マギアテイル   作:踊り虫

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いやぁ、やっぱり一週間に一回の更新って大変なんダナァ……と思う今日この頃でございます。2週間に一回のペースか……だいぶ遅いよなぁ。


第五話

 既に日は沈み、外界を闇と静寂が支配する中、その掘っ立て小屋内を焚き火の灯りと薪が弾ける音を背景に、三人の青年達が話していた。

 

 旅装だという鎧の上を脱いで、薄着となった行き倒れの青年。

 彼はウィリアム・G・ゲーテ、と名乗った。

 歳は16、北方の寒冷地帯に生きる少数民族の一つの生まれで、その部族の長の伝で、ディーワ魔術学園への編入するために向かっていたのだが、色々合って路銀が無くなり、野の獣を狩り、雨水などを啜ることでどうにか切り抜けていたものの――

 

「ガハハハハ!、まさかオレの故郷以上に食べられる動物が居ない場所があるとは思っていなくてな!気づいた時には手遅れだったというわけだ!」

 

 ――という訳で空腹と渇きによって、倒れ伏していた、のだと、ウィリアムは暢気に笑いながら言ったのだった。

 髪や体の汚れは医者の手で綺麗に洗い流され、本来のプラチナブロンドと色白の肌を曝け出し、金色の中にどこか炎を想わせる赤が垣間見える瞳には獣のような力強さを取り戻していた。

 

 そしてもう一人――防毒マスクに白衣の装いをした医者()()()、フィリップ・フローレンス。

 なんでもリンテイル魔術学園から用事があってこの地に向かっていたのだという彼はウィリアムの容態を調べ、何個かの霊薬を施した結果、僅か数時間で物を食べられるようになった。

 グラムベルはその手腕に舌を巻いたのだが「なんだこいつの体は……本当に人間か?」というフィリップの呟きを耳にして、何も聞かなかったことにした。

 『知らぬが仏』『触らぬ神に祟り無し』とは極東の島国「フソウ」の言葉だったか――

 

 そんなことを思い返しつつ、グラムベルは灰色のインナー姿で焚き火にかけた鍋をお玉で掻き混ぜていた。インバネスはウィリアムの鎧の傍に綺麗に畳んで置かれていた。

 

 中身はグラムベルが持ってきた乾パンと干し肉とチーズにフィリップの用意した野菜と水と調味料で作った即席のスープだ。普段は霊薬を飲んで済ませていることが多く、乾パンや干し肉と言った物はあまり口にしないので、グラムベルが食べてきた野宿の際の食事でもっとも豪華なものだった。

 なお、グラムベルが野菜を一切持ってきていなかった事に「医食同源という言葉を知らないのか」と調理中に説教された。しかしこのクアエダムでは野菜や果物などの生鮮食品類は高価で、旅に持っていくにも向かないのだ。かといってそういった生鮮食品を保存して持ち運べるアーティファクトは更に高価だ。触媒集めや工房の構築やらに費やしていたグラムベルにそんなものを買うほどの余裕は無かった。

 渋い顔になりつつ、グラムベルはウィリアムにスープをよそって渡した。

 

「緑地化が進んでいるのはクアエダムの都市部周辺だけだ。開拓事業も前回の戦乱期終息後に再開されたが、どうにも土の呪いだかで、どのような魔術で活性化させても水は死の水になり、植物も育たん場所があるらしい。お陰で動物も生きていられん環境だ」

「呪い、か?」

 

 ウィリアムが首を傾げた。魔術師、というよりも戦士と言う言葉の似合う彼のことだ、おそらくここで言う『呪い』の意味がわからなかったのかもしれない。

 

「魔術や儀式などによる人為的な呪詛とは別に伝承師の間では()()()()()()()を『呪い』や『祟り』と形容して言い表すことが多い。といっても両者の違いは()()()()()()()()()()()()ぐらいでしかないが……この地の異常もまたその一つだ」

「いかいか?」

「そこから先は学園で学べ、一年遅れだから大変だろうが……魔術学園に入る以上、学ぶことが貴様の仕事になる」

 

 グラムベルの言葉にウィリアムは「違いない!」と返した。細めの相貌を見るにここまで豪放磊落な男だとは思っていなかったのだが、人は見た目によらない、とは誰が言った言葉だったか。

 

「詳しいんだな」

 

 フィリップの仮面越しに発せられたくぐもった声に「当然だ」とグラムベルは返した。伝承師とは伝承を辿り、そこに根源への道を探る者たちだ。自分の住む地だけに飽き足らず、全国の伝承は全て研究対象である以上、知らない訳が無い。

 

「ほう、では医術に関する伝承なんかもあるのか?」

 

 フィリップの問いに「もちろんだとも」と前置きしてグラムベルは続けた。

 

「流行り病で死に絶えた村人たちの死体を切り刻む悪鬼に病人に永遠の眠りを与える死神――他にも赤子を腹を開いて取り出そうとする悪魔なんかも居たな」

「ふむ中々に物騒な怪物たちだが……それが本当にその()()とやら関係があるのか?」

 

 ウィリアムの質問はごもっともだが、これが関係大有りなのだ。その回答はくぐもった声が代弁した。

 

「流行り病の原因を調べる医者と、手遅れの病人を看取る医者。最後のは……帝王切開を行った外科医といったところか」

「ああ、当時の医者は異端扱いされていたからな。その存在を歪められていてもおかしくないだろう?」

「価値観に合わなかった、ということか」

「そうだ、当時は医療魔術は学問として受け入れられず異端とされていた。マルカス聖教国――今では2分され片方が滅んだが、今の神国と考えてくれて構わない――が最も力を持っていた時代、薬学こそ問題なく波及できたが……当時、かの国中を騒がせた切り裂き魔の存在もあって『人を救うために刃を入れる』という行為を誰も容認できなかったのだ」

 

 フィリップはくぐもった声を零した。

 

「悲しい話だ、外科医と切り裂き魔が同一視されてしまうとはな」

「価値観、思想、損得勘定……その有用性を示そうが、邪魔になる物は幾らでも存在する。新たな物はそれがなんであれ、受け入れられるまでに数々の障害が立ち塞がるものだ。事実、今から三世紀前にようやく外科医の存在を認められるようになった。私としてはそれまで耐え抜き、知識を継承し、耐え抜いてきた医者達の研鑽と人々を救わんとするその意志に私は敬意を評したい」

「人々を救う?」

 

 困惑するような声のウィリアムだったが、グラムベルは頓着しなかった。

 

「単純に言うなら人々が病に苦しむことが減った、ということだな」

 

 医療魔術は病を治し、呪いを祓い、傷を癒すという救済の先に。

 その使い手たちの弛まぬ研鑽は、かつて死の呪いとされていた病の数々の原因を見つけ出し治療法を確立していった。

 彼らの功績としてもっとも素晴らしいのは()()()()()()()()の治療法を発見し確立したことだろう。一部の病は、病巣を見つけ出し、切除しなければならない。人を殺さずにそれを成し得る技術は一朝一夕で習得できるような生易しい物ではないが。

 

 グラムベルの説明にウィリアムは驚いているようだった。

 北方の部族の生まれ、という話だったから、そうした知識が不足しているのだろう。

 

「素晴らしい世の中になったものだ……そのいじゅつ、とやら、我が故郷にも普及させたいものだ」

「そうすると良い。医術こそ人が見出した最大にして最高の技だ。体の不調はオレに報せろ。診てやる」

「それは頼もしいが、汝の手を煩わせないほど健康な方が良さそうだな」

 

 ウィリアムの返しにくぐもった声でフィリップは笑い、グラムベルは同意した。誰だって好きで病気になりたいなどとは思わないのだから当然だろう。

 フィリップが一頻り笑い終えると、もうこの話は終わり、とばかりに先に盛ってあったスープを()()()()()()()()食べ始めた。

 フィリップ曰く「病原菌の感染を防ぐのが目的」なんだとか。

 食事の段階であってもマスクを外さない事にグラムベルは苦笑いをこぼした。

 

 ふと、ウィリアムが思い出したように声を挙げた。

 

「そういえばグラムベルよ。貴様の言う伝承師は様々な伝承に通じていると言ったが、何か面白い英雄譚は無いのか?」

 

 そう言われては語らない伝承師などどこにもいない。グラムベルはにやり、と口元を歪ませた

 

「いいだろう。有名どころは大英雄ガルトリウスに悲劇の男サルバレア、竜殺しのルーカス、帝国を築き上げたかの皇帝の逸話、全て諳んじて見せようじゃあないか!」

 

 熱のこもった声だった。まるで無垢な子供のような心からの声。歓喜に打ち震えるその様は、豹変、と言って差し支えなかった。

 

「ム、ム?」

「……やれやれ、魔術師にしては真っ当だと思っていたが……なるほど伝承のこととなるとこうなるか」

「さぁさぁ!何が御所望だウィリアム!」

 

 話を振られたウィリアムは少し考えて、

 

「ならば大英雄ガルトリウスを頼もうか、名は知っているのだが全ての物語を知る訳ではないのでな」

 

 と応えた。

 大英雄ガルトリウス、と言えば世界的知名度を誇る英雄の中の英雄である。

 彼が立てた武功や逸話は数知れず、一部失伝しているのだろうが、それでもなお多くの逸話が残された傑物だ。

 

「良いだろう良いだろう!今宵は眠ることなど叶わぬと――」

「却下だ。睡眠は人にとって重要な要素だ。医者()が徹夜を許すと思うなよ?」

「――ということらしい、やれやれ、無粋な奴だ」

 

 グラムベルとフィリップが互いに睨み合う。ちょうど彼らの視線が交わる辺りで火花が散っているような、そんな光景。

 それを見て、ウィリアムは大笑いするのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 結局、徹夜しそうになるのをフィリップがグラムベルに対し手刀を首に叩き込むことで沈黙させて、伝承語りは終わった。首に与えた衝撃で意識を奪う一連の流れが戦士であるウィリアムから見てもかなり洗練されていて、教えを受けたかったのだが「患者は寝ろ」の一言で終わってしまった。

 

「この……医者がむやみに人に危害を加えるなど、阿呆か貴様」

「必要悪の処置だ。霊薬の力に頼って徹夜に耐えるつもりだったのかこの伝承バカ」

「そう言い争うな、同じ釜を囲んだ中であろうに」

 

 おかげで目覚めて早々、このやり取りである。

 伝承のこととなると目の色が変わる伝承師。

 医療こそ至高と言って憚らない医者。

 ウィリアムはなんとなくこの二人は似たもの同士な気がするのだが

 

「それじゃあ、オレは行くとしよう。また無様を晒すようなことは御免被るところだ」

「待て」

 

 グラムベルに待ったを掛けられ、腰を上げる途中で止まった。

 

「なんだ?」

「学園に行ったついでにこの手紙を何通か届けて欲しい」

 

 そう言って差し出されたのは数枚の便箋だった。クアエダムでは紙の製造法が確立されており、他の国よりも先に羊皮紙からの脱却が為されていた。

 いつのまに用意したんだこんな物、と思ったが、命の恩人からの頼みだ。断る理由も無かった。

 

「ふむ、命の恩人からの頼みだ、引き受けよう。だが――」

「宛先は全てその便箋に書いてある。別に中身を読んでもらっても構わん。それとこれは選別だ」

 

 グラムベルは懐から数本のガラス瓶を取り出した。

 

「なんだ、これは?」

「旅人の霊薬だ。これ一本で一日は空腹と喉の渇きに悩まされなくなる」

「効能は俺も確認した。非常用ではあるがきちんと効果はある。クアエダムに着いたらちゃんとした食事を取るように」

「む、むぅ……」

 

 曖昧な返事をしつつ受け取る。中身は緑色で、軽く振ると粘性の無い液体のようだった。

 ――後ほどこれを呑んであまりのまずさに悶絶する羽目になることをウィリアムは知らない。

 

「この恩、この程度では返しきれんな。今後、助けが必要ならオレを呼べ。どこにでもオレは駆けつけようではないか」

 

 そう言って、ウィリアムは掘っ立て小屋を去っていった。

 

 

 グラムベルはマスク越しで表情が一切わからない男と向き合った。

 

「で?貴様の用件はなんだ?ウィリアムだけを行かせてこの場に残る、ということは私に用がある、ということだろう?」

「ああ、そうだな」

 

 フィリップは、何てこと無いように言った――思えば最初から妙だったのだ。

 この道は今ではほとんど使われない。なぜなら東方の国ならば帝国や王国の港から隣国のマリングロウズに海路で向かった方が早く、安全だからだ。

 また、リンテイル魔女連合であれば人より大きな怪鳥、大烏(オオガラス)を使っての空路もある。

 そうして陸路が廃れた今、この道を通るのはウィリアムのようにそうした常識を持ち合わせなかった人間か――事情を知った上でこちらを通る必要のある人間だけだ。

 

 その上、この場に医者が現れた事自体が余りにも都合が良すぎた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()としか思えないほどに。

 

 ――占術。

 形式は様々だが占いによって未来を探る魔術系統の一種。

 グラムベルはこの魔術によって正確に未来を予見できる存在を少なくとも二人は知っていた。

 一人はディーワ学園での同級生。占術科の神童と持て囃される陰陽師。

 そしてもう一人は――

 

「これを読め、そこに全て書いてある」

 

 差し出された羊皮紙の封をしていた蝋を見て「やはりか」とグラムベルは呟いた。リンテイル魔女連合、魔女議会の承認印。その内容を読んだ。

 

――

はじめまして。私はフィーナ。公儀では『希望の魔女』と呼ばれている者です。

 

ミスターアーカスト。この手紙を読んだ時点で察しているかと思いますが、あなた方の存在は我々にとって重要なものとなっています。()()()()()までにあなた方を生き残らせなければなりません。

そこで私を含む大魔女5名の総意により、あなた方の監視と護衛の為に彼、フィリップ・フローレンスを派遣しました。彼ならばあなた方を守り抜いてくれることでしょう。

どうか、彼を傍に置いてくださいな。

――

 

 希望の魔女フィーナ。

 リンテイル魔女連合の代表を務める大魔女の一人。1000年前に世界を震撼させたという大災『魔女狩りの魔女』を封じた14人の大魔女の生き残りであり英雄だ。

 やはり、と言ったのは彼女はありとあらゆる古典魔術を極めていると聞く。彼女であれば一人の人物に絞れば占術で以って完全な未来を予知することなど容易いことだろう。

 

 ()()()()と書いてある以上、思い当たるのはアルカトリだけだった。

 星詠機関によるアルカトリの保護はクアエダム議会の問題だと思っていたが、魔女連合の魔女議会までもが干渉してきたということはどうやらそれだけでは済まないらしい。

 星詠機関は占術によって未来を予測し、大規模な事件や災いに対抗する機関だ。リンテイルでは希望の魔女が支部の臨時顧問という形で関わっていたはず――

 

(――来るべき時、か……いや、まさかな)

 

 一つだけ、思いつくことはある。あるのだが、その想像をグラムベルは鼻を鳴らして切り捨てた。あまりにも馬鹿馬鹿しすぎたのだ。己はただの伝承師で、アルカトリも異能こそ特殊だが、ただそれだけでしかない。

 だから自分達が想像通りの事態に巻き込まれるとは思えない。

 

「で?フィリップ、貴様はどこまで聞かされている?」

「貴様の周りに患者が増えるから診てくれ、と言われている。それ以外に興味は無いな」

「……そ、そうか」

 

 希望の魔女様、人選、間違ってませんか?という言葉は胸中に留め、ふと、手紙の続きに目を遣った。

 

――

追伸。あの子がお世話になっています。少々面倒な人たちとも縁を繋いでいますが、どうか見限らないでやってくださいまし。

――

 

 そこで手紙は終わっていた。

 希望の魔女に()()()と呼ばれるだろう相手でグラムベルに思い浮かぶのはただ一人。

 

 ――楽しく生きなきゃ損ですよぅ?だから泣くのはやめましょうよぅ。

 

 そう言って、難病を患った弟を救ってくれたかの商人娘ぐらいのものだった。

 あの悪戯娘、どうやら完全にばれてるらしい。というか、もう文面が完全に娘を見守る母親のそれだった。リンテイルで問題を起こした大魔女の末裔相手にそれで良いのか大魔女様。

 正義の魔女にばれようものなら断罪ものだろう。グラムベルは苦笑いを零した。

 

 さて、とフィリップを見た。

 仮面の所為で表情は読み取れない。だが、彼の診察や霊薬の効能確認の手際などの手腕は見た。戦闘能力は――そういえば的確に急所に手刀を叩き込んで気絶させられたのは昨日のことだったか、おそらく格闘戦であればかなりのものだろう。

 

「で?行き先はどこだ?」

「陸路でラングルを経由して帝国に向かう……着いて来るか?」

「患者居るところに医者あり、だ。患者が増えるというなら俺が行かない理由は無い」

 

 違いない、とグラムベルは返した。

 

 

◇◇◇

 

 

――――

 

この手紙が読まれている、ということはウィリアムが学園に無事到着した、ということだろう。私の予想では4日か、もっと早いか、といったところか。陸路の整備が成されていたなら馬も使えるのだが、やはりクアエダムは旅人の墓場などと呼ばれるだけのことはあるらしい。

こちらの旅はだいぶ遅れこそあるが問題なく進んでいる。この手紙が届いている頃にはラングルに到着しているはずだ。そこで一週間ほど滞在してから山脈を通り抜けて帝国へと向かう。

 

この手紙を届けたウィリアムだが、偶然行き倒れているところに出くわしてしまってな。介抱してやった際に魔術学園への編入生だというので発つ時にこの手紙を持たせたというわけだ。もちろん、貴様だけでなくオレの友人達宛てにも届けさせている。

 

今回、こうして手紙にて連絡をした理由だが、今後、使い魔による連絡を行えないからだ。

伝書鳥を使うという手もあるが、それでも何日掛かるかわからん上に、遠距離連絡用の魔術は効率があまりに悪くてな、準備していない。

一応、帝国に着き次第手紙を送るつもりだが、届くのは一週間以上先になるだろう。ラングルに送られてもその頃には私は帝国に向かっているはずだ。返事は無用、と言うわけだ。

 

正直このペースだと2ヶ月、では済まなくなる可能性すらある。次に会うのは2学期かもしれん。

それまでの間はクアエダムから出ない方が賢明だろう。道中で神国の密偵と思われる女と会った。まだ私が貴様の主人だということはわかっていなかったようだが、このままで終わるとは思えん。市街に出る際は注意しておけ。

 

では、また機会を見て連絡する。

 

 

追伸。

学園に戻った暁には貴様の拡げた縁を確認させてもらうことにするが。それだけでは少々もの足りんのでな、宿題を与えることにする。

私の工房に入るための護符を同封した。工房内にある伝承を書き記した本の内一冊を暗記しておけ。次会った時には諳んじてもらうのでそのつもりで。

 

 

――――

 

「えと、これをごしゅ――グラムベルさんが?」

 

 アルカトリはそう、手紙を届けてくれた相手、ウィリアムに問いを投げた。

 背の高さは大体、グラムベルと同じぐらいか、どういう訳か立ち姿からは巨岩と相対しているような威圧感を覚える――のだが、

 

「は、はい」

 

 青年の()()()()()()()()()()()()()と目に宿る優しげな眼差しが、その威圧感を打ち消すどころか打ち勝っている始末で、、首には冬でもないのに毛皮のマフラーを巻きつけている姿もまた、ちぐはぐな印象をアルカトリに与えていた。

 

 リーンから編入生の話は聞いていた。なんでも北方の生まれで、この方魔術に触れたことが無かったものの、最近になって異能に目覚め、その制御法を得る為に学園に来たらしい。その為異能科に所属するんじゃないか、と言っていた。

 

 ――そしてもう一つ。リーンは彼のことが苦手である、ということも。

 

 それは、今日の昼休みのことだった。

 

「ア゛ァァァ……、コイバナ成分が足りないィ……なんでこの学校って出会いが少ないのォォォ?」

 

 昼休みになって遊びに来たリーンが、そんなことを言いながら机に突っ伏した。

 アルカトリは死んだ魚の目になり、フィーは冷ややかな目でリーンを見やる。フェイは苦笑いを零していた。

 彼女と知り合ってから一週間。一悶着あったものの。今では昼休みになると、時折こちらのクラスにまでリーンが遊びに来るようになった。

 ちなみにリーンの扱いだが、クラス内では「アルカトリの舎弟」という認識をされているようだ。「舎弟って何?年下の友達ってだけなのに……」と影で涙したアルカトリがいたそうだ。

 

「リーンのセンサー、壊れてるし仕方ないね」

「リーン、何を言ってるのか良くわからないんだけど……」

「さすがは学園七不思議のコイバナ妖怪……コイバナ探して三千里って感じかな?」

 

 上から順にアルカ、フィー、フェイである。リーンが思わず「酷いです先輩方!」と言う程度にはあれだった。

 その後もぶつくさと拗ねる見た目幼女の後輩に苦笑いしつつ、フェイは言った。

 

「そういえばリーンの学年に編入生が来たって聞いてるけど、どうなの?」

「そうでしたそうでした!ウィリアム君って言うんですけど凛々しい顔に鍛えられた体、色白の肌に綺麗な金髪――見た目だけなら絵物語の王子様!……なんですけど、なんか言葉が変なんですよねぇ」

「言葉が、変?えっと、言葉が拙いってこと?」

 

 よくわからない話だった。声が変、なら見た目に対してイメージに合わない声だったのを変、と言うのかもしれないが、言葉、と言われるとそれぐらいしか思いつかない。

 だが、リーンは思い出したかのように言う。

 

「――あ、そういえば言ってませんでしたね。私、()()()宿()()()()を研究してるんです」

「言葉に宿る、魔力?」

 

 リーン言うには、人の言葉には無意識に魔力が混じるのだという、そこに着目した彼女は、それを利用して言葉の魔力からそこに込められた感情を探ることが出来るのだとか。

 とんでもない話だった。フェイとフィーも唖然としている。

 つまり彼女は言葉を聞くだけで虚飾を暴くということに他ならない。普段からのふざけている様子からは想像のできない話だった。

 

「すっごいなぁ……」

「うん、すごい……それ、論文にして発表したらすごいんじゃない?」

「いやぁ、それほどでも~」

 

 褒められてでれでれと照れる姿は幼い見た目と相俟って可愛らしい。その姿にデレデレと視線を送るクラスメイト数人に睨みを利かせるとクモの子を散らすように逸らされた。

 

「で、そのウィリアムって子の言葉がどう変だったのさ?」

「ああ、そうでしたそうでした。ウィリアム君なんですけど。ずっとおどおどしてて――」

「それってただ単に来たばっかりでここに馴染めていないだけなんじゃ」

 

 リーンはその言葉を否定はしなかった。

 

「私もそうだと思います。北方寒冷地帯の部族の生まれらしいですし、慣れない環境で不安になってるんだとは思うんだけど」

 

 そこで一度言葉を切ると周りをきょろきょろと見渡してから声を潜めて、こう続けたのだ。

 

 

 ――まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな気持ち悪さがある、と。

 

 

 

(やっぱり、よくわかんないな)

 

 結論の出ないまま、遠ざかって行くウィリアムの後ろ姿を見送ると、考えを切り換えてアルカトリもまた歩き出した。

 

 向かう先はグラムベルの工房である。今日は誰とも約束していないし渡りに船だ。

 突然出された宿題もむしろご褒美と考えてもいいだろう。『ラングルの塔』を返すついでに別の面白い物語に手を出すのも悪くない――次はどんな英雄譚を読もうか。

 

 

 

◇◇◇

 

「――やはり、未だに快復の兆候は見られぬ、か」

 

 ラニウス・ゼレムは溜め息を零した。

 現皇帝が原因不明の呪詛を受けてから更に日が過ぎたが、未だに伯父は目を覚まさない。重要な政務は皇帝自らが引き受けていたため、その大部分の負担は宰相、スマウグ・ナーガが一手に担っていた。しかし、それも限界が近いだろう。

 

 協力者としてグラムベルを呼んだが、彼の到着よりも先にスマウグが倒れ、政務が滞る可能性の方が高い。皇帝が病床に伏していることも隠し切れなくなるだろう。

 そうなれば、嬉々として神国は攻め込んでくる可能性がある。

 

「……やはり、()()()()()()()()()()()?」

 

 懐から取り出した紙――それは帝位継承権を持つ者たちに配られたモノだった。

 

「伯父上……あなたは何を考えているのだ」

 

 ラニウスは独り、呻いた。

 

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