或いは衛宮切嗣がほんのちょっと弱かったなら   作:原作未読の魔改造フェチ(百合脳)

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時系列を始めとした原作設定が軽々しく崩壊してますが、独自設定です。
独自設定です(大事な事なので2回言いました)。

というか、こんな場末のSSで原作設定なんてあって無いようなモンだと思うし(


うっかり参戦しちゃった系の人たち

「……やってしまった……」

 

 薄明かりに照らされた夜半の教会の一室、呟いたのは老齢の神父。眉を(ひそ)めて思案する彼の目の前には、真っ赤なスーツに身を包んだ男性が倒れていた。

 男性のスーツが赤いのは、別に血で染まるまでも無く、元からそういう色合いだったというだけの事。だが彼のスーツは今、確かに血に塗れていた……言うまでも無く彼自身の血液によって、である。

 

「……どうしたものか……」

 

 途方に暮れながらも不思議と落ち着き払って、目の前の惨状を気にも留めないこの神父―――言峰璃正は、今回開催される第四次聖杯戦争の『監督役』である。

 彼の所属する『聖堂教会』は、基本的には魔術師達の総本山『魔術協会』と冷戦状態にある。が、この対立する二大勢力のどちらにとっても一大イベントである聖杯戦争に際しては、お互いの利害の一致もあって、教会側から戦争を取り仕切る『監督役』が派遣される事となっていた。それが彼の役目である。

 

 だが、聖杯戦争とはいえ戦争は戦争。陰謀や策略は当然の如く存在し……まぁ有り体に言って、審判役(レフェリー)である彼は参加者の一人とズブズブの関係であり、その優勝の為に尽力する腹づもりであった。

 それは彼自身がその参加者―――遠坂時臣と懇意である、というのも理由の一つではあるが、究極的には聖堂教会という組織からの指示でもあり、教会側の総意と言っても過言では無い。詳細を省いて結論だけ述べれば、その遠坂が優勝してくれた方が彼らにとって"都合が良い"のだ。

 

 

 解説すると、『遠坂家』とは聖杯戦争の創始に関わった『始まりの御三家』の内の一つ。聖杯にかける願いは『根源への到達』……魔術師としては極一般的なものと言えるだろう。だがこれは極論すれば『個人で完結する願い』であり、周囲に与える影響はほぼ皆無と言っていい。

 教会の思惑としては、よく分からん人間が聖杯を入手し教会に不利益な事態を起こされる可能性がある位なら、いっそ璃正神父が人物を保証する遠坂のマスターに聖杯を取らせ、教会の害にならない穏便な願いで戦争を終結させる方が良い―――と、そういった訳で監督役の教会サイドは遠坂に肩入れする予定であったし、そういう協定も結んでいた。

 

 ……で、現在。

 璃正神父の目の前で血溜まりに沈んでいるのが(くだん)の遠坂時臣氏。その満身創痍ぶりを見るに、もはや聖杯戦争への参加は絶望的だろう。一体誰がこんな事を……と尋ねるまでもなく、下手人は璃正神父その人。

 得意の八極拳で、彼の胸を一突きで貫いたのだ。

 

「……どうしてこうなってしまったのか……」

 

 などと、状況の割には幾分呑気な声音で呟く璃正神父。どうしてこうなったかっつったら、そりゃまあ自分がしでかした事ではあるが、やっちまった今となっては『もっと穏便なやり方があったんじゃないか』とか色々考えてしまう訳で。

 

 

 とりあえず、この惨状が生み出される原因となった、ほんの数分前の出来事をご覧頂こう。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

(この戦い、我々の勝利だ)

 

 遠坂家5代目当主、遠坂時臣はそう確信していた。数多の英霊達の中でも頂点に立つ、英雄の中の英雄・王の中の王たる古代メソポタミアの『英雄王』ギルガメッシュの召喚に成功したからだ。

 高ランクに纏まったステータス、優秀な保有スキルも然る事ながら、『この世のあらゆる財を持っていた』という逸話の通り、あらゆる英霊の持つあらゆる宝具を射出する【王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)】は、勝つも負けるも宝具次第なサーヴァント戦においてチートじみた強みとなる。

 宝具とはその英雄の象徴であり、サーヴァントという枠に押し込められた英霊にとって最強最大の拠り所。良くも悪くもサーヴァントの性能は宝具に依存すらからこそ、宝具の相性や使い方一つで戦局は大きく傾くし、逆に致命的な弱点ともなり得る。だからこそ、サーヴァントは己の真名を7つのクラスで覆い隠し、宝具を秘するのである。

 然るに英雄王ギルガメッシュは、無限に等しい宝具を湯水の如く投げつける事が出来る。それもただ放つのでは無く、『王』としての的確な判断力と戦略眼で状況に応じた使い分けが出来るのだ。並の英霊では敵う筈も無いし、時臣が勝利を確信するのも頷ける。

 

 たが、その上で更に策を弄するのが遠坂時臣。元々魔術師としての才に恵まれなかった彼は、努力の積み重ねで大成した。そんな彼だからこそ、最強の英霊(コマ)を手中に収めるだけでは()()()()()()と考える。準備という物は、いくら重ねても重ね過ぎるという事は無いのだ。

 そこで彼は、(かね)てより懇意であった冬木教会の神父、言峰璃正と裏で手を結ぶ事を考えた。それは璃正神父が今回の戦争の監督役に選ばれたというのも理由の一つだが、それだけで無くもう一つ……璃正神父の『息子』の存在もまた関係している。

 

 言峰璃正の一人息子、言峰綺礼。彼もまた聖堂教会の人間であり、『代行者』として死徒(ざっくり言うと吸血鬼的なモノ)を狩る仕事に就いていた。そんな彼は何を思ったか、突如『愉悦の気配を感じる』とか宣って、本来教会とは対立する立場にある魔術師の時臣に弟子入りし、魔術を学んでいたのだ。

 ただでさえ代行者として高い戦闘能力を誇るのだから、対魔術師戦闘では大いに活躍してくれるだろう。そんな彼にマスターになって貰ってサーヴァントを使役させれば、全体の2/7と監督役が味方になるのだ。血縁関係と師弟関係という繋がりから、裏切られる心配も全く無い(断言)。

 

 理想としては、時臣自身は地の利を活かし、遠坂家の堅牢な魔術工房に篭城。決定的な局面までは最大戦力であるギルガメッシュを秘匿し温存する。

 綺礼には捨て駒として隠密と諜報に特化したアサシンのサーヴァントを使わせて、可能なら何らかの方法を用いて脱落を装い潜伏させ情報収集に専念させる。

 璃正神父の監督役としての権限も駆使して裏から戦局を操り、他陣営を疲弊させ、確定的な勝利の算段が付いたら出陣、英雄王の圧倒的な力で聖杯を入手する―――。

 

 完璧だ。完璧な勝利の図式だ。むしろこれで勝てねば救い難い無能だ。少なくとも時臣は、そう信じていた。……ただ一点、難点を挙げるなら―――

 

 

 

「いやあ、私ともあろうものが、うっかり綺礼君に話を通すのを忘れていたよ。はっはっは」

 

「………」

 

 そう、遠坂家に代々受け継がれる呪い『うっかり』が発動し、言峰綺礼を仲間に引き込み忘れていたのだ。と言うか、綺礼をマスターにするという戦略そのものを伝え忘れていた為、父親の璃正によって『もうすぐ戦争が始まるから』と避難させられていた。

 そこまででもとんでもないうっかりではあるが―――

 

「はっはっは、そういう訳だから今すぐ綺礼君に連絡して呼び戻―――璃正神父?」

 

「…………」

 

 へらへらと、しかし優雅に笑いながら告げる言葉に、言峰璃正は答えない。ただ無言で、無表情に、その身体をゆらりと動かし―――

 

 

「私の可愛い可愛い一人息子を戦争に利用する不届き者は死ねェェェェ!!!!」

 

「がぶっ……!?」

 

 たった一歩の踏み込み、たった一撃の掌打。長年の鍛錬に裏打ちされた淀みない八極の拳が、時臣の体を容易く貫き、その意識を刈り取る。

 ……そう、そもそもの話。彼がどうしようもない息子大好き人間(ムスコン)であるという事実を()()()()忘れ、その息子を戦略の中に組み込んでしまった事。それが一番致命的な()()()()なのだった。文字通り。

 

 

   ※   ※   ※

 

 

「さて……どうするか」

 

 何度目かの自問。カーペットに流れ出た血潮の鉄臭さに包まれながら、溜息を吐く。

 ついカッとなってやってしまったが、息子の扱いはともかく彼は今回の戦争における同盟相手。少し落ち着いた今となっては、己の短慮を後悔する気持ちも湧いてくる。反省は一切していないが。する気も起きないが。

 

「……とはいえ……」

 

 如何に個人的に許せない部分があったにせよ、遠坂と協力して彼に聖杯を取らせるという方針は決定事項。上層部とも協議の上、明確に『教会からの指令』として下された命令でもあった。

 それを(個人的感情で)一方的に反故にした上、『ムカついたんで遠坂殺っちゃいましたテヘペロ☆』とか報告したら、絶対に破門される。というか、代行者が送り込まれて首を取られるかもしれない。

 が、既にやっちまった現状、どうする事も出来ない。普通に考えて詰みであった。

 

「……いや、待てよ」

 

 この際息子とその妻子を連れて誰も知らない山奥にでも隠れ住もうかな、とか考えていた璃正の脳裏に電流が走る。はたと思い付いた、この絶望的な状況を覆す逆転の一手。

 

「そうか……この手があったな。というか、これしかない」

 

 元はと言えば、教会にとって聖杯が誰とも知れない人間の手に渡り不都合が生じるのが問題であって。たまたま璃正の知己であった御三家の一角・遠坂時臣が人間的にも願望的にも教会にとって好都合だったから手を結んだに過ぎない。

 逆説的に、教会にとって都合の良い結果になるなら聖杯を取るのが遠坂である必要は無い訳だ。

 

 ―――で、協力者・遠坂を討ち計画を頓挫させてしまった責任を取り、失態を雪いで聖堂教会に許されるだけの手柄を立てる為の方法は一つ。

 

 

 

「私が聖杯を取れば良いのだ」

 

 

 

 それは実に単純な理屈。聖杯さえ教会に献上出来れば、上層部も文句は言うまい。むしろ罰を受けるどころか、褒賞すら貰えるかも知れない。正しく起死回生の妙手であった。

 

「そうと決まればこうしては居られん。早速サーヴァントを召喚せねば!」

 

 方針は定まった、後は邁進するのみ。神に仕える神父としての使命感(?)に燃える璃正は、英霊召喚を行う準備の為にその場を後にする。

 ……残される時臣の骸の事など、もはや気にも留めなかった。

 

 

 

 ―――聖堂教会第八秘蹟会所属『冬木教会神父』言峰璃正、参戦。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 それから数刻、血溜まりの中心で呻く声と身動ぐ気配。

 

「う、うう……璃正神父、一体何を……」

 

 (うな)されながら目を覚ました遠坂時臣。そも言峰璃正とて、つい衝動的に手が出てしまっただけで、別に本気で殺そうと思っていた訳でも無い。見た目こそ血がドバドバ出ててヤバそうに見えるが、実のところ命に別条は無いのだ。

 

「―――お父様っっ!!!」

 

「ゲホッッ!?」

 

 命に別条は無かったのだが。突如部屋に飛び込んできた小さな影に飛び付かれ、押し潰された時臣は再び意識を手放した。

 

「ああ、お父様っ! こんな血塗れに……やっぱり聖杯戦争って危険なんだわ!」

 

 自分が追加ダメージを与えた事など全く気付かず、倒れる時臣に泣き縋るのは彼の娘である遠坂凛。察しの通り、彼女もまたうっかり屋である。

 聖杯戦争の開始も近いからと、時臣が妻の葵と共に町から避難させていたのだが。『お父様のようなうっかりおじさんがそんな戦争に参加するなんて、危険では無いのだろうか?』と自分の事は棚に上げて心配になった凛は、こっそり一人で戻ってきてしまったのだ。

 家に帰ればもぬけの殻。どうやら教会へ行ったらしい、と突き止めて追いかけて来てみれば、案の定こんな惨劇だ。

 

「お父様! 目を覚まして下さい、お父様!!」

 

「ぅっ、ぅぅ……」

 

 わんわん泣き喚きながら時臣の体をガクガク揺さぶる凛は、その行為が父親に更なる追加ダメージを与えている事に全く気付かない。

 

 

 

「クッ、フハハハハハハハハ!! さっきから黙って見ていれば、中々の茶番ではないか! つまらん男だと思っていたが、少し見直したぞ時臣!!」

 

 と、突然響き渡る高笑い。この世の全てを見下しているような傲慢さ、だがそれが相応しいと感じさせる高貴さ。その両方を兼ね揃えた美声の主は、虚空から姿を現した。

 

「!? あ、あなた一体どこから……いえ、霊体化してたの? じゃあもしかして、サーヴァント!?」

 

 突然見知らぬ男性が現れて驚く凛だったが、彼女は父から魔術師としての英才教育を受け、7歳児としては聡明な子であったので、すぐにその正体に思い当たった。

 サーヴァントは元が霊体である為、いつでも自由に実体化を解いて姿を消す事ができる。逆もまた然り。実際に見るのは初めてだが、目の前で笑い転げる金髪の青年からは尋常ではない魔力を感じる。英霊と呼ばれる存在である事は想像に難く無かった。

 

「クッハハハ……はぁ、いや笑った! これぞ愉悦というもの、不覚にも貴様に召喚されて良かったと思う所だったぞ時臣!」

 

「お、お父様のサーヴァント……? ひょっとしてお父様を見殺しにしたの? どうしてっ!」

 

「ほう? 時臣の娘か。(オレ)を睨み罵るなど普段ならば許さぬ所だが、今は機嫌が良い。それに道理の分からぬ幼子に王の偉大さを説くは大人の役目、子の蒙昧は親の罪。子供の罪では無い。今回は特別に許そう。して、何故見殺しにしたかと問うたな」

 

 尊大に呟きながら凛を見つめる真紅の双眸。己の存在全てを丸裸に見通されるかのような錯覚。凛の背筋に寒気が走る。死の実感が体を通り抜けていく。

 別に殺気を放たれた訳では無い。寧ろ逆だ。この男は凛の命を何とも思っていない。彼にとって目の前の小娘の命など、奪うにも値しないものなのだ。現状殺すに足る理由が無い、だから殺していない。この先理由ができれば殺されるし、そうでなければ捨て置かれる。彼にとってはその程度。

 幼い凛にも、朧げながらに理解できる。そもそもにして、存在の格が違う。彼は圧倒的で絶対的な上位者。真名は父からも聞かされていないが、きっと生前はどこかの王様か何かだった事だろう。逆立ちしたって敵う相手では無い。凛に出来るのは、ただ(こうべ)を垂れて恭順の意を示す事のみ。

 

 

 

「―――答えなさい。あなたは、お父様を裏切ったの」

 

 ―――頭を下げる? 知った事か。父を奪われて黙っている位なら、恐怖なんて幾らだって捩じ伏せてやる、と言わんばかりの気迫を込めて、真正面から睨み返す。体の震えは止まらないし、怖くて涙も滲んできたが、目は決して逸らさない。

 そんな彼女を見定めるように眺め続ける英雄王―――ギルガメッシュ。暫く無言のままで時が過ぎていったが、彼はやがてニヤリと口元を歪めると、厳かに口を開いた。

 

「……フ、王である(オレ)を前にして、なかなかの胆力ではないか。これが時臣だったならば、即座に平伏(ひれふ)して許しを乞うた所だろうよ。いや、そもそもヤツなら(オレ)に対してここまで食い下がる度胸も無かろう。親子だというのに、こうも違うものか。―――娘、名乗るが良い」

 

「……は? え、り、凛、だけど……」

 

「では娘よ。その蛮勇に免じて貴様の質問に答えよう。(オレ)は別に時臣を見殺しにした訳では無い。確かに結果として時臣は斃れる事になったが、それは此奴が道化を演じたからよ。なれば、その様を見届け大いに笑ってやるのも王の務め。時臣は曲がりなりにも(オレ)の臣下、その芸の邪魔をするのは不粋であろう?」

 

 薄笑いすら浮かべながら、さらりと告げられたのは、父を見捨てた理由。その余りの言い分に、一瞬呆然となる。

 

「……そんな。そんな、理由で……!?」

 

「落ち着け、娘よ。本題はここからだ」

 

 さっき名前聞いたのに結局『娘』としか呼ばないじゃない、なんてチラリと考える間も無く言葉は続く。

 

(オレ)は一部始終を見ていた。故に、時臣を襲った犯人を知っている。それはこの教会の神父、名は言峰璃正」

 

「そんな……神父様が!? お父様と仲は良かった筈なのに、どうして……!」

 

「そこでだ、娘。()()()()()()()()()()()()?」

 

「……どういうつもりよ」

 

「なに、少しばかり手を貸してやろうと思ってな」

 

 激昂しかけた所に、冷や水を浴びせられた気分になる。目の前の男が善意で行動するとは思えない。絶対に何か裏がある。……そう思ったのが伝わったのか、より一層笑みが深くなる。

 

「慎重さは美徳だが、度が過ぎれば毒となるぞ。これはお前にとって得しかない取引よ、受けぬは却って損というもの。(オレ)にとっては片手間であるし、暇潰しに丁度良いと思ったまでのこと。……ああ、無論だが、(オレ)がお前の為に戦ってやるという意味では無いぞ」

 

 そう言うと、ギルガメッシュは未だ冷たい床に倒れたままの時臣を一瞥した後、凛へと視線を戻す。

 

「戦うのは飽くまで貴様だ、娘。(オレ)はその足掻く様を後ろから眺めて楽しむのみよ。手を貸すと言うのは、時臣の魔術刻印をお前に移植してやるという事だ」

 

「お父様の……遠坂家の魔術刻印ですって!?」

 

 魔術刻印。魔術士の家系に代々伝わる、一子相伝の魔術式。或いは臓器のようなものであり、血族以外にはまず適合しない。故に魔術師は、親から移植された魔術刻印により先祖代々の魔術を受け継ぎ、己の代で練り上げた魔術を組み込み、そしてまた次の代へと託す。

 だからこそ、魔術刻印とはその家の当主の証でもあり、その家系の魔術師として全開の力を振るうには、必然的にこれが刻まれていなければならない。兄弟が何人いようとその家の魔術を継げるのは一人だけなのもその為だ。

 

「仇を取るならば力は必要であろう? 案ずるな、今はアーチャーなどという窮屈なクラスに押し込められているが、我こそは英雄王ギルガメッシュ。キャスターとしての現界で無くとも、我が財を用いれば刻印の移植程度数分で済む。後はお前次第だ、娘」

 

「…………」

 

 ギルガメッシュの話を聞き、凛は黙って考え込む。魔術刻印と共に当主の重責も継がねばならない事。ギルガメッシュは見ているだけで、実質己一人で戦わねばならない事。それらを承知の上で、父の仇となった璃正神父を討つだけの覚悟があるのか。……答えはすぐに出た。

 

「……お願い、ギルガメッシュ」

 

「ふむ、もう少し悩むかと思ったのだがな?」

 

 面白そうに笑みを深めながら囁くギルガメッシュに、強い意志の篭った視線を向ける。迷う事も、惑う事も無い、覚悟を決めた瞳を。

 

「私は遠坂凛、お父様の……遠坂時臣の娘、遠坂家6代目当主よ。その責任を負う覚悟なんて、今更だわ。私一人でも、戦い抜いてみせる」

 

「魔術刻印を移植する以上、令呪もお前に移す。当然、時臣の仇のみならず聖杯戦争にも参加する事になるぞ。(オレ)(オレ)で勝手にやる故、勝利を目指す必要は無いが、例え貴様が死ぬ事になろうと(オレ)は助けはせん。マスターが消えた所で、(オレ)なら何とでもなるからな。それでも―――」

 

「くどいわ、ギルガメッシュ。承知の上よ……それにね。私が当主になる以上、私はこの冬木の管理者(セカンドオーナー)。そうでなくてもこの町は、私の生まれ育った大切な場所。―――お父様がこんなになって、私は聖杯戦争ってものに心底幻滅したの」

 

「―――ほう?」

 

 興味深げに眉を吊り上げる。

 

「このままだと、私のお父様だけじゃなくて、町の人達にも犠牲が出るかもしれない。普段行くお店の店員さんや、私の学校の友達、私の知らない人達だって……きっとこの町に、冬木に住む人達にとって、聖杯戦争は良くないモノ。だから、決めたわ。私は皆の為に、私の代で、()()()()()()()()()()!! ……ご先祖様やお父様には悪いけど」

 

「クク、フ……ハハハハ! よくも大言を吐いたものよ! だが良い、許す! 妄念を夢と履き違えるのも子供の特権よ!」

 

 凛の宣言に、呵呵大笑して機嫌を良くするギルガメッシュ。楽しそうで何よりだが、笑われた凛としては恥ずかしいやら何やらで、居心地が悪い事この上無い。

 確かに子供の発想そのもので、幼稚且つ未熟な理想論ではあるが、本人にしてみれば悩みに悩んだ末の結論なのだ。笑われて気分が良い筈も無かった。

 

「い、いいから早くしなさいよ!?」

 

「ハハ、そうむくれるな! ……やはり貴様をマスターにした方が、時臣なんかより何倍も楽しめそうだ。召喚された時は、つまらん戦になりそうだと溜息を吐いたものだが……ウム、悪くない」

 

 そう呟き、魔術刻印を移植する為の準備をしながら、ちらりと未だ倒れ臥す時臣に目を向ける。

 

 

 ―――凛はうっかり失念しているが。時臣は、死んだ訳では無い。というか、命に別条は無いので、治療を受ければ普通に目覚める。

 

(にもかかわらず、娘に魔術刻印を奪われ。目が覚めれば当主の座も戦争への参加権も失い、挙句に当の娘は一族の悲願を否定し戦争の終焉を望む始末。盤石な勝利の布陣を整えていた筈が急転直下絶望の淵……ククク、時臣の反応が楽しみだ。愉悦愉悦)

 

 着々と進む刻印の移植。フンスと意気込む幼女を尻目に、時臣の(哀れな)未来へ思いを馳せる英雄王。生粋の聖杯戦争エンジョイ勢である。

 苦悶の表情を浮かべて気絶している時臣だが、何も知らずに眠っていられる今が一番幸せなのかもしれなかった。

 

 

 

 ―――遠坂家6代目当主『あかいこあくま』遠坂凛、参戦。

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 魔術師達の学び舎『時計塔』の一学生であったウェイバー・ベルベットは、自分の書いた論文を酷評した師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトを見返す為に、彼の後追いで聖杯戦争への参加を決意した。

 師が英霊召喚の為に用意した聖遺物を盗み、単身日本へ渡航して、まず真っ先に召喚を行い―――無事に『征服王』イスカンダルを呼び出す事に成功。その豪放磊落過ぎる性格は少々心配だが、強力なサーヴァントである事に疑いは無い。

 それはそうと、大事なのは拠点の確保である。衝動的というか突発的というか、とにかく後先考えずに参戦してしまったウェイバーに、事前の準備など無い。よって、戦争中の滞在拠点は魔術工房でも何でもない、市街地の民家の一つに居候する事になった。

 

 選んだのは冬木市深山町の一軒家に住むカナダ人、マッケンジー夫妻の家。二人暮らしの外国人老夫婦なので、ウェイバーが紛れ込んでも周辺住人は親戚か何かと思ってくれるだろう。

 早速ウェイバーはマッケンジー夫婦に対し催眠の魔術を掛け、自分の事を『海外遊学から帰って来た彼らの孫』だと思い込ませた。

 

 

 

 

 

「なぁ、ウェイバー……お前さん、儂らの孫ではないね?」

 

「いや早い早い早い早い!!??」

 

 2秒で催眠は破られた。恐らく最速記録である。

 狼狽するウェイバーとは対照的に、目の前の老爺グレン・マッケンジーは落ち着き払って彼を宥めた。その隣では、妻のマーサが「あらあら、最近の若い子はヤンチャさんなんですねぇ」なんて微笑んでいる。

 

「にしてもお前さん、ウェイバー……あー、ベルベット、だったか。今のは何じゃの、催眠術か何かか。一瞬お前さんの事が孫に思えたが、いやはやとんでもない術もあったもんじゃのう」

 

「いやいやいやいや!! それで済む訳無いだろっ!? いくら僕が三流魔術師だからって催眠魔術がこんなにすぐ解ける筈が―――って誰が三流だコノヤローーー!! 畜生っ、バカにしやがってクソックソッ……」

 

 自分で勝手に自爆してるが、彼も混乱してるのである。温かく見守ろう。

 

 

「しかしウェイバーや、今のみたいな術を使えるってこた、お前さん……()()()なんじゃろ? やっぱアレか、()()()()に参加するのか?」

 

「なッ……!? なんでこんな民家の爺さんが聖杯戦争の事をっ、まさか魔術師!?」

 

「いやいや、儂らは魔術なんぞとは縁もゆかりも無い一般人じゃて」

 

 驚愕に次ぐ驚愕で身を強張らせるウェイバーに苦笑しながらも、グレンは柔らかく語りかける。

 

「とはいえまぁ、聖杯戦争の方には縁があるなぁ。な、婆さんや」

 

「ええもぅ、懐かしいわねぇ。もう60年前かしら。アナタと出会ったのもあの戦いでしたっけねぇ。あの時は敵同士でしたけど、教会前での殺し合いも今となっては良い思い出ですものねぇ」

 

「えっ、……え? つまり、えっ……だ、『第三次の生き残りィ』!?」

 

 信じられない、と言わんばかりに目を剥き叫ぶウェイバー。その反応にもまた、夫婦揃って苦笑するばかりである。

 

 ―――その時であった。ふと気配を感じて振り向くと、いつの間にか隣に一人の大男が立っている事に気付く。見間違う筈も無い、その男こそ誰あろう征服王イスカンダル。彼が召喚したサーヴァントであり、生前は史上最大版図となる国家を築き上げた大王。その彼が、霊体化を解いて出現したのだ。

 

「なっ、なんで出てきたんだよ!? 騒ぎになるから暫く霊体化してろって言ったじゃないかぁ!!」

 

「おお、そうだったな。いやスマン、そこな老人に用が出来たもんでな、ついうっかり出てきちまった。まぁ坊主の思惑も上手く行かんかったようだし、今更だろう?」

 

「い、今更って……! そりゃ、催眠は失敗だったけど……」

 

「で、だ。ご老体よ」

 

 ブツブツと文句を重ねるウェイバーを置いて、イスカンダルは一歩前に歩み出る。

 

「おお、あんた、サーヴァントかね。前の戦いでも色んなサーヴァントがおったが、あんたはまた随分強そうじゃな。なんというか、『覇気』が違う。どこの英雄か知らんがの、生前は王様か何かやってたんじゃあ無いかな?」

 

「ふむ、やはり只の老人では無かったか。見ろ坊主、余の正体を一目で感じ取りおったぞ。―――では、御免!」

 

「―――なっ、ちょ、ライダー!?」

 

 会話もそこそこに、突如剣を抜き斬りかかるライダー・イスカンダル。丸太のような豪腕から放たれた一直線の剣撃は、刹那の逡巡も許さずグレンの脳天に向かい―――

 

 ―――寸前で、ピタリと止まった。イスカンダルが止めたのでは無い。半歩だけ体を前にずらしたグレンがその右腕を上げて、剣を構えるイスカンダルの手を抑えたのだ。

 剣が止まっている今も、イスカンダルはサーヴァントとしての人外の膂力で押し込もうとしているが、ピクリとも動かない。グレンの腕力は、イスカンダルのそれと完全に拮抗していた。

 無言で睨み合う二人の間の緊迫した空気に、ウェイバーは息を呑み、マーサはニコニコと微笑んでいる。

 

 どれだけの時間が経っただろうか。やがてイスカンダルはニヤリと笑うと剣を納め、同時にグレンも手を放して軽く肩を回す。少しだけ疲れた様子だが、逆に言うとそれだけである。

 

「やれやれ、久しぶりだと老骨には堪えますな。……それで、御満足頂けたかな? ライダーさんや」

 

「おうとも、いや素晴らしい武人だ! 戯れの一撃如き通じないとは思ってたが、まさか真正面から押し返されるとは思わなんだ! そっちの、婆さんの方も只者では無いんだろう? 全く、戦争前に幸先の良い掘り出しもんだわい!」

 

「……は? 掘り出しもの? お前何を……待て、今何があったんだよライダー! いや見てたけど! 理解が追い付かないって言うか……ああもう、つまりどういう事なんだよっ!?」

 

 完全に置いてけぼりのウェイバーに向き直り、破顔しながら征服王が言うことには。

 

「決めたぞ坊主、余はこの夫婦を臣下とする!」

 

「はぁぁぁぁぁ!!?」

 

 と、そういうことであった。

 

 

 

「待て待て待て待て、もうどこからツッコんだらいいのか……ああもう、そもそもだよ、急に臣下つったってなぁ、相手が認める訳無いだろ!?」

 

 

「や、儂らは構わんよ。なあ婆さんや」

 

「そうですねぇ、私も構いませんよ。これからよろしくね、ウェイバーちゃん」

 

「な・ん・で! そうなるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

 みっともなく喚くウェイバーだが、さもありなん。彼からすればマッケンジー夫妻は『見も知らない若造に急に押しかけられ催眠されかけた上、そのサーヴァントにいきなり斬りかかられたにもかかわらず、勝手にそのサーヴァントの部下にされた挙句危険な戦争への参加を強要されても拒絶どころか受け入れる変人達』である。そりゃあ意味分からんし、お人好しを越えて摩訶不思議である。

 とはいえ、マッケンジー夫妻にも一応の言い分はあるようで。

 

「いやな、儂らは前回も一般人として聖杯戦争に巻き込まれた訳なんだが。前はほら、さぁこれからだって所で小聖杯たらが壊れたってんで、消化不良のまま終わっちまっただろう? 決着を付けられんかったのがどうにも心残りでな」

 

「前回はサーヴァントの皆さんも、私らが殺す前に座に帰っちゃいましたからねぇ。私達が冬木に移り住んだのも、次の戦争に参加して今度こそ最後まで戦う為ですし」

 

「だからなウェイバーや、お前さんは何も気に病む事は無いぞ。儂らの事なら遠慮無く使ってくれ。ま、傭兵みたいなもんじゃな」

 

「坊主、ご夫婦はこう言っとるんだ、別にいいじゃ無いか! よぉし、今より其方らは余の食客だ! 無事聖杯戦争を勝ち抜き余が世界を征した暁には、好きなだけ褒賞をやるぞ!!」

 

「おやおやライダーさん、私らみたいな老人にはそんな大層なご褒美なんて勿体ないですよ。……でも世界征服は魅力的ですねぇ。私達の力が世界にどこまで通用するか、聖杯戦争の後の『お楽しみ』ができちゃったわねぇ♪」

 

 

(どうしよう、もう収拾が付かないぞコレ)

 

 ワッハッハ、と豪放に笑い合うイスカンダルとグレン爺さん。その隣ではマーサ婆さんがニコニコ笑顔でトチ狂った事を宣っている。

 この場に残された唯一の『一般人』であるウェイバー(魔術師)は、キリキリと胃が痛むのを感じながらも思う。―――聖杯戦争なんて、勢いだけで参加するもんじゃ無いな、と。……今更手遅れであるが。

 

 

 

 ―――冬木市深山町在住『第三次聖杯戦争の生き残り』マッケンジー夫妻、参戦。




はい、大体こんな感じでお送りして行きます第四次聖杯戦争。
どちらかってーとGガンダムとかGロボとかのノリで眺めてくれるとありがたい。

じゃ、また来年あたりに次話投稿すると思うんで。
その後は未定。続くといいね。

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