ずいぶんと時間がかかった。
確かに多数の国が連合軍を作るのは容易くはない。
まあ、そのおかげで平和な時間を過ごせた。
魔人に対抗することができるのはアルティメットマジシャンズの12人だけである。しかし魔法について研鑽しているだけで、対人戦の経験は俺と同じように多くはない。死線をくぐってきたローレンスたちこそが真の強者である。そして俺やソニヤ、オリバーに魔力量で対抗できるのは、賢者や導師と転生者だけだろう。
だが、俺たちは守りに徹する必要がある。
「ローレンス、連合軍はどうだ?」
「……とにかく、数が多いぞ。アールスハイドの軍だけで、8万以上。もちろん他の隣国も入っているし、イース神聖国やエルス自由商業連合国まで連合軍入りしている。」
真っ暗な世界、映える月の下でずいぶん苦しそうだ。
「まさしく、魔人は人類の敵だな。共通の敵を得たことで結びついたんだな。」
数十万人で、たった12人の魔人を討伐しに来る。
もちろん今はミリアさんは戦うことはできない。
個人の戦力は俺たちが圧倒的に上だ。だがしかし、人間の心がまだ残っているからこそ、数十万人の人間と戦うことは精神的に追い詰められていくだろう。そして、いつか魔人という存在は、『殺戮機械』と化す。
「……帝国で、俺たちは諜報部隊だった。この手で何人も手にかけてきた。でも、好きでやっていたわけじゃない。俺たちは帝国を滅ぼしただけだ。……これから生まれる子も、世界の敵なのか?」
悪性の敷かれた帝国では異端だっただけだ。
オリバーの復讐を果たしただけだ。
この数ヶ月、俺たちは帝国以外を決して襲っていない。
それが今では、世界の異端者にまでなっている。
人間にいわゆる犯罪者が現れるように、魔人の中からスイード王国で無差別殺人を工作した奴らがいた。俺たちは部下でもなんでもない彼ら彼女らに自由意思を委ねてしまった。そうして、俺たちは間違えた。
「ちゃんと話して。魔人という異種族を分かってもらえて。みんなが手を取り合う、そんな平和な世界となって。そんなハッピーエンドを目指して。……降伏するか?」
「はっ。降伏して、無事に済むならな。」
魔人の『力』を恐怖し鎖をつけられ、小さな命を人質を取られて、一生飼いならされる。そんな未来はまっぴらごめんだ。
魔人になって強さを得ようとして人間離れして、また人間に戻ろうとして、今は魔人という1人の人間として生き抜くことを選んだ。いつだったか、俺は賢者の孫を中途半端だと評した。世間の波に流されて生きてきて、この残酷で美しい世界に転生した俺自身がまさしくそうだった。
迷い続けていたし、これからも何度も間違える。
「それなら、生きるしかないだろ。戦争なんて結局、互いの意見のぶつかり合いだ。ローレンスたちは自分の意見を主張したくて、帝国と戦った。だから俺たちを殺しに来るのなら、抵抗するしかない。生きることを諦めたくないから、腹をくくるしかないだろ。」
「ははっ、達観してるな……、ほんと。」
ローレンスと会うのはもう最後かもしれない。
今はもう酔うことはできないが、グラスを掲げる。
「「未来ある子どものために。」」
そんなクサい台詞を交わし合った。
絶対に、また会おう。
*******
いつものように玉座に座ったままだ。
オリバーの紅い瞳からは涙が流れていた。
ゼストさんはそんな彼の側で立っている。
「ミリアさんに付いていなくても?」
「ええ。ミリアも今は、心地よさそうに眠っていますから。」
「そうか。」
「ジン。私は私が憎い。」
「ああ。知ってた。」
「気づいていたんですね。本当に憎むべきは帝国ではなかった。アリアを守れなかったことも、ミリアや生まれる子どもがこれから苦しむことになるのも、私のせいなんです。」
「……ああ、そうだな。」
否定はしない。
魔人オリバーの果ては、父親だった。
「もう、遅いのでしょうか?」
異空間収納から取り出す、弦楽器。
奏でる曲は、『G線上のアリア』。
「緊張」と「緩和」、「切なさ」と「優しさ」、「緩」と「急」といった対比が、静寂の城の中に響き渡る。今まで、彼の心に少しでも安らぎを与えることができるのならと思い、いくつもの前世の曲を聴かせてきた。
「いい曲ですね。ジンが生まれた世界が本当に羨ましい。」
「まだ遅くなんかないぞ、義父さん。」
「……そうでしょうか、ジン。」
「義父さんの子どもはこれからちゃんと守れるだろ。俺も義兄として全力を尽くすつもりだ。」
「立派な義兄を持てて、私たちの子どもも幸せですね。」
『力』を求めて闇雲に研鑽し、非人道的な実験もしてきた。
人としての安らぎを求めるために、親子ごっこもしてきた。
お互いに殺し合わないために、一度離れた。
そして、親子喧嘩もした。
親子の愛が俺たちにあったのかどうかわからないが、お互いに死んでほしくないとはずっと願っている。だからたとえ世界を敵に回そうとも、家族を守りたいと思う。人の心にまた歩み寄ろうとしているし、もう魔人という人間として生きることを躊躇わない。
魔人となった今でも、人間らしさはちゃんとある。
「ゼストさんはどうします?」
「私の主は、シュトローム様が最初で最後です。この命をシュトローム様のご家族のために捧げるつもりですよ。しかしアベルやローレンスたちについては、彼ら次第ですがね。」
「ゼストさんみたいに部下思いの人、そうはいないと思う。あいつらも今の生活を満足しているよ。ローレンスたちも最後まで付いていくつもり、だよな?」
ローレンス、カイン、アベル、サイクス、ダンテ、リオネル、フィン。決意を固めた彼らが謁見の間に入ってきた。その出自も、性格も趣味嗜好も異なるメンバーだが、ゼストさんへの忠誠で繋がり合っている。
「……そうですか。」
「ゼスト、そして皆さん。こんな私のためにありがとうございます。妻共々、これからもよろしくお願いします。」
「「「はっ!」」」
たった8人で、唯一無二の家臣たちだ。
義父さんは恵まれている。
「じゃあ、行ってきます。義父さん。」
「ええ、いってらっしゃい。」
お互いに慣れない言葉だ。
初めての、おかえりとただいまをちゃんと言おう。
*******
貴族が埋葬される墓地と違って、平民の集団墓地だ。
その方が幸せだと言う。
腰をつけて座り込んでいる女の子がたった1人。
「ソニヤ。」
魔人として、いやありのままの人間として生きることを彼女も選んだようだ。普通だと偽ることはもうしない。
「ちょっと、お母様に会いたくなったの。」
「俺もちゃんと挨拶しないといけないなと思って。」
手と手の皺を合わせる。
線香もお供え物もないけどな。
「……私ね。この世界のことが嫌いなの。お母様を苦しめたこの世界が嫌い。」
「ああ。残酷な世界だ。だから俺たちは、拒絶した。」
「でも、ジンやみんなと会えたことは感謝しているわ。物語のようで、絵に描いたようで、幸せな世界をくれたの。私があなたを好きになる瞬間を今でも覚えている。ちゃんと私を見てくれて、1人の女の子として見てくれる男の子が現れてくれて。本当にドキドキしたの。」
強大な魔力に導かれるように辿り着いた塔ですすり泣いていた女の子は、今では幸せそうに微笑む。彼女の心に少しでも安らぎを与えることができるのならと思い、前世の物語を聴かせてきた。外の世界を恐れている彼女の小さな手を取って、狭い世界から連れ出した。
世界を超えて彼女に出会えたのは、奇跡だ。
「ソニヤが幸せだったら、俺はそれで幸せだからな。」
「またそうやって自分を誤魔化すのね。」
「……え?」
「異世界から1人でやってきて、ジンも辛いこといっぱいあったと思う。あなた、たまに感傷的になるのよね。でも、不安だとか怖いことだとか、私を安心させたいからってジンはいっつも隠そうとするんだもの。」
「……よく見てるな。」
「だって、あなたのお嫁さんですもの。」
たぶん、俺たちはちゃんとわかってくれる人を求めていた。
ちゃんと理解してあげられる人を求めていた。
だって人の心は、怖いから
「私も怖い。私も同じなのよ。あなたがいなくなってしまうことが一番怖いの。だから一緒に、がんばりましょう。」
「ああ。生きることを頑張ろうな。」
「うんっ。もっともっといろんなことを教えてほしいわ。」
この戦いが終わったら……、なんてことは言わない。
この恐怖との戦いは決して終わることはない。