機動戦士ガンダムUC101 エピソード・オブ・アンジェロ   作:なゆ太

2 / 12
戦闘シーンを書いていて、自分の情景描写の下手さに絶望しそうになりました。


アンジェロの決断

 アンジェロの駆るジェガンRは連邦軍の主力機ジェガンの輸出モデルである。輸出モデルといってもモンキーモデルではなく、暗礁宙域から近くネオジオン残党との交戦が頻発するサイド6警備隊の戦訓を踏まえた改良型だった。バーニアを増設し各種装備も技術の進歩に応じてバージョンアップを施した機体は、かつての愛機ギラズールに匹敵する性能を持っていた。

 もっとも、天井の低い月面都市の中では折角の高機動性も宝の持ち腐れだ。軍港地区を出たアンジェロは薄暗い雰囲気の倉庫街を抜けて市街地に向けて機体を走らせる。

 少年と言っていい年齢からモビルスーツに乗ってきたアンジェロは、自分自身の体を動かすのと殆ど同じ感覚で機体を操ることができる。十分に警戒しつつ、同時にエメットから送られる情報にも目を通す。アンジェロの予測通り、第二撃として連邦の駐留基地と港湾地区が攻撃を受けているらしい。オケアノスは幸い無事のようだが、敵の攻撃は予想以上に大規模なようだった。

「敵、か。」

 思わずそう呟いてから、アンジェロは可笑しくて笑い出しそうになる。ネオジオン残党の一派たる「袖付き」で育った自分が、ほぼ確実にジオンの系譜を引くであろう、同類たる勢力を敵と呼ぶとは。しかもそこには、アンジェロ自身の希望や意思は全く関わっていないのだ。

「どうでも、いいことだ…!!」

 投げやりなような言葉を、意外と楽しげな顔と声で呟いて、再び操縦と警戒に意識を集中させる。そう、実際、主義主張や旗の色など、どうでもよかった。ユイミンの生体反応でロックされた端末から認証を受けなければ、アンジェロは生き延びることさえ出来ない。一度は死を受け入れ、それを喜びさえしたアンジェロだったが、今ここで喜んで死を受け入れる気にはなれなかった。

 

「D5ブロックを移動中の未確認モビルスーツに告げる。市内への立ち入りは制限されている、今すぐ引き返せ!警告に従わない場合、攻撃する。」

 市街地の外れまで来たところで、哨戒機に発見されて警告を受ける。元から特別警備中とはいえ、突然の敵襲でかなり殺気立っているようで、言葉も刺々しい。相手を刺激しないよう、アンジェロは落ち着いた声で答える。

「こちらはサイド6警備隊のジョルジュ・フェレーロ少佐だ。襲撃を受けて、代表団を一時母艦に避難させるよう本国政府から命令を受けた。撤収支援のために会議場地区に向かっている。連邦軍にも話はついているはずだ。」

 無論、口から出まかせだが、それなりに筋の通った話でもあり、アンジェロが堂々とした口調で言うと、本当らしく聞こえる。

「そんな連絡はまだ入っていないが…」

 躊躇いがちに答える無線の相手に、アンジェロはさも当然という風に答える。

「この混乱した状況だ、無理もない。どうやら、基地も襲撃を受けているようだしな。君らも司令部と十分な連絡が取れてないんじゃないか?」

 カマをかけてみると、相手は黙り込んでしまう。その反応を肯定と受け取り、畳み掛けるように言う。

「時間がない、行かせてくれ。知っての通り、サイド6の代表はルオ家の一員だ。本国からも必ず保護するよう言われてるんだ!」

「わ、分かった、行っていいぞ!」

 アンジェロの演技の妙か、はたまたルオ家の名が効いたのか。何はともあれ、連邦軍の許可を得たアンジェロは、一路会議場地区に向かった。

 

 ユイミンの宿泊先は、数年前に建て替えられたばかりの最高級ホテルのスイートルームだ。贅を尽くした作りは内装や調度品だけでなく、防音設備も当然最高のものが使われており、この部屋の中で外からの音に煩わされることは一度も無かった。そんなわけで、その日の朝方、ウトウトしていたところにずどんと爆音が響いた時は、部屋のテレビが誤作動でも起こしたのかと間抜けな感想を抱いた。

 寝ぼけ眼のままベッドから起き上がったところで、床の不気味な振動を感じてようやく、ただ事ではない事態が進行していることを察知する。締め切ったカーテンから、閃光のような光がぱっと一瞬漏れた。まだ覚醒しきっていないのっそりとした足取りで窓に歩み寄り、カーテンを開いた瞬間、口を開けて絶句する。

「…っ‼︎」

 最初に見えたのは、見慣れた連邦軍のジェガン。その機体は片腕が欠けていたが、そのことに気付く間も無く、視界を飛び去って行く。市内では危険防止のため、緊急時以外はバーニアを使った飛行は禁止されているはず、と反射的に疑問に思うが、その答えはすぐに出る。

「ジオン軍…!」

 濃緑色のカラーリングでモノアイのモビルスーツ、ドキュメンタリー映像で見たジオンやネオジオンのイメージそのものという見た目の機体が、視界を横切って行く。

 反射的にその姿を目で追うと、濃緑色の機体は先程のジェガンにぐんぐん迫った。逃げるジェガンは闇雲にビームを乱射し、市街地のあちこちで爆炎が上がる。やがて濃緑色の機体がジェガンに追い付き、ビームサーベルで一刀両断する。分裂した機体はそのまま落下し、ミサイルが誘爆でもしたのか盛大な爆炎が上がり、窓が衝撃波でびりびり揺れた。

 窓の振動にようやく現実を飲み込み、戦争という言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、部屋のドアが荒々しく開けられる。思わず怯えながら振り向くが、入ってきたのは随行したボディガード達だった。

「窓から離れて下さい、代表!」

 そう言われてようやく、この状況でカーテンを開けて窓際に立っていることがどれだけ危険か気付く。慌ててカーテンを閉めて窓から離れ、ボディガード達に囲まれながら廊下に出る。廊下には同じフロアに泊まっていた別のサイドの代表団の顔も見える。廊下を早足で歩きながら、ボディガード達の長に尋ねる。

「一体何が起きてるんだ?」

「分かりません。どうやら数十分前から市街地で複数の襲撃が発生していたようですが、通信状態が悪く、我々が事態を把握したのはつい数分前です。」

 通信の撹乱は攻撃の明らかな予兆だ。どう考えても襲撃のメインターゲットの一人であるユイミンとしては彼らの怠慢と失態を詰りたくなるが、いまここでそんな言い争いをしても無益だと出かかった言葉を飲み込む。

「で、これからどうするの。」

「避難して頂きます。」

「通信状態が悪いのに、どこが安全か分かるのかい。」

 多少の非難と嫌味を込めた問いを、ボディガード達はプロらしい無表情で無視した。

 

「このジオンの亡霊どもめぇーっ!!」

「くたばれ、連邦の犬がぁっ!!」

 戦場の無線は混信し、敵味方の声が入り混じって聞こえる。相変わらず敵の正体は不明だったが、連邦の兵士からはジオン残党と認識されているようだ。だが、元「袖付き」のアンジェロとしては、いまいち納得出来ない。ネオジオン残党の主力は、ラプラス紛争で失われた。象徴的な存在だった旗艦レウルーラが沈んだことからも、それは明らかだ。あれから5年で、月面最大都市のフォン・ブラウンで同時多発攻撃を仕掛けられるほど勢力を回復させる道理はない。

 いや、道理はない、とは言えない。いまや「ネオ・ジオン残党」というのは、地球圏の様々な勢力が支援するならず者集団の便利な看板だ。旧ジオン共和国、アナハイムやルオ商会など巨大企業、そして連邦の情報機関。邪な企みを持つ様々な機関に支援され、てんでばらばらに水膨れした「ネオ・ジオン残党」は、今や誰にも全容の分からない複雑怪奇な化け物と化している。

 それにしても、かつての志を完全に失ったネオ・ジオン残党と刃を交えるのも、数奇な巡り合わせだ。ルオ商会に飼いならされて連邦軍の下請けと言えるサイド警備隊に属する元「袖付き」の自分と、ネオ・ジオンの看板を掲げながら裏で連邦と繋がってる組織の一員であれば、どちらがより真正にジオン的であると言えるだろうか…。

 謎かけのような皮肉な思考は、ロックオンを告げるアラート音で一瞬で断ち切られる。バーニアを吹かせて飛び上がった次の瞬間、アンジェロの機体が立っていた一画をビームが直撃し、近くの街灯や街路樹を一瞬でなぎ倒す。

「ギラ・ズール、いや、新型か?」

 モニター越しに眺めた敵機はかつての乗機ギラ・ズールとよく似ているが、細かい部分に僅かな差が見られる。ギラ・ズールの改修型とも考えられるが、いずれにせよ、そんなものをどこから手に入れたのか。

「連邦軍、いや、そのカラーリングはサイド警備隊か?いずれにせよ、ここから先は通さんぞ。」

 その言葉と同時に、ビルの上からミサイルが降ってくる。追い立てられてうっかり姿を見せたら、ビームライフルで狙い撃ちするつもりなのだろう。アンジェロは一瞬で軌道を読み、慎重にビルの影を縫って敵弾を避ける。

「いい腕をしているな。連邦の下請けには勿体無い。」

 そりゃあそうだろうさ、こっちは元袖付きの親衛隊長だ!内心でそう叫びながらも、口に出すのは別の言葉だ。

「いまこの街では、スペースノイドの自治権を広げるための会議が行われている!お前達もスペースノイドだろう。なぜ、同胞を裏切るような真似をする!!」

「スペースノイドの自治権だと!?ジオン共和国を滅ぼした連邦が何を言うか!!そんなものは、腐敗した政治家と資本家が結託した、偽りの合意に過ぎない。スペースノイドの真の自治独立のためには、サイド3が再びジオンの名の下に立ち上がらねばならんのだ!!」

 返答を期待してはいなかったが、それに反して敵機のパイロットは饒舌だった。いかにもサイド3の右派らしい口ぶりに、強めのジオン訛り。声はまだ若く、公国軍以来の歴戦の兵士という雰囲気はない。恐らくはかつてジオン共和国軍に所属し、共和国軍解体に伴ってネオ・ジオンの看板を被った非合法組織にリクルートされたといったところか。元共和国軍からスカウトされたなら、軍内ではそれなりに名の知られたエースだったのかもしれない。

 仮説の真偽はともあれ、敵のパイロットはなかなかの手練れだった。勝つ自信はあったが、まともにやれば時間を取られ、手遅れになるかもしれない。僅かな逡巡の後、アンジェロは一計を案じる。

「だからといって、こんなやり方に正義があるものか!」

 その言葉とともにミサイルがビルの陰から飛び出し、敵機に向けて降り注ぐ。

「正義だと!?スペースノイドを抑圧し続ける連邦に加担しながら、何を言うか!!」

「だからこそ、連邦が歩み寄る姿勢を見せたこの機会を、無駄にするなと言っている!!」

「それが欺瞞だと、なぜ分からない。再興したジオンの旗のもとで、全スペースノイドが立ち上がってこそ、真の独立が達成されるものを!!」

 その言葉と同時に、最大出力のビームがビルの壁を貫いてミサイルの発射地点を直撃する。ミサイルが誘爆したのか、一際巨大な爆炎が上がる。

「やったか。」

 敵機のパイロットが呟いた瞬間、アンジェロは一気に街路に飛び出す。ミサイル発射地点の方に銃口を向けた敵機は、一瞬反応が遅れる。無防備な敵機の頭部をビームで狙い撃ってから、駆け寄ってビームサーベルで完全に無力化する。運が良ければ、中の人間は生きているだろう。こんな戦い方をしたのは、元「袖付き」の一員としての気持ちが、少しは残っているからか。そんなことを考えていると、敵機のハッチからパイロットが這い出してくるのが見える。

「ジオンの理想を理解しないスペースノイドの裏切り者め、地獄に落ちろ!!」

 マイクが捉えた声に苦笑しているアンジェロの前で、敵機のパイロットは走り去っていく。味方と合流するのか、フォン・ブラウンの地下組織に協力者がいるのか。だがそれよりも、敵兵が最後に言った言葉がアンジェロの脳裏をよぎる。

 ジオンの理想、ジオンの再興。それはアンジェロが今なお崇拝する「大佐」の意志ではなかったか。いまアンジェロが戦うのは、自分の命綱を握っている現在の主人を守るためだ。だがアンジェロは、それが大佐の意志に沿うものなら、今でも喜んで命を投げ捨てる覚悟があった。もしこの襲撃の成功が大佐の意志に沿うものなら、アンジェロが銃口を向けるべきはギラ・ズールではなくジェガンではないのか…。

「いや、違うな。」

 考えがまとまる前に、直感的にそう呟いていた。けれどそれは、単なる当てずっぽうというわけではない。自ら望んだことではないとはいえ、地球の要人の側近として多くの世界を見て、その経験で視野が広がった今のアンジェロの思考が導き出したものだ。

 中でも鮮烈なのは、この一年あまりのサイド6での日々だ。アンジェロはサイド6警備隊に出向するまで、各サイドの警備隊は連邦の下請けであり、ネオ・ジオン残党との戦いも、命令されて仕方なくやっているものだとばかり思っていた。けれど実態は違った。少なくともサイド6の警備隊は、連邦軍と同等かそれ以上に士気が高く、自分達の故郷を守るという強い意思でネオ・ジオン残党に立ち向かっていた。

 けれどそれは、考えてみれば、何も不思議なことではないのだ。一年戦争冒頭でのジオン公国軍の各サイドでの大虐殺、スペースノイドの故郷たるコロニーを兵器に見立てたコロニー落としにコロニーレーザー、その後のネオ・ジオン残党の破壊行為の数々。一部に熱烈なシンパもいるが、大半のスペースノイドにとって、ジオンの名は恐怖の対象でしかない。

 サイド3出身で元「袖付き」のアンジェロはずっと、ジオンはスペースノイド独立運動の旗手であり、ジオンこそスペースノイドの願いを理解し導けると思っていた。けれどそれは、傲慢なのだ。一部の過激派を除いた、大半のスペースノイドの願いは、連邦がもう少し自治権を認め、税金を少し下げて欲しい、そんなささやかなものだ。完全独立などという大言壮語には興味がないし、そこに「ジオン」の名が絡めば、むしろ忌避の対象にしかならない。

 実際のところ、ジオン残党というのは、連邦にとって「都合のいい敵」なのだ。一部の過激派の支持を得ながらも、その実、決してスペースノイドの多数派の支持は得られない。何か都合の悪いことがあれば、ジオン残党の仕業と濡れ衣を着せることさえ出来る、丁度良いスケープゴート。認めたくはなかったが、「ジオン残党」の存在こそ、スペースノイドの自治権拡大の最大の障害なのかもしれない。考えてみれば、あのティターンズは「ジオン残党狩り」を名目に結成された組織ではなかったか。

 今の状況で、スペースノイドの自治権拡大を進め、大佐の理想に近づくためには、外からの圧力だけでは難しい。何しろ、あの「ラプラス宣言」でも、スペースノイドは立ち上がらなかったのだから。唯一可能性があるとしたら、連邦が決して「ジオン残党」と結びつけられない勢力、連邦の支配階層内の改革派なのではないか。そして改革派の動きはまさにこの街で一つの成果を挙げようとしていて、その改革派の顔の一人は自分の今の主人なのだ。

 どうやら自分は、今なお尊敬するかつての主人の思いを継ぐためにも、今の主人を守らねばならないらしい。その一致を皮肉と言うべきか僥倖と言うべきかは、アンジェロにはまだ分からない。けれど、いま自分のなすべきことが何か、これ以上ないほどクリアになったのだ。こんな感覚は、いつぶりだろうか。久々の高揚に背筋がぞくりと震えるのを感じながら、昂りを抑えきれない声で無線機に言う。

「エメット、代表の現在位置は掴めたか?」

 

 アンジェロが自分の身の振り方について迷っていた時、ユイミンは次の目的地に迷っていた。いや、正確に言えばユイミンではなく、その一行が、ではあるが。

 地上は危険だからと取り敢えずホテルの地下に避難したものの、敵の目的が代表団である可能性が高く、また実際に敵の包囲網が狭まる中では、ここも安全とは程遠い。連邦軍の救援が間に合う可能性もあるとはいえ、通信が混乱し正確な情報が不足する中では、判断も困難だった。

「…はっ、はぁっ、嘘だろ、こんな、今更ジオン残党が…。」

 ボディーガードや他の随員が口論する輪から少し離れたところで、ユイミンは思わず震えながら泣きそうな声を出す。普段はシニカルな傍観者ぶって気取っていても、中身は地球の名家の御曹司、修羅場の経験などあるはずもない。リアルな命の危険に晒されて、体の震えを抑えることさえ出来ない。そんな自分を情けないと思いながらも、遠くから爆音や振動が響く度に、底知れぬ恐怖が湧き上がる。

「アンジェロ…君はこんな恐怖に、どうやって耐えていたんだい。」

 少しでも気を紛らわそうと、奇妙な縁で結ばれた美青年の顔を思い浮かべる。童話の王子様かムービースターと言われても違和感のない容貌の持ち主でありながら、十代の半ばから機械の巨人を操って虚空の戦場を駆け抜けてきた歴戦の戦士。彼の経験と度胸を少しでも借りたいと、祈るような気持ちになると、緊張がほんの少し解れて息が出来るようになる。

 少し落ち着いたところでボディーガード達の方に視線を向けると、ようやく話し合いが落ち着いたようだった。

「方針が決まりました、代表。今のところ敵影の確認されていない北側のアームストロング公園方面に避難します。我々も移動します、お早く。」

 そう急かされて頷きながら、冷戦沈着なプロの顔を見せる彼らにも、一抹の焦りや動揺が見えることに気付く。それも無理のないことだ。ここフォン・ブラウン市は、動乱が続いたここ四半世紀の間でも、僅かな例外を除いて平和を保ってきた街なのだから。

 

 ホテルを脱出した代表団一行は、一般市民に紛れるために近くの駐車場で借りたエレカに分乗する。エレカが音もなく発信した直後、流れ弾のロケット弾がホテルのロビー付近に着弾し、オレンジ色の爆炎が上がって近くの車や街路樹が吹き飛ばされる。改めて生命の危機が間近に迫っていることを実感し、思わず唾を飲む。

「行け、もっと急げ!」

 ボディーガード達が怒鳴りあってるのを聞きながら、こんな状況で何もできることがないユイミンは、思わずシートベルトをぎゅっと握りしめる。

 人間の度し難いところの一つは、心のどこかで自分だけは大丈夫と思っているところだ。まして地球の名家の出身ともなれば、その気持ちは人一倍強い。ユイミンが自分の心の中にそういう気持ちがあったこと、そしてそれが全くの幻想に過ぎないことを思い知らされたのは、避難する車列を塞ぐように道路上にジオンカラーのモビルスーツが姿を見せた時だった。

 

「エメット、まだ代表団と連絡が取れないか!?」

 焦りをにじませながらアンジェロがそう言うのは、既に3回目だった。どうやら代表団がホテルから脱出したらしい、ということだけは判明したものの、代表団との連絡は未だつかず、居場所どころか安否も不明なままだ。取り敢えず敵影の薄い北側に移動しながらエメットに尋ねるが、オケアノスもかなりの混乱状態にあるようで、正確な情報の収集は困難を極めるようだった。

 何とかユイミンと連絡を取る手段はないかと、アンジェロも必死に頭を働かせる。これだけ広域で通信障害が発生しているのは、単なるジャミングが原因ではないはずだ。軍用のみならず民間のネットワークもターゲットにした大規模なサイバーテロ。ジオン残党の中には、そういった手管に長けた集団もいた。なんとか、そいつらの目をかいくぐる方法はないものか…。

 その時、アンジェロの脳裏に一つの方法が浮かぶ。もし通信障害の原因がネットワーク障害だけでなく、主要な通信サービスのサーバーを狙ったものであるなら、彼らの注目しないような通信手段なら可能性があるかもしれない。アンジェロは懐をまさぐって個人用の端末を取り出すと、久しく使っていなかったアプリを立ち上げる。それはニューホンコンで数年前に流行ったパズルゲームで、登録した「フレンド」とボイスチャットする機能が実装されていた。

 逸る気持ちを抑えながら、アプリを立ち上げる。通信状態は良くはないが、メッセンジャーアプリと違ってサーバー側には支障はないようだ。ダウンロードの待ち時間にイラつきながら、やっと開いた画面から「フレンド」の画面に移ってその中の一人を選び、「通話する」をタップした。

 

「んん…。」

 まだ意識が朦朧とする中、うっすらと瞼を開けると、薄暗い中で何人かの男の姿が見える。そのうちの一人が、もそもそと上半身を起こそうとする自分の姿に気付いて声をかけてくる。

「代表、ご無事ですか?」

 そう言ってユイミンの顔を覗き込んだのは、同伴したボディガードの一人だった。一瞬ぼうっとしてから、意識を無くす直前の光景が脳裏に浮かぶ。車列を塞いだ敵機がビームライフルを乱射し、前を走っていた車は跡形もなく蒸発した。乗っていた車が急ハンドルを切って、そこで意識が途切れている。

「…っ!!」

 反射的に自分の手足、全身を見るが、どこも欠けているところはない。ユイミンを安心させるように目前の男が言う。

「代表の体に目立った外傷は見受けられません。ご無事で何よりです。」

 その言葉にひとまず安堵してから周りを見る。どこかのオフィスの一画のようで、デスクと椅子が並び、ユイミン自身は片隅のソファに寝かされている。恐らく、どこか目立たないビルに避難したのだろう。そこまで把握したところで、改めて事情を尋ねる。

「あの後、どうなったんだい。」

「一瞬の差で攻撃を回避して、近くの路地に逃げ込みました。モビルスーツが入れないような路地だったので、その場は何とか。 ただ、どこに敵がいるか分からないので、車を乗り捨てて近くのビルに避難した次第です。」

 なるほど、と頷く。相変わらず危険は去っていないらしい。そう考えたところで、同行者の数が減っていることに気付く。サイド2、サイド5の代表団と一緒に脱出したはずが、サイド5の代表団しか見当たらない。

「サイド2の代表団はどうしたんだい。」

 まだ少しぼうっとした頭のまま尋ねると、目前の男は「敵の攻撃で」と短く言って押し黙る。その時やっと、サイド2の代表団が敵機に吹き飛ばされた車に乗っていたことに気付く。

「なんてことだ…。」

 サイド2の代表であった市長は、連邦政府とのパイプも太く、この会議の最大の立役者だった。これでは敵が排除されても、会議の成功は覚束ない。暗澹とした気分になってから、攻撃がほんの少し逸れていたら自分がそうなっていたことに気付いてぞっとする。

 個人用端末が鳴ったのはその時だった。ホーム画面を見て、一瞬わけが分からなくなる。ずっと使っていなかったアプリからの通知。もしや敵の工作かと疑うが、次の瞬間にアンジェロの顔が脳裏に浮かび、慌てて画面をタップする。

「もしもし?」

「代表、ご無事でしたか。」

 聞こえてきた声はいささか音質が悪かったが、それでもあの特徴的な声質がはっきりと分かって、ユイミンは微かに安堵する。

「間一髪でね。」

「いまどちらですか?」

 そう問われてユイミン自身も自分の居場所が分かっていないことに気付き、ボディガードに尋ねて返ってきた言葉をそのまま口にする。

「了解です。ひとまずそちらに向かいます。応援を呼びたいところですが、連邦軍も酷く混乱しているようで。」

 そう言ってから、アンジェロは彼が掴んでいる情報を手短に伝えてくる。外部と連絡が取れたということで、周囲の人間が集まってきたので、聞いた話をそのまま伝える。不完全ながらも状況が多少判明し、室内の緊張が僅かに緩んだ時だった。

「おい、あの音!!」

 誰かが叫んで、みな一斉に耳を澄ます。腹の底に響くような不気味なローター音が最初は微かに、すぐに大きく聞こえてくる。次の瞬間、窓の外にその音の正体が姿を現す。四つのローターの下に無機質な、しかしどこか不気味な楕円状の機体がぶら下がり、その先端には黒光りする銃口が鈍く光っている。室内の人々が立ち尽くす前で銃口はユイミン達を狙い定め、次の瞬間…

 ぐわんっ、と音がして窓の外の機体が爆発し、衝撃で窓ガラスが吹き飛ぶ。窓の近くにいた何人かが悲鳴を上げるが、幸い部屋の奥にいたユイミンは難を逃れる。次の瞬間、今や遮るもののなくなった窓の外から聞き慣れた声が響く。

「ご無事ですか!?」

「ア…ジョルジュ!!」

 思わずアンジェロと叫びそうになってから、今の名を呼ぶ。二度目の命の危機を、またも間一髪で乗り切ったようだった。

 

「ここから2ブロック先に民間所有の小さなシャトルポートがあります。そこからシャトルで軌道上のオケアノスに避難しましょう。」

 敵のレーザー誘導ドローンを撃墜した後、ビルの隙間の一画にジェガンを潜ませながら、アンジェロはユイミンの個人端末に向けてそう提案する。話し相手はボディガードの長に代わっていて、反応はあまり良くない。

「現状では2ブロックの移動でも危険だ。それに軌道上にも敵機がいたらどうする。足の遅い民間シャトルではひとたまりもない。」

「敵はこちらの位置に気付いているのですよ。すぐに敵が殺到します。そうなれば、私一人では防ぎきれません。」

 思わず苛立ちを抑えられない声でそう言うと、相手もムッとした声で言い返してくる。

「そんなことは言われなくても分かっている。近隣のビルの地下に移動するつもりだ。君の提案よりずっとリスクが低いと思うが。」

 それでは駄目だ、とアンジェロは内心舌打ちする。確かに敵に発見されたのが偶然なら、少し移動するだけでも時間を稼げるだろう。だが敵機の動きを見ていたアンジェロは、敵が明らかに代表団の正確な位置を把握していたと直感していた。その理由は一つしか考えられない、内通者がいるのだ。どこに移動しても場所がバレてしまう以上、オケアノスまで退避するのが最善の策だ。だがアンジェロが内通者の存在に気付いていると知られること自体に危険がある以上、会話はもどかしいものにならざるをえない。

「敵の包囲網は予想以上に狭まっています。包囲網が閉じれば、すぐに見つかりますよ。急がないと、2ブロック先すら行けなくなります。」

 アンジェロの切羽詰まった声に感じるものがあったのか、あるいは相手も内通者の可能性に勘付いたのか。理由はともあれ、僅かな逡巡の後、まだ迷いの見える同意が返ってくる。

「君の言うことも分かる。そのシャトルポートまでは安全に移動できるのか?」

「今なら確実に。」

 モニター上で敵機の位置を確認しながらそう答えると、向こうも腹を括ったようだった。

「分かった、すぐに移動しよう。道中の安全については、くれぐれもよろしく頼む。」

 

「見えた、シャトルだ!!」

 サイド5の代表団の一人が嬉しそうに言う。あちこちから爆音や銃撃音が聞こえて、生きた心地がしなかった2ブロック走破を終えて、ユイミンは何とかシャトルポートに辿り着いた。

「急いで下さい、全員が搭乗したら、すぐに発進します。」

 ボディガードにそう急かされながらタラップを駆け上がり、シャトル内の一席に何とか落ち着く。久々の全力疾走に乱れた息を整えるうちに、シャトルがゆっくりと動き出した。ふと窓の外に視線をやると、ジェガンがぴったりと随伴していて、その姿に微かに安堵する。

 シャトルはエアロックを通って月面上に移動し、腹の底に響くような振動と爆音と共に離昇する。軌道上でも戦闘が発生しているのか、遠くでちらちらと光点が明滅している。その光は、それが命を奪う輝きであることを忘れるほど幻想的で美しかった。

 命のやり取りを対岸の火事のような気分で眺めていると、シャトルの斜め前方にぴったりとくっついていたアンジェロのジェガンがライフルを構えながらシャトルの側面に移動する。その意味を理解する前に放送が入る。

「これより本機は回避運動に入ります。シートベルトをご着用のうえ、お掴まり下さい。」

 シャトルが回避運動を始めて全身にGがかかるのと、ジェガンが発砲を始めたのはほぼ当時だった。シャトルのすぐ側を、どこかから飛来したビームが横切っていく。それが少し逸れていたら今頃自分は宇宙のチリになっていたかもしれないと気付いても、不思議と恐怖は感じなかった。

 窓から目視できる範囲で分かることは少ない。アンジェロのジェガンも、視界に一瞬入ったと思ったら、次の瞬間には見えなくなってしまう。敵機がどこにいるかも分からない。近くでミサイルが爆発し、破片がシャトルに衝突して機体が揺れ、近くの席から悲鳴が聞こえる。それでもユイミンは食い入るように窓の外を見つめ、虚空を生き生きと舞う紫電の騎士の姿を探さずにはいられなかった。

 

 敵の小隊がシャトルに迫ってきたのは、オケアノスまでの行程の三分の一ほどが過ぎた頃だった。エメットには代表団をシャトルで連れ出したと伝え、急いで応援を寄越すよう伝えてあるが、オケアノスと同行する連邦艦隊も戦闘中らしく、来援が遅れていた。

 護衛対象は非武装の民間シャトル。ビームやミサイルの一発で宇宙の藻屑と化してしまう。敵機はギラズールとギラドーガの計3機。三対一の数の差だけでも圧倒的に不利なのに、こちらは鈍足のシャトルを守り抜かないといけない。困難などという言葉では言い表せないほどだ。

「失敗したら、死ぬだけだ。」

 戦闘準備を整えながら、アンジェロは淡々と呟く。撃墜されたらその場で死ぬし、護衛に失敗したらユイミンの死と共に自分の死のカウントダウンが始まる。モビルスーツパイロットとしては、戦闘で死ぬほうがいいかな、なんてことをちらっと考える。

 まずは手始めに、残ったミサイル全弾を発射する。敵の回避先を予測し、予測地点にビームライフルを発射する。あまり期待していなかったが、一機の脚部が吹き飛び、バランスを崩して脱落した。損傷した味方に構うことなく直進する敵機を、ビームライフルで牽制する。もちろん敵も撃ち返してくるが、アンジェロは巧みな回避運動で難なくそれを回避する。

 二対一の状況で敵の攻撃を回避しつつ、敵がシャトルを狙えないよう正確な牽制射撃を行う。並みのパイロットどころか、エースと呼ばれるパイロットでもそうそう出来ることではない。元袖付き親衛隊長たるアンジェロの面目躍如、一騎当千の獅子奮迅ぶりだった。

 とはいえ、二対一の数の差は如何ともし難い。敵も優秀であり、すぐに戦術を変えてきた。一機がアンジェロを牽制し、もう一機がシャトルに近づいて攻撃しようとする。

「くっ…!!」

 シャトルをロックオンした敵機の片腕を間一髪で吹き飛ばすが、敵機は残った片腕でビームサーベルを掴んで格闘戦を仕掛けてくる。捨て身で懐に飛び込まれ、アンジェロも斬り合いに応じるが、その間にもう一機がシャトルを狙おうとする。

「邪魔するな!」

 叫びながら敵機を切り裂き、シャトルの元に戻ろうとするが、振り向いた先ではシャトルの間近にミサイルが迫っていた。モビルスーツならいざ知らず、足の遅いシャトルでは到底避けきれない。思わず歯を食いしばった時、着弾寸前のミサイルが爆発する。次の瞬間、敵機もビームに貫かれて爆散した。

「ご無事ですか、少佐!?」

「エメットか!!」

 反射的にビームの発射地点に視線を向けると、サイド6警備隊カラーのジェガン3機の姿が見える。どうやらユイミンもアンジェロも、もうしばらくは生き延びられそうだった。

 

 オケアノスに帰り着く頃には、ようやく戦闘も終息に向かっていた。軌道上の敵機は全て掃滅され、市街地では局所的な抵抗は続いているものの、既に大勢は決したようだ。

 攻撃に巻き込まれて一度は意識を失ったユイミンは、検査が必要と言われてしばらく医務室で幾つもの機械に囲まれてからようやく解放される。医務室の前で待機していた秘書官から最新の情報を聞いてから、しばらく休むと言って自室に引っ込んだ。

 ホテルのスイートルームに比べれば些か手狭な部屋で、硬いベッドに横たわりながら、今日の出来事を回想する。時計の針は午後3時を指していた。朝目覚めてから、まだ半日と経っていない。たった半日弱でどれだけのことが起こったか、どれだけの未来が失われたか。そして何より、自分自身も二度も死にかけたのだ。リアルな戦争の恐怖が再び襲ってきて、背筋がぞっとしながら頭を抱える。20分あまりそうしてから、ようやく少し気分が落ち着いて、命の恩人に礼も言っていないことを思い出す。

 恐らく格納庫だろうという予想は当たった。鋼鉄の巨人の足元で、アンジェロは慌ただしく作業しながら部下とやり取りしている。

「エメット、そっちの戦闘詳報も司令部に提出してくれ。そうだ、敵機のデータもな。恐らくギラ・ズールの改修型だ。装甲とバーニアがラプラス紛争時のものと異なっていた。」

 報告書でも作成しているのか、片手でキーボードを叩きながらそう指示を飛ばすアンジェロに、まだ少年のような面影の残る部下が感心したような顔で言う。

「あの短期間で敵機の特徴をそこまで把握されるなんて、さすが少佐ですね。」

「…ネオ・ジオンには色々と因縁があるからな。」

 澄ました顔を取り繕うアンジェロの言い草に、ユイミンは思わず吹き出しそうになる。確かに嘘ではないが、あのクールで激情家な美青年が内心で少し焦っているだろうと思うと、どこか親しみのような感情を抱く。

 思わずにやけた顔を引き締めながら格納庫に入ると、「副市長」の来訪に気付いた兵士達が一斉に敬礼する。直立不動で真っ直ぐに視線を向けてくる兵士達に囲まれて居心地の悪さを感じながらも、それを表には出さず政治家然とした笑顔を浮かべて言う。

「どうかそのまま作業を続けて下さい。皆さん、今日は本当にお疲れ様でした。皆さんの活躍のお陰で我々、そしてサイド5の代表団は救われました。本当に感謝しています。」

 ユイミンの言葉を受けて、アンジェロは部下達に作業に戻るよう指示してから歩み寄ってくる。

「お元気そうで何よりです、副市長。わざわざご足労頂き、ありがとうございます。」

「いや、邪魔になってしまったかな。でも、どうしても君に礼を言っておきたくてね。本当にありがとう。君が来てくれなかったら、僕は…」

 そこまで言って言葉に詰まり、再び恐怖が蘇って震えそうになる。兵士達の目線がある中で、何とか取り乱した姿は見せまいとこらえていると、アンジェロがそっと腕を引く。

「少し、場所を変えましょうか。エメット、機体のデータ回収を頼めるか?」

「り、了解です!!」

 緊張した声に頼むぞと応えながら、アンジェロはユイミンの腕を引いて格納庫を出て行った。

 

 これでまた、怪しい関係と噂を立てられるな。格納庫から出ながら、アンジェロは内心で嘆息する。

 いくら軍規が厳しいと言えども、人の口に戸は立てられぬものだ。ましてアンジェロのように人目を引きやすい容姿と若くして少佐という階級を持っていれば、根も葉もない噂だって立つものだ。そこで地球の名家出身の若い副市長と懇意な姿など見せれば、燎原の火のごとく噂が広がってしまう。いわく「フェレーロ少佐はルオ副市長とデキてる」だの、いわく「フェレーロ少佐はルオ副市長と寝て贔屓してもらった」だの、「ルオ副市長はフェレーロ少佐にぞっこんで、公金を使い込んで高価なプレゼントをしている」だの…。

 それもこれも、全てはこのひ弱な主人のせいなのだ。だが困ったことにこの主人はアンジェロの命綱であり、望んでも離れることは許されない。そしてもっと困ったことに、気付けば「大佐」より長い付き合いになった新しい主人のことが、アンジェロは嫌いでなかった。自分でも理解し難いことだが、命を盾に服従を強いる相手に、どこか好感を抱いている。これがストックホルム症候群というやつかもしれない。だとすれば我ながら度し難いが。

「ありがとう、アンジェロ。情けないね、年下の君があんな活躍をしたのに、僕は臆病で…」

 アンジェロのうんざりした内心を察したわけでもないだろうが、ユイミンは申し訳なさそうな声でそんなことを言う。その恐縮しきった姿に同情心のようなものを感じて、仕方なく慰めるように言う。

「突然あんな目に遭われたのです、無理もありません。ユイミン様は取り乱しもせず、気を強く持っておられる。ご立派ですよ。」

 そう言っておだてると、ユイミンは一瞬びっくりした顔をしてから、苦笑まじりに言う。

「アンジェロと連絡が取れるまでは、僕も少し取り乱しかけたけれどね…。まあ、何にせよ、君のおかげで命拾いした。どれだけ感謝しても足りないね。」

「とんでもありません、ご無事で何よりです。」

 一瞬、皮肉の一つでも言ってやろうかと思ったが、アンジェロは素直に感謝を受け取ることにする。ようやく気持ちが落ち着いたらしいユイミンは、少し遠い目をして言う。

「君も聞いてるかもしれないけど、サイド2の代表団は全滅だそうだよ。これでコロニー自治への動きは何年も停滞してしまうね。せっかくのチャンス、あと一歩のところまで来たのに…」

 沈痛な面持ちでそう言うユイミンに、アンジェロは再び困惑する。この人は地球の名家出身ながら、確かにスペースノイドの権利向上を願っているのだ。そんなユイミンを、アンジェロは励ましたいと思ってしまう。

「ユイミン様、生きてさえいれば、本当の負けにはなりません。ましてあなたは、サイド6副市長、ルオ家の一員ではないですか。ご自分の可能性を信じて下さい。」

 かつて自ら死を選ぼうとした自分がこんなことを言うとは、見方によっては滑稽極まりない話である。しかしこれもまた、一度は捨てた人生を半ば無理やり歩かされているアンジェロの、偽らざる本心であった。その思いが通じたのか、ユイミンの顔色が少しだけ明るくなる。

「死線を何度も潜り抜けた君が言うと、説得力があるね。君の言う通り、絶望するには早すぎるか。なんたって、僕らはまだ若いんだから。あと半世紀はチャンスがある。ジャブローの老人達と違ってね。」

 そう言ってユイミンは、生気のない顔を並べた連邦政府高官を揶揄するように、いたずらっぽく笑ってみせる。何はともあれ、アンジェロは今の主人を少しは励ませたようだ。それはかつての主人が願った世界を少しでも叶えるためにも、小さな、しかし着実な一歩であるはずだった。




エースコンバット4をプレイして以来、「戦場から脱出する鈍足の民間機を戦闘機がエスコートする」って展開が無茶苦茶好きです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。