かき集めた部員が超次元な奴ばかりだった件について 作:低次元領域
お金がマイナスになるほどに買い占めてオーバーフローさせたい。
「──」
耳鳴りが続いていた。空は夕焼けが近づき赤みを帯び始めている。
宙をボールが飛んでいる。
周りを包む砂と芝混じりの煙が、思考をスマートにしていく。
……いやスマートもくそも、何も覚えていない、混乱している頭を整理しているだけなんだけど。
覚えているのは三つだけ。
両手のダークネスハンドもどきでなんとかシュートを止めようとして、まず左闇の手を光の矢の射線上に置いたこと。
それだけでは防げないと思って慌てて右の闇の手で叩き潰すように振り下ろしたこと。
右腕にトロアがスタンバイしたままだったこと。
気がついたら、辺り一面が吹き飛んでいた。
……なんでオレは吹っ飛んでないんだこれ。
──ふざけた速度と威力でおろされた右の闇の手。しかし強度は左の闇の手とほぼ同じだ。ぶつかりあい……爆ぜたと考えられる。
長久が無事な理由は、弾け飛ぶ闇の手の衝撃を無意識に前、そして上方向へずらしたからだろう。
そして……いつものその骨の翼を支えにした、と言ったところか
あっ本当ですね。気がついたらまた背中から骨が生えていました。
片翼をこうして使うのもありなんだ。咄嗟とはいえ勉強になった。
……というか闇の手を闇の手で叩きつけた、そんだけでなんでこんな衝撃が発生するんだよ。
とうとうサッカーしている時に空から爆弾でも降ってきたのかと思ったぞ。
……そのうち本当にサッカー中に空爆とかされそうで怖いな。
──ふふん、妾の力を使い右腕を振るったのじゃぞ? 衝撃波の一つや二つ起こせないとでも思うたか
いや普通は衝撃波は起きないんですよトロアさん。
……だからですかね? さっきから右腕の感覚が一切しないんですけど。
──あーなんというかだな、ダークネスした時よりもひどいぞ。包帯も外れて……うおっ、これは……ひどいな
え、まじ? そんなヒクほどひどい状態なんですか右腕? 骨だけではなく?
一切力のカケラも入れられない辺りやばいなと薄々感じ始めたけど。
──今の状態を他の人間に見られたらすぐに病院送りだ。我の力で隠してやるから黙っておけ
あぁサンキューコルシア……。
ちらっと見たけど、あの、洒落にならないレベルで出血していた気がする。見なかったことにしよう。
あ、コルシア。右腕だけだと不審がられるかもしんないからいっそ左腕も覆っといてくれ。
……これ、いつものようにダークネスハンドに痛覚とかリンクさせてたら両腕死んでた?
──そうじゃな
そうじゃなじゃないが? と抗議しても知らんぷりされた。今夜は目薬フルコースをしてやる。
──よし覆うぞ
ズモモモと妙な音を立てて両腕を闇の力が覆っていきコーティングされていく。
便利だなぁ。
──傷口も塞いでおく、とはいえあとで一度消毒しておけ。せいぜいガーゼ代わりにしかならんからな
助かります……いやほんと。またいつもの病院にこっそり行っておこうかな、フェルタン貯金当てにするのも危ないし。
いやでも合宿期間中はそんな暇ないよな……。
「──何を、起こした」
砂煙が晴れていく。
二号たちやメアたちが見える。どうやらみんな無事のようだ。いや本当によかった。
……お、どうした一号。なんか叫んでいるがうまく聞き取れんぞ。というかなんでそんな遠くのゴールに……オレが吹き飛ばしたのかもしかして? それはごめん。
「何を起こしたと聞いてるんだ、織部長久!」
……やっぱり聞き取れない。耳鳴りが酷いせいだろうか。
でもなんとなく何を聞こうとしているのはわかる。
大方「何したんだよお前」と言ったことだろう? 読み取るのは得意なんだ。
……何したんだろうなこれほんと?
煙が晴れてみればさらに被害がよくわかる。芝はフィールドの4分の1は削れてるし、俺が立っていたゴールもズレている。
これを元に戻すの、大変だ。
……で、えーと、うーんと?
闇の手を闇の手で、ボールを捕まえようと……蚊を叩きつぶす時みたいに合掌したから、
「……拍手を、した」
としか、言いようがないよな。
「…………はく、しゅ、だと?」
いや、あの……そんなビビらないでいただけるとありがたいというか。
俺のせいではなくほとんどトロアの仕業で、ボールを弾けたのはタイミングがたまたま良かっただけだよほんと。
あ、でもアレだよな。かなり積み上がってた努力が悪魔の力とはいえぶち壊されたようなもんだよな。
単なる拍手ですよーとってことにすると一号の心壊れるよなこんなん。
「……新必殺技。その、試作。のだ」
嘘です。
そもそも新必殺技とか考えてすらいなかったよ俺。ダークネスハンドV2が限界だなーって思ってたし。
「……そう、か。……お前の方が、先に完成しそうだな」
……えーと今なんて言った? 心は読めるんだけど言葉はどうも……。読唇術とか身につけておこうかな。
あぁ、なんか別の方向に落ちこんじゃった……違うんですほんと。
今頭の中には新必殺技のしの字も無いんだよ。
「一号、気を落と──」
「──リーダー!! 何今の!? なんかこうっ! よく見えなかったけどっ、闇の塊が二つぶつかって、すっごい音がしたけど!」
励まそうとしていればメアが視界外からタックルしてきた。みぞおちに突き刺さるメアの頭。
けれど珍しく翼が生えていないメアタックルは闇の力には優しい。俺の体には優しくない。
「なんとなくだけどさ! いつものドミネーションの時と似た力を感じたんだよね! あのドラゴンっぽい悪魔の力!」
──っぽいというか、ドラゴンなんじゃがなぁ……
──こいつ、力の感知もできるように……
骨翼が焼けないのはありがたいが、衝撃で何も入っていない胃が揺れる。気持ち悪い。
吐くかと思った。言葉と共に飲み込む。メアもたくさん喋っているがやはり聞き取れない。
……、
よし、適当にうなづいて聞いているフリをしよう!
「って、どうしたんだいその腕……黒くなってるけど? まさか……」
表情を読み取る、不安そうな感情はない。つまり肯定して問題なさそうだ
うん、そうだぞメア。とゆっくりうなづく。
──おいよせ長ひ──
──おっと、面白そうじゃ。黙っていろワンコロめ
「かつて左腕に封印していたサタン!? そうか最近目覚めたあの翼はサタンの復活を……いや? 悪魔を複数身に宿すリーダーの体そのものが悪魔人間として目覚めている……そういうことだね?!」
うん? なんかめっちゃ喋ってるけどこれ同意していいやつかな。コルシアはどう思う?
──やめろトロア貴様!
──おおっ? やるかぁ?
……なんか脳内で喧嘩してるな。
まあいいか……含みを持たせるため、yesともnoとも言えないような表情を浮かべる。
「わぁ……! すごいねリーダー……僕ももっと輝いてみせるから!」
うーん目に見えて上機嫌になったなメア。
パーフェクトコミュニケーションというやつだろうかこれが。
あ、やめて天使の力出そうとしないで。燃えるからほんと色々。
──……うーん、面白がっといてなんじゃがこれ失敗じゃったかも
──……我は知らんぞ、貴様のせいだトロア
ん? 二人ともどうした?
喧嘩収まったか?
「……協力、感謝する。また俺たちは二人で特訓する」
そうこうしているうちにまた聞き取れない音がする。それはメアよりも遠く、一号の方から……。
ってああ、一号のこと忘れてた!
「習合の元に戻るがいいだろう……」
こっちに呆れた、というよりかはもはや辿り着けない。
折れかけている。諦観の目をした一号は俯いていた。
ダメだ、これはこのまま放っておいたら嫌な予感がする。
「……一号くん」
「なんだメア。少し疲れただけだ、休息を取ったらまた再開する」
メアと一号の声色。内容は読み取れないがどちらも暗い。変えなければならない。部長として。
でも、なんと言えばいい?
一号が落ち込んでいる理由はなんとなく読める。兄弟だけの必殺技を作ろうとしていたのに、やっと少しだけ……納得はいかないが成果としては前進したかと思ったのに。
俺がぶち壊した。
今俺の方から何を言おうと、きっと響かない。叱咤激励にならない。イヤミになる。
……周囲を見渡してみる。
今さっきの上機嫌は潜め、事の成り行きを不安げに見つめるメア。
俺がどうするのかを眺めているアルゴ。
折れかけてなお、今のやり方続けようとしている一号。
そして、
「……」
俺は見た、その顔を確かに。
自信はない、確証もない。
けど俺は、そいつに一縷の望みを賭けることにした。
「……一号、一つだけ聞いてくれ」
大きく息を吸い整えて、なんとかなれと心の中で叫んだ。
「後ろを、お前の後ろにいる男を見ろ」
二号、この状況をどうにかしてくれ……!
助けて……!
◆
「──兄さん」
俺はハッとし、すぐ振り向いた。
吹き飛ばされた後、俺は弟の顔をちゃんと見たか?
弟は今どんな顔をしているだろうかなんて、頭から抜けていた。
兄失格だ、もし落ち込んでいるのなら鼓舞しなければならない。
そう、思い込んでいた。
「……兄さん」
いつもと変わらぬ、いやずっと力強い瞳で、俺は睨まれていた。
睨まれている? 違う、そう感じてしまっただけだ。
「……きょう、すけ?」
弟は、ただ俺には期待を向けているだけなのだから。
「……ごめん、僕」
俺は、俺が、俺だけが、この場で心が折れかかっている。
かつての高天原のみんなのようになりかけていたことを悟った。
「僕は今──かなりむしゃくしゃしているんだ」
織部たちに追いつくのは徒労だと、一瞬でも思ってしまった自分がいることを知った。
だが弟は違う、途方もない道のりを見て、その先にいる二人を見て、怒りにも似た原動力を得ていた。
「ぜっったい! 織部たちに追いつこうって、思ってる。
思っている……思っているのに! 少し厳しい程度の特訓で辿り着けると思っていた自分がいたんだって!」
握りしめたこぶしでなんども開いて閉じて開いて閉じて、まだ自分が動けるということを確かめている。
散々特訓したくせになんでまだこんなに元気を残しているんだと怒っている。
「そ、それは俺が言い出したことでお前の責任じゃ──」
「──でもボクはそれに反対しなかった!!」
弟が、俺の意見を真っ向から跳ね返した。その事実に震える。
目の前の弟が……いや男が、自身の情けなさを嘆いている。
お前は、誰だ。
「ボクは、いつも兄さんに頼りっきりだ! 高天原を立て直そうとした兄さんに、来年もあるからなんて励まししかできなかった!」
何一つ違わない、鏡介だ。優しくて、兄想いの、最高の弟だ。
だから、違うのは俺の見方。
ずっと、俺の後ろをついてきてくれると思い込んでいたんだ。
「兄さん! ボクは強くなる! もっと色々考えて、色々前に出て! ずっと強くなる! そして高天原の正ゴールキーパーになる!
──高天原の切り札に、エースになってみせる……なるんだ!!」
弟の後押しがあればなんでもできると考えていたくせに、弟が先んじる事があるなんて思ってもいなかった腐った兄だった。
輝きを取り戻そうとして、ただ見せかけの光を求めていたダメな兄だった。
「──あぁ」
強くなって、高天原のエースとして舞い戻ろうとしていた。
既にそっちではエースだったから、そんな傲慢な気持ちでいた。
そんな体たらくで、織部を倒す? 輝きを取り戻す?
「あぁ……!」
自分のかつての意気込みで笑えてくる。
なんと無様な話か。
じゃあどうする、このまま腐ったままか、みすぼらしいままか。
どうだ見てみろ、弟は今、誰よりも輝いている。
その輝きの邪魔をするつもりか、水を差すつもりか。
どうなんだ?
そう世界が問いかけている気がした。
「──俺は」
サッカーマスク一号は、
「俺はっ」
「僕はっ!」
元高天原のエースは
「僕は! ──真経津 鏡介は!」
「俺は! ──真経津 光矢は!」
お互い覆面を脱ぎ捨てて、真経津 鏡介を見た。
「絶対に! 新必殺技を完成させる! 誰もが止めることのできない、ふざけた、次元が違う、隔絶した一撃を編み出して見せる!!」
二人で叫んだ。言い合うように、お互いの顔にかみつくように大口を開けて、
叫んだ、叫んだ。
叫びつくした。
もう何を言っているのかも分からないほどに叫んだ。
叫んで、織部の方を見た。
「だから、せいぜい首を洗って待っていろ!
織部……長久!!」
言い捨てて、グラウンドから走り去る。
頭に上り切った血を冷やすため、まだまだ走れる体を酷使するため、走り出した。
次に会うときは度肝を抜かしてやると、習合のサブゴールキーパーにしてやると好き放題叫んで走る。
「……ふっ」
そんな俺たちの叫びを、憎たらしいほどの安堵の感情で奴は送り出した。
ただ口元を緩めて、うなづいて。
……あぁ、ほんと、むかつくやつだ!
織部「……なんも聞き取れねぇ」
難聴系主人公を目指しました(
~オリキャラ一覧~
・織部 長久 GK 1番
新技の代償で右腕、そして鼓膜が犠牲になった。
鼓膜のほうは数日すれば治るだろう。
・サッカーマスク二号 GK 13番
メンタルが強くなってきた弟。兄より優れた弟は存在するのかもしれない。
正ゴールキーパーになったら織部が泣いて喜ぶ。