王国軍と帝国軍の戦争が勃発。
戦場は、国境に位置する平原である。ここは以前両国が争った場所であり、血の染みた土の上にはすでに草が生い茂っていた。この世界では魔法師が後方支援を担い、騎士や兵士が前に出るために連携は重要視される。しかし彼ら彼女らにはそれぞれのプライドがあって、その不仲は帝国軍が顕著である。
それでも、皇帝の命令だけは絶対なのである。
本当に急な出兵であった。
「御報告申し上げます。王国軍は魔物の対応に追われ、今もなお軍勢を整備する事にも苦労しているようです。陣の位置は十年前と同じでしょう。」
「そうか、ご苦労だったな。諜報部隊。」
ゼストさんたちは黙したまま、退出する。
皇帝陛下はゆったりと椅子に腰掛けて、顎をさすっていた。優雅さの欠片もない面子だが、平民上がりにしては役に立つ奴らだと、彼は満足しているご様子だ。
「将軍。王国に勝てそうか?」
「はい、皇帝陛下。王国は魔物の対応に四苦八苦。よってこのまま、この大軍勢をもってして王国に進軍すれば我々の大勝利は間違い無しかと。」
「フン、そうだろう。帝国から魔物が減り、王国の魔物が増えたと報告を受けた時に余は確信したのだ。王国は魔物の対応に追われ、我々の猛攻を防ぐ事など出来んとな。」
「さすがで御座います、陛下。」
「よしっ、進軍せよ!」
「はっ!!」
ゼストさん率いる諜報部隊の活躍に、ヘラルド=フォン=ブルースフィアはご満足の様子だ。魔物の大移動の報告に対して、野心溢れる彼は直ちに軍備を行った。まさに機を見るに敏である。まあ、王国のことだけを考えて帝国の全軍を集めたのは愚行である。
加えて、虚偽の報告にまんまと騙されている。
「フフフ、これで王国は手に入ったも同然。」
「ご、ご報告いたしますっ!」
「なんだ、一体?」
賄賂、便宜、脅迫、私刑、奴隷売買、そして暗殺。そういうことを行ってようやく皇帝となった彼には、能力はともかく人望もなかった。帝国の公爵貴族としてのプライド、そして狡猾さだけが彼の取り柄である。
だから、嵌められた。
「王国軍、およそ10万すでに布陣しておりますっ!!」
「どういうことだ!?」
「お、おいっ、誰かゼストを呼べ!」
側近たちは顔を見合わせるだけで、所在不明である。そもそも指揮系統については皇帝が率先して行っていたのだから、彼らに命令してもどうにもならない。座ったまま貧乏ゆすりしながら、ただひたすらに待つ。
「このっ、諜報部隊の役立たず共が!全員死刑にしてくれるわっ!」
怒鳴り散らし椅子の肘掛けを叩く。どうやら皇帝の頭の中は、無能の平民上がりたちの処罰をいかにするかでいっぱいいっぱいのようだ。将軍は恐る恐る、戦況を変えるべく進言する。
もちろん将軍の方が戦争についてよくわかっている。
「へ、陛下。一度退いて態勢を立て直すべきかと。」
「さっき進軍させたばかりではないかっ!? このまま突撃せよっ!」
「なにをおっしゃりますか!?」
「ええいっ!どうせ王国軍は排除する予定だったのだ! それが遅いか早いかの差でしかない!」
勢いよく太った身体で立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。
「全軍に告ぐ!我等の力を王国軍に見せ付けてやるのだ!―――全軍、突撃いい!!」
急な命令にドタバタと陣営内では準備を始まった。すでに出立した先行部隊を追いかけるように、ほとんどの兵士が尻を叩かれて次々と走っていく。もはや指揮系統は機能しておらず、彼らに陣形なんてものは決してない。
夕暮れの中、6万もの平民が嘆きながら死地に向かって行った。
王国軍は盤石の態勢をすでに築いている。
「本当に突撃してきやがった。何考えてんだ?」
「魔法師団、放て!!」
1万を超える魔法師による魔法が、帝国軍に着弾していく。
―――断末魔
計4万人の、死傷者及び捕虜が生まれたのは当然のことである。どちらかというと捕虜の数が多く、戦争開始からたった数時間で帝国の完敗は見えていた。軍を率いた愚かな皇帝は責任を転嫁し、逃げ帰ってきた平民を叱責する。
「くっ、どいつもこいつも……」
荒れ狂う皇帝に、側近たちは押し黙ってしまった。
「報告します!」
「今度は何だ、キサマ!?」
「魔物が大量に発生っ!中型以上の魔物が大量に発生し侵攻を開始しております!―――行き先は『帝都』です!!」
「何っ!?」
「加えてっ!!魔人を多数目撃致しました!!その数はおよそ40人!!」
「な! 何だと!!?」
「将軍、王国で出没したのは1体ではなかったのか!?」
「王国で討伐されたのはたった1体のはずです!」
同志の魔物ハンターたちが誘導した魔物は王国軍の足止めも行っているが、いつかは全滅させられるだろう。そして、帝都に攻め込んでいる人工魔人は傭兵が中心である。魔物ハンターも傭兵も『力』を求めることに賛同した同志であって、別に仲間というわけではない。
父の復讐に手を貸してくれるのだから、文句はない。
「く、くそっ!? 我の帝都をよくもっ!?全軍後退せよ!!」
「伝令っ! 急ぎ帝都まで後退だ!!」
「「「「……は?」」」」
俺たちはインビジブルでずっと隠れていた。
愉しいことをやっていたので、笑いをこらえることは大変だった。ゲームマスター気取りの皇帝の判断で、突撃させたり後退させたり。皇帝にとって、兵士はチェスの駒なのだろう。チェスは接待プレーでしかやったことなさそうである。
「なんていうか、見ていて愉しいな。」
「声? 誰かいるのか!?」
光を迂回させて対象を不可視にする魔法、インビジブルを解除する。ソニヤを見て、皇帝は椅子の上で一度飛び跳ねて震える指で指し示した。こんな可愛い少女のどこを恐れる必要があるのだろうか。
「こんにちは、お兄様。」
「ソニヤ=フォン=ブルースフィア……様……」
「な、なぜ、お前が生きているのだ!?」
「あら、どうしてそんなに怖がっているのかしら?」
「だ、だれかっ、こいつを殺せ!」
「ふふっ、怖いこと言うわね。ジン、私がやるわ。」
影の糸が伸び、形を成す。ヒトガタを模す影はゆらりゆらりと俺たちを守るように囲む。剣を持って近づいてきた兵士を地に縛りつける。紅い瞳は妖艶に輝き、ソニヤは微笑みを零した。
「クソッ、化け物め!」
「化け物だなんて。淑女に失礼よ。」
「先に言っておくが、俺たちは殺人鬼ではないからな。目的を果たせばそれでいいから、ここのいる何人かは救われる。それと、皇帝様にビッグニュースだ。帝都にはオリベイラ=フォン=ストラディウスがいる。」
「なん、だと。奴も生きていたのか!?」
「今頃、貴族に恨みのある平民を魔人化させているだろうな。恨みはいっぱい、平民は歯向かうことのできる『力』を得た。残念ながら終わりだよ、お前ら帝国貴族は。」
「我だけは助けてくれ!!」
「……オリバーは貴方のこと、もう眼中にないけれど。私は赦せないの。」
「な、なんでもする。欲しいものをやろうっ!! 金か?地位か?それとも、男か!?」
「私は平穏があればそれでいい。それと、ジン以外の男はいらないわ。」
「な、なら、皇帝の座を!?」
ソニヤは、無機質な表情となる。
生まれながらの紅い瞳はもっと紅く紅く
「私を虐めたこと、オリバーが苦しんだこと、そしてお母様が死んだこと、全部貴方のせいよ。貴方だけは決して赦さない。」
―――ヤっちゃえ
巨人を模した影は、棍棒を振り上げる。
逃げ惑う人間は足を縺れさせて転んでしまう。
「我は、私は死にたくない!