の通信でしょうか。」
エメットはそう言って、少し納得した顔をする。ジオン共和国の自治権返上の後、共和国軍は解体され、その一部はサイド3警備隊となったが、かなりの数の軍人が任を解かれた。一般の民間企業や他の政府機関に転職した者が大多数だが、硝煙の臭いが忘れられない一部の元兵士は民間軍事会社を設立し、傭兵として連邦政府やコロニー公社、アナハイムなどの傭兵をやっていた。その主たる仮想敵は、当然ジオン残党だ。まさに骨肉の争いである。
もちろんアンジェロは、この通信がそういった組織のものだとは考えなかった。そして状況開始が指すものを考えると、脳裏がヒリヒリと焼け付くのを感じる。飼いならされた安逸な日々の中で眠っていた軍人としての嗅覚が目覚め、戦場のひりついた空気に半身が目覚めたような感覚を覚える。
「エメット、全ての通信文とその発信地点を並べられるか?」
「は、はい!!」
アンジェロのただならぬ雰囲気を感じたのか、エメットは緊張した面持ちで地図上に情報を並べていく。
浮かび上がった情報を見て、アンジェロは思わず戦慄する。発信点はそれぞれ、この港湾区画、連邦軍駐屯地、繁華街、官庁街、そして会議場地区の付近から出ているのだ。かつての記憶を辿り、その通信の意味を解読していく。完全には解読できないが、これはおそらく攻撃計画、いやむしろそのカウントダウンだ。
「まずは繁華街と官庁街。これは恐らく陽動だな。軍の即応部隊を引きつけて、次に基地と港湾地区を狙って増援を防ぐ。狙いは会議場地区か!!」
アンジェロは叫ぶと同時に、殆ど反射的に愛機に駆け寄る。
「しょ、少佐、何を!?」
「エメット、その通信はジオン残党の攻撃のカウントダウンだ!奴らの狙いは会議場地区の、恐らくは代表団。私は救援に向かう!!」
「市内は許可されたモビルスーツ以外入れませんよ!?違反すれば連邦軍から攻撃されます!!」
「あと数分で最初の攻撃が始まる、悠長に許可を取ってる時間は無いんだ。エメット、お前はここに残って、情報を逐一報告しろ!!」
叫びながらコクピットに乗り込み、ハッチを閉めて起動準備を始める。先ほどチェックしておいたおかげで、すぐに準備は整った。アンジェロが機体を起動させた瞬間、艦内にアラームが鳴り響く。
「エドワード通りと官庁街で複数の爆発事故が発生。武装勢力による襲撃との未確認情報あり。総員、第二戦闘配置に移行。繰り返す、総員、第二戦闘配置に…」
始まったか、とアンジェロは思わず舌打ちする。急がなければ、次はここがターゲットだ。そうなれば救援どころではなくなるだろう。
「責任は私が取る。エメット、ハッチを開けろ!」
「り、了解!!」
アンジェロの予測通り攻撃が始まったことで信じる気になったのか、エメットは素直にハッチを開ける。狭隘な軍港内でカタパルトから発進するのは自殺行為だ。アンジェロは機体を徒歩でカタパルトデッキの先端に進ませてから、背中のバーニアを吹かす。
「ジョルジュ・フェレーロ、ジェガンR、出るぞ!」
アンジェロさん、アニメ版だと生死不明、原作小説だと凍死したっぽい最後ですけど、実際どうなんでしょうね。