短い旅行   作:ぺんとら

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1. プロローグ

16歳、義務教育であるジュニアスクールを卒業した時点で、僕らには、幾つかの選択肢が与えられる。1つは、このまま進学すること。

余程の理由がない限り、大半がこれを選ぶ。もう1つの選択肢は、就職すること。これも比較的レアケースとなるが、親の跡を継いだりするケースもあるようだ。

もうひとつ。旅に出ることが許されている。これは割と伝統的なものだ。実際、そんなことが可能なのかと言われれば、本当に人それぞれだ、としかいいようがない。期間は人によってまちまちではあるが、やはり子供で、今まで学校という狭い空間にいた後で放浪を続ける、というのはやはり難しいものがあるため、大半が1年から2年でまた戻ってきて、進学する、と言ったケースが多い。

 

母親がため息をつくように言う。

「ほら、サクヤさんだって、絶対成功するぞって言って出ていって、1年も経たないうちに帰って来ちゃったの、あなたも知っているでしょ」

その話は3回目だ。それに、サクヤさんが出ていってから1年は経っている。サクヤさんは僕の3つ上で、この若葉村の中で、当時一番強かった。村から初のポケモンマスターになれるんじゃないかってみんな期待して、送り出しのときには村総出で送り出しなんかしたけれど、1年半くらいで諦めて帰って来て、今では外の大学に通っている。母さんだって、16歳なのにちゃんと自分で決めるなんて偉いって、当時旅に出たサクヤさんを、あれだけ称賛していたくせに。

 

それに、今考えると、サクヤさんもポケモンに関しては素人だった、とユズルは思う。流行りのポケモン、流行りのスタイルを身につけて僕らに見せびらかせるような人だったからだ。今やもう、流行りのスタイルを真似すれば勝てる、そういう世界では既になくなっている。

 

「ねえ、私の話なんて全然あてにならない、って思ってるでしょ」

ユズルはリビングの隅にあるテレビを横目で見続けている。電源はついていない。口論していると、部屋の中が暗くなったように感じる。

「別に、旅に出ることが悪いって言ってる訳じゃない。でも、今の時期でそんなすぐに決めるのはどうかと思う。それに、高校に入ってからだって、ジムへの挑戦資格はなくならないでしょ?」

 

「そうだけど、それは部活とかに入ってやるってこと?そんなの時間の無駄だよ」

「時間の無駄ってなに?勉強もしないで、ダラダラしているのこそ時間の無駄じゃないの?それに、高校に入ってからだって全然大丈夫じゃない。そんなのリスクが高すぎるのはわかっているでしょ?」

…。ユズルは押し黙る。この話が平行線を辿るのは既にわかっていた。

「…つまり、僕に諦めろって言いたいんでしょ?」

「いや、そうとは……うん、そう。そういうこと。今は、諦めてほしい、そう、思ってる」

「なんで?」

「それはさっき話した。リスクが高すぎるから…、いや、うん、ユズルは、別にそんな道じゃなくて、ちゃんとした道を通ってほしい。成績だって、自分が良い方に入るっていうのは、知っているでしょう?…だから、ちゃんと安全な道を選んで欲しい。それが私の役目だと思ってる」

「それは…それを僕に押し付けるのが身勝手って、そう言うんじゃないの?」

「どっちが身勝手よ!?」母親の声には怒気が混じる。

「…もういい」

ユズルは話を切り上げて、二階の自分の部屋に戻る。

まだ母親は何か言おうとしていたが、それには耳を貸さない。これ以上話しても喧嘩になるだけだ。

「…もう!」

母親の怒気が下から聞こえる。

 

部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。

ふう、と一度ため息。

ポケットに入れていたモンスターボールから、ヒノアラシを呼び出す。

出てきたヒノアラシを抱き上げて、ベッドに座る。

ヒノアラシの背中につく炎が青い。この色になるときはストレスを感じている証拠だ。ヒノアラシがどこまで状況を理解しているのかはわからないが、険悪なムードを察してはいるのだろう。

それを見て、聞かせて悪かったな、とユズルは反省した。

ヒノアラシの頭を撫でる。

気持ち良さそうに目を細め、しかし、その細い両目は僕を捉え続けている。

うん、解ってる。大丈夫だと言い聞かせるように腕のヒノアラシを撫で続けた。

なんと言われても、自分の気持ちに変わりはない。でも少し、気持ちの整理が必要だ、と思った。

ヒノアラシを片腕で抱えたままPCの前に座り、wcsの最新ニュースをチェックする。最近の流行りのどうぐ、育成論に関する情報は出来る限り抑え、情報収集は欠かさないようにしていた。

そして、大事なフォルダの中に入っている写真の一枚を眺める。

あの頃。10歳の自分が、写真の中で目をキラキラさせている。憧れのポケモンマスター・智さんと一緒に撮った写真だ。短いけれど、いろいろなことを教わった。彼の言うことはどれも新鮮で、自分は何度もその言葉を復唱し、いつでも実践できるようにしていた。そのどれもをよく覚えている。

5年前の、智さんと最初にした会話を思い出す。

 

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「いいか、最初に出会ったポケモンは相棒だ。常に一緒にいるんだ、いつ、どんなときも、どんなことがあっても、だ。そうすれば、いろいろなことがわかってくる」

「…たとえば、どんなことなんですか?」

「お、いい質問だな」

嬉しい。満面の笑みでそれに応える。

「そうだな、答えてあげたいんだが、今、それを俺の口から、言うことはできない。俺が今それを言ってしまうと、それは俺の言葉になっちゃって、君の言葉じゃなくなる。自分の言葉で、それを見つけるものなんだ。」

「ふうん…?」

そんなものなのか。よくわからない。首を傾げていると、はははっ、と智さんが明るく笑った。

「そうだな、わかんないよな、じゃあ、簡単にだけど、ヒントだ」

うん、と頷く。

「ポケモンマスターっていうのは、なんだ?」

「え?」

急に、そんなことを言われてもわからない。

「ポケモンマスターになったら、どうなるんだ?」

智さんの笑顔はそのままだ。しかし、ユズルを見る目が少し鋭くなった。

「どうなるって…、ジムを制覇して、四天王を倒して、今度は海外に出て…、もっともっと強くなっていくって…」

自分の声が硬くなっているのを感じる。少なくともあっていることを言っているつもりだ。だが、これが彼が求める正解出ないことは、なんとなくわかる。

「実際にやるのは、そうだ、その通り。よく勉強してるな」

「へへ」頭をかく。

「でもな、それが一番大切なことか、といえばそうじゃないんだ。いるだろう?世界一じゃなくたって、素敵なトレーナーが、沢山。誰か、トレーナーで他に知ってる人はいるか?」

「…たとえば、ワタルさん、とかですか?」

憧れの智さんに、何にも知らない、とは思われたくない。この地方の四天王のトップの人の名を挙げる。

「そうだな、あの人は凄い。わずか一代で破産直前のジムを立て直して、四天王まで立ち上った人だからな。まぁ、最近は四天王というよりは実業家のイメージの方が強くなってはいるけどな。まぁ、そういうのも一例に入るな。あの人は、結果として、「世界一強いトレーナー」とは違う道を選んだ。あの人ならきっと、それを目指すこともできたのに、だ。その他にだって、もっとたくさんの人がいる。それぞれの人が、それぞれの道を選んで、強くなっていくんだ。お前にとって、強くなるっていうのはどういう意味を持つんだ?トレーナーになって、世界一のポケモンマスターになって、何がしたいんだ?」

「それは…」

そんなの、考えたこともないし、よくわからない。ユズルは戸惑う。

「そうだ、普通は、わからない。だから、考えるんだ。俺は、その答えのための一番のヒントが、一番最初に出会った相棒と、ずっと一緒にいることだと思ってるんだ。だから、ごめんな、これは答えじゃないけど、ちょっと信じてみてほしい」

「…わかりました」

「いい返事だ。じゃあ、頑張って。もし、また会えた時に、お前の答えを聞かせてくれたら、俺はそのときが最高に嬉しい」

「はい!」

 

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……なんのためにポケモンマスターを目指すのか、その答えが出せたかといえば、まだ、出せていないと思う。

いくつか選択肢はある。例えば、村のみんなに喜んでほしい、とか、自分が有名になりたい、とかだろうか?でもそれは、少し違う気がする。何故だかはわからないけれど。

今のこの状態で、智さんに会えるか、といえば、まだだと思う。もう少し、何かを掴むことができてから言うべきだ。しかも自分はまだそのスタートラインに立っていない。まずは、母親にちゃんと言わなければ、と思う。

でも、今日は寝てからにしよう。僕はもう大丈夫だよ、というようにヒノアラシの頭を撫でる。すると、ヒノアラシの背中の炎に赤が混じり始める。自分も、少しはましな表情になっているのかもしれないな、と思えた。

そして、ヒノアラシにモンスターボールに入ってもらった後、PCを消し、寝た。

 


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