マギアテイル   作:踊り虫

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 魔術学園。
 魔に魅入られた少年少女が集い、一人前の魔術師として独り立ちさせるための育成機関の総称だ。国によっては魔術学園がそのまま仕官学校としての役割を持っていることもあるが、その始まりの地は大陸の西方にあるどの国にも属さない都市である。。

 1000年以上前の戦乱期の最中、当事は名も無かった荒地帯。そこを、ある一人の老魔術師を中心に開拓が行われた。
 土壌の改善や荒れてしまった霊脈の修復の他に、区画整備などを行い、少しずつ、少しずつ、長い時間を掛けて人が永住しても問題の無い土地を広めていき――その果てに、人々は一つの大きな都市を作り上げた。

 そして老魔術師は、その都市に魔術師を目指す若者たちのための学校を開いた。世界で初めて、魔術師の養成を行う機関が誕生したのである。

 ――魔術師の名はディーワ・クアエダム。彼の名から、開拓によって生まれた都市をクアエダム、そして学校の名はディーワ魔術学園と名づけられた。

 リンテイルが魔術師の楽園ならば、クアエダムは魔術師の誕生を見守る地。魔術師を目指す者達の揺り籠だ。






第二話

 魔術師養成機関の元祖とされるディーワ魔術学園は、大陸の西方。荒地帯の中にあって唯一自然の緑のあるクアエダム自治区内に存在する。

 都市部から離れた丘の上に建つ白亜の城を中心に魔術科ごとの塔が聳え立つ――その広大な景色に圧倒されること間違いなし。事実、アルカトリが入学のために初めてここに来た時、その景色に見とれて後ろを歩いていた生徒とぶつかったものである。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 放課後になり、アルカトリはグラムベル(ご主人様)の言葉に従い、伝承科、「伝承の塔」に今後の自身の扱いについて打ち合わせのために訪れていた――のだが。

 

「そもそも、神の怒り、神の一撃とは?」

 

 どういう訳か、ロー老師――伝承科、科長、そして当代のディーワ学園、学園長ロー・アンク導士、また飴玉老師(あめだまろうし)の名で多くの生徒達から親しまれる燕尾服を着こなした白髪の好々爺――から講義を受けていた。

 

 というのも、刻限になってもご主人様(褐色のあんちくしょう)が姿を現わさないので、どうせなら、と老師が嬉々としてやり始めたのである。

 しかも、老師から「君にも関係のあるお話だよ」と言われてしまえば興味を持たない訳も無かった。

 

「そのように問うと、誰もが神が投げ放つ槍――即ち、雷のことだと答える」

「違うのですか? 他にも、神の一撃と呼ばれる物がある、と?」

 

 アルカトリの問いに、ロー老師は「左様」と答えた。

 

「他にも伝承上にのみ存在が残る国家、カインを一夜にして洗い流したという『カインの大嵐』に、堕落した都市メイロアを火の神タイタロスが焼き払ったという『メイロアの粛清』、かつて存在したとされる空中国家フェアヴィルを打ち落とした光の柱『大地の咆哮』など、神が人々の行いを戒めるために引き起こした災害を指し示す言葉じゃ。この手の話は主に神を崇める者達の手で伝えられているわけだが……実はこの手の神の怒りを真の意味で再現できた魔術師は一人としていない」

 

 ロー老師はそのまま、こちらに顔を向けて続けた。

 

「――もちろん、ミス・クライスタ。君が昨日の決闘で作り出した、あの雷挺もまた同様に真の意味では神の怒りとは呼べぬものなのだが、何故なのか、わかるかな?」

「え、えっとぉ……」

 

 アルカトリは答えに窮した。

 これまで能力の使い方にしか興味を持たなかった身としてはさっぱりだったのだ。故に、わからない、と続けようとして――ふと、ここにまだ来ていない主人の顔が思い浮かんだ。

 

 

 

――お前は神などではない

 

 

 

「――私が、神ではないから、ですか?」

 

 なぜ、その言葉を思い出せたのか、とても不思議だったが、しかし、言葉はすんなりと吐き出せた。

 

「素晴らしい!そのとおりだミス・クライスタ!君には飴をあげよう」

「あ、えっと、どうも」

 

 そう言われて渡されたのは透明感のある飴玉だった。飴玉老師の由来である。

 何でもこの好々爺、趣味はお菓子作りだそうで、特に果汁を混ぜて溶かした白ざらめから作る飴玉が大好物なんだとか。というか、この世界に砂糖を作る技術があったのか、と驚くばかりである。

 

「そもそも神の一撃とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだよ。それを戒められるべき側が用いたところで、偽物でしかないという訳だね」

 

 なるほど、そういうものなのか。と、納得しそうになり、同時にある事実を思い出した。

 グラムベルは「貴様の異能は神の権能を再現することに掛けて頂点」と評していた。あれはどういう意味なのか。

 そのことを話してみると、老師は笑って答えた。

 

「なるほど、ミスター・アーカストは君の異能をそのように評していたのだね」

「えと、老師は違うのでしょうか?」

「少しだがね、君はマナについてどのように認識しているのかな?」

 

 ――マナ

 自然界に普遍に存在する魔力。六大元素――火、水、風、土、光、闇の6属性からなる元素を内包していて、その均衡により自然の気象や生態系を決めるとされている。魔術を使用することで汚染され、六大元素の均衡が崩れることで異界化を引き起こすこともある。

 それが、魔術基礎の中で学んだマナの概要だ。だが、そう説明すると老師はなぜかがっかりしたような顔をした。

 

「そういうことではなくてだね……知識ではなく、君がマナというものをどのように思っているか、が聞きたかったのだが……」

「あ、えと、すみません」

「いや、構わんよ。それはそれで講義のし甲斐もあるというものだ。では、そうだね、まずは異界化、についてだ。ミス・クライスタの言う通り、異界化とはマナの内包する六大元素の均衡が魔術によって崩されることにより物理法則から外れた空間のことだが、君は確か、ミスター・アーカストの魔術工房を見ている筈だね?」

 

 確かに昨日、見ているが……なぜそれを知っているのかを訊ねると、茶目っ気たっぷりに「学園内で私の知らないことは無いよ?」なんて言われてしまった。

 プライバシーは?と聞きたいところだが、配慮とかの単語はあってもプライバシーという言葉は残念ながらこの世界に存在しないのでやめておいた。

 

 代わりに一言。

 

「え?生徒の私生活を覗き見ですか?」

「……あくまで生徒の居場所が分かるだけだがね」

 

 すみませんでした、と土下座しておいた。

 ――閑話休題(話を戻して)

 

「ミスター・アーカストの工房に異界化を施したのは私を含めた伝承科の教師陣だ。あの工房は空間を拡張するように異界化している。他にも例を挙げるならば、『イロドーツ』の結界は気象を変えるように異界化を引き起こし、リインテイルの大魔女は水晶樹に眠る『魔女狩りの魔女』から引き出した魔力を用いて異界化を引き起こし、各々の世界を作り上げている。このように、意図的に異界化を引き起こしながらその状態を維持して使うことも出来るわけだね。異界化及びその維持管理はうちでも使い手が極僅かな高等魔術でもある――さて、ここまでで質問はあるかな?」

 

 ニコニコと老師に視線を向けられていると。なんでも聞いていいような錯覚を覚えてしまう。そんな暖かい眼差しに、アルカトリは疑問に思っていたことを口にしてみることにした

 

「……その、少し不思議だったんですけど、異界化って魔術を使った時に起きる魔術汚染でマナの均衡が崩れることで起きますよね?」

 

 その通り、と老師は頷き、そのまま話の続きを促した。

 

「それって()()()()()()()()()()()()()()()ってことになりませんか?」

「――左様、我々魔術師は、大なり小なり魔術によってマナに干渉している」

 

 ああ、やっぱりそうなのか、と思った。

 だとしたら自分の異能は特別でもなんでもないということに――

 

「しかし、君の異能ほどマナを自由に出来るか、と聞かれれば否、と言わねばなるまいが」

 

 ――なりませんよね~!

 アルカトリは項垂れた。そもそも、特別で無いなら決闘騒ぎに発展する方がおかしいのだから当然である。

 そんな彼女を尻目に、ロー老師は何やらガラスの入れ物を用意すると杖を構えて詠唱を始めた。

 

 「【生命ノ源タル水ノ精霊ヤ、我ニ心バカリノオ恵ミヲ】」

 

 ――精霊術。

 「魔力が内包する六大元素ごとに精霊が存在する」という信仰から始まった自らのオドが持つ属性ごとの力を抽出する一般的な魔術系統。

 精霊との契約、という形で術者には最低でも年に一度、最大で毎日、精霊との約束事を果たさなければならない、と言われているが、かつてアルカトリを指導した師曰く、きつい約束事は早々無いようで、決まった時間、決まった手順で拝礼を行う、とかそういう話なんだそうだ。

 

 今回老師が披露したのはその基礎。物質の生成だ。老師はその他にも様々な魔術系統を修めているらしい。

 器にある程度注ぎ込むと水面が揺れるのが止まるのを確認して、話の続きを始めた。

 

 「このガラスの器を世界、器に注がれた水をマナ、波立たない水面はマナが内包する六大元素が均衡を保っている様子と仮定しよう。通常の魔術はこのように――」

 

 老師は指先に水をつけると、そこから水滴を水面に落とした。

 

 「――マナに波紋を起こす。つまり均衡を崩した、と言う訳だね――しかしこれでは異界化は起きん、この程度ならば水面は時間を掛けずに元に戻るじゃろうて。錬金術の方面では自浄作用、なんて呼ばれておったのぉ」

 

 自浄作用。アルカトリの知識にあるそれは川・海・大気などに入った汚濁物質が、沈殿・吸着や微生物による分解などの自然的方法で浄化されることを指す言葉だったはずだ。まさかそれを魔術の用語として聞くことになろうとは思わなかったが。

 そんなことをアルカトリが考えているとは露知らず、老師は雫を落とし続けた。器の中だけに小雨を降らせているようだった。

 

「しかし、これが積み重なると――おっと、器から水が零れてしまった」

「あ、拭かなきゃ――「待ちたまえミス・クライスタ」――え?」

 

 思わずハンカチを取り出したアルカトリを宥め、老師は続けた。

 

「ここからが、肝要だ。この零れ落ちた水はマナな訳だが――この後どうなると思う?」

「え、えっと……あ、あれ?」

 

 水ならば放置していれば蒸発して消える――が、これはマナを視覚化するために用意されただけだ。故にただ消えることは無い。

 アルカトリはここまでのやり取りを思い返す。先ほどの雫が魔術の積み重ねだ。言い換えれば自分達は魔術を使うことでオドを消費しているのではなく()()()()()()()()()()のだろう。

 そのことを確認のために老師に尋ねると「左様」と返ってきた。つまり魔術師のオドがマナに混ざり、そして器からマナとともに溢れた、ということになる。

 

 では、異界化、とはこの零れ出た何かが原因で引き起こされるということだ。

 確か、異界化した場合、その浄化を行うには()()()()()()()()()()()()()()()を魔術で以って鎮めなければならないはず。つまり――

 

「まさか、異界の核、ですか?」

「――正解だ。本来なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という話を含めて1年後に教える内容だが、ここまでのヒントでそれを見つけるとは流石だね」

 

 ほっほっほ、と愉快そうに笑うと、老師は零れた水を操り手のひらの上で球状に纏めた。

 

「世界という器からはみ出たマナが世界の外でなんらかの影響を受けた結果――」

 

 ――纏まっていた水が広がったかと思うと器を覆う

 

「――このように世界を上書きしている訳だ。これを異界、と呼ぶのだよ。魔術師はマナに干渉は出来んが、この異界に対してはある程度の干渉が出来る。なぜなら魔術の干渉によって世界から零れ落ちたマナにはオドが浄化されずに残っているからだ。オド、とは魔術師より生み出される物。魔術師の意思に染まった魔力だ、操れない道理は無い。これが異界化の技術に繋がっている訳だ――つまり、魔術師がマナに干渉できるのはこの世界から意図的に溢れさせた水を制御するのが限界な訳だよ。同時に絶大なオドが必要不可欠となる」

 

 そう言って、老師は器を覆っていた水膜を消し去った。

 ――なるほど、とアルカトリは理解した。これが現状の魔術師本来の限界だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「さて、君の魔術――異能だが」

「こういうこと、ですよね?――【世ヲ形作ルハ我ガ手ナリテ】」

 

 詠唱を紡ぎ、アルカトリは()()()()()()()()()()()()()()()()。水が生き物のようにのた打ち回り、様々な動物の姿を形作っては崩れてを繰り返していく。それは華やかで、そして、どこか畏怖を感じさせる物だったかもしれない。

 

「今の魔術師たちは波を立たせて零すのが限界だけど、私はこうして水の全てを操ることが出来る――」

 

 そして唐突に劇は終わりを告げ――

 

「やろうと思えば他の魔術師たちよりも簡単に異界化を引き起こすことが出来る、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――水が全てガラスの器の外へと出ると、器を覆い、凍りついた。

 それを見下ろすアルカトリの目は暗く沈んでいた。

 

「つまり私の異能の本質は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。それこそ、世界を創造しなおすことも……流石に私一人では無理でも、私を触媒にして、大人数で儀式を執り行えば不可能ではない、そう、ですよね?」

 

 ――認識が甘すぎた、とアルカトリは思った。

 これまでは自分が相手に従属さえしなければこの異能を悪用することはできない、と考えていた。自分が死んで、その体を触媒にされたところで精々マナに干渉しやすくなる程度なのだろうな、と思っていたのだ。

 だが、異界の仕組みを知ってしまった今ではそんなことは言えない。

 

 自分は()()()()()()()()

 そんな最悪の状況を想定して――

 

「それはどうかね?」

 

 老師の言葉が現実に引き戻した。

 

「君一人を触媒として使い潰したところで実際にマナを掌握できるかと言えば……既存の魔術理論では不可能だ。途中から組み込むより一から理論を組み上げた方が確実だが……数代掛けてようやく足がかりが出来る程度だろうね――それと、確かに君の血肉は触媒として一級品なのは間違いないが、精々異界を作る補助ぐらいにしか使えんし、墓荒らしは重罪な上に墓守相手に墓所で戦うなんぞ正気の沙汰ではないからのう」

「え、そうなんですか!?」

 

 さらりと前提が覆された。では、なぜ自分は狙われているのか。

 

「簡単な話だね。その異能はそのまま戦力になる。しかも誓約のお陰で裏切られる心配も無い、うまく鍛えれば君一人で国を覆せる従順で強力な魔術師になれる」

 

 なるほど、確かにこの世界では魔術師が軍人として働いているのは珍しいことではない。今日決闘を挑んできたラニウスも軍人を育成する仕官学校の所属だと名乗っていた。

 それならば、自分の異能は戦力として申し分ない……そして誓約によって命令を遵守させられるのはご主人様により確認済みだ。自由に動かせる最強の駒――という訳だ。

 

「それに――」

 

 そこで老師は言葉を切った。

 ――それに、なんだろう?

 訝しむアルカトリに老師は優しい声音で告げた。

 

「――いや、ここから先は君の主人に尋ねるといい。ちょうど来た様だ」

 

 ギギィ、と、扉の開く音がした。

 アルカトリが振り返ると、そこに息を切らせているグラムベル(ご主人様)の姿があった。

 

「も、申し訳ありません老師、少々厄介事に巻き込まれまして」

「いや、構わんよ。ちょうど講義も終わったところだからね」

 

 そう言ってにこり、と笑う老師に、グラムベルは「ありがとうございます」と言うと、そのままアルカトリの隣にまで歩み寄り、座った。

 

「では、予定通り、話を進めましょう」

「うむ……それではまず、声明の内容だけど――」

 

 そうして、話し合いは始まった。

 時折、アルカトリにも話が振られるが、政治に関する知識に疎いこともあってあたふたとしつつも丁寧に答え、そして老師とグラムベルが話を纏めていく――どうやらグラムベルは政治に関する知識をある程度持っているようだった。

 

 話は外が暗くなり、星が瞬く時間まで行われた。声明の内容から始まり、声明の通達後に起き得る反発に対する対応策に、アルカトリの血縁者に対する保護体制の強化案などなど。

 

 これを学園の長と一人の生徒だけで決めていい内容とは思えず、尋ねてみると、なんでも老師とグラムベルは導士と学徒、というものだけでなく師弟としての関係もあるらしい。

 そして誓約によりアルカトリはグラムベルの所有物という扱いであるため、アルカトリの今後に対しグラムベルは責任を持たなくてはならず、彼の師であるロー老師には師として彼の後見人となっているらしく、その手助けをしなければならないのだとか。

 

「そもそも、魔術行使法の試し撃ちの相手にクライスタを指名したのは老師だ」

「え、ええ!?本当ですか!?」

「む、うむ、こと魔術戦であれば君に比肩する学徒はそういないからねぇ――しかし試作段階のあの行使法で勝てるとは全く考えていなかった……なんで勝ってしまったんだバカ弟子ィ……なんで負けてしまったんだミス・クライスタァ……」

 

 そんな余談を挟みつつ、老師は纏めた声明を明日にでも自治区議会に提出し、然る後に各国に通達することを約束して、今回はお開きになった。

 どうせならエスコートしてもらおうとグラムベル(ご主人様)に頼んでみたのだが――

 

「紳士としてはその役目を請け負うべきだろうが、これから私は老師と別件の話がある。悪いが一人で戻ってくれ。何、貴様のその異能ならば寮までの帰り道はどうとでもなる――暗闇に恐怖を覚える手合いだというのなら誰かを迎えに来させるか?」

 

 馬鹿にするな、と脛を蹴飛ばしてやった。

 悶絶する主人を見下ろし、老師は愉快下に「青春じゃのう」なんて笑っていた。こんな青春、望んでません。というかその単語、この世界でも存在するのか。

 

「では、気をつけて帰るんだよ、ミス・クライスタ」

「はい、ではご主人様も、また」

「……その呼び方は本当にやめてくれ。まったく、どうしてその命令は――」

 

 バタン、と最後まで聞かずに扉を閉めた。

 

「……」

 

 アルカトリは思う。

 多分、受難はこれからだ。

 あれだけ執念深く狙われていたのだ、これで解決にはならないことはわかっている。次はどんな手を使ってくるかわからない。そのためだけに大勢に迷惑を掛けていることも分かっている。

 

 だけど、少しは肩の荷を降ろせる相手が出来た。自分を決闘で下した相手と言うのが少々癪なので、嫌がらせも兼ねて『ご主人様』なんて呼んでいるが、感謝はしているのだ。

 ――初めての敗北が、こんなことに繋がるなんて想像もしていなかった。グラムベルが学校を去るまでの2年間を大事にしよう。

 

 そうして、アルカトリは寮に向かって歩いていった。

 時折スキップも加えて、鼻歌なんかも交えて――それが見られていて翌日(いじ)られることになるのだが――アルカトリは嬉しさをかみ締めながら、寮へと向かったのであった

 

 

 ――あ、そういえば自分が狙われるもう一つの理由を聞きそびれた。

 

◇◇◇

 

 アルカトリの姿が塔の窓から見えなくなったところで、ロー老師はグラムベルに話を切り出した。

 

「それで、別件とはなんのことかな? ミス・クライスタのことだけでも大変だというのに、この老体を更に鞭打つのはやめてほしいんだけどねぇ」

 

 別件、と言われてすぐに老師は()()()()()()()()()()()()()()。伊達にこの学園を取り仕切る長を務めている訳ではないのだ。その苦労人っぷりや、なぜ頭が禿げないのか、と揶揄される程である。

 

「ご安心を、老師、簡単な頼み事にございます」

「それ、絶対に厄介な奴でしょうが――話すだけ話してみなよ」

 

 ――魔術師らしからぬ人の好さも、苦労人気質に拍車を掛けているのだが、本人には一切自覚が無いことも追記しておく。

 それはさておき、グラムベルの頼みだが、老師は目を見開くこととなった。

 

「触媒を使い込んでしまったので、その材料の補充のために二月ほど旅に出ようと思っているのですが、クライスタのことをお任せしたいのです」

「君――」

 

 ――気は確かかい?という言葉を寸での所で呑み込んだ。

 

 これまで狙われ続けたアルカトリ・クライスタが敗北し、主人が出来た。

 そして主人の命により決闘そのものを――アルカトリ・クライスタ争奪戦を続けることが出来なくなったなら、どう動くのか。

 そんなの決まっている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。人を生きながらに傀儡とする魔術や霊薬、儀式は挙げていけば切りが無い。

 つまるところ、グラムベル・アーカストは決闘に勝利したことでアルカトリ・クライスタと一蓮托生の関係になっているのだ。

 その状態で旅に出るなど、手を出してくれ、と言っているようなものである。

 

 そのことを理解していないはずがない。ここにいる弟子は魔術師とはどういうものかをよく理解している。

 故に、そこには師にすら話せない何かがある、ということだ。そしてその原因にも心当たりはあった。

 

「――リントヴルムからゼレム公のご子息が来たそうだね。確か君の友人だと聞いていたが……会ったかのう?」

「……ええ、ラニウスには会いました。なんでも、クライスタに決闘を挑みに来たようです。あの男は決闘者ですからね。私に先を越されたことを悔しがっていましたよ」

 

 そして、厄介事を持ち込んだ……ということなのだろう。老師は天を仰いだ。

 

「このバカ弟子……この時期に何を抱え込んだのやら、まったく――それで、どこまで?」

「帝国に、向かうつもりです」

 

 そうだろうと思っていた。厄介事を持ち込んだのがゼレム公――現皇帝の弟君――の息子である以上、行き先などそこしかない。

 この弟子のことだ。厄介事の詳細を素直には話してはくれないだろう。頑固さは師である自分譲りなのだから。

 

「ならば出発は明日の正午にしなさい。こちらに伝がある。手紙に(したた)めましょう」

「……感謝します、老師」

「構わないよ。本当なら無茶をしようとする若者を諌めるのは先達たる私の役目なんだろうけど……君の頑固さと義理堅さは知っている。友誼を結んだ相手を無碍にしたくないんだね?なら、止めはしないさ――だけどね」

 

 (こうべ)を垂れるグラムベルに老師は先ほどの話し合いの中では見せなかった厳しい声で――それこそ、アルカトリが聞いたなら本当に同一人物か疑うだろう声音で――続けた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。それを、心に刻んでくれ」

 

 グラムベルはすぐには返事をしなかったが、無理も無い、と老師は思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 ずっと師として講義や弁論を繰り広げてきたし、時には主張の食い違いで殴り合いに発展したこともあるが、それでも、弟子としての自覚を、なんて束縛するようなことを言ったことはなかったのだ。

 困惑されるのが普通だろう。

 

 しばらくこちらを探るような視線があったが、結論が出たのか、グラムベルは一度目を瞑り、たっぷりと間を置いてから答えた。

 

「肝に、命じておきます」

「うむ、では行きたまえ。準備は万端にな」

 

 グラムベルは一礼だけして、塔を去っていくのを見届けると、老師は羊皮紙を取り出し、羽ペンとインクを引っ張りだした。

 

「さて、約束どおり、書かねばな……えっと、今代のアルスタール商会の会頭は誰じゃったかのう?」

 

 リントヴルム帝国は東方の国、西方に位置するクアエダム自治区から行くとなればマリングロウズへと向かい海路を行くのが定石だ。ならば、帝国一の港町ユークに行き着くのは必然。そこで一番大きな商会であるアルスタール商会からなら援助も受けやすい。

 

 ――ふと、そういえば弟子が独自に商人と繋がっていたことを思い出しこそしたが、些事だろう、と無視することにした。

 

 




と言うわけで、第二話でございます。

色々と設定を読み比べていて設定の優先順位をこちらで決めたり、勝手に設定を作らせてもらっています。(魔術学園の設定は投稿していただいた『ディーワと魔法の世界』の設定に出てきた古の魔術師、ディーワ・クアエダムを使わせていただいています)

ちなみに裏設定ですが、魔術学園が出来るまでは派閥や結社が独自に弟子を集め
魔術を繋いできた、という部分が強く、魔術師が軍人として働き始めたのはもっと後、という感じですね。


他にも用語集に認めていなかったので以下の設定をこちらで修正しています。
・アルスタール商会は読者様が投稿してくださったキャラの設定で出てくる商会ですが、港町の名前もそちらでは「アルスタール」となっていました。
しかし、元々の帝国の設定を考えてくださった読者様がすでに最大の港町にあたる都市を考えていただいていたのでそちらに変更しております。

以上2点、事後報告ではありますがご了承くださいませ。

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