~学校~
~教室:昼休み~
食堂から教室に真っ直ぐ戻るのは、久しぶりになる。
一人に慣れ過ぎたせいか、教室がやたらと騒がしい気がしてならない。
少し見ない間に、クラスメイトで意外なコンビが出来ている。
……あいつら、仲が良かったかな。
そいつらも、俺を物珍しい目で見ている。
何せ、今までずっと屋上に居たので、あれ?という感じがあるのだろう。
眞子もその一人のようだ。
『珍しいわね。いつも屋上なのに』
『色々悩みがあったが、一段落してな』
『そうなんだ。それは何よりね』
『音夢は?』
『兄妹は似るというけどその通りね。音夢も兄さんは?ってなるし』
『…、そっか』
『白河さんと一緒だったよ』
『そうなんだ。最近はよく会うのかな』
『結構、前から知り合いだったと思うよ。会話ぶりからして、いい友達みたいね』
『そう、なんだ』
結構、前から……
そんな話は聞いた事がない。
また、そんな場面は一度も出くわした事がないので、余計に気になった。
音夢も、頭を軽く下げる程度の挨拶なら……、と言っていたのを覚えてる。
そうなると、どちらかが全く違う事を言っている……
『だ、い、た、い、でいいんだけど、結構前っていつ位から?』
『なんで片言になるの?大体半年前くらいかな』
『仲がいい事はいい事だ』
『……そんな難しい顔しながら言われてもね。あ、ほら戻ってきたよ』
音夢がドアを閉じる姿が目に入る。
一段落終えたはずなのに、またもモヤモヤが体中に広がっていく。
いやいや、絶対に違う。
絶対に大した事ではないはず。俺が聞く様な話ではないはず。
また、モヤモヤが続くのかと思うと、何も考える気になれず敢えてこの事は聞かなかった事にした。
『今日は教室なんですね』
『ああ。とりあえずな』
『どうかしたの?難しい顔して』
『そうか。いつも通りだぞ』
『………』
『………』
早速、感づかれた……
俺としては感づかれまいと、頑張ったが裏目に出たようだ。
俺と今まで話していた相手、眞子に視線を向けた。
『眞子、兄さんと何を話してたの?』
『さっき、白河さんがあんたを尋ねてきた事だよ』
『それだけ?』
『半年前からの知り合いって事も』
俺は見たくなかったが、眞子がその発言をした時、音夢の表情が変わるか注意深くみた。
……注意深く見るまでもなかった。
目を大きく見開いて、マズい事を聞かれたという様子だった。
……いや、女の子同士の会話だ。あんまり大っぴらにしたくないだけだろう。
俺は二人を無視して、席に着いた。
これ以上、精神的にくる話を聞いていたら、しんどさのあまり頭がおかしくなってくる。
……
…
~家~
~夕ご飯前~
聞いてはいけないと思いながらも、心の中ではすっきりしたくて仕方がなかった。
ご飯前に、わずかでもいいから話を聞いた。
音夢は、悪く取らないでねという前置きから、話が始まった。
一体どういう話が始まるのか、聞く前からしんどくなっている。
『絶対に内緒にしてね。そうでないと話せない』
『女の子のプライベートに頭を突っ込み気はない。何の話かだけでいい』
『……それが内緒の話になるから』
『……分かった。内緒にするよ』
『白河さんとは、知り合って7カ月くらいになるかな。いきなりアイドルみたいな人に挨拶されて慌てたけど』
『それで?』
『……兄さんの事をよく聞きたがるの』
『………』
『好きな食べ物とか、趣味とか、好きな人とか……』
『………』
『すぐにピンときた。女の子同士だからすぐに分かってしまうんです』
それで最初からあれだけ好印象だったのか。
モテるような事は、何もしていないだけに、俺の事を最初から好きだったとか考えた事もなかった。
俺はこれ以上は聞いてはいけないと思い、すぐに手で制止した。
もう分かったから、これ以上は言わなくていいと。
けど、音夢はまだ話があると言い、話を続けた。
『私自身、兄さんへの想いを止めるいいキッカケだと思って……』
『ちょっと待て!なぜ、なぜ何も言わなかった……』
『だって、その時はまだ兄さんの気持ちなんて知らなかったし。当時の私も兄に告白なんて……』
『…、……』
『まだ話があるんだけど、……聞く?』
『聞くしかないだろ』
『兄さんにとって酷な話になるけど……』
『…、構わない』
『私、看護学校に行くの。島を離れて……』
『そ、そうなのか』
『うん』
『……それのどこが酷な話になるんだ?寂しくはなるが、学校の卒業後は皆、別れと出会いの始まりだろ』
『……学校の卒業後じゃなく、もうじき』
『……もうじきって、いつだ?』
『………』
『………』
なんで、こんな大事な事が勝手に話が進んでいるのか全く分からない。
黙ってやる事ではないはずだ。
……だが日取りが決まっているなら、俺が何を言っても無駄な事だけは分かった。
同時に、この苦しみの暗黒が続くのも理解してしまい、軽く目まいを感じる。
人生は試練だというのは解るが、ここまで連続で来られたら対応しようがない。
……昨日、お互いに大切な存在だと再確認したのは、一体何だったのだろう。
俺にとっては、水中から水面に向かって、わずかに呼吸しただけなのか……
『いつだ!!!!』
『よ、4日後』
『……そんなに早くか』
『……ごめんなさい』
一体、何がどうなっているのか分からない。
今は睡眠中で、悪夢でも始まったのか。
うっかりのレベルではない。
ほとんどイタズラの様な行動で、わざととしか思えない。
その場に居るのが耐えられず、俺はそのまま自分の部屋に戻るしかなかった。
『………』
衝動的のまま、2千円程度の入っている財布を取り出すと、家を飛び出した。
……
…
~桜公園~
~夜~
こんなマズい物を大人は飲んでいるのか。
ジュースを買うべきだった。
ドラマでは定番であり、世の大人たちがストレスから逃れる為の飲み物……
アルコールを一気飲みして、桜公園のベンチで寝ていた。
気持ちは空回り、相手は勝手に居なくなるという。
こんなバカな事があってたまるか。
酒を何度も強引に飲み、五臓六腑を焼き尽くす。
後から、顔が熱くなり、意識がボーっとし始める。
……
…
『朝倉君?』
『………』
『大、丈夫?』
『……ことり、なんでここに?』
『音夢さんから電話があって……。それより、このお酒はなに?』
『………』
俺は家を飛び出して財布だけ持って行ったから、携帯は家に置いたままか。
自分の状態を確認すると、気持ち悪さはそのまま残り、平衡感覚は無いに等しい状態だった。
辺りを見渡すと、人通りは殆どなく深夜になりかけていた。
先生が誰かに電話している様子が、見える……
『私の彼氏が車で来てくれるってさ』
『よかった。でもまた寝ちゃったよ』
『高校生がこれだけ飲むか。完全に停学だぞ』
『……酒っていびきが凄くなるのかな?お姉ちゃん』
……
…
~家~
~自室:昼~
『うぅ……、気持ち悪い』
昨日、飲んだ酒はトイレで全部吐いた。
過剰に飲み過ぎたせいで、二日酔いで頭がガンガンする。
まだ酔った状態だが、今、自分に置かれている事を整理した。
音夢がもうじき、島から離れて看護学校に通う事。
このとてつもなく重苦しい状態が、また続く事。
それから、ことりが俺を……
『………』
洗面所で、自分の顔を確認した。
疲れ切った顔が、そのまま精神から表面化したようだった。
とにかく、顔を洗ってさっぱりする。
やけに顔が脂ぎっているな。酒のせいだろうか。
……そういえば、俺はいつどうやって家に帰ったのか思い出せない。
公園のベンチで飲んでいたのを境に、記憶がない。
もう少し、自分の部屋で休んでおくか。
……
…
『おはよ、兄さん』
『おはよ、音夢』
……
…
『!!!』
いつの間にか、うたた寝していたのか……
いつもの朝のやり取りのワンシーンが、夢で再現されていた。
汗びっしょりの額を拭い、ベッドに腰をかけた。
……もう夢でしか見られないのかも知れない。
心が、昨日見た深淵の海の様に、どこまで黒く感じた。
一体、俺はどこまで深く落ちてしまったのだろう。
……
…
~自室:夜~
軽く自分の部屋のドアがノックされる。
すぐには反応できず、ドアを見ていたが、お互いに声をかけるのを躊躇った。
こうしていても仕方がないので、俺がドアを開けると、怯えた様子の音夢が立っていた。
話があるようだったが、中々口を開こうとしない。
音夢が何を言うのか待っていたが、喋ろうとしないので、俺から声をかけた。
『いきなり看護学校を行くので驚いたが、もういいよ』
『ごめんなさい。言い訳にもならないけど、学校までの間を兄さんと普段通りに過ごしたかったから』
『……音夢』
『……何?』
『俺は疲れ果てた。意味が分かるな?』
『……難しいけど』
『そうか。とりあえず看護学校が上手くいくように祈ってるよ』
『えっと、さっきの意味は?』
『………』
『………』
『疲れ果てたから、眠りたいだけだ』
『それもちょっと分からない』
『俺もよく解らないが、長い眠りにつくだけだ』
『長い眠りって?』
『悪いな、おやすみ』
『おやすみ、なさい』
俺はベッドにも行かず、床の上で微睡んだ。
今の状態では、ため息すらリラックスにならず、睡眠で寝ている時だけ苦痛から逃れられる。
そう感じていた。寝ている時だけが、自分の……
~家~
~自室:朝~
『これは、さすがに……』
さすがに、二日連続で風呂に入らないと臭うな。
出かける前に、朝風呂でもしておこう。
タンスから着替えを取り出すと、風呂へと向かった。
……
…
『おはよ。調子はどう?』
『変わり、ない』
『それだけ?』
『………』
いきなり音夢が勢いよくドアを開けて挨拶したから驚いたが、無難に返しておいた。
相手する余裕もなく、スルーして風呂場へと向かう。
今は体を洗わないと。
……風呂だけじゃないな。飯も全然食っていない。
後で、何か適当に食べておこう。
……
…
入浴後、今までの事もあり食欲は出なかったが、無理にでも何か食べる事にした。
一番無難な栄養補給は、バナナとスポーツ飲料くらいか。
テーブルに座ると、タイミングを見計らった様に音夢が階段から降りてきた。
二日前は、あれだけの事があり、いつもなら俺の感情を見計らうが、今回は全く躊躇いがない。
俺が怒りもせず、淡々と話すので何か異変を感じ取っているようだ。
『兄さん。看護の方は学校卒業してからにする。今は家に居る事にしたの』
『大金を払って入学日時をズラす気か。勿体ないにも程がある。二日後だ』
『……でも私、家に居た方がいいと思う』
『金をドブに捨てるなら、そうしてくれ』
『だって、兄さんが危ないのかも知れないし』
『何もかも勝手に話を進めたのはお前だ』
『………』
『先に学校へ行くよ』
今更、何を言われても心の状態だけは変わる事がない。
これ以上、振り回されるのだけは嫌だった。
とりあえず、体にムチを打ち学校に行く事にした。
~学校~
~化学室:授業中~
学校に着くと早々、先生の鬼の形相で出迎えられた。
元々、精神的にしんどいというのに……
けど、飲酒をしていたから仕方がない。
今になって分かったが、桜公園で酔っぱらっていた俺を先生が家まで運んでくれたようだ。
よく解らないがいきなり話題が変わり、イジメられていないかと質問をされる。
いじめなんて無縁だが、日本中が話題となると、調べない訳にもいかないのだろう。
『あんな姿は見たくなかったな。それと、よくあれだけ飲めたものだよ。本当に』
『根性で……』
『根性で飲むな』
『でも、先生も若い頃なら飲んでそう……』
『関係ない話をするな。で、何があった?』
『イロイロです』
『そのイロイロを知りたいんだが』
『………』
『恩人の頼みでもダメか?これで貸し借りは無しになるぞ』
上手い事、話を運ぶものだな。
そう言われたら、俺も何も言わない訳にはいかず、大まかに伝える事にした。
『多分聞いていると思いますが、音夢が看護学校に……』
『あーーー、あれか。……もしかして、いきなり言われたのか?』
『………』
『それは、キツかったな』
『………』
『でも、妹の門出だけはしっかり見送ってやれ。もう仕方がないよ』
『……ですね』
『あとで、ことりにも事情は説明させてもらうぞ。あの子も心配してたんだから』
『………』
『顔色悪いぞ。本当に大丈夫か?』
『ええ。でわ失礼します』
『いや、お前本当に顔色が悪い。保健室へ……』
『放っておいてください』
俺は早歩きで化学室を後にした。
後ろでは、まだ話は終わっていないと聞こえた気がする。
俺はそのまま耳を塞ぎながら、靴箱で靴を履き替えて、学校を後にした。
何もかもがウザい、しんどい。
今すぐにでも、睡眠を取りたかった。
こうして起きていると思考、思考、思考の連続で休まる事がない。