機動戦士ガンダムUC101 エピソード・オブ・アンジェロ 作:なゆ太
今回は長くなりそうなので、前編後編に分割します。
「…彼らはサイド6の管制宙域を一方的に侵害しながら、戦闘の被害については全て我が方にあると言い張ります。そして、最大限の譲歩を示した我々に対して、無条件の調査受け入れに加えて警備隊の武装解除まで求めてきました。戦争を回避するためのサイド6の努力を踏みにじるような彼らのやり口は、あまりに卑劣で一方的なものであり、もはやこれ以上の妥協は不可能であるとの結論に達しました。何より我々は、自分自身を守る力を自ら手放すことは出来ません。どんな時でも、自身を守るための力を保つということ。あの凄惨な一年戦争を乗り切ったサイド6の教訓を、今こそ思い起こすべきです…」
パブの客たちは、不安げな顔で黙りこくったまま、店の壁面に設置されたテレビモニターを一心に見つめている。普段はスポーツ中継が流され、酔いが回った客達の興奮を煽るそのモニターには、まだ若い市長の真剣だが少し不安そうな顔が映っていた。
「…我々は今なお、地球連邦政府の仲介による事態の打開に望みを託していますが、もはや事態の展開は最悪の局面を予想せざるを得ない状況になっています。よって、本日18時をもって警備隊全部隊に第一級戦闘配置を命じるとともに、予備役の緊急招集を発令しました。現時点では戒厳令は検討していませんが、軍需物資の円滑な生産・輸送のために市民の皆さんの全面的な協力が必要です。また、デマや未確認情報の拡散が予想されますが、慌てず普段通りの生活を…」
市長は繰り返しパニックを避けるよう繰り返すが、就任して数週間で何の実績もない「ルオ家の御曹司」の言葉に市民の動揺を鎮める力があるはずもない。それとなく外を見やると、通りの向かいのスーパーマーケットには早くも人だかりが出来て買い溜めが始まっている。軍需物資の輸送が急増すればただでさえ物流には負荷がかかるのに、そこに市民の買い占めが重なれば大混乱は必至だ。混乱は政府への批判を生み、ただでさえ劣勢のサイド6はさらに追い詰められるだろう。
市長も、側近のあの美青年も、今頃は青くなって駆け回っているだろう。もっとも、彼自身の、あるいは彼の属する組織の意向としてはサイド6に頑張ってもらわねば困る。
「さてさて、お手並み拝見だ。ルオ家の御曹司と袖付きの生き残り、奇妙な組み合わせが化学反応を起こしたら面白いが…」
男は皮肉っぽい笑みを浮かべながら、店員が運んできたフィッシュアンドチップスにたっぷりのビネガーを振りかける。そういえば、あの綺麗な軍人さんに会った時はビネガーなんてふざけた名前を名乗っていたなと思い出し、思わず小さく肩を竦めた。
「見事なスピーチでしたよ、ユイミン様。堂々としたものでした。」
「ありがとう、アンジェロ。嬉しいよ。」
礼を述べながらも、ユイミンは内心気落ちしていた。誰がやっても難しい状況ではあろうが、自分のスピーチはおよそ満足には程遠いものだったと自覚がある。緊張していたし、それを隠しきれなかった。だからといって、未熟な自分にあれ以上の仕事をこなす力などないことも分かってはいる。どうすれば良かったのか、どうしようもないのか。答えのない思考を巡らせていると、気が散って思わずふらついてしまう。
「大丈夫ですか、市長。お疲れなのでは?」
「ああ、ありがとう。大丈夫、少し考えごとをしていただけだよ。」
秘書官にそう答えながらも、疲労は隠しきれない。ここ数日ただでさえ激務が続いていた上に、連邦部隊の侵入があった昨晩はほぼ徹夜で、今日も一日あちこち駆けずり回っている。こっちだって必死にやってるんだ、と無性に叫びたくなるが、成果の見えにくい努力に市民は冷淡だ。コロニーネットには今頃自分の罵詈雑言が溢れているだろうなと考えてげんなりしながら、秘書官の先導に従ってエレベーターに乗り込む。
「市長一行の搭乗を確認。降下後、エレベーターを封鎖しろ。」
「了解。エレベーターを封鎖します。」
同行の警備隊員とエレベーターの外の隊員がそんなやり取りを交わしている。このエレベーターはシェルター機能を備えた地下司令センターに向かう最終便なのだ。自分の到着と同時に司令センターは完全封鎖され、水や酸素まで全て自給される。もちろんシェルターとしての機能も超一級で、特殊素材による三層のシールドで覆われた外殻はゼネラル・レベルの主砲の直撃にも耐えられるという触れ込みである。その分、建設費も桁外れであったらしいが…。
指導者は自分の命を守るためにはどんな労力も惜しまないらしい、と内心で冷笑しながらも、市民に平静を呼びかける自分がこんな場所に入る皮肉も理解している。ユイミン自身の考えとしては、首都バンチが攻撃された時点で戦は負けなのではないかと思うが、軍人や官僚には彼らなりの論理があり、ここに押し込まれてしまった。
「こちらです。足元にお気をつけ下さい。」
エレベーターが司令センターに到着し、中央司令室に向かう。中央司令室は正面に大型モニターが設置され、その前に数十人のオペレーターが並んでいる。天井が高く思ったよりも開放感はあるが、窓もない密閉空間に人と機械が詰め込まれている光景は、無機質で陰鬱な印象を拭えなかった。うんざりしながらアンジェロに愚痴の一つでもこぼそうと携帯端末を見ると、圏外になっている。
「司令センターは携帯端末は使えません。外部との通信時は通信室をご利用下さい。」
「…それはどうも。」
閉口しながら携帯端末をしまい、官邸の主要メンバーが集まる会議室に移ると、秘書官が更に気が滅入るような報告を上げてくる。
「市内各地で市民による物資の買い占めが多発しているようです。既にかなりの混乱状態になっており、一部で暴動に近い動きもあると。」
「敵と戦う前に、内部から崩れるか…。」
思わずそう呟いて頭を抱える。物資の買い占めとそれに伴う混乱に関する報告はその後も続き、会議室の中でも戒厳令の発令を主張する声が大きくなってくる。
「市長、議会幹部と話しましたが、戒厳令の発令に反対する議員は僅かなようです。秩序の回復には断固とした措置が必要かと。」
会議室に集まった警備隊の将軍がそう具申する。部屋の壁面のモニターでは混乱する市内各所の様子が映されている。これを見たら戒厳令が必要という意見も分かる。だがユイミン自身の気持ちとしては戒厳令は避けたかった。個人的に戒厳令という響きが嫌いなこともあったが、それ以上に市民の反発や、対外的なイメージの悪化が懸念材料だった。ただでさえ「ルオ家の御曹司」と見られ印象は悪いのだ。そんな若造が治安機関の武力に頼って市民を抑圧したらどうなるか…。
「このままでは警備隊の円滑な展開にも支障が出ます。市長、ご決断を。」
迫る将軍を手で制し、一瞬逡巡してから決断する。
「使えるものは全部使おう。戒厳令はそれからだ。」
そう言ってから通信室に向かう。これから話す予定の、ユイミンが最も苦手とする女性の一人を脳裏に思い浮かべ、思わず胃が痛くなる。ステファニー・ルオは、一筋縄ではいかない相手だった。
「次の補給、ルオ商会が手を回したらしいぜ。」
「街中の混乱も、商会が在庫を放出したおかげで収まりつつあるらしいな。七光りの坊ちゃん市長でも、たまには役に立つもんだ。」
「おい、やめろ。あそこにいるの、市長のお気に入りの…」
そんな声を耳にしながら、エメット・キャラハンは噂話を超然と受け流す彼の上官、ジョルジュ・フェレーロ少佐の横顔を盗み見る。いつ見ても、モデルのような整った顔だ。およそ軍隊に似つかわしくないこの人が上官と知った時は、随分驚いた。けれどもっと驚いたのは、彼が警備隊でも一、二を争う程のパイロットとしての技量を持つと知った時だ。何しろ、警備隊きってのエースであるハロルド・グリーン中佐と、模擬戦で互角に渡り合ったのだから。
上官としても、仕えやすい人だった。パイロットしても指揮官としても優秀だし、横暴なところもなく、部下の意見もそれなりに聞いてくれる。一方で、どことなく他人行儀でよそよそしく、本心を滅多に見せないところには、見えない壁を感じることもある。ただ、信頼出来ないかといえば、そうでもないというのがエメットの感想だった。
しかし警備隊の殆どの人間にとって、ジョルジュ・フェレーロは何を置いても「ルオ・ユイミンの側近」であった。ユイミンが副市長だった頃からそうだったし、市長になった今ではそれは一層顕著だ。エメット自身も士官学校時代の同期から根掘り葉掘り聞かれている。ジョルジュ・フェレーロ少佐のことも、その向こうにいるルオ・ユイミン市長のことも。少佐はともかく、市長のことなど分かるはずもないと、いつも答えてきたが…。
「あの、少佐。少佐から見て、市長はどんな方ですか?」
これまで敢えて触れないようにしていた上官と市長の関係を唐突に問うたのは、現下の情勢と無縁ではない。市長は警備隊の最高指揮官であり、これから戦争になれば、その命令に従って戦地に赴くことになる。自分達の命と運命を握る相手がどんな人間か、気にならない方がおかしいだろう。そんなエメットの心境を理解してか、少佐もさほど驚いた顔を見せずに言う。
「突然だな。まあ、今の情勢では気になるのも分かるが。」
「申し訳ありません。答えにくいことであれば…」
やはり出過ぎた質問だったか、と後悔しかけたエメットを遮り、少佐は落ち着いた声で言う。
「いや、構わない。当然の疑問だ。私が言うことが、どれだけあてになるかはともかくな。」
そう言って一瞬皮肉っぽい笑みを浮かべてから、少佐は淡々と続ける。
「そうだな…私から言えるのは、あの方は自分に出来る範囲では誠実であろうとしている人間だ、ということだ。」
「自分に出来る範囲では、ですか。」
問い返すエメットに、少佐は頷きながら言う。
「そうだ。自分から悪いことを考えるような人間では無い。だが、聖人君子や英雄というわけでもないだろう。普通の人間だ。良くも悪くもな。」
最後の言葉にはどことなく感傷的な響きがあり、少佐はどこかで「普通でない」人間を見てきたのだろうか、とエメットはちらりと思う。だが、問いにしたのはそれよりもっと気になることだった。
「勝てるんでしょうか、普通の人間がトップで。」
「相手も普通なら、五分五分だろう。もしそうでなかったら…」
そう言って、少佐は肩をすくめて見せる。どこか達観した様子だが、こちらはそう悠長に構えられない。食い下がるように、問いを重ねる。
「でも、少なくとも勝とうとはしてるんですよね。そうでなければ、備蓄品を放出したり、輸送船を手配したりするはずがない。」
エメットの言葉に、少佐は苦笑まじりに言う。
「当然だ。世の中には陰謀論が好きな人間も多いだろうが、私も市長もここで勝てなければ次はない。ルオ家にもサイド6にも、もちろんサイド2やジオン残党にもな。」
それは、警備隊で流れている種々の噂…市長がサイド6を見捨てて逃げ出す、あるいは裏でサイド2と手を結びサイド6を売り渡そうとしている、その背後にジオン残党がいて少佐はその手先だ…などという類のものは全くデタラメだ、と言っているようだった。根拠はなくとも、不安を煽る噂は人口に膾炙し、疑心暗鬼を産む。サイド6警備隊は、何もしなければ内側から崩れ落ちていたかもしれない。
だが、そんな悪い空気は、やや薄れていた。ルオ・ユイミンがその人脈を駆使してルオ商会を動かし物流の混乱を鎮めたことは、若い市長の能力と覚悟をひたすら不安視していたサイド6市民に、わずかではあるが信頼感を与えた。ルオ家の坊ちゃんも意外とやるじゃないか、どうやら本気でサイド6のために戦うつもりらしい…最高指揮官への評価の高まりは、警備隊の士気を向上させていた。
「信じて、いいんですよね。」
念押しするエメットに、少佐は少し困ったような顔で言う。
「そうであることを、私も願っているよ。」
司令部の会議室で上官の到着を待ちながら、アンジェロはエメットに言われたことを思い出して内心で苦笑する。咄嗟の質問は、取り繕う時間がないだけに、自分の本心を思わぬ形であらわにする。
だが、よりによってユイミンのことを「誠実」などと評するとは。彼は自分のことを毒入りの腕輪でコントロールしている相手なのだ。そんな相手をあんな風に評価するとは、我ながら気が触れたとしか思えない。確かに、この「毒入り腕輪」のアイデア自体はユイミンが考えたものではないし、優位な立場を使って無茶な要求をしたこともない。それでも彼は、腕輪の利益を享受している人間なのだ。
それに彼は結局のところ、地球で最も有力な一族の一人なのだ。自分のようなジオン残党崩れとは、そもそもの立場があまりにも違う。自分に見せている顔がユイミンの全てだというのは、あまりにもお人好しな考えだろう。サイド2と裏取引しているとは思わないが、こっそり亡命の算段くらいはしていてもおかしくない。
ユイミンに裏があるにせよないにせよ、この戦いに負けたらアンジェロの先行きは真っ暗だった。何しろユイミンの側近で袖付きの残党だ、戦争の首謀者に仕立て上げるのにもってこいだろう。軍事裁判で銃殺刑、というところか。逃げ出そうにも、この腕輪がある限り不可能だ。
結局、戦いに勝って生き延びるしか、未来は無さそうだった。身も蓋もない結論に立ち至ったアンジェロの前で、作戦の最終説明が始まった。市長室で聞いた時よりも、だいぶ詳細が詰められている。はじめての大規模な「戦争」を前に、彼らも必死なようだった。
ブリーフィング担当の将校が、幾つかの宙域を指し示しながら、防衛計画を説明する。そのうちの一つが、アンジェロの関心を引いた。アストライア宙域、サイド6近傍に広がる最大のデブリ帯である。
アストライアは元々、ルナツーやパラオと同じくアステロイド・ベルトから資源採掘用に牽引されてきた小惑星だった。一年戦争後に比較的規模の大きなジオン残党の一派が根城とし、サイド6から程近い立地もあってか長年放置されていたものの、第二次ネオジオン抗争の直後に連邦軍が掃討戦を仕掛けた。
ジオン残党は粘り強く抵抗し、連邦軍は予想以上の出血を強いられ、陸戦隊を突入させる。白兵戦の最中、どちらかが不用意に放った一発で弾薬庫が誘爆、アストライアは粉々になった。こうして、小惑星のカケラと艦艇やモビルスーツの残骸が漂うアストライア宙域が生まれたのだった。
作戦計画表を見ながら、アンジェロはこのアストライア宙域が天王山になるのではないか、と直感する。根拠がないことではない。一年戦争前後に出来た他のデブリ帯と異なり、アストライア宙域は比較的新しい。探索は不十分だし、残骸の中にはまだ生きている機械も多いから、戦闘時には混乱しやすい。
サイド2側は、サイド6の裏庭のような他のデブリ帯より、アストライア宙域で戦った方が有利と考えるだろう。戦力に勝るサイド2側が部隊をここに進出させたら、サイド6側は地の利を活かせず消耗戦を強いられ、防衛計画は破綻するのではないか…。そんな懸念が、アンジェロの脳裏をかすめた。
「現在、サイド2警備隊及び駐留連邦軍の幾つかの小部隊が我が方の防衛線に侵入し、散発的な戦闘が発生しています。これは本隊の侵攻ルートを確保する先遣隊と見られ、防衛局では…」
ブリーフィングから数時間後、待機室で他のパイロットと出撃を待ちながら、アンジェロはぼんやりとニュースを眺めていた。室内には他の隊のパイロットも混じり、興奮した声、緊張した声、色々な声でざわめいている。
ニュースで報じられている通り、既に最前線では散発的な衝突が発生していた。暗礁宙域を進攻する敵の本隊の位置はまだはっきりと掴めておらず、向こうもこちらの細かい兵力配置は掴めていないはずだ。探り合いの状態の中で、アンジェロ達モビルスーツ部隊は待機がかかったままになっていた。
「まだ出撃命令は出ないのか!敵はそこまで迫ってるんだぞ。」
「落ち着け。俺たちがここで騒いでも、どうにもならないだろう。」
敵が迫る中で待機を求められているパイロットの一人がたまりかねたように叫び、同僚らしいパイロットが諫めている。他のパイロットの多くも、長引く待機に苛ついているようだった。さっきから同じところをウロウロ歩き回っている男もいる。
エメットはどうしているかなと思って部屋の中を眺めると、部屋の片隅の椅子に座って不安げに俯いている。フォン・ブラウン襲撃の時にも実戦は経験したとは言え、あの時と今回は規模も危険も比較にならない。事実上初めての実戦を前にして、若いエメットが緊張するのも道理だ。最も、若いと言っても、エメットとアンジェロは2つしか違わないのだが…。
ああいう状態で一人でいてもろくな考えが浮かばないだろうし、声をかけようかと思ったところで、部屋にモビルスーツ部隊の司令官が入ってくる。
「諸君、待ちかねているようだな。朗報だ。敵の本体の位置を特定した。敵の本体は現在、宙域B8からC5に向けて進攻中だ。我々はヒトナナマルマルをもって全隊出撃し、三方向からこれを叩く。」
続いて戦闘序列が発表される。アンジェロ率いる小隊は、側面から敵本体を攻撃する部隊に加わることとなった。
「少佐、照準プログラムの修正は完了しています。それからご指示通り、索敵機材はそのままにしてあります。」
「ああ、助かる。」
ジェガンのコクピットに収まりながら、アンジェロは整備兵の報告を受けていた。前回の連邦機との接触戦の時に載せていた索敵機材をそのままにしたのは、アンジェロの指示だった。デブリ帯で混戦となると、情報ネットワークから完全に遮断される可能性もある。多少かさばるが、索敵機材は役立つというのがアンジェロの判断だった。
「少佐、ご無事で。」
「ありがとう。」
敬礼する整備兵に答礼しながらハッチを閉める。密閉状態になったコクピットで機体の最終チェックをしていると、正面モニターに通話希望のアイコンが浮かぶ。相手はエメットだった。
「少佐、出撃直前にすみません。でも俺、どうしても話しておきたくて…」
「どうした、落ち着け。大丈夫か?」
アンジェロが問いかけると、あまり大丈夫そうに見えない様子で大丈夫ですと言ってから、エメットは切羽詰まった様子で言う。
「もし俺が死んだら、俺のロッカーに家族への手紙が入っているので、それを届けて欲しいんです。顔も知らない人事担当が行くより、少佐が行ってくれた方が…」
そう言って言葉に詰まる。警備隊に志願するくらいだから覚悟はしているのだろうが、いざ本格的な実戦を前にして、緊張と不安を抑えきれない様子だった。サイド6がこれまで地球圏でも例外的に平和なサイドであったことを思えば、無理のない話ではあった。家族と言える人間のいないアンジェロにとっては、エメットの言葉は羨ましい部分もある。だがそれを妬ましいとは思わなかった。こいつを無事に家族の元に帰してやりたいと、本心から思う。
袖付きにいた頃には、仲間も部下もいた。だがあれから5年、エメットは袖付きの外で初めての部下の一人で、一番可愛げのある部下だった。不安そうなエメットの顔を見ていると、アンジェロの脳裏をラプラス紛争の記憶がちらつく。爆散する僚機の光景を脳裏に浮かべながら、思わず掌を握りしめる。部下を失う体験など、もう十分だった。
「エメット、戦いが始まったら私の側を離れるなよ。命令だ、分かったな。」
「は、はい…」
アンジェロの強い口調に少し驚いた顔をしているエメットに、きっぱりと言う。
「私の目の前で、部下を死なせはしない。もう二度とな。」
そう言って通信を切ってから、自分の大言壮語に苦笑する。5年前の戦いの時は、部下も、大佐も、自分自身も守りきれなかったというのに。そして今回の戦いの後のことを思えば、他人を気にする余裕などあるはずもないのに。
今回が、人生で最後の出撃になるかもしれない。そんなことを思いながら最終チェックを再開しようとすると、また通信アイコンが浮かぶ。今度は整備兵からだった。
「どうした、まさか整備不良か?」
「いえ、違います。ルオ市長から伝言です。後の事は心配しなくていい、思う存分暴れてこい、とのことです。」
その言葉にアンジェロは一瞬驚いてから、ふふっと笑い声を漏らす。余計な心配はしなくていい、好きなだけ暴れろ。そんな風にお墨付きを与えられたことが、妙に清々しい。
ユイミンが言う「後の事は心配しなくていい」が本当なのかどうかは分からない。だが、そんなことを今から心配してもどうにもならないのも事実だ。それなら、余計なことを考えず「思う存分暴れ」た方がいい。その方が、部下を守れる可能性も、戦いに勝つ可能性も、少しは高まるだろう。
「出来れば市長に伝えてくれ。お望み通り、思う存分暴れてご覧に入れます、とな。」
通信を切り、今度こそ最終チェックを再開する。それも終わり、いよいよ出撃の時が迫る。格納庫からゲートまで移動して、出撃シーケンスの進行を待つ。いよいよアンジェロの順番が来て、発進命令が出る。ぐっとレバーを握り直しながら、オペレーターに力強く告げる。
「ジョルジュ・フェレーロ、ジェガンR、出るぞ!」
最近仕事が忙しくなってしまい、今後もお待たせするかもしれませんが、気長にお待ち頂けると幸いです。
ご意見・ご感想お待ちしています。よろしくお願い致します。