霞という艦娘についての印象を問えば
元々所属していた鎮守府の艦隊がなかなかの武闘派だったこと、自らをより磨くために美倉島養成所に来たこと、そしてその背景に見合った駆逐艦としては確かな実力を持っていること以外誰も彼女についての知識は持ち合わせていなかった。
嫌われている、というわけではないが元いた艦隊ではそのストイックさから彼女を煙たがる者がいたことは否定できない。何かのきっかけでそうなったのか、彼女自身の生来の気質なのかはわからないがとにかく他人に厳しく自分にはより一層厳しいのである。
そんな霞が最近頭を悩ませているのは先日新たに美倉島養成所に配属となった艦娘のことだった。
「
肩を怒らせながら寮の廊下を早歩きで進む霞は自室の二つ隣の部屋のドアを思いきり叩く。
「ちょっと、アンタまた訓練に出てないじゃない!どういうつもり!?」
数秒待ったが返事がない。中に人の気配を感じるとドアノブに手を飛ばそうとした時唐突にドアが開いた。
「静かにしてもらえないかしら。いま起きたところなの」
栗毛色の髪をサイドテールに結びながら濃い青の袴を履いた艦娘が不機嫌さを貼りつけた顔を覗かせる。
「加賀、アンタここに来てからまだ一回も訓練に出てないじゃない。サボりとか、そういうレベルじゃなくてアンタはただの一回も艤装を付けてるとこすら見たことないわ!ここに何しに来たのよ!」
チラッと開いた扉の隙間から部屋を覗く。六畳一間のよく整理された部屋だ。シングルベッドとちゃぶ台、タンスの他にはダンボールが2つだけ。無機質な部屋に窓の採光だけがまぶしい。
「私は所長以外の誰からも指図を受ける必要はない条件でここに転属になったわ。あなたがどう思うかは勝手だけど、帰ってほしいのだけれど」
彼女は言うべきことだけ言うとさっさとドアを閉めてしまった。
「全く、何なのよアイツ!」
食堂で昼食を食べながら先ほどの加賀の様子を思い出し悪態をつく。結局あの後外に引っ張り出すタイミングを見失ってしまった霞はそのまま寮に隣接する生活棟に戻ってきていた。
「あの子も色々あるからねぇ。霞、あなたが気にかけてくれるのは嬉しいけど、しばらくはそっとしておいてやんなさいな」
「別に気にかけてるわけじゃないわ。ただ、ここにいる以上カタチだけであっても訓練だけはしとけって思うのよ」
霞は自分の向かいに腰かけている初老の女性、千歳千代子にそう言うと箸を置いた。千代子はこの美倉島養成所長で、養成所を立ち上げた海軍の女性士官でもある。かつては兵学校で教鞭を執り多くの教え子を提督として輩出していたと聞いた。そんな彼女が元は無人島だった美倉島に教え子の提督に請われて艦娘の集中訓練施設を設立したのはもうだいぶ昔のことである。
「ここは仮にも"養成所"なんだから本分は訓練でしょ?」
「まあ、あなたのそのやる気と頑張りには私も脱帽なんだけどね」
そう言って他の艦娘の昼食の配膳に戻った千代子の背中を見送りつつため息をつく。
環境というのは大切なのだ。練度を大きく伸ばすためにここを訪れている霞にとって加賀のような艦娘は疎ましい存在でしかない。
(それにあと一ヶ月ちょっとしかないのよ、私には・・・)
ここ美倉島養成所にいられる入所期間は原則三ヶ月である。三ヶ月を過ぎると所属鎮守府に帰投するか養成所所属に切り替えるかの選択をしなくてはならない。元いた艦隊との所属による"縁"がきれることから美倉島養成所が俗に"駆け込み寺"などとも言われる所以である。
元より霞には養成所に留まるつもりはない。だからこそたった三ヶ月しかない訓練期間を充実したものにしたいのだ。
「おい、なにぼっーとしてんだよ霞」
「べ、別にぼっーとなんかしてないわ!」
一瞬の後にそれが自分への呼びかけであることに気づいて霞はハッとする。波の上で揺れながら空を仰いでいた。どうやら訓練中にもかかわらず意識が別のことに向いていたらしい。
「そうか?機銃掃射のタイミング完全に見逃してたぞ。いつもならアタシとも張るくらい撃ち落とすのに」
「し、仕方ないでしょ、考えごとしてたのよ!」
「それをぼっーとしてるって言わないで何て言うんだよ?」
「っ〜〜!」
呆れ顔を見せる僚艦、摩耶の言葉に対して返す言葉がない。霞には最近最も力を入れている対空射撃訓練中に上の空だった事実が我慢ならなかった。
「どうせまた加賀となんかモメたんだろ?顔に書いてあるぜ」
「モメた訳じゃないわよ・・ただ、しっかり訓練はするように言っただけで」
自分のやっていることはただのお節介なのかだろうか。そんなつもりはなかったが加賀のなかでは完全にお節介になってる気もする。
「相手が同じ駆逐艦とかなら模擬戦でお前の力を見せてやりゃ出方も変わってくるかも知れないけどな〜さすがに空母相手じゃどうしようもないよな」
ふと摩耶の放った一言が霞のなかでリピートされる。
「そっか、その手があるじゃない!」
二日後、訓練を終え寮に戻ってきた霞に珍しく加賀から話しかけてきた。部屋の前で待ち伏せしていたらしく霞の姿を認めるなり懐から果し状と書かれた一枚の紙を取り出し目の前にかざす。
「これを私の部屋に入れたのはあなたよね?どういうつもり?」
「読んで字のごとくよ!私と一対一の演習をして、私が勝ったらこれからはちゃんと訓練に参加して。私が負けたらもう何も言わないわ」
駆逐艦と空母、一対一では到底勝ち目のない戦い。しかし霞は勝算のあるような顔つきで加賀を見上げた。