美倉島養成所所属の摩耶が"彼女"について最初に驚かされたのはその食べっぷりだった。着任初日の昼食のカレーから正規空母・加賀は空母に見合った大盛り、特盛りを超えた量の盛り付けで頼んでいた。摩耶はこれを心の中で「一航戦盛り」と呼ぶことにしている。
「所長、今日の夕飯って何〜?」
食堂と繋がっている厨房に向けて呼びかけると美倉島養成所の所長、千歳千代子が顔を覗かせる。
「今日はポトフよ。たくさん作っといたから各自好きな量よそって。あ、ただし鍋の蓋を開けっぱなしにしないようにね」
「は〜い」
摩耶も重巡であるためそこそこ食べる方ではある。だが加賀の量はその比ではなかった。
「今日はポトフ?随分久しぶりなメニューね」
振り返ると食堂に霞、続けて加賀が入ってくる。先日の件以来、訓練を共にするようになって艦娘三人で過ごす時間がぐっと増えたような気がする。以前は食事もたまに霞と一緒に食べる時がある程度だったが今では三人で揃って食べない時の方が珍しいくらいである。特別親しくなった、と言うわけではないが自然と一緒にいる時間が増えそれに合わせて会話も重ねるようになっていた。
「どうしたんだよ加賀?」
配膳を終えた霞と違い加賀はポトフこそ"一航戦盛り"にし終えていたがそのままお釜やトレーの置かれたテーブルの前でじっと立ち尽くしていた。
「いえ、ポトフと一緒に食べるならお米とパンどっちにするか迷ってたのよ」
「んなモン、どっちでも良いじゃんか食べたい方を食べりゃ」
「どっちも合いそうだから迷ってるのよ」
「私はポトフの主食はどっちか、はっきりさせるべきと思うわ!」
「あ、そう・・・」
霞も戻ってきて言う。最近加賀が感情を表に出すようになってここまで感情豊かな艦娘だったのかとその温度差に内心驚かされている摩耶だった。その感情の豊かさと起伏は霞にも劣らない気がする。
ちらりと霞のトレーを見るとスライスされたバゲットが二枚、皿の上に乗っている。ちなみに摩耶がよそったのは米である。
「霞はパンなんだな」
「当然じゃない。やっぱり洋食にはパンが合うし、スープに浸して食べれば一味違った食べ方もできるわ」
「なんつーか、子供ウケしそうな理由だな」
「な、何それ!?私が子供っぽいって言うの!?」
「いやいや、そういうつもりじゃないんだけどさ」
「逆になんで摩耶はお米なのよ、邪道じゃない!」
「別にポトフだからってパンって決まってるわけじゃねーよ。ライスをつけてポトフ出す洋食屋だってあるし」
慌てて霞を窘めているとそれを見ていた加賀が意を決したのか手を伸ばす。伸ばした先にあったのは釜とパンの皿の両方だった。
「よく考えたらどっちも食べれば良いと思ったわ。どちらで食べても甲乙つけがたく美味しいし」
摩耶から見ると加賀は一人納得した様子だったがその日の食堂では三人でポトフの主食について長々と話し合いが続けられた。
「ふ〜食った食った」
部屋に戻ると摩耶はその体をベッドに横たえる。元いた鎮守府に比べここでの訓練は中々にハードだがそれでも今の生活を気に入っていた。うつ伏せになり枕に顔を埋めているとしばらくしてから自室のドアをノックする音が聞こえた。
「摩耶、まだ起きてる?」
「霞か。どうしたんだよ?」
体を起こしドアを開けると声の主の駆逐艦は一枚のメモ用紙をひらひらさせながら立っていた。摩耶と目が合うとその紙をやや躊躇いがちだがこちらに渡すように突き出す。
「明日、また内地の方に出かけるんでしょ?私、明日は装備の一斉点検したいから代わりにこれ買ってきて欲しいんだけど・・・」
「おう、良いぜ」
受け取ったメモを見るとほとんどが装備の消耗品や小物である。しかし所々装備品の間にお菓子や嗜好品が混ざってる。こういうところはしっかり者の霞も駆逐艦らしいと思った。明日は二週間に一度行われる施設点検日でこの日は訓練もなく一日フリーになる日である。摩耶はこの日は大抵内地の方に買い物などで出かけていた。
「加賀にもなんか買ってきてやろうかな。あいつその辺何か言ってたか?」
「さあ?特に聞いてないけど」
「なら後で聞いとくか」
霞と別れロビーの方に行くとソファに体を預けテレビのほうを向いている加賀を見つける。ついているのは海軍の施設でのみ見られる艦隊の専門特集をしている番組だった。
「よっ、今日の特集は何だった?」
「いくつかの小さな鎮守府の水雷戦隊の特集だったわ。それより、何か用?」
加賀はテレビに視線を向けたまま答える。ちょうどエンドロールが終わりCMに入ったところだ。
「明日アタシ内地に行くんだけど何か欲しいものとかあるか?買ってきてやるよ」
加賀はちょっと考えるようなそぶりを見せていたが視線を摩耶の方に向けると首を横に振った。
「やっぱり、特にないわ」
「そっか、ところで加賀は明日何してんだ?霞みたいに装備の点検とか?」
「それはさっき済ませたわ。明日は特に予定はないけれど」
「んじゃ、加賀も行こうぜ!所長にはアタシから言っとくからさ」
「・・は?」
キョトンとしてる加賀を他所に摩耶は勝手に決めてしまった。
「いや〜雨が降ったら船出せないと思ってたけど晴れてよかったな!」
「ええ、そうね」
翌日快晴の空の下で加賀とボートに乗り込んだ摩耶だったが彼女の返事は固い。声音から推察するに今日はゆっくりするつもりだったのだろう。千代子に相談したところ「是非行ってらっしゃい!」と快く送り出され、千代子が代わりに部屋を清掃するという名目で加賀は締め出されるカタチとなった。
「加賀、無理矢理引っ張り出してきたのは悪かったけどよ・・・」
「別に怒ってなんかないわ。ただ疲れてるだけよ」
その後しばらくは気まずい雰囲気が続き会話もなかったが港が見え始めてきた時だった。
「摩耶、あなたどうして・・・」
「ん?なんだよ?」
「いえ、なんでもないわ」
そんなブツ切れの会話を最後に二人は街に到着した。
「まずは霞に頼まれたもの買いに行くか。装備の消耗品とかなら本当は所長に頼んで欲しいとこだけどな」
「頼んで欲しい、というか・・こんなところで普通に買えるものなの?」
「いや?"ガラクタおやじ"のとこに行くんだよ」
摩耶はそう言って人混みの中を分入っていく。
「何か、すごい人混みね。今日はお祭りか何かなのかしら?」
「ここはいつもこんな感じさ。深海棲艦の侵攻以来住んでたところを追われた人達がたくさん移り住んできたらしいからな」
なかなか前に進めないほど人がいたが摩耶が前に立ち進むとスッ、と一人二人と道を開けてくれる。後ろの加賀は比較的楽に進めているはずだ。
「着いた着いた。それにしても相変わらず汚ねぇ店構えだな」
摩耶が加賀を連れてきたのは店先にガラクタを山積みにした籠を縦に横に並べてまるで壁のようにしたジャンク屋だった。山積みにされたガラクタのせいで店の奥の様子は伺い知れない。
「こんなところに海軍で使用している装備品が置いてあるの?」
「まぁ正規品じゃないんだけど色々と裏のルートで出回ってるもんが置いてあるぜ。外見が汚ねぇせいで普通の客はまず寄り付かないけどな」
「ガハハハ!言ってくれるじゃねえか、摩耶!!」
すると店の奥から少し耳障りなダミ声が飛んでくる。声だけで客を言い当てられるあたり摩耶はよくここに来るのだろう。やがて奥から店主らしき老人が這い出るように二人の前に現れた。聞かなくても目の前の老人が"ガラクタおやじ"なのだろうと一目でわかる雰囲気である。
「よ、おやっさん。早速で悪いんだけどこのリストにあるもん出してくれ。領収書切るのも忘れんなよ?」
「相変わらず人使いの荒い客だぜ。モノのほうは良いけどよ、誰だい?この別嬪さんは」
店主は加賀の爪先から頭まで値踏みするような目で見てくる。加賀のほうも厚手のジャケットに古びたサングラスをかけた店主の汚らしい格好をじっと見ていた。
「こいつはこの前うちに来た新入りさ。名前は加賀ってんだ」
「加賀です。よろしく」
軽く頭を下げてあとは興味なさげに店の方に視線をやる加賀。それを見てガラクタおやじもやれやれと言ったように首を振り店の中に戻っていった。
「あなたや霞は本当にこんな店で買ったものを使うつもりなの?」
店先のガラクタを弄りながら見ていると加賀が至極当然な疑問をぶつけてきた。
「ここで揃えたほうが大本営の工廠に申請して取り寄せるより早いからな。正規品じゃないって言っても単に承認漏れとか生産量の端数で廃棄になった分とかのをかき集めてきてるから作ってんのは紛れもなく海軍だぜ」
「払い下げとかならともかく、ずいぶん杜撰な管理がされてるのね・・正規品がそのまま民間に流れてるなんて」
「霞もはじめてここに連れてきたときはお前と同じ反応してたよ。アタシは美倉島配属になって、ここにもそこそこ通ってるから慣れたけどな」
「あんたも何か買ってくかい?ウチは艦載機もちょっとしたもんが揃ってるぜ?」
品物を引っ張り出しつつガラクタおやじが加賀に声をかける。しかし彼女の対応はそっけない。
「やめておくわ。私は本当の意味での正規品しか使うつもりはないから」
「可愛げねぇなぁ。ま、そういうとこも含めてワシ好みだがな!」
「いいから早いとこ全部出してくれよおやっさん。アタシらここ以外にも買い出しで行かなきゃならないんだからさ」
「へいへい」
摩耶としてはここばかりに時間を割いてもいられなかった。早く切り上げて別の店も見て回りたいのである。
「あのおじいさんは何者なの?」
「さあ?所長の古い知り合いってだけ聞いてるんだけど詳しいことはさっぱり」
「所長の知り合いなら間違いはないんでしょうけど、かなり怪しい感じね」
「たしかに店構えもカッコウも汚ねぇけどなー」
そんなことを話していると店主が大きめの木箱二つを抱えて出てきた。
「ほらよ、ご注文のブツと領収書よ。モノがモノだから郵送するわけにもいくめぇ、台車貸してやるからお宅らで運んでいきな」
「サンキュー、また来るぜ」
「おう。今度来るときは加賀さんにもお前みてぇな格好させて来いよ。目の保養になるぜ」
「うっさいスケベジジイ!」
摩耶は悪態をつきながら渡されたカートンに荷物をくくりつけ加賀を連れ店を後にする。
それから日用品などを買い集めまとめてボートに詰め込むとようやく二人は一息つけた。
「あ〜、重かった。手伝ってくれてありがとな加賀」
「まあ久々に外に出るのも悪くはなかったわ。それじゃ帰りましょうか」
帰り支度を整えボートに乗り込もうとする加賀。ぐい、とその肩を引き寄せ止める摩耶。
「ちょっと待った、さっきも言っただろ?せっかく遠出してきたんだしお楽しみはこれからだぜ?」