機動戦士ガンダムUC101 エピソード・オブ・アンジェロ   作:なゆ太

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随分お待たせして申し訳ありません。4ヶ月も間が空いたので、エタってると思われた方もいるかもしれませんが、ちゃんと完結させる気持ちはあるので、気長にお待ち頂けると幸いです。

更新をサボってる4ヶ月の間に新型コロナウイルスのパンデミックで世界が一変してしまい…自分でもこれを書いてて、本当に短い間に世の中が変わってしまって驚いています。
困難な状況ですが、少しでも拙作を楽しんで頂けて、いい暇つぶしになったとでも思って頂ければこれに勝る喜びはありません。


発火

「やれやれ、やっとメシにありつけるな。ここのマズいメシでも、今なら美味く感じるかもな。」

 士官学校時代からの悪友のレオナルド・マクスウェルの軽口に「どうかな」と言って肩をすくめながら、カナメ・アークライトは手元のトレイに目を向ける。空腹は最高の調味料という古来からの格言があるが、その最高の調味料でも食欲を喚起するのが難しそうな食べ物が並んでいる。

 同じ連邦軍とはいえ、配属場所によって食糧事情は全く異なる。流通事情の良い大都市近郊の基地や生産地に近い基地ほど良く、辺境の基地ほど悪くなる。その点ではサイド2駐留軍はそう不利ではないはずだが、どういうわけかここの食事は恐ろしく不味かった。物資の横流しが大規模に行われており、駐留軍の上層部も絡んでいるという噂があったが、半年前に基地に着任したばかりの「外様」の二人には真偽を知る機会は無かった。

「くそっ、やっぱりいつ食ってもここのメシはマズいな。こんなもんばっか食わせてると、いつか反乱が起こるぞ。」

「黙って食え。お前の騒がしい声を聞いてると、不味い飯がもっと不味くなる。」

 鬱陶しそうにカナメが言うと、レオナルドはなお不満げにぶつくさ言ってから、半ば無理やり口に詰め込むようにして食事を続ける。レオナルドの軽口が聞こえなくなると、今度は近くのテーブルに陣取る兵士達の会話が耳に入ってくる。

「しかし、サイド6の腰抜けどもが本気で戦うつもりとは驚きだぜ。世間知らずなルオ家の御曹司に旗を振られて、自分から砲火の中に飛び込んでくるんだから、馬鹿な奴らだ。」

「俺が聞いた話だと、そのルオ家の新市長ってのを、側近の若い軍人が籠絡してるらしいぜ。それで、その軍人ってのが実はジオン残党で、戦いの裏でザビ家の復活を企んでるらしい。」

「死の商人に亡霊ども、平和の敵が勢揃いってか。そいつらをまとめて叩き潰せば、宇宙も少しは平和になるぜ。」

 リーダー格らしい男の言葉に、周囲の兵士も同調して盛り上がっている。サイド2出身者が大半を占める駐留軍の中ではサイド2寄りの世論が圧倒的で、国際的な批判を浴びた「リトル・リーアの悲劇」も、サイド6の工作員が仕掛けたものという見方が多数派だった。そして、そのサイド6の裏にはジオン残党がいる、という分かりやすい陰謀論もかなり人気を集めていた。

 月面都市出身のカナメはサイド2駐留軍のそういう空気に完全には馴染めなかったし、ジオン残党云々は常識的に考えてあり得ないだろうと思っていた。計算高いルオ家のことだから、裏で手を組んで利用したことはあるかもしれないが、今の情勢ではとっくに切り捨てているだろう。

「馬鹿げた話だよな、今さらジオン残党がサイド6を操ってるなんて。ジオン公国どころかジオン共和国も無くなったってのに。」

 呆れたようなカナメの顔を見ながら、レオナルドが囁くように言う。軍人として謹直かどうかはともかく、どんな時でも冷静な判断力を失わないのは士官学校の頃から変わらなかった。無言で頷いて賛同の意を示すと、レオナルドは再び声を潜めて言う。

「サイド6の方でも、駐留軍の一部が警備隊に同調する動きがあるらしい。」

「連邦軍同士でやり合うことになるってのか!?そんなことが…」

「グリプス戦役もそうだったろうが。そこまで驚くようなことでもないさ。」

 さすがに驚いて絶句するカナメに、レオナルドはあくまでも冷静に指摘する。グリプス戦役で戦ったのはどちらも連邦軍の一派であり、確かにそういう意味では同じだ。とはいえティターンズやエゥーゴという名前が前面に出ているから、連邦軍同士の対決という印象は相対的に薄い。今回は駐留連邦軍同士の対決であり、連邦軍の分裂という印象はずっと強い。

「だからって…向こうにだって、俺たちの同級生がいる。連邦軍同士で対決なんて、冗談じゃない。上は何を考えてるんだ!」

 ほんの数ヶ月前に共に卒業を祝った士官学校の仲間と戦うかもしれないと言う想像に、カナメは思わず声を荒げるが、レオナルドは嫌味なほど冷静に答える。

「上は俺達のことなんか数字でしか見てないさ。そんなもんだろ、軍隊組織なんて。」

 巨大な組織というのは非人間的なものだし、地球連邦軍はその最たるものだ。頭ではレオナルドの言葉が正しいと分かっていても、つい感情を吐き出してしまう。

「一緒に苦労した仲間に銃を向けるかもしれないんだぞ!よくそんな冷静でいられるな。」

「俺は学費が払えなくて仕方なく士官学校を選んだクチなんでね、悪いがそこまで思い入れはないのさ。…お前のそういう甘いところ、俺は嫌いじゃないけど、もし本当に戦争になったら命取りだぞ。」

 さりげない警告を込めた大人びたレオナルドの言葉に、カナメは思わず歯噛みする。想像もしなかった状況、あまりにも無力な自分。連邦軍は地球圏の平和を守る軍隊のはずなのに、今では上層部や政治家の利権争いのおもちゃになってしまっている…。

「おい、放送だぞ。」

 考え込んでいると、レオナルドに小突かれる。幾つかの船の乗組員に緊急招集をかけるもので、中には二人の乗艦も含まれていた。それを聞きながら、レオナルドが嫌味っぽく言う。

「やれやれ、やっとここの不味い飯ともオサラバか。もっとも、船のメシはもっと酷いだろうけどな。」

 

 サラミス改級巡洋艦・ゼーラント。サイド2駐留艦隊第二戦隊に所属するこの艦はいま、サイド6近傍に進出していた。艦内の狭いブリーフィングルームに多くの兵士が集まり、基地から派遣された情報参謀の説明を聞いている。

「このように、B3からF7までの空域には、特に多くのデブリが漂っている。これらのデブリにおけるサイド6側の防備状況を探ると共に、デブリの正確な軌道を観測することは、予想される戦闘に備えた不可欠な情報収集である。」

 参謀の説明と共にこの艦の索敵範囲がディスプレイに指し示された。サイド2とサイド6は共にラグランジュ4に位置するが、その軌道は暗礁空域と近接している。特に今の時期、サイド6は暗礁空域の近くに位置しており、暗礁空域から流れてきた多数のデブリがサイド6近傍を漂っていた。

 このデブリ群は当然、サイド6の防衛戦略に組み込まれていた。デブリに伏兵を置けば奇襲が可能だし、臨時基地を設置して兵站拠点として活用することも出来る。サイド6侵攻を目指す以上、大きな障害だ。他方で、無数のデブリの現状についてはサイド6も完全には把握出来ておらず、サイド2側が軍事利用することも可能と考えられていた。そのための偵察任務が、ゼーラントを含む数隻に与えられたのだ。

「索敵途中にサイド6警備隊の妨害を受けた場合、どのように対処すべきでしょうか。」

 パイロットの一人が発した質問に部屋の空気が固まり、カナメも思わず息を呑みながら参謀の方を見つめる。連邦軍と各サイドの警備隊は、本来は味方だ。基地では威勢の良いことを言っていても、いざ引き金を引く事態が目前に迫れば、誰でも戸惑うのは当たり前だ。部屋中の視線が集まる中で、参謀は顔色も変えずに言う。

「我々は連邦正規軍だ。警備隊に我々を制止する権限はない。現時点での交戦は望まないが、必要とあれば実力行使も止むを得ない。」

 その言葉に室内がざわつく。サイド間の軍事衝突の最初の引き金を自分たちが引くかもしれないというのは、まともな神経を持った軍人なら躊躇って当然だった。そんな中、カナメの隣に座っていたレオナルドが、冷静な口調のまま参謀に尋ねる。

「実力行使というのは強行突破や警告射撃を指すのでしょうか。それともそれ以上のものを指すのでしょうか。」

「サイド6警備隊に対する交戦規定は所属不明機に準じたものとなる。それが答えだ。」

 参謀の言葉に室内は再びざわつく。所属不明機は通常、ジオン残党を指す言葉だ。いくら緊張状態とはいえ他サイドの警備隊をジオン残党と同列に扱うかのような言葉には、本当にそこまでするのか、という戸惑いに似た反応が広がる。その動揺を鎮めるように参謀が言う。

「諸君、知っての通り、サイド6首脳部は先日のフォン・ブラウン襲撃事件に関与し、ジオン残党と結託している可能性が極めて高い。にも関わらず彼らは調査団の受け入れさえ拒否し、正当な捜査を妨害している。我々の行動は真相の究明と自衛のための止むを得ないものだ。諸君の懸念は理解するが、真実と平和のために断固とした行動が必要だ。」

 理路整然とした言葉に、室内のざわめきは一旦落ち着く。なんと言っても、サイド2はフォン・ブラウン襲撃で首脳を失っている。一年戦争中に中立を保って漁夫の利を得たサイド6に対する感情は元々あまり良くなかったが、今回の事件でその感情は決定的に冷え込んでいる。その感情を呼び覚ませば、サイド6警備隊との交戦への心理的障壁はぐっと低くなる。そんな場の空気に抗うようにカナメは声を上げる。

「サイド6駐留連邦軍の一部が警備隊に同調する動きがある、と聞いています。もし彼らが前面に出てきたらどうします?」

 カナメの問いに参謀は僅かに視線を逸らしながらも、淡々とした口調のまま答える。

「未確認情報を元にした質問には責任ある返答は出来ないが…サイド6警備隊に同調する者には、誰であれ警備隊と同様の対応を求める。」

「連邦軍同士で撃ち合えって言うんですか!!」

 三度ざわめく室内で、参謀が声を張り上げる。

「サイド6駐留軍首脳部は調査部隊の受け入れを表明している。警備隊に同調しているのは、命令に従わないごく一部の部隊に過ぎない。彼らは軍の命令に従わない反乱分子だ。例え連邦軍の制服を着ていても、彼らは最早連邦軍の一員ではない。もし障害となるなら、躊躇わず撃て。」

 ですが、と言って立ち上がりかけたカナメを、レオナルドが無言で制する。ここで口論しても無意味だと、目で語っている。この参謀は本部の命令を伝えるメッセンジャーに過ぎない。彼に何を言っても方針が変わることはないのだ。思わず歯噛みしながらカナメは一度浮かせた腰を落ち着け、そっぽを向いて黙り込んだ。

 

「デブリ帯における防衛陣地構築は現在約7割が完了しており、48時間以内に全ての陣地構築が完了する見込みです。モビルスーツ部隊と固定砲台により二重の防衛ラインを構築し、これと機動部隊を組み合わせることで有機的な防衛戦が可能となります。シュミレーションでは…」

 市長官邸の大会議室では、スクリーンに映し出されたCGで描かれたシュミレーション結果を、多くの軍人や政府首脳が見守っている。スクリーン上では守備部隊が見事攻撃部隊を撃退する様子が描かれている。もっとも、サイド2側では今頃、全く逆のシュミレーションが映し出されているだろうが、とアンジェロは少し意地悪く考える。ゲリラ同然の貧乏軍隊出身のアンジェロにとっては、派手なCG映像は頭でっかちの参謀の道楽としか思えない。

 シュミレーションをして作戦を練ることが、全くの無駄だとは言わない。だが、戦場は予想外の連続だ。ニュータイプなどという規格外の因子は無視するとしても、兵器の故障、人為的ミス、太陽風やデブリなど自然条件の変化、無数の偶然が戦局を左右する。ましてこのシュミレーションは「サイド6の勝利」という結果を導くための恣意が入っている。そんなものに意味があると考えるほど、アンジェロはお人好しではなかった。

「ありがとう。警備隊は引き続き、防衛戦の準備を進めて欲しい。サイド2との交渉の方はどうかな。」

「連邦政府を介して交渉を呼びかけていますが、相変わらず反応はありません。連邦議会にも働きかけを続けていますが、予想以上にサイド2の側に立つ議員が多く、困難な状況です。」

 ユイミンの問いに答えた交渉担当者は、疲労と困惑を隠せない顔で答える。

「引き続き粘り強く交渉を続けて欲しい。他に何かこの場で報告すべきことはあるかな。」

 そう言いながら、ユイミンの視線が泳ぐ。本当は、自分に助言を求めたいのだろうな、と内心で察する。別に自惚れではなく、他に信頼できる軍事的アドバイザーがいない以上、当然の話だ。将官クラスが居並ぶ場で、末席に過ぎないアンジェロに助言を求めれば、あからさまなえこひいきに映るから控えているだけだ。

 澄ました顔で気付かぬフリをしていると、列席する将官の一人と視線が合う。どうしてこんな若造が、と言いたげな様子で顔を顰めてから、アンジェロに話を振ってくる。

「フェレーロ少佐、軍事顧問として何か言うことはないかね。」

 その言葉に、部屋中の視線がアンジェロに集まる。何を言っても歓迎されないだろうなと思いながら、半歩だけ前に出て周りを見回す。心配そうなユイミンの顔を認めて、内心苦笑しながら口を開く。

「大変よく練られた防衛計画だと思います。ただ、一点だけ気になったのですが、敵の出方によってはこちらの艦隊がデブリ帯に深入りするようですね。」

「確かにそうだが、それがどうかしたかね。」

「デブリ帯への接近は極力避けた方が良いのではないでしょうか。敵が罠を張っている可能性もあります。」

 アンジェロの警告に、作戦参謀が呆れたような声で割って入る。

「デブリ群については事前に十分に調査を済ませてある。敵が利用しようとすれば、すぐに察知出来る。」

「これだけ大規模な衝突が発生すれば、新たなデブリも多数発生しますし、既存のデブリの軌道も乱れるはずです。そうなれば、敵の動きの察知も困難になるのではないでしょうか。」

 そう言いながら、やはり彼らはデブリ帯での戦闘のリスクを理解し切れていない、と痛感する。デブリ帯での戦闘は、宇宙戦というより、むしろ市街戦やジャングルでのゲリラ戦に近い。遮蔽物を利用して奇襲をかければ、寡兵でも大軍と渡り合うことが可能だ。何と言っても、アンジェロはそうやって連邦軍と渡り合ってきた張本人なのだ。だが、その危機感は、同じ経験を有しないものには伝わるべくもない。

「我が軍はデブリ帯に多数の陣地、索敵装置を置いている。どんな状況になろうと、敵を見逃す可能性は低い。」

 作戦参謀は自信満々に言い切る。その自信には危うさを感じるが、これ以上言っても話が通じるとは思えなかった。了解しました、と短く言って口をつぐんだ。

 

 会議が散開して少し経った頃、個人端末にユイミンから連絡が入る。たぶん来るだろうな、と思って官邸内で待機していたので、すぐ行きますと返信して、すぐに市長室に向かう。連絡してから5分もかからず顔を見せたアンジェロの姿に、ユイミンがびっくりした顔で言う。

「早いね。まだ官邸にいたのかい。」

「恐らくご連絡が来るだろうと思ったので。」

 アンジェロの答えに、なるほどねと言って苦笑してから、ユイミンは真剣な表情で言う。

「さっきの会議、どう思った。率直な意見を聞かせて欲しい。」

「部隊の細かい配置の良し悪しについては、何とも言えませんが、そう大きな問題はないのではないでしょうか。さっきも言いましたが、私が懸念してるのは、デブリ帯の危険性の過小評価です。」

 アンジェロはこの歳で少佐という肩書きを得ているとはいえ、士官学校を出ているわけではないし、教科書的な軍事知識は乏しい。だが、暗礁空域やデブリ帯での実戦経験の豊富さでは、サイド6で並ぶものはいないだろう。その経験で導き出したのが、先ほどの警告だった。

「そんなに危険なのかな。アンジェロの言うことを信じないわけではないけれど、何度も調査しているんだろう?」

「今回の戦いは、ラプラス紛争とは比較にならない大規模な衝突になります。戦闘が始まれば、予想を超える数のデブリが発生し、デブリ同士の衝突や流れ弾で既存のデブリの軌道も乱れます。既存のデータなど役に立たなくなることも、十分に考えられます。その危険性は、どれだけ警戒しても万全ではありません。そもそも我が軍は数的に劣勢なのです。虎の子の機動部隊を危険に晒すのは控えた方が賢明かと。」

 両軍の兵力差はほぼ判明しており、サイド2が10とするとサイド6は7といったところだった。サイド2は駐留する連邦軍艦隊がほぼ総力で出撃してくるのに対して、こちらは警備隊が主力で、連邦軍の有志が義勇軍のような形で加勢しているだけなので、兵力差は埋めがたい。装備はほぼ同一、士気や練度についてはややサイド6側に分があるといったところか。

「確かに、これほどの大規模な衝突は、シャアの反乱、いや、グリプス戦役以来かな。サイド6にとっては未知の領域だ。何が起こるか、誰にも分からないか。」

「指揮命令系統も相当乱れるでしょう。二重、三重のバックアップを準備しておくべきでしょうね。レーザー通信網の補強についてレポートを上げています。どこまで真剣に取り合ってもらえるか、分かりませんけどね。」

「僕からも参謀本部に働きかけてみるよ。…どこまで真剣に取り合ってもらえるか、分からないけど。」

 そう言ってくすりと笑ってから、ユイミンは何気ない口調で尋ねる。

「実際のところ、勝てる見込みはどのくらいあると思う。」

「…何とか五分五分、といったところでしょうか。」

 少し考え込んで出した大雑把な計算に、ユイミンは少し安堵した顔を見せる。

「もっと酷い数字を聞かされるかと思ったよ。それだけあるなら、今は負けた時のことは考えないようにするよ。」

 そう言ってから、呟くように付け加える。

「どんな結果になっても、君をむざむざ死なせるつもりはないから。そこだけは安心して欲しい。」

 ユイミンはそれ以上語ろうとしなかったが、指し示すものは明確だ。アンジェロを縛る鎖を外そうということだ。とすると、この戦いに負けた方が、自分は自由になれるのかもしれない。だからと言ってサイド6の敗北を願うほどには利己的ではなかったし、そもそも自由になっても野垂れ死にするだけなのかもしれないのだから、今は最善を尽くすしかない。そんなことを考えていると、軍から支給されている端末が鳴る。

「サイド2の連邦艦隊がこちらに接近しているようです。規模からして、先遣隊、あるいは強行偵察でしょう。私も出ます。」

「前哨戦ならアンジェロが出る必要はないんじゃないかい。」

「ご心配なく。デブリ群の中での戦いにかけて、連邦軍に後れを取るつもりはありません。」

 そう言って、端正な顔に猛禽類の笑みを浮かべて見せる。アンジェロが見せた戦士の表情に、ユイミンは安堵と微かな寂しさの混じったような顔をして言う。

「なるほどね。…武運を祈るよ。」

「はい、行って参ります。」

 敬礼と共に踵を返して部屋を出た。

 

 ゼーラントから発艦したカナメはレオナルドと二機編隊でデブリ帯を進行していた。最初の偵察ポイントまであと少しとなったところで、レーダーに複数の機影が映る。空域管制用の共通周波帯で呼びかけがあったのは、その直後だった。

「こちらはサイド6警備隊だ。接近中の所属不明機に告げる。ここはサイド6の管制空域だ。無許可の航行は認められない。即刻空域を退去せよ。繰り返す、即刻退去しろ。」

 男にしては高音で艶のある声が無線越しに流れてきて、カナメは事前に言われていた通り反論する。

「こちらはサイド2駐留連邦軍、巡洋艦ゼーラント所属の第17モビルスーツ小隊。連邦法及び連邦軍行動規範に基づき、当該空域での哨戒行動中だ。我々の行動はサイド警備隊の制約を受けるものではない。」

 出てきたのが連邦軍ではなく警備隊であることに微かに安堵しながら、教えられた通りの文句を口にする。

「繰り返す、即刻空域を退去せよ。君たちの行動は空域管制規則に違反している。警告に従わない場合は、実力を行使する。」

 険しい警告に、カナメもビームライフルの照準を警備隊機に合わせる。無言のまま数秒が過ぎ、相対距離は急速に縮まっていく。

 

「…警告に従わない場合は、実力を行使する。」

 そう宣言して、アンジェロは緊張と高揚を感じながら二本のレバーを握る。口ではああ言ったが、実際にはこちらから引き金を引くわけにはいかない。ユイミンはまだ交渉の可能性を諦めていないし、仮に戦いになるとしてもこちらが口火を切ったと言われるのは何かと不利だ。だが一方で、これ以上の進行を許せばこちらの陣地が丸見えになってしまう。見逃すことも出来なかった。

 まずは警告射撃で牽制する。三連射で最後はかなり機体の近くを狙うが、連邦機は進行を止める様子を見せない。予想通りか、と思ってから次の行動に出る。

「デブリ帯での戦い方を教えてやるぞ、ひよっこ共…!!」

 舌舐めずりしてそう言いながら、連邦機近くのデブリを幾つか狙い撃つ。そのうちの一つが、目論見通り燃料か爆薬に引火し大爆発を起こす。膨大な光と熱で一時的に視界を奪われた連邦機を、先ほどの射撃で爆砕した無数のデブリが襲う。

 光と熱が収まり視界が晴れると、二機の連邦機のうち片方が、バーニアをやられたのか制御不能な動きでデブリに向かっていき、衝突寸前でパイロットが脱出するのが見える。脱出したパイロットがもう一機のコクピットに収容されるのを見て、アンジェロは二重の意味で安堵する。戦死者が出れば問題は一気にこじれるし、負傷兵を収容した以上、もう一機も撤退せざるを得ないだろう。

 計算通り、残った一機も反転して帰投していく。まずは自分の役目を果たせたようだった。

 

 レオナルドの機体のコクピットに収まりながら、カナメは無言で俯き、しばらくしてから思わず床を叩く。人生初の実戦は、ビーム一発放つことなく機体を失って終わった。相手のパイロットは間違いなく手だれで、まるで赤子の手をひねるようにあっさりと叩きのめされてしまった。しかも直接攻撃を受けたわけではないから、相手が先制攻撃したと非難することも難しい。まさに何の成果も得られなかったのだ。

「…俺たちは何のために、何年も訓練してきたんだろうな。」

 思わず弱音を溢す。カナメもレオナルドも、同期の中では優秀なパイロットだし、自信もあった。それがいざ実戦では、文字通り手も足も出なかった。これほどの無力感を感じるとは、予想だにしなかった。

「俺たちは生きてる。今はそれが最大の成果だ。…生きてれば、雪辱の機会もある。違うか?」

 淡々としたレオナルドの励ましに、カナメは少しだけ気持ちが落ち着く。

「そうだな。ありがとな、レオ。」

「気にするな。お前とは長い付き合いだ。」

 余裕のある笑みを浮かべてレオナルドが言うのを聞いて、彼のいつでも冷静沈着な態度に助けられているんだな、としみじみと思い知る。こういう戦友を持てたのは幸運だ…と思ってレオナルドの顔を見ると、怪訝そうな顔をしている。

「どうした、レオ。」

「いや、さっきの敵機の動き、どこかで見たことがあった気がしてな。確か…そう、ネオ・ジオン残党の袖付きだ。その精鋭部隊が特にああいった戦術を得意にしてると映像記録で見たことがある。」

 レオナルドの言葉と、少し前に基地で聞いた噂話が脳内でリンクする。

「…サイド6のルオ市長をジオン残党の軍人が操ってるって噂があったな。」

 馬鹿げた噂話だと思っていた。だが、こうしてジオン残党の戦術にしてやられた今となっては、その噂が真実で、彼らがこの戦いの首謀者なのではないかと、そんな疑念が一気に強まっていく。

「あれは噂だ。あのパイロットは袖付きの戦術を参考にしただけかもしれないし、あまり考えすぎるな。」

 思考が先走るカナメを制止するようにレオナルドが言うが、その言葉に反してカナメの中では確信が深まっていく。平和の敵、連邦軍を分裂させようとする狡猾な陰謀の首謀者、いまだにザビ家を信奉する狂信者ども…。

「袖付き…俺が必ず、引導を渡してやる!!」

 

 戦いの引き金を引くまいというアンジェロの努力は、結局のところ徒労に終わった。他の偵察部隊を制止するために同時に出撃した他の小隊のうちの幾つが、連邦軍と戦闘状態に陥ったのだ。

「サイド2は我々に最後通牒を突きつけてきたよ。無条件で我々の調査を受け入れろ、24時間以内に受諾しなければ実力を行使するとね。」

 通信端末越しにもユイミンの声は憔悴しているのが分かる。整備兵に指示を出しながら何とか励ましの文句を考えるが、あまり気の利いたものは浮かばない。

「仕掛けてきたのは向こうです。あなたが気に病むことはありません。」

「ありがとう。そうそう、さっきアンジェロが言っていたレーザー通信網の補強計画、採用されたよ。言ってみるものだね。」

「私も提案した甲斐があります。これで少しでも戦局が有利になれば良いのですが。」

 微かな達成感とともにそう言って、もう二言三言交わして通信を切る。アンジェロも忙しい身だし、ユイミンはそれ以上だろう。

 整備兵への指示を出し終え、エメットを呼んで打ち合わせをしていると、第一級戦闘配置への移行が告げられる。誰かが付けていたラジオから、アナウンサーの緊迫した声が聞こえてくる。

「たったいま入った情報です。サイド2駐留連邦軍の全艦隊に出撃命令が出たとのことです。繰り返します、サイド2駐留連邦軍は…」

 全面衝突はもう、間近に迫っていた。




冬コミでアンジェロのイラスト集を買ったのですが、まさかアニメ放送から3年以上経った作品の主役でもないキャラのイラスト集を売ってるとは思わなかったのでびっくりしました(とても綺麗なイラスト集でした)。

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