霞の発言に対して加賀は呆れを通り越したようにじっと霞の顔を見てくる。
「本気で言ってるの?つまらない冗談に付き合うつもりはないのだけれど」
「冗談なわけないでしょ!本気も本気、アンタが私に勝てたらもう何も言わない。約束するわ」
あくまで自信ありげな表情を崩さない霞を見て加賀は少し考えるそぶりを見せたが
「わかったわ。一対一の演習、受けてあげる。その代わり私が勝ったら二度と干渉してこないでね」
そう言うと果し状を懐にしまった。
「日時はどうするの?」
「明日のお昼休みに出撃ドック前に集合。制限時間はなし、どちらかが倒れるか降参するまでよ」
それを聞くと加賀は部屋に戻っていった。霞は霞で訓練の疲れを取るために入渠ドックへ向かう。自信はあるが体調を万全にせずに勝てる相手ではない。
(どうせ駆逐艦一人なんてどうってことないと思ってるんだろうけど、そうはいかない。訓練の成果を見せてやるんだから!)
「よー霞、どうだった?加賀は果し状受けたのか?」
入渠ドックには先客の摩耶が来ていた。
「受けたわ。今まで訓練してこなかったこと明日アイツに後悔させるてやるわ」
「お前勝算があるのかよ、相手空母なのに」
「空母だからって関係ないわ。ここに来て二ヶ月、私は遊んでたわけじゃないし工夫次第でどうにかなるって信じてるもの」
髪と身体を洗い訓練でかいた汗を洗い流す。これまで毎日繰り返してきたことだ。日々の訓練の積み重ねは着実に力をつけてるという自信につながっている。
「そっか、なら良いや。ただ、ひとつ気になってんだけどさ」
「なによ?」
「なんでそんなに加賀にこだわるんだ?どうせここにいる時期はお前とはズレてるのに」
「それは・・・」
「そこらへんはっきりさせとかないと、技術とか作戦とか以外の面であいつに届かないんじゃねーの?少なくとも向こうはお前を黙らせるために全力で来るだろうし」
それだけ言うと摩耶は先に入渠ドックから上がっていった。
「あら霞、どうしたのぼっーとして」
そう言われるのは本日二回目である。今回は本当にぼっーとしていたように思う。振り返ると美倉島養成所の所長千歳千代子が立っていた。どうやらゴミ出しの最中らしい。
「所長・・・」
「そう言えば私の机に明日の昼休みの演習場の使用申請出したけど何に使うの?あんまり根を詰めない方が良いわよ」
霞はこれまでの経緯を話した。はじめは千代子は驚きを隠せないと言った表情だったが聞き終えると合点がいったような様子であった。
「それはやる気になったというよりあなたからとやかく言わせない為に受けたんでしょうね」
「まあ、そうよね。でも負けるつもりは全然ないから」
そう言って部屋に戻った霞の表情は言葉とは裏腹に、どこか自信の薄れたものになっていた。自室に戻ってベッドに身体を預けてもまだもやもやした気持ちが晴れない。勝つための作戦もはっきりしているし技術も備わっている自信はある。だと言うのにさっきの摩耶の言葉が頭から離れなかった。
(アイツのことに固執する理由か・・・)
だんだん瞼が重くなってくる。顔を枕に沈め霞は意識を手放した。
〜〜〜〜〜〜〜
「霞、おはよう。突然なんだけど今日の昼休みに私の代わりに新入りの艦娘を迎えに行ってもらえないかしら?内地の基地に急な用事ができちゃったのよ」
「別に構わないけど、どんな艦娘なの?」
朝起きると千代子に頼み事をされてその日は始まった。昔はもっと数がいたらしいが今の美倉島には艦娘は自分と摩耶の二人しかいない。どんな艦娘が来るのか自ずと気になる。
「航空母艦の加賀よ。12時に港に着くはずだからここまで連れてきてあげて。施設の案内とかは戻ってから私がやるから連れてきてくれるだけで良いわ」
「了解」
短いやり取りの後、霞は午前の訓練に向かう。正規空母の加賀が来るとなれば今後の自分の訓練にも良い刺激になる。トレーニングの幅も出るかもしれない。多少はそんな期待も抱きつつドックへ走った。
「腹減った〜〜朝からがっつりトレーニングするのはキツいな」
午前の訓練を終えた霞は摩耶と共にドックへ引き上げてきた。霞としては午前の訓練としてはこのくらいがちょうどいいくらいだ。摩耶は最近少し弛んでいる。
「ま、いいや。早いとこメシにしようぜ。所長が今日はカレーだって言ってたな」
「悪いんだけど先に食べてて。私これから港に新しく入ってくる艦娘を迎えにいかなきゃいけないから」
「へー、どんな艦娘が来るんだ?」
「正規空母の加賀だって。これで訓練にもバリエーションが出るかもしれないわね」
「お前って本当に訓練に余念がないよなー。そこまでくるともう凄えわ」
「褒め言葉として受け取っとくわ!」
寮を出て港に向かう最中に摩耶の言葉を反芻する。強くなるためにここに来ているのだ。訓練に余念がないーーー良いことだ。
「って、誰もいないじゃない!」
言われた通り12時に港に着いたのだが艦娘の影も形もない。そこには船着場と簡易の待合所だけの寂しい光景が広がっていた。
「着任早々遅刻って・・・」
ここに来て霞も訓練後の空腹が襲ってきた。一度戻ってカレーを食べてから出直そうか、しかしそんなことをしてまた入れ違いになるとややこしいことになる、などと考えていると海の向こうに小型ボートが見えてきた。
「ごめんなさい。予定していた船が欠航になって急遽出せるのを探してもらっていたら遅くなったわ。航空母艦加賀、よろしくお願いします」
「美倉島養成所所属、朝潮型駆逐艦霞よ。こちらこそよろしくお願いします」
船が出せないのなら艤装を展開して自分で来いと思ったが荷物もあるだろうし内地からは少し距離がある。絶対に来られない距離というわけではないだろうが負担は大きいかもしれない。そんなことを考えつつ挨拶を交わすと早速養成所に向けて歩き始めた。道すがら聞きたいこともいくつかある。
「加賀は前はどこの所属だったの?」
「・・・横須賀鎮守府にいたわ」
一瞬間が空いたが加賀の口から思わぬビッグネームが出てきた。横須賀鎮守府といえば呉鎮守府、舞鶴鎮守府、佐世保鎮守府、大湊警備府と並ぶ伝統ある鎮守府だ。所属する艦娘の練度も高く国内最強の鎮守府を決める鎮守府別対抗演習『五盾戦』でも優勝経験のある強豪である。多くの艦娘がそこに所属することを夢見、誉れとする場所でもある。
「横須賀!?凄いじゃない」
「そう?まぁ、ありがとう」
素直に賞賛したつもりだったのだが、加賀の反応は鈍い。それからはあまり会話も弾まなかった。養成所に着くとロビーに通し、所長が来てから施設案内をする予定であることを伝え昼食を取るため食堂に戻ろうとした。
「あ、そう言えば」
「どうしたの?」
「今日は移動もあって疲れただろうから休んでもらうけど、明日からは午前午後で訓練があるからそのつもりでいて。改めてよろしくね!」
すると加賀は少し困ったような顔をした後
「私、別に訓練をするために来た訳じゃないの。悪いけど他を当たって」
霞の頭を殴られたような衝撃が走った。
〜〜〜〜〜〜
頭を何かの衝撃が走り抜けた感覚とともに霞は身体を起こした。そうだ、思い出した。霞の抱いていた加賀への期待は会って十数分で打ち砕かれたのである。正規空母と聞き、それも横須賀鎮守府所属の艦娘と聞いていた霞にとって訓練を共にする相手として申し分ないという期待。ただしそれは霞からの手前勝手な期待とも言わざるを得ない。
(別にアイツが憎いとか出てって欲しいとかじゃなくて、私はただ一緒に訓練してみたかっただけで・・・)
あたりを見回すともう空が明るくなり始めていた。今の霞の心を映すように雲もほとんどない空が広がりかけている。パン、と両頬に手を当て霞は部屋を出る。
「ごちゃごちゃ考えるのは後、とにかく勝つためにやることをやるだけよ!」