D.C. 〔3〕    作:消雪

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◎〔13〕

ー病院ー

ー病室:夕方ー

 

 

 

音夢やことりの心配ばかりが先走る。

大丈夫なんだろうか……

 

しかし、今はこんな状態だ。

どこかに行こうにも、何もできない。

 

 

 

『先生』

 

『何だ?』

 

『家に帰ろうと思います。何とか脱走させてもらえませんか』

 

『バカも休み休み言え。そんな事できるか』

 

 

『けど音夢もことりも、俺の事で心を痛めているなら早く元気づけたいです』

 

『それは反対しないが、もう帰ってしまったよ。今日はさすがにダメだ』

 

『………』

 

『面会時間も終わりだし、そろそろ私も帰るよ。ことりには安心する様にそれとなく伝えておく』

 

 

『………』

 

『じゃあな』

 

 

 

先生が帰ると、どの程度の状態か確認した。

ちょっとしたムカつき、軽い頭痛、左手に巻かれた包帯。

 

こんな時にイタズラする気にはなれないが、やっぱり少しでも早く安心させたい。

やはり、病院を脱走してでも安心させたい。

 

持ち物は何もなく、手術着で着るような衣類しか身に着けていない。

こんな物を着ていたら、どこにも行けない。

 

 

周りを見渡すと、ロッカーが見える。

俺の所有物が入っているのだろうか。

 

立ち眩みを我慢して、名前を見ると俺の名前が書かれている。

何も入っていないと思われたロッカーには、俺の制服が用意されていた。

 

 

 

『え、なんでだ』

 

 

 

音夢のやつかな。

あまり深く考える余裕もなく、その場で着替える事にした。

 

俺の制服にしては、微妙にサイズが違う気がするが、今はそうも言っていられない。

 

……服の中に、紙の様なものが入っている。

 

 

 

『なんだこれ。まぁいいか』

 

 

 

杉並という文字だけは捉えたが、読むのが面倒になってロッカーに入れた。

しかし、このままでは看護婦の目をごまかしきれないだろう。

 

水道水で髪の毛を濡らし、七三分けに整える事にした。

病気で弱っている時は、表情もそうだが、髪にも状態が反映される。

 

しっかりセットしておこう。

バレずに病院の入り口までたどり着ければいいが……

 

 

……

 

 

ナースがものすごい視線で、訝しげに見てくる。

どこかで会った気がするが、誰だったかと話し合っている。

 

本物の脱獄の様に思えて、いやな汗が出てしまう。

俺の行動が今になって軽率だったと後悔するが、こうなれば意地だ。

 

 

 

ー外ー

 

 

 

冷や汗を拭い、病院の離れで少し休憩をする。

 

入り口まで来て気付いたが、自分の靴の用意まではしていない。

動作が止まって万事休すかと思ったが、誰が置いたのか知らないが、俺の靴まで用意をしていた。

 

……ま、いいか。幸運が続いたと受け止めておこう。

案外、先生が用意してくれたのかもしれない。

 

 

夕暮れの綺麗な内に、家に向かおう。

しかし、見事だな。

 

今日は一日中晴れていたのか、雲が一つもなく、見事な夕焼けだった。

 

 

 

『………』

 

 

 

まるで、あの時の、海岸の様な再現だった。

あいつの性格を考えると、もしかしたら……

 

自宅へ向かうのは止めて、海岸へ向かう事にした。

恐らく、自宅にはいない気がした。

 

 

 

ー海岸沿いー

ー夕方ー

 

 

 

残る体力の事を考えると何度も引き返そうと思ったが、意地もここまでくると命がけだ。

先ず、音夢がここに居るか確認しないと……

 

 

 

『………』

 

 

 

居る事は居るが……

……と、とにかく、会わないと。

 

何を言えばいいか分からないが、今は心の傷をストップさせないと。

全て、自分のアドリブに賭ける事にした。

 

 

 

『ま、また一緒に海を見れて良かった』

 

『………』

 

『………』

 

『………』

 

 

 

アドリブで繋げようと思ったが、言葉が何も続かない。

体が回復していないのもあり、何も思い浮かばない状態だった。

 

もうイロイロ考えても仕方がないので、音夢の隣に座るしかなかった。

ドスンと重く座ると、とりあえず体力の回復を待つ。

 

 

音夢を見ると、表情から何も読み取ることが出来なかった。

まるで何事もなかったの様にさえ思えてならない。

 

景色に見とれているのか。

 

俺の方は体力の回復が遅いので、肩で息をして呼吸を整えていた。

苦しそうに胸を押さえていると、さっきまで景色を見ていた音夢が近づいてきた。

 

 

 

『大丈夫?』

 

『音夢……』

 

 

 

反射的に音夢を抱きしめていた。

もう言葉にならず、俺は静かに泣き続けるしかなかった。

 

 

自分の行いの情けなさを悔やんでいるのか、音夢に深く心の傷をつけた事を悔やんでいるのか、自分の届かなかった想いを悔やんでいるか、もう何もわからなかった。

 

ただひたすら、好きな人の前で感情を出したかった。

本当は、これだけ悲しかったと。

 

 

……

 

 

 

『ごめん、音夢』

 

『大丈夫だよ。気にしていない』

 

『………』

 

『私は泣き疲れちゃった。兄さんが入院してからずっと泣いてた』

 

 

『………』

 

『これ以上は泣けない。もう涙が出ない』

 

『………』

 

『……目をつむっててくれる?』

 

 

 

考える間もなく、二人の唇が重なった。

一瞬、何が起こったか分からなかったが、俺も自然と目をつむって唇の暖かさに神経が集中していた。

 

俺も音夢も、互いに疲れ切って常識というブレーキのない状態になっていた。

 

 

……

 

 

 

唇の暖かさが、優しさとなって心の中に伝わっていく……

音夢の存在がずっと強く感じる事ができた。

 

この時間を逃したくなかったので、音夢の肩に手を回してギュッと抱きしめた。

音夢しかいない時間、心を無にする時間、お互いの信頼を確信できる時間、優しさを感じる時間、音夢の吐息がかかる距離、自分の求めていた時間が集約されていた。

 

 

 

……

 

 

 

ー夜ー

 

 

 

既に明かりは何もなく、海原は夜景となり、人も居なくなっている。

波の音がすごく心地いい。

 

海風も、潮の香りもいつもよりいい物と感じる。

 

 

 

『私、兄さんを許すつもりはなかったよ』

 

『……そうか』

 

『本当は思いっきり叩きたかったのに……』

 

『………』

 

 

『もう、絶対に止めてね』

 

『分かっている。信頼できないかも知れないけど』

 

『誓って。そうしないと、私、あの海の中に入るから』

 

『誓うよ!もうしない』

 

 

 

……

 

 

 

何度目になるか分からないキス。

なぜか分からないが、一番安心感を覚える。

 

…、一度やっているから、抵抗なくやれてしまうな。

 

目を閉じると時間の流れが緩やかになり、周りの物や人が全て無くなる様な錯覚を受ける。

 

 

 

『もう一つ、私のわがままを聞いてほしい』

 

『ああ。何でもいいよ』

 

『白河さんと付き合って。付き合わなくても一緒に居るだけでいいから』

 

『でも、なんで?』

 

 

『私が一番安心できるからです。話し相手が居れば、良くなると思うし』

 

『今、避けられているんだが……。本気で嫌われたと思う』

 

 

 

今回の事で、ことりに何を思われたか分かったのものではない。

もう付いていけないっすとか、完全に呆れ果てたんじゃないのか。

 

あの時でさえ、避けられていた。

今はどう思われているのか、想像もつかない。

 

 

 

『本気で嫌われたなら泣かないよ』

 

『………』

 

『兄さんが学校で倒れていた時、泣きじゃくっていたみたいだよ。どれだけショックだったか……』

 

『そうだったんだ』

 

 

『兄さんは軽すぎます!!あの出血量はショック過ぎます。家の中を見た時、私だって……』

 

『ごめん』

 

『とにかく、当分は家事をこなしていただきます。しっかり罰を受けて下さい』

 

『はい』

 

 

 

くそ……、俺だって追い詰められていたというのに……

しかし、もう何も考えまい。

 

 

 

≪♪~、♪~≫

 

 

 

突如、海岸に携帯音が鳴り響く。

反射的にポケットに手を入れてしまったが、音夢の携帯だろう。

 

しかし、こんな時間に電話がくるものなんだな。

夜更かししてなければいいが。

 

 

 

『あれ、先生からだよ』

 

『こんな時間にか?』

 

『何かあったのかな』

 

『………』

 

 

 

音夢は電話に出ようとした。

 

瞬時に、その何かが閃いた。同時に冷や汗が流れ、背筋が凍った。

俺は病院を脱走して、今ここにいる。

 

 

病院はパニックになっている可能性が高い。

連絡の一つくらいすべきだったか。警察まで動いてなければいいが。

 

 

 

『朝倉か、先生だ。今こっちは慌ただしくてな』

 

『何かあったんですか』

 

『今のお前の状態で、こんな事を言いたくないんだが』

 

『どうしました?』

 

 

『……電話越しだが、体調はマシになったのか?』

 

『ええ、だいぶと』

 

『……もしかして、そっちに朝倉が居るのか』

 

『はい、ずっと居ますよ。代わりましょうか』

 

 

 

淡々と会話する音夢。

俺はまたもやってしまったという思いが、体中に駆け巡っている。

 

しかし、覚悟を決めて電話を代わる事にした。

 

 

 

『も、しもし』

 

『お前、無事なのか』

 

『無事?』

 

『いや、実は変な紙があってな』

 

 

 

確か、この服の中に何かあったな……。もしかして、あれなのか。

残念ながら、俺は何も読まずにここに来た。

 

文章の中でまだ覚えているのは、杉並という文字だけだ。

しっかり読んでおけばよかった。

 

 

 

『とにかく病院に戻って来い。パニックだぞこっちは』

 

『はい。すぐに帰ります』

 

『まさか本当に脱走するとは思わなかったよ』

 

『恐縮です』

 

 

『褒めてない!!いいから帰れ』

 

『はい』

 

 

 

挨拶もせず、いきなり切られた。

何があったか知らないが、慌ただしさだけは伝わってくる。

 

あの紙、一体何が書かれてあったんだろう。

記憶を辿ってみたが、やはり何も思い出せない。

 

 

 

『帰れってさ』

 

『今気づいたけど病院は。何て言って外出許可を得たんですか?』

 

『その……、脱走してきた』

 

『どこまで罪を重ねる気ですか!どこまで!!』

 

 

『音夢とことりが心配だったんだよ。心の傷を少しでも早く止めたかったから……』

 

『そっか、じゃあ次の行き先は分かってますね』

 

『………』

 

『早く行ってあげて下さい』

 

 

 

そうは言っても、夜道に女一人で歩かせる事はできない。

しかし、体調的には俺の方が危ない気がする。

 

途中で倒れこんで、誰にも気づかれなかったら、そこで人生が終わってしまう。

まだ血が足りてないのかな……

 

 

 

『やっぱり一緒に白河さんの家まで歩こっか。兄さんの方が危ない気がする』

 

『やっぱり分かる?』

 

 

 

……

 

 

 

歩いていると、俺たちを追い越した車が不意に止まった。

そのドライバーが車から降りると、明らかにこちらを意識していた。

 

一瞬で、警戒心が体を走り、音夢の前に立つ。

 

 

 

『ちょっと、兄さん』

 

『………』

 

『兄さんってば』

 

『……下がってろ』

 

 

『私の知り合いですよ。兄さんも知っているでしょ』

 

『誰か分からん』

 

『ほら、クレープをあげたんでしょ』

 

『あ……』

 

 

 

あの時の……

体内で緊張が解けると、やたらと体力が失われていった。

 

自分の体の弱り具合がわかる。

体力的な事は、一切できないと頭に入れておいた。

 

 

初めてこの女の人をしっかりと見たが、年齢を感じさせないほど若く見える。

そこらの大学生、年を低くして言うと、俺たちと変わらないほどに若かった。

 

ただ、上品さが俺たちとは違った。

 

 

 

『朝倉純一君だっけ。もう、体は大丈夫なのかな』

 

『………』

 

『そんな訳ないか。まだ日が経ってないもんね』

 

『………』

 

 

『……ちょっと待って。そんな体で何してるの?』

 

『………』

 

 

 

考えがまとまらない。

弱り切った体のせいか、相手の質問が矢継ぎ早に感じて、何も返せない。

 

返答の考え中に質問が来て、それをまた一から考え直していた。

 

 

 

『兄さん、病院を脱走してきて……』

 

『…、何て行動を。とにかく車に乗って』

 

 

『………』

 

 

『ほら、車に乗って下さい』

 

 

 

……

 

 

 

とりあえず、俺の事情を簡潔に説明をした。

相手になるべく早く会って、安心させるのは理解してくれるものの、一日早く会った所で大差はないと言われた。

 

しかし、ここまで来れば意地ですという全く説得のない事を言って、このままことりに会う事にした。

 

 

車で送ってもらえるのは、すごく助かる。

これ以上、体力を減らすと、会話すらできなくなってしまう。

 

話を聞いていると、最近の音夢の話し相手で、看護関連の事を勉強させてもらっているらしい。

 

 

……

 

 

 

ことりの家に着くと、体の調子を確かめた。

今のところ、大丈夫そうだ。

 

 

 

『私はこのまま家に送ってもらうから。絶対に一人で病院に向かわないでね』

 

『分かった。戸締りはしっかりな』

 

『分かってます。やっぱり兄さんが近くに居ると、すぐに元気がでちゃうな』

 

『………』

 

 

『それより、早く元気づけてあげてね。白河さんも絶対に元気になるから』

 

『ああ……』

 

 

 

車のドアを勢いよく閉めた後、すぐに走り出してしまった。

夜なので、家々のカーテンから漏れた光、街灯がやけに目立つ。

 

ことりの家に着いてはいるものの、なんて切り出せばいいだろうか。

 

 

 

『………』

 

 

 

ダメだ。ここで時間をかけた分、体力も大きく消費してしまう。

意を決して、アドリブで対応すればいい。

 

 

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