D.C. 〔3〕    作:消雪

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◎〔14〕 ー終ー

ー白河家ー

ー夜ー

 

 

 

『………』

 

 

 

怒られる事が前提で、会いにいくのは中々気が滅入るものだった。

しかし、無限の思考錯誤の前に、インターホンを鳴らした。

 

 

≪ピンポーン≫

 

 

こんな弱っている状態で風邪を引いてしまったら、治るのが遅くなるだけだ。

 

一度目は反応がなかったので、もう一度押すことにした。

 

 

≪ピンポーン≫

 

 

ことりは居ると思うが……

 

あれ、誰も出てこない。

 

 

 

『………』

 

 

 

おいおい、これはさすがに想定外の出来事だぞ。

家の中は静まり返っていて、誰かが居る様子はない。

 

もしかして、今、誰もいないのか。

 

 

しかも、携帯も持っていないから、この状態を音夢か、さっきの看護師が気づくまで待ちぼうけになってしまう。

 

この寒さの中で、待ちぼうけはできない。

なんつー、不覚だ。

 

 

どちらも危険だが待ちぼうけか、一人で病院に向かうか……

 

やむを得ない。一人で、病院に向かうしかない。

しかし、せっかくここまで来たので、何か残しておきたかった。

 

と思ったが、持ち物は何もない。

 

 

 

『ことり。俺、もう、大丈夫、だから』

 

 

 

……面白いくらいに、嘘を言った。

さすがに笑わずにいられない。

 

たったこれだけの事を、少し大きく声を出しただけで、息が絶え絶えになっていた。

どこがどう大丈夫だというんだ。

 

 

なぜか、白河の家がドタドタと足音がしている。

ひょっとして今の聞こえたか。

 

ちょっとした安心感を覚える。

 

やっぱり居てたんだな。

いや、この場合は寝てたのか。

 

 

 

『朝倉君なの?』

 

『その……、寝てた?』

 

『良かった……。本当に』

 

『ごめんね』

 

 

 

夜の暗闇で、表情が見えないが泣きじゃくっているのはさすがにわかる。

…、これだけ悲しまてしまったと、罪悪感がチクチクしてくる。

 

 

 

『ごめん。もう少しだけ泣かせて』

 

『……じゃあ、ハンカチ代わりに俺の胸の中で』

 

 

 

こんな事を言える立場ではないが……

ようやく、一安心が付けたようだった。

 

ギュッと抱きしめると、俺の胸の中で泣き声を押しころしていた。

抱きしめていなかったら、今頃大泣きになっていたかも知れない。

 

夜だから、大泣きはマズい。

抱きしめに行ったのは正解だったな。

 

 

 

『良かった……』

 

『ごめん』

 

『………』

 

『本当にごめん』

 

 

 

抱きしめて分かったが、ことりの体は思ったより痩せていた。

……こんなに痩せてたっけ。

 

…、いや、これは心労の為に食事を取らなくなったからかも知れない。

 

 

 

『………』

 

 

 

俺の中で、罪悪感がはれ上がり、ちょっと気分がおかしくなる。

全部、俺のせいだ。

 

 

 

……

 

 

 

 

泣き終えると俺から勢いよく離れ、睨みつけていた。

表情は見えないが、どう見ても怒っている。

 

 

 

『心配しすぎて頭が変になるかと思いました!』

 

『ごめん。ホントに』

 

『それで、もう大丈夫なんですか』

 

『……うん、もう大丈夫だ』

 

 

 

本当は、頭痛と目まい、吐き気がダブって倒れそうだった。

しかし、歯を食いしばって空元気を出す。

 

ここで本当の状態を言ってしまうと、会話ができなくなると思ったので無難に返しておいた。

久しぶりに見ることりの姿は痩せていた。

 

 

やっぱり、心労から来たしたんだな……

玄関で会話をしていると、近所迷惑になりそうなので家の中で話す事を提案した。

 

 

 

ー白河家ー

ー食卓:夜ー

 

 

 

ことりの部屋は片づけが出来ていないという事で、食卓で話す事にした。

さっきまでテレビを見ていたのか、暖房が効いていて暖かかった。

 

誰かの家に入ると毎回思う事だが、各家庭にある独特な香りは一体何の匂いだろう。

 

 

 

『それで、調子はどう?』

 

『バカ!』

 

『ご、ごめん』

 

『もう何から怒っていいのか分からない』

 

 

『今度こそ本気で嫌われたかな……』

 

『嫌ってなんかないよ!』

 

『でも、避けていただろ』

 

『あれは謝ってほしかっただけですよ。お酒を飲まないと約束してくれれば怒らないのに』

 

 

『ごめん。でも今回のでさすがに愛想尽きたはずだ』

 

『……いちいち私に嫌われているのを前提にするのは止めて下さい。それとその左腕』

 

『ごめん』

 

『大バカ!!』

 

 

 

溜まりに溜まった怒りを、今にしてようやく出している。

俺は謝るしかできなかった。

 

本来、ことりが怒る事は滅多にない。

俺以外の人間に怒った事があるとすれば、姉妹である先生くらいしか知らない。

 

 

途中からは、泣きながら怒っていた。

俺にも事情はあったから、それを無視して責めるのは良心が痛むのだろう。

 

そんなことりの姿が痛々しく、自分も途中からは泣きながら謝り続けた。

……女に怒られながら、泣く行為はちょっとした快感を覚える。

 

 

 

『一年分の悲しみが凝縮された感じです。私、本当にしんどかったんですよ!』

 

『ごめん』

 

『もし……、もし死んでしまったら、どうするつもりだったんですか』

 

『ご、ごめん』

 

 

『ごめんだけですか?』

 

『……なさい』

 

『そういう意味じゃないです!』

 

 

 

……

 

 

 

『私も厳しかったかな。お姉ちゃんの言う通りに、朝倉君と話してあげれば良かった』

 

『………』

 

『少し前、今の朝倉は危ないから傍に居てあげてほしいって言われてたの』

 

『そうなんだ』

 

 

 

確か、ともちゃんとみっくんが話していた。

先生が懇願していたとなると、俺はあの時点で相当ヤバく見えたのだろう。

 

 

 

 

『私は断ったけど、今は後悔しかしてない。だって、一緒に居てたらもしかしたら……』

 

『……でも、俺、酒臭かったと思うぞ』

 

『訂正。断って正しかった』

 

『さっぱりだな。でもいいんだ』

 

 

『……もう、お酒は止めて下さいね』

 

『ああ。これからは控えるよ』

 

『一滴たりともダメです!未成年ですよ。何考えてるんですか』

 

『……美味しかったのにな』

 

 

『…、今の、もう一度言って下さい』

 

『ごめん。止めます』

 

 

 

ことりの顔に血色が戻ったようで、ホッとした。

さっきまで、顔色が悪かっただけに余計にそう思う。

 

怒る元気が出ただけでも良かった。

 

 

 

『でも、朝倉君もきつかったもんね』

 

『……うん。俺の苦しみも凝縮されていたな』

 

『ジュースの話をしているみたいですね』

 

『それは濃縮だろ』

 

 

『…、凝縮されていたな。続きは?』

 

『は、はい。けど、先生に教えてもらった通りにするよ』

 

『先生って、お姉ちゃん?』

 

『ああ。自己愛を育てる。自分を捨てない限り、まだ別の形で幸せがあるはず』

 

 

『………』

 

『失恋を糧にして。はは、食いきれるかな』

 

『…、時間がかかってもいいから』

 

『…、もう満腹なんだけど』

 

 

 

大丈夫……、やれるはずだ。

時間はかかってもいいから、少しずつでいいから。

 

無理をする必要はない。

 

 

 

 

『私、朝倉君を避けていたけど、その……』

 

『ん?』

 

『そのね……』

 

『……今は本気で嫌いになりました、かな?』

 

 

『違います!これからは普通に話に行っていいかなって言おうとしただけです』

 

『もちろん。ことりが居てくれたら、それだけで嬉しい』

 

『そ、そう。良かった』

 

『………』

 

 

 

今の言葉は、ちょっとオーバーヒート気味だったか。

 

ことりの顔が赤い。

しかし、俺の事で青くなったり、赤くなったり大変だな。

 

俺の様な人間が居ると、ことりが大変な思いをしそうで心配になる。

俺はこんなだから。

 

 

 

『そうだ、みっくんとともちゃんに電話しておかないと』

 

『………』

 

『あの二人もかなり参っていたんだよ。朝倉君にキツく言った後だったからね』

 

『………』

 

 

 

体が限界だと主張している。

そもそも、限界を主張していたのに、根性を使っていたせいで、そのしわ寄せがここに来て、一気に増幅した。

 

そろそろ、病院へ戻った方がいい。

けど、ちょっとした呼吸困難になり、頭を下げ、胸を押さえる。

 

 

 

『どうしたんですか?』

 

『……ちょっと』

 

『だ、大丈夫ですか?』

 

『………』

 

 

 

……うん、大丈夫。

最後に振り絞った声は、声にできずいつの間にか、床に倒れこんでいた。

 

ことりは、俺の様子を見たり、どこかに電話をしたりと慌ただしく動いていた。

もうすぐお姉ちゃんが帰ってくるという言葉を聞いた後、安堵してしまい、そのまま寝入ってしまった。

 

 

 

……

 

 

 

ー病院ー

ー昼ー

 

 

 

いつの間にか、病室で寝ていた。

ぼんやりと天井を見ながら、記憶を辿ると、ことりの家で話している事までは覚えている。

 

体力の限界がきて、いきなりプツっと糸が切れた様に意識がなくなり、ことりの家から病院まで、一瞬で着いた感じだった。

 

 

病院を脱走したので、看護婦からは要注意人物として見られている。

半時間置きにドアが開き、俺が居るか確認していた。

 

個人的に気になっていた手紙は、いつの間にか病院から無くなっていたらしい。

誰かが忍び込んで、貴重品から抜き出し証拠隠滅したとか。

 

よく分からない話なので、一先ず忘れる事にした。

 

 

 

『起きてる?』

 

『…、びっくりした。音夢か。ノックしてくれ』

 

『具合は?』

 

『もう大丈夫だと思う』

 

 

 

音夢も本調子を取り戻しつつあった。

しかし、心配性である為、俺の言う大丈夫は信用していない。

 

思うまで付けてしまうと、全然良くなっていないと思われているだろう。

 

 

 

『ねぇ兄さん』

 

『ん?』

 

『男女関係って中々複雑ですよね』

 

『複雑に考えすぎるからじゃないのか?』

 

 

『兄さんの事を言っているんです』

 

『…、難儀な性格で悪いな。でもホント迷惑をかけてしまったよ』

 

『それは大丈夫ですよ。きっちり家事をこなしてもらいますからね』

 

『我が家の料理が美味しくなるのは確実だな』

 

 

『……じゃあ、料理だけ私が作りますから』

 

『冗談だって』

 

 

 

今では、他愛のない冗談を言えるようになった。

少し前の俺からすれば、考えられないくらい余裕が出来ている。

 

 

 

『聞きづらいけど、いい?』

 

『どうぞ』

 

『私のことって、前から想っていたりしたの?』

 

『………』

 

 

『以前は、そんな素振りが無かったから不思議に思って……』

 

『難しいな……』

 

 

 

日常にある大切なものは、常に自分の傍に居るもので、その大切さの自覚をしようとしない。

実際に、対象が失う可能性、あるいは失ってから気付かされるものだ。

 

けど、俺の場合は、何らかの運命のイタズラの様なもので、気づいてはいけない想いに気づいた。たまたま気づいた。

そんな感覚だった。

 

 

 

『分からない。分からないんだ。大切な妹だと気づいた時、ほんの弾みで気づいてはいけない想いに気づいた。そんな感じだ』

 

『…、人は変わってしまうから』

 

『………』

 

『………』

 

 

そんなものかも知れない。

自分に起きる変化で考え方も、性格も変わっていく事だろう。

 

いつまでも同じでいたいが、臨むべき事でもないのに常に変化しようとしている。

いつの間にか、こんなに大きな体を持ち、音夢を妹から恋人に捉え始め……

 

 

音夢を恋人に捉え始め……、けど、こればかりは……

そして、今また振り出しに戻るわけにもいかない。

 

 

 

『まだ俺には健康な体がある。本当はツラい事だけど、頑張れる』

 

『………』

 

『頑張れる』

 

『…、素敵な恋人を作って、私を後悔させて下さい。私が兄さんを恋人として選んだ方が良かったって思わせる位にです』

 

 

『………』

 

『………』

 

『…、これ以上、お前を悲しませる訳にはいかないのは確かだ。想いも……、変わっていく』

 

『ごめんなさい、兄さん。それからありがとう』

 

 

 

音夢が部屋を出た後、大粒の涙が溢れ出た。

泣き声が漏れない様に、そばにあるタオルで口を押さえた。

 

なんで、こんなに諦めきれないのかな……

頭では理路整然としてきているのに、どういう事なんだ。

 

 

 

……

 

 

 

ー桜公園ー

ー放課後ー

 

 

 

10日間の病院生活を終えた後、退院の一日前に桜公園に来ていた。

寝すぎると逆に疲れてしまうので、散歩をしていた。

 

 

 

『………』

 

 

 

自分が悩んでいた時、このベンチに座って考え事していたっけか。

難解の迷路そのものだった。

 

いや、迷路の様な単純なものではない。

今ですら、ある程度の答えを見つけただけに過ぎない。

 

無論、完全な答えなどありはしないが……

 

 

 

『………』

 

 

 

……この苦しみ、いつかどこかで報われるといいな。

そうでないと理不尽すぎる。

 

内心では、なぜ俺だけあの様な失恋があったのだ?という思いが、無くなりそうにないんだ……

 

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