魔人の息子   作:ヒラメもち

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第3話 検分

ブルースフィア帝国は、アールスハイド王国と同じくらいの規模を誇る大国である。帝国のトップである皇帝は世襲制ではなく、帝位継承権を持つ帝国公爵家当主の中から選挙によって選出される。元日本人としては民主的な政治が行われているのだと初めは考えていたが、現実はそう甘くはない。選挙権を持つのはあくまで貴族と裕福な商人だけで、平民に対しては圧政が行われているのだ。

 

貴族が住むにしては、二回りほど小さな屋敷の前に俺は転移してきた。帝都の中心に近いため、華やかな賑やかさが聞こえてくる。まあ、それも平民の犠牲によって成り立っている裕福さにすぎない。

 

 

 

「お待ちしておりました、ジン様。」

 

とてもダンディーな声である。

 

「俺なんかにかしこまらなくていいですよ、ゼストさん。」

 

「いえ、シュトローム様のご子息ですから。」

 

まるで執事のような所作で出迎えてくれるダンディーな男性、彼こそが諜報部隊隊長である。父に対する忠誠心は高く、またローレンスたち部下に対する思いやりも深いという、人格者である。

 

 

屋敷の中に入れば、赤絨毯や豪華な調度品。

ありふれた屋敷なのだが、諜報部隊の隠れ蓑。

 

「魔人は、地下に閉じ込めております。」

 

「暴れたか?」

 

「ええ、かなり手こずりましたよ。」

 

「それは……、お疲れ様」

 

この世界では、魔力封じなんてものはない。もし、魔力を封じることができたのならそれは対象者の『死』である。今頃リッツバーグは、鎖や行動不能の魔道具で雁字搦めにされていることだろう。

 

彼の『憎悪』は増していくばかり。

天然ものの魔人となる可能性が高い。

 

 

「おかえりなさい、ジン」

 

可愛らしい声は、耳にスッと入ってくる。

 

嬉しそうに微笑みながら、美少女と美女が階段を降りてきた。父もそうなのだが、貴族としての所作を教育によって身につけている彼女たちと、元日本人の俺とでは身分の違いを感じさせられる。

 

 

「ただいま。ソニヤ、ミリアさん。」

 

雪のように綺麗な銀色の髪と、生まれながらの紅い瞳が特徴的な小柄な美少女であるソニヤ=フォン=ブルースフィア。そして、彼女と対象的に金色の髪を持つ美女であるミリア=フォン=サウスロットさんだ。フォンの名を持っていることからわかるように、2人ともそれぞれの帝国公爵家の生まれで、ソニヤに至っては現皇帝とは異母兄妹である。

 

 

「私、寂しかったのよ。ジンがいない間、本当に退屈だったわ。」

 

「いや、愉しい実験の最終段階だったし?」

 

「いつもいつも実験実験って。親子揃ってよくもまあ飽きないわね。私たちのことを放っておいて。ねぇ、ミリアもそう思うでしょ?」

 

「しかしシュトローム様たちは我々のための実験を……」

 

「はいはい。あなたがオリバーのことが大好きなことはわかったから。」

 

「い、いえ、そんなことは……」

 

父に対して深い忠誠と恋慕を抱いているけれど、魔人化した父は決して応えることはない。こればっかりは、復讐が終わってから父がどう変わるかを様子見するしかない。ソニヤのように、感情豊かな魔人は特別なはずだ。

 

「ねぇ、また異世界のお伽話を聞かせて?」

 

「いや、俺はリッツバーグを診たいのだが。」

 

「そんなこと、後でいいでしょう?」

 

小さな身体で俺の腕に抱きつき、見上げる。

 

彼女が甘える時には、いつも甘えさせてしまう。膨大な魔力と紅い目を持って生まれた忌み子は魔人ではないかと疑われ、幽閉されて育ったソニヤは第二の魔人と化した。彼女の母親を目の前で殺されるという、残酷な運命を歩んできたのだ。

 

「まあ、明日の朝までにやればいいか。」

 

「うんっ!」

 

幸せそうな顔を見て、平和な日本を懐かしんでしまう。

まだまだ未練は捨てきれていないし、死ねないな。

 

 

 

 

********

 

 

リッツバーグについてはそれはもう暴れて仕方がない。人工魔人化したとはいえ、その凶暴さからは彼の憎悪の大きさや精神の脆さが伺える。2つとも魔人化にとってはメリットであって逸材である。

 

 

第二の魔人の誕生、そして『討伐した賢者の孫』。

よって、王都は朝からずっと騒がしいままだ。

 

ここは中等学院、かつて件のリッツバーグも通っていた。警備局捜査官であるオルト=リッカーマンと部下は、魔人化の参考人としてオリバー=シュトロームを訪ねてきた。眼帯で両眼を覆ったまま教鞭を取るという、父を注視している。

 

「お忙しい所すいません。シュトローム先生。」

「お邪魔します」

 

「いえ、良いですよ。紅茶を出させますので。」

 

「お構いなく。」

 

各種魔法を制御しながら、紅茶を淹れる俺に目を向けた。

 

「彼は?」

 

「助手や弟子みたいなものですよ。」

 

軽く会釈して置いた紅茶を飲み、彼らは目を見開く。美味しいと思ってくれるのなら、『手向け』になるだろう。彼らはすでに父がリッツバーグの魔人化に大きく関わっているのではないかと、疑っている。しかし俺たちは殺人鬼ではないから、こちらから手を出すことはない。

 

「シュトローム先生は帝国の出身だとか。不躾な質問で失礼しますが、どういった経緯で我が王国に来られたのか、教えて頂いても?」

 

帝国から王国に亡命してくる人は多いのだ。

それほど、帝国の政治は腐敗している。

 

「私が王国に来た理由ですか……。それが恥ずかしい話でしてね。私は帝国の貴族の家に産まれたのですが。」

 

「て、帝国貴族の方でしたか。」

 

「ええ。実家の跡目争いに敗れましてね。私を亡き者にしようとする親族から命からがら逃げ出し、王国へ亡命してきたのですよ。この目もその時の襲撃で傷を負ってしまって。」

 

「そうですか。お話しさせて申し訳ございません。」

 

「いえ、もう過ぎたことですよ。」

 

質問している捜査官も、メモを取っている部下も、父に同情しているようだ。

 

 

「そう言えば、学院生徒の魔人化ですからね。やはり教え子なのでしょうか?」

 

「ええ。ここに務めて2年程ですが、まさかあんなことになるとは。」

 

「……しかし、今回の事は残念でしたね。」

 

「カート君を教えた教師としては、彼の安否が気になります。いやはや、彼はこの先どうなるのやら。」

 

父が先に、カートの名を出した。

捜査官の鋭い目つきはそれを見逃さない。

 

「……シュトローム先生、一つお願いを聞いて頂いてもよろしいですか?」

 

「どうしました?」

 

「高位の魔法使いであるあなたに、賢者の孫が討伐した魔人の遺体の検分を行ってほしいのです。」

 

「はて、討伐? それに遺体を、ですか?」

 

「ええ。警備隊でこれから検分を行う予定です。」

 

「……教え子の検分は気が乗りませんが、ご協力させていただきますよ。」

 

「ありがとうございます。では、早速行きましょうか。」

 

中等学院から、4人で出ていく。

捜査官の部下なんて、歩き方がぎこちない。

 

 

「それにしても、ウォルフォード君の話題で持ちきりですねー?」

 

「えっ、ええ。まあ。」

 

「第二の魔人の『討伐』、でしたよねー?」

 

「そうですね。さすがは賢者と導師の孫かと。」

 

「同年代としては、見習いたいなーっと。」

 

「君は学院には?」

 

「通っていませんよ。」

 

 

着いた先は、練兵場。

もちろん、遺体などは1つもない。

 

「ふふっ。彼の遺体はどこに?」

 

「騙して申し訳ございませんね。貴方の検分を行います。」

 

「どういうことでしょうかね?」

 

練兵場を50人ほどの兵士が囲った。魔法使いや騎士、この詰所にいる戦力を集めてきたようだ。

 

 

父はずいぶんと愉しそうにしていた。

 

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