D.C. 〔3〕    作:消雪

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◎〔11〕

ー学校ー

ートイレ:昼休みー

 

 

 

『またか……』

 

 

 

時折、左腕が出血しだすので、常にポケットティッシュを携帯している。

傷口が開いている間は、突然の出血に悩まされる。

 

とにかく、生ぬるい物が流れたら慌てて左腕を見る様になった。

トイレでは、トイレットペーパーがあるので、個室に篭り止血するまで腕を押さえている。

 

 

あれから3日が経過して、学校には毎日登校していたが……

眞子は俺の疲弊しきった様子が気になって仕方がないようだ。

 

何とか、もっと話す事ができればいいんだが、今の俺はそれができない。

元々、気力で頑張っているので、これ以上の気力はどこにもない。

 

 

 

『………』

 

 

 

ことりとは、話す事はなくなってしまった……

力無く自分から話しかけても、完全に無視されてしまう。

 

何とか謝りたくても、それすら許さないようだ。

 

学校に居る時は視線を感じる事があるので、振り返るとことりが慌てて顔を背けて、向こうへと歩いてしまう。

照れているわけではなく、とにかく避けられている。

 

 

 

ー家ー

ー玄関:夕方ー

 

 

 

学校から帰ると、タイミングよく自宅の電話が鳴った。

その場にカバンを置いて、受話器を取った。

 

 

 

『もしもし』

 

『こちらは看護学校の受付です。朝倉音夢さんは入学はしない事の確認でお電話しました』

 

『えっ、音夢はもうそっちへ行ってるでしょう?』

 

『いえ、電話で辞退を申し込まれてます』

 

 

 

そんなバカな。もう何日も経過している。

では、あいつはどこで寝泊まりをしている……

 

 

 

『折り返し電話します。一旦電話を切らせて下さい』

 

『分かりました』

 

 

 

ポケットから携帯を取り出し、音夢に電話をかけてみる事にした。

久しぶりにこの番号にかけるな……

 

 

 

『兄さん』

 

『お前、今どこに居る?』

 

『学校ですけど』

 

『学校の受付から、お前は学校を辞退したと言ってたぞ』

 

 

『それは誰かと勘違いしているよ。だって私、ここで寝泊まりしてるし』

 

『なんだ。それならいいんだ』

 

『良かったら、少しだけ話さない?』

 

『止めとく』

 

 

 

何も言わさずに、電話を切ってやった。

どうせ断っても、なんで?どうして?と結果として会話が続いてしまう。

 

そうなると、電話を切るタイミングが分からなくなる。

 

しかし、受付ももうちょっと確認してから、電話をしてほしいものだ。

受付には、折り返し電話をすると言ったが、今頃はミスに気づいている頃だろう。

 

いちいち電話するのも面倒なので、そのまま部屋に戻る事にした。

 

 

 

ー家ー

ー自室:夜ー

 

 

 

包帯と酒の出費で、予定より金が減ってきている。

包帯の方は、何度か洗って使う事にしよう。

 

一度、白のカッターシャツをタオル代わりにして拭いたら、落ちなくなった。

洗剤で洗っても落ちないので、血はかなり頑固な汚れのようだ。

 

 

 

≪♪~、♪~≫

 

 

 

『………』

 

 

 

電話に出るのを躊躇ったが、とりあえずディスプレイを見て確認した。

……単身赴任している、親父からだ。

 

全く予想外の人物だった。

何かあったのだろうか。

 

 

 

『もしもし』

 

『純一か。元気してるか』

 

『ああ、変わりないよ』

 

『そうか。それならいいんだ』

 

 

『何か用があったんじゃないの?』

 

『いや、元気してるか電話してみただけだ』

 

『そう……』

 

『じゃあな』

 

 

 

用も無いのに、珍しい事もあるものだ。

親がこちらに定期的には電話して来るが、こんな電話は初めてだった。

 

まぁいい。

飯も食ったし、後はベロンベロンに酔っぱらうだけだ。

自分にとって酒は、思考を鈍らせ、安眠を取る為の薬へと変わっていた。

 

 

 

≪ピンポーン≫

 

 

 

『………』

 

 

 

背筋が凍った……

まだ、誰が来たのか全く分からないが、それでもインターホンを鳴らされると誰が来たのか予測してしまう。

 

……タイミングが一つ間違っていたらと思うと、ドッと冷や汗が出た。

とりあえず、すぐに会おう。

 

 

……

 

 

 

『こんばんわ、ことり』

 

『………』

 

 

 

今日はことり一人のようだった。

以前の様な愛想良さや、笑顔は微塵も感じさせず別人に見えた。今は、真っ直ぐこちらを見据えている。

 

自分が情けなさすぎて、返答も出来ず、その視線から目を逸らしていた。

ことりが近寄ると、観察する様に俺を見てくる。

 

 

 

『ちょっと息を吐いてみて下さい』

 

『もし俺がニンニク料理を食べてたら……』

 

『早くして下さい』

 

『はい』

 

 

 

こんなきれいな顔に、俺の息を吹きかけるなんていいのか躊躇したが、時間をかける訳にもいかないので、大きく息を出した。

少し、ことりの表情が緩んだ気がした。

 

 

 

『うーん、思ったより口臭が酷いですね』

 

『野菜炒めしか食ってないぞ。いきなりそれか』

 

『これからも抜き打ちしますから、絶対に飲まないで下さいね』

 

『ええっ』

 

 

『……その返事は何ですか?』

 

『……別に』

 

 

 

今の驚き方はマズかったか……

これでは、こいつはまた飲む気だとしか思えないだろう。

 

俺は俺なりの、工夫があるってのに……

時間帯は夜なので、このままことり一人を帰す訳にもいかず、送る事にした。

 

 

 

『送るよ。夜道だし』

 

『結構です』

 

『それは出来ない。送るよ』

 

『付いて来ないで下さい』

 

 

 

相変わらず辛らつだが、怒る気にはなれなかった。

ことりに心配をかけているのは、痛いほど分かっているつもりだ。

 

 

 

『もう一度言います。付いて来ないで』

 

『50メートル間隔を空けるから。頼むよ』

 

『次は本気で怒りますよ』

 

『………』

 

 

 

俺の思っている以上に、ことりは怒っているようだ。

今の状況では、取りつく島もない。

 

俺は2,3歩、後ろ歩きをしながら無言で頷いた。

……あまりの冷たさに、ことりにとって俺の立ち位置がよく解らない様になった。

 

 

心配しているのは分かるが、情けなさに見るに堪えず、仕方なく見に来ているのか。

今まで仲が良かったから、見捨てる事も出来ず、仕方なく来ているのか。

 

 

 

『………』

 

 

 

俺はことりを見送った後、先生に電話をして、安全に帰ったか確認を取ってもらう事にした。

今は恋人絡みで忙しそうだけど、出てくれるだろうか……

 

 

 

『朝倉か。どうした』

 

『あの、その……』

 

『どうした?』

 

『…、もう、完全に嫌われてしまいました』

 

 

『……誰に?』

 

『でも、夜は危ないから出歩かない様に言ってもらえますか』

 

『…、ことりか?』

 

『俺……、もう、こんな情けない姿で、もう誰にも会う事なんて……』

 

 

『……辛そうだな』

 

『…、はい。なんでこんなに』

 

 

 

嗚咽が出た後、涙があふれ出た。

俺の今、これは今までの俺なのか。

 

なんて変わり果てた姿なのだろう。たかが、恋愛一つのせいで……

 

 

 

『俺は一人で大丈夫だから、ことりには何も心配するなと伝えて下さい』

 

『どこが大丈夫なんだ。むしろ正常を……』

 

『聞いて下さい!!』

 

『………』

 

 

『俺……、俺の事は大丈夫です。ホントに』

 

『………』

 

『ことりは……、ことりの方で楽しくやってくれ。俺に関わったら、楽しくやれなくなる』

 

『…、そうやって一人になる事を選んで、何か解決するのか』

 

 

『……精一杯頑張ります』

 

『…、ことりと会話しておくか。私から言えば、あの子もお前と話してくれるだろう』

 

『今帰っている最中なので、ちゃんと帰ったか確認してもらえますか』

 

『人の心配している場合じゃないだろ!』

 

 

『夜道は危険なんです!多分、あと10分ほどで帰るはずです』

 

『………』

 

『すいません、よろしくお願いします』

 

 

心が痛い……

余裕がなく、もう自分がまともに話していたか分からなかった。

 

精神の荒み具合から、一刻も早く酒を手にしたかった。

とにかく、自分から逃れたい一心でしかない。

 

結局、その夜は酒を飲んで明かした。

 

 

 

 

ー学校ー

ー放課後ー

 

 

 

ぼんやりと学校での時間が過ぎていく。

自分の中での残されたタイムリミットは、あと2日だ。

 

苦痛の限界に到達すると、人は自然とある手段を取るようにできている。

俺も例外ではなかった。

 

 

ことりが嫌ってくれたのはある意味、自分にとって都合のいい出来事の様に思えてきた。

仲が良かったのでは、ショックも大きい事だろう。

 

 

 

『………』

 

 

 

冷たい空気を吸いたかったので、自分がいつも座っていた桜公園のベンチへと向かった。

 

 

 

ー桜公園ー

ー夕方ー

 

 

 

『先客があの3人とは』

 

 

 

懐かしい顔ぶれがあった。

ことり、ともちゃん、みっくんの三人がいつも俺が独占していたベンチに座っていた。

 

あんな所に居たら、俺と遭遇してしまうものだが……

会いに来ているのか、単に偶然、あの場で話しているのか。

 

 

ことりのスマイルも、こうやって見ていると懐かしく思えてしまう。

声をかけにくくて、そのままその光景を見ていた。

 

俺以外とは、元気に話しているのでどこか安心した。

 

 

……

 

 

和気あいあいとした会話を見ていると、不意にことりと目が合ってしまった。

 

ことりが俺に気づくと、急にそわそわと落ち着きなく、その場を後にした。

その異変を感じ取り2人も、辺りを見渡した。

 

 

すぐに俺に気づいて駆け寄ってきた。

ことりから何らかの事情を聞いているとなると、あの二人にも嫌われてそうだが……

 

 

 

『やぁ、久しぶり』

 

 

『久しぶり、なのかな』

 

『ことりと何かあったの?』

 

 

 

酒が原因だと思うから、簡単に説明する事にしたが、既に事情を知っている様だった。

 

俺がことりを怒らせたから、2人とも俺に怒っているのかと思ったが……

なぜか、俺を心配してくれている様子だった。

 

みっくんが心配そうに話しかけてくる。

 

 

 

『朝倉君の方はもう大丈夫なの?』

 

『………』

 

『イロイロあると思うけど、私たちで良ければいつでも話しかけに来て』

 

『………』

 

 

 

なんだ……

返答の仕方が、必要以上に優しく感じた。

 

ぎこちない上、愛想を使い過ぎている。

 

ことりから何か聞いたのだろうか。

それとも、先生の方か。

 

 

 

『ことりから何か聞いてるの?』

 

『そうじゃないんだけど。͡先生がことりに朝倉の話し相手をしてやってくれって言ってたから』

 

『そんな事が……』

 

『ことりは反省するまでダメと言ってたけど。でも……』

 

 

『でも?』

 

『先生の頼み方がどこかおかしかった。何度も懇願していたし』

 

『………』

 

『このままではあいつ危ないって、オーバーな事も言ってたから。今見た感じ、そんな風でなくて良かった』

 

 

 

……多分、俺の左腕の事だろう。

確かに、今の俺は尋常ではなくなっている。

 

今まで時間を置けば、人は回復していくと思っていた。

 

だが自分にある今のこれは、回復どころかどんどん深く落ちていく様だった。

日を追うごとに、黒くなっていく自分がいる。

 

 

 

『ところで、お酒を飲んでるって聞いたけど本当?』

 

『……ああ』

 

『それってやっぱり、何かあったって事?』

 

『色々振り回されている。どうしていいのか自分でも分からない。どうしたいのかも……』

 

 

 

抽象的な事をつぶやいていた……

ただ、自分の中では八方塞がりの状態であり、どうする事もできないと思っている。

 

毎日、酒で胃を焼く日々だ。

それしか、今の自分の苦しみを誤魔化す方法が無かった。

 

 

 

『私たち、ずっと悩んでいる姿を見てきたけど、どうしようもない時、朝倉君はどうすべきと思う?』

 

『………』

 

 

 

それは、誰かと一緒に居る事だった。

会話をする事、笑顔を見る事、景色を見る事。

 

ことりと一緒に居る事……

 

 

幾つかの手段が頭に浮かんだが……

感覚の苦痛から逃れたい思いが強く、対処より、根本的な解決方法しか考える事ができない。

 

 

 

『ことりと話しに行けばすぐに治るよ。そんなもの』

 

『そうはいかない。ことりに嫌われているし』

 

『え、嫌ってないよ。だってさっきの会話だって……』

 

『いいんだ。もういいんだ……』

 

 

 

俺は手で彼女らを制止した。

他愛な会話すら出来ない様になっている。

 

俺、もう、自殺などしなくても、近い内に、失意のあまり死ぬのかも……

その場でパニックになり、少し立ち眩みを覚えた。

 

 

 

『ちょっと、朝倉君!?』

 

『一体何なの!?』

 

 

『何だ。どうした?』

 

 

 

異変に直面したようなので、周りを見渡したが何もない。

俺は何もしていない。話していただけだ。

 

しかし、二人とも俺を凝視していた。

 

 

突如、左腕に生ぬるい物が流れていた事に気づいた。

……しまった。すでに、水滴の様に血が流れ落ちていた。

 

慌てて、制服ごと手を押さえるが、どう考えても止血に時間がかかる流れ方だ。

 

 

 

『怪我してるの?』

 

『…、ああ。ちょっとね』

 

『びっくりした。でも、血がすごい……。ちゃんと治療したの?』

 

『ああ。大丈夫だ』

 

 

『ちょっといい?』

 

 

 

みっくんが怖いくらい真剣な表情で俺を見ていた。

今までの彼女とは思えないくらいだった。

 

 

 

『それ、リストカットってやつじゃないですよね』

 

『……違う』

 

『腕を見せてもらえますか?』

 

『………』

 

 

『………』

 

『………』

 

 

『…、何でそんな事をしたの』

 

 

 

戸惑っているのか、心配されているのか、気持ち悪がられているのか分からない。

ただ、もうこの二人にも会う事はできない事だけは分かった。

 

 

 

『…、あの先生が、あそこまで心配していた理由が分かりました』

 

『………』

 

『ことり呼んだ方がいい?』

 

『放っておいてくれ。それと、ことりにはこの事は言わないでくれ』

 

 

『…、朝倉君、ちゃんと物を考える事が出来てますか』

 

『…、分からない』

 

『ことりがどれだけ心配しているか分かっていますか。そんな腕を見たら、今以上に心配をするんですよ』

 

『………』

 

 

『何も考えていないのなら、ことりと話すのは止めて下さい』

 

『………』

 

 

『ともちゃん、言い過ぎだよ』

 

 

『俺、個人の問題があるんだ。酒を頼り、腕を切るほどのな。何も事情を知らない人間に何がわかる』

 

 

『………』

 

『朝倉君……』

 

 

 

何も事情を知らない人間が、言いたい放題言ってくれる……

 

なぜここまで言われないといけないのか、俺の様な人間にここまで言ってくれているのか、どっちに理解をしていいのか分からない。

 

 

ここまで、啖呵を切ってしまった。

もう彼女たちとの関係も終わった事だけは理解できた。

 

あとの時間は、酒を飲んでいたい。

外部からの干渉が無い世界に戻りたかった。

 

 

 

『わかった。じゃあ二度と話さない。ことりとも』

 

『………』

 

 

『朝倉君!!』

 

 

 

俺は逃げる様に早歩きで立ち去った。

後ろで、みっくんがともちゃんに何やら言い合っていた。

 

しかし、歩くごとに聞こえなくなり、すでに関心を無くしていた。

もう、どうでもいい事だ。

 

 

人、一人ってなんて脆いものかと痛感する。

何もかも追い詰められていき、自分がどこに居るのか分からなくなっていた。

 

 

これは、俺が音夢を入学時期をズラすなの一点張りをした天罰だな。

もし音夢が家に居れば、何らかの自制が効いて、違った行動があったのかも知れない。

 

何らかの力が働いたのかも知れない……

俺の行動を止める人間が居たのかも知れない……

 

なぜ、俺は一人を選んでしまったのか。

 

 

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