機動戦士ガンダムUC101 エピソード・オブ・アンジェロ 作:なゆ太
やっとバナージが出てきます!!
一般市民に扮しての初の旅行は目新しく楽しいこともあったが、うんざりさせられることもある。狭い船室、まずい食事、そして入国審査の長い列。
サイド3に着いて船を降り、入国審査場の長い列に並んで、ようやく自分の順番が来た時、アンジェロは内心うんざりしていたが、ここでボロを出すわけにもいかず、笑顔を取り繕って担当者にパスポートを差し出す。
「ジョルジュ・フェレーロさん、サイド6からね。来訪の目的は?」
「友人との休暇です。」
後ろのハロルドとエメットをちらと見やる。それを見て、恰幅のいい人の良さそうな入国審査官は、冗談めかした口調で言う。
「どこかリゾートコロニーに行くのかい?お兄さんはハンサムだから、女の子たちが放っておかないだろう。でも、羽目を外し過ぎないようにね。」
そう言ってウィンクしてから、パスポートにスタンプを押して返してくる。短く礼を言ってから、その場を離れた。
「やれやれ、何とか無事にサイド3に入れたな。」
無駄に緊張して疲れた声でそう言うが、隣の二人は平然とした顔で携帯端末を眺めている。
「そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ。周りにも似たようなグループ、沢山いますし。」
エメットの言葉を聞いて周りを見回すと、なるほど確かに無邪気にはしゃぐ若者グループの姿が目立つ。そういえば、今は学生の休暇シーズンだったか。自分が世間知らずであるという事実を自覚するのは、何となく気恥ずかしい。
「それで、これからどうするんだ。」
ハロルドに問われて、慌てて我に返る。警備の厳しい宇宙港に長居するのは得策ではなかった。
「ひとまず、ホテルに向かう。エレカを借りよう。」
アンジェロはそう言うと、レンタカーのカウンターに向かう。ここでも長い列が出来ていて、一般客に混じって並ぶ。ひたすら並んで待たされるのはなかなか慣れず、少し苛ついてきて、自分はまだまだ血の気が多いなと思って内心少し苦笑した。
ようやくエレカを借りて向かった先は、若者向けの大衆的なホテルチェーンの無数にある支店の一つだった。スタッフは低価格に応じた無気力な態度で、適当に身分証の確認をしてから、カードキーを渡してくる。
部屋に入ると、ようやく一息ついた気分になった。
「やれやれ、今のところ、順調だな。」
「ひとまず明後日に指定の場所に行くまで待機か。偵察がてら、先に待ち合わせ場所を見ておくか?」
「そうだな。あまり目立つわけにもいかないが、ずっと部屋にこもっているのもおかしいからな。難しいところだ。」
「じゃあ、明日は下見に行くとしよう。今日は疲れた。」
緊張していたのはアンジェロだけではないらしい。言葉に出した途端、ハロルドは疲れた様子を見せる。エメットも同じく、といった様子だった。実際、彼らはスパイの訓練など受けていない、正規の軍人だ。平静を装っても、慣れない状況に緊張するのも当然だろう。
「ひとまず腹ごしらえだな。さっさと食べて、さっさと寝よう。」
ハロルドの言葉に異存はなかったが、慣れない土地で腹を満たすのも存外大変なものだ。結局、ホテルの中の売店で軽食を買って済ますことになり、アンジェロにとっての幾年ぶりかの故郷での食事は、大変味気ないものとなった。
異変が起こったのは、翌日の朝だった。目覚めて、売店で買ったパンとコーヒーを食べていると、ドアの隙間から手紙が放り込まれたのだ。
一瞬、悪質なイタズラかと思ったが、封筒の表書きに「アンジェロ・ザウパーへ」と書かれていたので、開封せざるを得なかった。何せ、このホテルにはジョルジュ・フェレーロとして宿泊している以上、こちらの正体が分かっている者からのメッセージと判断せざるを得ないのだ。
手紙の中身は、ミネバ一派の使者と落ち合う場所と時間の変更を指示するものだった。
「直前で変更か。どう思う?」
ハロルドとエメットにも見てもらい、助言を仰ぐ。先に口を開いたのはエメットだった。
「向こうの立場も不安定なのかもしれません。サイド3も少しずつ、連邦の圧力が強まってますから。」
エメットの話は、ジオン共和国の自治権返還後のサイド3の状況だった。曲がりなりにも自治権を認められ、特別な存在だったサイド3だが、昨年、宇宙世紀100年をもって自治権を返還している。それでもしばらくは共和国時代の政治家が要職に就いていたが、自治権返還から一年以上が経ち、少しずつ連邦の息がかかった人間に入れ替えられているらしい。
旧共和国政府要人とミネバ一派がどの程度繋がりがあるのかは不明だ。しかし、ミネバ達がこれだけ長く潜伏を続けられている背後には、共和国の支援があったのではないか、という見方は多い。だがそれも、支援者達が有力な地位にいてこそのものだ。根が枯れれば、木もじきに枯れてしまうのだ。
「確かに、自治権返還後、人の入れ替わりは激しいみたいだな。俺の知ってる共和国軍の将校も、配置が変わったり退役した奴が随分いる。」
ハロルドがそう言って相槌を打つ。アンジェロも昔日の記憶を辿りながら言う。
「旧共和国軍内にはジオン残党にシンパシーを感じている者もかなり多かったようだ。そういう人間が追い払われるのは、当然といえば当然だが…。今になって接触の話が出てきたのも、そこらへんが原因かな。」
「サイド6を新たなパトロンにしたがっている、ということですか。」
「あり得ない話ではないだろう。実際サイド6は、過去に全く後ろ暗いところがない、というわけではない。そうでなければ、ずっと中立を保てるはずもないからな。」
一年戦争、そしてその後の数々の戦役。サイド6は表向きは一貫して中立だったとはいえ、裏では平和を保つために様々な工作をしてきたはずだ。ジオン残党との繋がりも、皆無であったとは考えにくい。
「向こうの意図がそういうことなら、余計に接触は慎重にあるべきだな。ただでさえサイド6が疑われてる時に…。」
ハロルドが気遣わしげな声で言う。実際、彼からすれば今すぐ断りたい話だろう。アンジェロとしても、サイド6を巻き込むことに罪悪感を感じないとは言えなかった。
「ハロルドの懸念は分かる。だが、ミネバ・ラオ・ザビが重要な情報を握っている可能性は、確かに否めない。ジオンの残党やシンパは、意外なところに根を張っているからな。」
自分に言い聞かせるようにそう言って、自分自身を納得させる。そうでもしないと、今すぐサイド6に逃げ帰りたくなってしまいそうだった。
改めて待ち合わせ場所に指定されたのは、最初に指定された公園から数ブロック離れた場所にある別の公園だった。
市街地の中心部から近く、それなりに賑わっている。ここなら誰かと落ち合っても目立たなさそうだった。
ハロルドとエメットを近くに停めたエレカに待機させて、アンジェロは一人で指定されたベンチに向かう。近くの喫茶店で買ったコーヒーを飲みながら、平静を装ってベンチで時間を過ごす。
もうじき指定の時間だな、と思った頃、誰かが歩み寄ってくる気配を感じる。ほとんど無意識に振り向いた先にいた青年の容姿に、アンジェロは一瞬固まる。
焦げ茶色の髪と瞳、一見穏やかそうだが意思の強さを感じさせる顔立ち。記憶の中では少年だったバナージ・リンクスが、立派な青年になってその場に立っていた。
「お久しぶりです。またお会いできて嬉しいです。」
柔らかな笑顔とともに、バナージはわだかまりを感じさせない口調でそう言う。その言葉と表情は何割かは社交辞令かもしれないが、それでも信頼に足ると思わせる誠実な雰囲気があった。
「アンジェロさんもお元気そうで何よりです。こうしてまたお話しできる日が来るとは思いませんでした。」
そう言う表情は本当に嬉しそうで、どこからどう見ても感じの良い好青年だ。その顔を見ているうちに、アンジェロの中で渦巻いていた様々な感情が溶けていくのを感じる。
自分はなぜ、過去もそして現在も、バナージにあんな感情を抱いていたのだろう。こうして落ち着いて対峙すれば、こんなにも温和な青年だというのに。
「私も同感だ。…立派になったな。」
称賛の言葉が素直に口から出た。実際、面影はあるとはいえ、五年前とは見た目からして違う。顔立ちも大人びたし、体付きも立派な大人の男のそれになっている。
「アンジェロさんは、あまり変わりませんね。ひと目で分かりました。」
バナージは他意なく言っている風だが、その言葉にアンジェロは微かに複雑な気分になる。五年前なら、取っ組み合いをすれば恐らくアンジェロが勝てただろう。今は無理だった。単に体格が良くなっただけではない。バナージの身のこなしは柔和でいながら隙がなかった。アンジェロも軍人だから、多少は格闘術の心得はある。だからこそ、バナージが鍛錬を積んだ動きをしていることが分かるのだ。
バナージは明らかにこの五年で成長していた。自分はどうだろうか。そう考えると、少し焦りのような気持ちも覚える。
「行きましょうか。ついて来てくれますか。」
バナージの言葉に、一瞬車の方に視線をやる。ハロルド達と落ち合うべきか、それとも万が一の事態に備えてまだ待機していてもらうべきか。判断を下すより早く、バナージが言う。
「車で待機しているお二人のことなら大丈夫です。別の仲間が連れて来てくれますから。」
その言葉に一瞬愕然としてから、内心で降参する。全てお見通しというわけだ。五年間で鍛えたのは肉体だけではないらしい。
考えてみれば、彼らはこの五年、連邦の情報機関から逃れ続けたのだ。誤解されがちだが、連邦の政府機関は決して無能ではない。それから逃れ続けるには、修羅場も一つや二つではなかっただろう。
ルオ家の庇護のもと、半ばまやかしとはいえ安定した生活を送っていたアンジェロとは、経験値は比べ物にならないのではないか。けれど、そう考えても、不思議と敗北感はあまりなかった。
道すがら、バナージは落ち着いた声音で言う。
「あの戦いを生き残った人とこうして再会するのは、実は初めてなんです。それに、アンジェロさんは、その…」
「死んだと思っていたか?」
アンジェロの言葉に、バナージは無言で困ったような笑みを浮かべる。
「当然だな。私もあのまま冷たくなって、デブリの一つになると思っていた。運命というのは、皮肉なものだ。」
口をついて出た言葉は、アンジェロの本心だった。どこかで死を望んでいた自分が生き残り、未来への希望を持っていた仲間が幾人も命を散らした。運命の女神はどこまでも気まぐれだった。
「でも俺は、アンジェロさんが生き残ってくれて嬉しいです。大変な戦いでしたけど…忘れちゃいけない記憶ばかりだから。」
「…そうだな。忘れてはいけないことばかりだ。」
バナージの前でそう言った瞬間、アンジェロの内心に言葉に出来ない感情が湧き起こる。懐かしさに近いが、それだけではない感情。
例え敵味方であっても、歴史を変える戦いの中で同じ時を過ごした。そういう相手としか分かり合えない感情があるということを、アンジェロはこの時初めて知ったのだった。
バナージに連れられて着いた先は、貨物船用の殺風景な宇宙港ターミナルだった。バナージに渡された偽の身分証を提示してゲートを潜ると、ゲートの先に船が泊まっている。その船の姿を見てアンジェロは思わず震える声で言う。
「あの船…ガランシェールか?」
「はい。正確に言えばガランシェールJrですが…同型艦なので見分けはつかないですね。」
バナージの言葉通り、視線の先には5年前と全く同じ姿のガランシェールが佇んでいる。その船の姿はあの男、スベロア・ジンネマンの凄みのある顔立ちを想起させる。あの男に凄まれたのはもう5年も前だというのに、今でもあの気迫は昨日のことのように思い出せる。「大佐」の威を借りられない状況でジンネマンと対峙することを考えると、思わずぞっとしてしまう。
何を弱気なことを考えているんだ、とアンジェロは自分自身を叱咤する。この五年、いつでも自分を殺せる男に支えてきたではないか、それに比べればどうということはない。理屈ではそんなことを考えるのだが、アンジェロは結局のところユイミンのことを本気で怖いと思ったことがなかった。使うつもりのないナイフを手にした男より、素手でも相手を締め殺すような気迫のある男の方が怖いのである。
「そんな顔をしないで下さい。確かに五年前は色々ありましたが…」
年下のバナージにそんな風に気遣われて、情けない気持ちになる。ひとまず深呼吸して気持ちを落ち着け、船に向かう。タラップを渡って船に乗り込むと、ハロルドとエメットが待っていた。
「よう、お疲れ。ジオン残党も侮れないな、立派な船を一隻持って。…どうした、ジョルジュ、顔色が悪いぞ。」
ハロルドにそう言われて、自分はそんなに分かりやすいかとまた情けない気持ちになっていると、ハロルドが声を低めて言う。
「これから因縁の相手とやらに会うのか、そうだろう。まあ、確かにコロニーレーザーを打ち消すニュータイプなんて、俺もビビるが。」
その言葉に、アンジェロは思わず一緒に来ていたバナージの方を見やる。バナージは、さすがに自分からは言い出しにくいのか、困ったような顔をしている。
「違う違う。それはこいつだ。バナージ・リンクス、ユニコーンガンダムのパイロットだよ。」
「ええっ!?」
アンジェロの言葉に、ハロルドだけでなくエメットも驚いた顔を見せる。考えてみれば、バナージは確かエメットよりも年下のはずだ。
「あれは機体の性能もあってのことで…俺一人の力ではないですよ。」
バナージはそう言って謙遜するが、二人は恐々とした顔でバナージを見ている。とはいえ、さすがにハロルドはすぐに立ち直る。
「こいつは驚いた。…じゃあジョルジュ、お前が恐れている相手が他にいるということか。」
「…スベロア・ジンネマン。この船のキャプテンだ。凄みのある男だよ。ミネバ一派が長く潜伏を続けられてきたのも、あの男の抜け目なさがあってのものだろう。違うか?」
アンジェロの言葉に、バナージが苦笑混じりに答える。
「否定はしませんが、キャプテンは俺達の安全のために最大限努力してくれているだけですよ。」
確かにあの男は、身内には気遣いのある男だった。あのクシャトリヤのパイロット、マリーダ・クルスに対してもそうだ。だが身内への思いが強い分、他人へは時に容赦がない顔を見せる。そしてアンジェロは、今も昔も間違いなく他人なのだった。
「何にせよだ。ジョルジュ、お前は今はサイド6警備隊の少佐としてここにいるんだ。過去に因縁があるのは分かるが、それに囚われすぎるなよ。」
ハロルドの言葉に無言で頷く。個人的な感情はともあれ、アンジェロが過去に囚われすぎて判断を誤れば、サイド6市民10億に影響が及びかねないのだ。
不安と緊張を出来るだけ押し隠しながらブリッジに向かう。同型艦というだけあって、外見だけでなく中身までそっくりで、その分自分がどこを歩き、もうじきブリッジに着くということが分かってしまう。
「キャプテン。皆さんをお連れしました。」
ブリッジに入ると、バナージが親しげにジンネマンにそう告げる。二人の様子を見ると、しっかりとした信頼関係があるようだ。年齢差から考えれば、ジンネマンにとってバナージは息子のような存在なのかもしれない。バナージの穏やかに見えて意志の強い性格も、ジンネマンと馬が合うのだろう。自分はダメだろうな、とアンジェロは内心少し自嘲的に呟く。
バナージと二言三言言葉を交わしてから、ジンネマンがアンジェロ達三人に視線を向ける。その眼光の迫力に、エメットは怯えたように微かに震え、臆病とは程遠いハロルドも微かに息を飲む。ジンネマンの視線を正面から受け止めざるを得ないアンジェロとしては、内心で感じている威圧感が顔に出ないようにするので精一杯だ。こちらからは口を開けない中、ジンネマンがゆっくりとだみ声を出す。
「フェレーロ少佐。俺の今回の仕事はあんた達をミネバ様の元に連れていくことだ。だからあんたの過去、アンジェロ・ザウパー大尉としてのかつての行いについて、ことさらにどうこう言うつもりはない。だが…」
ジンネマンはそこで一旦言葉を切ると、ブリッジに座る若いクルーを見やる。アンジェロはその顔に見覚えがあった。確か、タクヤとミコットだったか。
「この船には、あんたに脅されてトラウマになった奴もいる。俺はキャプテンとして、それを見過ごすことは出来ん。あんたが信頼に足る男だと判断出来なければ、船長として搭乗は許可できんな。」
アンジェロより若いクルーをだしにして攻めてくるとは、上手いやり口だと思いながらも、ジンネマンの弁にも理があることを認めないわけにはいかない。自分は五年前確かに、学生だった彼らに銃を突きつけたことがある。非戦闘員、それも偶然巻き込まれただけの学生を武器を使って脅すというのは、曲がりなりにも正規軍の軍人として数年を過ごした今のアンジェロとしては弁明のしようのない過去だった。
何を言えば、彼ら、そしてジンネマンの信頼を得られるだろうか。一瞬考えてから、率直な謝罪の言葉を口にする。
「五年前は本当に悪いことをしたと思っている。まだ学生だった者にまで銃を突きつけ、人質にするような真似をした。愚かな行いだった。申し訳ない。」
そう言って頭を下げてから、恐る恐る顔を上げる。ジンネマンの値踏みをするような目はともかく、アンジェロがショックを受けたのは、ミコットという少女の顔だった。その顔には、微かではあったが、恐怖の色が見て取れる。五年前、ハイスクールの学生だった少女に銃を突きつけたことは、彼女の心にいまでも傷となって残っていたのだ。
アンジェロはこれまで、どこかで自分は被害者だという気持ちがあった。無論それは間違いとはいえない。幼少期から少年時代にかけての生い立ちは、戦争のあまりにも酷い被害者そのものだ。しかし袖付きとして過ごした数年間はまた異なる。人を殺めもした。心に傷を残すようなこともした。自分が犯した罪に向き合う時が、唐突に訪れたのだ。
「…ラプラス事変の際、ネェル・アーガマのオットー艦長との交渉が決裂した時、彼にこう言われた。あんたらは軍人じゃない、テロリストだと。袖付きの他の者はともかく、私がやっていたことはまさにそうだった。もう二度と、あんな真似はしない。そのことを証明する機会を与えて頂けないだろうか。」
アンジェロの言葉に、ジンネマンの目つきがほんの微かに和らいだように感じる。ミコットの顔にも、落ち着きが戻っている。それでもまだ張り詰めた空気を破ったのは、バナージの控えめだがはっきりとした声だった。
「俺は今の言葉を信じます。俺の知ってるアンジェロさんは、心にもないことを平然と言えるタイプではなかったですから。どうですか、キャプテン。」
「…そうだな。少なくとも五年前は、血気盛んなガキだった。少しは大人になったようだが、腹芸でここにいる全員を騙せるとは思えんな。…いいだろう、乗船を許可しよう。」
その言葉に、内心胸を撫で下ろす。一気に空気が和らいだブリッジで、タクヤが呆れたような、皮肉るような口調で言う。
「やれやれ、あの高慢きちなアンジェロ・ザウパー大尉がすっかりしおらしくなっちゃって。驚いたもんだ。」
それを聞いて、隣のエメットがムッとするのが分かる。彼からすれば、上官がここまで頭を下げたのに、という気持ちなのかもしれない。
「いいんだ、エメット。…昔の私は、確かに高慢だった。思い出しても、恥ずかしくなるよ。」
苦笑いしながらそう言う。若かりし頃の自分の言動というのは、本当に気恥ずかしいものだ。若気の至りとは、よく言ったものだった。
ジンネマンに呼び出されたのは、船が出港してからだった。普段はミーティングなどに使われていると思しき手狭な会議室で向き合うと、改めて威圧感を覚える。しかも今はハロルドもエメットもバナージもおらず、文字通りサシの勝負だった。
「お前さんを呼び出したのは外でもない。ミネバ様と引き合わせる代わりと言っちゃ何だが、あんたらに頼みたいことがあってな。」
さりげない風を装って切り出してくるが、来るべきものが来たと思わざるを得ない。この手強い男がアンジェロ達の乗船を認めたのは、ミネバの指示もあるとはいえ、これを機会に何らかの協力を引き出す心積りなのは明らかだった。
「何でしょう、キャプテン。我々に応えられることなら良いのですが。」
身構えながら言うと、ジンネマンは僅かばかりの笑みを浮かべてみせる。その実、目は全く笑っていない。
「大したことじゃない。二つだけだ。一つ目、少しばかり資金援助をして欲しい。こちとら、ルオ家と違って万年金欠なもんでね。もう一つ、サイド6の優先入港枠にこの船を入れてくれ。それだけのことだ。」
優先入港枠とは、保安や税関の手続きを大幅に免除して入港を認められる一定数の船舶のことだった。各サイドが審査をした船舶、大抵は連邦の公用船や政府系企業の船舶、アナハイムやルオ商会のような大企業の商船が対象となっていた。
さりげなく切り出されたが、これはかなり大きな要求だった。優先入港枠は、極めて信頼性の高い相手にしか認めてはいけないこととなっている。それをジオン残党に与えるということは、彼らの活動をサポートしている、あるいはシンパとなっていると言われても否定できなくなってしまう。今のサイド6にとっては、絶対に飲めない条件だった。
「資金援助はいいでしょう。ルオ家には、足がつかないように金を渡す手段が幾らでもある。ですが優先入港枠はダメです。サイド6としては、ジオン残党のシンパと見做されるリスクは、到底受け入れられない。」
「ほう…断ると?」
ジンネマンは声を荒げはしなかったが、ドスの効いた声でそう言う。アンジェロを見据える目力も相当なものだ。思わず背筋が震えそうになりながら、必死に冷静さを保つ。
視線を逸らさず睨み合いながら、先日ハロルド達と交わした会話を思い出す。彼らもジオン共和国が無くなり、追い込まれているのだ。引き下がるな、むしろ相手の足元を見てやれ、そう考えて自分を鼓舞する。
「サイド6をジオン残党の拠点として使うことは絶対に認められません。その代わり、資金援助については可能な限りお応えしましょう。ジオン共和国無きいま、悪い話ではないと思いますが。」
「言うようになったな。お前さんも、元袖付きだろう。かつての仲間に、少しは力を貸してやるのが筋じゃないか。」
断りにくい理屈を持ち出してくるジンネマンは、やはり手強かった。言葉に詰まりそうになりながら、必死に気持ちを奮い立たせる。
「今の私はサイド6の軍人です。あなたにキャプテンとしての責務があるように、私にも職業上の責任がある。この条件は飲めません。」
何とかそう言い終えて、また睨み合いとなる。ジンネマンも、まだ引き下がるつもりはなさそうだ。長引けば長引くほど、この男が相手では不利になりそうだ。アンジェロは一か八か、こちらから攻めてみる。
「私は生まれ故郷のサイド3にはもはや帰れず、第二の故郷と言っていい袖付きはこの世から消え去りました。サイド6は、ようやく見つけた安息の地なのです。警備隊には、友人も、私を慕ってくれる部下もいる。彼らへの責任を果たすことは、今の私にとって自分の命より重いことです。どうか、ご理解下さい。」
アンジェロなりの泣き落としだった。ジンネマンは一瞬驚いた顔をしてから、今度は少し笑ってみせる。さっきと違って、少し温かみのある笑顔だった。
「まだまだ迫真の演技には遠いが…いいだろう、そこまで言うなら今は引き下がろう。ああ、資金援助の件は忘れずに頼むぞ。ひとまず、今日はこれで十分だ。」
ジンネマンはそう言うと、席を立つ。部屋を出る直前、安堵するアンジェロに向けて、温かみのある声で言う。
「昔は大佐の影に隠れてばかりの腑抜けだったが…少しは男になったな。」
渋みのある声でそう言われて、アンジェロはなぜか泣きそうになる。大人の男、父親のようなと言っていい年代の男性に褒められるのは、もう記憶もあやふやな幼少期以来かもしれなかった。
ミネバ様は次回登場です。今度こそあまりお待たせしないようにと思っているのですが、どうなるか…。
それはそうと、アンジェロとジンネマンはいずれもグローブ事件で親族を失い人生を狂わされたという共通点を持っているのですね。作中では対立関係に近かった二人ですが、もう少し腹を割って話す機会があれば…と思います。