この世界には魔法がある。
そして、それは『イメージ』によって成り立つとされる。
しかし、自由自在に魔法を扱える人は少ない。本来無意識に使っている自分の魔力を感じて、そして制御して魔法へと変換しなければならないからだ。だから、詠唱魔法が主流となっている。また、『イメージ』の段階において、現象に対する疑いを持ってしまうのだ。今まで培ってきた経験だとか固定観念だとか、『常識』によって魔力をセーブしてしまう。
生物が魔力制御を誤り暴走させた末に至る存在を、人々は恐れている。だから、正しい魔法の扱い方を学院で学ぶ。
「アールスハイド高等魔法学院、ね。」
王族や貴族、さらに平民が通う学院へ俺は来ていた。騎士養成士官学院と並んで、国の最高の教育機関である。校舎、グラウンド、講堂といった広大な敷地を持っていて、どことなく日本の高校に似ていた。しかし、ここは魔法について集団で切磋琢磨する学び舎である。
「ジン。ずいぶんと感傷的になってるんだな。」
「サスケ、いや士郎……あー、ローレンスか。」
「そう。ローレンスだ。」
この赤髪の青年は、同志の1人である。
ゼストさん並みに、いい声をしていると思う。
ゼストさんの部下は計7人で全員諜報部隊で男性、ぶっちゃけ同じ顔に見えるのだ。白昼堂々、林の木の枝に腰掛けて、学校にいる生徒たちを見ている。ずいぶんと防衛が緩い学校であることはローレンスも思っているだろう。
「相変わらず、他人に興味ないんだな。」
「皮肉か。父さんほどじゃないし、それに。魔人化すればわかるだろう。」
「へへっ、それは楽しみだな。」
今回の実験が成功すれば、次は彼らと彼女の番だ。2年でずいぶんと多くの協力者を得ることができたのは、元々帝国に疑問を持っていた者たちだからである。諜報部隊隊長であるゼストさんとその部下たちを仲間にできたのは、かなり幸運なことだ。
「そうそう、お姫様がお呼びだったぞ。」
「1週間前に会っただろうに。ていうか、俺のどこがいいんだろうな。副隊長のアベルさんの方がクールでイケメンでかっこいいだろう?」
「それはまあ。だが、そういうのは本人に言ってくれ。」
黒髪黒目という、魔人化して変わった日本人らしい容姿は、この世界では珍しい。あまり見ないタイプの俺に対して好意を抱いているお姫様はなかなか趣味嗜好が変わっていると思う。
「おっと、カート君が来たぞ。」
「わかってる。」
遠見の魔法を俺たちは使用して、校門を見ていた。
ふらふらと、試験体が門をくぐった。
父は中等学院の魔法教師として働いていたし、彼の家庭教師もやっていた。リッツバーグでは顔馴染みの父は、自宅謹慎中の彼を解放しに行ったのだ。負の感情が十分溜まった状態で、魔人の魔力を一気に籠めたのなら、人工魔人の完成である。
「戦力確認の、実験開始だな。」
嫉妬に埋め尽くされた紅い目は、宿敵を捉えた。
詠唱するは、火の魔法。
「ウォルフォードォ!! シねェ!!」
「くそっ!!」
憎悪の籠った火球を防いだのは、障壁魔法。
件の、賢者の孫だろう。
魔人の放った魔法の威力と、賢者の孫の強固な障壁魔法、その両方に感心したローレンスは口笛を吹いた。孫は魔力の扱い方が上手く、賢者にかなり鍛えられていることが伺える。賢者や導師クラスの実力はすでにあるようだ。
いつか、愉しい戦いができそうだ。
「やるねぇ」
「無詠唱魔法とはいえ、咄嗟の行動で防ぎきれなかったようだけどな。」
「って……おいおい、あれは一体?」
「魔道具による自動治癒。厄介な装備をしているな。」
「なるほどな。さすがは、導師の孫ということか。」
賢者の孫が両手に負った火傷は、少しずつ治っていった。制服自体の耐久力も向上させているのだろう。魔力は彼自前のものとはいえ、魔人の能力を再現している。魔人化したとはいえ、リッツバーグの苦戦は免れない。
「カートか!?」
「なんで!? 自宅謹慎中だったんじゃないの!?」
騒ぎ始める学院生たち。まだ彼ら彼女らには実戦経験もないのだから、仕方がないことなのだろう。対して、教師たちは慌てて避難するように誘導しているが、前線に出てくることはなかった。
「オーグ! 皆を避難させろ!あれはマズイ!!」
「わ、わかった!!」
収納魔法から取り出した剣も魔道具のようだ。微細振動する剣はその斬れ味を増している。制服の魔法付与も加えて、さすがは導師の孫といったところだ。火球を放つリッツバーグの攻撃を避けながら、片腕を鮮やかに斬り落としたこともあって、剣術も習っているのだろう。
流れだした血液と、魔人の特性で腕が生え変わったことに、口元を抑える生徒が多数。
「おいおい、無茶苦茶強いな。賢者の孫。」
「ああ。ずいぶん躊躇いなく、15歳の青年が人に剣を向けられるな。魔力制御はともかく、常に冷静沈着なのは年相応じゃない気がする。」
「よほどの訓練を受けたか、どっかの誰かさんと同じで年齢詐称か? ただの15歳のガキには思えない。賢者の孫はたぶん30歳は超えてるだろ。」
「かもな。だが俺は前世合わせても、まだ20代だ。」
「奇想天外な魔道具を作るところは、同じだろうな。」
「いや、奇想天外とはなんだ。異世界の、科学や創作の産物だ。」
もしかすると、転生者かもしれない。微細振動している剣や、風を噴出する靴を思いつくことなんて、この世界では非常識である。元日本人なら、ゲームといった創作物をやっていれば思いついても、おかしくはない。
まあ、人を殺すことには慣れていない。
あくまで、無力化させようとしているのだろう。
「ウォル!!フォードォ!!」
「……なんだか。こいつ、大したことないぞ?」
魔法と剣で応戦する賢者の孫は、呟いた。
さすがに人工魔人は、天然ものよりは弱いことが今回の実験でわかった。かつて王国を滅ぼしかけた魔人の域には全く達していない。まあ、常人だったリッツバーグがこれほどの戦力強化となっているのだから、ゼストさんたちには大きな利益をもたらすだろう。
「シシリー、オレハオレハ……」
「カートさん、意識があるんですか!?」
水色の髪の美少女が後方から呼びかけた。その声にニヤリとしたリッツバーグは、彼女の所へ駆けていく。本能のままに雌に近づいていく姿はもはや獣のようである。恋敵である賢者の孫が、彼の行く手を阻む。
「シシリー、がホシい!!イッショにィナァル!!」
「こいつ、自爆する気か!?」
「アァアァあぁアぁおぅぁアあぁ!!!」
このまま自爆してもらっては俺も困る。
よって、ローブのフードを深く被って走る。
「シィィぃエェーー!!」
「カート、すまん!!」
(人を殺したくなかったけど、やるしかないかっ!!)
「させねぇよ。」
首筋を狙った剣の軌道に、俺の剣を乗せる。
金属同士がぶつかり合い、甲高い音が響いた。
「くっ」
(新手か!)
魔力を纏った剣は、生物を斬ることを得意とする微細振動の刃を通さない。リッツバーグを拳で気絶させたローレンスとともに、ゲートの魔法で帝都の屋敷の地下に転移させておく。賢者の孫がイレギュラーな強さなだけで、彼も兵力としては申し分ない駒である。
『悪いな、邪魔して。』
『日本語!? お前は誰だ!?お前も魔人なのか!?カートをどこにやった!?』
『質問が多いな。質問するときは挙手するって、小学校で習わなかったか?』
『お前も転生者なのか?』
(小学校って、もしかしてギャグのつもりか?)
「正解。どうだ、同窓会でもやるか?」
「こいつ...それなら。お前が幹事、な!!」
(まさか味方になってくれるのか?一体なぜカートをゲートで逃がしたんだ?そもそも、なぜ顔を隠す?)
剣を弾き、距離を取られた。
地面に剣を置いた俺は降参のポーズだ。
「まだやる気か?」
「ない。」
ていうか、剣術のド素人の俺が敵うはずもない。
「シン君、大丈夫ですか!?」
「ああ、俺は大丈夫。」
「さすがだな、シン。」
魔人がいなくなった途端に、美男美女が駆け寄って来る。魔力付与ガチガチの制服をプレゼントした2人が声をかけていた。俺に敵意がないことがわかっているのだろうし、素晴らしい強さの賢者の孫様がいらっしゃるし。
それでも、油断しすぎなのでは。
「それで、お前は何者だ? 先程、リッツバーグを庇ったように見えたが。まずは、顔を見せろ。」
「何者かについての答えなのだが。俺は賢者の孫様とは同郷の、しがない平民だよ。」
「でも、シン君ってずっとマーリン様と暮らしていたのでは?」
「……どういうことだ?」
まさか、転生したことを黙っているのか。
確かに『秘密』を伝えることは自分にとって不利益になるとはいえ、知識だけは自分のために有効活用している。そして、その知識で得られた物を分け与える。秘密を独りで抱えたまま。
それでいて仲間を大切にする。
なんていうか、中途半端なやつだ。
「おい、聞いているのか。」
「お前、ずいぶんと偉そうだな。」
「なっ!? この方は殿下でござるよ!」
……ござる?
「なんだ、偉いのか。」
それはさておき、この少年が、アウグスト=フォン=アールスハイドか。この国の唯一の王子らしく、次期国王第一候補である。生きることを護衛たちに委ねず、日々研鑽していることは同じ魔法使いとして感心する。
「さぞお強いのでしょうね。」
異空間収納から取り出したのは、銃。
重厚感のある黒い塊を握り、銃口を向けた。
「それはっ!?」
『ご名答。正真正銘、銃だ。』
「やめろっ!?」
(こいつ、なんてものを作ってるんだ!?洒落にならないだろ、それは!)
俺たちだけが、この世界でその武器を知っている。
「シン君……?」
「ていうか、俺が味方だなんて。まだ言ってないぞ?」
「シシリー!オーグ!魔力を纏え!!」
(間に合うか!?)
バンッ、という音が鳴り響く。
甲高い音に、賢者の孫以外は大きく口を開いて驚いていた。顔に手を当てたり、自分の身体を確認したり、キョロキョロと周りを見たり、何が起きたかを理解できていない。彼ら彼女らが無事であることは確かだ。
「…………空砲、か」
「一体、それは何だ?」
「ちょっとしたサプライズグッズだ。なっ、賢者の孫?」
「あ、ああ。」
(性格悪いぜ...)
「では、またいつか。魔人リッツバーグは俺が診てやるよ。」
「「ま、まてっ!?」」
ゲートの魔法を、無詠唱で開いた。
―――今度また、愉しませてくれよ