マギアテイル   作:踊り虫

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――幕間のお話。

 クラッド・カインズはクアエダム自治区において降霊術師を多く輩出しつつも最近では傾きつつある魔術師の一門、カインズ一族の次代宗主となることを義務付けられていた。
 降霊術師としてはそれなりに優秀であり、同時にその立ち振る舞いも一門の次期宗主となることもあって厳しい英才教育を施されてきた。父親譲りで少々気難しい気質こそあったが、顔立ちは悪くなく、多くの友人にも恵まれていた。

 順風満帆な彼だったが、大きな悩みがあった――許婚の存在だ。

 魔術師の素養は異能者で無い場合、その血こそが重視される。
 故に前時代的風潮だが、魔術師同士の婚姻はより優秀な血統や素養が求められることとなるのだ。
 クラッドの許婚となった女性は前者。
 嘘か真か()()()()()()()()()()()()()()()であり、一度は魔術の血が途絶えるも、当代になって三男が先祖返りか素養に目覚め、ある高名な魔術師が弟子に取ったことで一時期話題になっていたらしい。
 その流れで逸早くその血を取り入れようと様々な魔術結社が睨み合うも、父が巧く立ち回ることでかの家の長女をクラッドの許婚として獲得することが出来たのだという。

 その事実はクラッドが18になるまで秘匿され、先日の18の誕生日に唐突に話を受け、その女性に引き合わされたのであった。

 思ったよりも美しい女性だった。
 アルガラントの北部の人々の特色である褐色肌に映える艶やかな黒髪。メガネの奥に見える星の輝きを思わせる銀灰色の瞳。表情は人形のように変わらなかったがむしろそれが彼女の美しさを引き立てていて、クラッドは心を動かされた。
 自覚こそ無かったが、一目惚れという奴だった。

 だが、彼女は口数が多くなく、クラッドは緊張していたこともあり、何を考えているかも話したことは無い。少女は人形のように大人しかったし、彼も少女のことを気にしつつもやはり、話しかけることはできなかった。

 許婚の少女の誕生日パーティーが彼女の実家で開かれると知ったのはそんな時だった。
 であれば、少女にプレゼントを用意しなければならない――だが、少女の好みなどクラッドは知ることが出来なかったし、人伝に聞くに書物を好むと聞いていたが、それならご両親から渡されるだろう。物が被るのは避けたい。

 ゆえに、クラッドはポツリ、と無意識ながらに()()()()()()()()()()()

「どうすれば、いいんだ……」
「恋の悩みセンサーに感ありぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 ――その言葉が、ディーワ学園七不思議、『コイバナ少女』を呼び寄せるとも知らずに。


第九話

 魔術学園の東側には城を構成する塔とは別に一つの大きな館が存在する。一室一室が全て魔術工房として用いることを前提としたこの館は学徒の中でも希望した()()()()()()になりえる者たちに与えられる魔術工房である。

 館への入館は自由ではあるが、部屋に入室できるのはこの館内に工房を持つ学徒と講師陣、そしてその学徒や講師陣により許可を与えられた学徒のみであった。

 

 アルカトリが後者であれば――鮮やかな桃色の髪を揺らす童女、リーン・イレフューレンは前者であった。

 リーンはルーン魔術を用いた多種多様な結界魔術の使い手であり、同時に言葉に宿る魔力を発見、その研究を行っている天才少女なのだ。

 アルカトリとスペルリィの模擬戦の際に用いたルーンの結界も彼女なら片手間で作れてしまうほど、と言えばお分かりいただけるだろうか?

 

 現在は彼女の趣味をがてら、言葉に宿る魔力から『恋心とは何か』を見出すことが彼女の研究であった。

 普段はこの研究であり趣味が高じてコイバナを追い掛け回す学園七不思議の一つになってしまっているが、すごい少女なのである。

 

「ふんふふ~ん♪」

 

 今日のリーンは上機嫌であった。というのも、彼女が求めるコイバナの種が見つかったからである。

 それはある降霊術師の話。

 彼には許婚がいるのだが、その少女が近いうちに誕生日を迎えるとのこと。

 互いに無口であることが災いして、少女の好みがわからず、その贈り物をどうすればいいのかと苦悩していたらしい。不器用な許婚同士の恋愛キターーー!と内心で狂喜乱舞し、彼の心情を魔術でモニタリングしつつ助言を送る。

 

 ――本人に聞いちゃいましょう!

 

 身も蓋も無い助言だった。

 だがしかし、『それは夢が無い』だとか『弱みを見せるようなもの』などと言ってはいけない。

 サプライズとは成功してこそのものであり、贈り物で失敗しようものならそれはそれで禍根が残る。しかも両人が顔を合わせて初めての誕生日だ。失敗を避ける一番の方策は欲しい物を聞いて、送ることだ。

 

 そのまま半刻ほど反論を許さずに力説すると、彼は少々渋る様子を見せつつも頷いて見せた。そこに嘘は無かったので解放した形だった。彼が実際に自分のアドバイス通りに行動するかは経過観察が必要か。

 

 閑話休題。

 

 そういうわけでいい仕事したなぁ、とリーンはホクホク顔で館にある自分の工房に向かっていたのだ。

 気分揚揚で通路を歩いていくと、曲がり角で何やら人垣が出来ていることに気がついた。

 困った。リーンはぽつりと零した。

 彼女の工房はその先にあるのだが、リーンの小柄な体ではここを潜り抜けるのは厳しい。かといって一々迂回して階段を上り下りするのも骨だ。

 仕方ないな、と少女は懐から数個の小石を取り出した。表面には文字が刻まれていた。

 

 これからやることはあまり褒められた事ではないが、もしかしたら自分同様に通れなくて通せんぼを受けた人が居るかもしれないし、と胸中で言い訳をしつつ。彼女は唇を振るわせた。

 

「【結べ――【(マン)】、【(アンスール)】、【(イーサ)】――人は関わりを拒む、その意を汲め】」

 

 口訣と共に手のひらから零れ落ちた石はころころと転がり、そして――光を放つ。

 変化は緩やかだった。緩やかで、しかし確実に進行した。

 

 人垣の奥に何があるかはわからないが、それに対する興味関心を失ったかのように、一人、また一人と姿を消していく。

 

 彼女が行ったのは『人払い』と呼ばれるものだった。

 忌避感や興味の損失などの思考誘導を行うことで特定の範囲から人を排斥する精神干渉の魔術の一種。

 そもそも、千年近い古の時代、魔術は隠匿されるべきものだったそうで、その時代に作り出され今に伝えられてきた物だ。

 

 (マン)は人、(アンスール)はコミュニケーションや言葉の力を意味し、(イーサ)は拒絶を意味するルーン文字。それらを組み合わせることで童女は一瞬にして人払いを構築したのである。

 

 とはいえ、人払いは特に古典魔術師にとって馴染みの深い物であり、その対処法も今では広く知られている。故に、人垣の半分は減らすことができたが、それ以上は減る気配がない。

 まぁ及第点、とリーンは思い返し、ついでにその人垣の原因を目にして――目をこすって二度見、三度見した。

 

 

 ――大量の触媒だった。廊下を埋め尽くしてしまうほどの()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それらを工房の一室に運び込んでいるのはおよそ10人程度の屈強な男達だ。精密機械じみた動きで彼らは大量の触媒を系統ごとに選り分けながら運びこんでいた。

 

 リーンの目算では小規模な魔術結社とタメを張ることが出来る量だ。これから儀式魔術でもやるつもりなのか――いや、それでもあそこまで別々の魔術系統を扱う結社なんて見たことも無ければ聞いたことも無い。

 そもそもここは学徒及び講師の工房がある館だ。そんな秘密結社が居てたまるか。と、そこまで考えてなるほどと人垣になった理由に納得した。確かにこれは魔術師であれば興味を引くに違いない。

 それに加えて工房の入り口近くで談笑する二人の少女を見つけたことで更に理解を深めることとなった。

 

 茶髪に紺碧の瞳をした特徴的な足を出す装束の少女、未だに話題の尽きないリーンの年上の友人。アルカトリ・クライスタ。

 そしてもう一人はこの学園内――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――であれば知らない訳がないであろう人物。

 肩口までの銀糸の髪にゴシックロリータ調のドレスをその身に纏うアルカトリより少し小柄な少女。彼女の姿をリーンだけでなく、学徒達は毎日、昼休みに購買で見ていたのだから。

 

 ――アリステイル・マテリアル。

 錬金術の大家で知られるマテリアル一族の一人にして一族が運営する各国の魔術学園のスポンサー『マテリアル商会』の一員であり、魔術学園購買部の看板娘だ。

 学園購買にマテリアルあり、とはよく聞いた言葉であった。

 

 余談だが、各国の魔術学園にある購買の店長は皆アリステイルと似通った少女達が務めているのだが、彼女達曰く「姉妹」や「親戚」なのだとか。あまりに似すぎているので学園七不思議の一つとしてカウントされているお話である。

 

 なるほど、確かにこの二人が購買でもないのに揃っていたら気にもなるだろう、あの大量の触媒とも無関係ではあるまい。

 しかし誰一人として訊ねに行かないのは、アルカトリと()()()()()()()の名高さゆえか――リーンには無関係であった。

 

「アルカせんぱーい」

「――ん?あ、リーン。どうしたの?」

 

 こちらを振り向いたアルカ。その声には『なんでここに?』と書いてあった。

 

「どうしたもこうしたも無いですってば、なんですこの触媒の山。アルカ先輩が買ったんですか?」

「これ?これはごしゅ……んんっ!グラムベル先輩が買った触媒だよ」

 

 わざわざ言い換えなくてもいいのに、なんて思いつつも、ああやっぱり、と納得した。

 そもそも異能者であるアルカトリに触媒は使えない。であればこの返答は予想されて然るべきだ。それでも問いかけたのはアルカトリの異能が他の異能と一線を画するが故である。

 

 そもそも、マナは国によっては神の残滓と呼ばれ、人の手に出来ないモノの一つと言われていたのだ。その例外たる少女が常識から外れた可能性が――異能者が触媒を用いた魔術を行使する可能性が――あってもおかしくないのだ。

 その予想は結局杞憂だったわけだが。

 

「それにしても、すごい量ですよね……どれぐらいあるんです?」

「えっと……アリスさん何個あるんでしたっけ?」

 

 アルカトリに話を振られた少女、アリステイルは元気に答えた。

 

「六万八千と六百四十二ですね!」

 

 うわ、とリーンは顔を顰めた。個人の魔術師でも千も触媒を用意しておけば事足りるというのにこの量。見た限り質も悪くないというのに――もしかしてグラムベルという未だに顔も見たことの無い先輩は大富豪なのだろうか?

 アリステイルなど「いやぁ、久々の大きな仕事でした」とほくほく顔である――ふと、その少女が一冊の本を抱えていることに気が付いた。それもなにやら微弱ながら魔力を感じる。アーティファクトだ。

 

「アリスさん、それ、なんです」

 

 リーンは声を震わせて問いかけた。

 ――本の形をしたアーティファクト、と聞いて魔術師であれば誰もが思い浮かべる物がある。

 リーンもまた、それがなんなのかを悟った。悟った上で正直、あってはならないことを想像した。

 もしも、グラムベル・アーカストが()()()()()()()()()()()()()()()()()()。万単位の個人では賄えないであろう触媒の代価はなんなのか。

 アリステイルは花の咲くような笑顔で答えた。

 

「はい!これはグラムベルさんの魔導書(グリモア)の写しです!」

「先輩!それ絶対渡しちゃいけない奴です!奪い返さなきゃ!」

 

 流石のリーンも黙っていられなかった。

 もしかしたら異能者であって魔術師とは呼べないアルカトリにはわからないのかもしれないが、()()は魔術師にとって命に等しい代物である。

 

「大丈夫だよリーン、これグラムベル先輩が了承したことだし」

「そんなの嘘に決まってますよ!魔導書は魔術師が下手をすれば命よりも大事にする物!それを明け渡すということは――という、ことは……」

 

 あれ?とリーンはピタリ、と動きを止めた。そういえば聞いたことがある。リンテイルの古い風習に魔導書を渡すことがプロポーズの代わりになって――

 

「コイバナキターーー!?」

「リーン、ステイ!」

「あらあら」

 

 リーンが暴走してアリスに詰め寄り、アルカトリが羽交い絞めにして押さえ、アリスはにこにこと笑っている。

 

 その後ろでは、大量の触媒を運び入れる屈強な男達――と無防備に置かれている触媒に出来心で手を出してどこからともなく現れた騎士風の男たちに撃退される学徒達の姿があったのだった。

 

 

 

 

 

 リーンは落胆していた。

 詰め寄ってアリステイルに話を聞いてみると、その魔導書の写しは本当にこの触媒の代価だったらしい。アルカトリは商品を購入したグラムベルが不在のため、従者としてその搬入を確認する役割を押し付けられたのだという。

 言葉に乗った感情をある程度把握出来るリーンだからこそ、それらの証言に虚偽がないことが理解できてしまい、リーンは。

 

「コイ……バナァ……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ダメだこいつ早く何とかしないと」

「リーン様は個性的な人ですね~」

 

 ドン引きするアルカトリと、微笑んで見ているアリステイルが近くのソファで紅茶を飲んでいたが、リーンからすれば知ったこっちゃ無いのである。私の乙女心を返しやがれ、という奴だ。

 色々とお門違いだが、それが彼女の理論であった。

 

「というか、なんで私が工房の中に入れるんですか……ここの工房、実は守りが雑なんじゃないです?」

「私が許可したからだけど」

 

 しれっと返したアルカトリの言葉に虚偽は無し。だからこそ「んなわけあるか」という言葉を呑みこんで置いた。

 そもそも魔術師にとっての工房とは魔術師の城であり、要塞である。それを従者の許しで入れるとか、守りが甘過ぎやしないだろうか。

 しかも商人を本人不在の工房に入れるなんてよほどである。

 

「あ、私たちは時折こうして触媒をお届けするので許可を頂いてます」

「それって研究資料盗み読みし放題ってことですよね?」

「商人たるもの、信用第一ですから。お客様のプライバシーは保証しますとも」

 

 それ、あなたがその研究成果を覗かないとは言ってませんよね。と口に出しかけて、やめることにした。そもそも名前しか知らない見ず知らずの人間のために動くこと自体馬鹿馬鹿しい。

 えっさ、ほいさ、と触媒を運び入れて高い天井まで伸びる棚一つ一つに区分けして並べていく男達の姿を横目にそれはそうと、とリーンは訊ねた。

 

「で、お二人はなんの話をしてるんです?」

「グラムベルさんのことを質問してたんだよ。ほら、私はあの人の従者になったは良いけど数回しか顔を合わせてないし」

「といっても、私からお話できることは少ないんですけどね。あくまで魔導書をちょくちょく売ってくれるお得意様ってだけですし」

「……グラムベルさんって本当に魔術師なんですか?変わり者ってレベルじゃないですよ?」

「え?そうなの?」

 

 そうなんです。とリーンは魔術師としての常識に欠けるアルカトリに少しばかり頭を抑えつつ、リーンは言葉を続けた。

 

「そもそも魔術師ってその多くが命題を持っていてその研究をしてるものなんです」

「ああ、リーンの言ってた言葉に宿る魔力とかそういう話だよね?」

「まぁ!リーンさんそんな研究をしてたんですか!?」

 

 アリスがリーンの言葉に目を輝かせたが、今はそれよりも魔術師としての常識が薄いアルカトリにする説明が先だ。

 

「でも、魔術師って一代でその命題を解明できないなんてのが当たり前なんですよ。だから子々孫々、その研究を引き継いでいく物で、それと一緒に魔導書を受け継ぐのが普通らしいです。その成果を書き記した物が魔導書(グリモア)なんですよ」

「魔術師にとっての遺産ってこと?」

「というよりは魔術師の遺志その物であり、一族の指標その物に成り得るモノでしょうか。私達マテリアルもその始まりは一人の錬金術師ですが、その時点で私達一族が目指す先は決まっていましたから」

 

 そう捕捉したアリスはとても誇らしげだった。流石は今も続く錬金術の大家である。

 何せ、魔術師が求める命題はその多くが志半ばで血が途絶えたり、志を継ぐ者が現れなかったりする物である。それでもなお、一つの命題のために大家と呼ばれるほどの家として続いているのであれば、それはどれほどの執念か。

 

 その執念こそが()()()()()()()()()だったか。

 

 リーンは両親から魔術師としての教えを受けた訳だが、別に両親は命題を持っていた訳でなく、彼女自身の研究も趣味の一環に近い部分もある。心得こそあるが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それにしてもその本一冊でこんなに触媒を買えるっていうのはすごいですよね……ご主人様の家ってすごい家だったんだなぁ」

「ですよね~……ここまでくるとそれ相応の歴史の重さがありそうです」

 

 アリスはそんな二人のやり取りをにこやかに聞いていた。

 ――残念ながらグラムベルの実家であるアーカスト家はもう3世紀も前に魔術師としての業を全て手放してしまっていて、実質グラムベルが魔術師として一代目と言っていい立場なのだが、それを説明するのは顧客のプライバシーに関わる。

 それに、そのことを知ってしまった場合、リーンが彼の魔導書の重要性を理解してしまう可能性がある。ゆえに彼女はその話を切ることも兼ねて、気になっていた話題を掘り返すことにした。

 

「それでそれで?リーンさんの研究ってどういうものなのでしょう?あ、もしかして『コイバナ妖怪』と何か関係があったりするんです?」

「……」

 

 鋭い。すごく鋭い、とリーンは息を呑んだ――いや、リーン自身自重していないのでそこに繋がるのは仕方ないことなのだが自覚が無いらしい。

 だが……話してもいいものだろうか?相手は何代も続く魔術師の大家。そうした魔術師の一族の恋愛観はとても冷たい物なのだと聞く、互いに血を繋ぐための装置として考え、そのために子を成す、という思想はリーンの心を冷たくするものだった。

 

 だからこそ、今日偶然出会った降霊術師の青年の話は心が温かくなる物だった。彼もまた何代も続き、零落しつつある魔術師の血筋。そんな彼が恋心を抱いていることを知って頬を緩ませたものである。

 

 ――鼻で笑われること覚悟で話してみるか。と考えたのは彼と出会っていたからかもしれない。

 

 その結果――

 

「良い!良いですねその命題!あ、実はあのクラスの――」

「ええ!?あの人が本当に!?要チェックです!」

「ついでに――様と――様、仲が良いんですよ。もしかしたら――」

「その二人は既に調べがついてますよ!幼馴染らしくて――」

「まぁまぁまぁ!ではあのお二方は周りがどうこうするより遠くから見て愛でるのが――」

「恋路を邪魔する奴は鉄拳制裁――」

「全く以ってその通り――」

 

 ――同好の士を得ることとなるとは、なんという偶然か!リーンはこの幸運を神に感謝した。

 

 なお、アルカトリが終始置いてけぼりだったのは余談である。

 

 

◇◇◇

 

 少女の世界は、自分の部屋だけで閉じていた。

 外向きの用事は全て姉がやっていたし、兄は卑屈ながらも国民を第一に考え、お父様から与えられた職務を全うしていた――少女だけが、何をやってもうまく行かなかった。

 家族に愛されてはいたのだと思うが、しかしそれ以上に家族は忙しくしていて、少女に構っている余裕は無かったのだと思う。

 手伝おうにも足手まといになってしまう自分は、結局一人ぼっちだった。

 

 そんな彼女を気に掛けてくれたのは、色々と残念な従兄弟だった。

 彼は時折、彼女の部屋を訪れると外で見聞きした話を、話下手ながらも言葉を尽くして語り聞かせてくれた。

 

 従兄弟からある青年の話を耳にしたのは、そんなある日のことである。

 

 彼らが出会ったのは4年前。リンテイル魔女連合内にあるリンテイル第一魔術学園でのこと。彼らは留学生制度を利用し一年間、そちらの学び舎に居たのである。

 ちょっと頭が残念な(その強さに憧れる)従兄弟曰く「魔術の腕こそ3流ではあったが、己には理解できぬ深淵の知識を有し、一を見て十を見抜いてみせた。あれほどの賢者はそう居ない。あの男を心の友に出来たことを己は誇りに思う」とのこと。

 彼らが当時巻き込まれたある事件(心躍る冒険)において彼らがいなければ自分はここには居なかったとまで豪語し、その話も簡単にだが話してもらうことが出来た。

 全てを鵜呑みにした訳ではないが、そこまで言われては興味も持つというもの。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()など望むべくも無い。

 彼女の居場所は常に壁の内側で教わる知識や読む物語だけが彼女の世界であった。

 

 それが()()に出会うことで一変することとなった。

 

――楽しく生きなきゃ損ですよぅ?

 

 ()()にそう言われて、少女は外に連れ出された。

 初めて見る外の世界はとても新鮮で、各地の人々の暮らしを見て歩き、時には彼らとともに楽しんだ。

 時には怖い物や醜い物も目にしたけど、それもまた世界なのだと、()()は教えてくれた。

 ()()を師として仰ぎ、行商人の真似事もしてみた。全然巧くいかなかったけど、それでも彼女は笑って許してくれた。

 

 その上で定期的に実家に置いて来た従者ともやりとりをしていた。このお忍びがばれようものならこの件に加担した()()だけでなく、自分の影武者を担ってくれている侍女にまで被害が及ぶ――それだけは避けなければならないからだ。

 

 だから、大陸西側にある北の南国イロドーツ滞在中に()()()()()()()()()()()()、彼女は大慌てで里帰りをしなければならなくなった。

 不安しかなかった。その侍女はとても真面目で、定期連絡を怠るような人物ではないことを少女は知っていたからだ。

 師である()()と共に陸路でラングルの山を越え、リントヴルムに入った時、彼女は彼らを見つけたのだ。白いインバネスに褐色の肌をした黒髪銀眼の線の細い青年――従兄弟の語ったあの事件の中で、もっとも異彩を放っていた賢者――人違いだったらと思いながらも、師の制止すら振り払って、彼女は、青年に縋り付いた。

 

 

 ――どうか、私達を助けて賢者さま!

 

 返事はあった。

 

「お嬢さん、私は賢者なんて大層な者じゃない。他を当たってくれ」

 

 その返事だけで、少女の心は折れてしまった。彼の目はどこまでも冷たくて、それだけでこれ以上すがりつく気力を奪われてしまったのだ。

 

 だから、少女は謝ろうとして――しかしくぐもった声がそれを遮った。

 

「その言い方は無いだろう。このお嬢さんのこの慌てよう、只事ではないようだ。それにお前のことを一方的に知っていたと見える……話ぐらい聞いてやるべきだろう」

 

 声の主はマスクを被っていた。それも少女が見たことのある舞踏会などで使う目を隠すだけのモノではなく顔全体を覆う不気味な物。少女はその姿に恐怖を覚えた。

 だが、よくよく聞くと自分を養護してくれているらしい。期待を持って()()()()の方を見た。

 

「却下だ。路銀も少なくなっている以上早々にユークへと辿り着かなければならない」

「それはお前の体質の所為だろう。昨日の内に国境を越えるはずお前が酔って動けなくなった所為で余計な宿代を払う羽目になった」

「だからこそ早くユークに着かなければならないとなぜわからん、だいたい貴様の――「お、送ります!」――何?」

 

 少女の言葉に賢者が反応した。少女は涙ながらに捲し立てた。

 

「わ、私達が荷馬車でユークに賢者さまを送り届けます!路銀も要りません!私のことも、賢者さまの用事が終わってからで良いですから!だから……たすけて」

「……ちっ、女の涙とは卑怯な手を使いおって……」

「お前が無理なら俺が行こう――その場合お前を気絶させて無理にでも同行させる、という手を使うことになるが気にするな」

「どこに気にせずに済む要素があるというんだ……」

 

 疲れたように賢者さまは溜め息を零すと、彼は少女を見た。

 

「話を聞く、荷馬車に案内しろ」

 

 端的な返事に、少女は涙をこらえ、そして荷馬車を指し示した。

 一頭の馬に引かれた小さな荷馬車に()()御者席でフードを被って待っていた。

 

 賢者さまが言った。

 

「――待て、なぜ貴様がここにいるんだ()()()

 

 少女は訳がわからず、師を見た。師は苦笑いを零して、フードを取った。

 金糸の髪をハーフアップに纏めた赤い瞳の美少女だった。

 ――マスクの青年がくぐもった声で呟いた。

 

「リディア・ラプター……」

「どうもお久しぶりですねぇ。グラムベルさんにフィリップ君、元気にしてました?」

「え、え?」

 

 少女は困惑しながら三者の顔を見比べることしかできなかった。

 

 これが少女――帝位継承権第四位。ノイン・リントヴルム・ヨルムンガントと、話に聞いていた賢者ことグラムベル・アーカストと医者であるフィリップ・フローレンスの出会いだった。

 

 




~幕間の話~

 アルガラント王国、辺境の地カルセル。その地を治める()()()()()()()()の邸宅内にある書庫――書架が立ち並び、本を守るために日の光から避けられ、虫避けのためフソウから取り寄せられた香が焚かれる空間――に独り、女性が読書にふけっていた。

 ミーア・アーカスト。
 アーカスト家の長女であり、クラッドの許婚となった女性である。
 ぺらり、と薄闇の中で本をめくる動作は緩慢だったが、しかしその姿は男心に囁きかける美しさを持っていた。
 ――実は魔術結社間において権謀術数が過激化した一番の理由はその美しさだったらしいのだが、そのようなことをクラッドはおろか、彼女が知るわけも無い。

 ふと、閉め切っていた書庫の扉が開き、人影が見えた。人影がしわがれつつもはっきりとした声で呼びかけた。

「お嬢様!ミーアお嬢様!」
「……何?ベルミ、読書で忙しいんだけど」

 ベルミ、とはアーカスト家に仕える最古参の侍女であり、侍女頭を務める人物であり、同時にミーアの教育係でもあった。
 彼女はその手に持った便箋を掲げると言葉を続けた。

「お嬢様、お手紙にございます」
「手紙?どなたから?」
「カインズ家嫡男。クラッド・カインズ様からにございまする」

 へぇ、と、ミーアは声を漏らした。
 ミーアは魔術師、という()()()に対し、忌避感を持っていた。
 確かに彼らは今やこの世界において無ければならない存在なのだろう。自分が住まうこのカルセル領もまたその魔術師たちが農業への貢献をしてくれる為に良質な農作物の他、カルセルの特産品である良質な綿を取ることが出来ていることは彼女も知っている。
 だが、生き物としての魔術師を彼女は兄を通して知っていた。自身に課した命題のためならばどんなことでもする善悪や倫理から外れ、苦痛さえも許容するあの在り方。
 薄く空いた扉越しに見た兄の苦しみ悶える姿は今も夢に見る。あれが魔術なのだと見せ付けられたあの日から、ミーアは魔術師に夢を抱けなくなった。

 その自分の許婚が、長く続くも血脈が零落しかけている魔術師の一門の嫡男だと知ったときの絶望感は計り知れない。
 いっそのこと死ぬよりも酷い目に遭う前に死んでしまいたい――そんな考えが浮かんでは自己嫌悪に陥りそうになりつつ、その相手と会った。

 見た目で言えば、まぁ悪くないとミーアは思った。茶髪に稲穂を思わせる黄金の瞳からは緊張が見て取れ、細い顔立ちに気難しさを感じさせる眉間の皺が3人目の兄に重なって思わず笑いそうになった。
 魔術師とて元は人ということか、と思いつつも嫌悪感が出ないように表情を出さないように努め、言葉数も少なくしていたが、どうやら相手もまた言葉数が多いわけでは無いらしく、互いのことは知らないが、それでも彼が魔術師と言う生き物であることは疑いようのない事実である。

「捨ててしまいなさいな。魔術師からの手紙です。どんな魔術が仕込まれているやら」

 だからミーアはその手紙を読みたくはなかった。そこにどんな魔術が掛けられているかなどわかったものではない。だが、ベルミは言う。

「ご安心を、失礼ながら先に内容を読ませていただきましたが魔術の類はありませんでした。それに、お嬢様は読まれた方がよろしいかと」

 そう言って差し出した便箋は、確かに一度封を切った跡があった。

「……本当に大丈夫なのでしょうね?」

 この家に長く仕える老婆の進言である。それを彼女は無碍にできない。
 ミーアはぶつくさと文句を零しつつ、不承不承と受け取って中身を目を通した。
 その内容はとても簡潔だ。今度の誕生日に贈るプレゼントが思いつかないので欲しい物を教えて欲しい。
 そこまでに『無礼を承知で』とか『情けない話だが』などの枕詞が付くがそこは彼女にとって些事だ。
 ミーアはこれを書いた青年に思いを馳せた。

――彼女は目に秘密を抱えている。

 彼女の脳裏に思案顔で手紙を書いては捨てを繰り返すクラッドの姿が映った。

――彼女の目は、文面以上のことを比喩無しで読み取る。

 ああでもない、こうでもない、と難しい顔をして零す青年の姿は気難しい三男の兄そのものでやっぱり似ているな、などと思った。

――それこそ書き手の心境すらも。

 だから、彼の呟きのいじらしさにミーアは頬を緩めた。



「ベルミ。返事を書きます。この無礼者に灸を据えなければなりません」

 そう言ったミーアの顔は、言葉と裏腹に、喜びを顕わにしていた。
 老婆は応えた。

「はい、お嬢様」

◇◇◇

あとがき&Tips

更新が遅くなってすみません!うわ、一ヶ月近く経ってるよ……流石に更新遅すぎだよ…なんて一人勝手にドン引きしてます、踊り虫です。

今回は新たな試みとして本編に関係のある幕間を前書き&後書きのスペースを借りて書いてみました。え、必要ないって?……そこは気にしないで頂けるとありがたかったり。

という訳でいつものTips。

・幕間の話
 実は完全にリーン導入までの流れを作っただけだったのですが――どうせならと色々と仕込ませていただきました。さて、この設定が花開くのはいつになるやら……
 ちなみにクラッド君およびミーアはこちらで用意したオリキャラです。
 それとアドバイスに関しては……恋愛経験なんて無いんでね、堅実な方策を取りました。相手をろくすっぽ知らないのにその人の好みに合うものなんて贈れる訳無いやろ!という私の心の叫び。
 リーンちゃんだったらどういう意見を出していただろう……ロマンを追い求めただろうか。

・魔導書
 魔術師の研究内容を事細かに納めた書物。この世界では一代で命題に辿り着けない場合は後継者に託すのが基本。研究は連綿と引き継がれ、一族にその業を伝える。
 魔導師は継承者の居なくなった魔導書を解析することでその研究を白日の下に晒すために居る。
【裏Tips】
 某型月世界における魔術刻印に相当する物です。魔導書こそが魔術師にとっての生き様を表わす物であり生甲斐その物――だったのですが、ここ最近ではそうした価値観は薄れています。


・『魔術師という役職』と『魔術師という生き物』。
 要するに魔術師とは何か、を端的に表わす言葉。
 社会倫理に則り、道具として魔術を振るうか。それとも命題到達の為に倫理から外れる道を行くのか。
 この世界では魔術で文明が発達したことで()()()は前者が多いですが、魔術師の()()()()()()は後者。裏では何をしているのかわからない――


・リーンの研究
 彼女の不審者じみたコイバナに対する執着心の理由。彼女は今も仲睦まじい両親から恋愛観を与えられていた。故に少女は恋愛話に強い興味を持つようになった――そんなある日、彼女は魔術の鍛錬の中で『言葉に宿る魔力』を見つけ出した。
 言葉に宿る魔力から感情をある程度把握する技術を見出した彼女が「恋愛感情」を趣味がてらに命題にするのに時間は掛からなかったのだった。

【裏話】
リーンの設定を見ていて私が特に面白いと思った部分。
『恋愛感情』を魔術で研究する少女、という設定はとても面白く、またギャグキャラとしても扱えるということで実はリーンはかなり重宝していたりします。今回登場した看板娘ちゃんとも趣味が合っていたために今回登場していただきました。



・マテリアル一族
 大陸中に名を轟かす錬金術師の大家。各国の魔術師養成学校のスポンサー。
 彼らの主な活動は――「お客様!それ以上の情報漏えいは規約違反ですよ!」

・マテリアル商会
 「売ります買います貴方のニーズに答えるマテリアル商会」のキャッチコピーで知られる商会。
 魔術すら売買の対象とし、自身の開発した魔術を質に入れてさらに研究資金を得るような魔術師もいる。様々な触媒の購入もできる。
 各国の魔術学園の大手スポンサーであり、学園には必ず支部が存在する。
 とある理由より、商会支部及び本店は絶対中立地帯となっている。

 その特性から銀行としての役割も担っており、その信用度はかなりのもの。しかも各国の支店から引き出せるということもあって貴族たちや魔術師が顧客となっている。

・アリステイル・マテリアル
 ディーワ魔術学園の購買(マテリアル商会の支店)の看板娘兼店長。人形を思わせる見た目と裏腹によく笑いよく泣く少女。
 実はいわゆる「カップリング」を好み、男女はもちろん仲が良ければ薔薇も百合もグループでもいける口で、実は購買から生徒間のあれそれを観察しては妄想想像したりしていたらしい。今回、リーンという同好の士を得る。
【裏Tips】
現時点では明かせない情報だらけのとんでも少女。これ以上のコメントは控えます。




・ノイン・リントヴルム・ヨルムンガント
 リントヴルム帝国、帝位継承権四位の皇女。現在お忍びで諸国を行商人として旅をしていた模様。ラニウスとは従兄弟同士であり、彼からグラムベルの話を聞いていた。
【裏Tips】
 皇帝一族の姫君としてこちらで設定したキャラ。今章におけるキーパーソンの一人。詳細はまた後ほど。


・リディア・ラプター
 リンテイル生まれであり、元はリンテイル魔術学園の生徒だった。そのためフィリップと面識がある。グラムベルが悪戯娘と呼んでいた人物。
 虚飾の魔女、の渾名を持つ。
【裏Tips】
 投稿者キャラ。今章においてノイン共々キーパーソンとなる人物。詳細はまた後ほど。
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