D.C. 〔3〕    作:消雪

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構想にあった本来のストーリー ◎〔10〕

ー家ー

ー玄関:朝ー

 

 

 

『………』

 

『………』

 

 

 

落ち込みから全く立ち直れないまま、この日が来た。

音夢が看護学校へ行く日だ。

 

どんなつらい現実であっても、時間はしっかり来る。

空虚な言葉になりそうだが、この日だけはしっかり見送ってやらないと。

 

 

今の俺の状態を心配して多弁になった音夢。重度な失意から浮上できない俺。

 

俺は酒浸りの日々を送り、苦しすぎる自分からひたすら逃げていた。

思考をまともに働かせたくなかった。

 

 

 

ことりも最初は心配していたが、酒を止めてくれないので、完全に怒らせてしまった。

今では、笑顔を見せることなく、表情は常に厳しい。

 

俺はもう、どうする事もできなかった。

今では、酒に酔った時だけが、苦痛から逃れる事ができた。

 

 

 

他人行儀になった音夢と、うつ病になった俺。

……突然、看護学校に行くと言われたのは、俺にとってはトドメだった。

 

 

 

ー家ー

ー玄関:朝ー

 

 

 

『ま、頑張ってこい。無理しない様に』

 

『もうお酒は飲まないでね。ご飯も食べる事』

 

『……ああ』

 

『ああ、じゃないです。約束できますか?』

 

 

『……ああ』

 

『……これじゃ、勉強に集中できないよ』

 

『もう時間だろ』

 

『ちょっとくらい遅れても平気です』

 

 

 

音夢に看護学校を告げられてから、たったの4日だったが……

その間に、何度も入学時期をずらす事を提案されていた。

 

俺は金が勿体ないの一点張りで拒否していた。

 

俺は俺で、酒浸りの日々が続いていた。

そんな姿を、音夢はただ悲しむ表情を見せるばかりだった。

 

 

 

『兄さん、一つだけ約束して』

 

『酒か?』

 

『酒は1万歩譲って認める。止める事にこした事はないけど』

 

『じゃあ何だ』

 

 

『………』

 

『何だ』

 

 

 

恐らく、自殺というキーワードだけは使いたくないのだろう。

俺にわずかでも気取られたくないので、音夢が先を言えずにいる。

 

元々、俺の頭の中にあるのならまだしも、俺の頭の中には無いのかも知れない。

自殺だけはしないでと言う事で、その手段が確実に俺の頭に入るので、先が言えないようだ。

 

 

 

『何でもない』

 

『そうか』

 

『私が言えた事ではないけど、なるべく早く立ち直って』

 

『ああ』

 

 

『……じゃあ、行ってきます』

 

『じゃあ』

 

 

 

音夢はドアを閉める最後まで、ずっと俺から目を話す事がなかった。

俺は視線を下げて、目を逸らした。

 

音夢が俺を心配してくれる気持ちが嬉しい一方、勝手に看護学校の話を進めて、俺に唐突に衝撃を与えた分、お前も苦しめという歪んだ気持ちも否定できなかった。

 

 

俺はタンスに隠していた酒を飲む事にした。

とにかく、今は思考がまともに働き始めるのを極端に嫌っている。

 

 

 

ー家ー

ー昼間ー

 

 

 

昼間から酔いつぶれていた。

スーパーで売っている酒は安価で助かる。

 

飲み慣れると、酒の美味しさがどこにあるのか分かってしまう。

純粋な味覚や美味しさというより、気分を変える事の方が大きいと思えてならない。

 

アルコールの吐息を深く出すと、少し時間を空ける事にした。

あまり休憩せずに飲むと、悪酔いしてしまう。

 

 

 

≪ピンポーン≫

 

 

 

 

回覧板でも来たか……

こんな状態を生徒に見られたらと思うと、一気に目が覚めてしまった。

 

生徒ならまだしも、先生に見られたらその場で停学だ。

 

 

 

『いやいや、違う』

 

 

 

俺は何を慌てている。

居留守を決め込んで、後で郵便物か回覧板を取ればいい。

 

俺はその場で安堵して、気分直しにもう一口酒を飲む事にした。

昔から偉大な飲み物があるものだと思う。

 

 

 

≪ピンポーン≫

 

 

 

≪ピンポーン≫

 

 

 

≪ピンポーン≫

 

 

 

やけにしつこいな……

インターホンを鳴らしている人の性格が伝わってくる。

 

これは近所の人ではない。

では、一体誰だろう。

 

俺は言い訳が出来る様に、ベッドで寝ていた事を決め込む事にした。

真っ昼間であろうと、寝ていた事にしよう。

 

 

 

≪ピンポーン≫

 

 

 

こええ……

一体、いつまで鳴らす気だ。

 

居留守を見抜かれている様で、酒のいい酔いが抜けていく。

とにかく、さっさと帰ってくれ……

 

誰が鳴らしているか、窓から確認しようか。

いや、もし窓を注意深く見られていたら、居留守が見抜かれてしまう。

 

 

 

≪♪~、♪~≫

 

 

 

今度は携帯から着信音が鳴る。

ディスプレイを確認すると、ことりからだった。

 

 

 

『………』

 

 

 

今はインターホンが鳴っていない。まさか……

しかも、着信音が外に漏れてしまったのでは……

 

考えがまとまらない上、どう行動すればいいのか分からない。

しかも、またインターホンが鳴りだした。

 

 

俺は観念して、電話に出る事にした。

できるだけ、さっきまで寝ていたフリをして。

 

 

 

『おはよー。もしもし』

 

『遅いです。インターホン鳴ってるでしょ』

 

『ご、ごめん。昨夜ずっと起きてたから今までずっと寝てて……』

 

『朝倉君の嘘、下手すぎです』

 

 

『ところで、何か用?』

 

『最近、調子悪そうだったでしょ。だから様子を見に来たの』

 

『きょ、今日はダメだ。調子がもっと悪いから』

 

『もっと悪いなら、今、お見舞いします』

 

 

『………』

 

『とりあえず、開けてもらえますか』

 

『お願いことり。今日は無理』

 

『開けてください』

 

 

『朝倉、いつまで待たせる気だ』

 

『お姉ちゃん、黙って』

 

 

『……マジかよ』

 

 

 

……悪夢だ。先生まで居るとは。

こんな状態、さすがに見抜かれてしまう。

 

くそ、逆の窓側から逃げようか。

しかし、非現実な事を考えても始まらない。

 

 

携帯の電源を切ると、慌てて誤魔化す方法を考えた。

 

何か、何かないか。

……歯磨き粉はどうだ。毒はないし、あれを少し食って口臭を誤魔化そう。

 

 

顔色はどうする。

唐辛子を食ってみるか。

 

ご飯の時に、唐辛子の多い物を食っていた事にしよう。

 

 

……

 

 

洗面所で歯磨き粉を口に含んで、うがいを繰り返す。

そして、唐辛子を2,3振り口に含んだ。

 

 

 

『ゲホっ、ゲホっ』

 

 

 

唐辛子が器官に入って激しくむせる。

辛さもあり、慌てて水を飲み干す。

 

唐辛子が喉の変な所に入って、むせまくったので顔色が真っ赤だ。

……何とか、誤魔化せるかな。

 

 

 

≪♪~、♪~≫

 

 

 

突如、携帯の着信音が鳴る。

 

咳が止まらず、タオルを口に押さえつけた。

それでも中々止まらないので、むせている状態で電話に出た。

 

 

 

『さっきから何してるの?』

 

『ゲホっ。だって、調子が悪いから』

 

『ドアを開けるだけでしょ』

 

『そ、そうだけど』

 

 

『もういい。電話はそのままで切らないで。そのままドアを開けて下さい』

 

『ゲホっ、ゲホっ』

 

『ドアを開けて下さい』

 

『ゲホっ』

 

 

 

逃げようがない事だけは分かった。

これ以上、時間を稼ぐと余計に怖いので、観念して素直にドアを開ける事にした。

 

ドアを開けて俺が出迎えると、先生は大きなため息を出した。

 

 

 

『あ~さ~く~ら~。お前なぁ』

 

『今日は唐辛子麺というカップ麺を食ってて……』

 

『嘘が下手すぎる。で、何杯飲んだ?』

 

『……少しだけ』

 

 

『お前の言う少しは500mlくらいか?』

 

『今の、どうやって分かったんですか』

 

『……とにかくあがるぞ』

 

『…、はい』

 

 

『………』

 

 

 

先生は、我先にと家の中に入った。

ことりは一言も発する事なく、顔も合わせずリビングへと入っていった。

 

怒っているのだろうか……

それとも、失望して愛想尽きたのだろうか……

 

 

 

『………』

 

 

 

アルコール漬けの頭では、到底考えがまとまらず自分もリビングへと向かった。

目覚ましに頬を軽く叩いたが、全く効果がない。

 

酔いが覚めるまで、一日かかりそうだ。

 

 

 

ーリビングルームー

 

 

 

あれ、少し目を話した隙に先生がいない。

ことりだけが、ソファーに座っていた。

 

 

 

『………』

 

『………』

 

 

 

声をかけようとしたが、自分の体たらくを考えるとそれも出来なかった。

ことりは、ずっと俯いていて顔を合わせようとしない。

 

話しかける雰囲気ではなかったので、俺も黙っている事にした。

先生が戻るまで、自分も向かいの座布団に座る事にした。

 

 

……

 

 

 

『これ、没収な』

 

『……はい』

 

 

 

先生は俺の部屋に入って、酒を探していたようだ。

そんな安酒、何本でも買ってやると毒づいて返事をした。

 

しかし、俺は酒の他にもう一つやっている事があった。

実は、そっちの方が深刻である。

 

先生がことりの隣に座ると、やれやれと言った感じで俺を見た。

 

 

 

『本来なら停学にしてやりたいくらいだ。本来ならな』

 

『………』

 

『ただ、今のお前の場合、学校を休ませたら酒に走るかも知れない。学校には毎日顔を出せ』

 

『はい』

 

 

『……本当に大丈夫なのか?』

 

『難しいです』

 

『とにかく、誰かと接していろ。私でもいい。とにかく一人で居るな』

 

『こんな状態の俺では迷惑をかけます』

 

 

『そういうのはいいから』

 

『はい』

 

 

 

ことりが不服の様な感じで、先生を見ていた。

その視線に気づいてか、先生も何だという表情でことりを見ていた。

 

 

 

『お姉ちゃん甘いです。停学にして頭を冷やさせないと』

 

『お前にしてはえらく辛辣な言葉だな』

 

『今まで何杯飲んだと思ってるの?』

 

『だから、本来なら停学だよ。そこは同情の余地はない』

 

 

 

今度は、ことりは俺を睨みつけていた。

怒っていても、やっぱり綺麗な人は綺麗だな……

 

他の人と違い、怒った状態が違った美しさを見せている。

もう少し、その怒った顔を見ていたい。

 

 

 

『何かおかしい?』

 

『い、いや。別に』

 

『こんな朝倉君、見たくない。こんなに悲しませて平気なの』

 

『悲しませようとしている訳じゃない。俺自身、色々あって……』

 

 

『お酒なんて頼っても仕方ないじゃない。なぜ私たちを頼らないの?』

 

『それは……』

 

『それは?』

 

『………』

 

 

 

それは、理屈ではないんだ。

全て理論立った行動が出来るなら、とっくに友達に助けを求めている。

 

ことりには、どれだけ助けを求めるか分かったものではない。

 

 

こんな荒んだ状態で、友達の前に現れる事が出来なかった。

人は時と場合として、素直になれない時があり、素直になれない行動がある。

 

しかし、ことりにどう言えばいいのか分からない。

すると、ことりが呆れた様に立ち上がった。

 

 

 

『お姉ちゃん。私、先に帰る』

 

『そうか。じゃあ先に帰っててくれ』

 

 

 

俺と……、ことりもキョトンとした表情をしてしまった。

てっきり先生が、もう少し居ようと言い出すか、先生も一緒に帰るのだと思った。

 

先生のレスポンスが、やけに早くてあっさりしていた。

 

 

 

『昼だから、まだ大丈夫だろう。気をつけてな』

 

『じゃあ』

 

 

 

ことりが玄関のドアを開けて、先に帰ってしまった。

俺は何も言えず、そのまま見送った。

 

失礼だと思ったが、何かに気を回す事ができるほど精神的な余力は無かった。

足音が遠ざかると、先生が姿勢を正してこちらを見た。

 

 

 

『まぁ、その。ことりを悪く思わないでくれ。最近はお前の心配ばかりしていて気が立っていてな……』

 

『別に気を悪くはしてないです。自分が悪いんだし』

 

『いちいち自傷気味にならなくていい。それよりすぐ確認したい事がある』

 

『はい』

 

 

『ちょっと腕を見せてみろ』

 

『………』

 

 

 

ゴミ箱の中まで見ていたのか……

ティッシュの固まりが大量にあったから、不審に思ったのだろう。

 

その行為は、音夢にすら知られていない。

そんな事をやっていると知られたら、問答無用の行動となって看護学校の入学時期をズラしただろう。

 

 

 

『実はあれ、自慰行為を……』

 

『今はくだらん事を言うのは止めろ』

 

 

 

俺は観念して、長袖の片方をめくった。

わざと右腕を見せていた。

 

 

 

『右腕はやってないのか。じゃあ左腕』

 

『………』

 

 

 

長袖をめくった俺の左腕は、どう見ても素人が巻いたと見える包帯を巻かれていた。

包帯の所々に、血が滲んで固まっている。

 

止血は包帯を強く巻く事で止めていたので、包帯を取るとまた出血し始めた。

あちこちをズタズタに切り裂いていたので、さすがの先生も少しの間、目を背けていた。

 

人は何にでも慣れてしまうもので、肉をえぐった傷もある。

 

 

 

『随分やったな……』

 

『………』

 

『これは病院へ行った方がいいんじゃないのか』

 

『大丈夫です。それより、ことりと音夢には黙っていて下さい』

 

 

『大っぴらにしたら、あの子たちが仰天するから言う事はないが……』

 

『………』

 

『それより、お前本当に大丈夫か』

 

『……今の精神状態を酒で誤魔化して、何とかです』

 

 

『ことりとか、他の友達を居ようとはしないのか?』

 

『会話の一つすら出来ない人間が居ても、かえって迷惑です。もしこの腕の事に気づかれたら……』

 

『じゃあ私ならいいだろう。時間があるなら化学室に来い』

 

『………』

 

 

『とにかく、一人で居続けるな。家に篭るな。そうでないとまたやってしまうぞ』

 

『……はい』

 

 

 

停学にしなかった理由が見えた。

俺を家の中に居続けさせる方が危ないと思ったのだろう。

 

口調は厳しくても、自分を心配してくれているので少し気が楽になった。

今まで失恋で自殺をしてしまう人たちの気持ちが、今ほど理解できた事はない。

 

これは、抗えきれるのか……

 

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