俺が目覚めた時、溢れんばかりの魔力を持っていることを感じた。嬉しかった。学院でSクラスに入れず、奴にシシリーの心も奪われた。黒髪の魔人に、今いる場所は帝国だと告げられ、俺が魔人化したことを伝えられた。ただ、嬉しかっただけ。屋敷にはシュトローム先生もいたが、昔と違って何も話してくれなかった。
腰を低くしているローレンスに、手を翳す。
「全てを焼き尽くす炎よ! この手に……あぶねぇ!?」
「へぇ、避けたか。」
「貴様、俺を殺す気か!」
「甘いな。そう簡単に魔人は死なないだろ。」
それから、奴を倒すために訓練することになった。すぐにでも飛び出したい気持ちもあったが、自分の弱さを自覚させられた。諜報部隊の奴らとの実戦形式だったのだが、全く歯が立たない。シュトローム先生以外の家庭教師や学院の教師から教えてもらったことなど、全く役に立たなかったのだ。
「はぁはぁ、なんで、お前らは……強いんだ?」
「なんでって。経験の差だろうな。俺もまだまだだけど。」
ローレンスたちが魔人化してからは、力の差は歴然だった。魔人に再生能力があるからといって、ゼストさんに無表情のままナイフで切り刻まれることは一種のトラウマとなっている。どれだけ泣き言を言っても、手加減なんてしてくれない。
誰も訓練では、甘えさせてくれなかった。
俺をちゃんと見てくれるって実感していた。
「なあ、ローレンス。どんなことをしてきたんだ、教えてくれ。」
「おいおい、ずいぶんと興味津々だな。」
「いいから、教えろ。」
「なんでさ……。まあ、俺たちは死線をくぐってきたんだ。」
「例えば?」
「そうだなぁ。屋敷や隣国に潜入して、時には命からがら逃げだしたこともあった。この手で何度も暗殺をやってきたよ。ほんとう、今俺たち全員が生きていることが不思議なくらいだ。」
ローレンスが見ている、タコのできた手。
魔法ばかり鍛えてきた俺の細い指とは大違いだ。
こんな甘えてばかりだった俺が奴に勝てるはずもない。
「隊長に報いるために訓練に励んだ。……、悪いが、ここからは愚痴になるぞ。俺たち諜報部隊は帝国貴族共から蔑まれていたんだ。任務を達成して生還してまず掛けられる言葉は罵声だ。俺たち平民は所詮、使い捨てなのさ。」
「……ずいぶんと無能な上司なんだな。」
「ああ。ゼスト隊長は変わらず最高の隊長だし、俺たちを有効活用してくれるシュトローム様は最高の主なんだよ。だから、今の生活は満足している。」
たった1ヶ月だが、こいつらが優秀なことは知っている。
たとえ生まれが平民でも、こいつらは強い。
「そういえば、帝国が腐敗していたことは知っていたのか?」
「まあな。いつクーデターが起こってもおかしくはないと……、父上は言っていた。」
帝国貴族は平民を制することができなかった。
有能なローレンスたちを重宝できなかった。
滅んだのは、自業自得だ。
「お前ってアールスハイド王国で貴族だったんだろ?」
「ああ。俺は兄がいる限り家を継ぐことはできないが、な。」
「やっぱり、まだそういう貴族の格式はあるのか。」
アールスハイド王国は、平和で豊かな国で、馴れ合いの多い国だ。いつからか、王国の政治が甘いと思い始めた。守られることを良しとして、ほとんどの貴族はその地位に甘んじる。兄上は家を継ぐためとはいえ、剣術も魔法も嗜み程度にしか習わないのだ。今思えば、それは甘えだ。俺はローレンス達に『力』を思い知らされた。
『力』を身に着けてこそ、地位を誇示すべきだと俺は思う。
兄よりも俺は優秀な存在になるつもりだ。
「よう、気分はどうだ?」
「黒髪……」
扉を開けてやってきた黒髪の奴。
ジンだよ、と苦笑いしながら初めて名前を言う。
会った時より変わったな、こいつ。
肩の荷が降りたような気がする。
そう思うのは俺自身がそうからなのかもしれない。
「ずいぶんとしごかれたみたいだな。」
「まあな。お互いボロボロだな。」
この環境と魔人としての『力』があれば、いつか奴を倒せる。俺は日々強くなっている。シン=ウォルフォードとシシリー、そして兄を見返すことができる。
「なあ、ジン。どうしてボロボロなんだ?」
「……親子喧嘩。」
「なんでさ。」
「シュトローム先生と?」
「ミリアさんの代わりにぶん殴ってきただけだ。……それでさ、カートはさ……『力』ってなんだと思う?」
「そんなもの、強い魔法……だろ?」
俺の頭の中に、疑問が芽生えた。
そういう感情は、久しぶりな気がする。
「剣術や体術も『力』だよ、な。」
「ああ。魔道具を使って戦うと言われる、導師もいるしな。それに、言葉も『力』なんだ。」
「……言葉が?」
「俺の故郷の政治は言葉で戦っていた。王も貴族もいない、民主制だ。」
「み、民主制が本当に実現しているのか?」
「なんだかんだいって、帝国は貴族が政治を行っていただけだからな。」
「ああ。成り上がり者なんていくらでもいる。」
「魔物や人と戦える『力』が全てだと思っていたよな?」
「そう、だな……」
福祉、医療、科学、義務教育、……そして魔法のない世界。俺もローレンスも異世界の話に聞き入っていた。ソニヤがジンと話すことを愉しんでいるのは知っていたが、未知なる世界は想像以上に驚きの連続である。この目で見てみたいとも思った。
だからこそ思う。
この世界にも、そんな愉しそうな国ができたらいいなと。
「努力すれば認められる国か……、愉しそうだな。」
「俺たちみたいな、『ネズミ』が生まれなくて済むのか。」
奴を魔法で屈服させるだけじゃなくて、アールスハイド王国より良い国を作りたい。俺の歩んできた道を否定した奴らを見返したい。シシリーが振った男は途方もなく素晴らしい男だって後悔させたい。
そんな国を、作りたい。
―――世界が、いや視界が変わった?
「カート、お前。目が戻って……?」
「……これは」
「たぶん、魔人化のコントロール。お前が初めての実例だ、カート。」
(そもそも魔人化というのは、魔力の暴走状態。自分の感情を制することができたのなら、オンオフができるのか。それなら、『魔人』は決して『魔物』ではない。『人間』のままだ。)
「ふっ。ローレンス、ジン。俺の勝ちだ。」
「「ぐっ……」」
『勝つ』って、こういうことなんだな。
魔力を増減させている2人を見て、誇らしい気分だ。
貴族や平民なんて関係ない。
俺が求めていたのはライバルであり親友なのだろう。
「みんなっ! ミリアに赤ちゃんができたって!!」
「「なにっ!?」」
「お前ら、焦りすぎだ……ったくっ」
飛び込んできたのはソニヤ。
ミリアっていうのはシュトローム先生の奥様だ。
閑散とした城の中で、彼女の部屋は暖かい。
「俺、こういうの初めてだ。」
「俺もだ。まさか闇に生きてきた俺たちが立ち会えるなんてな。まさに光、か……」
少し、お腹が大きくなっている。
こうして、子どもは育っていくんだなと思う。
「義父さん。」
「……なんでしょうか?」
「もし生まれてくる子供が魔人じゃなかったら、どうする?」
「……魔人じゃなくても、強い子に育ってくれれば父親としては本望でしょうねぇ」
「シュト…ローム、様……、目が……」
「長い間、待たせてしましましたね。愛するミリア」
「はいっ!!お慕いしております、オリバー様っ」
シュトローム先生の心境の変化か。
先生をいい意味で変えた奴は、誰かわかっている。
シュトローム先生も、ボロボロだしな。
「オリバー様の子が、私に……」
「ええ。私たちの子どもです。」
貴族だと、乳母に任せっきりになるんだよな。
俺もそうやって育てられた。
なんだか、寂しいな。
「うんうん。ミリア、お母さんになるんだね~」
「今、私は幸せです……」
幸せ、か。
親の言う幸せばかり追いかけて、自分で考えたことなかった。
「……ごめんな、カート。いろいろ迷惑かけて。」
「気にするなよ、もう過ぎたことだ。」
「なあ、カート。家には戻らないのか?」
ジンはもう親に会えないんだったな。
こいつが異世界に渡る方法を探していることは知っている。
「立派になったら、会うさ。」
「そうか。だったら、俺もそうする。」
共通点は、魔人であること。
『傷』を分かち合って、前を向いて歩こうとしている。
この人たちと一緒に、これから生まれる子供の行く末を見てみたい。