お試し程度。
なんだかSSを書きづらい、とだけ言っておきます。
とある魔術師は『魔法』を扱えた。
それは『並行世界の運営』である。
もし、俺の魂がこの世界へ来ることすらしなかったのなら、ソニヤが忌み子として殺されていたのなら、オリバーが魔に完全に呑まれていたのなら、いろいろなifが重なれば『魔人』の未来はどうなっていたのだろう。そもそも、魔法がない世界だったかもしれない。
世界は無数の事象によって変化を続けている。その全てを理解できるのはもはや神の領域だろう。たった1つの事象Aすらも無数に分岐しているのだから、今この瞬間に『日本』だって無数にある。『チートでバグで最強』の身体を持っていても、並行世界の『移動』ですら、頭が凡人である俺には容易なことではない。
つまり、俺が元いた日本までたどり着くのは、至難の業である。
「これは……?」
世界を渡るほどの莫大な魔力と崇高な魔術式を感じ取り、それをイメージ領域に手繰り寄せた。雪のように輝く白い髪の女性と手を繋いで彼女の魔力を借りる。ありのままに転写するだけで、魔力を大量に吸われていく感覚だ。
魔術式の陣は綺麗な円をかたどって、輝いた。
俺からすれば、意 味 不 明な紋様である。
もちろん、理解なんてできない。
―――求めるは、出口ではなく入り口
今となっては懐かしい街並みがうっすらと浮かぶ。
入り口の『日本』を、少しでもこの頭に焼き付けようとする。
高速で回転し、やがてその色は鈍る。
「やばい……」
「えっ、うそっ!?」
向こうでイレギュラーな事態があったようだ。
「願わくば、平和な世界がいいな……」
その呟きと、『いってきます』の伝言を残す。
「「はぁー」」
見渡す限り、大草原。
ビル群など全く見受けられず、異世界転移の失敗を知る。
「「どうしよう……」」
俺とソニヤは青空を見上げて、途方に暮れた。
魔力をかなり消費していて疲労感も大きい。
義理の父親と母親から並行世界転移については注意するように言われていた。イメージによって事象を引き起こせるという、日本人からすれば敷居の低い魔法を俺は使える。例えば、異空間収納という空間や時空に対して干渉だってできる。だがしかし魔術から派生した魔法とは根本的に違って、まだまだ1つの魔法について究めるという研鑽はしたことがない。
つまり、きっかけを掴んだだけであって、ランダム並行世界転移である。そこまでしてどうして決行したのかと問われれば、親に会って元気で生きていると伝えたいからだと自信を持って言える。ソニヤのことだって紹介したい。
いまだ俺は『日本』に未練があるということだ。
リズミカルな音が聞こえた。
軽快な蹄で地面を蹴って、巨大な馬が向かってくる。
「馬の魔物? 勘弁してほしいわ。」
「なんだか、物騒な世界だな。」
手のひらを向けて、魔法を思い描く。
水の槍が黒馬を貫いた。
ヒヒィンという声を残してその命を狩られる。
無詠唱魔法は上級技である。
もちろん詠唱魔法も使えるが、環境破壊級の威力だ。
かつて転生者と戦った時には周囲を更地にした。
「……まあ、すぐに帰る必要もないのだし、参考になるような転移陣でも見て帰る?」
「それもそうだな。」
まるでジュラシックパークのような、『秘境』で俺たちは暮らしていた。自分達の住む場所を確保すべく開拓していたら、やがて新天地を求めて多くの人が集まってきたのだ。あの王太子の宣伝らしく、家族以外を失った俺たちに居場所を作らせようとしているようだった。
「ここは……?」
「冒険者ギルド。冒険者っていうのは魔物ハンターや傭兵みたいなもので、ここギルドはその管理組織の1つだな。」
町にたどり着いて、まず訪れたのは木造の建物。
併設されている酒場は昼間から賑わいを見せていた。
「ふーん。それで、何か用があるの?」
「1つ、依頼をこなせばこの世界の金が手に入る。2つ、この世界の情報について知ることができる。3つ、夕食のことを考えて。」
「……あっちの騒がしいところで食べるの?」
「まあ、この世界の食べ物について何もわからないしな。」
黒髪黒目で、日本人というあまり見かけない顔立ちの俺を見てくる人がいる。それよりも、気品のある美少女を見て頬を赤らめる男冒険者が多い。どこかの貴族のような、近づきがたい印象で、依頼人かと首を傾げる冒険者もいる。
「初めて見る顔ですね。何か御用ですか?」
「はい。」
20代半ばの女性はいわゆる美人である。
ロングの金髪はよく似合っている。
「ジン……?」
ソニヤに脇腹を抓られているので会話を任せる。
「冒険者という職に就きたいの。」
「……依頼ではなく?」
「そうよ。どうすればいいのかしら?」
「分かりました。それでは、こちらにお名前、年齢、種族、それとメインとなる武器の記入をお願いします。」
手渡された紙はもちろん現代日本ほど上質なものではない。しかし魔術が発達しているのか日常で使うには問題がない程度である。それよりも驚くべき点がある。もちろん日本語というわけではないが、俺やソニヤが読める字なのだ。
つまり、この世界はソニヤの生まれた世界に近い位置にあるのかもしれない。大きな分岐点は、魔術が発達したか魔法が発達したかである。魔術を知ることができれば、より高精度な並行世界転移が可能となるだろう。
「あ、あのー?」
「すみません、書きますね。」
名前、年齢、種族、そしてメインとなる武器の記入か。
武器については魔道具って書けばいいか。
「それでは、次に冒険者ギルドの説明をさせて頂きます。」
手慣れているのか、紙を渡した瞬間に記入漏れがないかを確認し、そしてこちらへ笑顔で対応する。
「冒険者ギルドは、その名の通り、冒険者の方向けの依頼を、適切な冒険者に斡旋する場所です。冒険者の方の殆どはギルドに登録していて、ギルドを通して依頼を受けています。それには、依頼人とのトラブルなどを未然に防ぐ等様々な理由があります。つまり、冒険者の管理を行っており、依頼人との仲介役を担っております。」
「なかなか面白いわね、ギルドって。」
「説明を続けますね。冒険者ランクは、お二人はFからになります。Fランクで受けられる依頼は、主に街中での雑用です。戦闘はありませんが、中には力仕事もありますので、一般の方ではこなすのが難しい仕事も確かに存在します。」
力仕事なら得意である。
しかし、最初から魔物討伐依頼は受けられないらしい。
魔物ハンターという職業でなくても、魔物を狩ることで稼げたのだから、ソニヤにとっては違和感である。そもそも、魔物に立ち向かうということは命を懸けるのだから自己責任である。まあ、サポートに厚いと思っておこう。
手渡されたルールブックを『異空間収納』へしまう。
受付嬢は軽く目をこすった。
「そ、それでは、続いて魔力の測定を行いますね。」
受付嬢に促されて、個室の中へ入る。
室内の真ん中には台座に据えられた水晶玉が置いてある。
俺たちは、未知の魔道具に対して興味津々である。
「方法は至って簡単です。その水晶に、左右どちらの手でも構わないので触れてください」
「「それだけ?」」
「はい。ではどうぞ。」
「じゃあ、私からやってみるわ。」
淡く光るだけだ。
受付嬢はポカーンと口を開けている。
「別に、魔力量を測定するわけじゃないんだな。」
「そうね。でもお姉さんはどうしたのかしら?」
「色が……出ないんですよ。」
対象者の魔力の有無と、どの属性の魔術に適正があるかを調べる魔道具である。魔力を持つ者は誰もが何かしらの属性に適正があるという。赤なら火、緑なら風、黄色なら土、青なら水という4つの属性があるらしい。
((4つだけ……))
俺たちは気まずそうに頬を掻いた。
「もしかして、『ユニーク・マジシャン』なのでしょうか。あーでも、そんなに続けて現れるのかしら……」
「俺たちみたいな非常識、他にもいたのか?」
「えっ、ええ。4属性の女の子と、『ユニーク・マジシャン』の可能性がある男の子がこの前来たの。」
「「へぇ」」
どうやら、迷いこんだ奴らがこの世界にもいるようだ。