オリバーは本格的に復讐を始めた。
ミリアさんやゼストさんたちはそんな彼に付き従った。
オリバーが魔法を放てば1つの街など破壊することは容易い。魔人が帝国民を1人1人嬲り殺しすることは容易い。しかし彼にとって憎むべき対象は帝国そのものである。帝国民全員に絶望を与えることこそが復讐となるらしい。
「ほんとうに、静かね。」
街並みはある程度そのままに。
ゴーストタウンと化した帝都を、腕を組んで歩く。
「魔物は本能的に、魔人である俺たちを避けているのかもな。」
「そうね。この帝都にはいるのは魔人と魔物だけみたいね。」
まずは食料の流通をストップさせ、飢餓に苦しむ平民を増やす。そして裕福な暮らしを送っている貴族に憎しみを抱いた者を魔人化させ、彼ら彼女らが貴族や残りの兵士を殺した。平民が溜めてきた憎悪によって、高貴な血筋とやらは次々と断絶していった。
オリバーが貴族にまんまと騙された平民によって妻と子どもを殺されたように、騙しによって平民の手によって帝国は滅びた。そして、『力』を持たなかった平民は誰にも守られることなく、飢餓及び魔物によって息絶えて行った。
「こういうのデートって言うんでしょ?」
「もう少し日の当たる場所に連れていきたいけどな。」
「えーと、確かに今日は曇っているけど……」
こうやって、伸び伸びと彼女が街を歩くのは初めて。
幽閉されて育った彼女は外の世界を知らない。
愛してくれたのは、今は亡き母親だけ。
「……小さい子たちも死んでしまったのね。」
「……まあな。」
「ねぇ、どうしてみんなは魔人にならなかったのかしら。魔人になって力を得れば、みんなは助かったのよ?」
すでに乾ききった血は街の至るところに見かける。人間の苦しみがありのままに残されていた。街に漂っている臭いを不快とは思えないのは、魔人になったからなのか、この残酷な世界に慣れてしまったからなのか。
「最初の魔人は王国を本能のままに滅ぼそうとしていたし、やっぱり普通の人間にとって魔人は恐怖の対象だからだろうな。魔人の言うことなんて信頼できるかって言っていただろ?」
「なんていうか、まるで私たちが悪者みたいじゃない。」
「正義の味方ではないことは確かだけどな。」
今は亡き皇帝によって帝国全土から集められた、兵士や戦える平民はほとんどいなかった。オリバーの復讐を止めることを選ぶ気が全く俺は起きなかった。それほど、自分自身の生のみを優先していたということだ。
「ジン、災害級よ。」
「わかってる。」
この世界では、スライムやゴブリンといったよくある創作物に出てくる魔物はいない。本来動物だった獣が魔物化するだけだ。猪や狼といった肉食獣が魔物化する傾向がある。また、虎や獅子は魔物化した時点で強力な魔物である災害級として扱われる。
魔力を外部から取り込むために、人や獣を喰らうことで巨大化する。
「ずいぶんと喰ったんだな。」
獰猛な獅子は極上の魔力を見つけて、紅い眼光を輝かせた。
このまま、餌になるつもりはない。
自然と、身体が動く。
ソニヤを守るように前に出た。
「岩よ穿て。大地より生まれし枷杭、アーススパイク!」
駆けてきた虎は鈍痛とともに急に上空へ。
地面から勢いよく突き上がる石柱は、虎を宙に打ち上げた。
そして異空間から現れた槍を、影兵が手にする。
「ランサー! 獣を狩りなさい。」
帝国に伝わりし魔槍を統合し、貫かせる。
思い描くのは、風と炎の融合魔法。
周囲の空気を取り込む炎だ。
「渦巻く螺旋、ファイアストーム」
蒼炎の竜巻が災害級の魔物をいとも簡単に燃やし尽くす。
「呆気なかったわね。」
「俺たちに立ち向かった時点で。この周辺では1番強い魔物だったけどな。」
今はこうして穏やかな時間を過ごせているのだ。だがこの時間は有限なのではないか。そう思ってしまう。もちろん俺もソニヤも時々、特定の感情に呑まれそうになる。魔人化の恩恵である膨大な魔力が騒いで愉しみを求めるのだ。
「……いつ自分が呑まれるか、わからないよな。」
最初の魔人やリッツバーグは、呑まれたのだ。
リッツバーグを放つと、ふらふらとどこかへ行った。
「怖いのかしら?」
「ああ。自分が魔物みたいになると思うと、な……」
「ねぇ、ジンは魔人のままでいいの? もし普通の人間に戻る方法があるんだったら、どうする?」
「強くなるためには好都合だったけど、な……。まだ方法はわかってないけれど、いつかソニヤが戻りたくなったときに一緒に人に戻ろう。」
「うんっ」
わからないことや弱いことはひどく怖いことだから、何でもやってきたし実験を行ってきた。魔人化してから自分のことしか考えられなくなってきた俺が、唯一彼女だけは想うことができる。たぶんこの温かさがなければ、魔にとっくに呑まれていた。
自分の命の次に大切な命を、傷つけたくはない。
愛おしいとすら思っている。
「なんだか騒がしいわね。」
「魔人のリーダーへの、謁見だろうな。」
帝都の中心に聳え立つ、城へと入る。
豪華な内装は、貴族たちのかつての豪遊を示していた。
「なあ、いよいよだな!」
「ふっ、俺達魔人に敵う奴などいないさ。」
「次はたぶんスイード王国よね!」
「世界統一かぁー」
「シュトローム様はこの世界を統べるお方だ。」
たった1ヶ月で帝国全土は滅亡したのだ。魔物が蔓延る国となったため他国の介入はまだない。ガヤガヤと謁見の間に集まっている魔人たちは帝国の平民である。ここにいるのは30人ほどだが、帝国内に人工魔人は合計150人ほどいるだろう。
謁見の間に入れば、年下の俺たちを畏怖する目が集まる。
「……ところで、用件はなんでしょうか?」
帝国の歴代皇帝だけが座れる玉座でボーっとしながら、オリバーが口を開いた。彼の復讐はほとんど終わってしまったことになり、ほぼ全てを失った彼に残ったものは愉悦することだけである。つまり、愉悦できなければ感情の起伏はない。
「そ、その、次なるご命令をいただきたく。」
「皆さんのおかげで帝国は滅亡しました。ありがとうございました。」
「「「勿体なきお言葉。」」」
「では、残りの人生を好きに生きてくださいね。」
平民たちは思いもよらない言葉に目を見開いた。
「な、何をお戯れを……シュトローム様は世界を統一なされるのではないのですか?」
「なぜ私がそんな面倒なことを?」
「怠惰ですねえー」
「ねぇ~」
俺の膝の上で鼻歌を歌っているソニヤは、ずいぶんと機嫌がいい。
魔物ハンターや傭兵たちは更なる戦いを求めて旅立った。だがしかし平民たちはオリバーの発言をただひたすらに待っていたのだ。忠誠心が高いことはいいことなのだが、一体オリバーに何を期待していたのやら。
「それならなぜ、我々を魔人にしたのですか!?」
「貴方たちが自ら希望したからですよ。貴族への復讐がしたかったのではないですか?」
「そ、それはまあ。」
「よかったですね、目的を達成できて。」
これ以上何も言うことはない、オリバーの目はそう告げていた。
「くっ、俺は勝手にさせてもらう。」
「……私も少し考えさせてもらいます。」
「はい。次なる目標目指して頑張ってくださいね。」
残ったのはミリアさんとゼストさんたちと、俺たちだけ。
巨大な帝都の城は静寂に包まれた。
「……よろしいのですか。あの者たちをあのまま放置していても?」
「構わないでしょう、すでに帝国の滅亡という共通目的は果たしましたから。好きにさせておけばいい。別に私の障害になる訳でもないでしょうし。」
愚かな平民も復讐対象だった。
まんまと騙され、彼の妻と子を殺した。
「それは、そうですが。」
「彼らがどうするかによっては、愉しいかもしれませんねぇ」
「まあ、普通の兵士よりは強いし、1つくらいは国を落としそうだな。」
「それは愉しいことなのでしょうか?」
「さあ?」
「ねぇ、あの人たちは世界を統一したいの?」
「そのようですね。しかし、彼等は分かっているんですかね。征服と統一はまるで違うんですよ。世界を統一した後、統治の事を考えているのかどうか。」
「シュトローム様……?」
かつて、彼も領地を持っていた。
平民優遇のために帝国の異端者として努めた。
「例えば、魔人の子は魔人なのか、魔人は子を産めるのか、そもそも魔人の寿命はどうなのか。そういう類の実験もなしに、世界統一するのでしょうね、彼らは。」
「シュトローム様……。いえ、オリバー様は実験がもし成功すれば、世界を統一なさるのですか?」
「それが、愉しいならことならね。」
ミリアさんはオリバーの隣から移動し、正面から見つめる。
魔人化した彼女は、まだ愛を失ってはいない。
「シュトローム様、その実験について私にお任せください。」
「ほう?」
「必ずやご期待に沿ってみせます。」
ミリアさんは、オリバーのために1歩踏み出した。
今は亡きアリアさん以外では、唯一彼の心を動かせる女性。
「では、実験を始めましょうか。」
最強の魔人オリバーはいまだ、心を持つ人間を恐れている。