魔人の息子   作:ヒラメもち

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第1話 仮初めの親子

奏でる曲は、『G線上のアリア』。

 

クラシックに属する名曲で、J.S.バッハの『アリア』を編曲したもの。ヴァイオリンのG線のみで演奏できるこの編曲は、テンポがゆったりと優雅な雰囲気を持つ。「緊張」と「緩和」、「切なさ」と「優しさ」、「急」と「緩」といった対比が、静寂の屋敷の中に響き渡る。

 

 

「聴いたことのない曲。ジンが作ったのですか?」

 

冷めきった紅茶を嗜みながら、父は声を発する。

 

その飲み方には優雅さがあるが、あくまで癖のようなものだ。今となっては味や香りを彼は愉しむことはない。彼こそが俺の義理の父親であるオリバー=シュトロームである。銀色とは決して言えない、白髪で色黒の男性で、非常に整った顔立ちをしている。

 

 

「いえ。異世界の、有名な編曲ですよ。」

 

演奏を続けながら、答える。

 

「ほう、前世の曲ですか。」

 

「『G線上のアリア』、と言います。」

 

「アリア、ですか。いやはや、すばらしい曲ですね。」

 

いつも通り無機質に、父は演奏を賞賛してくれる。

 

 

さて、俺には前世がある。異世界転生だとか、異世界転移だとか、憑依だとか、そういう類のものだろう。あくまで空想上のものだと信じていたので、まさか自分が体験することになるとは思わなかった。生まれ変わった場所は廃墟で、気づけば13歳くらいの少年だった。魔物などいなくて、文明の発達した平和な日本で生まれた俺が1人で生きていくことなどできない。

 

優しさを完全に失った彼が拾ってくれたのは、『対価』があるから。

 

 

「それで、実験の方は順調なのですか?」

 

「ええ。順調に、憎しみが芽生えてきているようですよ。」

 

 

彼の復讐のため。

魔力を人一倍持つ身体と、異世界の知識を差し出した。

 

この世界の魔法について、2人で研鑽してきた。

 

 

「15歳で成人年齢なんて、ずいぶんと無茶苦茶だよな。まだまだ情緒不安定なお年頃だろうに。まっ、それが好都合なんだけどな。実験が順調ってのはいいことだ。」

 

自然と、笑みが零れる。

人体実験が赦されるかどうか、どうでもいい

 

「成人しても、対象に成りうる者はいますがね。それと、乱れていますよ。」

 

「おっと、失礼。」

 

自分の身体を弄った。

 

たった2年で、俺たち2人がこの世界のトップレベルまで辿り着くのはそう簡単なことではなかった。父が持っていた才能は魔人化したことだけで、財産も地位も人員も0からスタートした。今は同志と呼べる協力者たちがいて、俺たちは賢者や導師の実力にも追いついたはずである。

 

 

「『恐怖』と『拒絶』による魔人化、そういうケースは2人だけですよ。」

 

「『絶望』と『憎悪』による魔人化も、歴史上でもたった2人でしょうに。」

 

「それもそうでしたね。ジンたちは私にとっては興味深い覚醒方法でしたよ。」

 

それぞれの魔人で、残った感情は異なる。俺と彼女は生きること自体を渇望しているが、父は目的を果たすためだけに生きている。

 

「俺もある意味温室暮らしでしたからね。魔物やヒトに殺される可能性のある世界なんて、願い下げです。」

 

元日本人で魔物や人に立ち向かえるやつは、なんて強固な精神をしているのだろうか。『死』が怖いから、誰よりも強い力を求めた。英雄やヒーローのように、誰かのために力を求めることなどは決してなかった。

 

 

だから父親の復讐に対する協力は、あくまで通過点に過ぎない。

 

 

「話が逸れましたね。リッツバーグは?」

 

「アールスハイド高等魔法学院に無事に入学できましたよ。」

 

「おっ、優秀優秀。」

 

「本人は、Aクラスであることに憤りを見せていましたがね。」

 

「へぇ、聞いた限りの彼なら、ギリギリSクラスに入れると思っていましたが。」

 

カート=フォン=リッツバーグという、試験体だ。伯爵家の次男で潜在能力は十分にあったし、父が家庭教師をやっていた。そんな素直で自信家な彼に、『ブルースフィア帝国の貴族としての立ち振る舞い』を1年かけて父が教えれば、ここアールスハイド王国の中では孤立した。

 

選民思想のある帝国は、周辺国からよく思われていない。

 

「イレギュラーがあったからでしょうね。もしかすると、天然ものの魔人になれるかもしれません。カート君が置かれている状況は、最初の魔人の時と似ていますから。」

 

「なにかきっかけが?」

 

「賢者の孫に接触したようですよ。」

 

「なるほど、噂の賢者の孫ですか。今回学園に入学するということは15歳。お年頃の色恋沙汰ですかね。」

 

「ええ。ジンと賢者の孫は同い年、とは言えませんね。」

 

「まあ、そうですね。しかしそれは厄介なことなのでは。」

 

賢者と導師の孫の話題で、王都は持ちきりである。

しかし、2人の実子はすでに亡くなっているはずだ。

 

「厄介、とは。」

 

「魔人に対する対抗魔法や、浄化方法ですかね。」

 

「そう簡単に、魔人化は癒えませんよ。」

 

「それは、まあ。」

 

数十年の間に、魔人の浄化方法を研究しているかもしれない。ただ、今の魔人の数は世界でもたった3人なのだから、賢者や導師が得られる検体はいないか。

 

魔物ですら、浄化不可能なのだし。

 

 

「ふふっ。私の予想では、善い方向に向かうでしょうね。」

 

「そうなるといいんですけどね。」

 

愉悦しているな、と思いつつヴァイオリンを片付け始める。ケースに入れてさらに異空間収納の中に入れるだけだ。

 

 

この世界で確認された『最初の魔人』は、賢者の友人だった。賢者への嫉妬、導師に対しての失恋、魔法師団での不遇な扱い、婚約者の裏切り、『絶望』と『憎悪』を爆発させたカイル=マクリーンは理性を失って暴走したらしい。アールスハイド王国をたった1人で壊滅寸前まで陥れたと言えば、魔人化の『恩恵』がよくわかる実例だ。

 

 

「つまり、そろそろ動くので?」

 

「ええ、我ながらよく我慢したと思いますよ。」

 

「そうですか。この屋敷ともお別れですね。」

 

「愛着が湧いたのですか?」

 

「地下の研究室に、ですけどね。」

 

ブルースフィア帝国への復讐のために、彼はこの2年を生きてきた。何をしてでも生きることを渇望している俺とは根本的に違う。だから考えてしまう。もし復讐を果たした時に彼は一体どうなってしまうのか。最初の魔人のように理性を失って暴走してしまうのか、愉悦だけ残した廃人になってしまうのか、それとも世界に対してさらなる復讐を求めるのか、はたまた俺の敵になるのか。

 

 

どのような結末が待っているとはいえ。

俺は死にたくない。

 

「俺に殺させないでくださいよ。父さん。」

 

「確証は持てませんよ。ジン。」

 

いつも通り、無機質で曖昧な答え方だ。

だから、感情の籠っていない返事を返すしかない。

 

 

「そうですか。」

 

アリアさんと、生まれることもできなかった子どもは、今の彼を見てどう思うのだろうか。彼女たちが復讐を望んでいるはずはないだろう。だがあくまで互いの渇望のために、彼の子を演じている俺には復讐を止める資格はない。強さを求めるという目的が一致していて、お互いを利用している関係だ。

 

 

今から2年前、彼はオリバー=シュトロームという名前ではなかった。オリベイラ=フォン=ストラディウスは、帝位継承権を持つ公爵家の当主であった。選民思想のある帝国貴族の中で、彼だけは異端だった。

 

異端だった彼だけが、道徳的だった。

 

領民の財政状況を改善し、子どもを学校に通わせようとしていて、寝る間も惜しんで執務室で仕事を続けた。アリアさんと従者たちはそんな彼を献身的に支えていた。彼の努力が実ったおかげで、ストラディウス領は豊かな領地として、多くの平民が集まってきた。

 

 

自分の搾取する領民が減る貴族たちは焦る。

よって、他の帝国貴族に目をつけられた。

 

加えて、彼は王位継承権を持っている。

だから、同じ王位継承権持ちに疎まれた。

 

 

「ヘラルド=フォン=リッチモンド、現皇帝。」

 

「しかし彼も帝国によって教育された1人にすぎない、ということですか?」

 

「その通り。」

 

帝国では、今もなお平民は搾取されている。課される税に苦しむ平民、貧民街の中で短い命を散らす平民、帝国の政治に疑問を抱いた者たち、愛する女性を奪われた者、異端とされた姫。まあ、俺たちは彼ら彼女らのために復讐を行うわけではない。

 

彼の『憎悪』は、もはや個人に向けられたものではない。アリアさんの死はきっかけにすぎない。彼の涙はとっくに枯れていた。

 

 

「滅ぼすべきは、帝国そのもの。」

 

「残酷ですね。」

 

「残酷なんですよ、この世界は。」

 

「自然に溢れていて、前世の世界より美しいですよ。」

 

 

平民も巻き添えになるだろう。

まあ、『力』がないのだから仕方がない。

 

第三の魔人『オリバー=シュトローム』の暴走から生き残った唯一の少年は、運がよかっただけだ。闇の魔法によって大地が抉られてくる時、とある少年と俺は混じった。死にたくないという願いは一致し、ただひたすらに生を渇望した。父の暴走によって『死』を目の前にしたことなど、あくまできっかけにすぎない。まして、父は奇跡を与えてくれた。身体を駆け巡る魔力は魔人化してから莫大に増えている。

 

 

城壁の外では魔物が蔓延っていて、城壁の中では力無き者は虐げられる。アールスハイド王国も有限の平穏を得ているにすぎない。誰かを盾にするとか、自分が強くなるとか、そうしなければ生き残ることはできない。

 

 

カーテンが開け放たれ、雨の空が見えた。

まるで演奏会が始まったような、嬉々とした顔だ。

 

 

「始めましょうか。喜劇を。」

 

「愉しみましょう。父さん。」

 

 

『G線上のアリア』をまた聴かせる時は、来るのかどうか。会ったことのないカミサマしか知らないのだろう。

 

 

 

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