機動戦士ガンダムUC101 エピソード・オブ・アンジェロ 作:なゆ太
閃光のハサウェイ楽しみですね。
ビネガーからの連絡が来てから出発までは慌ただしかった。ユイミンの許可は得たとはいえ、それはあくまでルオ家の中でのことで、サイド6の軍人としてはまた別の手続きが必要になる。
これが罠である可能性は決して低くない以上、サイド6の軍や政府を代表する立場で向かうのは望ましくない。「私的な旅行」としてサイド3に向かうこととなった。歴史を振り返れば、困難な外交交渉はしばしば、煌びやかな国際会議ではなく、このような半ば私的な接触によって解決への糸口が見つかったものだった。
しかし、それはそれとして、サイド2との一触即発の状態が続く時期に「私的な旅行」のために休暇を取ると言うのは、必然的に注目を集めてしまう。アンジェロは一計を案じ、あらゆる人類社会において常に重視された儀式、即ち親族の葬式に出ると言う名目をでっち上げた。これはまるきり嘘というわけではなく、サイド3出身のアンジェロにとっては、本当にあり得たかもしれない事態なのである。
それらしい理由を作って申請した休暇が受理され、官舎に戻って荷造りしようと基地を出たところで、馴染みのある顔に声を掛けられる。
「よう、ジョルジュ、今から帰りか?送るぜ。」
エレカの窓からハロルドがいつもの陽気な調子で声を掛けてくる。こんな時間に偶然だなと思うが、さして疑問に思うでもなく応じる。
「官舎に戻るところだ。気にしなくていい。」
「まあそう言うな。お前にちょっと話したいこともあるしな。乗ってくれ。」
「お前はいつも急だな。言っておくが、一杯やるのは無しだぞ。今日は忙しい。」
「分かってる。俺もそこまで暇じゃないさ。」
それもそうか。ルオ家から出向したよそ者であるアンジェロと違って、ハロルドは警備隊の未来を担う若手幹部だ。戦時下のいま、忙しさはアンジェロの比ではないだろう。大変だな、と少し同情しながら、エレカの助手席に乗る。
「それで、話とはなんだ?また連邦軍の動向でも掴んだのか。」
車が動き出したところで、そう言って話を切り出す。たぶんこんなところだろう、というアンジェロの予想は、ハロルドの返答によって見事に覆される。
「いや。お前と一緒に行くことになったから、話しておこうと思ってな。」
「一緒に行く?どこにだ。」
「無論、サイド3だ。」
その言葉にアンジェロは、なぜお前が一緒に、と言いかけて愕然とする。このことは、アンジェロとユイミンしか知らないはずなのに。
「お前、なぜそれを…」
「そんな顔するな、ジョルジュ。…それとも、袖付きの親衛隊長、アンジェロ・ザウパー大尉と呼んだ方が良いか?」
ハロルドの言葉を聞いて、アンジェロは一瞬完全に凍りつく。だがその一瞬が明けると、アンジェロの心に浮かんだのは意外性よりもむしろ奇妙な納得だった。やっぱりバレていたか、そんな感情がどこかにある。だが、それはそれとして、絶体絶命の状況には変わりない。固まりながら、目敏くハロルドを観察する。体格の良いハロルドだが、運転で両手が塞がってる今ならあるいは…
「おいおい、車内で乱闘なんてバカな真似は考えないでくれよ。最初に言っておくが、俺は別にお前を脅したいわけじゃない。ただ腹の探り合いや騙し合いはやめてくれと言いたいんだ。」
機先を制され、アンジェロは完全にハロルドのペースに乗せられてしまう。だが、彼の言葉に嘘は無さそうだった。
「…いつから気付いていた。」
「お前の操縦を見た時、一発で分かったさ。俺がどれだけジオン残党とやり合ってきたと思ってる?」
「なるほどな。当然だ。お前の目を誤魔化せるはずもないか。」
ハロルドほどのエースなら、アンジェロの操縦を見て、そのクセの中に袖付きの影響を見出すのも道理だった。
「最初は下っ端の敗残兵が経歴を誤魔化して入ってきたのかと思ったんだがな。情報部の知り合いに探らせたら、結果に驚いた。袖付きの元幹部だっていうんだからな。ラプラス紛争の生き残りが、ルオ家の御曹司の側近とは。どんな手品を使ったのかと思ったよ。」
「私も全く同感だ。」
苦笑しながらアンジェロも頷く。口調から察するに、ハロルドには本当に敵意は無さそうだった。
「最初は正直、疑ってたさ。俺たちにとっては、ジオン残党は不倶戴天の敵だからな。だけど、お前と何度も接してるうちに、信じてもいいんじゃないかと思えた。フォン・ブラウン事件以来のお前の活躍を見て、俺も多少は人を見る目があるなと思ったよ。」
ハロルドはそう言って一旦言葉を切ってから、真剣な目で続ける。
「だからこそ、聞いておきたい。お前はサイド6のことをどう思っている?」
口先だけの誤魔化しが通用する問いではないことは明らかだった。なんと言っても、アンジェロはこの男ほどサイド6を愛している者を知らない。そんな相手には、本音でぶつかるしかなかった。
「私は、帰るべき場所を二度失った。サイド3は、私には辛い思い出が多すぎる。袖付きはもうどこにも無い。帰る場所など、もうどこにも無いと思っていた。だが最近は、地球や月からサイド6に戻ってくると、帰ってきたと思うようになった。帰るべき場所を三回も失いたくはない。それが率直な気持ちだ。お前に比べれば、私の思いは弱いかもしれないが…」
これでハロルドを納得させられただろうか、と少し不安になっていると、片手で肩を叩かれる。
「それだけの思いがあれば、お前はもうリーア市民だ。サイド6は、実力と覚悟のある奴を歓迎するぞ。」
その言葉に、アンジェロは思わず胸が熱くなる。まず主従という関係が前提にあるユイミンと違って、ハロルドは純粋に友人らしい友人だった。そういう相手から本当の意味で仲間と認められることは、言葉に出来ない喜びがある。
「随分あっさりと信じるんだな。」
「口先だけなら信じないさ。だが、お前には実績があるからな。戦友の言葉だ、信じるさ。」
照れ隠しのようなアンジェロの言葉に対して、ハロルドは躊躇わずにそう言い切る。少し目頭が熱くなるのを感じるが、それを人前で見せるのはどうにも気恥ずかしかった。深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
「戦友というのはありがたいものだな。」
ありきたりな言葉でごまかしてから、まだ疑問が解決していないことを思い出す。
「それはそれとして、私のサイド3行きは誰から聞いた?…いや、決まっているな。お前、市長と繋がっていたな。」
アンジェロが推論を口にすると、ハロルドは肩を竦めてみせる。
「さすが、察しがいいな。」
「いつからだ。」
「俺がお前の正体を知った直後、まだ副市長だったあの人に呼び出されてね。色々話して、協力することになった。それ以来、たまにな。」
「全く気付かなかったな。あの人も存外、なかなかの役者だ。」
それも当然か。単なるボンボンを血筋だけで後継候補に選ぶほどルオ家は呑気ではない。本人の意向はどうであれ、後継候補に足る資質があった、ということなのだろう。そして、その見立てが外れていなかったことは、曲がりなりにも何とか戦線を維持しているいまの戦局が物語っている。
「サイド3行きは、市長から提案された。因縁のある相手と会うんだって?随分と心配していたぞ。」
「あの人は心配性なんだ。」
口先ではそう言いながらも、内心感謝もしていた。アンジェロにとって、一人でミネバやジンネマン、そしてバナージと対峙するのは、いささか気が重かった。ハロルドが一緒に来てくれるのは、正直言って心強い。
「しかしお前、なんて言って休みを取ったんだ。私よりずっと忙しいだろう。」
「軍医に診断書を書かせてな。俺は明日からしばらく、過労で入院中だ。」
ハロルドはそう言うと、人の悪い笑みを見せる。長く組織にいれば、色々と伝手も出来るということか。
「悪知恵が働くものだな。だがまあ、お前なら本当に過労で倒れてもおかしくないか。」
「実際、よく働いたよ。サイド3で少しのんびりできればいいんだが。」
難しいだろうな、と答えると、ハロルドは無言で肩を竦める。気付けば、エレカは官舎のすぐ近くまで来ていた。車を降りようとしたところで、ハロルドが思い出したように言う。
「ああそうだ、サイド3にはエメットも連れて行く。俺たち二人は、それなりに顔が売れてるからな。あいつがいれば、何かと便利だろう。お前の部下だ、適当な理由で休みを出してやれ。」
「あまり同行者が増えると目立たないか?」
「むしろ逆だよ。俺たちは休暇を楽しむ若者グループになるのさ。男二人より、かえって目立たないだろ?それにあいつは器用らしいじゃないか。何かの役に立つだろ。」
なるほど、それもそうか。思えば、フォンブラウン襲撃時に最初に兆候を掴んだのはエメットだった。だが、同行するとなれば、必然的にアンジェロの過去を明かさねばならない。それは少々…いやかなり、気が重いことだった。
「そんな顔するな。お前がサイド6のためにどれだけ成果を挙げたか、あいつが分からないはずがない。大事なのは、過去より現在だ。部下を信じろ。」
アンジェロの内心を見透かしたような言葉に、思わず苦笑する。どうしてなかなか、勇敢な戦士というだけでなく、食えない男だ。敵に回せば厄介だが、味方ならこれ以上頼もしい男はそうはいないだろうと思えた。
翌日の昼間、アンジェロは私服姿で宇宙港に来ていた。戦時中なので閑散としているかと思いきや、宇宙港は普段と変わらぬ活況を見せている。他のコロニーに避難する者もいるのだろうが、多くはビジネス客や観光客のようだ。
考えてみれば、アストライアでの戦いから一週間以上が経っている。戒厳令が出ているわけでもないし、サイド6市民は「戦時下の日常」というものに慣れつつあるのかもしれなかった。
「フェデラルスペースラインズ829便、フォン・ブラウン行きは、15番ゲートにて搭乗受付中です。ご搭乗のお客様は、15番ゲートまでお急ぎください…」
案内放送を聞き流しながら、待合スペースで談笑したりカフェで一休みしている旅客達の姿をぼんやりと眺めていると、自分も平凡な旅行客の一人という気がしてくる。考えてみれば、民間宇宙港で一般旅客に紛れるのなど、初めての経験だ。袖付き時代は無論のこと、ユイミンの部下になってからはVIP用スペースしか使ったことがない。平凡な市民の楽しげな姿に自分が混じっているのは、どことなく奇妙な感じがする。
「ジョルジュ、待たせたな。」
少しぼんやりしていると、耳慣れた声とともに肩を軽く叩かれる。慌てて振り向くと、ハロルドとエメットが荷物を手に立っていた。
「あ、ああ。いや、大したことはない。」
何となく気恥ずかしくなり、思わず口籠る。考えてみれば、私服で二人と会うのは初めてだ。ちらと眺めると、二人とも私服がよく似合っている。エメットなどまるで学生だが、年齢的には学生でも全くおかしくないのだから、当然のことではあった。そのエメットと目を合わせると、困ったような笑みを浮かべている。
「えっと…どうお呼びすればいいでしょうか。」
「ジョルジュでいい。それから、敬語もやめてくれ。我々は酒と遊びのことで頭が一杯ののんきな観光客だからな。」
少し皮肉っぽく言うと、エメットは素直に頷く。
「了解です。しょう…ジョルジュ。」
「サイド3に着くまでに慣れてくれよ。」
「は、はい。」
そう言って敬礼しかけて、慌てて手を戻したエメットを見て、アンジェロは思わず苦笑する。素直で真面目な性格のエメットに、あまり無茶はさせられなさそうだ。
「コロニーネットワーク582便、サイド3・ムンゾ行きは、27番ゲートにて間もなく搭乗受付を開始致します。ご搭乗の皆様は…」
アンジェロ達一行の乗る便のアナウンスが聞こえた。行こうか、と言ってゲート前の旅客の列に並んだ。
サイド6からサイド3までは、民間旅客船だと2日ほどかかる。サイド3に着いてからが本番とは言え、この船の中でやらなければならない、気の重い課題があった。これからミネバやバナージと接触する以上、何も知らないエメットにアンジェロの過去を話さねばならない。
自分の過去を知った時、エメットがどんな反応を見せるか、想像すると怖かった。アンジェロはエメットのことを気に入っていたし、信頼もしていたから、その相手から拒絶される可能性には足がすくむ。だが、ここまで来て話さないことは不可能だった。
2日目の昼、覚悟を決めて、エメットとハロルドを狭い船室に呼んだ。
「お話というのはなんですか?」
エメットの無邪気な問いに思わず言葉に詰まり、ハロルドの方を見やると、大丈夫だという風に頷くのが見える。背中を押されるようにして、口を開く。
「話というのは、私の過去のことだ。知っての通り、私はルオ商会から派遣された人間だ。だが、物心ついた時からずっと商会の世話になっていたわけではない。五年前、商会に拾われるまで、私は袖付きにいた。」
一気にそう言い切って、恐る恐るエメットの反応を伺う。エメットは一瞬、何のことか分からないという顔をする。一瞬後、驚いたように目を見開く。そのタイムラグが、袖付きという組織のマイナーさを物語っているようでもあった。
「袖付きというのは…まさか、ジオン残党の…?」
「そうだ。その袖付きだ。」
「では少佐は…ジオン残党の一員だったと?」
その問いに、アンジェロは無言で頷く。それを見たエメットは、そうですか、と言って黙り込む。
無言の重苦しい空気は、アンジェロにとって不安と焦りを掻き立てるものだった。それでも、ここで焦ってはならないと、深呼吸してエメットの反応を待つ。
「少佐が共和国軍のことにお詳しかったのは、そういう理由だったのですね。色々と納得した気がします。」
「あまり驚いていないようだな。」
意外と淡々とした反応に驚きながら言うと、エメットは困ったような顔で答える。
「少佐が何か事情がある方だというのは、分かってはいましたから。経歴不明であれだけの腕前をお持ちとなれば、連邦軍で何かやらかしたか、アナハイム絡みか、あるいは、と。色々と噂もありました。」
「なるほどな。それも道理だ。」
そう言って、思わず苦笑する。確かに、連邦軍の軍籍も無いような一流のパイロットが突然やって来たとなれば、出どころは限られるし、噂話のタネにもある。例え証拠は無くても、正体を完全に隠し通すことは難しいというわけか。
「俺はジオン残党にこれといった感情はありません。グリーン中佐と違って、交戦経験も殆どありませんからね。まして「袖付き」はとっくに壊滅した組織と聞いています。だから、今更少佐がザビ家の復権を狙ってるなどとは思いません。ただ、どうして少佐がジオン残党にいたのか。その理由はお聞きしたく思います。」
エメットの口調は穏やかだったが、瞳は真剣そのものだった。生死を共にした部下の真摯な問いを適当に誤魔化すことは、とても出来そうにない。
「長い話になるが…時間はたっぷりあるか。」
そうしてアンジェロは、グローブ事件に遡る、自身の暗い過去をゆっくりと話し始めた。グローブ事件とその後の汚れた日々については最小限に、フル・フロンタルとの出会い、袖付きでの日々、そしてラプラス紛争、「シンギュラリティ・ワン」バナージとの出会い、戦い、一時の共闘と再びの対立、インダストリアルセブンでの最終決戦。そして戦い敗れた後の、ルオ家に従属する日々、ユイミンとの関係。そしてフォン・ブラウン事件以後の激動の日々、ビネガーとの接触、サイド3行き。全て話し終わると、二時間以上が経っていた。
「…と、まあ、こんなところだ。長い話になったが…」
そこで一旦言葉を切り、黙って話を聞いていた二人の反応を伺う。最初に口を開いたのはエメットだった。
「少佐…ご苦労されたんですね。正直、俺にとっては別世界の話のようです。でも、何というか…そういうご事情なら、少佐の経歴も、今回の件も納得出来ます。俺に出来ることがあれば、何でも言って下さい。」
「ありがとう。頼りにしている。」
礼を言ってから、ハロルドの方を見る。意外なことに、真剣そのものの顔をしている。
「ジョルジュ、俺はお前のことを誤解していた。それほど過酷な過去があったとは、思いもしなかった。俺はまたてっきり…」
「熱狂的なジオン残党と思っていたか?だがまあ、それも間違いでは無いさ。私も革命の情熱を持っていた。それが悲惨な過去ゆえだとしても、な。私が愚かだったのは事実だ。」
そう言いながらも、内心は複雑だった。「大佐」の理想が間違っていたとは、アンジェロは今でも思えない。だが大佐はこの世界を去り、生き続ける限り、大佐がいない世界で生きていかねばならない。だからアンジェロもまた、それに適合する。現実の世界に「もしも」はないのだ。
「なあ、もうお前を縛る腕輪も無いんだろ?サイド6に腰を落ち着ける気はないか。お前はもう、俺にとっては戦友だ。ここにいる限り、どんなことをしても守ってやる。」
ハロルドの言葉には、口先だけで無い真剣味がある。アンジェロはそれを、素直に嬉しく感じる。
「ありがとうハル。そう言って貰えて嬉しい。私も、出来ればずっとサイド6にいたいと思うよ。先のことは、まだ分からないが…。」
本音を言えば、腕輪があっても無くてもルオ家の意向に逆らうのは難しい。袖付きの残党のアンジェロが平然と過ごせているのは、ルオ家の庇護のお陰だ。それを失えば、生きていける道は細く狭い。それでも、どこにも寄る辺がなく思えた自分に帰りたい場所が出来たのは、嬉しいことだった。
「何にせよ、まずは目の前の任務を無事にやりこなさないとな。ジオン残党の本丸、ミネバ・ラオ・ザビ一派との接触は、簡単ではないぞ。」
「お前の言ってたビネガーって男、信用出来るのかね?どうも俺には胡散臭く感じるが。」
「疑わしいのは百も承知だ。だが、もし本当にミネバと接触出来れば、現状を打開できる情報を得られる可能性はあると思う。彼女はこの二十年の動乱の中心にいた人間だからな。」
「ザビ家の呪いだな。」
ハロルドが珍しく暗い口調で言う。アンジェロ個人のことは受け入れても、ジオン残党への敵愾心はなかなか消えないようだ。
ザビ家の呪い。そうかもしれない。ミネバ・ラオ・ザビはいまでもそれに囚われているのだろうか?バナージとの強い絆があっても、なお。いや、自分がこうして彼女と会おうとしていること自体、呪いが続いている証だ。人々がザビ家に強い印象と記憶を持ち続ける限り、呪いは続くのだ…。
そこまで考えて、アンジェロはかぶりを振る。人の境遇にどうこう言えるほど、アンジェロは恵まれた立場ではない。まずは目の前の任務を完遂せねば、明日の命も定かではないのだ。
「ところでお前、26歳って話だったが本当か?5年前のラプラス紛争時に親衛隊長ってことは、俺より年上なんじゃないか?」
「バカを言うな。私はまだ24歳だ。」
何となくムッとして言い返すと、ハロルドとエメットは揃って驚いた顔をする。
「にじゅうよん!?おいおい、嘘だろ…」
「俺と二つしか違わないってことですか!?」
「まあ、そういうことだ。悪かったな、若造で。」
少し皮肉を込めて言うと、ハロルドが唖然とした顔のまま言う。
「じゃあ、19歳で親衛隊長だったってのか。無茶苦茶だな、ジオン残党ってのは。」
「実力主義と言って欲しいな。年功ばかり重視する古臭い組織とは違うんだ。」
思わず袖付きを擁護してしまい、自分もまだまだ囚われているなと内心苦笑するが、ハロルドはその点には触れず、頭をかきながら言う。
「やれやれ、俺と互角にやり合えるわけだ。末恐ろしいな。」
「これから会う男は、私より遥かに恐ろしいぞ。覚悟しておくんだな。」
揶揄うようにそう言いながらも、アンジェロ自身も内心の動揺を再び自覚する。シンギュラリティ・ワン、バナージ・リンクスの巨大な力は、戦場で相まみえたからこそ、骨の髄まで思い知らされていた。
その日の夜、アンジェロはハロルドに誘われて船のラウンジに来ていた。一杯やろうと誘われたのだが、狭い宇宙船のラウンジは品揃えも悪く、酒と言ってもどこでも見かける大手資本のビールくらいしかない。それでも冷えていればそれなりに美味しいだろうと思いきや、出てきたビールは酷く生温い。若者向けの安い船会社らしい杜撰さではあった。
「何はともあれ、お疲れ様、ジョルジュ。エメットがすんなり受け入れてくれて、良かったじゃないか。」
「全くだ。正直言って、もっと反発されるかと思ったよ。」
アンジェロの素直な本音に、ハロルドは考え込みながら言う。
「エメットくらいの年代だと、第一次ネオジオン抗争の記憶は薄いだろうからな。シャアの反乱はサイド6にはあまり関わりは無かったし…。ジオン残党への見方も、少し違うのかもな。」
顎に手を当てて考え込みながらハロルドが言う。確かに、シャアの反乱もラプラス紛争もサイド6市民からすれば画面の向こうの出来事だったのかもしれない。アクシズが地球圏の脅威となった第一次ネオジオン紛争から十年以上が経ち、エメットのような若い世代には「ジオンの脅威」のイメージは漠然としたものなのだろうか。
「時の流れというのは、残酷なものだな。善も悪も、いずれは全て忘れ去られてしまう。ほんの数年前のことさえ…。」
少し感傷的な気分で、アンジェロは呟くように言う。アクシズ落としもラプラス宣言も、地球圏の人間に大きな衝撃を与えたはずだ。このままではいけないと考えた者も、多かったはずだ。だが宇宙暦101年になり、いまだに世界は何も変わらず、連邦政府の支配権は微塵も揺らいでいないように見える。人々はあっという間に忘れてしまう、何もかも。
「まあ、仕方がないさ。人類ってのは、ほんの数百年前まで、殆どが農村や小さな町で暮らしてたんだ。メディアもネットも無いのが当たり前。それが今ではどうだ、世界中から絶え間なくニュースが届く。そんな環境じゃ、何が大事か見極められなくなっていくのさ。」
「だから人間は進化しなくてはならない、とでも言いたいか?ふふ、まるでお前の方がジオニストじゃないか。」
アンジェロが笑いながら言うと、ハロルドも苦笑しながら返す。
「俺はジオニズムそのものは全否定するわけじゃないさ。宇宙に出た人類は環境に合わせて変わっていくべきって発想そのものは、そうおかしくもないと思う。それを悪用したザビ家のやり方は、最悪だがな。」
「人類史上最悪の虐殺者の一族だ。ところが、世の中にはどういうわけかあの一族を崇めるあほうどもがいる。不思議なものだ。」
アンジェロは吐き捨てるように言う。ジオン残党の多くはザビ家を信奉しているが、アンジェロ自身はザビ家やミネバへの忠誠心は皆無と言ってよかった。それは袖付きの一員だった頃からそうだし、今では完全にそうだ。考えてみれば、アンジェロはジオン残党の中では元々、かなり異端派だった。ザビ家にもシャアにも強い感情を持たず、ただフル・フロンタルという一個人に忠誠を持っていたのだから。そうでなければ、あるいは何としてもジオン残党に戻ろうとしたかもしれない。
「その悪魔の末裔と、俺達は取引しなきゃならん。政治というのは嫌なものだな。」
「おまけにその女にはシンギュラリティ・ワンが付いている。恐ろしい話だ。私が連邦政府の首脳なら、草の根分けても探し出すがな。それをしないあたり、地球の老人どもはあの二人の脅威を理解できないらしい。愚かなことだ。」
「ザビ家の末裔と、コロニーレーザーを打ち消す力を持った男か。確かに、ぞっとしない話だ。だが、味方に出来れば確かに状況は変えられる。賭けだな。」
分の悪い賭けだ。アンジェロは内心そう思ったが、口には出さなかった。ジョッキが空になり、もう一杯頼もうかと思ったところで、船内アナウンスが聞こえる。
「皆様にお知らせ致します。サイド3港湾局からの最新の連絡によりますと、本船は32番ゲートに到着予定です。乗り継ぎ便をご利用のお客様は、係員まで…」
アナウンスとともに、ラウンジのスクリーンに船の望遠カメラが捉えたサイド3の遠景が映し出される。密閉型のコロニー郡がずらりと並ぶ景観は、サイド6での暮らしに慣れたアンジェロには少々奇妙に感じられ、望郷の念といったものは感じられない。だがここは、間違いなくアンジェロの故郷なのだ。数年ぶりの「帰郷」は、目前に迫っていた。
次回、やっと、バナージ登場予定です。
あまりお待たせせずに更新出来るといいなと思いつつ…。
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