D.C. 〔3〕    作:消雪

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〔3〕

~家~

~リビングルーム:夜~

 

 

 

ことりと会ってから、ずっと心が落ち着かない。

しかし、恋愛とはまた違う感覚だった。

 

言葉にすれば、一緒に居ててすごく心地いい。

自分自身を相手に出しやすい、自分自身で居続ける事ができる。そんな感覚だった。

 

 

音夢は、俺の方をチラチラと横目で見て、俺の様子を見ている。

テレビは、さっきからコマーシャルが続いていて、全く見ていない様だ。

 

 

 

『音夢』

 

『何』

 

『その、ことりと話した事ってある?』

 

『変な質問。うーん、子供の時ならあったかも』

 

 

『じゃあ、小さい頃からの知り合いだったのか?』

 

『誰の事を言ってるの?』

 

『………』

 

『小鳥だよね?』

 

 

『鳥じゃない。音夢の言っていた学校のアイドルの人だよ』

 

『……軽く頭を下げて挨拶する位だよ』

 

『……びっくりした。子供の頃から知り合いだと思ったぞ』

 

『そんな訳ないでしょ』

 

 

 

音夢なら、ことりの事を知っているのかと思ったけど何も知らない様だった。

あれだけ人懐っこいなら、音夢と友達なのかなと思ったが……

 

突然、音夢がテレビのボリュームを下げた。

こういう時は、大概ちょっとした長い話になる。

 

 

 

『私が学校のアイドルを教えたので、すぐに名前をチェックした様ですね』

 

『バカ言うな。そんなんじゃないって』

 

『じゃあ、どんなんです?』

 

『今日、知り合ったばっかりだよ』

 

 

『白河さんと?』

 

『正確には、ともちゃんとみっくんと呼ばれてる人も』

 

『あだ名で言われても、名前は?』

 

『あ……、あだ名でしか教えてもらってなかったな』

 

 

 

迂闊だった……

あだ名だけじゃなく、名前も聞いておけばよかった。

 

けど俺は、人の名前を覚えるのが苦手だ。

もし名前を教えてもらっていても、覚えきれていないかも知れない。

 

 

みっくんという名前に至っては覚えやすく、ものすごく頭に残る。

これはどういう作用が働いているのか、全くわからない。

 

音夢は変に気にしているので、桜公園で出会った事を話した。

 

 

……

 

 

『最近、帰りが遅いと思ったら桜公園で時間を潰してたんだ……』

 

『まぁ、な』

 

『そっか……』

 

『…、……』

 

 

 

微妙な空気が流れだした。

このままだと、音夢の憶測の中で避けられていると考えてもおかしくない。

 

俺としてはむしろ……、音夢とずっと一緒に居たい。

ずっと一緒に居たいけど、自分の中の想いが一方的に大きくなりそうで、それが怖かっただけだ。

 

 

 

『音夢、俺は避けているんじゃない。俺だって、ずっと一緒に居たいんだ。けど……』

 

『……けど』

 

『………』

 

『………』

 

 

 

……どう言えばいい。どう言えば……

俺は本音を出すまいとしていたが、そのブレーキが効かない。

 

相手に本音を出した方が、楽になるんだから。

しまい込むより、ずっと楽になるんだから。

 

 

 

『俺の中で、音夢への想いが強くなるんだ。……今も、好きだから』

 

『………』

 

『………』

 

『私だって……、でも諦めて。私たちは……』

 

 

『解ってるよ。常識と向き合わないといけないのはキツイ……』

 

『そうだね……』

 

『………』

 

『おやすみ、兄さん』

 

 

 

居づらくなったのだろう。

音夢は、早足で自分の部屋へと戻った。

 

避けられたかな……

また元の気まずいギクシャク感が戻った感じがする。

 

本音を言うべきではなかったか言うべきではなかったか言うべきではなかったか……

 

恋愛は毒だと言うが、今の俺はそれを実感せざるを得ない。

音夢に恋してから、ずっと苦しい……

 

 

 

~家~

~自室:朝~

 

 

 

中々寝付けず、寝不足もいいところだ。

睡眠剤でも欲しくなってくる。

 

学校の準備もあるので、食卓へと向かった。

 

 

……

 

 

朝食は既に置かれていて、メモ書きには先に学校に行ってますと書かれていた。

昨日の今日だから、まだ俺と居づらくても仕方がないが……

 

……思いっきり泣きたい。

想いの行き場を無くした苦しさのあまり、感傷的になってくる。

 

真実の想い隠しながら、俺の取るべき道……

数年後、俺はどうなっているのだろう……

 

 

……

 

 

 

~学校~

~昼休み:屋上~

 

 

 

『はぁ……』

 

 

 

俺ってダメな奴だな……

自己嫌悪の数値が振り切っている感じだった。

 

考えれば考えるほど、想いを否定し続けるほど、自分を見失ってしまう。

 

 

この想いは否定すればするほど、苦しみも一層増す。

こういう時は思考を0にするしかない。

 

俺は果てしない空を、ずっと見続けていた。

ずっと……、見ていたいな。

 

よし、午後からの授業はサボろう。

 

 

 

~学校~

~昼休み:校門~

 

 

 

『どこへ行くんですか。もうすぐ授業ですよ』

 

『………』

 

 

 

学校を出る途中で、運悪くことりに見つかってしまった。

午後からの授業は、後10分もすれば始まるので、今から学校の外へ出るのはおかしいと思ったのだろう。

 

しかし、午後からの授業は受ける気がせず、早く心を無にしたいのも事実だ。

ことりなら大丈夫だと思って素直に言った。

 

 

 

『ちょっとサボりに……』

 

『サボりにって、そんな堂々と……』

 

『色々あるんだ。色々……』

 

『イロイロですか。聞いてみたいな』

 

 

『そんな事より、早く教室に戻らないと遅れるよ』

 

『うーん』

 

『じゃあな』

 

『………』

 

 

 

~桜公園~

~昼~

 

 

 

俺はベンチに腰を掛けると、深く深呼吸をした。

毒が少しでも、抜けてくれればいいが……

 

クレープ屋の従業員は、俺を訝しそうに見ていた。

どう見ても、学校をサボっているとしか見えないのだろう。

 

 

 

『まーたここですか』

 

『なんでここに?授業は?』

 

『私もサボりです』

 

『そんな堂々と……』

 

 

 

ことりは優等生だと思ったが、そうでもないようだ。

……誰にでも、こんなに人懐っこいのかと不思議に思う。

 

 

 

『白河さん?』

 

『ことり』

 

『…、朝見たけど、いつもあんな人だかりなの?』

 

『むぅ、あれは何でしょう。私も分からない』

 

 

 

不快そうに答えた。

あいつらにいい印象を持ってなさそうだった。

 

 

 

『あの、白河さん?』

 

『ことり!』

 

『う……、モテる女はツラい?』

 

『モテてないですよ』

 

 

『でも、よく男の追いかけが居るんじゃ……』

 

『それはモテてるとは言わない』

 

『そうなの?』

 

『私は普通の女の子なんだし。皆と同じ様に学校生活を送れないもん』

 

 

『迷惑?』

 

『迷惑っす』

 

 

 

こうして考えると、「相手の立場になって考える」というのは絶対に必要だと思う。

好きでもない人間が、数人も寄ってきたらやはり迷惑だろう。

 

かと言って、注意しても角が立つかも知れない。

自分自身で「相手の立場になって考える」を実行するしかない。

 

俺も音夢に告白しているので、追っかけの連中と変わらない、のか……

 

 

 

『サボりに行く朝倉君、元気が無さそうで付いてきたけど何かあったの?』

 

『それでか……』

 

『イロイロあったの?』

 

『まぁ、な』

 

 

『もしかして、恋の病?』

 

『………』

 

 

 

どんだけ鋭いんだ。

多分、本人は何気なしに言ったつもりだが、見事に当てられて何も返せなかった。

 

 

 

『そう、なんだ。それで相手は誰?』

 

『止めてくれ。しんどくなる』

 

『そ、そんなに好きなの?』

 

『そうかも。だが適わない恋なんだ』

 

 

『…、失恋したの?』

 

『……苦しくなるから止めてくれ』

 

 

 

失恋なのか、常識に屈したのか自分でも分からない。

だが、その人を忘れなければいけないのは確かだった。

 

この話が長くなると、胸が苦しくなるので早く終わらせたかった。

……本当に苦しくなる。恋煩いもいいところだ。

 

 

 

『変な事聞いてごめんね』

 

『いいんだ。ま、皆が経験する事かも知れない。失恋という不治の病に』

 

『そうかな。そこまで真剣に好きになる人って少ないと思うよ』

 

『真剣にならない方がいい。想いが強ければ対処できなくなる』

 

 

『それはおかしい。人を好きになるなら真剣に好きにならないといけない』

 

『……バランスの問題かな』

 

『バランスとかよく分からない。真剣に恋をするから、相手も同じ様に恋をしてくれると思うよ』

 

『………』

 

 

 

恋の気持ちが強すぎてもツライし、失恋という重荷が残る。

逆に、軽すぎると相手を本気で好きではない事になる。

 

その為にバランスという言葉を使ったが、上手く伝わらなかったようだ。

 

 

 

『俺の経験上、相手を本気で好きになる事は大変だと伝えておく』

 

『……なんでですか?』

 

『言ったろ。強い想いは、失恋の苦しみも同じように強くなるんだ』

 

『それでも恋するときは、相手の事を本気で好きになりたいです』

 

 

『…、そっか』

 

『朝倉君は理屈すぎます。相手を本気で好きになって悪いんですか』

 

『別に、悪いとかじゃなくて……』

 

『私は自分の想いを貫けなかった事の方が怖いです』

 

 

『………』

 

『ごめん。強く言い過ぎました』

 

 

 

てへっ、と小さく舌を出しておどけている。

 

これは、失恋を気にしすぎるか、気にし過ぎないタイプがあるのだろうか。

そもそも、これは俺の様に体験しないと分からない事だ。

 

率直な意見は理解はできる。女の子らしい意見だった。

 

 

 

『こうして、アイドルと話をする日が来るとは思わなかったな』

 

『私はアイドルじゃないです。周りが勝手に決めるだけですよ!』

 

『ごめん。でも本当に魅力というか、癒されるのは俺でも分かる』

 

『…、そうなんだ。それはちょっと嬉しいかも』

 

 

『俺だと嬉しいのか』

 

『普通の人に言われると嬉しいです』

 

『俺、普通じゃないかも。失恋の事だって……』

 

『自分でそんな事言うなんて、ちょっと面白いです』

 

 

 

白河が小さく笑っていた。

今になって、むさくるしい野郎どもの気持ちがちょっとだけ分かる。

 

なんで、こんなに癒されるんだろう。

 

 

 

『みっくんの言ってた通りだった』

 

『…、何て言ってた?』

 

『面白い人だって』

 

『俺からは勘繰り方が特殊な人だと思った』

 

 

『いつもはあんな感じじゃないですよ。ちょっと偏見を持ってただけです』

 

『俺をミーハーだと思われていたわけだ。違うっつーのに』

 

『だから、第一印象で決めつけたらいけなかったって言ってたよ』

 

『俺の第一印象はミーハーだと思われるのか。ひどいなみっくん』

 

 

『だから、違うって』

 

『…、……』

 

 

 

白河は、ずっと俺の受け答えで笑っているし。

こうして見ると、アイドルというより、普通の女の子なんだな。

 

堅苦しさを全く感じない。

俺のような人間など、相手にしないと思っていた。

 

 

 

『そういえば、みっくんってなんで君付け?』

 

『それには、理由があるというか……』

 

『生まれるなら男で生まれたぜ、とか?』

 

『違います。みっくんはそんな考えは微塵も持っていませんから』

 

 

『ご、ごめん。じゃあ他に理由が?』

 

『内緒にしてもらえる?』

 

『大層な事なら、別に言う必要ないよ。何だか悪いし』

 

『……みっくんには兄が居てて、それで兄の事が好きだから』

 

 

『えっ!!、それでそれで。告白したの?』

 

『……そこまでいってないと思う』

 

 

 

俺の逆バージョンだな。

みっくんに親近感を覚えてしまう。

 

やっぱり、兄が妹に、妹が兄に恋をしても、常識が前に出て終わるのだろうか。

何か参考になるなら、教えてほしいものだ……

 

……けど内緒にしたのに、今になっては聞けないか。

 

 

 

『白河さんと話すのが、これほど楽しいとは思わなかったな』

 

『………』

 

『な、なに?何か気に障ったか』

 

『ちょっと、私の名前を呼んでもらえますか』

 

 

『し……、ことり、さん』

 

『ことりです』

 

『名前で、しかも呼び捨てって失礼に感じるんだ』

 

『私がそう呼んでほしいからそれでいいの』

 

 

『そうかな……』

 

『そうです』

 

 

 

マジか……、ちょい照れるな。

まぁいい、俺もちょっと要望を出そう。

 

 

 

『じゃあ、俺の名前も純一で頼む。呼び捨てでな』

 

『私は、朝倉君の方が呼びやすいし』

 

『俺もそうなんだよ。だから……』

 

『……そう、ですか』

 

 

 

あ……

 

 

 

『いや、ことりの方が呼びやすかった。これからはそう呼ぶ事にする』

 

『ホント?』

 

『もちろんだよ。ことり』

 

『そっか、良かったです』

 

 

 

落ち込みとスマイルの使い分けは、女の特権ってやつか。

まぁいいや、俺を特別扱いしてくれていると思えばいいし。

 

……今まで会った事が無かったので、いきなり名前で呼ばせるのが腑に落ちないが。

 

 

 

……

 

 

 

時計を確認すると、授業は終わって放課後になっていた。

会話を続けるにしろ、帰宅するにしろ、鞄だけは持って帰らないといけない。

 

そうしないと先生は、サボりではなく、何かあったのでは?と心配をかけてしまう。

 

 

 

『一旦、学校に戻らないとな。ことりのカバンも持ってくるから待っててくれ』

 

『私も学校に戻りますよ』

 

『2人一緒にサボりから帰ってきたら、色々噂を立てられるけどいいか?』

 

『あ、そっか。でもともちゃんかみっくんに持ってきてもらう事もできるし』

 

 

『……俺の分もいけそうか?』

 

『それは無理っす』

 

 

 

普通に考えたら、そうなるわな。

友達になったばかりなのに、鞄を持ってきてくれとか厚かましすぎる。

 

ことりは、クレープを食べたいと言って桜公園に居続ける様だ。

後で、ともちゃんとみっくんと合流するみたいだ。

 

 

心を無にするという本来の目的も忘れて、ずっと会話に終始していた。

けど有意義な時間が過ごせた。

 

ただ、腑に落ちなかったのは、俺の様な人間をここまで慕ってくれる事……

本人に尋ねても、きっと言ってくれそうにない。

 

 

とりあえず俺は、学校にカバンを取りに戻ったら、そのまま帰る事にした。

 

 

 

 

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