マギアテイル   作:踊り虫

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第一話

「アルカ、大丈夫?」

 

 ふぇ?とマヌケな声を漏らして、アルカトリ・クライスタは覚醒した。なお、力に目覚めたという意味はどこにもない。ただ、眠りから覚めただけである。

 場所は教室、午前の魔術基礎関係が終わり、昼休みになっていたようだ。

 周囲を見渡すとがやがやと騒がしく、サンドイッチのような物や、清潔な木箱の中に食べ物の入った今で言う弁当を食べているもの

 ――果てには小さな瓶に入った怪しげな薬を飲んでいる者もいた。あ、薬を飲んでいた生徒が口から紫の煙を吐いてる。アレ、大丈夫なのだろうか?

 

 そして、視点を声を掛けてくれた()()()()()()に戻す。白く瑞々しい髪に水色味を帯びた白っぽい瞳。顔立ちも綺麗でその立ち姿はまるで妖精のような少女――フィー・レ・ラーがこちらを覗きこんでいた。

 

「あー、ごめんねフィー。私寝ちゃってたかー」

「ううん、気にしなくていいよ。でも珍しいね、アルカが居眠りなんて」

「……徹夜しちゃって」

「徹夜?決闘の後で?」

 

 うん、とアルカトリは答えてから、鞄から一冊の本を取り出した。それは昨日、読んでみろ、と主人に渡された本「ラングルの塔」である。

 刊行自体はここ数年であり、著者の欄にはこの学校の伝承科、科長にして学園長ロー・アンクの名が記されていた。

 一人の魔術師が戦乱を嫌い、逃げてきた山の中で里が生まれるまでの流れやその魔術師が里を守る為に命を投げ打って奇跡を起こすまでを人間模様とともに綴った物語だった。アルカトリはこれを徹夜して読んでいたのである。

 

「これを読んでたんだよね」

「へぇ……でも大丈夫なの?確か使い魔に噛みつかれてたと思うんだけど」

「大丈夫、大丈夫、ごしゅ――グラムベルさんがよく効く霊薬をくれたから」

 

 その言葉に嘘偽りは無かった。むしろ戦う前よりも元気になったのだ――霊薬の味は最低最悪で、誓約による命令でようやく飲み込めたような代物だったので二度と飲みたくは無いが。

 だが、フィーはより目を細めてこんなことを言う。

 

「……本当に大丈夫?その霊薬に何か変なものが入っててもおかしくないし、医療魔術科に行って見てもらおうよ」

「大丈夫だって。変な感じはしないし、眠って体力も回復した!元気元気!」

 

 むしろ向こうで煙を吐いている奴こそ先に連れて行ってやるべきだと思う、なんか白眼剥いて痙攣しているし。

 

 そんなことを思って苦笑いをしていたら、ピシャリ、と勢いよく教室の扉が開け放たれた。

 

 男が立っていた。

 鍛え上げられた巨躯に短く刈り揃えられた赤髪、精悍な顔には鷹の如き鋭い眼。その身を包む黒い軍服の右胸元には鎧を纏った竜が右手に剣を、左手に盾を持った姿を象った紋章があった。

 

 誰かが、帝国の紋章だ、と呟いた。

 帝国――リントヴルム帝国。彼女の知るあちらの世界の知識では伝承上に伝わる竜の名を冠した、かつての戦乱期に覇を唱えていた国家だ。

 現在はそのあり方も変わって来てはいるようだが、隣国であるエルプズュンデ神国との小競り合いが今もなお続いているとか。

 その紋章を胸に抱いた男は言う。

 

「――アルカトリ・クライスタはいるか」

「……」

 

 またか、と察した。級友達の目がこちらに向き、フィーが何か言おうとしたのを手で制して応じる。

 

「私がアルカトリ・クライスタです。ご用件は?」

「汝がそうか――失礼するぞ」

 

 そう言うと、そのまままっすぐこちらへと男はずんずんと近づいてきた。見た目もそうだが、その身に纏う気迫も中々に重い物で、背の高さも相俟って歴戦の戦士のような風格が漂っていた。

 すぐ傍に来た男は一礼すると、名乗りを上げた。

 

(おのれ)はリントヴルム帝国、リントヴルム士官魔術学校、決闘科所属、ラニウス・ゼレム。此度は汝に決闘を申し込みに参った、いざ尋常に、し合おうぞ」

 

 いつも通りの流れだ。周囲は『またクライスタの蹂躙劇が見られるぞ』と囃し立てる。それを怒ることは無い。

 何故ならこのクラスの中で自身の真意を知っているのは最後まで残った友人、フィーただ一人だったからだ

 フィーが不快さに顔を歪めるのも、お調子者が盛り立てるのも、我関せずとしている奴がいるのも、いつも通りで、どこまでも変わらない。

 少し不快で、だけど、そんな光景が彼女の心の中で平和の証明になっていたのだ。

 

 

 

「お断りします」

 

 

 

 ――だから、それも今日で終わりだと思うと、少し申し訳なく、だが、肩の荷が下りたような感覚を覚えた。

 

 

◇◇◇

 

 

「お断りします」

 

 

 少女の一声に、室内の喧騒は静まり返った。

 

 あのアルカトリ・クライスタが――

 決闘科の学徒よりも決闘科らしい魔術師、と影で揶揄されていた少女が――

 挑まれれば気だるげながらも同意しては相手を容赦なく叩き潰してきた少女が――

 つい昨日まで決闘で無敗を通してきた魔術師が――

 

 

 ――決闘を挑まれて、断った。

 

 

 友人(アルカ)の言葉に、フィーは目を見開いた。

 

 フィーは、彼女が決闘を受け続けていた理由を知っている。

 自身の異能を狙う魔術師たちの謀に家族を、友人を巻き込まないために誓約により魂を縛り、決闘を一度も断らないことで自身を餌として機能させ続ける。

 誓約が誓約ゆえに真の意味で従わせる手段は真正面から打ち勝つ以外に無かった。

 脅迫して従わせた場合、彼女は誓約を破ったその代償を払うことになるのだが、それによって魔術的な価値を損なわれては元も子もなかったのだ。

 だから魔術師たちは連日学園に押しかけては少女に決闘を挑んできた。未熟さゆえにピンチに陥ったのも一度や二度ではない。だがアルカトリは機転と絶大な異能によってその尽くを乗り越えていった。

 

 この状況を問題視した学園側が学徒以外が彼女に決闘を挑むことを禁止したことや、学園側で彼女の親族の保護を行ったが、それでも週に二回は他国からの刺客が挑んでくる。

 

 歯がゆく思ったことは一度や二度ではなかった。

 宿した異能が規格外なだけで、友人は根源なんてものに一切興味の無いちょっと抜けてて、変なことを知っているだけの少女だったのだ。

 それが突然、誓約を刻んだことを公言し、親しくしていた者達を突き放すようになった。

 そして幾度と無く少女は決闘を挑まれた――おかしく思うのが道理であり、動向を探っていくうちに友人の抱えるもの、少女の慟哭を知った。

 

 以降、アルカの唯一の事情を知る友人として付き合い続けて――彼女が初めて、自分から決闘を拒否した。

 

 男が重々しく口を開く。

 声は見た目に違わぬ低く、そして(おごそ)かな物だった。

 

「――決闘から逃げる者ではない。そう耳にしていたのだがな……なぜだ、なぜ、闘わぬ」

(あるじ)の命です」

「主……だと?」

 

 ラニウスが驚くのを尻目に、フィーは「あの男か」とその人物を思い浮かべた。

 表情を一切変えない褐色肌に白いインバネスの男。昨日の今日と言うこともあってあの決闘の光景はまだ脳裏に焼きついている。

 

「私は昨日、(あるじ)に敗北しました。彼の命に背くことは誓約に背くこと、どうか、ご容赦を」

「ならぬ」

 

 ラニウスは憤りを滲ませ、続けた。

 

「己は決闘者である。戦いに意義を見出す我らが、宿敵と定めた者と戦うことなく帰るなど、あってはならない。汝の主はどこにいる」

 

 ――決闘者。

 それは戦いの先に根源への道を見出すことを試みる魔術師たちの総称。

 闘いに生き、闘いにて死す。それが彼らの在り方。彼らが闘うのだと決めたのならば、それは成し遂げられなければならない。

 彼らが求めるモノは自らが討ち果たすべき、と定めた相手。すなわち、宿敵だ。

 彼らは宿敵の存在こそが自らの位階を高め、数多の宿敵を討ち果たした先に根源があると信じているのだ。

 

 ――これまた厄介な、とフィーは心中にて毒づいた。

 だが、友人はどこ吹く風で、淡々と応じるのみだ。

 

「さて、どこにいるのやら……主は私を放し飼いするおつもりのようでして、あちらから私の居場所がわかっても、私にはそれを知る手段がございません――主に会ってどうするのです?」

「無論、汝が命令にて縛られているというならば、撤回させるまでだ」

「どうやって、です?主は私と違い決闘を挑まれても快諾するような男ではありませんよ?脅迫でもしますか?」

 

 む、と男は声を詰まらせた。

 

「では、汝の誓約を解くまで――」

「――誓約は魂に刻み付けられるもの。そもそも解く、という概念が存在しないそうですからね。自力で解除されでもしたら誓約の意味が無いとは思いませんか?」

「だが、戦わずに戻ったとなれば……己は……」

 

 そう言って男は途方に暮れたかのように俯いた――もしかしたら国を背負ってここに出向いたのかもしれない。

 マナを制御できる、という希少性は個人の魔術師だけでなく結社などの組織を始め、他国からのスカウトも行われていたほどである。

 彼女が誓約を刻みこんでからはその従属権を巡って争っていると言っていい。

 先ほどラニウスは『リントヴルム士官魔術学校』の所属だと名乗っていた。記憶違いでなければそこは帝国軍人となる軍属魔術師を輩出している学校だ。

 とすればこの男は軍からの勅命を受けて動いているのだろう。そして途方の暮れ方から察するにおそらく――

 

「――ご安心を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「期限、だと?」

 

 はい、とアルカは答えた。まるで相手の事情などお見通し、と言っているかのようだった。

 アルカは続ける。

 

「期限は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……理解できぬな、汝の(あるじ)は何を企んでいる?」

「さぁ? 私の体や力にも興味が無い、なんて面と言われていまして、こちらも真意を図りかねているのですよ」

「なんだ、それは……根源へと至れるやも知れぬ存在に一切の興味を抱かないだと!? その者は本当に魔術師なのか!?」

「魔術師ですよ?本人は伝承師、と名乗っていましたが」

 

 ――伝承師、とは、各地に散らばる伝承や思想を収集し分析を重ね、そこから根源へと至る足がかりを見つけようとする魔術師たちのことだ。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()でもあり、()()()なんて蔑称で呼ばれることもある。

 そんな人物が、アルカを倒したというのだ。

 

「伝承師……本の虫が、貴様と戦った?なんのために……なんのためにその者は貴様と戦ったというのだ!」

 

 その激昂は決闘者という戦う者ゆえの嘆きだったのだろう。己が宿敵と定めた相手を、自分達のような闘いを本分とする者達ではなく、伝承師という戦いとは無縁と思っていた存在が先に倒してしまったことに対する悔しさが滲んでいた。

 

 

 

 

 

「そうそれ!それが酷いんですよ!?」

 

 ――次は別の意味で喧騒が死んだ。

 アルカの口調が普段の猫被りしている淡々としたものから無縁の駄々をこねる子供のように変貌したからだ。

 あ、素に戻った、と感じたのは自分一人だけだろう。周りからは「あれ?あんなテンションの高い奴だったっけ?」なんて呟きも聞こえてくる。

 

「ぬ?うん?汝、突然どうし――」

「あの人!()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()私に挑んできたんですよ!?私をモルモット扱い!練習用の的とか!もう、最悪だと思いませんか!?」

 

 

 戦闘に限って言えば学年最強どころか学園内でも五指に入りかねない人物相手を練習台扱い。しかも組み上げること自体が大変な魔術行使法を試作とはいえ作り上げているという。もしかしてあの男、メチャクチャすごい魔術師なのでは?

 

「あ、新たな魔術行使法だと?本の虫が?」

「ええ!しかもそれが近代魔術と古典魔術の併せ技に大量の触媒に頼った力技だとかそんなん誰が予測しろっていうんですかね!40万近く触媒を浪費しておきながら私に『研鑽不足だ』じゃないですよホントにもう!」

「え?40万?それって金額?」

「いや、数だって言ってたよ?」

 

 フィーの口からうめき声が漏れた。そもそもそんな量の触媒、大規模な儀式魔術でも使わない量だ。用意するための金額といいそれを用意するのに掛けた時間といい想像が出来ない。

 

 

「嘘だろ……」

「40万もの触媒を使い潰した?」

「そもそも一時間で40万も触媒を使えるか?一回の魔術で同時に100以上の触媒を一気に制御しなきゃいけないんだぞ?」

「いや、それ以上にあの起動速度を触媒ありでやってるんだぜ?……人間業じゃない」

 

 それを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()という事実はこのクラス中に白インバネスの男の凄さを伝播させていった。と同時に――

 

「40万も触媒を使わないとクライスタには勝てない?」

「しかもあのレベルの起動速度が無いとダメ?」

「触媒40万の女……」

「今の誰ですかね!? その呼び方はやめてほしいんですけども!?」

 

 アルカトリの強さの再確認が為されていったのである。

 これまで決闘で誰も勝てなかったアルカトリ・クライスタという人物を初めて降したことでその情報は勝利する基準となるのは当然のことだったのだろう。しかし、その基準の時点で馬鹿げていたのだが。

 

「その癖『自分は凡俗だ』だの『他の奴ならここまでしなくてもお前に勝つだけなら出来るだろうよ』――って言いやがるんですよ!?自分がやってることの出鱈目ッぷりを考えろってんですよ!」

 

 全くもってその通りだった。凡俗、と自称するにしても、それは自己評価が低すぎるように思える。他の魔術師に対して劣等感を覚えるようなことがあったのだろうか?

 

 ――いや、待て。触媒を40万使ってやったことが()()()()()()()()()()()? そう考えると支払った代償の割りにやっていることがしょぼいような気もした。

 そもそも、触媒を40万も使ってどれだけのことが出来るのかが近代魔術科に所属するフィーには理解できないが、それでもそれだけの数があればもっと大掛かりなことも出来ておかしくは無かったように思える。

 だが、正確なことがわかるとしたら古典魔術系統の使い手なのだろうが――今度、調べてみよう、とフィーは思った。

 

「しかも『今のお前では負けるのも時間の問題』だなんて言うんですよ!?アンタほど私の魔術にタイミングから何から完璧に対応できるような手数と速度を両立できる奴がどれだけ居るってんですか!――ってちょっと聞いてるんですか!?」

「――む?ああ、済まない。そうだったか、汝も大変だったようだな」

「あー!その反応は絶対話半分に聞いてた奴じゃないですか!人の話はきちんと聞くって教わらなかったんですか!?そもそも――」

「アルカ、そこまでにしよ?」

 

 見かねたフィーが止めると「でも」と食い下がりそうになったので絶対零度の視線をぶつける。

 

「はい、すみませんでした」

 

 ――アルカはおとなしくなった。

 これで変に話を拗らせる事も無いだろう。そう思いつつ、フィーは難しい顔をして佇むラニウスに告げた。

 

「そういう訳ですからまずは彼女の主人――えっと確か……グラムベルさんに確認を取って下さい。何年生かまではわかりませんが褐色肌に白インバネスを着ていたのでだいぶ目立つかと思います」

 

 これで終わりだろう。結局のところアルカは命令と誓約に縛られ決闘が出来ない。故に命令を撤回してもらう以外に決闘をすることは不可能だ。ここでこれ以上理屈をこねくり回そうが、駄々をこねようが無駄なのである。

 とりあえず、後の面倒はアルカのご主人様にぶん投げてしまおう、ということだ。

 

 ――だが、フィーの予想に反し、ラニウスは目を見開くと。

 

「褐色肌に白のインバネスのグラムベル――汝は今、そう言ったか?」

 

 と訊ねられてしまった。

 

「え、ええ、確かそんな名前でした――そうよね?アルカ」

 

 確認のためにアルカに訊ねると、どこか拗ねたように答えた。

 

「グラムベル・アーカスト、褐色肌に白インバネスの見た目だけはイケメンで色々と傲慢な態度のご主人様ですよ~」

「傲慢、とはまた失礼な物言いだ。これでも謙虚なつもりなのだがね」

 

 ピシリ、とアルカが固まった。

 教室の入り口を見ると、昨日見たばかりの白インバネスの男――グラムベル・アーカストが立っていた。

 

「それとも七原罪の講義が必要か?今は亡き『傲慢の魔女』についての考察も併せて一時間みっちり教えることも可能だぞ?もちろん居眠りなど許さんが」

「え、遠慮しておきます」

 

 七原罪は良いとしても、今も謎が多い大魔女の一人の考察も含めて1時間、というのは中々悪くない話だとおもうのだが、アルカは言葉を震わせて辞退してしまった。勿体無いなぁ、と思っていたが、グラムベルは鼻を鳴らし、「だろうな」とだけ言うと視線をラニウスへと向けた。

 

 その目は、アルカを見るときよりも、心なしか険しかった。

 

「やれやれ、スイゲツの言に偽りなし、か……さすが占術科きっての神童だ。嫌になる――久しいなラニウス」

「おお、やはりそうか!グラムベルよ!まさか我が宿敵を汝が討ち果たしていたとはな!流石は己が認めた男よ!」

 

 その言葉にまたざわめいた。この二人、知り合いらしい。

 ――これはまずい状況なのではないか?と、アルカと顔を見合わせた。

 

「その暑苦しさは本当にどうにかならんのか」

「そうは言うが、これが己ゆえな! 汝がいつも通りのしかめっ面をしているのと同じことよ!」

「……正直は美徳だが行過ぎると無礼に当たるものだぞラニウス」

「ふははは! なるほど、アルカトリ・クライスタが言っておったがやはりその物言いに変わり無しか!よいよい!それでこそ汝よな!しかし、そのインバネスも相変わらずだのぉ…もう少しお洒落をしてみてはどうだ?」

「不要だ。清潔さと露出を少なくすること以外に頓着することも無い。オレは本の虫だからな」

「ム?聞こえていたか?」

「一から十までな。廊下に響いていたぞ。オレにとってはどうでもいいが、他の奴には腹立たしい言葉だ。次からはやめておけ。呪いなど掛けられようものなら洒落にならんからな」

「ふむ、忠告痛み入るぞ、グラムベル――」

 

 しかも思った以上に仲が良さそうだ。

 

「――クライスタ、こちらで話はつけておく、それと放課後になったら伝承科に来い、老師がお待ちだ」

「ム?ここで話しても良いではないか」

「阿呆め、貴様は自身の立場を弁えろ、ここは帝国ではない、ほら、行くぞ」

「――いだっ!?痛い!耳!耳を引っ張るな馬鹿者!」

「オレでは貴様を引き摺ることすらままならんのだ!耳を引っ張られたくなければ付いて来い!」

「わかった!己の足で歩く!歩くから待て――」

 

 そうして入り口まで引き摺って行くと、そのまま何事かと集まっていた人垣の中を掻き分けて、消えてしまったのだった。

 

「……正直、不安」

「……ご主人様、だ、大丈夫なのかなぁ?」

 

 フィーとアルカは顔を見合わせると、溜め息混じりにそう、零したのだった。

 

◇◇◇

 

 ――グラムベルの魔術工房。

 

 ラニウスをソファに座らせると、グラムベルは作業台の傍にある小さな椅子に座り、話を切り出した。

 

「さて、では説明してもらおうか――言っておくが旧知だからとクライスタへの命令を撤回するつもりはない」

「そう固い事を言うでない。汝と己の仲だ。一度闘うぐらいならば許しても良かろう?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。決闘者にとっては闘争こそが研鑽だ、存分にその本分を果たさせていただろうよ――だが、今の貴様は違う。そうだな?」

 

 ぐむ、とラニウスが言葉を詰まらせた。グラムベルは目を細め、そして問う。

 

「――答えてもらおうか、ラニウス・ゼレム…いや、帝位継承権第6位、ラニウス・()()()()()()・ゼレム」

 

 

 

――帝国からの来訪者、ラニウス・ゼレム。

この男が持ち込んできた難題が、一つの旅の始まりになろうとは、このときは誰も予期していなかったのであった。

 

 

 

 

~第一章 伝承師と帝王の盾、開演~

 


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