機動戦士ガンダムUC101 エピソード・オブ・アンジェロ 作:なゆ太
それなりに大きな戦いに図らずも巻き込まれる人達の話なので、どういう考えや話し合いの末に決断したかとか、少し念入りに書いてみたくて1話まるまる使ってみました。
「なるほどね。アンジェロが血相を変えるのも分かるよ。ティターンズという名前は、アースノイドにとっても忌まわしいものだから。」
アンジェロの報告を聞いたユイミンは、顔をしかめてティターンズという名を口にしながら、ため息をついて黙り込む。
「ユイミン様、調査の名を借りた進駐だけでも問題ですが、そこにティターンズの残党が加わっていると聞いては、到底受け入れられる話ではありません。何としてでも阻止すべきです。」
しびれを切らしてそう言ったアンジェロの顔をちらりと見てから、ユイミンは気まずそうに視線を逸らして事務的な口調で告げる。
「さっきステファニー伯母さんから連絡があったよ。ティターンズの件以外は、いま聞いた話とほぼ同じ内容だった。サイド6はサイド2に進駐、いや、はっきり言えば占領される。それを受け入れる代わりに、ルオ商会が持つ権益は全て保護される。そういうことで、話がついてるそうだよ。」
「その話を了解されたのですか。」
聞くまでもないことと分かっていながらも思わずそう尋ねると、ユイミンは滅多に見せない鬱陶しそうな顔で答える。
「これは命令なんだ。僕に選択権はないよ。」
そう言ってから、言い訳するように付け加える。
「もちろん、僕らの身分も保証される。そう悪い話じゃない。」
君にとっても、とはユイミンは言わなかったが、そういう意味合いが含まれているのは明白だった。なにしろ、ジオン残党が引き起こした襲撃の調査がサイド2の大義名分なのだ。アンジェロを売って利益を得ることも容易い、むしろそうしなければリスクを抱えることになる。それでもアンジェロの身分を保証すると言うのだ。ユイミンがその点だけはステファニー・ルオに念押ししてくれたのであろうことは想像がつく。そのことに感謝する気持ちは、無論ある。けれど、それより遥かに大きな感情が、口をついて出た。
「ユイミン様、私が幼少期にグローブでどんな目に遭ったか、お話したことがありましたね。私はもう二度と…あんな光景を見たくはありません。」
今でも鮮明に思い出す悪夢が脳裏にちらつき、思わず両手を握りしめながら、震える声を絞り出すようにして言う。強大な軍事力が最も歪んだ形で用いられた時、市民の平穏な生活は卵の殻のように叩き潰され、何千何万もの人々が命を奪われ、あるいは一生癒えない傷を負うことになる。それは旧西暦時代には幾らでも実例があるし、宇宙世紀になってからも更新され続けていて、アンジェロはその地獄を誰よりもよく知っていた。
「僕だって、別に見たいわけじゃないよ。だけど…」
ユイミンは一旦言葉を切ってから、懇願するような、許しを請うような口調で続ける。
「…だけど、本当に、どうしようもないんだ。僕には何の力も無い。ルオ家の中でも、サイド6でも。君だって、僕が行政庁や警備隊の中でどう見られてるか、よく分かってるだろう?僕の言葉なんて、誰も真剣に取り合おうとしない。役人の人事みたいな些末なことでさえそうなのに、こんな重大な問題、どうしろっていうんだ。」
懺悔するようだったユイミンの話ぶりは、次第に恨みと憤りの混じったものに変わっていったが、それはともかくとして、言いたいことは分からないではなかった。サイドにおける市長の権限は限定されたものだ。議会の支持や人脈や世論の支持がなければ、出来ることはそう多くない。まして前市長が逮捕されて繰り上がりという経緯で、そう遠くないうちに地球に帰る人と思われているのだから尚更だ。
「ユイミン様の仰ることは、分かるつもりです。市長と言ってもあなたのお立場は強くない。それでもあなたは、特別な存在です。地球の最も有力な一族の一つの出身で、10億の市民が住むサイドの市長だ。何もしないことが許されるはずはありません。」
勢いのままに言い切ってから、自分の言葉の強さに自分自身で驚く。誰かに何かをする義務があるなどと、偉そうに説ける立場では決してないはずなのに。ティターンズという名前が、あるいはその響きが呼び起こす幼少期の悪夢が、こんな気持ちを呼び起こすのだろうか。
そんな昂ぶった感情をぶつけられたユイミンの方は、反発するでもなく頭を抱えている。それから、自分の腕に付けられた鎖のことを思い出して、自分の命を握る人間に食ってかかっているという事実に可笑しな気分になる。ユイミンがもしもっと苛烈で不寛容な人間だったら、きっとあんなことは言っていなかっただろう。感情を抑えきれず吐き出したように見えて、実際は無意識で計算しているのだ。穏和で自分の過去に同情している彼なら、この程度なら十分許容範囲だと。そこまで思い至って、申し訳ないような、気恥ずかしいような思いを抱く。
「出すぎたことを申しました。お許しください。」
そう言って頭を下げ、下がろうとしたところで、ユイミンに縋り付くような声で呼び止められる。足を止めて振り返ると、ユイミンはしばらく苦悩の表情を浮かべてから、やがて絞り出すような声で言う。
「…一つだけ、方法があるよ。」
アンジェロの視線の先で、ユイミンは弱々しい、困ったような笑みを浮かべている。無言で続きを促すと、ユイミンは躊躇いがちに言う。
「ティターンズの件も含めて、サイド2による進駐の脅威をまとめたレポートを情報部に作らせる。それを君と親しいハロルド・グリーン中佐の名前で市長への公開書簡として発表して、世間の耳目を集めるんだ。」
「市民の警戒心を高めて徹底抗戦への流れを作るわけですか。」
「それもあるけどね。そういうものがあれば、本当に酷い事態になった時に、脅威を見過ごしていた責任者が責められる。つまり僕だけど。そうなれば、ルオ家の名前も失墜する。そのリスクを盾にステファニー伯母さんを動かせれば、あるいは…」
自分自身を危険に晒すことでルオ家の行動を促すというユイミンの言葉に、アンジェロは思わず言葉を失う。ルオ家の評判を盾にとるのは、確かに可能性のあるやり方ではあったが、リスクの大きい、分の悪い賭けでもあった。
「よろしいのですか?ルオ家は、いざとなれば…」
あなたを容易に切り捨てるでしょう、という言葉は、さすがにするりとは出てこない。そんなアンジェロの悩ましげな顔を見ながら、ユイミンはどことなく他人事のような調子で言う。
「言いたいことは、分かるつもりだよ。アンジェロ、僕はね、面倒ごとは嫌なんだ。生き馬の目を抜くルオ家の後継者レースなんて加わりたくないし、連邦政府と対立なんて真っ平だ。ただね…」
そう言って一旦言葉を切ると、アンジェロの顔をちらりと見てから、少し気恥ずかしげに言う。
「権力を持った人間が、その力をきちんと使わないと、弱い立場の人間がどれだけ酷い目に遭うか。その残酷な現実の証人が、僕の身近にいるからね。だからまあ…地位に相応しい義務というのを、果たそうと思うよ。出来る限りでね。」
ユイミンの言う「証人」がアンジェロ自身であることは、言われずとも分かった。自分の過酷な過去がこんな形で誰かの人生に影響を与えることは複雑な気分だったが、それ以上に困難な決断を下したユイミンに感謝と、敬意と言っていいような感情を覚える。
「立派なご覚悟です。誰にでも出来ることではありません。ユイミン様にお仕えして良かったと、はじめて心の底から感じます。」
「はじめては余計だよ。」
ユイミンはくすりと笑ってそう指摘すると、失言に気付いたアンジェロが言い訳する間もなく、少しふざけたような口調で言う。
「最近、カリブの島に海が見える別荘を買ってね。ルオ家を追い出されたら、そこで世捨て人として暮らそうかと思ってるんだ。一人で無聊をかこつのも悪くないけど…良ければ、ついて来てくれるかい?」
「地球の環境にはまだ慣れませんが、それでも構わなければ喜んでご一緒しますよ。」
「それは良かった。楽しみになってきたよ。」
本当に楽しげな顔でそう言ってから、ユイミンは顔色も変えずに続ける。
「もしそれが叶わず、手枷をはめられるようになったら。その時は、僕のことを殺してくれるかい。」
あまりにも淡々とした口調で発せられた言葉だったので、アンジェロは思わず耳を疑ってから、その意味を理解する。
ユイミンの死は、そのままアンジェロの死をも意味する。要は、一緒に死んでくれ、それだけの覚悟はあるか、ということだ。
抵抗の試みが失敗すれば、ユイミンもルオ家から切り捨てられ、ジオン残党と共謀した反逆者とみなされる可能性は高い。反逆者を待つのは極刑だ。それならばいっそ殺してくれというのは、それほど突飛な話ではない。自分達がいかに危ない選択をしようとしているか実感してから、可能な限りの誠実さを込めて答える。
「…誓って、ユイミン様のお望みどおりに。」
「それを聞いて安心したよ。」
そう言うユイミンの声は、心底安堵しているように聞こえた。
ユイミンの指示どおり、アンジェロは情報部と協力してサイド2の「調査団」のことを調べ上げた。キャメロン参事官の言葉どおり、サイド2警備隊には過去にティターンズに参加していた将兵が多数所属しており、中には30バンチ事件への関与が疑われる者まで存在した。
その情報を共有すると、ハロルドもすぐに危機感を示してくれた。ハロルドは各サイド警備隊の合同訓練に何度も参加しており、サイド2警備隊のモラルの低さを身をもって知っていたらしく、一度話をしてからはアンジェロよりも熱心にレポートの発表に向けて取り組んでくれた。それも当然だろう、ここは彼の故郷で、年老いた両親と結婚を控えた妹が住んでいるのだ。
サイド6の英雄、ハロルド・グリーン中佐が前面に立って行った記者会見はメディアからそれなりの注目を集め、「サイド2の脅威」に対して一部の市民は警戒心を示した。だがそれだけでは、サイド6全体を徹底抗戦に向かわせるには力不足だった。多くのサイド6市民は、あの一年戦争を何とか無事に乗り切った自分達の故郷に脅威が迫っていると、本気では信じられなかったのだ。
そんなサイド6の世論を一気に沸騰させる事件が、ハロルドが記者会見を行った数日後に起こる。「リトル・リーアの悲劇」と呼ばれる惨劇である。
サイド2には、サイド6出身者が集まって住むエリアがあり、そこはサイド6の通称からリトル・リーアと呼ばれていた。そのエリアがサイド2の過激派に襲撃され、警察の出動が遅れたこともあって、多数の死傷者が出た。
燃え上がる家や車、荒らされた部屋、傷ついた同胞の映像がサイド6市民を震撼させた。中でも幼い弟を暴徒から庇って血だらけになった10歳の少女の姿はサイド6市民に恐怖と不安、そして爆発的な怒りを与えた。
映像が出回って数時間後には、多数の市民が路上に繰り出し、口々に叫んだ。サイド2の野蛮人どもを絶対に許すな!奴らを叩きのめせ!暴走する群衆のエネルギーは制御不能で、治安部隊は官庁街への侵入を阻止するために催涙弾を放ち、街は大混乱になった。
街に繰り出さなかった市民の間でも、サイド2への怒りと恐怖は一気に拡散された。その局面で、これまでさほど注目されてこなかった「ティターンズの残党」の存在がにわかにクローズアップされた。サイド2の奴らはあのティターンズと組んでいる悪魔どもだ、スペースノイドの裏切り者だ。その言葉はサイド6市民の怒りと恐怖にある種の正当性を与え、サイド2への非難はいよいよ強まった。
高まる世論に押されて、サイド6議会はサイド2からの調査団の受け入れを全面的に拒否する決議を採択した。この動きをサイド2は「真相解明を邪魔しようとする卑劣な妨害行為」と強く非難し、調査の断行のために警備隊を動員すると表明する。両サイドの間には、瞬く間に一触即発の空気が漂った。
「まさか本当に…こんなことになるなんてね。」
警備隊が臨戦態勢に移行し多忙を極める中で、空いた時間を縫って官邸に赴くと、ユイミンは頭を抱えていた。
ユイミンは確かにサイド2への抵抗を決断したが、まさか本当に戦争になるとは想定していなかったのだろう。実際、彼が企図していたのは世論を喚起してルオ家を動かすことまでで、そこから先は奔流に飲み込まれるようにして事態が進んでしまったのだ。
「私も圧倒されています。ティターンズの残党という話も、最初はあまり関心を持たれなかったものが、リトル・リーアの悲劇以来、一気に注目されて。こう言っては何ですが、絶妙なタイミングで事件が起こったというか、出来すぎているというか…。」
どことなく釈然としない顔でアンジェロが言うと、ユイミンも苦笑混じりに答える。
「やっぱり君も不審に思うかい?」
「情報部から色々と聞いていますので。彼らが正直に全部話しているかは疑問ですが、それでも不審な点が多すぎます。」
「僕もルオ家のつてを使って色々調べたけどね。少なくとも、誰かが明確な意図を持って一部の過激派を扇動したことはほぼ間違いないと判断してる。その誰かの正体や意図は、分からずじまいだけどね。」
ユイミンの話はアンジェロの認識と一致していたので、無言で頷いてから、一拍置いて言う。
「もちろん、ティターンズの残党という情報がなければ、世論はここまで盛り上がらなかったでしょうが…。襲撃を扇動した連中は、そこまで計算していたのでしょうか。」
「当然、そうだろうね。むしろね、ティターンズの残党が云々という話は、単なる餌なのかもしれない。」
「どういうことです?」
予想外の話に思わず声を潜めて言うと、ユイミンは手元の情報端末に幾つかのデータを示しながら説明する。
「気になって調べてみたんだけど、グリプス戦役後、多数のティターンズの残党が各地のサイド警備隊に回されてるんだ。既に組織が固まってたサイド6と当時ジオン共和国軍だったサイド3以外、つまりサイド1、2、4、5の警備隊だね。それで、これらのサイドにおけるティターンズ出身者を比較すると…」
ユイミンの言葉と共に情報端末に4つのグラフが表示される。その4つは、ぱっと見では殆ど差異が見つけられない。
「見ての通り、どこもほぼ均等にティターンズ残党が散らばってる。敢えて言うなら、サイド2は少し多めで、サイド5は少なめだけど、大した差じゃない。つまりね、サイド2にティターンズの残党がいるのは事実だけど、それは別に特別なことでも何でもないんだよ。だけど、いまこの状況でクローズアップされることで、世論を決定的に動かしたわけだ。」
「つまり我々は、本質的には無意味な情報に踊らされ、まるでセンセーショナルなスクープのように取り扱ったということですか?だから、餌だと。」
その餌に見事に引っかかった自分の間抜けさに情けなくなりながら言うと、ユイミンが慰めるように言う。
「何はともあれ、サイド2警備隊にティターンズの残党が混じってるのは事実だし、モラルが劣悪なのも事実だ。彼らの侵入を阻止することの意義が無くなったわけじゃないよ。」
「それは、そうですが…。」
納得しきれないでいると、ユイミンが困ったような顔で言う。
「どっちにしろ、戦いはもう止められない。じき正式な発表があるけど、サイド6駐留連邦軍の一部が義勇軍として警備隊に加勢することになったよ。それを聞いて、警備隊の上層部も覚悟を決めたみたいだ。」
「駐留軍が警備隊に加勢…本当ですか?」
「最近は駐留軍にもサイド6出身者が増えてるからね。故郷を蹂躙するのを見過ごせないって声に押し切られたらしい。」
「そこまで計算しているのでしょうか。今回の事態の裏で画策している勢力は…。」
アンジェロの疑問に、ユイミンは考え込みながら言う。
「どうだろう…誰かが戦争を意図しているというより、連邦の政府や軍の様々な勢力の思惑が絡み合って、結果的にこうなっただけかもしれない。サイド6派とサイド2派が暗闘していて、リトル・リーアの悲劇はサイド6派が糸を引いているのかも。」
なるほど、と頷いて、確かにその可能性もあるなと思っていると、ユイミンが悩ましげに言う。
「ただ、僕にはどうしても分からないことがあるんだ。今回、連邦はサイド2に肩入れしすぎてる。あそこは未だに再建途上の貧しいコロニーで、有力な人脈もないのに、どうやって連邦を味方に付けたんだろう。それがどう考えても分からない。」
その疑問に、アンジェロは自分自身の経験から思わず安直な仮説を口にする。
「身近なところでは、ビスト財団が秘密を握って利益を得ていましたが…。」
「なるほど、サイド2にもラプラスの箱があるのか。それは面白いね。どんな秘密か、僕も知りたいものだよ。」
ユイミンはくすくす笑いながら言う。無論、本気ではないだろう。アンジェロも、あまりに安直な発想に自分自身で呆れてしまう。自分の人生の周りで地球圏の歴史を動かす秘密が幾つも出てくるはずがない。
「まあ、サイド2の魔力の謎はともかくね。僕らはもしかしたら、歴史の境目に立ってるのかもしれないよ。ジオンも連邦も主体とならない、スペースコロニー同士の争いが戦争になるのは、宇宙世紀始まって以来のことなんだからね。」
言われてみればそうだ、と思ってから、そのことが指し示す可能性にアンジェロは息を飲む。
「連邦の統制力が落ちている、ということなのでしょうか。」
「その可能性は、十分にあると思うよ。警備隊の牽制が主任務だったはずの駐留軍の中から、警備隊と協力してサイド6を守ろうという声が抑えきれないほど出てきたのは、中央と現場の乖離を示しているし、乖離が止まらなければ分裂に行き着く。無論、今すぐの話ではないだろうけど。」
ユイミンはそう言ってから、アンジェロの顔をまじまじと見つめながら問う。
「ねえアンジェロ。君にとって、地球はどんな存在だい?」
「地球、ですか…。かつては、嫌いでした。重力に魂を引かれた頑迷な人々、宇宙の民を縛り付ける支配者の住む星だと。ユイミン様と共に地球のあちこちを訪ねて、美しい場所、歴史ある街の沢山ある場所なのだと感じて…エレズムの考え方も、理解できるような気がします。」
アンジェロなりに精一杯肯定的な地球への見方を口にしたのだが、ユイミンはどこか寂しげな顔をしながら、縋るような口調で言う。
「アンジェロは、地球のことを故郷だと思うかい。」
その問いに肯定して欲しいのだと、アンジェロは言われずとも気付く。だがそれはアンジェロの内心と反するし、ユイミンは恐らく、口先だけのごまかしを求めてもいないはずだった。
「地球は美しいと感じますが、故郷と思ったことはありません。私の故郷は、コロニーの人工の台地、絶対零度の宇宙空間、宇宙の戦場を駆けるモビルスーツのコクピットの中です。」
アンジェロの答えに、そうだろうね、と呟いてから、ユイミンは俯いたまま続ける。
「僕はね、連邦政府が曲がりなりにも正統性を保ってきたのは、スペースノイドが地球への郷愁が持っていたからだと思うんだ。少なくとも、宇宙移民の第一世代、第二世代くらいまでは、その気持ちがあったと思う。」
「そういえば…私の祖父は移民第一世代で、成人するまで地球で過ごしていたせいか、何度か会った時に地球のことを懐かしそうに話してくれたのを覚えています。」
アンジェロの回想に、ユイミンは無言で頷いてから、遠い目をして言う。
「そういう気持ちが、連邦の正統性を曲がりなりにも保ってきたのだと思う。でも、移民の第三世代、第四世代と下るに連れて、その気持ちは薄れ、無くなっていく。それは連邦の支配の正統性をゆっくりと着実に掘り崩すかもしれない。」
ユイミンの顔に浮かぶ憂いに、アンジェロは共感することができない。それこそまさに、アンジェロが命をかけて仕えた男の望みだったのだから。そんなアンジェロの内心を知ってか知らずか、ユイミンが遠い目をして言う。
「人の気持ちが、歴史を動かすんだよ。」
どう答えていいか分からず戸惑っていると、ユイミンとアンジェロの携帯端末がほぼ同時に鳴る。
「警備隊が出撃を決定したそうだよ。アンジェロのところにも知らせが来たようだね。」
「全将兵に緊急招集がかかりました。…いよいよですね。」
急いでユイミンの前を辞そうとすると、弱々しい声で引き止められる。
「気をつけて、アンジェロ。どうか無事で。」
結果的に戦争を引き起こすきっかけの一つを作ってしまったユイミンの苦悩に気付きながら、アンジェロは気の利いた慰めの言葉など持ち合わせていない。一瞬考えた後、軍人らしい言葉を口にする。
「戦勝記念パーティーの準備は念入りにお願いします。…袖付きの誇りにかけても、ティターンズの残党なぞに落とされるつもりはありません。信じて待っていて下さい。」
「信じるよ。僕を守ってくれたその腕で、今度はこの街を守って欲しい。健闘を祈る。」
ユイミンはそう言って立ち上がると、見よう見まねの敬礼をする。アンジェロは指先まで整った完璧な答礼をしてから、執務室を出る。
官邸から軍の基地まで移動する間にも、軍の車列や駆け回る兵士を幾度も見かける。ラプラス紛争以来の大きな戦いは、目前に迫っていた。
相変わらず更新ペースが遅くて申し訳ないのですが、一応あらすじは決まってますし、書きたいシーンもあれば、出したいキャラもいて(いずれバナージとか出てくる予定なんです)、ちゃんと完結させたいと思ってるので、もし良ければ来年もお付き合い頂ければ幸いです。
あと、需要は無いと思いつつ、ツイッターアカウントを作ってみました。
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何はともあれ、年内にもう1話更新出来て良かったです。皆様、よいお年を。