マギアテイル   作:踊り虫

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あー、すっごい時間が掛かった……本当に遅筆ですいません。いい加減本筋の話に入らなきゃいけないけどそれも難しいなど。Tips書くの楽しすぎる(オイ待て)


第八話

 牙城の里、ラングル。

 

 大陸の中央山脈地帯の一角に存在する、実在した魔術師、ラングル・アデルベルクが立ち上げた隠れ里を起源とする錬金術師の聖地(メッカ)だ。

 戦乱期が終わりを告げ、各国が国を建て直し、その傷跡が癒えてきた約百年前まで塔に見紛う程の土壁に囲まれていたこの地は、塔の内に「世界の神秘が眠っている」と噂されていた。

 

 その塔に、アルガラントの青年魔術師が挑んだ。

 彼は風の魔術による飛行術を磨き上げ苦節数年――青年は塔の頂上に到達したことで、この里は発見され、紆余曲折を経て国交は開かれ、塔は自然と崩れ去った。

 

 ここ数年はロー・アンク老師の手によってこの里を興した錬金術師ラングル・アデルベルクの生涯と里の成り立ちをドラマチックに書き起こした書籍「ラングルの塔」が各国でベストセラーとなり「物語の舞台となった地」としての側面を持ちつつある。

 

 また、大陸でも有数の霊地であり、生態系と錬金術が独自の発展を遂げ、この地でしか見られない植物が多く見つかる他、ゴーレムと呼ばれる自立思考型土人形を生成、使役する手法を確立しており、動く土人形達の手によって環境の保全が行われている。

 

 ――そのゴーレムの内一体、馬型の個体が、二人の男をその背に乗せ、ラングルへの帰還を果たしていた。

 

「やれやれ、毎度のことながらゴーレムに乗りながらの獣道となると中々きついものがあるな」

 

 黒髪褐色の青年が彼にしては珍しく疲れたような顔をして溜め息混じりにそう零すと、相方と思しき白髪褐色の青年は独特な仮面越しにくぐもった声で返した。

 

「確かに途中でお前が吐きそうになっていたのには本当に焦ったな」

「馬以上の速さで道なき道を踏破したんだぞ!あれで酔わない方が難しいだろうが!」

 

 想像だけで酔いのぶり返すような動きを思い出したのか、「うぷ」と黒髪の青年――グラムベルは顔を青くして口元を押さえた。

 

「そうか?思った以上に爽快だったぞ?」

 

 対する白髪の青年――フィリップはけろりとした顔でそうのたまったのであった。

 彼らは与り知らぬ事だが、この馬型ゴーレムには乗り物酔いを抑制するために様々な魔術が施されている。

 そのため現代換算にして時速120kmオーバーを獣道で出しても乗り手に対して揺れの影響はかなり抑えられているのだった。

 

 仮面で表情が見えないが、しかし言葉通りなんとも無いのだろう。

 グラムベルはそんなフィリップを恨めしく思いつつ、ゴーレムの背から降りた。それに倣い、フィリップも降りた。

 するとゴーレムは一人でに動き出し、どこかへ走り去ってしまった。あくまでもあのゴーレムは麓とこの里の間を行き来する役割しか与えられていないのだろう。

 ゴーレムの後姿を見送ると、フィリップが話を切り出した。

 

「それで?わざわざ宿を予約するのを止めたんだ。宿の当てはあるんだろう?」

 

 その言葉に、グラムベルは鼻を鳴らした。

 国交が行われるようになってから山脈地帯の麓にある街がラングルへの窓口となり、宿場町となったが、ラングル内でも宿を取れるようゴーレムを要請する際に一緒に頼めるようになっている。

 その手続きをしようとしていたフィリップを制したのは、グラムベルだったのだ。

 

「付いて来い」

 

 言葉少なに、グラムベルは目の前の坂道を登り始めた。

 あまりにも不親切な物言いにやれやれ、とフィリップは肩を竦め、その後ろを追従する。

 ラングルはその成立の都合上、中央山脈地帯の山の頂上近辺にある。

 そのため空気が薄く、整地されてこそいるが坂道も多い。老人は苦労すると思うのだが。どうやらこの地に住まう人々はだいぶ(たくま)しいらしい。

 どこかに湧き水の出る場所があるのか、それを桶で運び入れるご婦人方は細腕で軽々と持ち上げながら談笑に興じる余裕があるようだ。

 また、老夫婦が斜面を棚状に切り開いて作ったと見られる小さな畑の世話をしている姿も見えた。

 子供たちが木の枝を使って剣士の真似事をしたり、走り回ったり、縄を使って縄跳びをしたり――中には人型のゴーレム相手に子供が数人組み付いてじゃれついていた。

 見る限り、木と土と石で作られたラングルでも一般的な物だ。

 

「……前に来た時も思ったが、若い男が見当たらないな」

「ここは錬金術師達の聖地(メッカ)。錬金術師の本分は研究だからな。その多くが工房に籠るか麓の町で仕事をしているのだろうよ。あとは……今の次期はヤギの毛刈りの為に中腹の牧場に行っているのかもしれんな」

「ヤギ?……ああ、銀糸山羊の毛刈りの時期か」

 

 ラングル近辺では牧畜が盛んなことで知られており里の近辺にある山々で牧場を営んでいる者も多い。特産品としてこの山脈地帯特有の種である銀糸山羊の毛糸で作られた衣服や織物の他、銀糸山羊の乳を使った乳製品が挙げられる。

 

「土芋(こちらの世界で言うジャガイモ)を蒸した物に銀糸山羊の乳で作ったチーズを炙り溶かしたのを塗って食べた時の感動は今でも思い出せる」

「栄養を取るならシチューも良いな。銀糸山羊の乳なら絶品のシチューになること間違いなしだ」

「悪くない……山の夜は寒いからな。飲めば体の芯まで暖まるだろう」

 

 そんな取り留めの無いことを話しながら坂道を登っていく。どんどん、どんどん先へと進んでいく。途中で銅像――錬金術師ラングルアデルベルクの像――の立つ広場を越え、数日前世話になった民宿や民家、工房を越えて行った。

 ――時間にして小半刻、しかしその時点でどこに向かっているのかをフィリップは理解した。

 

「グラムベル」

「なんだ?」

「まさかかの()()と知り合いなのか?」

「あくまで師……と友人の伝だ。直接の面識は無いが、手紙を送ったところ是非泊まって行け、と返事が来てな」

「……素直に宿を取った方がいいんじゃないか?」

「好意を無碍にする訳にも行くまいさ」

 

 そう言っているうちに山頂が見えてきた。

 ラングルの里の山頂には高山に自生する草花に囲まれた一軒の邸宅が建っていた。

 

 それこそがラングルの里の長の家だ。

 グラムベルは迷うことなく邸宅に向かうと戸を二度ほど叩き、声を掛けた。

 

 「もし、里長殿はいらっしゃいますか」

 

 ――少し待ったが、返事は無かった。

 

 「……留守か?」

 「そうらしいな……少しばかり庭を見て回るか……」

 「不要ですじゃ、お若いお客人」

 

 ふいに後ろから声を掛けられ振り向くと、老人がいた。

 白髪の()()と長く伸ばされた白髭に優しげに細められた眼をした老人はグラムベルを見て「ほう」と息を吐いた。

 

 「そのインバネス……ローの弟子じゃな?」

 「はい、グラムベル・アーカストという者です……お会いできて光栄です『剣聖』ヴェルガ・アデルベルク殿」

 

 ――剣聖。

 魔術の中でも異質とされる肉体や精神の修練の先に強大な魔術現象を引き起こす魔術系統【修練魔術】の亜種系に魔法剣と呼ばれるモノが存在する。

 その魔法剣を体得した人物こそが『剣聖』である。

 

 現在、大陸内で魔法剣を体得していると知られるのは僅か五人。そして目の前の老人――ヴェルガ・アデルベルクこそがその五人の中の一人なのである。

 

 「ほっほっほ、そうかしこまらんで良い……ところでその()()()()()の君は」

 「フィリップ・フローレンスです剣聖殿」

 「ほほ、なるほど――立ち話も難じゃし、お入りくだされ」

 

 そう言って、老人は二人を我が家に迎え入れたのだった。

 

 

 

 

 邸宅の中は様々な文化圏の調度品が置かれていて統一感は無かったが、しかしその全てが調和を乱すことなく同居していた。

 ――ラングルは塔に覆われる以前、戦乱期の混乱の中を逃げ延びた難民達を受け入れてきた。そのために今では失われた宗教や文化が混ざり合い、塔に閉じこもった長い期間を経て調律されたのがラングルの里である。

 故にこれまで見てきた民家の建築様式も多少は山脈地帯に対応するアレンジこそされていたが、バラバラであった。

 外から来たフィリップからすれば少しは違和感を感じる物だったが、しかしそれに嫌悪感を感じることはなかった。

 

 翁はその調度品の一つらしい木製のテーブルにに向かっていたので、フィリップは先回りして椅子を引いて待つと彼は「ありがとう」と謝礼を述べてゆっくりとその椅子に腰掛けると、二人にも反対側の席に着くように促すのでお言葉に甘えて座らせてもらう。

 それを確認するとヴェルガ翁がテーブルの上に置いてあった呼び鈴を二度鳴らした。

 するとそれぞれ男と女のような容貌のゴーレムが二体、現れたのである。

 

「儂らに茶を用意してくれ。そのあと簡単な昼食も頼めるかの?」

 

 翁のオーダーに二体のゴーレムは一礼すると、ギシギシと音を立てながら別の部屋――おそらく台所へと姿を消す。

 その姿にグラムベルがほう、と関心を示していた。

 

「申し訳ない、少々会議が長引いてしまいましてな。客人を迎え入れる準備も出来なんだ」

「いえ、。むしろこちらが礼を言わねばなりません」

 

 フィリップがそう言いつつ、マスクを外した。流石に招待されておいて顔を隠すのは無礼である、と思ったがためである。

 だが、肝心のグラムベルの視線はゴーレムを呼び出した呼び鈴に釘付けになっており、隣からわき腹に一発肘鉄を食らわせておいた。がどこ吹く風であった。

 

「よく出来てるじゃろ。それは倅が作ってくれたゴーレムなんじゃ」

「なるほど次期里長殿の作品でしたか。刻印ではなく声での命令で動けるとは……もしや本体はその呼び鈴では?」

「ほほう!良く見ておるの!その通りじゃお客人。ゴーレムの核となる魔法陣はこの呼び鈴の内側に描かれておる。故にあれが崩れようとも、これを鳴らせば元通りになる代物じゃ。見てみるかの?」

「喜んで!」

 

 グラムベルは差し出された呼び鈴を受け取るとそれを丹念に調べ始めた。

 普段の無表情が消え去っており、まるで新しい玩具を与えられた子供のように目を輝かせている。

 

「――二つの円環()は終わりと始まり、生と死、生まれ変わりを象徴する記号だが、はてさて。この六亡星の意味するところはおそらく――いやまてよ?それだけでこれほどのゴーレムを生み出せるとは思えない。であればこの呼び鈴の意味は……とすれば魔法陣に刻まれている文言は暗号化こそされているが恐らく――」

 

 そこまで言って、グラムベルは呼び鈴をまじまじと眺め、少しして満足したのかお礼とともに呼び鈴を返した。

 

「ほっほっほ。おぬしから見てこの魔術はどうじゃった」

「とんでもない代物です。モチーフはおそらく人類始まりの二人『原初の夫婦』。二つの円環は比翼の指輪を、六亡星は対となる存在の調和を意味するもの、であれば今回は男女の営みを示していると類推できる。文言は『我ら伴にありて、我ら主の供にあります』――原初の夫婦について記された古典の一節、神前において彼らが交わした婚約と、婚約の後も神に仕えることを誓った言葉だ。この地を楽園、呼び鈴を鳴らした人物を主として定義し、原初の夫婦を真似たゴーレムを使役する。はっきり言って化け物じみた技量だ。同じ発想が出来たとしても()()()()()()()()()()()を与えられる錬金術師はそうは居ないでしょう」

 

 そうじゃろうそうじゃろう、と翁は満足げに頷いて見せた。たとえ若輩者からの評価であっても肉親の作品を褒められれば嬉しいと思うものなのかもしれないが、フィリップは驚愕していた。この解答を導き出すのにグラムベルは一切魔術を用いていないのだ。

 アーティファクトの解析は基本的に魔導士――魔導書解析の専門家が兼任する作業である。そしてその際には安全の為に解析用の魔術を用いて行うのが一般的だ。

 魔術を使用すれば魔術汚染が軽度、重度に関わらず発生するものであり、魔術師としての才を持つ者は潜在的にそれを感じ取ることが出来るのだ。しかし、グラムベルからはそれが一切感じ取れなかった。

 

「あの子からは『魔術は3流だけどとんでもない目利き』と聞いておったがよもや一目でそこまで見抜かれるとはのう!」

「あくまでも類推しただけのことです。正確なことは製作者である息子さんの方が詳しいでしょう」

「いや、魔術抜きでそこまでの目利きが出来る魔術師はそうは居ないぞ」

「驚嘆すべきはその知識量とそこから瞬く間に解答を引き出す応用力じゃな。その歳でよくぞそこまで研鑽を積んだものじゃ……おぬし、伝承師と聞いておったのだが、もしや魔導師だったのかの?」

「……知り合いの商人に少しばかり教えられたもので」

 

 妙に苦々しい顔でグラムベルは答えた。

 あ、これは聞いてはいけないことだ。直感的悟ったフィリップと翁は目配せし話を変えようとして、ふと高山地帯特有の清涼な空気と共に数種類のハーブの匂いが入り込んだ。

 

「これは……ハーブティーですね?アンサグ、クロムネイト、グリムボット、タラスグラス……いずれもラングル特有の種だ……全て高値で取引される薬草ですよ?こんな高価な物まで」

「ほっほ、お客人、そう緊張せんでくだされ。これはこの里では当たり前のように飲まれてきた物ですじゃ。そんな大層な物ではござらんよ」

 

 そんなことを話しているとギシギシと音を立てながらも機敏な動作でゴーレムの内一体、男性型のゴーレムが湯気の立つティーポットと三人分のティーカップを持ってきた。もう一体は、どうやら石釜に火を起こしているらしい。

 ゴーレムがお茶を注ぎ、そして配膳していくのを眺める。ギシギシという異音こそ聞こえるが、その動作はかなり滑らかだ。オートマタでもここまでの作品は稀だろう。

 

 ――それこそ、()()()()()()でも中々お目にかかれないだろう。

 

 そんなことを思いながら、フィリップはハーブティーに口にするのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 翁との会話はとても盛り上がった。

 例えばグラムベルの友人だという少女の話。

 ――翁はグラムベルがその少女の良き伴侶になるのではないかと思っていたようだが、グラムベルはあっさりと否定しておりがっかりさせていたものの、少女がどのような学園生活を送っているのか、彼が知りえる範囲で教えた。

 その少女は今日も昼寝してるだろうな、なんて言っていた。

 

 例えば生まれの話。

 ――グラムベルが自身と同じアルガラント出身であることを知って故郷談義で大いに盛り上がった。途中で翁を置いてけぼりにしていたのを思い出し二人で頭を下げた。

 翁は優しく笑って見せた。

 

 

 例えば、グラムベルの師である人物の失敗談。

 ――伝承師にしてディーワ魔術学園の長、ロー・アンクとは旧知の間柄であり、若い頃は旅に赴く彼の護衛を一時期担っていたのだというが、どうやら当時はだいぶ()()()()していたらしく、その後始末に奔走させられたのだとか。

 「道理で師が会わせてくれなかった訳だ」とグラムベルは苦笑していた。老師は若い頃の失敗を弟子に知られたくなかったようだ。

 余談だが、その話の中で、行き倒れになったところを通りかかった医者が助けてくれたという話をしてくれた。

 その時の翁がこちらを見る目が優しかったので、おそらくその医者は――

 

 

 例えば、グラムベルがディーワ魔術学園のアルカトリ・クライスタを決闘で負かした件。

 かの誓約を刻んだマナ使いの少女の話はこの山中にも知れ渡っていたらしく、彼女から大金星を上げたグラムベルのことも翁は聞いておきたかったのだと言った。

 だが、グラムベルの歯切れが悪くなり、翁と二人で目を合わせたものである。

 

 他にも件のゴーレムお手製のサンドイッチを食べたり(ゴーレムの材料は土や岩、木を用いるので衛生に悪いと思っていたのだが、どうやら物理的な浄化の術式が掛けられていたらしく、土や泥なんかが混じったりといった問題は無い様だった)暗くなってきたので湯浴みをしたりした。

 グラムベル曰く、ラングルの山脈地帯には天然の温泉が点在し、そこを囲うことで共用の湯浴み処にしているのだという。翁と三人で向かった湯浴み処も盛況で、そこで里長だけでなく多くの住民と交流することとなった。

 

 そして夕食には期待していたシチューが振舞われ、二人してそのおいしさに頬を緩めた。やはり、ゴーレムが作ったとは思えないおいしさだった。

 

 

 これで終われば最良の一日だったというのに――

 

 

「お、ご――が――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 グラムベルが、床で這い蹲り、苦しみ悶えていた。

 口の端から泡を噴き、床をがりがりと手で掻く。爪は割れ、血を流し、しかしその苦悶は収まることなく男を侵す。

 浅黒い上半身は曝け出され、その至る所を()()()()()()()()

 

 それこそ、初見では呪詛を掛けられたかのようで、医者であるフィリップはすぐにでも解呪を試みようとして翁に止められたのであった。

 

「ぎ、ぎぃぃぃ――げぉ――ご」

 

 男の肌の上を蠢いていたものはしかし、虫でも無ければ蛇のようなものでもなくナメクジでもない――いや、それはもはや生き物ですらなかった。

 

 ――それが呪いではないと教えられ、それでも納得できる光景ではなく、しかし手を出せば二人とも死ぬことを告げられ、歯軋りをしてその光景を見続けることしかできない。

 

「ぐ――あ――ぁ」

 

 苦しみのたうつグラムベルを侵していた物。それは文字や文様だった。

 ルーンに漢字、古代アルガラント語にヘリオース教の経典の一節から魔法陣によく見られる簡易的な記号などの魔術刻印こそが、男を苦しませる原因だった。

 

 

 ――どこか、儀式を行うのに適した部屋はありませんか。

 

 グラムベルがそう言い出したのが一刻ほど前のこと。何をするつもりなのかを問うた翁に、彼はインバネスの内側。インナーで隠された肌を見せた。

 それは、フィリップから見ても異様な光景だった。衣服で覆われていた部分が一度爛れたかのように変色していたのだ。まるで焼き鏝を当てられた古い傷跡のようにも見えた。

 それはなんだ、とフィリップが震えた声で問うと、グラムベルは淡々と告げた。

 

 ――これは刻印が刻まれていた名残だ。私は才が無い故に直接体に刻み込んだ刻印を一回一回使い切りにするしかなくてな。少し前に全て使い切ってしまったんだ。これを刻みなおしたい。

 

 翁は長考の末に、それを許可したのだった。おそらくロー・アンクの弟子が使う魔術、かのアルカトリ・クライスタから大金星を上げた魔術への興味が勝ったようだった。

 

 

 ――翁はあの子や孫には見せられない、と目を伏せた。

 そもそも肉体に魔術刻印や魔法陣を刻むのは魔術を扱う際の補助を目的としていることが大半だ。肉体に刻み込んだ刻印を一々使い捨てにするなら呪符にした方が良いし、そもそも補助目的なら多くとも10もあれば普通の魔術師であれば事足りる筈だった。

 

 だがもしも()()()()()()()()()()()()()()()であったならば、そして彼がここまでの責め苦を受け入れてでも魔術師になることを願ったのならば――その結果が自身の肉体に大量の刻印を刻み、使い潰すという暴挙。一つや二つであれば魔術師にとって小さい苦痛もこれでは拷問と変わらない。

 しかも元々の痕や工程を見るに幅広い系統の魔術刻印を一度に何千と刻んでいる。これでは刻印同士が干渉し合い、魔術汚染を引き起こしかねない――いや、むしろその汚染に近づくことで自らを魔術師たらしめんとしているのだろう。

 事実、彼の周囲の空気に澱みこそあったが、それがこちらを害する様子は無い。苦痛に苛まれながらも魔術汚染を己の物としている証左であった。むしろ、外からの余計な手出しをしてこの均衡が崩れようものなら何が起きるかわからない。

 

 フィリップは、この儀式が無事に終わるのを待つしかなく、翁は杖を持つ手に力を入れていた。

 

 

 儀式が終わったのは日付の変わった、深夜のこと。刻印の蠢きは時が経つ程に弱まっていき、とうとう肉体に定着したようだった。あとはおよそ一週間を掛けて刻印を肉体に馴染ませる。当然絶対安静である。

 気付けば魔術汚染も儀式の終了とともに霧散していたのか、清涼な空気に入れ替わっていた。

 

 脂汗を噴出し、荒くなった呼吸をすこしずつ整えていくグラムベルに、フィリップは清潔な布を渡して言った。

 

「汗を拭け、この寒さでは風邪を引く」

 

 助かる、と短く答えて、グラムベルが受け取った布で汗を拭うのを見つつ、フィリップはグラムベルを()()。診て、眉を顰めた。

 ――すでに霊体の一部が刻印に侵食されている……

 

 霊体とはすなわち肉体とは別に存在する霊的身体であり、より魂に近しい肉体だ。その姿は現世(うつしよ)の肉体に依存する。

 肉体が傷ついたところで霊体に影響は無いが、しかし霊体が傷付いた場合そのフィードバックが肉体に現れる。

 そして魔術の多くはこの霊体へと影響を与え、そのフィードバックで以って肉体に反映させるものであり、刻印もその例に漏れない。

 そして肉体に刻印を刻む代償は魂なのだ。とはいえ、刻印の一つ一つが支払う代償は微々足るものであり本来であれば影響は無いに等しい。だが、それを何千何万と刻み込み使い捨てにした結果――現時点でグラムベルは霊体を蝕まれてしまった。

 

 霊体を蝕まれている以上、その影響は肉体と魂双方に現れる――おそらくグラムベルは寿命を今も少しずつ少しずつすり減らしているに違いない。

 今すぐ死ぬ、なんて話ではないが、それでもこのまま魂を切り売りするような魔術行使を続ければ長生きはできなくなるだろう。それに自ら寿命を捧げてしまう魔術師は珍しいとはいえ、居ないわけではないのだと、フィリップは師より教わっていた。

 

フィリップはその事実に歯噛みし、翁はその姿に険しい表情をしていたが、結局、何も言わなかった。

 

 

 ――その後、ラングルに滞在した一週間は何事も無く過ぎていった。

 

 刻印を馴染ませるために絶対安静を言い渡されるも触媒の取引をするために里を歩き回るグラムベルと、意識を刈り取ってでも患者(グラムベル)を連れ戻そうとするフィリップの追いかけっこが何回かあった。

 

 翁の孫娘――名はイルヴァと言った――が翁の邸宅に訪れた時は翁が戯れと言って魔術師的英才教育を施しているのを目撃することとなった。翁自身は戯れと言っている辺りに魔術師らしさが見て取れた。

 出会った当初は人見知りしたようで二人を見て翁の背に隠れてしまったが、翁が機転を利かせてグラムベルに伝承の語り聞かせを任せると何も無しに彼女たちの年代が好みそうな物語を選んで諳んじ、聞かせて見せたことで仲良くなれたのだった。

 

 事実、二人が里を離れる時に恥ずかしがりながらも二人に花の輪を作ってプレゼントしてくれた。

 グラムベルは「ほう、これは立派な触媒になるな……大事に使わせてもらうとしよう」なんて本人の前でのたまったので、流石にぶん殴ってやろうと思ったのだが、どういうわけかその発言に少女は喜んでいた。童女にあるまじき価値観であった。

 

 また、イルヴァの両親――つまり翁の息子夫婦――とも会った。

 あの呼び鈴の製作者ということもあり、翁がグラムベルの目利きについて教えるとやはり驚いていた。グラムベルと父親は非常に馬が合ったらしく、議論に花を咲かせて――それに嫉妬して膨れっ面になったイルヴァが割り込んできて父親が慌てて構う、なんて微笑ましい家族の姿を見ることが出来た。

 

 そんなこれまでのことを思い返しつつ、ガスマスクを身に付けたフィリップは翁と向き合い、頭を下げた。

 

「この一週間、お世話になりました――それこそ連れが本当に多大な迷惑を……」

 

 思い返せば3日目を過ぎた辺りでもはや自分達がこの里で一番偉い人物の家に泊めてもらっているということすら忘れてグラムベルに振り回されていたように思う。

 

「オイ、待てこの医療狂い、そもそもお前がぶん殴ってでも回収する、と躍起になったのが原因だろう」

「うるさい、患者は大人しく寝ていろと何回も言っても聞かない貴様が悪い。素人判断で悪化させるつもりかこの魔術馬鹿」

「褒め言葉として受け取ることにしよう」

「むしろ貶してるんだ愚か者」

 

 ピリピリ、と二人の間で視線が交わり火花を散らす。イルヴァは翁の背中に隠れ、翁は笑うのみだった。

 

「ほっほっほ、気にするでないよフィリップ。何、儂にとっては君らはもはや身内じゃて、じゃが、君は苦労する羽目になるじゃろうなぁ……なんせローの弟子じゃし」

「それはどういう意味ですか!」

 

 即座にグラムベルが噛み付いたが、翁はさっくりと返した。

 

「だってあやつの若い頃にそっくりじゃぞ?あやつも絶対安静にしてなければならんのに伝承の収集に奔走して儂も振り回されたからのぉ……同情するぞフィリップ君」

「同情するなら手伝ってくださいよ……」

「この老骨ゆえな、若者の動きに合わせるのはとてもではないが無理じゃな」

 

 そう言われては、フィリップも肩を落とすしかなかった。

 なお、素知らぬ顔のグラムベルには肘鉄をプレゼントしておいた。

 ――そんな彼らの耳に、ギシギシと近づいてくる音が。

 それは帝国領との国境に位置する山脈の麓町に向かうゴーレムの音に他ならない。それから数分も掛からず、馬型のゴーレムが到着した。

 フィリップとグラムベルは手際よくてきぱきと互いの荷物をゴーレムにぶら下げると、そのままゴーレムの背に飛び乗った。

 

「では、お世話になりました!また遊びに来ます!」

「次は流石にちゃんと宿を取ってきます」

「ほっほっほ、そんな気を遣わんでよろしい。また泊まりに来なさい。そしてこの翁に外の話を聞かせておくれ――それと、グラムベル」

 

 そして翁は、別れ際にグラムベルへと問いかけた。

 

「おぬしはローに……魔術師に何を見た?」

 

 それは、魔術の才の無い身でありながら霊体を刻印に蝕まれてでも魔術師であろうとするグラムベル――旧知の間柄である老師の弟子へと向けられた問い。

 グラムベルは、何の逡巡も無く、即答してみせた。

 

 ――()()の夢を見ました、と。

 

 その夢がなんなのか、翁はグラムベルに問うも、彼はそれ以上を黙して語らず。それが今回の旅におけるラングルの里との別れの言葉となった。

 

 翁は人の好さの窺える笑顔で、その孫娘はその翁の裾を握りながら、空いている方の手を目一杯振って、見送ってくれたのであった。

 

 

 

 

「で、次の目的地はどこなんだ?帝国、としか聞いていないぞ」

「次は老師の伝を頼りに行く」

「……そうか。で、場所は?」

「帝国南部の最大の港町――ユークだ」




Tips
・ヴェルガ・アデルベルク
 当代アデルベルク家当主にしてラングルの里の長を務める人物。大陸内で五人しかいない剣聖のうち一人。御歳89歳の人の好いお爺様。ロー・アンクとは旧知の間柄。
 精神の鍛錬の末に剣に近い形状の物であればなんであれ「剣」として振るうことを可能とする魔法剣『万(よろず)の剣(つるぎ)』を体得。
 その本質は斬るという動作によって対象に「斬った」という概念を叩き込むというもの。
 それ故に細長い物であれば彼の手に掛かれば剣となるのである。
 短めの仕込み杖を持ち歩いており、必要とあらばそれを武器にして戦闘を行う。相手によっては魔法剣を使わなくても不意打ちによる抜刀で切り伏せられたりとその実力は年老いてなお衰えを知らないように見えるが、本人にとってはそうでもないらしく、無理をするとぎっくり腰になる。
 飄々とした好々爺であり、またラングルの里は難民を受け入れてきた歴史から外の人間であっても寛容な気質は彼にも受け継がれている。
 最近は孫娘とのふれあいが楽しみなのだとか


・ラングルの建築様式など
 ラングルの里は塔を作って閉じこもる前までは戦乱期の難民たちを受け入れてきたのでその難民達の多用な文化が受け入れられることとなりました。
 その影響で山地に適応するために多少の変化はありますが昔の建築様式や装飾が今も使われているのです。
 また、この大陸内で最大の山脈地帯ということもあって外界との交易こそ行われましたが大きく染まることなく、今に伝えることになりました。


・剣聖
 いわゆるFateで言う所の佐々木小次郎の『燕返し』などのような研鑽の果てに魔法の領域に達した剣技を会得した人たちです。
 本作ではこの魔法の領域に達した剣技を『魔法剣』と呼称しています。(というかこれも読者様の案。おそらくアーティファクトで魔剣が出てたのでこのような呼称を考えてくれたんだろうなぁ……と頭が上がりません)



・原初の夫婦の設定
 皆様ご存知アダムとイヴをモチーフにした伝承。こちらでは蛇に誑かされることなく箱庭で生涯を過ごし、主、と呼ばれる神に仕え続け、子を成し、慈しみ、育てた。自分たちは箱庭を出た彼らの子孫が祖先であるという伝承。
 『我ら伴にありて』の伴は伴侶を『我ら主と供にあります』の供は従者としての意味を持ち合わせています。
 実は戦乱期の中で失われかけていたが、ラングル内でその伝承が残ることとなった
 ――という風にこちらで構想しました。



・この世界固有の動植物
 異世界ファンタジーとはいえ魔法以外で違いを出すとなるとこういう部分を考えることになるのかな~と。
 元々リンテイル関係の設定を頂いた時に人を運搬する大烏(オオガラス)の存在もあったので怪物や幻想上の動物になりきらない範囲でこうした動植物を出して行こうと思っています。

 ちなみに名前はてきとうに考えたものです。実際にそう言った名称のモノがあるかすら調べてません。



・グラムベルの刻印
 ――とにかくこれを書いておかないと彼に魔術を扱わせられないので早く描写せねば、と考えに考えていた部分。代償無しに魔術は使えない、という証左。
 まぁ、ここまで酷いのはグラムベルが魔術師として3流だからというのも大きいのですが。
 並みの魔術師が同じことをしようものなら間違いなく異界化を引き起こして死にます。しかも術者不在の異界は暴走する上に系統ガン無視の闇鍋なので何が起こるかその時にならないとわからないという始末。
 しかも刻印一つ一つの代価は微々たる物ですが、彼の場合は――
 運用難度:5(超)は伊達じゃないのです()


・霊体(もしくはエーテル体)
 肉体とは別に存在する霊的な肉体。その姿は現世における肉体に依存します。極稀にいる霊視する能力を持つ人物にはこれが潜在的に見えますが、通常の魔術師たちは魔術やアーティファクトを用いることで初めて認識できるようになります。
 ちなみにフィリップ君のは後者。医療魔術師たるもの、肉体だけでなく霊体も治せなくてはいけません。

 ちなみに霊能者の持つ霊視とはまた別物であり、魔術による霊視は主観となった人物のイメージが大きく影響するため霊能者とは見え方が大きく違います。霊能者の中にはその見える物に耐え切れず目を潰さなければならなくなった、なんて人もいるのだとか。
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