機動戦士ガンダムUC101 エピソード・オブ・アンジェロ 作:なゆ太
ところでゾルタンと言えば「ゾルタン様の3分でわかる宇宙世紀」をやっと見たんですが、最高に面白いですね。
月周回軌道上の艦隊では、モビルスーツやシャトルが慌ただしく発着し、目前を「ジェガン」の小隊が横切っていく。
フォン・ブラウン市への同時襲撃発生から1日半。少し前まで散発的に続いていた襲撃者の抵抗も完全に制圧され、逃散した敵勢力の捕縛と被害者の救護、そして事態の全容解明に焦点が移っている。
そんな船窓の外の慌ただしい光景を横目に、アンジェロは着慣れない礼服の襟を整えてから、ユイミンの部屋のインターホンを鳴らす。
「ユイミン様、アンジェロです。よろしいですか。」
どうぞ、という声が聞こえて部屋に入ると、ユイミンはぼんやりテレビを見ていた。
「…このように、市街地の至る所で戦闘の跡が見受けられ、市民は今も恐怖と不安にさらされています。被害の全容は今なお不明ですが、突然の襲撃にフォン・ブラウンはショックと悲しみに包まれています…」
倒れたギラ・ズールをバックにそう話すリポーターの姿は、襲撃がネオ・ジオン残党のものであることを強く印象付ける。ラプラス紛争やその後の「不死鳥狩り」で幾つかのコロニーが襲撃を受けたとはいえ、地球圏最大の都市の一つであり、コロニー自治に関する国際会議が開かれていたフォン・ブラウンが襲撃を受けたことの衝撃は、それらを遥かに上回る。ネオ・ジオン残党の印象は、これまで以上に悪くなるだろう。元「袖付き」として居心地の悪さを感じていると、ユイミンが投げやりな声で言う。
「さっきステファニー叔母さんから連絡があったよ。無事で良かったってさ。『予備の予備』相手でも、一応心配なフリくらいはするんだね。」
感情を抑えながらも毒気を隠せない口調で、彼の叔母でありルオ商会の全権を握るステファニー・ルオを腐すようなことを言う。
4年前の「不死鳥狩り」を巡る戦闘でミシェル・ルオが戦死した後、幹部の一人を失ったルオ商会内ではステファニー派と反ステファニー派の対立が激化。結局はステファニー派が権力を維持し、ユイミンの父親は反ステファニー派に近かったため地位を追われた。
一連の対立を収め権力を固めたところで、ステファニーはミシェルを失った穴を埋めるために一族の若手を育成する方針を打ち出す。ルオ家の後継者の本命はまだ幼いステファニーの実子で、予備として遠縁だが俊才として知られる青年が地球で帝王学を学んでいる。そして「予備の予備」のユイミンはサイド6に行くことになったのだ。
こんな経緯があるので、ユイミンはステファニー・ルオに対して屈折した感情を抱いていた。若くして人も羨む地位に就きながら、実際には自分の人生さえままならない。そういう意味では、ユイミンの立場はアンジェロと少し似ていた。ユイミンが立場をかさに着て無茶な要求をすることがないのも、生来の温厚な気質もあるにせよ、自分自身がそういった境遇であるのも一因かもしれない。
「…ユイミン様、ご自分のことをそういう風に仰るのはよくありません。自分で自分を貶めては、結局そういう人間になってしまいます。」
アンジェロの言葉にユイミンは一瞬拗ねたような顔を見せてから、すぐに表情を切り替えて明るい声で言う。
「そうだね。精々ルオ家の御曹司らしく、世間知らずで気楽なお坊ちゃんらしく振る舞うとしようか。」
アンジェロに不満を言うわけではないが、完全には納得していないような物言いに苦笑していると、ユイミンは立ち上がってタキシードに着替えながら言う。
「着替えたら行こう。あちらさんは出てくれるって?」
「市長以下、皆さま出席されるそうです。」
「それは良かった。じゃあ、行こうか。」
さすがにユイミンはタキシードを着慣れているようで、スマートな雰囲気がある。それと比べて自分はぎこちないな、とアンジェロが内心で少し気恥ずかしくなっていると、ユイミンはくすりと笑って言った。
「緊張しなくても、とてもよく似合ってるよ。アンジェロは何を着ても見栄えがするから。それにしても、一人で三機相手に奮闘した勇士がこんなことに緊張するなんてね。」
からかうような調子のユイミンは、面白がっているようだ。言われっぱなしは悔しいので、淡々とした口調で言い返す。
「慣れないことには、何であれ多少は緊張するものです。ユイミン様ほどの方ともなれば違うのかもしれませんが。」
「そんなことは全くないよ。ごめん、怒らないでよ。」
素直に頭を下げるユイミンに気分も収まり、いつも通りの口調で言う。
「怒ってなどいませんよ。さあ、参りましょう。あまりお待たせすると、お客様に失礼です。」
そうだね、と言って頷くユイミンと共に部屋を出て、士官食堂に向かった。
士官食堂にはサイド5とサイド6の要人、艦長以下の上級士官が勢ぞろいしている。サイド5の代表団は乗艦が襲撃を受けたためしばらくオケアノスに滞在していたが、本国が派遣した代わりの船がまもなく到着するため、その船で帰国することになっていた。非常時とはいえ船に滞在した他のサイドの市長が下船するからには、ささやかなカクテルパーティでも開いてもてなそうということになり、礼服姿で士官食堂に集まったのだ。
「この船には色々と世話になったね。特にあのジェガンのパイロットがいなければ、我々もどうなっていたか。本当に感謝している。」
そう言ってユイミンに片手を差し出してきたのは、サイド5のエバンス市長だった。元は連邦議会のベテラン議員で、今も連邦の議会や政府に数々のパイプを持つ大物政治家だ。ルオ家の一員とはいえ、まだ若く大した実績もないユイミンは、緊張交じりに手を握り返しながら言う。
「勿体無いお言葉です。フェレーロ少佐もその言葉を聞けば喜ぶでしょう。」
「私もシャトルの窓から戦闘を見ていたが、あれほどのパイロットは連邦軍にもそういないだろう。さぞかし歴戦の勇士なのだろうな。」
「いえ、それは…。そうだ、お会いになりますか。」
ユイミンが提案すると、市長は興味津々という顔で頷く。秘書官に「フェレーロ少佐」を連れてくるよう頼むと、すぐに礼服を見事に着こなしたアンジェロが姿を見せる。
「あのジェガンのパイロット、ジョルジュ・フェレーロ少佐です。」
「お目にかかれて光栄です、エバンス市長。」
踵を揃えて敬礼しながらアンジェロが言うと、市長は驚きを隠せない顔で言う。
「若いな…君は幾つだね。」
「26歳です。」
実際より二歳ほど上に鯖を読んだ「ジョルジュ・フェレーロ」のプロフィールを口にすると、市長はますます驚いた顔をする。
「確かに素晴らしい腕だが、その歳で少佐とは。よほどの功績を上げたのかね。」
「いえ、小官は…」
説明しあぐねた様子のアンジェロに、ユイミンは助け船を出す。
「彼は元々はルオ商会の所属なんです。サイド6には軍事顧問という形で出向していまして。その関係で変則的な人事となっています。」
「ああ、なるほど。何にせよ、君のお陰で命拾いした、感謝しているよ。一人で三機相手に奮戦して、素晴らしい腕だな。」
「恐縮です。市長をお守り出来たことを光栄に思います。」
アンジェロの言葉を聞いていた市長が、ふと不審な顔をして言う。
「君は…もしかしてサイド3出身かね?いや、少しジオン訛りがあるように感じてね。」
その言葉にアンジェロの顔に微かな動揺が走り、ユイミンも内心ぎくりとする。アンジェロのジオン訛りは僅かなもので、普通の人間なら気付かない程度のものだ。だが、連邦議会の重鎮で、ジオン共和国との折衝の機会も多かったエバンス市長の目は誤魔化せなかったようだ。
「出身は確かにサイド3ですが、もう長く地球、サイド6で過ごしております。」
言い訳めいた口調に、アンジェロの動揺が見える。一応、「ジョルジュ・フェレーロ」のプロフィールでも、出身地はサイド3となっている。下手に誤魔化すと、かえってボロが出やすいという判断からだ。だがルオ商会からサイド6に出向したアンジェロの出身地を尋ねる人間は少なかったので、これまでは適当に誤魔化していた。
「そうか。いや、考えてみれば、君の年齢なら一年戦争の記憶は殆どないか。君らのような若い世代からすれば、わだかまりのないことなのだろうな。サイド3とジオンを無意識に結びつけてしまうのは、老人の悪い癖だな。」
エバンス市長はそう言って納得した顔をする。実際の事情はもっと複雑だが、本当のことを言うわけにもいかないので、アンジェロもユイミンも素知らぬ顔で頷いてみせる。
「未来は君達のような若い世代のものだ。今回は残念な結果になったが、コロニーの自治権確立に向けた動きがこれで終わることはない。ユイミン君はコロニー自治に前向きだそうだね。次の会議でこそ成果を出せるように、頑張ろうじゃないか。」
「ありがとうございます。その折には、エバンス市長のお知恵をお貸しください。」
ユイミンがそう言って頭を下げたところで、市長の秘書官が間もなく船が着きます、と言うのが聞こえる。
「ご案内しましょう。こちらに。」
ユイミンはそう言って、アンジェロと共に市長一行をゲートまで案内する。迎えの船から来たシャトルとボーディングブリッジで繋がるゲートの前で、最後の握手を交わした。
「どうか、今後ともよろしく。」
ユイミンの言葉に市長は鷹揚に頷くと、アンジェロの方に視線を移して言う。
「君の活躍の話が聞ける日を楽しみにしてるよ、少佐。」
答えに迷って無言で敬礼するアンジェロを一瞥すると、市長は足取りも軽くゲートの向こうに消えていく。連結が解除されシャトルがそろりと離れるのを見ながら、ユイミンはしみじみと呟く。
「随分気に入られたね。あの人の協力が得られれば、次の会議の実現も遠くないかもしれないな。」
「人生は何が起こるか分かりませんね。」
そう言った言葉は、アンジェロの素直な本心だった。
フォン・ブラウンからサイド6までは、船の巡航速度でも1日弱だ。サイド5の一行を見送り、幾つか報告書をまとめてから一眠りし、あちこちに連絡したり打ち合わせをしていたら、もうサイド6は目前だ。
ブリッジから見えるサイド6の姿は、何度見ても壮観なものだった。一年戦争で大打撃を受け、いまなお再建途上の他のサイドと異なり、動乱の時代をほぼ無傷で乗り切ったサイド6は、無数のコロニーが壮麗な姿を保っている。各コロニーが灯す赤色灯の合間を無数の船やシャトルが行き交い、その数は百や二百ではきかない。
首都バンチの宇宙港に入港した後も、サイド6の豊かさと繁栄は至る所で目に付く。街並みは美しい整備され、行き交う人々の身なりも良い。戦争で荒廃したサイドの中には、今なお連邦からの食料援助に依存しているようなところもあったが、そういった窮乏はサイド6とは無縁だった。
宇宙港でユイミンと別れたアンジェロは、隣接する軍港地区の警備隊基地の司令部に移動する。直属の上官にあたるモビルスーツ師団の師団長に報告に赴くと、以前からあまりに歳の離れた部下の扱いに困っていた様子の師団長は、よそよそしい態度で言う。
「あー、ご苦労だった、少佐。君の活躍は聞いている。サイド5からも外交ルートで謝状が届いているそうだ。」
「ありがとうございます。」
「しかし、任務中の独断専行の行為に関しては、いささか問題がある。その点に関して、参謀本部から出頭命令が出ている。報告書の提出が終わったら、直ちに向かうように。」
「了解しました。」
「以上だ。下がりたまえ。」
伝えるべきを伝えると、師団長はアンジェロをさっさと追い出そうとする。ここまで露骨に邪険にされると怒る気にもなれないな、と内心苦笑しながら、敬礼して師団長の元を辞する。基地内にあてがわれた自室の専用端末から報告書をイントラに上げてから、基地の駐車場でエレカに乗った。
参謀本部は官庁街の防衛局の中にある。基地から20分ほどエレカを走らせ、久々に防衛局の本部ビルに足を踏み入れた。受付で名前を告げると、しばらく待たされてから窓のない会議室に案内される。会議室には、部屋の中と同じくらい暗く生気のない参謀連中が首を揃えていた。
「ジョルジュ・フェレーロ少佐、出頭致しました。」
よく通る声でアンジェロが言うと、参謀の一人がかけたまえ、と言う。その言葉に従って席に着くと、報告書を読み上げながらあれこれと質問が飛んでくる。
「君は市内の無線を解読し、攻撃の可能性を予測して独断で救出に赴いたそうだが、艦長や司令部の許可を取ろうとは考えなかったのかね。」
「解読した通信文の内容から攻撃が差し迫っていると判断し、越権行為の可能性も覚悟の上で判断致しました。その後の経過を考えれば適切な判断だったと考えています。」
「それは結果論だ。実戦部隊の指揮官が独断専行で出撃、しかも各国首脳が集まる市内で武装して動き回るなど、一歩間違えば反逆行為なのだぞ。」
批判は覚悟していたが、反逆行為とまで言われては、命を張って戦った身としてはさすがに受け入れられない。
「お言葉ですが、小官があの時点で決断していなければ、代表団の救助はほぼ不可能でした。副市長以下の代表団が襲撃の犠牲になってもよかったと仰るのですか。」
「そんなことは言っていない!功績はどうあれ、君の判断が問題だと言っているのだ。」
「では、小官はどうすれば良かったのでしょうか。乗艦が攻撃を受け、救助活動が不可能になるまで、指をくわえて見ていろと?」
アンジェロの強気な反論に参謀達は一瞬怯んだ様子を見せるが、すぐに違う方向から攻めてくる。
「いいかね、ルオ商会から出向している君にとっては、副市長の警護は最優先の目標なのかもしれん。だが軍隊においては、最優先すべきは上官の命令なのだ。君はそのことを理解していないんじゃないのかね。」
そう言われてしまうと反論しづらい。アンジェロにとってはユイミンを助けるのは生き残るための必死の行動なのだが、そんな事情をペラペラ話すわけにもいかない以上、言える言葉は限られてしまう。
「命令が最優先であることは十分に理解しています。しかし小官が特殊な立場で警備隊に所属している事情もご考慮頂きたい。」
「だからと言って、連邦軍相手に虚偽の通信を行い市内に入る許可を得るなど、度が過ぎていると思わんのかね。」
今度はアンジェロが連邦軍相手にかましたはったりのことを突いてくる。さらに言葉に詰まりながら、苦しい言い訳に終始する。
「それは…あの状況での咄嗟の判断でした。確かに不適切な面があったことは否定しませんが…」
「不適切な面だと!?君は自分がやったことが分かっているのかね、連邦軍との信頼関係を崩壊させかねないことをやったんだぞ!!」
「…申し訳ありませんでした。」
内心の不満を何とか顔に出さないようにしながら、素直に頭を下げる。小所帯で形式より実力を重視するネオ・ジオンや、民間企業でやはり実力重視だったルオ商会で長く過ごしたアンジェロにとって、連邦軍の官僚主義を色濃く引きずる警備隊の体質は重力に魂を惹かれた老人達の保身にしか見えない。それでも大人になったアンジェロは、老人達の叱責に渋々頭を下げ続ける。
結局、作戦行動中の判断についても色々とあげつらわれた挙句、今後は慎重に行動するよう念押しされてアンジェロは解放された。ルオ家に連なる人間を本気で処罰する意気地はないらしい。ジャブローのモグラの末裔らしい、最後まで徹底した保身的行動だった。
「疲れた…」
暗い会議室から解放されたアンジェロは、自販機のそばのベンチに腰掛けて冷たいミネラルウォーターで喉の渇きを癒してから、普段は滅多に口にしないネガティヴな言葉を漏らす。しばらくそうして休んで、そろそろ行こうかと思った時、明るい声で名前を呼ばれる。
「ジョルジュ、来てたのか。」
声の主の顔を見て、アンジェロは慌てて立ち上がって敬礼する。
「お疲れ様です、グリーン中佐。」
アンジェロの視線の先には、明るいブラウンの髪にエメラルドグリーンの目をした快活な雰囲気の青年将校が立っている。ハロルド・グリーン中佐、28歳。アンジェロと同じく数少ない20代の佐官だが、アンジェロのような特殊事情ではなく、数々の戦功を挙げてこの地位を掴んだサイド6の国民的英雄である。
「戦闘記録を見たよ。さすがだな、ジョルジュ。特にシャトルの護衛戦は見事だった、思わず見入ったよ。さすが、俺と互角にやりあっただけのことはあるな。」
出自も性格も正反対に近いアンジェロとハロルドだが、模擬戦で刃を交えたことをきっかけに互いの実力を認め、パイロットとしての絆のようなものを感じるようになった。特にハロルドは孤立しがちなアンジェロを何かと気にかけ、少しでも溶け込めるよう気を遣ってくれた。アンジェロは正直なところ孤立していることをさほど気にしてはいなかったが、人の好意を素直に受け取る程度には丸くなっていたので、ハロルドに誘われた時にはパーティーなどにも顔を出すようにしていた。
「ここに顔を出すなんて珍しいな、もしかして参謀連中に絞られたか。」
「仰る通りです。独断専行で出撃したので。」
苦い顔で頷くと、ハロルドは明るく笑いながら言う。
「はは、まあ小うるさい参謀連中はそう言うだろうな。だが活躍は活躍だ。まだ何か予定はあるのか?無ければ一杯やろう。」
「今日の予定はこれで終わりです。お付き合いしますよ、中佐。」
アンジェロがそう答えると、ハロルドは上機嫌に頷いて、じゃあ行こうか、と言って足早に歩き出した。
「ご注文は?」
年配のバーテンダーの問いに、ハロルドはメニューも見ずにマティーニを注文する。
「そうだな、私はガルフストリームを。」
あまり待たせても悪いと思って好きなカクテルの一つを頼むと、ハロルドがうんざりした顔で言う。
「またお前はそんなジュースみたいなやつを…。」
グレープフルーツジュースがベースのガルフストリームは淡い青色の美しいカクテルだが、飲み口は確かにジュースに近い。それを咎めるようなハロルドに、アンジェロはすかさず反撃する。
「ハルこそ、好きでもないのに一杯目にマティーニを頼むのは、いい加減やめたらどうだ。」
ハロルドの愛称のハルを慣れた調子で口にする。基地内では階級差を重んじるが、プライベートな時間では気軽に話せる程度には親しかった。
アンジェロの味覚を揶揄したハルだが、彼もどちらかというと甘党だ。それが毎回一杯目は必ずマティーニを頼んでいるのは、彼の憧れる一年戦争時のエースパイロットがそういう飲み方をしていたと言われているからだ。つまり憧れの人の真似をしているわけで、微笑ましいとも言えるし、子供っぽいとも言える振る舞いだった。
「こうして飲み慣れていけば、いつかは美味しく飲めるようになるだろうが。」
「そんなことを言って、この一年ずっと不味そうに飲んでる姿しか見たことがないが。」
「男のロマンが分からねえやつだな。」
「そういうのは精々ミドルスクールまでに卒業しろ。」
いつもながらのそんなやり取りをしているうちに頼んだものが運ばれてきて、それぞれのグラスを持って乾杯する。
「なにはともあれ、お疲れさん。お偉方には色々言われるだろうが、お前は良くやったよ。おかげでうちの代表団に加えてサイド5の市長も助かった。サイド6警備隊の一員として誇らしいよ。」
「ありがとう、ハル。お偉方にこってり絞られて、自分の行動が正しかったか思わず悩んだが、そう言ってもらえて救われた気分だよ。」
「噓を吐け、しおらしい顔で頭を下げながら、内心では舌を出してるくせに。」
その言葉は概ね正解だったので、思わず苦笑していると、ハルが悔しそうに言う。
「あー、俺もあの場にいたらな。5年前みたいにネオジオンの奴らをまとめて撃ち落としてやったのに。」
5年前、ハルが任官直後の新米パイロットだった頃、ネオジオン残党は「袖付き」の登場で再び活発化していた。暗礁空域からほど近いサイド6は近隣航路を度々襲撃され、警備隊がパトロールを強化している中で、輸送船が襲撃を受ける。駆けつけた巡洋艦に配属されていたハルは初陣で二機の敵機を撃墜。その後も何度もネオジオン残党の襲撃を撃退し、若きエースパイロットとして瞬く間に注目されるようになった。
さらにその翌年。「不死鳥狩り」と呼ばれる事変でサイド6の学園都市コロニー「メーティス」が戦闘に巻き込まれた際は、戦闘にこそ間に合わなかったものの、機敏な判断で真っ先に駆けつけ、現場の部隊を巧みに指揮しつつ、自身も不眠不休の働きで被害者の救助にあたり、多くの市民を救った。長く平和に慣れたサイド6市民にとって、コロニーが襲撃されたのは衝撃的であり、だからこそ非常時に最前線で活躍したハルの名声は決定的なものとなった。
「もうこれ以上、有名にならなくてもいいだろう。」
「そういうことじゃなくてだな。ラプラス紛争の頃に任官した身としては、ネオジオンの奴らを見ると本能的に落としたくなるんだよ。」
そう言われては、元「袖付き」のアンジェロとしては、内心で肩をすくめながら適当に相槌を打つしかない。言葉に迷っていると、マティーニをぐいっと煽ったハルが次の一杯を注文する。
「ソルティードッグを。」
「ほら見たことか。好きでもない酒を頼むから。」
ほっとけ、と言いながら拗ねたような顔を見せるハルに呆れながら、アンジェロも二杯目を注文する。
しばらく他愛ない会話を続け、お互いに三杯目を飲み終えた頃、ハルがふと真顔になって言う。
「昨日から、連邦の駐留軍の動きが妙なんだよな。」
「妙というのは、どう妙なんだ。」
「うまく言えないんだが、どうも隠し事をされてる感じというか…。」
「連邦軍が警備隊に隠し事をすることは、別に珍しくもないと思うが。」
サイド6行政庁に属する警備隊は連邦軍とは別個の組織だ。サイド6自体が連邦政府に属する以上、当然連邦軍とは緊密な協力関係にある。しかしサイド6が長く中立を保ち、強い自治権を認められてきた経緯もあり、連邦軍と警備隊の間に隔たりやわだかまりがあることも否定出来ない。なので隠し事をされることは日常茶飯事のはずなのだが、ハルは納得がいかないらしい。
「それはそうなんだが。どうもいつもと勝手が違う感じなんだ。なんて言うか、本気で隠そうとしてるんだよな。」
「本気?」
思わずおうむ返しに聞き返すと、ハルが説明口調で言う。
「そう。普段は隠し事って言っても、結構下らないことが多いんだよ。駐留軍内の人事とか、事故や不祥事とか。軍の知り合いにそれとなく聞き出せば、割と簡単に情報が取れたんだ。それが今回は異様に口が固くてな。どうも妙な感じがする。それもフォン・ブラウンの襲撃の後からだからな、色々と勘ぐっちまう。」
ハルの言葉にアンジェロも思わず考え込む。一年戦争時から中立を保ってきたサイド6は、様々な陰謀や秘密工作の舞台ともなってきた。戦後もジオン系地下組織が存続し、数度のネオジオン紛争では重要な資金源となったとも聞く。「袖付き」にいた頃も、組織のパトロンにサイド6の政府高官や資産家が名を連ねていると聞いたことがある。
「ネオジオン残党が様々な勢力から支援を受けているのは周知の事実だ。駐留軍の中に関係が疑わしい者がいるということか。」
アンジェロの問いに、ハルは腕を組んで考え込みながら答える。
「それもある。考えたくはないが、警備隊の中に裏切り者がいる可能性もな。」
その言葉にしばし無言になってから、アンジェロは躊躇いがちに言う。
「いずれにせよ、ラプラス紛争でほぼ壊滅したはずのジオン残党があれだけの大規模な襲撃を仕掛けられた背景には、どこかの勢力の大規模な支援があったことは間違いない。しばらくは犯人探しが続くだろうな。」
アンジェロがそう言うと、ハルはうんざりした顔で頷きながら言う。
「お偉方や情報機関の連中には、ジオン残党で火遊びしようってバカな夢から早く醒めて欲しいもんだ。現場の苦労を何だと思ってるのか…。」
元ジオン残党としては奇妙なことかもしれないが、アンジェロもその言葉に全く同感だった。
翌朝、前日別れたばかりのユイミンのもとを訪ねたのは、一応様子が気になったこともあったが、ハルから聞いた情報を話しておこうと考えたこともあった。
ユイミンの起居する邸宅は、官庁街からエレカで15分ほど走った住宅街にある。周囲に現代的で機能的な家々が立ち並ぶ中で、明らかに異彩を放っているのがユイミンの私邸だった。
旧西暦時代に建てられた南国の邸宅を移築したというその建物は、風通しの良い開放的で瀟洒な造りをしている。建物に入るとすぐに広々とした中庭が見えて、そこには小さなプールもあり、プールサイドにはテラス席が並ぶ。そのテラス席に腰掛けていたユイミンは、アンジェロの姿を見て顔を綻ばせる。
「おはよう、アンジェロ。君が来ると聞いて、待ってたよ。朝食を一緒にどうだい?」
「では、お言葉に甘えて。」
アンジェロが答えると、ユイミンは上機嫌に頷いて、ちょっと待っててと言ってキッチンに向かう。朝食を抜いてきて正解だったな、と少し安堵する。
ルオ家の後継者候補に選ばれるまでは大学院に通っていたユイミンは、一人暮らしが長く料理が得意だったし、他人に手料理を振る舞うのが好きだった。食事を断ったからと言って露骨に不機嫌になったりはしなかったが、自分の命綱を握る人間には出来るだけ上機嫌でいて欲しいと思う程度にはアンジェロも命が惜しかった。
10分も経たずに、チーズオムレツとカリカリに焼いたベーコン、温めたクロワッサンという、そこそこ値の張るホテルの朝食のようなメニューがテーブルに並ぶ。
「さあ、冷めないうちに食べよう。いただきます。」
「ご馳走様です。」
ユイミンに礼を言ってから、一緒にテラス席で食卓を囲む。陽光を反射してプールがきらきらと輝き、宇宙暮らしの長いアンジェロは思わず目を細めるが、地球のニューホンコンという亜熱帯地域育ちのユイミンは楽しげだった。
パラオの豪邸のような華麗さはないが、優雅で開放的な雰囲気のこの場所をユイミンはことのほか気に入っていた。戦闘の記憶はまだあるにせよ、屈託のない笑顔を見せる様子にアンジェロはひとまず安堵する。
他愛ない会話を交わしつつ朝食をあらかた食べ終えたところで、本題を切り出そうとする。
「ところでユイミン様、昨日警備隊の知人に聞いたのですが、駐留連邦軍に妙な動きがあるそうです。」
そう言われてもピンと来なかったのか、ユイミンはきょとんとした顔で答える。
「妙って、どう妙なんだい。ああ、ちょっと待って、冷蔵庫にフルーツの盛り合わせがあるんだ。取ってくるね。」
そう言ってキッチンに向かおうとした瞬間、血相を変えた秘書官が飛び込んでくる。
「どうしたんだい、そんなに慌てて。」
「市長官邸に連邦軍が突然押し入って…たった今、テロ支援容疑で市長が連行されたそうです!」
「なっ…」
怪訝な顔をしていたユイミンはそう言って絶句して、呆然と立ち尽くす。アンジェロも早すぎる、そして予想外の動きに一瞬固まりながらも、経験の差で素早く立ち直り、手元の携帯端末で情報を集める。
「…っ、これを見て下さい!」
そう言ったアンジェロの手元の端末を、ユイミンと秘書官が食い入るように見つめる。端末には連邦の政府広報のストリーミング配信チャンネルが映り、連邦政府報道官が威圧的に声を張り上げている。
「本日午前、サイド6駐留の連邦軍憲兵隊は、サイド6のテイラー市長をフォン・ブラウン襲撃事件の首謀者の一人として逮捕した。連邦政府はサイド6のテロ支援容疑を深刻に懸念し、真相の究明と再発防止に向けて一層努力する。」
なるほど、何が何でもサイド6側に隠そうとするわけだ。まだ混乱している頭でそんなことを考えていると、秘書官が震える声で言うのが聞こえた。
「サイド6自治基本法では、市長が職務を遂行出来なくなった場合、副市長がその任に当たることになっています。…ルオ副市長、あなたはいま、サイド6の最高責任者となります。」
それもそうか、という淡々と納得する気持ちと、まさか本当に、という驚きの両方を感じながらユイミンの顔を伺う。さっきまで上機嫌だったユイミンは、生気のない顔でフラフラと椅子に座り込み、頭を抱えながら悪夢だ、と短く呟いた。
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