運命は訪れる。
 起こる出来事も起こった出来事も、きっと全て運命で片付けられるのだろう。
 ならば全ては運命の赴くままに踊らされる。

 其処は魔物に汚染されし世界。あらゆる人々が保有する魔力で抗うものの、其の地は破滅の運命へと向かう。
 誰もが希望を捨てて諦める中、一人の少年が立ち上がる。
 彼は凡人だ。ただの人で、身体能力が高いわけでもなく、頭が良いわけでもなく。そして“魔力”を持たぬただの人。
 それでも自分の願いを貫くために、立ち向かう。そんな少年の道を表す物語───

「え、英雄? ハーレム出来るならやってもいいかな!」

 ……の、筈だ。


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 どうも、現魅 永純です。
 あまり前書きが長くなっても怠いと思うんで、簡易的な説明だけ行いますね!
 これは『超王道ファンタジー世界』です!

 ではどうぞ!


 あ、挿絵は後書きに貼ってあります。



Beab Bede〜運命の英雄譚〜

 

 

 

「くっ……!?」

 

 

 ───剣が折れる。鎧が壊れる。髪が引きちぎられる。

 捨てたはずの乙女の悲鳴が、青空に響き渡った。

 魔物を屠るために捨てた感情が、危機に瀕して取り戻されるとは何たる皮肉か。

 

 粉々に砕け散る剣の破片に映るは、雫を瞳に映す『弱虫』だった。

 

 

(……何故、私はこんなところにいる)

 

 

 己の“眼”を呪った。

 

 

(なぜ、私はこんなところで倒れている)

 

 

 己の“魔”を呪った。

 

 

(なぜ、こうするしかなかった……っ!)

 

 

 ───己が、生まれた地を呪った。

 

 幼き自分が憧れた『おひめさま』も『えいゆう』も居らず、存在するのは破滅を待ち受ける運命のみ。己の境遇なぞ、『運命』の言葉一つで片が付く。十数年の生も、受けた愛も、何もかもがたった一つの言葉で。

 それが世界の真意ならば、死ぬその瞬間まで呪い続けよう。

 

 運命だけじゃなく、この世界全てを。

 

 

「“私”なんて、生まれなければよかった!」

 

 

 

「おぉっとぉ!? それは聞き捨てならないな、麗しの少女よッ!」

 

 

 いずれ潰える未来ならば、運命ならば。恨むしかない短い生ならば、そんな己などこの世に存在すべきではなかった。

 そう嘆く騎士───否。嘆くしかなかった少女に、一つの声が舞い降りる。

 

 自信の塊。信念を貫き、己を一切疑わない自尊心の体現と呼ぶに等しき男の声。

 まるで物語の人物の様に、その存在は上から飛び降り───

 

 

「ぶふぇらッ!?」

 

 

 見事、着地に失敗する。

 凸凹した地面が脚に負担を与えて前のめり。捻った足首に激痛。転んだ拍子に顔面を強打。

 

 嗚呼、悲しきかな。一瞬でも英雄を幻視した己を呪った。

 

 

「ぎゃああああッ!? 痛い! 捻った! 足首をっ、挫きましたぁ!?」

 

「何をやってるのですかイアっ!」

 

 

 理性なき筈の魔物に感情が芽生えたのかと思うほど、彼女を囲う魔物はたじろいだ。

 というかドン引きしていた。

 

 

「ああ、我が愛しきフィー! 頼む、俺に治癒を掛けてくれ!」

 

「い、愛しきってぇ……もう、調子良い事言って! 今回だけですからね!」

 

「……へ、チョロいな

 

「おい、こいつ懲りてないぞ。スーフィー」

 

「バカ言わないで下さいリオン! 確かにイアは割とクズですけど、私への愛は本物です!」

 

「我が義妹(いもうと)らしく中々の自信家だな! いいぞフィー! だけどクズはやめてネ!?」

 

 

 次いで降り注ぐ二つの声。

 一つは耳に入るだけで謙遜を引き起こさせる美声。もう一つは、威厳さを含めながらも呆れた様子の低い声。

 いや、耳を澄ませれば、後数人ほど存在すると確信出来る数多の足音が聴こえてくる。

 

 此処は山奥。人など滅多に訪れまい。

 何故そんな場所に、これだけの人が集まるのか。

 いや、人なのか───其処に在りし存在に、騎士たる少女は疑念を抱く。

 

 耳が長い『フィー』と呼ばれた少女、獣の耳を持つ『リオン』と呼ばれた青年。

 妖精の羽を持つ少女、単眼の少年、背丈も肩幅も人族(ヒューマン)とは思えぬほど巨躯な男、片方だけ龍の様な瞳を持つオッドアイの女。

 明らかにタダの人ではない。一目見て理解できる、『混ざり血』。

 

 同種族からさえも忌み嫌われる対象たる、他種族との混血種。その集まりが、何故こんな場所にいるのか。

 

 

「よぉーし、ふっかぁーべぇらッ!?」

 

「イアっ!?」

 

「あの馬鹿……」

 

 

 捻った脚を『フィー』と呼ばれた少女が離れた場所から治し、『イア』と呼ばれた少年が立ち上がった直後、騎士の少女を囲っていた魔物が不意打ちの如く足下に落ちていた石を投擲。

 それはイアの頬にめり込み、不細工な表情を晒しながら吹き飛んだ。

 

 『リオン』と呼ばれた青年は、再び呆れた様に言葉を零す。

 

 

「ふ、ふふ……なぁに、心配するな。この程度小石を投げつけられたレベルに過ぎん」

 

「実際に小石が投げられた訳ですからねっ!?」

 

「…………」

 

 

 呆然と、騎士は目の前の光景を見つめた。

 魔物を目の前にして一切の緊張感も持たず、飄々と流れる様に会話を続ける彼等に呆れ。

 ───()()()()()()()あるのだが。問題はまた別にある。

 

 

(魔力が、ない……?)

 

 

 ただ一人、情けない姿を見せ続けた少年『イア』を見つめ、呆然と思った。

 

 

「ふはははは! さぁ、茶番はこの辺りで終いとしよう! 助けを求める麗しの少女の為に、いざ行かん!」

 

「ったく……おいウィブシノン! いつも通りでやるぞ!」

 

「りょーかいっ。スーフィー、合わせてね!」

 

「分かりました! ギブレー、結界を!」

 

「うーっす、ノーツさん」

 

「わかっとるわ。スカル」

 

「……ええ、お任せを……っ!」

 

 

 流れる様な会話。

 イアが駆け出した直後、リオンが『ウィブシノン』と呼ぶ妖精の羽を持つ少女に、ウィブシノンはフィーに、フィーは『ギブレー』と呼ぶ単眼の少年に、ギブレーは『ノーツ』と呼ぶ巨躯の男に、ノーツは『スカル』と呼ぶ片目だけ龍の眼の女に、それぞれ声を掛ける。

 

 その会話の始めとなるリオンが出した指示はたった一つ。

 『いつも通り』

 

 

「【───煉獄の咎よ、今一度力を貸したまえ】」

 

「【───風よ、我が声に応えよ】」

 

 

 ウィブシノンとフィーは離れた位置にて、その両の手を前に差し出して【詠唱】を発する。

 と言っても、大それた物でもない。ただ己が持つ“魔”を解き放つ為の二節だ。

 

 

「【───聖園なる扉よ、彼の者を覆いたまえ】」

 

「【───一の世界に集いし“魔”よ、分割せよ】」

 

 

 それぞれが持つ特性に合わせた『引き金(トリガー)』で枷を外し、化学証明のつかない不可思議現象を引き起こす。

 この世界にて、一人一つは必ず保持している神々の恩恵。

 

 

「【───我が血を以って命ず、跪け】」

 

 

 それを、【魔力】と呼ぶ。

 

 

「【───祈りを捧げよう。彼の者に脚を】」

 

 

 最初に発動されたのはギブレーとノーツの魔力。一瞬だけ明確に目に映った障壁がイアを覆い、ノーツの魔力によって障壁は二つに分かれ、イアを覆う物とは別の障壁が騎士の少女を守るように覆った。

 次に発動されるはウィブシノンとフィーの魔力。ウィブシノンの前に凝縮された炎が現れ、その横ではフィーの目の前に凝縮された風が存在する。二人が軽く手を振れば、圧縮から解放された二つの特性が荒れ狂うように魔物を襲う。

 

 が、その魔力にも範囲限界はある。魔物は詠唱が始まった時点で察したのだろう。徐々に距離を取っていた。

 その足が範囲外に出る瞬間、スカルの魔力が発動。その場にいる魔物全ての動きを『圧』によって取り押さえ、逃げる気力を奪う。

 圧縮から解放された炎と風は混ざり合い、炎嵐となって魔物を襲う。

 しかし範囲外近くだったのもあり、倒すには至らなかった。

 

 でも弱り切ってるのは確か。いや、寧ろ倒せない事を前提に“彼”は走り出していた。

 その全てを理解し見通してか、リオンはイアに向けて『付与』を放つ。

 

 本来の人間の脚では、魔物には及ばない。だからこそ『魔力』と『知性・理性』が人種には存在する。魔物には一切ない、感情と思考。本能で察し本能だけで生きる、人よりも強い魔物に勝つ為の戦略を用い───

 

 

「はぁああああッ!」

 

 

 あらゆる人々は、魔物に汚染されたこの世界に抗い続ける。

 

 

「────」

 

 

 リオンが放った付与は『加速』。

 結界で守られながら炎の中に紛れていたイアは、リオンの魔力が己に付与されたと感じた瞬間に地面を蹴り飛ばす。

 炎から突如現れた事もあり、その速さに魔物は対応できず。イアはその場の魔物全ての首を撥ね上げた。

 

 

(凄い、連携……!)

 

 

 短い言葉で行われた一環の行動。決して乱れる事はなく、川で流れる水の様に滑らかな連携。

 素直に「凄い」と感嘆する他ない騎士の少女は、呆然とする事数秒。やがてハッと我に返り、イアへと視線を向けた。

 

 

「あの───」

 

「しまったー、脚がスベッテシマッタァ!」

 

 

 近寄る仲間の元へ戻る彼に声を掛けた直後、イアは突如何かに引っ掛かったかの様な演技を見せながら重心を前に傾かせる。

 倒れゆく先にいるのは、龍の瞳を持つスカル。

 

 

「え……」

 

「む───これは……っ! まさかスカル、また成長していると言うのカッ!?」

 

「……こ、の……どクズ!」

 

「アッハァァアンっ、我々の業界ではご褒美です! ……あれ待って、なんか頬の感覚がなくなり……」

 

「またですかイアっ!? 偶には私の方に突っ込んで来てくださいよ!」

 

「いや……義理とは言え妹の胸にダイブはかなりアウトだろ」

 

「異性の胸に飛び込む時点でアウトに決まってんだろ馬鹿」

 

 

 声を掛けた少女騎士を置き去りに、淡々と会話は進む。

 スカルの胸に飛び込んだイアは彼女に頬を打たれながらご褒美ですとグッドサインを出すが、触っているうちにだんだんと感覚がなくなりつつあり、フィーの言葉に真面目な顔へと変わって答えると、リオンはまたも呆れた表情で突っ込む。

 この「置いてきぼり感」によって声を掛けるのを躊躇ってしまうが、少女騎士は謎の覚悟を決めて声を上げた。

 

 

「あのっ! 感謝を申し上げる!」

 

「…………ふむ」

 

 

 「ほう、仲間内の会話に割り込む度胸はあるのか」と言わんばかりに顎を親指と人差し指で挟むイアは、少女騎士を見つめる事数秒。

 緊張感が募る彼女に対し、真剣な顔でイアが紡いだのは───

 

 

「上から92、61、88! なるほど大変素晴らしいプロポーションひゃっはぁ! これは良い人材だ是非とも獲得したい! 麗しの騎士よ、我がメンバーに入らないか? キランっ☆」

 

「え、嫌です」

 

「即効回答正当判断即終了、イエイ! ならばサヨナラだ少女よ! これからどう生きるかは、君次第だ」

 

 

 まるで断られる事が分かっていたように。いや、或いは断る様に仕向けたかの如く、イアは少女騎士の言葉にヘラヘラしながら背を向ける。

 一方少女騎士は若干引いて自分を抱く様に腕で胸を隠し、見た目にしか興味がないのだろうかホントにクズなのだろうかと冷たい目を向けながら思った。

 

 だがそれはそれとして───

 

 

「すまない、護衛手段が無いので帰りはお伴したいのだが……」

 

「だってさ、どうする?」

 

「……まあ、見た目だけで判断する様な人では無さそうですし。イアがそうしたいならば私は構いません」

 

「右に同じく」

 

 

 イアが仲間の方を向いて問い掛けると、フィーは先程までの笑みを無くしてツンとした表情で許可。またリオンは、今度は呆れた表情は無く、ただ片目を瞑ってほんの少し不機嫌そうに鼻を鳴らしながらフィーに同意する。

 その他仲間たちもフィー、リオンと同じく何処か尖った様子で同意し、その様子を見た少女騎士は僅かに動揺する。先程までの和気藹々とした様子が一切感じられないからだ。

 

 が、そんなもの知った事かと言わんばかりにイアは笑って歩き始めた。

 

 

 その後、3回ほど魔物に遭遇するものの、先と同じ様に連携で倒す。

 主にイアが頭から血を流したり落ちていた枝が尻に突き刺さったり、振った剣が折れかけていた木の根を切って潰されかけたりとのハプニングはあったが、それ以外は大した問題も無く終了。

 

 夜中となり焚き火をしてテントを張る横にて、ボロボロになってるイアを手慣れた様子で治癒の魔力を掛けるフィーに、少女騎士は訝しげに呟く。

 

 

「……二つの魔力持ちとはな。それも効果は生半可なものではない」

 

「……何か?」

 

「いや、無為に詮索するつもりなどないが、疑問に思っただけだ。世界中探せば居ない訳ではないが……二種の魔力を持つのは、例の『王族』くらいだと思っていたものでな」

 

「ふははは、そうだろうそうだろうッ!? 我が義妹は世界でも有数な後方支援者! その【治癒】は50M以内ならば対象範囲となり、その【風】は複数の敵を吹き飛ばす! まさに理想の後衛!」

 

「もうイアっ、そんなに煽てても何も出ませんよ! 夕食の野菜を増やすくらいです!」

 

「え、いやフィーさん。野菜増量は寧ろマイナス評価……チッ、選択ミスったか」

 

 

 少女騎士に対しては僅かに冷たい表情となり、イアに対しては少し照れた様子で笑みを見せながら会話する。

 この変化(ギャップ)は此処に留まるまでにも何度か見たが、やはり慣れない。()()()()()()()()()()()。だがイアに対してその弊害が無いことが解せない。

 

 フィーだけではない。他の混血種も同様だ。

 少女騎士に対しての反応とイアに対する反応での違いが大きすぎる。見た感じそれなりな付き合いだというのは分かるし、その差があっても仕方ない。

 でも、同じ人族(ヒューマン)という人種で此処までの違いがあるのには疑問を抱く。

 

 純血種が混血種を忌み嫌う様に、混血種も純血種を恨んでいる。

 望んで生まれた訳ではないのに、ただ存在するだけで否定される。そんな生を受けて恨まない筈がない。特に他種族を孕ませやすい人族ともなれば尚更だ。

 イアはこのメンバーの中で唯一の人族。にも関わらず、一切の蟠りもなく仲良くしている。

 

 それも────

 

 

「……お前たちは、何故人助けなどしている」

 

「おん?」

 

「このご時世、未来がないのはどんな馬鹿でも分かる事だ。増え続けた魔物への対抗手段は年々減り、やがて為すすべなく食われる。……そんな世界で“人助け”など、英雄にでもなるつもりか?」

 

「……英雄か」

 

 

 少女騎士の言葉に、イアの声のトーンが変わる。

 先程までのふざけた様子は無く、真面目な声。悩みか、思考か、或いは思い出か。

 その頭に浮かべる何かはなんなのだと見つめる少女騎士に、やがてイアが出した言葉は───

 

 

「いいな、それ」

 

「は?」

 

「うんうん、英雄か! 特に考えた事なんて無かったけど、それも悪くない! 英雄色を好むって言うしな! 英雄になったらハーレム許されるんじゃね!?」

 

「イア、私だけでは不満ですか?」

 

「だから妹に手は出せんだろ」

 

「義妹です、ぎーまーいー! 私はいつでもウェルカムですよ!」

 

「ダメだろ、倫理的に」

 

「どの口が言うんですか!?」

 

 

 ヘイカモーンと言わんばかりに胸に手を添えて言うフィーに、真剣な顔で答えるイア。

 ホントにどの口が言えるのかと少女騎士も思うが、今は真面目な話だ。

 

 

()()()()で戦える程、この世界は甘くな───」

 

「待て、リオン」

 

 

 一瞬の風圧。

 少女と言えど騎士。後ろから感じる殺気に汗を垂れ流し、添えられたナイフに息を飲み込む。

 当てる気は無かったのかもしれないが、イアの制止が無ければ剣先が僅かに触れていたかもしれない。

 

 冷たく睨みつけるリオンに、イアは彼の真似でもするかの様に呆れた様子で喋り掛ける。

 一歩機嫌を損ねれば首を裂きかねないこの状況で、仲間が人殺しになりかねない状況で何たる胆力かと、少女騎士は恐ろしいモノを見たかの様に瞳を揺らす。

 

 だが、それでも気になる。

 イアはこのメンバーの中で唯一の人族。にも関わらず、一切の蟠りもなく混血種と仲良くしており、信頼されている。

 それも───魔力を持たない身で。

 それが、気にならない筈がない。

 

 揺らぐ瞳を定め、強気な目でまた言葉を紡ぐ。

 

 

「仲間の支援を受けて漸く舞台に立てる程度の男が、英雄などと笑わせる」

 

「貴様……それ以上侮辱してみろ。この首を掻っ切るッ」

 

「───お前よりも、私の方が役に立つ」

 

「貴様っ」

 

「リオン!」

 

 

 異常とも取れる過激な迄の反応。

 確かにプライドが高い程侮辱に反応するのは分かる。だが他人の為に怒りを抱ける人物はそういない。信仰心に近いと錯覚する信頼。

 その探究心だけが少女騎士の口を動かし、リオンの逆鱗に触れた。

 手に込められた力が強くなる。軋む骨に少女騎士が顔を歪めると、イアから即座に制止が掛かった。

 

 

「……分かった。騎士様よ、俺と戦おう」

 

 

 溜め息一つ。致し方が無いという様子で後ろ頭を掻き、立ち上がる。

 腰に帯刀した剣は外し、地面に置いた。

 

 

「条件は互いに拳である事、文句無いな?」

 

「それは此方が問う事だ。剣は無しでいいのか?」

 

「いやー……麗しの少女の肌を傷付ける訳にはいかないでしょ」

 

 

 先程は騎士と、だが今度は少女と呼ぶ。

 何度も繰り返される二つの呼び方に苛立ち、少女騎士は拳を構えて言葉を紡ぐ。

 

 

「私はこれでも騎士内で5番目の強さに入る。少女だと舐めて掛かるな」

 

「……そっかそっか。そりゃ確かにヤバい。でもなぁ……お前は一体いつから、俺が魔力無しだと錯覚していた?」

 

「錯覚も何も、タダの事実だろう。そう()()()

 

「え?」

 

 

 イアの狙いはハッタリ。

 少女騎士が己の事を魔力無しだと判断したのは、あくまで「今まで見た戦闘に於いて魔力を使わなかったから」程度の認識だとイアは思っていた。だからこそ「実は魔力あります」と明かし、動揺させて「どんな魔力なのか」と思わせる事で相手を後手に回すつもりだった。

 

 が、少女騎士が放った言葉は何だったろう?

 そう“視える”? 確信を抱く言葉だ。

 

 “眼”に関する魔力は大体が常時発動系。詠唱を加える事で効果を増幅させる事は出来るが、基本的に効果が弱い状態で常に発動されている。

 眼の魔力といえば千里眼(遠くのを見通す眼)や心眼(未来視に近い精度で相手の動きを察知する眼)が主な代表例だが、他にも魔眼(魔力を見通す眼)などもある。イアが魔力無しだと確信した要因はこれだろう。

 

 だが、ただ魔力を見通すだけで完全有利になるほど戦いは甘く無い。魔眼はせいぜい相手の魔力やその質を見通して情報的に有利になるだけ。

 それだけで勝てる筈がない。騎士の強さで5位レベルともなれば、少なくとも心理眼レベルの魔力は必要となる。

 

 長らく旅をして尚発見した事が無かったからこそ居ないと思っていたが───イアは少女騎士の言葉に「まさか」と思い当たる。

 それは、心眼と魔眼二つの眼の特性を併せ持つ貴重過ぎる魔力。

 

 『天眼』だ。

 

 

「ぶふぇらッ!?」

 

「イアーっ!?」

 

「ぅわこの騎士つぉぃ……ガクリ」

 

 

 ハッタリも効かず、100%で無いとはいえ相手の動きを見通す魔力。そんな能力を保持した相手に勝てる筈も無く、イアはその拳にあっさりと沈められる。

 最後の執念と言わんばかりにふざけた擬音を言葉に出しているが、ダメージ自体はマジだったのだろう。復活したばかりだが気絶した。

 

 一方予想通りあっさりとついた決着に拍子抜けしつつ、少女騎士は振り返って笑顔でフィーとリオンに問い掛ける。

 

 

「騎士には私より強い者もいます。フィー殿、リオン殿。是非我が騎士団に───」

 

「嫌です」

 

「断る」

 

「……彼の剣技は認めますが、身体能力も平凡で魔力も無い。そんな彼に仕えるよりも、騎士団でその力を」

 

「嫌です」

 

「断る」

 

「……………」

 

 

 慣れない精一杯の笑顔と敬語で話すが、即否定で心が折れた。

 

 

()()()()()()()()()()()()、ヒューマン」

 

「え?」

 

 

 気絶したイアに治癒を掛けるフィーに視線を向けながら、横にいる少女騎士に話しかける。

 確かに見た目で判断するつもりはない。話す余地はあるだろう。リオンは僅かな嫌悪感を抱きつつも、そう思い紡いだ。

 

 

「力とか、魔力とか、そんな“純粋な強さ”だけで俺らは付き従ってる訳じゃねぇ。そもそも従ってる訳でもねぇしな」

 

 

 信頼はしている。だが従ってる訳じゃない。

 リオンは火が僅かに弱くなっている事に気付き、近くに落ちている小枝を拾って焚き火に投げ入れ話を続けた。

 

 

「世界を救うとかどうでもいい。イアヴィスに救われた。その恩を返したい。……アイツの仲間でいる理由はそれだけだ。それ以上もそれ以下もねぇ。だから……恩人(アイツ)の進む道を否定する事は、許さねぇ」

 

「……そうか。それは、悪い事をしたな」

 

「…………おいイアヴィス、お前起きてるだろ」

 

「あ、バレた?」

 

 

 イアが悪夢を見ているかのようにうなされる演技をする事十数秒。会話が終わって僅かな間が空くと、リオンは呆れた様子でイアに近づいて行く。

 起き上がろうと顔を上げた彼に、リオンは足裏で額を押さえつけた。

 

 

「ぐぇっ……!?」

 

「忘れろ。さもなくば死ね」

 

「その二択は忘れろという選択の強制に等しいよネ!? だが悪いな、俺はどちらも選ばない! だってリオンの貴重な感謝だもんネ!」

 

「殺す」

 

「逃げる!」

 

 

 踏みつけていた足をサラリと受け流して前転の勢いで立ち上がり、全力疾走するイアとリオン。

 木の上に登って駆けたりとかなり高度な鬼ごっこが行われていたが、最終的にイアが踏み外して落下した。

 流石に言葉通り殺すというのは無かったが、じゃれ合うように頬を引っ張っていた。千切れかねないと心配する程に。

 

 

「一つ訊いてもいいか?」

 

「ぉお何かな麗しの姫騎士よ!」

 

「姫……? いや、何も特別な事を聞く訳でもない。……特殊な質問かもしれないが」

 

 

 またもや呼び名が変わった事に疑問を浮かべるが、それは後だと置いて紡ぐ。

 

 

「お前は、この世界が嫌いではないのか? 『運命』というたった一つの言葉で片付けられる、この世界が」

 

「嫌いだよ」

 

 

 ───全ての出来事は、運命の一言で片付けられる。

 

 この世が魔物に汚染された事も、英雄など現れない事も、何十年の人生があっさりと終わる事も、生まれ持った才能も。

 1000万人に一人しか居ないと言われている、魔力無しとして生まれた事も。

 

 自分に不都合で理不尽な事ばかりが起きるこの世界───嗚呼、好きで居られる筈がないだろう。

 

 

「嫌いに決まってんだろ、こんな世界。運命なんて言葉も大嫌いだ。いっそ滅べとも思う」

 

 

 望んで生まれた訳でもないのに、ただ混血種だからと忌み嫌われたイアの仲間は俯く。

 石を投げられ、理不尽に暴力は振るわれ、挙句には捨てられる。流石に、「それでも好きだから」と馬鹿言えるほど純粋じゃない。

 

 けど、だからこそ───紡がれるイアの言葉に、彼らは頬を緩めた。

 

 

「でも、愛する人が居る」

 

 

 世界は嫌いだ。愛する人を否定するから。

 運命は嫌いだ。誰もが持つ意思を容易く消し去るから。

 

 でも守りたい人が居る。守りたい未来がある。彼らとの明日を紡ぎたい。

 ()()()()()()()と、イアは立ち上がって拳を握った。

 

 

「世界が彼らを嫌うならば、彼らと生きる明日が終わりを迎えるのならば、()()()()()()()()()()()()()()! だから()()()()()()、世界も救ってやるさ!」

 

 

 誰もが運命を待ち望む。

 誰もが破滅を予想する。

 誰もが終わりと確信する。

 

 そう、ならば仕方あるまい。

 

 

「力ある者が立ち上がれない!? そうかならば仕方あるまい! 力があるからこそ破滅の未来を予測するというのなら、力なき俺が立ち上がろう! 生憎と俺は弱い! だから()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 ───率直に言えば。

 

 

「運命なぞクソ喰らえ」

 

 

 まだ訪れてない。

 まだ終わってない。

 まだ、立ち上がれる。

 

 だから抗い続けよう。弱き者として。

 強くない者の強さを、思い知らせる。

 

 

「……は、はは。私程度に負けた男が、運命を跳ね除けるだと? ()()()()()()()()()

 

「さあな、()()()()()

 

 

 確信を抱く言葉。だが表情は弱々しい少女騎士。全く分からないと首を傾げて放たれる言葉。だが表情は自信満々なイア。

 本来ならば逆だろう言葉と表情。でもそれが、両者の意思を明確に表していた。

 

 ───なるほど、これは敵わない。

 

 自身の在り方を確定している。自信の度合いが明らかに違う。明らかに不相応な理想を本気で叶えようとしている。

 嗚呼、勝てる筈もない。実力では勝っていても、その願いの強さの格が違う。

 試合に勝って勝負に負けた。現状を示すのに、これほど相応しい言葉があるだろうか。

 

 少女騎士はやがて弱々しい笑みへと表情を変化させ、「降参だ」と両手を挙げた。

 

 

 

♦︎

 

 

 

 翌()日。

 覆われた天井、整備された地面。

 そして中央で立つ二人に視線を向け、少女騎士は思った。

 

 「どうしてこうなった」と。

 

 

 事の発端は先日。つまり少女騎士と出会った翌日。山奥から出た彼らは少女騎士を騎士団に届ける事を最終目的とし、観光に勤しんでいた。

 

 イアとスカル以外は全員その身をフードに包み込み、スカルは眼帯を装着。片側だけの龍の瞳さえ隠せばスカルは普通の人間にしか見えまい。

 色々と物珍しそうに彼方此方を見つめるイアに、少女騎士は「この辺は年相応か……?」と、先日の愚かしくも誰もが憧れる勇気と鼓舞を見せた大人びた笑みを思い出しつつ、今の笑顔と見比べる。

 

 ただ自信満々にご大層な言葉を述べている訳ではなく、本気で叶えるつもりでいる顔。本当に物珍しそうに忙しく視線を移す少年の顔。

 初めて会った時から変わらない。おふざけも、真剣さも、探究心も、その全てが本気だ。やることなす事に全力を注いでいる。

 短い期間の付き合いではあるが、一つ分かる。イアヴィスという男は、どこまでも真っ直ぐなのだと。

 

 なるほど、世界を救う英雄が持つべき“資格”は確かにある。だが現実は残酷だ。英雄になる為の“素質”が、イアにはない。

 その願いの強さは少女騎士も認める。だが、本当に世界を救えるなどとは微塵も思えなかった。

 

 申し訳なさそうに視線を逸らすと、サッとイアが視界に入ってくる。

 

 

「揉んでいい?」

 

「は───いやダメに決まっているだろう!? 白昼堂々何を言っている、バカかお前はっ!?」

 

 

 自分を抱くように腕で胸を隠しながら引く彼女に、イアは笑いながら手を嫌らしく動かす。

 そんなやり取りを見て、フィーは呆れたように息を吐いた。

 

 

(相変わらず優しいですね、イアは)

 

 

 ()()使()()()と、そう言うかの様にしかフィーは見えなかった。その対象が浮かべし思考が己の道への否定だと、鋭いイアならば理解してる筈なのに。

 だが効果はあったのだろう。気を使う様子も無く、先程まで浮かべていた申し訳なさそうな表情も消え、単純に怒りを抱く。

 

 ……いや、怒らせてどうするのかと思わざるを得ないが。

 

 

「アレは単純に反応を楽しんでるだけだと思うよ、フィー」

 

「いえ、イアは根は優しいんです。クズですけど。だから本音で語り合おうとしてるんです。方法はクズですけど」

 

「褒めるのか貶すのかどっちかにしなよ……」

 

「褒めるだけでは調子に乗りますし、貶すだけでは酷く傷付きますからね。私の軽蔑だと尚更です。私の! ですとね!」

 

「わーあの兄にしてこの妹ありの自信っぷり」

 

「……ちなみにシノン、貴方はイアに何か?」

 

「まさか。感謝はあるけど流石に恋愛感情は抱けないよ。……私の胸見て嘲笑った件については許したつもりもないし」

 

 

 自分の胸を両手で触りながら恨みがましい目になりつつも、「だからその冷たい視線はやめてね」と満面の笑みで答える。

 フィーは「ならば良い」と頷き、ウィブシノン───シノンは花屋にて一輪のバラを手に取り真剣な表情で見つめるイアを見て「黙ってればカッコイイんだけどなぁ」と残念そうに息を吐く。

 

 

「……店主よ」

 

「なんだ、坊主?」

 

「媚薬効果のある花とかなぶしぃッ!?」

 

「ある訳無いだろう阿呆!」

 

 

 真剣な顔で何を問うかと思えば巫山戯た質問をするイアに、少女騎士はまだ部位的に残っていた金属の腕鎧で叩く。

 「待って、金属は、ヤバい……ッ」と割とガチで痛そうにイアが頭を抑えていると、店主はニヤリと笑って答えた。

 

 

「あるぞ」

 

「え、あるの!?」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

「ああ、あるとも。懐かしいぜ……俺も昔はその花で嫁さんを落としたもんだふぉッ!?」

 

「馬鹿言ってんじゃ無いよ! んなもんある訳ないだろう!」

 

「いや奥さん、この店主の目は嘘を言ってなかった……!」

 

「それはアタシが騙されたフリを……ぁあもうこの話は終いだ! その薔薇はサービスでくれてやるからとっとと行きな!」

 

「……店主、気概は買うぜ」

 

「へ……夢を捨てるもんじゃねぇぜ、坊主」

 

 

 「俺は数年経った今更叶えたはずのモノに破り捨てられたがな」と殴られた頭を片手で抑えながら悲壮する店主に、「意思は引き継いだ」とサムズアップするイア。短時間で仲良くなり過ぎだろうと、理解出来ない男の友情に困惑する少女騎士。

 フィーも「こっそり買ってイアに使おうと思ったのに……」と若干がっかりする。

 

 何とも言えない空気に包まれるが、イアだけは「太陽が眩しいぜ」と言わんばかりに空を見上げて腕で覆う。

 嗚呼、悲しい。無駄に勇者っぽい顔だから薔薇を持ってるのも相まって似合ってるのが悲しい。

 

 残念な部分を何度も見ているから落胆してしまう少女騎士は、次に掛かる声に表情を改めた。

 

 

「おやおや……其処に居るのは、もしや【嘆きの騎士様】かな?」

 

「……っ」

 

 

 背後から金属の擦れる音を響かせて、嫌らしく笑みを浮かべて語り掛けてくる、鎧とマントを身に纏う男。

 少女騎士は男の言葉に声を詰まらせ、やがて落ち着いた声音で返した。

 

 

「……何の用だ、オースプニル」

 

「何の用とは心外だ。上の命令で貴様の救助に向かっていたところだよ。まあ探す手間が省けた様だが……」

 

「巫山戯た言葉だ。山奥へ放置したのはお前だろうに」

 

「……ふふ、とんだ言い掛かりだ。()()何の手出しもしていない」

 

「彼らが居なければ、今頃私は魔物の胃の中だ」

 

「いやあ、それは()()()。折角【災いの騎士】がこの世から去る機会だったと言うのに」

 

 

 自分は関係ない。そんな保険を掛けながら、堂々と「死ねばよかった」と紡ぐ『オースプニル』と呼ばれた男。

 流れ出す不穏な空気。イアは近くの売店で買ったイカ焼きを「ハフハフ」と食いながら、その行く末を見守る。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 「あ、私にも下さい」と言ってイアが持つイカ焼きに齧り付くフィーに「肉は売ってねぇのか?」と辺りに目を向けるリオン。

 その他も目の前で起こっている喧嘩数秒前の空気などガン無視し、マイペースで自由に動いていた。

 

 少女騎士とオースプニルの間に何とも言えぬ空気が流れたが、オースプニルに比べれば少しだけ長く彼らと一緒にいた少女騎士が先に立ち直り、イアの方へと視線を向ける。

 

 

「すまない、世話になったな。この恩は必ず返す」

 

「……」

 

 

 モグモグと口の中に含むイカ焼きを咀嚼しながら視線をズラし、何処か思案する様な表情となる。

 やがてゴクリと飲み込むと、少女騎士ではなくオースプニルの方へ言葉を放った。

 

 

「えーと、オークプリンさんだっけ?」

 

「オースプニルだ」

 

「めんどいからオークさんでいいや。なあオークさんよ、【嘆きの騎士様】や【災いの騎士】って何の事だ?」

 

「……殺すぞ貴様」

 

「あっはは、短気な性格は嫌われるぜ? 其処の姫騎士とくっころプレイでもして落ち着きなされよ」

 

「……オースプニル、加担しようか?」

 

「貴様と組むのは癪だが一度ならば目を瞑ろう」

 

 

 特殊プレイ対象として巻き込まれた少女騎士はオースプニルに協力の言葉を放ち、オースプニルは先程まで抱いていた嫌悪感もなく協力を受け入れた。

 「あれ、俺って想像以上に嫌われてらっしゃる……?」と思ったイアは、即座に話題を戻す。

 

 

「で、さっきの二つ名みたいなのはなんだ?」

 

「……其処の女にはとある噂が存在する。その騎士の部下・或いは同行する事になった者は、次の仕事に於いて必ず死ぬという噂がな」

 

 

 本来ならば現れる筈が無かった強力な魔物。災いと呼ぶに等しき力を持つ敵に遭遇し、彼女以外の人物が全員死亡した。

 オースプニル曰く噂だ。その真偽は少女騎士自身に聞こうと、イアは視線を動かす。

 

 視線を向けられた彼女は、躊躇いながらもゆっくりと首を振る。

 

 

「同行した者が必ず死ぬという噂は……あくまで尾ひれが付いたタダの噂だ。だが……」

 

「だが事実、死んで帰らぬ者となった騎士は大勢居る。そうだろう? そして貴様はその仕事を王の謁見の間で報告し、王が去った後に泣き叫んだ【嘆きの騎士様】となった」

 

「……ああ」

 

「ほーん……」

 

 

 イカ焼きを刺した串を目の前に持ってきて齧ろうと口を開くが、視界に入るのは串のみ。

 「あれ?」と疑問を浮かべて横を向けば、頬張るフィーの姿。

 

 

「おい俺のイカ焼き!」

 

「ふふーん、余所見してる方が悪いんですよ!」

 

「くっ、我が義妹は随分と生意気になったものだ……! まあいいか。それで……えーと、そこの姫騎士の所為で大勢が死んだって話か?」

 

「……どうでもいい事の様に話すな、貴様。人の命を何だと思っている?」

 

 

 所為で、という言葉に少女騎士は肩を跳ねる。大勢が死んだと言うのは事実なのだろう。確かに人の命は大切なものだし、軽めの反応になってしまったのは反省する他ない。

 だが。

 

 

「そりゃ人の命はその人の命だろうよ。姫騎士は関係ないだろ?」

 

「阿呆か貴様。この娘に着いて行った結果、強大な魔物に襲われた事実はどうあろうと覆らない」

 

「アホはテメェだオー…スプニル。人の命はその人のモノ。死んだら当人の責任だ。確かに守れなかった罪はのし掛かる。だがそれは守れなかった当人だけが背負うものであって、他人が押し付けるモノじゃない」

 

「貴様……ッ」

 

「それとも、()()()()()()()()()()()()()でもあるのかね? 秀才そうな坊ちゃん騎士よ」

 

「───ふん、どうあろうとそこの娘だけが生き残った事実は変わるまい。確かに噂でしかないが……事実を知るのはその娘のみ。そうである以上、()()()()()()()()()()

 

 

 片目を瞑って飄々と紡ぎ続けるイアの言葉に、「事実を知るのが一人だけならば、幾らでも改善可能なのだから」とオースプニルは紡ぐ。

 怒りを抱いた形相から一転、冷静になりながら正論を放つ彼に、イアは訝しげに見つめる。

 

 人間という生き物は、複雑な様でかなり単純だ。怒りはそう簡単に消えないし、根本的な性格を変える事は不可能に等しい。

 だがこの男、今不自然すぎる程に一瞬で冷静となった。事実無根である事を証明する為の装いなのかもしれないが、あまりに冷静すぎた。

 

 まさか本当に───と、そう思った瞬間、金属が滑る音が耳に届く。

 咄嗟に一歩下がると、オースプニルが振り終わった姿勢でいるのが目に入り。また、その手に剣が握られている事にも気付いた。

 

 

(マントに隠されてたのか?)

 

 

 騙し討ちの類は()()()()()()()。回避は容易いが……それは()()()()()()()()()()、他の者に関しては別問題。まして、前線で戦う事のないフィーならば尚の事。

 イアのほんの少し後ろにいた彼女は、直接当たる事こそなかったが、身長の問題によってフードを切られる。いや、きっとそれを狙ったのだろう。

 

 驚愕によって蹌踉めき、また風圧によって飛ばされるフード。隠されていた耳が晒される。

 エルフの特徴たる長い耳。また、ハーフエルフの象徴たる微かな短さ。混血種の証明に他ならない特徴がその場に晒され、どよめきが走った。

 

 

「何やら顔を隠して怪しいとは思っていたが……汚らわしい混血めが紛れ込んでいたか。他の者も同様か?」

 

 

 フィーのみを視線に晒すのを嫌ったのだろう。まずリオンが、そして次いで他の者がフードを脱ぎ、それぞれ混血種たる象徴を晒す。

 人の目に晒され、当然どよめきが走る。

 

 

(やられた……突然冷静になったのはそういう事か)

 

 

 苦い表情となり、理解する。

 挑発を受けた結果冷静になったという過程を作る事により、冷静になった理由は挑発が図星だったからと思わせる事が出来る。また表面上とは言え冷静になった以上、いきなり斬りかかる事も無いだろうとも同時に思わせる。

 激情して斬り掛かろう物ならば咄嗟でも防げたが、完全に不意を突かれた以上避ける以外の選択肢がなかった。

 

 オースプニルは最初からフィーの事を見抜いていたのだろう。或いは偶然見えたのかもしれない。故に混血種が最も嫌う『大勢からの視線』を集めた。

 言い訳の効かない状態にする為に。

 

 

「……イア」

 

「すまん、フィー。今回は俺の責任だ」

 

 

 少女騎士の二つ名の所以への興味とそれによって引き起こった油断。今回ばかりは議論の余地なく自分の責任だと、イアは反省する。

 なればこそ、収拾を付けるのは自分だと一歩前に出た。が、その前に。

 

 

「何をしている、オースプニル! 訓練・戦場以外での真剣の抜刀が禁止されているのは貴様も承知だろう!?」

 

 

 少女騎士がフィーとイアの前に立ち、彼を糾弾する。規則違反だと。

 だがオースプニルは「おやおや」と心底不思議そうな顔で、同じ規則を口に出した。

 

 

「これは心外だ、嘆きの騎士様。敵対者には剣を抜いても良し。ただし出来るだけ捕獲に抑えろ。これも規則の筈だが?」

 

「彼らに敵対の意思などなかっただろう!」

 

「汚れた血を持つ半端者供が敵対者でないと? 馬鹿を言うな。純血たる我らを嫌う混血が敵対しない筈がなかろう。寧ろ私は優しい方だ。混ざり血が街に下りればこうなるという警告をしているのだからな。それとも何か? 其の者らは純血者を嫌う人種ではないと?」

 

「それ、は……っ」

 

 

 反論出来ない。

 実際、少女騎士に対して会話にこそ応えてくれたものの好意を抱かれた訳ではない。酷い嫌悪感は紛れもなく存在した。

 口を結ぶが、せめてもの恩を返したいと言葉を紡いだ。

 

 

「だがっ、彼らが危害を加える様子などなかっただろう! 例え嫌っていようと、危害を加えるとは限らない!」

 

「嫌っているだけで危害を加えようとするのが生物としての本能だ。確かに貴様の言う通り危害を加えるとは限らないだろう。だが、加えないとも限らない」

 

「……ッ」

 

「混ざり血だけでは無い。例え純血であろうと他の種族というだけで仲は最悪だ。全ての種族が絆を結べる筈がなかろう。何時迄も子供の様な思想でいるなよ。騎士で在りたいならば大人になれ」

 

 

 反論、出来ない。

 例えたらればの話に過ぎずとも、100%間違ってるとは言えないし、また100%間違ってないとも言えない。

 世の中は不条理で、本当に突拍子も無い事以外ならばあり得なくはないからだ。何なら、突拍子も無い事態すら起こらないとも断言出来ない。

 

 唇を噛み締める少女騎士を見て。否、オースプニルの言葉を聞いて、イアは少女騎士の前に立つ。

 何時もの「異性を助ける、そしてあわよくば!」という下心は一切無く、ただ自分の矜持で。

 

 

「───種族間の仲は最悪、か」

 

「ああ、どうあっても覆らない事実だ。過去に比べて数段と魔物に汚染されたこの時代でさえ手を取り合う事がない。『みんななかよく』なんてのは子供の夢だ」

 

 

 まして、“平和”なんてモノも───諦めた様にそう紡ぐオースプニルを見て、イアは冷静に分析する。

 少女騎士は現実を見つつも夢を見る、普通の人間だった。だがこの男は極端な現実主義者。現状を把握し、間違いなき情報と判断によって認識する。プライドは高いが国にとっては優秀な人材だろう。

 

 ならば、此方も同じくして現実主義者となろう。

 

 

「いやはや、確かに確かに! 危害を加えないとは言い切れない! こりゃ参ったなぁ、認めるしかないな!」

 

「ほう? お前は阿呆ではあるが、馬鹿では無いらしい」

 

「お褒めに預かり光栄です、騎士様! ……ただし一つ訂正が」

 

 

 間違いなく取り繕っていると確信出来る満面の笑みを見せながら、その目を僅かに細めてオースプニルの瞳を射抜く。

 

 

「全ての種族が絆を結べる筈がない。これは間違いだ」

 

「……なに?」

 

「なるほど確かにと頷けよう! だがしかし! それでは矛盾を孕みかねない事実が存在することになる、そうッ!」

 

 

 両腕を広げ、背後へ振り返り、演説でもするかの様に片方の手を胸に置く。注目する全ての人に語り掛ける様に。また、世界に語る様に。

 

 

「───我々の存在だ」

 

 

 ハーフエルフ、ハーフビースト、ハーフフェアリー、ハーフサイクロプス、ハーフドワーフ、ハーフドラゴニュート。

 この場にいる全ての混血種がヒューマンと契りを交えた証拠。そして、同じく旅を続ける仲間として存在することこそ絆の証。

 

 

「子供の夢上等! それが()()()()()()()()()()()()ならば、現実に引き起こせないとは限らない!」

 

「……ッ」

 

「そして宣言しよう! 世界平和もまた子供の夢! 誰もが憧れ諦め、だが夢見る理想の果て! それは決して叶えられないモノではない!」

 

 

 憧れて、でも諦める。

 だって現実的に見て「無理」だと知っているから。現実的に考えて、「無理」だと思ってしまうから。

 

 現実的に考える能力があって、力があるからこそ思い知ったのならば。今一度宣言しよう。

 ならば力無き俺が立ち上がろう、と。

 

 

「永らえし平和を築け! この俺が───()()()()()()()()()()が、その架け橋となってやろう!」

 

「……魔力無し、だと?」

 

 

 唖然と、数秒。やがて誰かが吹き出して、その場は笑いに包まれた。

 それは微笑ましい光景などではない。最も醜き人間の姿。嘲笑の類によるものだった。

 

 

「───そうかそうかっ、どうも子供じみた話をする輩かと思えば、なんと魔力無しだったか!? なるほどお似合いだ! 忌み嫌われし混血に寄り添うは天性の無能だとはな! 阿呆ではあるが馬鹿ではない? どうやら私は間抜けだったらしい! 此処にいるのは紛れもなく大馬鹿者だ!」

 

 

 どうやらツボにハマったらしい。嘲笑を装いもせず、本心から笑いを続ける。

 それはオースプニルに限らず他の者も同様。その場の行く末を眺めていた一般市民は、イアの堂々たる馬鹿宣言に大笑いする。

 一人の男の行為を、夢を、大勢が嘲笑う。……そんな人間の醜さに、少女騎士は言葉を失った。

 

 確かに、己も笑った。でもそんな未来が訪れればいいと思い、また不屈の意志を兼ねたイアの願いの強さにも感嘆した。

 それがどうだ。尊き理想を叶えようと動く男を、誰もが望んでいた筈の平和を求めた男を、魔力無しだからという一つの理由だけで嘲笑の対象とする。

 「叶えられる筈がない、馬鹿め」と。

 

 その筆頭が己の同胞たる騎士とはなんたる事かと、少女騎士は唇を噛んだ。

 

 

「ふはははははッ!」

 

 

 折れても仕方がない。諦めても当たり前だと認識する。そんな誰もが挫けそうな状況で────それでも、イアは笑った。

 

 

「そうだな、確かに俺は大馬鹿者だ! 愚かで間抜けで女にだらしない欲望ダダ漏れの無能人間!」

 

 

 認めよう、己は愚かだと。

 認めよう、己は馬鹿だと。

 

 己の欠点を自覚し、己の酷い部分を自覚し、何がいけないのかと反省を施そう。

 ただし、折れてやるつもりはない。

 

 

「だがそれでも、一つ自信を以って宣言しよう! 俺は、俺達は! お前達よりも確かな人間であると!」

 

「……魔力も持たぬ貴様と、汚れた混血が、私達よりも“人間”だと?」

 

「無論だとも。お前達は人間(ヒト)の夢を馬鹿にし、誰もが願う理想を諦めた、ただ破滅の運命を受け入れる()()()()だ」

 

「貴様ッ」

 

「だが俺達は違う! 願いを持ち、諦めず、明日を築く意志がある! それが愚かな道だということもあろう! しかしッ、()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 

 ───例え破滅が訪れるのだと分かっていても。魔物に汚染される未来を待ち受けるだけなのだとしても。理解していても、夢を抱かずにはいられない。

 そんな愚かな生物が人間だろう。

 

 一歩、前に進む。

 

 

「まあ、俺は()()()()()()()()()()断じて無いが」

 

 

 また、一歩。

 

 

「俺の夢は明確に存在する」

 

 

 一歩詰め寄り、オースプニルの目の前に立つ。

 己よりも高い身長に、己よりも広い肩幅。同じ人族でさえこれほどの差がある。運命を呪わずにはいられまい。

 それでも立ち向かおう。自分より強い()()()()()()程度の相手に臆する事は無いのだから。

 

 

「彼らが笑って皆と手を取り合える世界にする事だ」

 

 

 だからこそ譲れない。

 諦めるのは勝手だ。否定するのは勝手だ。好きに嘲笑えばいい。

 ならばこっちも勝手に貫いてやる。

 

 全ての種族が絆を結べる筈がないと言うのなら、己が抱く夢を否定するというのなら、その否定を否定しよう。

 

 

「だが世界は魔物に汚染されている。ァアっ、何て事だ! これでは種族の絆を結ぶどころの話ではない!? そうかならば仕方あるまい! 彼らとの明日を作るついでに世界を救ってやろう! それこそが俺の愚者(ヒト)たる所以!」

 

 

 オースプニルの手首を掴み、強く握る。

 

 

「お前らが誇り高き人間(ヒト)だと言うのであれば───」

 

 

 筋力を上昇させる付与をリオンが放てば、即座に折れると確信出来るほど、強く握りしめた。

 今までの飄々とした表情はなく、睨むだけで人を殺せそうなほど鋭い眼光でオースプニルの瞳を射抜く。

 

 

「他種族とヒューマンが寄り添った結晶たる彼女達を侮辱したその言葉、取り消せ」

 

「……」

 

 

 驚愕する。

 それは人外的な力に対してとか、物理的な話ではない。振り解こうとすれば振り解ける程度の力。

 その筈なのに、決して振り解けない圧があった。

 

 先ほどまで見せていた笑顔は消え、目の前にあるのは無表情。その急激なまでの変化が異様な圧を上昇させ、オースプニルは恐怖に襲われる。

 

 

「……確かに。不可能と断じるのは、少々早計だったようだ。非礼を詫びよう」

 

 

 息を飲み、その視線から逃れるために目を閉じ、謝罪する。先程まで嘲笑していたとは思えないほど真面目な表情。

 だが。

 

 

「しかし、どうも私には無理という判断しか出来ない。貴様の思想を否定するつもりはないが、私も私の意見を否定するつもりはない。……故にどうだろう? その証明を見せてくれないか?」

 

「証明?」

 

「私と戦え。無論一対一の戦いだ」

 

「……魔力無しが魔力を保有する者に勝つことで、僅かながらの証明をって事か」

 

 

 イアはほんの少しの思考。

 先ほどまでのオースプニルの行動や言葉。判断、考え。

 嫌味な人物だと思っていたが、もしそれが───。

 

 イアはふと微笑み、紡いだ。

 

 

「優しいんだな、オースプニル」

 

「……受けるのか、受けないのか?」

 

 

 否定の言葉はなかった。

 感情を顕にする素直なタイプだと思っていたが、その実逆。不器用すぎるほどに素直じゃないだけだった。

 オースプニルが混血を嫌っているのは否定できない事実。少女騎士を嫌ってるのも確かだろう。

 だが貶す理由はただ嫌いだからという直情的な理由ではなかった。嫌いだからこそ、そして周りも嫌悪感を抱いていることが分かっているからこそ、必要以上に傷つけないように。また警告するように、悪役を演じた。

 

 オースプニルは否定も肯定もしない。本人だけが知っている事実。少女騎士の噂と同じく、真実は分からない。

 故に追求することは出来ない。

 

 選択を突き付けられている以上、必ずしも受ける選択をとる必要はないが……。

 

 

「オーケー、その戦いを受けよう」

 

 

 これが己の誇りを示す戦いだというのなら、受けねばなるまい。

 二人のやり取りを呆然と聞いていた少女騎士は、ハッと我に返った瞬間には決まっていた1対1の戦闘に頭を抱えた。

 

 

 そして次の日。

 騎士訓練場にて、二人は向かい合っていた。

 

 

「……まさか、情報提供を拒否されるとは思わなんだ」

 

 

 少女騎士は向かい合う二人を見つめ、息を吐く。

 前日に出来る限りの情報を伝えようと思っていたのだが、イアはそれを否定した。本来の戦場ならば相手の魔力を知れるのは使われた時のみだと、正々堂々戦う者としては納得せざるを得ない理由を聞かされては少女騎士も何も言えまい。

 イアに正々堂々の騎士道があったのかと驚愕を禁じえなかったが、ならばと思い「騎士の中では3番目の強さ」という事だけ伝えた。名誉持つ人物ならば名も広まっている可能性はあるのだから、せめてもの配慮だと。

 

 「3番目の強さ」と聞かされたイアは酷く動揺して恐る恐る「やっぱり……」などと訂正しようとしていたのだが、あれだけ堂々と宣言したイアに驚いていたあまり少女騎士は聞き流していた。

 フィーは何とも言えない表情で紡ぐ。

 

 

「イアは別に騎士道など持ち合わせてませんよ。というか正々堂々なんて言葉を知ってるのかすら怪しいです」

 

「なに?」

 

「不意打ちだろうが罠だろうが平然とやる人ですし、何なら盗賊から物を奪った事もありますから」

 

「……う、む……判断に困るところだな。盗賊自体は悪的存在だ。だが物を盗るのは……」

 

「それを元の持ち主に返すのですが」

 

「? 良い行いではないか。やはり善人───」

 

「報酬と称してセクハラに走ります」

 

「クズじゃないか!?」

 

 

 何が善人だやはり悪人ではないか、と。一瞬でも「良い人物」と思ってしまった少女騎士は己に腹を立てる。

 フィーは視線を逸らし、「まあ」と頭の中で続きを紡いだ。

 

 

(騎士道も正々堂々の精神も持ち合わせてない異性にだらし無い屑な性格なのは確かですけど……それでも、善人でない訳ではないというのも、また事実なんですけどね)

 

 

 報酬と称してセクハラに走る───なるほど、それだけ聞けば間違いなく屑だ。何せ、実際にセクハラしたかどうかは別の話だから。

 無論「あわよくば普通にヤりたい」と思っているのは確かだろう。それは否定しようのない事実。

 だが、同時にこうも思っている。

 

 「俺は謝礼が欲しくて手助けしてる訳じゃない。不必要な助けをなくす為に助けているだけだ。そもそも盗賊から盗まれなければ取り返す必要なんてなかったんだからな。でも盗られた物をそのまま取り返した以上、少なからず恩を抱いてしまう。謝礼も可能性に入るだろ。ならどうするか? 感謝する気力を無くす行為をしてしまえばいい」

 

 セクハラなんて行為を起こせば感謝の意は容易く消えるだろう。「それで御身の気が満たされるなら」というちょっとズレた思考を持たない限りは必ず感謝の気持ちは消える。

 あわよくばなんて思いつつも、その実無償の手助けをしてるに等しい。それを善人と言わずしてなんと呼ぶのか。

 

 

(ま、言うつもりはないんですけどね。イアが周りから屑と思われていた方が私も付け入り易いですし)

 

 

 あの兄にしてこの妹アリだった。

 

 

「……ならば、今度も不意打ちか? 私の時の様に「魔力無しとは言ったが実際はどうか?」という手段でも」

 

「いえ、それはあり得ません」

 

「それは……私の様な“眼”を持っているかもしれないという危惧からか?」

 

「無いとは言い切れませんが……恐らく違います。確かにイアは正々堂々という言葉を知っているのかは怪しい。でも一つ確信を抱いてるのは───」

 

 

 一対一の決闘ならば、手出しは出来ない。

 離れた場所に居るフィー以外の仲間は、一切疑わない目でイアを見つめていた。

 イアが『一対一』を了承したのなら、それを信じるだけだと。

 

 

「あの人は、誓いを破りません」

 

 

 ───今は遠き幼い日を思い出し、フィーは仲間と同じく信頼の眼をイアに向けた。

 

 

(……リオン殿もそうだったが……この異常なまでの信頼は、一体何なのだ?)

 

 

 彼女達の過去に何があったのか。

 たった二日の付き合いではあるが、彼の人格はそれなりに分かっているつもりだ。

 確かに魅力的ではある。その願いの強さも到底真似出来るものではない。でも彼女達の信頼を理解できるほど、イアという少年の良さを感じられなかった。

 

 一体何が彼女達をそうまで信頼させるのか。それとも、己が楽観的なだけで、混血種の境遇は想像を絶する酷さだったのか。

 果たしてそれは、この戦いを見て判断出来るものなのか。

 

 色々な思考が交差し───戦いの火蓋が、今切られた。

 

 イアは機敏性を重視した軽装とリーチを取った直剣が装備。オースプニルは切断能力を警戒し、金属鎧のみを装備している。

 変に武器を交えるよりは鎧で受け止めて回避する暇もなくトドメを刺すのは理に適っている。衝撃にさえ注意すれば、ただある程度厚みのある防具の上から棍棒で殴られてる程度に過ぎなくなるから。

 無論衝撃というのは侮っていいものでないが、オースプニルは騎士。柔な鍛え方などしてない。

 

 リーチがある分動きの阻害というリスクも背負っているイア相手ならば、カウンター狙いは間違いない選択。

 が、当然見抜いてる以上、イアも自ずと動くはずがない。

 はてさて睨み合いが続くのかと警戒を緩めずにいると、オースプニルは突如走り出す。油断を突いたつもりなのか、或いは何か策でもあるのか。

 

 剣を構え、間合いに入る瞬間を狙って水平斬りを───

 

 

「……ッ!」

 

 

 咄嗟に、剣が届いていた筈の振りかぶりを急停止させて間合いから身体を外す。

 フィー達がその様子に疑念を抱いていると、少女騎士は「彼には聞こえないだろうし」と話し始める。

 

 

「オースプニルは正々堂々戦うタイプに見えるが、その実真逆。一対一を破る事はないだろうが……それでも、自分が保有する魔力の有用性を理解して、最初は必ず不意打ちを選択する。……私は相性差で勝てるが、騎士全体で見れば、彼に勝てるのは私以外に一位に位置する騎士トップの男のみ」

 

 

 純粋な剣技ならば最強クラスであり、またその上で身体強化という魔力を保持する、シンプルであるが故の騎士最強。

 そんな人物でさえ幾度となく苦戦させた姿を思い出し、紡ぐ。

 

 

「彼の魔力は【透明】───魔眼などの『魔力の揺らぎを視る眼』で無い限り、対抗策は無い」

 

 

 しかも魔眼は本来、魔力の質を視る為の能力。素質を看過する為の魔力だからこそ、決して戦闘向きの魔力では無い。

 戦闘向きの魔力を持つ限り対抗策は無く、だが対抗策を持つ人物は殆どが戦闘には不向き。

 魔力の相性という点で考えれば、一対一はオースプニルの独壇場だろう。

 

 

(……ああ、なるほど。彼がこの人を嫌ってるのは、誰にも取られる筈のなかった『魔力相性での優位』を取られたからですか)

 

 

 天眼という、【魔眼】と【心眼】の二つの特性を併せ持つ魔力。実質二つの魔力を有してるに等しい能力だ。そんな魔力に優位を取られたら溜まったものではないだろう。

 嫌う理由に納得し、呆れたように息を吐いた。

 

 

「……透明か」

 

 

 フィー達の会話が聞こえたわけではない。しかし先日の不意打ちの件と言い、間違いなく「見えないようにする何か」があるのは理解した。

 

 

「クソ……羨ましいな」

 

 

 そんな強力な魔力を実感し、イアは唇を噛む。

 

 

(……当たり前だ。ただでさえ強い魔力に、きっと誰よりも要望し続けただろう願い。『もし自分にそんな魔力があれば』……そう思うのは当然だ)

 

「もし俺が持ってたら……───」

 

 

 同情するように、イアが零す言葉に目を瞑る少女騎士。

 だが悲しきかな。やはり彼女は、まだイアの事を理解しきれてなかったらしい。

 

 イアはどこまでも真っ直ぐな性格だ。それは当然、()()()()()()()

 

 

「ぜってぇ覗きに使うのに!」

 

「………………は?」

 

 

 長い溜めと、呆然と放たれる疑問。重なるオースプニルと少女騎士の声。

 また、その本気で羨ましがっている様子に、呆れたような溜め息が幾つも放たれた。

 

 

「透明とか男の(ロマン)だろ!? 覗きも男の(ロマン)だろ!? これは使うしかないだろうっ! というか実はもう使ってんじゃないか!? あんな『美女』『騎士』『巨乳』というテンプレ属性てんこ盛りの同僚とか居たら抑えきれる筈ないだろ! 俺だったら間違いなくヤッてる!」

 

「……オースプニル」

 

「まっ、違う! 私はそんな事をしていない! というかしていたら貴様は気付くだろう!?」

 

「いいやこれはヤッてるな! そんな男のロマン能力持ってるならやらない筈がない! 姫騎士じゃなくて他の女騎士にヤッてるのではないのかネ!?」

 

「…………」

 

「話せば分かる! だからその目をやめろ!」

 

 

 望んでいた訳ではないが、少女騎士はこれにてある意味『仕返し』が出来た。「例えたらればの話に過ぎずとも、100%違うとは言えないし、また100%違わないとも言えない」。その言葉をそのままそっくりとブーメランの軌道を描くようにオースプニルにぶつける。

 ああ、なんたる悲劇。自分の言葉が自分を懲らしめた。これには何の反論も出来ない。

 

 

「というか俺に掛けて下さいお願いしまぁあああっぶねぇえ!?」

 

 

 いい加減その勢い(テンション)を止めろと言うように、透明化させた短剣をオーバーフローで投擲する。

 その大袈裟なフォームと投げただろう角度によってタイミングを見極めたイアは横っ飛びし、ギリギリ頬を掠めるレベルで真横を通過した短剣に絶叫した。

 

 

「危ないマジで今死ぬと思ったッ」

 

「安心しろ、動かなくても当たっていたのは足だ」

 

「それって動けなくした相手を甚振る意思表示じゃないですかねぇ!?」

 

 

 「やだ、恐ろしい子……!」と戦慄するイアに対し、オースプニルは怒りを隠すつもりも無く額に青筋を浮かべながら右腕を前に出す。

 

 

「貴様、状況を理解してるのか?」

 

「待って、今心臓落ち着かせてる」

 

「…………理解してるのか?」

 

「よし……。無論だとも、オースプニル」

 

 

 左胸を押さえて深く深呼吸を繰り返し、心臓を落ち着かせるイア。

 どれだけマイペースなのかと再び苛立ちを浮かべるが、オースプニルは律儀に数秒待って再び問いた。

 

 

「変態のレッテルを貼られる数秒前だな!」

 

「貴様のお陰でなッ!」

 

 

 違う、そうじゃない。

 だが「変態のレッテルを貼られる数秒前」という事実を原因たるイアに突き付けられ、ギリギリの所で抑えていた怒りが暴発した。

 

 前に出した右腕をダランと下げて疾走。対してイアは重心を前に置くために左足を少し前に出し、剣を構えた。

 

 

(……分かってるとも。武器が見えない以上、()()()()()()()()()()()()()()()。一度躱した今なら、躱せた間合いの距離を思い出す事で推測は可能だが……それがブラフという可能性もある)

 

 

 直剣か、短剣か、大剣か、刀か、槍か、棍棒か、大鎌か。はたまた「柄を持って斬りかかる近接武器」と見せかける為に敢えて矢で接近し、意識した瞬間に弓で放つという可能性すらある。

 『見えない』というだけでここまで支障が出るのだ。魔力そのものを浮き彫りにする『魔眼』を持たない身でこの男に勝つ『騎士最強の男』は余程の化け物だろう。

 

 その上、だ。

 

 

(まだ真骨頂は見れてないから、な……っ)

 

 

 余裕のある笑みは消さずとも、緊張感の募りを証明するように息を呑む。

 武器が分からない以上迂闊に飛び込む事も出来ない。本当に弓ならば立ち向かう様に走った時点でアウト。槍ならばリーチ差で先にやられる可能性がある。短剣ならば躱されて近付かれた時点で負けは確定。

 

 つくづく『魔力』というのは羨ましい限りだと苦笑し、全神経を目に注いだ。

 

 

「───今回ばかりはおふざけ無しでやらせて貰うぞ」

 

 

 ……まあ、対少女騎士の時も魔力無しだと確信されてなければ間違いなく本気だったのだが。

 ハッタリが効かなかった苦い出来事を頭によぎらせつつも、イアは冗談抜きで真剣な表情へと変わった。

 

 ───イアは、魔力を視野に入れない技能という点で見たとしても、全体的に平凡だ。

 身体能力はもちろんのこと、頭も突出してる訳ではない。少女騎士が魔力無しだと確信していた事に対して驚愕を隠させなかったのも凡人だという事に説得力が増す。

 少女騎士が「剣技は認める」と言っていたのは、あくまで「ただの旅人にしては」という観点から見ての事である。

 

 そんな元の潜在能力(ポテンシャル)と『魔力無し』だという事もあり、イアは本来戦うべき人物ではなかった。

 でも戦う事を決意して、それによって開花した能力が『集中力』だ。

 平凡だから少しのミスも見逃せない。平凡だから突ける時に突かなければならない。

 

 隙は見逃さない。どんな魔力かも即座に判断する。僅かな仕草も見逃さない。

 どんな敵であろうと、決して。

 

 武の達人ならば、きっと武器を持つ手を見れば、例え武器そのものは見えなくてもどんな武器かを即座に判断できる。

 でもイアにそんな目はない。だからこそ、どんな時でも出来る限りの推測を止めない。一瞬の判断を疑わない。そうしなければ振り落とされる。

 

 イアは一歩として動かず、ただ目の前に現れたオースプニル相手に対応するのみ。

 

 

「……ッ」

 

 

 先程までヘラヘラと笑っていたとは思えぬ集中力。別人みたいな様子に内心動揺するが、表には出さない。そうした時点で突かれると本能が訴える。

 そうして、思いっきり武器を振った。

 

 

「───」

 

 

 間合いは自身の武器が届く距離。

 態勢は振り下ろし。

 左手は開いている。

 

 少なくとも弓はないだろう。確信はないが、槍も可能性は低い。ならば可能性が高いのは直剣か短剣、或いは大鎌。

 即座に判断し、一歩踏み込む。

 

 

「ッ」

 

 

 オースプニルは目を見開く。

 本来ならば『見えない武器』を相手に踏み込まないという思考によって『逃げ』を選択すると思ったからだろう。事実、咄嗟とはいえ先程は避けた。

 故にこそ起こる動揺。

 

 高い金属音。オースプニルが振り切った武器とイアが横側に立てた武器が接触して鳴り響く。

 イアは即座に直剣の刀身を翻して面をオースプニルの武器の刃にくっ付けて滑らせようとする。が、その行動を認識したオースプニルは何をするのか理解し、弾いて距離を取る。

 

 刀身を滑らしどの程度まで伸びたかによって武器を判断するつもりだったが、やはり騎士で三位に属するだけはあるか。イアは舌打ちして自身も距離を取る。

 

 

「……私の時とは別人だな」

 

「イアの戦い方は、基本的に全て予測と誘導です。唯一突出した集中力に一度入り込めば戦闘中でもいつも通り(フラット)の思考が可能……ですが、頭が平凡である事に変わりはない。まさか魔力を見抜ける人物だとは思えなかったのでしょう」

 

 

 完全に集中出来てなかった事もあり、流石にいつも通りの思考は無理だったのだ。

 だが完全に集中状態となって予測が当てはまれば、この程度は容易い事。これこそイアの本来の戦闘スタイルだ。

 

 ほんの僅かに笑みを浮かべて自慢する様に言うフィーだが、次の言葉を紡ぐ時には思案顔となった。

 

 

「ですが、彼の真骨頂はまだ使われていない。……そうですね?」

 

「……ああ」

 

 

 訓練場全てを覆う天幕を見上げて問うフィーに、イアは気付いているのかと不安に思いつつも頷く。

 そう、透明化に於いて最も恐ろしいのは、武器の透明化程度ではあるまい。無論その程度しか出来ないと言われればそれまでだが……間違いなく出来るとイアは確信している。

 

 もっと非情に、残酷に、気付かせることなく相手を倒す使い方。

 

 

「……どうやら口だけではない様だ」

 

「お褒めに預かり光栄だけども……全力じゃない相手に褒められても、舐めてられてる様にしか思えないな」

 

「気付いているのなら隠す必要はあるまい」

 

 

 オースプニルは先程の会話───覗く覗かないの会話に於いて、「そもそも自分を透明にする事は出来ない」とは答えなかった。

 まあ【透明】なんて能力を考えれば最も最初にくる使い方だからこそ訂正する必要がなかっただけなのだが、イアにとって「かもしれない」という可能性の話よりも「そうできる(なる)」という確証のある話である事は重要だ。

 

 オースプニルは武器を持たない左手を胸に当て、詠唱する。

 

 

「【───大地の色はただ一つ】」

 

 

 走る。常時発動系の魔力保持者を除けば、魔力は発動できないと確信していたから。

 動揺を誘う。させられなくても、一歩でも早くあオースプニルに近づく。完全に移動する前に居場所を掴み取るために。

 

 間合いは、まだ遠い。

 

 

「【我が身を食らいて】」

 

 

 通常に比べれば長い詠唱。たった数文字といえど、戦闘に於いて数文字は決定的だ。

 ましてや相手は自分と同じヒューマン。元より高い身体能力を有するハーフビースト(リオン)に比べれば、多少動いたところで誤差に過ぎない。

 

 いける───

 

 

「────ッ?」

 

 

 確信した直後、左腕に鋭い痛みが走る。

 本能が力を抜けと囁いた。変に力を込めれば間違いなく現在以上の痛みが走っただろう。判断は間違いじゃない。

 だが戦闘中である現在、また【透明】を扱う相手である場合、無理してでも接近するべきだった。何せ変わらない速度で力を抜いて走るなど、どれだけ天才の感覚が必要になるか分からない。

 

 激痛を避ける為に抜いた力は走りを緩め。

 

 

「【淡くなれ】」

 

 

 瞬間、オースプニルは詠唱を完成させた。

 

 

「くっ、そ!」

 

 

 左腕を垂らしながら加速。片手で持つ剣を振るうが、その刃先は止まらずに左へ向く。

 流れる血に鼓動が速くなる。感覚が揺らぐ。繰り返される呼吸が耳障りとなる。

 

 

(落ち着け、熱くなるな! 集中しろ! 捉える手段は聴覚だけだ! 煩い音を排除しろ……!)

 

 

 目を瞑り、浅く早く繰り返される呼吸を一度の深い呼吸で止める。全神経を目から耳に移し、少しの音も見逃さない───そんな決意と共に耳に届くのは、足が地面に擦れる音。

 それは、隠すつもりもない大きさ。

 

 

(しまっ……罠かッ)

 

 

 透明化するならば視覚は意味をなさない。そう思わせ、聴覚に集中させる事を意識させる。

 本来ならば透明化によって行うのは極力音を立たせない事。何せそれなりに戦い慣れたものは、耳に届く音、または地面に残る跡を頼りに相手の位置を正確に当てるから。

 

 でも音や跡を完全に消すなど、それこそ魔力でない限り無理な話であり。故にこそオースプニルは冷静な判断を下した。

 「では『音への集中』も一種の誘導としようか」と。

 

 目を閉じて音に集中した相手ならば、音を立たせないように慎重に動くよりも、激しく音を立てて急接近する方が倒せる可能性は高い。

 非情に嫌らしい戦法。だが冷静(クレバー)な判断だ。

 

 頬に傷を残しながらも、不格好に好転して回避。左腕に走る激痛に耐えつつ、オースプニルが居たであろう位置から距離を取る。

 今度は一つの思考に囚われない。聴覚に頼っても、視覚を遮断する事はない。細目となって地を見渡す。

 

 集中して8秒。前方右側約4Mに不自然な砂埃と金属音。オースプニルは全身鎧だ。注意してても鳴るのは必然。

 イアは反射的に疾走し、再び失敗を察する。

 

 

(違うっ、また罠!)

 

 

 剣は空振った。咄嗟に避けただけならば届いただろうが、まるで元々其処に居なかった様に。

 其処に居なかったのは間違いない事実。証拠に、オースプニルの振りかぶりと共に漏れ出た声が背後から聞こえた。

 

 

「ぅ、お……」

 

 

 漏れ出た声は微かに上から聞こえた。少なくとも足に来ることはない。上段、中段、或いは縦斬り。

 しゃがんでの回避は縦斬りに対応出来ない。ならば、選択肢は一つ。

 

 

「ぉおおッ!」

 

 

 今出来る最速の攻撃を披露する。

 縦斬りだろうが横きりだろうが、中間に位置するならば左右縦どこからこようとタイムラグは同じ。ならば最速の防御(攻撃)に走るしかあるまい。

 

 斬られる覚悟をし、後ろに脚を突き出す。

 

 

「ぐっ」

 

 

 息が詰まった声。よろめいたと確信。

 即座に振り返って剣を振るう───が、既に間合いの外。

 攻めきれない感覚に、イアは深く息を吐いた。

 

 

「彼の金属鎧は、もしや」

 

「ああ。腕や脚という身体的部位だけでなく、その上で幾多ものパーツに分解出来る物だ。最初はメンテナンスを隅々まで行う為かと思っていたが……()()()()()らしい」

 

 

 要は視線誘導。外したパーツを投げて金属音を(地面が砂ならば砂埃も)出し、視線を誘導させる。石を投げて音を出し注意をそちらに移す方法と同じだ。

 ただし姿が完全に透明になってる為、数段タチが悪い。

 

 

「……姫騎士さんって、どっちを応援してるんですか?」

 

 

 イアがやられているのを見てハラハラしてるかと思えば、オースプニルの戦術は素直に認める。『騎士道一直線』という性格っぽい見た目をしてるにしてはオースプニルの戦い方を否定しないのかと視線を向けると、少女騎士は頬を掻く。

 「これはイタイところを突かれたな」と。

 

 

「実のところ、私もよく分からない。……私が諦めていた夢を再発させ、恨みつらみを兼ねた運命を『壊す』と宣言したイアヴィス殿には敬意を表する。しかし……個人的な主観ではあるのだが」

 

 

 加害を受けた。少なくとも少女騎士はそう思っているし、実際に嘲笑の被害を受けている。

 でも。

 

 

「不思議と、彼の事は嫌いになれない」

 

 

 本当に不思議な事にな、と。苦笑する様に紡いだ少女騎士に、フィーは一歩引いた。

 

 

「え……目覚めたんです?」

 

「……ッ!? い、いや違う! 断じて違う! ……筈だ」

 

 

 Mに? という意味を理解するまで数瞬。ドン引きしているフィーに強く否定するが、最終的に「自分でも分かんなくなってきた」と弱々しい言葉となる。

 100%違うとは言い切れないし、100%違わないとも言い切れない。その言葉が酷く影響していた。

 

 

「そ、そういう貴殿こそ、心配はないのか? 仮にも騎士3位を相手にしてるのだぞ?」

 

「心配? ……まあ、そうですね。心配はしてますよ」

 

 

 そんな言葉とは裏腹に、フィーは気怠そうな息を吐いている。

 本当に義兄の心配をしているのかと問いただしたくなる表情だが、続く言葉に突っ込まざるを得なかった。

 

 

「オースプニルさんがイアに惚れないか」

 

「そっち!?」

 

 

 何の心配をしてるのかと勢いよく突っ込めば、フィーは「分かってないですね」と首を振る。

 

 

「イアはセクハラするので、顔が良くて第一印象を掻っ攫っても女性にはあまり好かれません。ただそっちの気はないので……イアが本気でぶつかった時、惚れるのは女性よりも男性の方が多いんです」

 

「うわ……見事なまでの自業自得」

 

「もちろん人間的な魅力という意味が大きいですし、ウチのメンバーにその気がある人はいませんけど……過去に、ちょっと」

 

「非常に気になるが、今は戦いに集中しようか」

 

「ですね」

 

 

 やはり見た目で判断しないという事が影響したのだろう。最初は躊躇いがちに応えていたフィーだが、やがて嫌悪感は消えて少女騎士と会話する。

 

 一方イアの方だが───

 

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 

 強いられる極限の集中力により、着々と体力が削られていた。

 見えないだけでなく、見えないからこそ広がる膨大な選択肢を判断しているのだ。凡人ならばもう倒れていてもおかしくない。殆ど気力で立っている様なものだ。

 少しでも新たなダメージを受ければ、気絶する可能性が高い。

 

 何とかしてケリを付けなければと焦燥するが、その焦りは相手も同じ。

 剣が重なる度に上がっていく捉える速度に、このままではダメだと確信した。

 確かに体力は奪えている。しかしこのままでは、奪い切る前にやられる可能性も存在する。

 

 互いに息を呑み───疾走。

 イアは「直進で来る筈」という予測を立てて横にズレる。僅かにでも音を聞き取る猶予を増やす為に。

 オースプニルはイアの予測通り直進。方向転換の為に大きく金属音が鳴る。

 

 だがこの勝負。圧倒的にオースプニルが有利だ。それは何故か?

 簡単な話、純粋な“力”の差である。

 イアは片手。対してオースプニルは両手で放つ剣戟。イアは「次どうするか」という受けに回る思考によって判断を鈍らせ、オースプニルは「次で決める」という確定により力を振り絞った。

 片手対両手な上に、その覚悟を持たれたら……余程の筋力さがない限り、片手に勝ち目はない。

 

 イアの腕は弾かれ、剣は天井に向かって飛んでいく。

 其れは天幕を破り、訓練場の外へ。

 取りに行く暇など無い。オースプニルはその瞬間を逃さず、続く二撃目を放つ。

 

 思わず目を瞑った少女騎士の耳に届くのは、鋭い金属音だった。

 

 

「……見えなくても、感覚はあるからな」

 

 

 してやったりだと笑うイアは、何も見えない其れを掴んでいた。

 彼の左腕からは、先程以上に流れ出る血。

 

 

「……短剣は刀身こそ短いが、刃幅は直剣と然程変わらん。いずれ倒れるぞ、貴様」

 

「ならその前に倒してやるさ」

 

「……っ」

 

 

 オースプニルは歯噛みした。

 

 

(気に食わない……本当に気に食わない。……まるで自分を見ている様だ)

 

 

 その歯噛みは、過去の己を思い出したが故に。

 己の能力がまだ弱く、夢抱く少年だった頃の話だ。自分もイアの様に嬉々として夢を見た。

 でも現実は残酷で、何の力もないまま英雄の様になるなど出来なかった。己には英雄であれる素質はなかったし、英雄になれる資格もなかった。

 

 だから自分なりに努力した。己の魔力を最大限利用した。時には汚い手段を取る事もあった。

 なのに、それなのに。目の前に現れ、魔力を持たずに「世界を救ってやる」と上から目線でモノを言うイアに、心底怒りを抱いた。

 

 出来るはずがないのだ。魔力無しが世界を救うなど。運命から見放された人物がそんな英雄になれるはずないのだと。

 それでも真っ直ぐぶつかるイアに、これでもかと言う程思い知らせた。魔力の優位性を、強さを。心が折れ、心底羨ましがる様に。

 

 

(さっさと折れろ……イアヴィス)

 

「……ホント、羨ましいよ」

 

「……!」

 

 

 今度はおふざけが一切ない。本当に羨ましがる様に目尻を下げて言うイアに、オースプニルは目を見開く。

 それは驚愕か、安堵か、はたまた嘲笑の前兆か。

 

 いずれにせよ、続く言葉に対する反応は、驚愕の一択だった。

 

 

「他人には真似できない努力は、羨ましい」

 

 

 自分は平凡で魔力無しだから、どんな事も「他人でも必ず出来る努力」を繰り返しているに過ぎない。

 だが魔力持ちは違う。その能力をどんな風に活かすか、どの様に鍛えるか。そうやって、少なからず「他人とは違う努力」を行える。

 そんな努力を省みずに「羨ましい」と零す人物は幾多も存在した。そして当然『魔力無し』ともなれば確実にそうなるだろうと、確信していた。

 

 それがどうだろう。イアは魔力そのものではなく、魔力を持つ事での努力を羨ましがった。

 

 

(それでも……。いや、だからこそ分かっているのか!? 努力したと分かっていて、それで勝つのがどういう事か! 私は! ……私は)

 

「けどぶつかるなら、そんな事は関係ない。あるのは、ただ互いの願いをぶつけるエゴのみ」

 

 

 再び、目を見開いた。

 紛れもない驚愕を浮かべる様に、目を見開いた。

 

 

「───相手の願いを踏み躙る覚悟は、もう出来てる」

 

 

 ただ「証拠が見たいから」という思いでぶつかってきた訳じゃないのは分かっていた。

 「努力して理解した『叶えられるはずのない夢』を、本気で叶えようと足掻いている姿から気に食わないから」という意味を理解して、その上でイアも本気で立ち向かった。

 

 向かって、その思いを受け、その上で這い上がる覚悟は───もう出来ているのだと。

 

 

「……ッ」

 

 

 唇を噛み締め、怒りによって一貫する「コイツを倒す」という意思が集中力を極限まで持っていく。

 音を立てず、だが素早く、理解した時にはもう遅いだろう足運び。

 声は出さず、本気で振るった。この男は殺しでもしないと止まらないと確信したから、止めるために殺すつもりで振るった。それがこの男にとって───人間(イアヴィス)にとって、残酷な世界を見ずに済む道だから。

 

 それでも、愚者(イアヴィス)は止まらない。

 

 

「────」

 

 

 間違いなく過去最高。油断も隙もない。下手したら戦闘中にも関わらず、本来の暗殺者よりも気付かせないレベルでの技術。

 そうして放たれる一撃を、イアヴィスは堂々と受け止めた。

 

 

(な、に……ッ!?)

 

 

 何故止められた。何故反応出来た。

 そうして反響する言葉が、イアに一直線となっていた思考を冷静に戻し、場を認識させる。

 視界に映るのは、地面に映る僅かな光。

 

 オースプニルの頭にフラッシュバックするのは、イアが左腕から短剣を抜く前。オースプニル自身が弾き飛ばした剣の存在。

 天幕を破って飛んで行ったその剣を思い出した瞬間、イアは一瞬の隙を見つけた様にオースプニルへ接近。

 彼は───どこまでも()()()()()を、オースプニルに向けていた。

 

 

(ああ……これは、敵わない)

 

 

 願いを認め、尊敬する。

 こうまでして勝つ事に徹底した戦闘をする人物など尊敬の余地すらない筈なのに、それでも「それがお前の戦い方で、努力した証で、最後まで貫いたのなら、尊敬する以外ない」のだと。魔力を持たない身だからこそ羨んでも仕方無い筈なのに、妬みなんて一切なく。

 

 尊敬して、それでも自分の意思を貫く。決して折れない不屈の意志。

 嗚呼。きっとそういう愚者(ヒト)こそ、英雄と呼ぶに相応しき資格を持つのだろう。

 オースプニルも少女騎士も思ってしまった。イアヴィスという少年が慕われているその訳を。本来勝てぬ筈の運命に抗って、ついぞ実際でも気持ちでも勝ってしまう。

 

 それなのに、悔しい気持ちがない。この男になら負けても良かったと思わされてしまう。

 自身の願いを決して止めぬ英雄の姿。

 

 

 

 

 素質が無い───運命に見放される(Be abandoned)少年だった筈なのに。

 資格を手にする───運命に見定められる(Be determined)

 これは見放された筈の運命に見定められてしまった、矛盾を孕むとある人間の、滑稽な英雄譚。

 

 果たして其れは、運命に踊らされる事を意味するか。それとも、運命に抗う事を意味するか。

 それを示す冒険が、今─────

 

 

 

 

 

 

 





 イアヴィス
 
【挿絵表示】


 スーフィー
 
【挿絵表示】




 https://mobile.twitter.com/DeBxaCGHJ1sFkND
 此度はこちらの方に描いて頂きました!
 漫画を描く予定らしいですが、まだ専用のアカウントを作ってなかったようですので……その、紹介する為に急遽作ってもらいました。ホント、感謝を禁じ得ません。

 良ければフォロー、宜しくお願いします。

 ……ついでに自分のもこっそりと。
https://mobile.twitter.com/fateness_611

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