午前の訓練を終えると霞はそのままドックに残り装備の点検を始めた。午前最後の砲撃訓練では12.7cm連装砲B型改二二つと22号水上電探改四を装備していたが、空母である加賀とまともに水上戦をしたんでは蜂の巣にされるのが関の山である。そこで装備を一新して挑むことにしたのだ。
「これで、よしっと」
点検と装備を終えた霞はそのままドックから出現する。演習海域は港とはちょうど反対側の海の一角に設定されている。霞はその中央部に陣取ると一つ深呼吸をして加賀を待つ。
「先に来てたのね。訓練の後だから少し休んでるのかと思ってたけど」
「休む必要はないわ。午前の訓練がちょうどいい準備運動になったんだから」
少しして加賀もドックから出てきた。身の丈ほどもある弓に艦載機がセットされた四本の矢の入った矢筒を携えている。
「じゃあ、始めましょうか。手早く済ませたいしね」
「そう簡単にはいかないわよ!」
向かい合い適当な距離を取った二人の言葉で演習は開始された。当然と言えば当然だが先手を取ったのは加賀。矢をつがえ攻撃機を発進させる。
ーービュッ
加賀の放った矢から46機の流星改が飛び立つ。空母にはそれぞれに割り当てられたスロットのぶん矢を装備することができる。そしてそのスロットごとに艦載機の搭載数も決められておりどのスロットにどんな機体をセットするかも艦娘の腕の見せ所である。特に加賀の持つ46機分のスロットは1スロットあたりとしては最高の搭載数を誇る切り札とも言えるものである。
「いきなり全開ね!でも、こっちだって!」
放たれた流星改に向けて霞は機銃を向ける。そして怒涛の勢いで撃ち落としていった。
対空カットインーーーー必要装備条件を満たした艦が開幕航空戦で発動させる特殊な対空砲火だ。確実に発動する保証はないが、今回は上手くいってくれた。霞はこのために単純な撃ち合いでは先ほどの装備より劣る装備を選んだのである。
「高角砲+対空機銃二つに対空電探ね。それでこっちの攻撃力を落とすのが狙いかしら?」
「さあ?それはどうかし、らっ!」
言うや否や霞は逆噴射で後退する。追う形で加賀が前進し、その勢いのまま次の矢を放った。
「また流星改?攻撃機しか積んでこなかったわけ?」
「空母とやり合うわけじゃないし、フルに攻撃機を積んで面制圧するのが手っ取り早いでしょ」
加賀の言う通り敵空母との制空権争いの必要がない以上、艦攻の数を増やし圧倒的な火力で押すのが手っ取り早い戦法である。撃ち落として損ねたさっきの流星改も合流し一気に霞めがけて飛んでくる。
「いくら対空カットインで数を減らそうと頑張っても無駄よ。まだ矢も二本残ってる。あなたに勝ち目はないわ」
「関係ないわ、全部撃ち落とすから!」
真っ直ぐ後退していた霞が右手に移動しながらの後退に切り替える追うために機首をもたげた数機の流星改が機銃の餌食となった。
「まだまだっ!」
加賀を中心にして円を描くように後退する霞。方向を変えるたびに追従しようとする流星改を少しずつ撃墜させていった。三本目の矢をつがえ、放とうと構えた加賀だったが若干の違和感を覚えたようだった。今放っても数を減らされた編隊とでは十分な威力を発揮できない。そう思えるほどに先に放っていた流星改の数が落ちていた。
「次の矢を放たなくて良いの?このまま勝てると思ってる訳じゃないでしょうね!?」
「まさか・・・・」
加賀は一度飛ばした流星改の編隊を後退させる。いつでも攻撃できるよう自身の周りに対空させつつ様子を伺う。
「まさか、本当に全機撃ち落とすつもりでいるの?」
「こっちの狙いをわざわざ教えてあげる義理はないわ。さ、来るなら来なさい!」
そう言うと霞は再び勢い良く後退を始める。加賀の立場で言えばここで闇雲に追うのは得策ではない。当初、加賀としては霞は対空装備を整えることで空母の攻撃力を落としつつ駆逐艦自慢の回避力でやり過ごしながらどうにかこちらの耐久を削る作戦かと思っていた。しかしその読みに反して霞は艦載機を撃ち落としこそすれ、加賀自身に対しては弾の一発も撃ってこない。
「そう言うことね」
「何?怖気付いたの?」
「違うわ。気づいたのよあなたの狙いに」
霞は恐らく一発も弾は撃ってこない、加賀に搭載されてる艦載機を全て撃ち落とすまでは。20+20+46+12の計98機の加賀の艦載機を全て撃ち落とす。理論上は可能だが気の遠くなるようなその荒技をやってのけた時霞の勝利は確定するのだ。
「空母は基本的に艦載機以外の攻撃手段を持たない。だからそれを全て撃ち落とすことで攻撃手段を封じるつもりでしょう」
「やっと気づいたのね。そう、そのために制限時間を設けなかったのよ。全部の攻撃機を撃ち落としてからゆっくり勝たせてもらうとするわ!」
霞は不敵な笑みを浮かべながら機銃を構える。加賀にとって予想外なのは霞のスタミナと並みの駆逐艦を大きく上回る回避力だろう。回避力が低ければ機銃掃射を受けたところで撃ち漏らした流星改の攻撃で仕留められた。スタミナがなければその回避力とてすぐに意味をなさなくなる。この両者を兼ね備えていた霞だからこそ無謀とも思える作戦を実行に移せたと言える。
「毎日訓練訓練って言ってたのは口先だけじゃなかったのね」
「当然よ!」
滞空さている間にも艦載機の燃料は無くなっていく。はじめに全ての艦載機を撃ちだし全機発進し終えるまで待機させておけば良いと思うかもしれないが、そうすると肝心の攻撃のタイミングで機体が十分な力を発揮できないこともある。また、各機を撃ち出しながら順次攻撃させる手もあるがそうすると各機の攻撃タイミングにムラが生じ正確にターゲットを狙えないことがある。
相手が練度の低い艦娘や弱い個体の深海棲艦ならともかく、手練れを相手にした場合このわずかな隙は明暗を分けかねない。だからこそ高練度の空母は逐次攻撃に適したタイミングを見極め艦載機を放つのである。
「そっちの狙いがそういうことなら、あまり時間はかけられないわね」
待機させておいた流星改を霞目掛けて再び発進させる。と、同時に加賀自身も前進しながら矢筒に手を伸ばした。
「来たわね!」
この状況は霞の狙い通り。こちらの作戦を読めば加賀は速攻で取りに来るだろう。
焦って発進させた機体を狙い撃ちにすれば艦載機をさらに大きく減らせる。機銃と高角砲で既に放たれている残存の編隊を撃墜させていく。と同時に加賀のほうを確認するとこちらに前進しつつ次の矢を放つ準備をしていた。
(少しでも距離を縮めてこっちに休む暇を与えないつもりね)
今相手をしている編隊を全滅させるが早いか、次に放たれる流星改に捕まるが早いか。霞には自信があった。仮に次の流星改の攻撃を一、二発受けたところで加賀の全火力には程遠い。致命傷にはなり得ないーーーーー改めて撃ち落とせば済むことだ。
(加賀の残りの矢は20スロットと12スロット。当然20スロットの流星改が飛んでくるはず)
心の中で次に来る20機の流星改へ備えつつ霞は眼前の編隊を撃ち落とし切った。
「やった!さあ、次!!」
霞は見た。爆散した流星改の煙が晴れ、その先から現れたのは今日までの経験の中で目にしたことのない空母の姿だった。
「ちょっ、嘘でしょ!?」
加賀は二本の矢をつがえていたのである。通常、矢を放つ時は矢の羽根を親指と人差し指で持ち放つものだが、加賀は人差し指と中指、中指と薬指にそれぞれ矢を寝かせるように挟み二本つがえていた。
ーーービュンッ!!
放たれた二本の矢は32機の流星改となって霞に襲いかかる。機銃と高角砲で必死に応戦するが、数が多すぎた。
「きゃあぁぁっ!!」
純粋な物量、そして予想外の展開への焦りから殆ど撃ち落とせずその攻撃をもろに食らう霞。中破しその場にへたりこんでしまった。流星改の編隊は加賀の元に戻り次の攻撃の為に待機している。加賀のほうに目をやると先ほどの矢を放った右手を凝視していた。その表情はどこか自分のやってのけたことを信じ切れないでいるようにも見える。
「この土壇場で、まさかね・・・・」
「ま、まだよ!まだ終わってない!」
霞は中破しながらも立ち上がり闘志を見せるが加賀の表情は冷たかった。
「あなたのやる気も実力も認めるわ。正直言って予想以上だった。でも・・いえ、だからこそこの状況で勝ち負けがわからないあなたじゃないでしょ?」
いくら霞の能力が高くとも中破しその力が十分に発揮できない状況では30機近い加賀の流星改には対抗し切れない。勝敗は決した。加賀はしばらく霞を見下ろしその瞳をじっと見ていたがやがてドックのほうに引き上げていった。
「勝てると、思ったのに・・」
作戦は悪くなかった。十分加賀の意表も突けたし、それを実行できるだけの力も自分には備わっていた。だと言うのに最後の最後で加賀があんな離れ業をやってのけるなんて。霞は唇を噛み締め、瞳に涙を溜めながら水面に霞む自身の顔を睨んだ。
「昨日も言ったけどしゃーないって!むしろそこまでやったお前が凄いよ霞」
翌朝、訓練の為ドックで装備を整える霞には摩耶の励ましなど耳に入ってこなかった。準備不足や実力不足で負けるならまだ納得いくが相手があんな予想外の手を打ってきて負けるなんて、悔しさが再び込み上げてくる。
「やっぱり、駆逐艦一人で空母に勝つなんて・・無茶だったのかしら・・」
「まあそりゃ、そうかもだけど、でもお前は頑張っ・・・あれ?」
「何よ?」
摩耶のほうを見るとドックに入ってくる加賀の姿があった。昨日のように出撃するための装備を整えている。
「な、何でアンタがここにいるのよ!もう訓練はしないんでしょ!?」
「気が変わったわ。今日からは私もここの施設を使わせてもらうことにしたの」
「何よそれ、私への当てつけのつもり!?」
納得いかない霞の前に摩耶が出る。
「まあまあ、良いじゃんか訓練したいって言ってんなら。加賀、よろしくな!」
「ええ、よろしく」
差し出された摩耶の手を握る加賀。離してから少し逡巡しつつ今度は加賀から霞に手を伸ばしてきた。
「よろしく、霞」
霞は差し出された手と加賀の顔を交互に見つつやがてそっぽを向きながら手を握る。
「こ、今度は絶対私が勝つんだから!リベンジ受けてよね!」
「そう、楽しみにしてるわ」
顔を上げた時、霞は美倉島に来て初めて加賀が笑ったような気がした。
霞編はこれで終わりになります。矢を二本放つのって当然フィクションの中だけだとは思いますが、何とも言えないロマンがあると思うんですよね。